ドツボに陥りそうな思考を切り替えて、穏やかな気持ちになりながらチョッパーに視線を向けると口周りが少し汚れている事に気付いた。それから視線を合わせる為に膝をついてチョッパーの口周りを拭いてから、私が座る為にチョッパーを抱き上げてチョッパーと入れ替わり膝に座らせようとした所で、横から腕が伸びてくる。
そしてチョッパーを奪うとゾロが自分の膝に座らせるから、思わず大丈夫?と声を掛けると、何処か呆れたような顔でゾロに言葉を返された。
「俺の方が安定感はあるだろ」
「俺、移動するか?別に1人でも座れるぞ?」
「駄目よ。お願い近くに居て。なんかね、チョッパーを狙う視線を感じるのよ」
「それは俺も同意見だな」
そんな時耐えきれないと言わんばかりにロビンが吹き出して、その体を小刻みに震わせた。どうしたのかと視線を向けると、クスクスと笑いながら私に言う。
「ナミが船医さんのお母さんみたいだと思っていたけど、剣士さんも加わると夫婦と子供にしか思えなくて……。ごめんなさいね」
「ゾロの行動はともかく、チョッパーを大切にするのは仕方ないわよ」
「あら、どうして?」
「ロビンは知らないの?可愛いは正義なのよ!即ちチョッパーは正義!」
「……それだとナミも正義ね」
「ふふ、ありがとう。ロビンは美人よね」
「あら、ありがとう」
ロビンはそう言って笑う。その笑顔に、少しずつ開かれていくロビンの心を感じて嬉しくなる。
ルフィの戦いは続いていた。敵である筈の観戦者達も、いつの間にかどちらをと言う事も無く応援している様相に変わっている。
何度も何度も、倒れてはまた立ち上がるルフィに、仲間は誰にも渡さねェと叫ぶルフィに、盛り上がりは最高潮となる。その中で私は気を揉んでしまう。
信じていない訳じゃない。だけど、ルフィの事がどうしたって心配なのだ。
「ルフィ……」
思わず呟いた私の横で、ゾロが小さく笑った。そして突然瞳を閉ざして言う。
「後、8秒」
それにえ?っと思って視線を向けるとサンジ君が続いた。
「7」
「6」
カウントダウンをその後ロビンが引き継ぐと、ウソップはニンマリと笑いその先をまるで当然のように引き継ぐ。それからは、ウソップの場を支配する事に長けた能力がモノを言う。
会場も巻き込むようにカウントダウンをはじめたウソップにより、よく分からないままに全員でカウントダウンをして行く。会場の様子に唖然としつつ戦いの様子に視線を向け直した私は、ここに来て漸く気付く。
これは、ルフィの勝利へのカウントダウンなのだと。ウソップにより乗せられた会場は、何のカウントダウンなのかを知らないままにカウントダウンを続け、それが0になった時、自分達のオヤビンが飛ばされて行った事で歓声が悲鳴に変わった。
こうして私達が無理矢理参加させられた戦いは終わり、帰って来たルフィに皆が駆け寄る。ルフィのくれた言葉は、皆にとって何よりも嬉しいものだったから。
そして即座に治療するチョッパーの傍らでそれぞれが言葉を、想いをルフィに向けて行く。私もその波に乗って思わず本音がもれる。
「心配ばっかりかけて……!!何がアフロパワーよ」
ルフィの横で動けなくなってる私に、サンジ君がアフロは凄いんだってとか言ってるけど、何も凄くなんかありません!その直後に目覚めたルフィは勝ったのは夢かと言うけど、皆が勝ったのだと伝えると本当にホッとした顔で……可愛くも明るい笑顔で1言、言葉を口にする。
「よかった……」
そこへ現れたオヤビンにルフィが体を起こす。それに合わせてルフィの頭に麦藁帽子を返せば、ルフィが私に視線を向けてそっと私の腕に触れた。
「ナミ、無理させて、心配もさせて悪かった。でも、譲れなかったんだ」
真剣な顔でそう言われて、何が言えるだろう。言いたかった言葉は空気に溶ける。
その代わりに自然とルフィに飛び付いて、勝手に震える体を持て余してしまう。そうしていたら、言葉が自然と零れ落ちた。
「ルフィが無事で……良かった」
「ナミ……そうだよな。心配かけて、ゴメンな」
「……あのー、俺達居るんで、イチャつくのは後にして貰えねェかな!?」
その声に視線を向けると、そう言えばオヤビンがいたんだったと思い出す。そして……相手の海賊達が全員此方を見ている事に気付いて、思わずルフィを突き飛ばすとチョッパーに抱き着いた。
それについてルフィは小さくナミはナミだなァなんて呟いてから、オヤビンに向き直り話を始めた。それからルールだから欲しい物を言えと言われて私はルフィに医療品と食料品を貰って欲しいと伝えて、最後の1つはルフィが決めてくれと、仲間を得るにしても、何かを貰うにしても判断は任せると告げる。
ルフィがそれに対して善意という名の悪辣な提案をして、感動して喜ぶ面々の前で絵を描き始めるからその間にサンジ君とチョッパーを伴い、私は相手さんから食料品と医療品を貰いに行く事になった。この感動して喜ぶ彼等が絶望に打ちひしがれる前に、貰える物は貰ってしまいたい。
その様子にゾロが護衛だと言って、ロビンは荷物持ちねなんて言って着いてきてくれる。ルフィの元にはウソップが残り、それぞれがこのゲームの終着を迎える為に動き出す。
サンジ君の指示の元、運び出される食料品をせっせと運び出す相手さんの目の前で、ゾロが全部は持って行かねェのかと聞けば、んな事したらこの船の奴らが餓死しちまうだろうがと呆れを隠さないサンジ君。そんなやり取りを聞きながら、何も失う事無くこのゲームを終えられた事にホッとして体から力が抜けるのを感じていた。
