※この作品はR-18です。

波間の向こうを目指して(新・本編)   作:夢枕 七変化

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女達

 穏やかな日は短い。夜になり、明日からペンを持っていいと言われた私は、久し振りにロビンと2人きりで過ごす夜だと気付く。

 病人がいるからと気を使ってくれていたのは分かっていても、それでも騒がしかった皆が居ない。その為にシンとした室内に少しの物悲しさを感じる程。

 

 「……静かね」

 「……本当に、何だか不思議な気持ちだわ」

 

 そう言って互いに見詰め合い笑い出す。そして、航海日誌書いてから寝るわと言った私にロビンが問い掛けてきた。

 

 「この本、見た事の無い文字で書かれているのだけれど、ナミの物よね?」

 

 言われてロビンに視線を向けると、ロビンが手にしていたのは未来に関する資料の本で……。内心は決して穏やかではない。

 声が震えないように、かすれないように、注意して言葉を口にする。漫画として読んでいた世界と似てるなんて、そんな事、言える筈もないのだから……どうしたらいいかと考える。

 

 「そう、よ。どうして?」

 「古い本みたいだけど、読めないからナミは読めるのかなと思ったのよ」

 「……読めるわよ。私が幼い頃に文字の練習帳として使ってた物だもの」

 

 ほんの少しの真実を混ぜて答えたそれに、ロビンは成程と笑ってから、私の目の前にその本を広げてみせる。ロビンの指先が〝カ〟〝キ〟〝セ〟〝ヘ〟〝モ〟〝ヤ〟〝リ〟を順番に示して行く。

 

 「この文字は〝子供文字〟とほぼ同じだから、どう言う事なのかなと思って考えていたのよ。他にも〝コ〟は〝こ〟を繋げただけに見えるわ。そう考えるといくつか読める物もあって、聞いてみたいと思っていたの」

 

 ニッコリと微笑むロビンに、これだから頭の良い人はと内心で思う。そして、小さく息を吐く。

 

 「1~2歳の頃に練習帳として使ってたの。村を出る時に見付けて、懐かしくて持ってきたのよ。恥ずかしいからあまり見ないで貰えると助かるわ」

 「……ナミは、未来を知っているのね。そして、自分を〝存在してはいけない〟ものとして考えている」

 「ロビン?」

 

 何を、言ってるの?

 そう続けたいのに、ロビンの瞳が真っ直ぐに私を捕らえて離さない。分かっているのだと、何故かその瞳が確信を持って伝えて来るから、私は震えそうになる自分の体を抱き締める事しか出来ない。

 

 「ナミは、素直ね。……時々ナミは失言をしていたのよ。〝この体は可愛い〟とか〝今はまだ勝てない〟とかね。何よりも、ずっと気になっていたのよ。空島に到着してすぐの頃、ナミが名前を呼んでと言ってくれた時の言葉が」

 「ロビン?」

 

 私、どんな失言しましたか?

 そう思って焦る私からペンと航海日誌を取り上げて、ロビンはそれを机に置くと私をベッドに縫い付けるように押さえ込み、吐息がかかりそうな程の近距離で言葉を紡ぐ。全てを見透かす様な眼差しで。

 

 「ナミはあの時『私、今の名前気に入ってるの。……ベルメールさんが、育ての親が私にくれた最初の贈物だから』とそう言ったのよ。〝今の名前〟って。なら、それ以前の名前があり、それをナミは覚えている事になるわ」

 

 血の気が引く音を聞いた気がした。そこまでバレてしまえば、夢見で幼い頃に未来を見たのだと誤魔化す事さえも難しい。

 どうしたら良い。どうしたら……。

 いいえ、落ち着くのよ私。未来を知ってるなんて、普通なら有り得ないし、この世界だからと有り得たとしても、それは特殊例。

 ならば、それを納得させられれば過去の私については誤魔化せる筈よ。私が存在自体が本来許されないモノだなんて事、ロビンに知られたら悲しませてしまうもの。

 

 「……確かに、未来を〝見ていた〟わ。幼い頃は」

 「幼い頃?」

 「えぇ、私は幼い頃夢で未来を見ていたの。故郷が海賊に襲われて、母が私と姉を庇い殺される。その海賊に、私は利用される。そんな未来を見ていたわ」

 

