唇を動かして、声を音とする。そうして私は題名を告げる。
「〝だれかの心臓になれたなら〟です」
この人の作るミクちゃんの曲は、繋がってる事が多い。その中でも私は特に、この曲に共感できるような気がしている。
指が鍵盤の上を滑り、跳ねて、音を鳴らす。その音が何処か懐かしい。
「ーーー」
なれたら、良いなと思う。そんな存在になれたなら、喪わずに済むのではないかと思えるから。
「ーーー」
ロビン、どうか私達の為に犠牲にならないで。私は皆を、愛してる。
「ーーー」
皆の過去を知っているからこそ、政府が憎く思えて、世界が歪んで見える時がある。怒りと憎しみに囚われている私は、きっと本当に化物なんだろうなと自嘲してしまう。
「ーーー」
生きる為に足掻いていても、生かす為に足掻いていても、結局は踊らされていただけで、夢も何もかもが錆び付いていた。皆に助けて貰うまでは、無理に奪ったメリーの他は私には何も無かった。
「ーーー」
求めてはいけないと思っていた。そして、与えられるそれが痛かった。
「ーーー」
そんな私の震えた手を掴み、ありのままで良いのだと言ってくれたルフィに、どれ程助けられたか分からない。皆に、どれ程救われたか分からない。
「ーーー」
だからこそ、美し過ぎるロビンからの犠牲的な愛を私は拒みたい。そして、優し過ぎるウソップがメリーに向けるそれを止めたい。
「ーーー」
メリーはきっと、ウソップとルフィが戦うなんて事になれば、嘆くだろうと分かるから。世界が敵だとして、その闇を突き付けられて泣く事さえ出来なくなってるロビンの心に、少しでも寄り添いたいから。
だから私は歌う。大切な存在その全てを、何もかもを守りたいし、喪いたくはないから。
「ーーー」
今の幸福は、別れへと続くカウントダウンだと知っている。だからこそ、そのカウントダウンを引き伸ばして、皆と共に1秒でも長く時を刻みたいのよ。
「ーーー」
突然全てを失うくらいなら、私が先に溶けてしまえたら……。失いたくないから、失わせたくないけど、私は別れに強くないの。
「ーーー」
どうか、手を離さずに、笑っていて。私の側で生きていて。
「ーーー」
もしもメリーがもう少しでも走れたならば、ウソップは心を乱さずに居てくれた?
もしもCP9が接触しなければ、ロビンはずっと私達の側で笑っていてくれる?
もしも私がもっと強ければ、メリーを守り抜く事が出来たのかな?
離れようとする指先を、離したくないと縋り付くように私は追い求める。皆をただの思い出になんて、したくないから。
私はそっと息を吸い込む。ここ、恐ろしくテンポが早いのよね。
「ーーー」
皆の視線が痛い。いや、ここは本当にこの速度で歌うのよ。
この先、少しゆっくりに感じるのは、単純に今の所が早すぎるだけ。私の責任では無いわ。
「ーーー」
失いたくないから、全力を尽くすけど……もしも失う事が避けられないのなら、私はきっともう生きて等居たくないと叫ぶだろう。それくらいには、皆の事が大切なのよ。
いずれ人は死ぬ、それは船も同じ。分かっていても、生きて欲しいと願う私は滑稽なのかな。
「ーーー」
楽しいだけの人生なんてある筈ない。そんなのは分かってるの。
だからこそ、悲しいだけなんて事もきっと無い。だから、私は前に進む。
ルフィの側で、共に支え合って前に進みたいと思っているのよ。だって、夜明けは必ず訪れるから。
「ーーー」
どんなに絶望しても、この世界に愛する人が生きているから、私が死ねば悲しんでくれるから……だから私には、生きる他の選択肢は無いの。……生きていたいって、思えるの。
「ーーー」
地獄にあって尚、何度でも立ち上がろうと思えるのは、私の鼓動を動かす愛する人が居るから。だから私は諦めない。
「ーーー」
いつか、ルフィや皆が、私を救ってくれたように……私も皆を少しでも助けたい。そんなふうに心を支えてくれる皆のように、私も少しでも生きたいと思って貰える理由になれたなら……それを願う事は、罪なのかな?
