怒鳴られようとも、泣かれようとも、ここは私だって1歩も引けない。命を賭しても、ルフィだけは死なせない。
「私は、ルフィのクルーよ!船長の回収義務があるわ。1騎打ちに対して手を出したりしないし、邪魔もしない。私の存在は無視して構わない!」
ルフィに奇跡が起きて勝てたとしても、動ける筈なんて無いのだから連れ帰らなきゃ……。それに、その程度の事も出来ないならば、私に存在価値なんて無い。
ロビンを守る事も、助ける事も出来なかった。結局助ける事に動けたのは、ルフィとウソップで、治療してるのはチョッパーで……。
私は挑んでみたけど、相手にさえされずに大地に転がっただけ。私には、何も出来なかった……。
覇気が使えたとして、それがいったいなんの役にたつというの。このままじゃただの足手纏いじゃない。
「あー……まァ、なんだ。好きにしなよ。おねーちゃん」
突然の声に反応して顔をあげると、ルフィもまた溜息を落として頷いた。戦いが始まる前だからか、1瞬視線を私に向けてから、困ったみたいな顔で笑われる。
「……ナミ、少し待っててくれ」
「うん。ありがとう」
私が頷くと2人は戦い始めた。けれどもそれは戦いと呼ぶにはあまりにお粗末で、青雉がルフィの動きを観察して、手加減して居るのが分かる。
何度も攻撃を仕掛けるルフィを軽くいなしてから、青雉はたった1度反撃をしただけでその戦いを終えた。恐らく2人が戦っていた時間は、数分だってかかってはいないだろう。
氷像になって尚、ルフィは戦う気満々の様子でその場にいる。そんなルフィの氷像に私がつい微笑みを向けた時、青雉はその場に座り込んだ。
座って尚ルフィと同じくらいの身長なのだから、その背の高さは異常に思える。……そう言えば180cmを超えるロビンが、子供に思えるくらいの身長だったのだと今更気付く。
青雉は頭をかいて喘ぐように呟く。その声は何処か優しい。
「参った。嵌められた」
恐らく今青雉は私の存在を失念している。ただ、氷漬けになって届いていない筈のその声を、まるで届いてると言うかのように送り続ける。
ルフィの氷像に青雉が何かを仕掛けるその瞬間まで、私にはそれをどうこうする事は出来ない。これは、男達の決闘の結果だから。
1騎打ちとは、そういうものだ。それは、分かってる。
「それとも、本気で俺に勝つ気でいたのか。……どう思う?おねーちゃん」
青雉が私に視線を向けた。私はそれに笑みを浮かべて、確信を持って言葉を返す。
「ルフィは、勝つつもりでしか戦わないわ。私も、それは変わらない」
「……そうみたいだな。それに、その剣の癖……覚えがある。まさかとは思うが、おねーちゃん〝赤髪〟の関係者か」
「さぁ、どうかしら?」
「……尻軽は、ニコ・ロビンじゃなくてナミちゃんの方だったか?」
何度も皆が名を呼んだからか、いつの間にか名を認識されていたらしい。正直な所、青雉に尻軽と言われても私には反論出来ない。
ここ最近は、本当に望んでないけど多くの男と接触してるし、肌を許してしまった相手だってそれなりに居る。唇だけなら片手じゃ足りないものね。
そんな風に考えていたら、青雉は答えない私を面白そうに見てから、氷を払いつつ立ち上がる。そして、私とルフィのどちらともなく話し掛ける。
「これだけは言っておくぞ。お前達はこの先、ニコ・ロビンを、必ずあの女を持て余す。ニコ・ロビンと言う女の生まれついた星の凶暴性を、お前達は背負いきれなくなる」
視線が、交わる。私は青雉に微笑みを返して、ゆっくりと唇を動かしつつ言葉を紡ぐ。
「さっきも言ったけど、ロビンは何も悪くないわ。悪いのは政府。それにね、少なくとも私は、ロビンの為に負う苦労なら苦労じゃないのよ」
「……ナミちゃんとニコ・ロビンはどんな関係だ?血の繋がりは無いよな?」
「……ロビンは私の、大切な人よ」
その瞬間青雉は変な物を飲み込んだような顔で私を見て、嘘だろうと呟いた。どうやら何か勘違いしたみたいだけど、それならそれで構わないわ。
真実なんて今はどうでもいい。それに私は嘘なんて口にしてないもの。
ロビンは私の大切な友人で、仲間で、何処か似ている人。だからこそロビンの心情を私が理解出来てしまうように、恐らくはロビンも私の気持ちを理解してしまう。
私とロビンは根本的な所が、恐らくは近すぎるのよ。だからこそ余計思うのかも知れないわ、ロビンに幸せでいて欲しいと。