 ロビンは無言で私を見詰めて、微かに動揺をその瞳に映した。だから私は笑う、精一杯の形で。

 

 「それを食い止めようと、海に出たの。そこで出逢った人達がいて、関わった人達と、その人に深く関わる人の過去を見たのよ」

 「私が、ルフィと関わるから……過去が見えたって事?」

 

 ロビンの言葉に頷けば、その手から力が抜けたのが分かった。そして、ロビンはその美しい顔を歪ませて、今にも泣きそうな顔で笑った。

 

 「今はもう未来や過去を見る事は無いけれど……それを夢で見ていた時、夢の中にいた私は今とは別な名前で、舞を嗜んでいたの」

 

 ロビンが私の言葉を聞いて力尽きた様子で降ってくるから、私はそんなロビンを抱きしめて微笑む。嘘ばかりついて、ごめんなさいと心で謝りながら……。

 少し、これまでに話してきた事に付け加えただけ。それで何とか誤魔化して、上手く説明出来なかったのなんて言いながら笑えばそれで大丈夫の筈。

 地球の、それも日本の話なんて本当に夢と同じだもの。平和で、暖かくて、なのに無機質。

 便利な世界なのに、息苦しくなる事の多い世界。自然な物が殆どなくて、人が死ぬのは画面の遠い所で起きる他人事。

 この世界は厳しい事も多いし、不便な事も多い。でも人工物なんて本当に少なくて、優しくて、そして……命の軽い場所。

 命が軽いからこそ、命が尊く感じるのだと私は知っている。そして、大切な人達には常にそれを伝えておきたいと思わされるの。

 

 「ロビン、勝手に過去を知っていてごめんなさい。私は、10年以上前から、ロビンがルフィの仲間になるのだと知っていたのよ」

 「私は……裏切るかも、知れないわよ」

 「無いわね」

 「え?」

 

 私が言い切るとロビンが私の胸から顔を上げた。その頭を撫でながら、笑う。

 ロビンが驚いた顔をして、少し幼い様子を見せてくれているのが嬉しい。私はやっぱり、ロビンの事が大好きなんだわ。

 

 「裏切りは、私の十八番。ロビンにそんな事出来やしないわ」

 「……ナミこそ、できそうにないと思うけど?」

 「私がいくつの海賊団を沈めてきたと思ってるの?ロビンとどちらが多いか分からない程なのに。それもね、ロビンは裏切られたから、売られそうになったから、仕方無くてやった事。でも私は違う」

 

 私は海賊から宝を得る為に、海賊の拠点がいくつかある場合、金目の物があまり無い方を海軍に報せて、金目の物が多い方からそれだけ貰ってトンズラしたりって事をしたのよ。私は……捕まればどんな所へ送られるのかわかっていて、それを行って来たし、それを憂いたり反省したりするつもりもないの。

 

 「……ねぇ、ロビン。私達はきっとこれ迄幸福を貯めてきたんだと思うの」

 

 私の言葉にロビンは黙って視線で問い掛けてくる。何を言ってるのかって。

 

 「幸福は人それぞれ持って生まれた量があるんじゃないかなって思うのよ。それでね、私もロビンも美しい肉体と可愛い、または美しい顔を持って生まれた分無駄に面倒な目にあってきたと思うの」

 「……ナミったら」

 「あら、本気よ?だからこそ、これ迄不幸が多くて、苦痛の多かったロビンは、ルフィという太陽に出逢えたのだと思うの。この先は、ロビンが手を離さなければずっと幸福で居られると、私は信じているの。……ここは、根を張っても大丈夫な、優しい場所よ」

 「ナミ……貴女……」

 「ロビンの事、私は親友だと思ってるし、家族みたいに思ってるの。だから、何処にも行かないで……」

 

 情けなくも声を震わせた私に、ロビンは小さく頷いてくれた。例え今だけでもいい、1度頷いたからには、その時が来たとしても私はロビンを諦めない理由を得られているのだから。

 

 「それにしても、凄い体制ね。……このままナミを襲ってもいい?」

 「本気じゃない癖に。ロビンは、ルフィを敵に回す覚悟はある?」

 「ナミの為なら、戦ってあげるわ」

 

