誰かが私の名前を呼んでる。……誰だろう。
とりあえず、幸せだなぁって思う。名を呼ばれる事が、ひどく心地よい。
「んっ……ルフィ……」
いつも傍にいてくれる存在の名を9割以上寝ている私の口が勝手に紡ぐ。それによって私を抱く温もりが少し抱き方を変えて、何処かに私を運んでいるのが分かる。
でも、今は指1本だって動かしたくない。そう思っていたのに、恐らくベッドだろう所に降ろされたのを感じて、離れようとする温もりに縋るように体が動き出す。
本当に指1本だって動かしたくないと思っていたのに、私の体は勝手にその腕を掴むと、甘えるように自ら擦り寄って行く。離れる温もりに、寂しさを感じてしまったから。
恐らくは腕を掴んでるつもりでも、触れてるとか乗せてるとか、その程度のものに近い気がするけれど……。それでも離れて欲しくないと願ってしまった。
「ルフィ……」
「ナミお前な、俺に理性とかある訳……クソッ!後で覚えてろよ!?」
そんな声が聞こえたような気がした後で、ルフィと思われる温もりが私を優しく抱き締めてくれて、そのまま柔らかい物が掛けられたのが分かった。でも、より暖かいものを求めるように、私の体はその温もりの熱源に擦り寄り抱き着く。
「ナミ……お前な……なんで寝てる時の方が甘え……。あァ畜生!1生ナミには、勝てる気がしねェ」
そんな呟きが聞こえたような、そんな気がした。それからどれだけの時が過ぎたのかは分からないけれど、私の意識が自然と浮上した時、呆れ顔のチョッパーと、少し照れた顔をしてるサンジ君と、何故か疲れた顔をしてるルフィがいた。
それでも私の気分は晴れやかで、目覚めはスッキリとしている。もう少し、このままルフィに抱きついていたいと思ってしまう程に、この温もりが安心出来るの。
「ナミ、おはよう」
「ん、ルフィ、おはよう。なんで1緒に寝てるの?」
「ナミが絡み付いて離れなかったんだよ!」
「そんなの、嫌なら振り払えば良いじゃない。でも、おかげでよく眠れたわ。ありがとう」
私の言葉にルフィは深々と溜息を落として、サンジ君が食事の支度は出来てますよと笑ってくれた。チョッパーはもう少しだから、動くなよと言いつつ診察を続けてくれている。
それが終わってから、妙にスッキリと目覚めた私を何処か恨めしそうに見てくるルフィの腕から抜け出して、チョッパーの手を握ると共に朝食を食べに向かう。そんな私の背後でどんな会話がなされていたのかを、私は少しも知らなかった。
「また、ナミさんを抱き潰してるのかと思ってたが、まさかなァ……」
「うるせェよサンジ。あんな、甘えてこられて……手も出せねェ俺の気持ちが分かってたまるか」
いじけたようなルフィの言葉にサンジは苦笑すると、軽くルフィの頭を叩く。それから煙草の煙を吐き出して、兄のような顔で笑った。
「ナミさんが、その身と心を全て預けてくれてるんだ。たまにはゆっくり休ませて差し上げろ。……ルフィにだけなんだぜ、ナミさんがあの顔で笑うの」
サンジの言葉にルフィは声を詰まらせて、それから息を吐き出す。その上で低い声で問い掛ける。
いや、それは確信を持っていたから問い掛けと呼ぶ事が果たして正しいのかどうか、微妙なところではあるが。ルフィのそれは、真剣でありそれから逃げる選択肢は恐らく誰にも出来ないだろう。
「それをわかってて、ナミを抱いたんだろ」
「……っ!?ナミさんが、言ったのか?」
「……ナミは、俺が何しても最後までサンジの名を出さなかった。庇ったんだろうな、サンジの立場と俺の心を」
そんな風に言ってルフィが暗く笑えば、サンジは煙草の火を消してからルフィに向き直る。直前に動揺していたのとは、まるで別人のように真剣なサンジのその様子にルフィは軽く息を吐き出す。
「殴られる覚悟は出来てるが……ルフィお前、ナミさんに何したんだ」
「少し、虐めただけだ。傷付けたりはしてねェし、サンジにその事でとやかく言われる筋合いはねェぞ。ナミはサンジに抱かれる事を嫌がっただろ」
「俺が、ナミさんから求めてきたって言ったらどうする気だよ?」