「さぁ?ただ、毎晩1緒に寝てるし、朝も先に起きた方がその寝顔を眺めて楽しんでるわよ?」
「……そっちに、走ったのか。ニコ・ロビン……」
だから、ロビンが悪いみたいな言い方するなっての。とりあえず嘘はついてないから、勝手にそこは誤解させておきましょうかね。
「貴方が知ってるロビンは8歳の時の姿。その後、裏切られ続けていたのは寧ろロビンの方。相手が勝手に自滅したに過ぎないのよ。……なのに、何も知らないでそんな事、言わないで欲しいわ」
そう言いながらルフィと青雉の間に移動して、ルフィを背に庇う。ルフィを砕かせない為に、私はこの場に残ったのだから。
「おねーちゃんは、ニコ・ロビンの何を知ってそんな事を口にしてるんだ?」
「……私がロビンについて知ってる事なんて、殆ど無いわ。でも、ロビンは優しくて、そして……不器用な女の子だと言う事を知ってる。愛に飢えた子供のまま、信じる事に臆病になってるだけなのよ。その為に、弱さを見せられない」
「大人になれば誰だって多少はそうなるだろうよ」
青雉の言葉に私は首を横に振る。だってロビンは、子供でいた期間なんて無かった。
子供で居る事を許されなかった。家族も友達も居なかったロビンが、母の仲間を頼り、母の愛を求めて、はじめて優しくしてくれた他人に心を開いて……それがいったいどんな罪になると言うの。
求め続けた母の愛を、僅かな逢瀬の後に喪った。大切だった母の仲間であり、唯1温もりと愛情をくれた母の仲間をもその時に喪った。
遺されたのは、他人なのに自分に優しくしてくれる人だけ。その人さえ、今私の目の前にいる男の手で殺されてしまった。
自分が大切に想う相手を目の前で喪う絶望を、私は回避したけど……そんなのはその未来を知っていた私にしか出来なかった。あのままゲンさんが死んでいたら、きっと同じような状態だっただろうと思えば、私を助けるために血の海に沈むゲンさんを思い出して、小さく体が震えるのを押さえる。
「ロビンは、ならば貴方達の責任で8歳で大人にさせられた被害者だわ。ロビンを狙うのでは無く、本来ならば償うべきよ」
青雉は私の言葉に息を飲み、オハラの事を知っているのかと聞いてくる。それに黙って頷けば、ニコ・ロビンは本気で愛してるようだななんて言うけど……。
「多分、私の片想いよ。ロビンは、合わせてくれてるだけ。もう〝私のロビン〟を苦しめないで」
「アイツは、そろそろ死にたいだろうと思うんだがなァ?」
「私がいるのに?」
強気に笑って見せれば、青雉は困ったように頭をかいた。その様子が何処か本当に途方に暮れてるように見えて……笑ってしまう。
この人もまた、親友が命懸けで守った小さな命の行く末を案じているのだ。そして、私とは違った判断を下した。
その判断はある意味で、間違ってなんていなかったんだと思う。だって、今のロビンは死にたいと思ってるだろうから。
私がロビンの立場ならば、きっと今回の件で助かっても自分を責めて死にたくなるだろうと分かるから。だから……私には、本来青雉を責める権利なんて無いのだと知っている。
でもね、ロビンは優しくて、少し悪戯っ子なだけの普通の人なんだって事を、きっと世界は見たくないのよ。悪魔でいて欲しいんだわ、自分達の都合により。
「最低ね……。そう迄して、隠したいの?」
「……それ以上言えば、同じ額かそれ以上の懸賞金をかけられるぞ。それと、そろそろ後ろに庇ってるソレ……砕いても良いか?」
いい訳あるか!とは、言えないので睨み付ける。
海賊との約束なんてものは、破ったところで誰にも責められる事は無いだろうに、それでも青雉はルフィとの1騎打ちと言う名の〝他に手を出さない〟と言う約束がある為に、私に手を出さないで居てくれてる。でも、ルフィにトドメを刺すかは青雉の心1つ。
「ここでおねーちゃんを無視して、砕く事は造作もない。だが、借りがある」
青雉の言葉に私は今、耳を傾ける他の選択肢は無い。ロビンの事で色々言った私に思うところもあるだろうに。
「クロコダイルの1件、チャラにして貰おうじゃないの」
「必ず、ルフィに伝えるわ」
青雉は、私の事を文字通りそれこそ頭の先から足の先まで見てから、胸に視線を向けて溜息を吐き出した。
「惜しいねェ、いい女なのに……」
「何が惜し」