 そう言ってロビンは吹き出した。本当に可笑しそうに。

 お腹を抱えて笑うロビンに、私はホッと息を吐く。そして、釣られたように笑い出した。

 そんな私達の笑い声を聞いた男達が、あの2人仲良しだよななんて話して笑ってるなんて事は、当然知らなかったけれど。そんな笑いの渦が落ち着いてから、ロビンは早く寝ましょうと私を誘うから、航海日誌は明日にして今夜は寝ようかなんて笑い合う。

 そしてロビンが、今度から航海日誌は私と交代で書くようにしましょうなんて言ってくれる。それに驚いて視線を向けたら、楽しそうに笑われた。

 

 「私にも何か仕事させて。ナミにだけ全てやらせるなんて、嫌よ」

 「ありがとう。なら、私の書き方とロビンの書き方での違いが生まれないように書式考えないといけないわね」

 「……どうしてそこで生き生きしてるのよ。ナミは本当に変な子ね」

 

 ロビンは少し呆れを滲ませてそう言うけれど、私は本当に幸せだと感じていた。皆が生きて、傍に居てくれる幸福に、優しさに包まれている幸運に、私は泣きそうな程嬉しいと思いながら眠りに落ちた。

 翌朝いつもの様に網の様子を見に行くとゾロが即座に姿を見せてくれて、そこへ少し遅れてサンジ君が姿を見せると珍しくルフィまで顔を覗かせた。

 

 「お前ェら、いつも朝早くから何してんだ?」

 「ルフィの為に食料調達してんだよ。まァ、始めたのはナミで、作るのはコックだから、俺は引き上げてるだけだけどな」

 

 ルフィの言葉にゾロが返せば、ルフィは網と私を交互に見てありがとうなんて笑うから、どういたしましてと笑っておく。網が上がれば大量の魚介類が居て、サンジ君がその中で食べられる物を選んでくれる。

 

 「ルフィの為に、乳牛と雌鳥の飼育も考えたんだけどね……知識が足りないのと、場所が足りないのよね。それに冷蔵庫があるんだから無理しなくても良いのかなって思って断念したの」

 「ナミ、俺の為にそんなに……」

 「飼育してて、それが敵に害されたから殺して食べるとか……なんか寂しいじゃない?何よりチョッパーは動物と会話出来ちゃうから……つらいと思うのよね」

 

 言いながら網の点検をして、また海に落として設置しておく。これでお昼にまた何か捕まってる可能性があるわね。

 空魚も色々対処してからサンジ君が保存してくれてるから、本当に魚介類により私達は生かされてる。今回随分食料も入手出来たから、次の島までは問題なく到着出来るだろうと思えば自然と笑みも浮かぼうというもの。

 

 「俺は時々、ナミが怖ェよ。そういやナミ、昔から平然と鳥とか兎を弓で捕まえてたもんな」

 「肉食べないと弱る弟が3人もいたら、そうなるわよ。何かって言うとエースは熱出すし、ルフィは甘えてばっかりで何もしてくれないし、サボだけがまともだったのよ?」

 

 ヤレヤレとばかりに肩を竦めれば、ルフィが騒ぎ出す。でも、間違ってないじゃない。

 

 「ひでェ!俺ナミの為にって頑張ったんだぞ!」

 「茸も草も大半が毒だったじゃない。いくら言っても覚えないし、具合悪くなったルフィの為に私が何日寝ないで看病したと思ってるのよ!」

 

 昔の事で喧嘩を始めた私とルフィを見て、ゾロが小さく幼馴染じゃなくて姉と弟だなァなんて呟いて、ルフィがそれに膨れる。そんなやり取りの中で、サンジ君が魚を選び終えて運んで行くから手伝おうと手を伸ばしたところで、ロビンが代わりにその魚に触れた。

 

 「手数は多い方なの。ここは任せて。ナミはシャワーでしょ?」

 「ありがとう」

 

 そう言って私はシャワーを浴びに向かい、サンジ君がロビンに大丈夫だと言いながらも運んでもらう事になっている姿を遠目に眺める。メリー号の上では今日もまた、優しい時間がゆっくりと流れている。

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