サンジがその瞳を細めてルフィに問い掛けると、ルフィはベッドに転がって笑い出す。それにサンジは驚きを隠せずに凝視すると、ルフィは腹を抱えて笑いながら言う。
「有り得ねェよ。ナミは、真面目で1途だ。その上情事が苦手なんだ。恋人相手でも躊躇うナミが、恋人以外になんてのは〝守る〟為以外では有り得ねェ」
「それは……」
「俺と付き合う前のも、村を〝取り戻す為の金〟でも得ようとしたんだろうな。もしくは、逃げられないと悟ってそれに切り替えたか。その相手を誰なのか言わねェのは〝俺達の誰もまだ勝てねェ〟とナミが判断してるからだ」
ルフィの言葉にサンジは声を詰まらせる。そこへそういう事かと言って会話に入ってきたのはゾロで、2人はゾロへと同時に視線を向けた。
「ココヤシ村でナミから鷹の目の臭いがしたんで、問い詰めたが中々吐かなくてな。無理矢理吐かせたが、そういう事だったか」
「マリモ……お前、ナミさんに何した?」
「コックと違って俺は手を出しちゃいねェよ。ンな事したら、ナミはいざって時に何も言わなくなるだろうが」
ゾロのそれに対してルフィはベッドから降りると、帽子を目深に被り溜息を落とす。3人とも分かっているのだ、愛する存在が共通している事と、それを誰1人諦められはしないのだと言う事を。
それなのに、互いに互いが大切な仲間であり、信頼出来る友人である事も……嫌という程に分かっている。だからこそ、3人は同じような苦しみを胸の奥に抱く事になっているのだと。
「2人共分かってるとは思うけどよ。ナミは12年前から、俺のモノだ。2人が惚れるのも分かるけどよ、ナミを傷付けて泣かせるな。ナミの心を俺から奪えてから、手を出せ」
「「ルフィ」」
「2人をナミは信頼してる。ナミのそれを裏切ったりするなよ。これ以上、1人で抱え込ませたくねェだろ」
ルフィの言葉にゾロとサンジは確かにと頷くしか出来ず、ルフィはそんな2人に少し寂しそうに笑ってみせる。本当にそれぞれが大切な存在で、失えないと分かっている相手だからこそ……つらいのだ。
「強くならねェとな。ナミを犯したのは、鷹の目のオッサンとミンゴだ。……それと、サンジな?」
「ルフィ……お前、俺を殴らねェのかよ」
サンジが問い掛けるとルフィは言う。肩を竦めて。
「ナミが庇ったんだ。何されても最後まで。どうしてその答えを知ってるからって、殴れるんだよ。……それだけナミは、サンジの事も大切なんだ。2度と、傷付けるな。次は、許さねェ」
ルフィがそう言って去るのを見送り、ゾロは息を吐き出す。ナミがルフィに何をされても黙っていたという真実に、残された2人はその意味を正しく理解しているのだろう。
優しいを通り越して甘いとしか言えないような対応をするナミと、それ故に耐える事を選んだルフィのそれに、胸が痛まない筈もない。だが……だからといって他に想いを向けられるならば、切り替えられるようなら初めから〝自分の全てを掛けるに値する男〟が全力で〝愛し続けている女〟をそれと分かっていて想いはしない。
ルフィが溺れている相手だ。それは2人共、嫌という程に理解している。
「普段馬鹿やってるから見落しがちだが、ルフィは野生動物と同じだ。本当に必要な事だけは分かってやがる。……本当に惚れてるなら、それなりの行動取れよ。ダーツ君」
「五月蝿ェよ、天然記念物が……」
その頃食事室では、中々姿を見せない2人を呼びに行くと言ったきり、帰ってこなくなったゾロを心配するウソップとナミがいた。
「まさか、メリーの中でまで迷ってたりしないでしょうね?」
「やめろよ!ありそうなところが怖ェだろうが!」
ウソップが悲鳴のような声を上げたのを見て、ゾロの方向音痴って神がかってるわよねと思わず呟けば、何故かチョッパーとウソップが、そういう意味ではナミも同種だよななんて言い出す。何が同種なのか分からなくて、首を傾げれば2人にこれみよがしな溜息を吐かれる。
「私、方向音痴じゃないけど……?」
「そろそろ3人共こっちに来るわよ」
私の言葉を無視してロビンがそんな事を口にするから、何やら盗み聞きしていたらしいと知る。でもその様子が静かな怒りを含んでいるように思えて、私とウソップとチョッパーは黙ってロビンから距離を置いた。
