帰り着いた私とルフィに果物を渡されたサンジ君は、それを手に軽い足取りでキッチンへと向かう。その後ろ姿を見送っていたら、ウソップからクリマタクトを返された。
どうやら改良が終わったらしいと、それにより理解出来て即座に手を出していた。そんな私にウソップは子供かと小さく笑っているけど、子供でもいいわよクリマタクトが手に入るなら。
手渡されたクリマタクトを動かしてみれば恐ろしく軽くて、でも、使い勝手は試してみないと分からない事は十分に理解出来ている。これで少しは、今までよりマシに戦えるのだろうかと思えば、自然と笑顔にもなろうと言うものだ。
「ウソップ、ありがとう!少し試してくるわ!」
「明日にしろ!付き合ってやるから!」
「えぇー……」
「子供か!っとに、調整とか必要かも知れねェから、明日は俺様が付き添ってやるよ。測量はどうなったんだ?」
「それが終わったから、明日は地図を描きたかったのよ」
素直に言葉を口にした瞬間、チョッパーがウソップに明日の付き添い任せたぞなんて言い出して、私からペンを遠ざけようとする。……いい加減泣くわよ!?
「どうして皆私にペンを持たせてくれないのよ!酷いわ!」
「「「「飲食と睡眠を忘れるからだ」」」」
ルフィ、ゾロ、ウソップ、チョッパーの声が重なる。それを言われては、否定しきれないのだけど。
そう思ってしょんぼりしつつ、そろそろロビンと私は女部屋に帰っても良いかとチョッパーに聞いたら、まだダメだと言われてしまった。そして、動き回ったから今日は早めに休むんだぞと私とルフィに早く寝ろコールを始める。
酷い話だと思いながらも、航海日誌だけは書かせてくれるのだからマシな方かもと気持ちを切り替える。それから仕方無くベッドで航海日誌を書いていたら、サンジ君が当然のようにジャスミンティを差し出してくるから、さっさと寝ろと言われてるのだと気付く。
「お風呂、入ってから寝たいわ」
「まだ、1日1回にしてくれよ。ナミの体力戻ってねェんだから」
そう言ってチョッパーに悲しそうな顔をされれば、私にそれを拒絶する事は出来ない。仕方ないなと溜息を落としたら、仕方ねェのはお前だとゾロに言われてしまった。
サンジ君に差し出されたままになっていたジャスミンティをありがとうと言って受け取りながら、それを口にする。ジャスミンティを飲みつつ、サンジ君に視線を向けると何処か気遣うような視線を向けられた。
「ナミさんは、もう少し自分にも優しくなってください」
「あら、ジャムとパイを所望してるのは、充分自分に甘いと思うけど?サンジ君の作るそれなら、確実に美味しいもの。楽しみにしてるわ」
笑って返せばサンジ君が喘ぐように何かを呟いたけど、それは聞き取れず、それを聞き取ったらしいゾロが珍しく同意するなんて言ってたのが少し気になった。結局こうして停泊2日目の夜は、騒がしくも穏やかに更けていく。
全員が仲良く同じ部屋で眠っていた為か、私の睡眠は恐ろしく良好であり、その為にチョッパーにナミの睡眠だけを考えたらずっとこうしていてやりたいなんて言われてしまった程。それに対しては3強からダメだと、部屋を分けてくれと言われて永続的なそれにはならなくなったらしいけれど、なんだかそのやり取りは微笑ましく思えた。
「ねェナミ。もう、体は大丈夫なの?」
停泊3日目の朝、ロビンに心配そうに尋ねられた私は笑顔で頷いた。多少つらいと思えたとしても、ロビンの心を思えばそれを表に出すなんて出来そうもない。
「ナミは、私に優し過ぎるわね」
「ロビンが私に優しいから、私もロビンに優しくなるのよ」
「え?」
「知らないの?人はね、他人を写す鏡なのよ。私が優しいと思うのは、それに気付けるだけの優しさをその人が有しているからなの。そして、優しくされたら嬉しいし、傷付けられたら痛いから、それを周りに自然と返してしまうのよ」
良いにしろ、悪いにしろ、人は受けたそれを他人に返す。だから優しい人の周りには優しい人が集まるのだし、悪い人の周りには悪い人が集まるのだ。
陰口を嬉々として話す人の周りには、やはり陰口を言う人が集まるのと同じ。自分が相手のいない時に誰かの悪口を言うのならば、きっと何処かでその人も悪口を言われている。
でも、本人がいてもいなくても、同じように大切な人の事を褒めるような、楽しかった事を穏やかに話す人の周りに居る人は、やはり同じようにその人の事を穏やかに誰かに話している。そして、それがどちらのタイプであれ、聞いていて不快だと思えば人間関係は希薄となり、近いタイプの人間だけが残るのだ。
だからこそ、ルフィの周りにはいつも優しく温かい人が集まる。その優しく暖かな人に、私も数えてもらえていたら、それだけで幸せだと思える。
「ナミは、不思議な子ね」
「そう?私は普通の村娘Aでしかないと思うんだけど」
「……本気で言ってる所が嫌よね、ナミって」
そう言いながらもロビンは楽しそうに笑うから、私もまたつられるように笑う。……ほら、ね?