チョッパーの指示の元運び出されるそれもまた、全てではなくてロビンはそれに対して本当に優しい人達ねと笑う。それには私も同意するので頷いていたら、チョッパーが私に視線を向けた。
「……俺は、コイツらが治療できなくて困っても、喧嘩ふっかけてきたのも何もかもコイツらだから仕方ねェだろって言いたい。でも……それを後から知ったらやっぱり罪悪感はあると思うし、医者としてそれはしたらいけないと思ってる」
「チョッパー……」
小さくとも、幼くとも彼は命の大切さを知っていて、何より優しい。ともすれば甘いとさえ言われるかも知れないようなそれを、きっと私達は誰も責める事は無い。
「それにさ、ナミが悲しむだろ。ナミは、甘いから……苦しむだろ。どうでもいいヤツらの命まで、俺はナミに背負ってほしくない」
「……チョッパー?」
「だから、全てを持ってくなんて絶対しねェよ。俺はナミを傷付けねェって決めてるから。……ナミ、だからそんなに心配そうな顔、するなよ」
「そうね、船医さんの気持ちは分かるわ。大丈夫だから、そんなに泣きそうな顔をしないのよ。人を、仲間を奪われる事無く、命も宝も奪われずにすんだのだから、彼等は大丈夫」
そう言ってロビンが抱き締めてくるから、どうやら私は相当酷い顔をしていたらしいと知る。私達が……いいえ、私が欲しいと言い出したんだから私の責任だけど、私達が物資を貰って行った事で、この船の人達が生きられなくなるのではないかと不安に思っていたのが、何故かバレてしまって居たらしい。
そうして全てを運び終えた私達がルフィの元に戻ると、顔色を悪くしてるウソップと、満足そうなルフィがいて……なんと表現したら良いのか分からない海賊旗が用意されていた。それには流石に全員が1瞬無言になり、それから正気に返った相手さんがギャーギャーと大騒ぎしながら去って行くのを私達は呆然と見送ったのだった。
その直後にルフィが突然報告するなんて言い出したので、誰に何をと思いながらも全員でそれに続く。でも、ルフィはあのゲームで譲れなかったから受けたと言っていた。
それなら、恐らくこの先にルフィがあのゲームを受けると決断した理由が待っている。そう思ってついて行けば、到着した所には老人と馬がいた。
馬の様子を見たチョッパーが即座に治療する為に駆けて行き、ルフィが何故このゲームを受けたのかを理解する。結局、結果を見ればルフィは怪我をしたけど他には特に困った事も無く、食料品と医療品を手に入れられたのだし、何よりもルフィがどれだけ私達を大切に想ってくれてるのかを理解する事が出来た。
「……俺の仲間は……誰1人……!!死んでもやらん!!」
ルフィの声が皆の心の中で谺響する。ルフィはブッ飛ばして来た証拠として、老人に笑顔で旗を見せて、老人はそれに対して怪我をしていると心配そうに言う。
でも、ルフィはそれに笑っていつもの事だと言うと、そこで漸く老人が笑顔になりチョッパーが治療しているのを見て言葉が口をついてでる。
「成程ね。それで決闘を受けたの。もし、何も無くても受けたんでしょうけど」
「失敬だな!!お前!!」
ルフィは怒るけど、でも多分受けたと思うのよね。そもそもの所で、決闘って言葉が好きそうだし。
移動した村に連れて行ってあげられる方法があればいいと老人と話をしていたけど、今は誰にも名案なんて浮かばない。そんな中でとりあえず饗すと言ってくれた老人について行けば、建物の入口を塞ぐ形で寝ている男の姿を確認する。
その男の姿を見て、ロビンが崩れ落ちるように地に座り込むと、私はそんなロビンの前に立ち臨戦態勢を整える。ゾロ、ウソップ、サンジ君が臨戦態勢を整えて、チョッパーは馬を庇うようにその場に待機する。
ルフィはロビンに知ってるのかと問い掛けるけど、ロビンは声を出す事さえ出来はしない。それから私の後ろで深呼吸しつつ、ロビンがゆっくりとこの男について説明を始める。
この男の通称は青雉。海軍大将の肩書きを持つ男であると。
それぞれが怯えたり、警戒したりしている中で、クリマタクトを構える私に視線を定めた青雉は、少し身を屈めて言葉を口にした。
ロビンに向かっていい女になったと言ったのとは、また少し違う雰囲気で。けれども本気ではなさそうなそれに、つい眼が細くなる。
「あららら。こっちにも悩殺ねーちゃん。スーパーボイン!!今夜ヒマ?」
そんな軽口の中で、ルフィは何も動きを見せない。恐らくは色々と理解が追い付いてないのだろう。
青雉のこれが本気とは思えない。でも、どう対応するのが正しいのかも分からない。
ただ分かっているのは、今は戦いにはならないだろう事だけ。そして、ロビンが無事で、皆も安全であればそれで良い。
グダグダな雰囲気の中で、ルフィの勢いに押し負けた様子を見せた青雉は、呆れを隠す事も無く帰りますよと言ってくれる。でも、その前に老人を移住させてやれると言い切るその様子に、そうかこの男ならと思い至るけど……こんな話しあったっけと本気で考えながら見つめてしまう。
そもそもこの島の存在そのものを忘れていた穴だらけの記憶であるのに、無意識でその知識に頼ってる事を痛感させられる。その情けなさに、私は自然と自嘲の笑みを浮かべてしまう。