ロビンって怒らせない方が良いタイプだもの。絶対。
その時足音が聞こえて、私の顔は自然と綻ぶ。この足音と気配は……。
「ルフィね」
「そうみたいだな」
私とチョッパーの反応に、ウソップは不思議そうな顔をする。それに対してロビンは、面白そうな顔で私達を眺めているのが分かる。
「なんだってチョッパーとナミはルフィだって断言出来るんだよ」
「足音」「におい」
「待て待て、同時に話すな。まずチョッパーは?」
ウソップの執り成しでもう1度チョッパーがにおいだと言うと、野生動物だもんなと納得した様子で言ってから、ルフィは臭いのか?なんて聞いて、チョッパーに肉の匂いがすると言われているのを眺める。
そんな私に今度は、その場にいる3人の視線が同時に向けられた。なんだろうと思っていたら、ウソップがナミはなんで?なんて言い出す。
「足音と気配かしらね。ルフィは、気配が独特なのよ。王になる素質を持ってるから」
「……そっか、ナミは泥棒としてプロだったもんな。忘れてたぜ」
「確かにルフィのそれは独特よね。真っ直ぐでわかりやすいわ」
ロビンが同意してくれた事で、ウソップがこの船に普通の女は居ないと小さく呟いた。……全く無礼な奴ね。
その直後私は気分を切り替えたくて、ロビンに大好き!と言いながら抱き着いた。そのタイミングでルフィが中に入って来て、不思議そうに私とロビンを見て来る。
「何してんだ、お前ら」
「ロビン大好きって私が飛びついたのを、ロビンが抱きとめてくれただけよ」
「ナミは可愛いもの。構わないでしょう?」
ロビンがルフィに笑って問いかければ、ルフィはにししっと笑った。それから仲間だもんな!なんて明るく言うから、私とロビンは自然とそれにつられるように笑っていた。
その後揃ったメンバーと共に食事を済ませれば、チョッパーがそれぞれの部屋で寝るんでもう大丈夫だと宣言してくれたので、私とロビンは顔を見合せて笑い合う。ただし、ロビンは見張りをもう少し免除だと言うから、ルフィだけ1足先に見張り要員に返り咲きとなった。
「なら、暫く免除されてたから今夜は俺で良い!今までありがとな!」
「それならもう船を出す?」
私が皆に問いかければ、それぞれが顔を見合わせて明日の朝1番で出航しようと言う事で話が纏まった。久々の見張りが出航直後では流石にと言うのがその理由らしい。
その日は穏やかな日だった。少し落ち込んでるような雰囲気を時々サンジ君から感じたけど、他は至って普通。
大量に得られた果物は、果実酒やパイ、ジャムへとその姿を変えて、果実酒以外の2つはサンジ君から皆に提供された。ダージリンを基礎に使ったアップルティーとアップルパイを提供された私は、甲板でそれに手を伸ばすけどロビンは珈琲だけでいいわなんて言い出す。
「1口、いらない?」
「ナミが食べさせてくれるなら食べようかしら」
「……腕を動かすのもまだ、怠い感じなのね。だとしたら青雉は……」
「本当にナミには誤魔化しが効かないわね。……えェ、恐らくは私が砕かれる時に苦痛を感じないようにと、強くその能力を使ってくれたのでしょうね」
決してわかりやすい優しさでは無いけれど、青雉はロビンを形の種類は不明だけど深く愛しているのだろう。それが伝ってくるなと思う。
そんな話の為に重くなった空気を打破しようと、私はアップルパイを少し切って、フォークの先に刺してからロビンに向ける。
「はい、アーン」
「あら、本当にやってくれるの?」
そう言ってクスクスと笑ったロビンは、お言葉に甘えてなんて言ってアップルパイを口に入れる。それから小さく、思ってたよりも甘いわなんて言って珈琲を口にするから笑ってしまう。
こんな無防備な顔を見たのは、初めてかも知れないと言う程にロビンはその甘さに驚いていたから。他愛無いこんな幸福がいつまでも続く事を祈りつつ、私は残っているパイにフォークを突き立てた。
波の音が奏でる音楽を聞きながら、優しい潮風を感じて私とロビンは笑い合う。穏やかな時間が、1秒でも長く続く事を願いながら、残りのパイを楽しんでいた。