笑顔も楽しさも、伝染する。共に居て楽しいと思える相手、大切だと思える相手とは、きっと皆何かで繋がってる。
何かを伝染させるならば、叶うならばいい事を伝染させたい。でももし、辛い事があるのならば、抱えきれないものがあるのならば、共にそれを背負わせて欲しい。
100kgの荷物だって、10人で分ければ1人10kgで済むのだから。ねぇロビン、私も1人で抱える癖があるけど、少しずつ皆にもそれを持って欲しいと言えるようになってきたのよ。
だからきっと、ロビンも言えるようになる。今はそれが怖くても、きっと支え合えるようになるから……だからどうか、自ら全てを断ち切らないで。
「ナミー!そろそろ行くぞー!」
ウソップの声が聴こえて、私ははーいと間延びした返事をしながら立ち上がる。そして、ロビンに行ってくるわねと笑ってからメリーを飛び出した。
ウソップは歩きながら近くに落ちている小石を拾って歩く。会話は特にないけど、ウソップが色々と溜め込みながらも自分でそれを乗り越えようとしてるのは分かるから、余計な言葉を口にする事が出来ない。
「ナミとルフィは、付き合ってんだよな?」
「えぇ、そうよ」
ウソップからの突然の言葉に頷けば、ウソップは足を止めて高いところにある木の実を拾っていた小石で器用に落とす。そうして落ちてきた木の実を拾いながら、私に怪訝そうな顔を向けて来る。
「ナミはゾロとサンジの事を、どうするつもりなんだ?」
「どうって?」
サンジ君は確かに私を想ってくれてるとは思うんだけど……なんでそこでゾロの名前が出るの?
ウソップの言いたい事が分からない。何を聞きたいのかしら?
「……まさか……嘘だろ?」
「何が?」
ウソップはそう言って顔色を変えると、嫌そうな顔をしてみせる。それから成程なァなんて呟いて、次の木の実を落とした。
「ゾロとサンジがナミを諦められねェとか、狂っちまいそうだと言ってたから、聞いてみただけなんだが……。ナミは、何も分かって無かったのか」
「……何を?」
「こういう事を俺が言うのもなんだけどよ、ゾロもサンジもナミに惚れてる。少し、距離を置いてやるとか出来ねェか?」
ウソップは私と視線を合わせる事なく、次々と木の実を落としつつそんな事を言うから、本気で意味が分からないと思ってしまった。だって、え、嘘でしょ?