歌い終えて、演奏を終えるとロビンが隣で呆然とした顔を見せる。そして、微かに肩を震わせて、泣き出しそうな笑顔で微笑んだ。
ねぇロビン、泣いても良いのよ。泣く事は罪ではないのよ。
そう言おうとして、やめる。だって私も、あの時まで泣く事なんて〝自分に許していなかった〟のだから。
そう思って言葉を飲み込んだ私に、ルフィが絡み付いてくる。そして、妙な事を言い始めた。
「ナミは、何を知ってて、何を隠してるんだ?」
「なんの話?」
私が素直に問い掛けると、ルフィはスっとその瞳を細めて、今はまだ逃がしてやるなんて囁く。ルフィは、何を言ってるんだろう。
それからはルフィの快気祝いだしと言う事で、いつもの様にONE PIECEの主題歌やエンディングテーマをメドレーの如く弾きながら歌い続ける。それにより盛り上がる場に、自然と笑みが浮かぶ。
楽しい時間は瞬く間に過ぎ去り、皆に酔いが回るのもどうやら早い様子。愛しい、大切な人達に囲まれて、私は幸福という名の沼に自ら沈んで行くような心持ちになる。
宴も落ち着いて、チョッパーが甲板で寝ているのを確認した私がチョッパーを抱き上げようとしたら、ゾロの腕がそれを阻止するように私からチョッパーを奪う。それに驚いて視線を向けると、男部屋には俺が運んどくから寝ろと言われて頭を軽く叩かれたので、素直に頷いておく。
流石に疲れたみたいだわと思って、私は少し伸びをした。ウソップ、ロビンの姿は見えないからもう寝たのかなと考えて、小さく笑う。
それから後片付けをしているサンジ君に視線を向けて、手伝おうとしたら大人しく休んでくださいと言われて追い払われてしまった。肩がバキバキ言うのは、ずっと演奏しながら歌い続けていたからだろうか。
ルフィの姿を確認出来てないけど、サンジ君がここに居るのにルフィが食料を食い荒らさないかの不安を見せてないって事は、ルフィが見張りなのかしらとそんな事を思いながら、私はいつもの癖で女部屋に帰って行く。部屋に入ると誰も居なくて、ロビンはまだ体調の関係で見張りの要員じゃない筈だからと首を傾げる。
とりあえずロビンが帰ってないのは理解したけど、起きてると怒られそうだしと航海日誌だけ書き終えたら寝ようと決めて机に向かう。その時1冊の本が波による揺れで落ちてきたので、慌てて手に取るとこの世界では使われていない片仮名を用いて書いた、私の記憶していた未来に関する物を纏めた物だと理解する。
広げてみるとやはり今いる島の事は何も書かれていないから、この島は原作に描かれていなかった島なのかなと1瞬考えて、でも青雉との遭遇が描かれてないなんて有り得ないわよねと思う。それに少しは記憶として蘇ったのだから、私が書き出した時には既に忘れていた話だったと言う事なのかも知れない。
実際この冒険にルフィと共に来るようになって、全てを描かれている訳じゃないことは理解してる。毎日の毎回の食事内容とか、誰が見張りだとかそんな事は時々描かれてる時もあったけど、基本的には描かれてなかったもの。
だから、大筋で何が起きるのかだけでも知る事で対策を練られると言う他には、利点なんて無いのよね。それでも……原作には無かった多くの出来事があり、原作にあった大きな出来事を回避しようとした弊害が何処で押し寄せるかなんて分からないから、私は常に最悪の事態を想定して対策を取るようにしていかないといけない。
それが運命に弓引く事を選んだ私の責任。その責任は、私にのみ向かうべきだと思うけど、どうなるかは分からないから……皆を極力巻き込まない為にも、常に警戒心は保って行かないといけないわね。
メリーは頑張ってくれるから、次の島には行ける筈だけど、念の為能力者全員分の浮き輪は用意して置かないと出航するのは危険よね。ウソップとルフィの決闘も、ウソップがそれで1味を辞めるとか言い出さないとも限らないから、それを宥められるくらいに私も覚悟を決めて精神的に落ち着いておきたい。
ロビンだって、最悪の決断だと私は思ってる原作の流れだけど、ロビンがもしもそれとはまた違った選択を……例えば自殺とかをしないとも限らないから、私はそれを止められるようにちゃんと真面目に体を鍛え直さないとと思う。イザとなった時には、速度がものを言うから。
そんな事を考えながら航海日誌を書き終え、懐かしい情報ノートに視線を向けていたら私を抱き締める腕があって、どうやらそろそろ休めって言いたいらしいと分かる。でもこの腕、ロビンじゃなくてルフィよね?
「ルフィ?」
「ん?」
「見張りじゃ無かったの?」
「俺は今日までは免除だ。ヤミアガリだからな!」
そう言われればそれもそうかと思う。なら今夜ロビンって可能性も無い訳だから、見張りは誰かなと少し考えて、姿の見えなかったウソップかと理解する。
サンジ君と私はゾロの提案により、元々見張り要員からは除外されてるものね。その時、ルフィが私の髪を少し退けて、項に唇を落として来た。
それに素直に反応する私の体だけど、私はまだ病人なのよと少し思う。だから私は、ルフィに辞めるように言葉を口にする。
「ルフィ、駄目よ。……チョッパーから私は安静にしてるように言われてるんだから、もう少し待って」
「俺は、今欲しい」
「ルフィ……?」
「ナミが、欲しい」
私の首に顔を埋めるようにしてルフィがそんな事を言うから、私はそれに1瞬言葉が詰まる。ルフィが望むなら、いつでもどんな事でも応えてあげたいけど……。
「……私の全ては、元々ルフィの物よ。だから、焦らないで。もう少しだけ、時間をちょうだい」
あの日、ルフィと共に波間の向こうを目指すと決めた瞬間から、ルフィを海賊王にすると決めたあの時から、私の全てはルフィのもの。だから安心して欲しい。
そして、今夜は少しゆっくり休ませてと切に願う。それと同時にルフィの腕の温もりに安心して、気が抜けた私はウトウトとその場で眠りに落ちてしまったのだった。