その時足が文字通り凍り付いて、冷たさよりも痛みが優先されるそれに、思わず息を詰めると面白そうに青雉は笑った。そして身を屈めると、耳元で囁く。
「実力の違いを分かっていて強気な態度を崩さねェのは、海賊やそれを相手にしてる男には、随分唆られるものがある。気を付けな。……ニコ・ロビンの子猫ちゃん」
そう言って青雉は私の顎を掴むと、無理矢理唇を重ねてくる。それにより侵入する舌を思い切り噛めば、口の中に氷が残る。
これが青雉だったと思えば何だか変な気分で、無意識でそれを吐き出せば青雉が酷ェ事するじゃないのなんて言うけど、人の唇を奪う方が酷いでしょうと心から思う。でも、これにより痛感させられる。
その力量の差を。絶望する事さえ出来ない程に遠い実力の差を。
でも、昔とは違いシャンクスに恐怖も抱けなかった頃とは違い、今は怖いと感じる。それだけでも……底が見えてるだけでもマシなんじゃないかと思える。
だけど、それだけ。私に出来る事が分からない。
氷により1気に体温が奪われているのが分かる。痛みを感じていた筈が、今は既にその感覚さえない。
それでも、私はせめてと思い睨む事は辞めない。……他に、何も出来ない悔しさも多分に含んではいるけど。
氷は私の下半身全体を隙間なく包み、いつの間にか両手も凍らされている。ジワジワと凍る範囲が広がるのに、頭だけはそのままにされている所に性格の悪さを見る。
「悪趣味な男ね。……モテないわよ」
「余計なお世話だよ。それにしても……気の強さだけなら、それこそ大将クラスだな。ナミちゃん」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
思わず強気に笑いながら答えていた。そんな私に青雉はその瞳を眇めて問い掛けてくる。
「……最期に言い残すのはそれでいいのか?」
「貴方は、私を殺せない。1騎打ちにて終わらせたはずのそれを、貴方が手を出して……となれば貴方と海軍のその名に泥を塗る事になるものね」
青雉は私をじっと見つめて、深々と溜息を落とすと小さく呟くように、正解だが……少し黙っとけと言いながら私を完全に凍らせてしまう。凍らされて行くのを感じながら、このままじゃダメだと強く思う。
だって私は、能力の問題もあったとは言えどもこの青雉を倒した程の男を……赤犬を止められるだけの力が、必要になるかも知れないのだから。喪いたくないと叫ぶだけでは、喚くだけでは何も解決しないのだとこの時私は痛感させられていた。
意識が戻った私の傍にはチョッパーが居て、私の寝ている所の左右にはルフィとロビンが寝かされていた。何故私が真ん中なのか、普通こういう時はルフィが真ん中でしょうと思ったら、チョッパーが聞いてもいないのに答えてくれた。
「起きた時ナミが隣に居ないと2人とも暴れそうな気がしたから、真ん中にナミを寝かせただけだから、気にすんな。それに、ナミも2人が傍にいれば動き回らねェだろ」
「……私、基本的に動かないじゃない」
私が素直に言葉を口にしたら、チョッパーから冷たい視線を向けられた。……解せぬ。
「そうだな。下半身は全く動かずに、飲食もしなくなるよな。でもな……上半身の、特に目と腕の動きは尋常じゃねェし、そうなると治療出来ねェから充分過ぎる程に問題なんだよ!」
「ごめんなさい」
チョッパーが怖いです。そう思って頭を下げたら深々と溜息を落とされて、それからチョッパーは私に抱き着いてきた。
思わずその小さな体を抱き締めれば、その体は震えているとわかり、そっとその背を撫でれば苦しそうな声で喘ぐように言葉が紡がれる。泣いていない事が不思議なその声に、私は何も言えなくなる。
「ナミ、無事で良かった……。2人共心臓は動いたけど、まだ意識戻ってないから、俺……不安で……」
「っ……!大丈夫よ、大丈夫。2人共すぐに起きるから。だから、大丈夫よ。ありがとう、チョッパー。頑張ってくれて、ありがとう」
他に、何が言えただろうか。不安が無いとは言えない。
多分青雉がどのくらいの強さでその氷を作ったか、能力を使ったかで与えられたダメージが異なるのだろう。そうでなければどうして、1番弱い私が最初に意識を取り戻したと言うのか。
それも、私が1番最後に凍らされたのだから、理に合わないじゃないと思う。そうして意識のない2人の横で、私は自己嫌悪に陥りながらも、チョッパーの震える体を抱き締めて、その背中を撫で続ける事しか出来なかった。