「サンジ君には襲われたし、その時に言われたから多分そうだって分かってるけど、ゾロは違うでしょ」
「……ナミ、今さり気無く聞き流せねェ言葉が混ざってたのと、何処から突っ込めば良いのか悩む返答だったんで少し確認したいんだが……な?」
ウソップは落とした木の実を拾いながら私に視線を向けて来る。その表情は真剣そのものだ。
ふざけてる訳でも冗談を言ってる訳でも無いウソップの言葉は、無視できないものがある。だからこそ、私は黙ってウソップの言葉を待つ。
「まず先に、ゾロの方だが、ゾロはナミに惚れてる。本人は言うつもりも無さそうだけどよ、生殺しにも程があるだろって位ナミが無防備だから、そんでもってルフィが見せ付けるからキツイだろうと思うんだよ」
「……ゾロが、私を?」
言われてから空島での事を思い出す。そう言えば確かに、好きだと言われたけど、そう言う意味なら私も好きだと返した気がするわ。
その時ウソップの顔が般若のように変形していき、何も言葉を口にしてないのに何故!?と叫びたくなった。そんな私にウソップは低く唸るように言う。
「ゾロに、何言った?」
「ゾロが私の事好きだって言うのは、聞いたわ。本人から。でもそれは仲間としてでしょ?だから私もゾロの事「待てェい!馬鹿かてめェは!ナミを女として見てるって話だよ!!なんだその拷問みたいな反応は!」」
ウソップに言葉を遮られてしこたま叱られた後、私は文字通り小さくなっています。はい。
ウソップも色々あって疲れてるから、言葉が容赦ないわ。あ、でももしかしたらこれで少しは発散出来たりしないかしら?
恐らくは小1時間程叱られた後で、ウソップは溜息をこれみよがしに落とした。それから呆れを隠さずに、何故か叱られ続けていた私よりも疲れた様子でウソップは言葉を口にした。
「……まァそっちはとりあえず分かった。ナミは、ゾロに惚れられてるって事だけ理解してくれたらそれでいい」
「ゾロが、私を……」
「これ迄少しも考えてなかったって顔だな、おい」
言われて素直に頷いた私は、ボーッと言葉を口に出す。もう、何も考えていない。
叱られ続けた事で少し混乱していたのと、疲れてしまったが故の結果である。決して言い訳の為に口にしたとかではないのよ。
「ミホークと、シャンクスと、サンジ君には、恋愛感情を向けられてるの気付いてたのよ。でも、それによってどうするとかは特に無いのよ。だって私はルフィじゃなきゃ嫌だし、どうしたらいいだろうって思ってて……。だから、何かあったら頼れって言われて、ゾロに甘え過ぎてたかしらね」
「……ゾロが自分でそう言ったんなら、甘えてやっても良いかもな。俺ならキツイけどよ。ゾロはナミが1人で抱え込むの見るよりは、吐き出して貰えた方が楽なのかも知れねェ」
深い溜息と共に吐き出されたその言葉は途中で1度止められて、そして……。真剣な顔をされた。
「にしてもお前、ゾロの想いに気付かねェのは鈍いから諦めるとして、何だってそんな大御所に想われてんだよ」
「シャンクスは、師匠で、お兄ちゃんで、だから……そんな事を言われても困るわ。それに、ミホークはシャンクスの友達だからって気を抜いてたらってだけで、何をどうして想われたのかなんて私の方が聞きたいわよ」
「……だとしたら、ドフラミンゴってのも怪しいな。ナミお前、ある意味ですっげェ不運だなァ。……ルフィ頑張れよ」
ウソップはそう言ってまた木の実を落とし始める。その言葉の後半で呟いた言葉は聞き取れなかったけど、木の実をコンスタントに落とすウソップの姿を眺めてから、私もクリマタクトをウソップを背にして振り回す。
風を起こすのも、何をするのも、速度は変わってないけど威力が格段に上がっている。これは……使いやすいわ。
前回の改良で時短は済んでいたからかも知れないけど、これは本当に凄い。これなら、戦える。
「……ゾロの件は、ナミが想われてる事を認識していてやればそれだけで良い。余計な事言ったかも知れねェな」
「ウソップ……」
「それよりもだ!サンジに襲われたってのはなんだ?ナミとルフィはココヤシ村を出た頃から付き合ってるだろ。って事は、ルフィの彼女になってから、襲われたんだよな?」
「うっ……」
そりゃ、軽蔑もされるわよね。ルフィがいるのに他の男に……なんて。確かに合意じゃなかったけど、私は拒めなかったんだもの。
サンジ君を傷付ける事が怖くて、録な抵抗も出来なかったんだから、軽蔑されても……仕方ない。そう思って俯いたら、ウソップが私の頭を軽く撫でて来た。
それに驚いて顔を上げると、小さく辛かったななんて言うからどういう事かとその顔を凝視してしまう。ウソップが何を言うのか、緊張した状態で私は唇が動くのを待ち、そんな私とウソップの間を風がそっと吹き抜けて行った。