ふと夜中に意識が浮上した私は、部屋のベッドに寝かされていると知る。私のベッドに張り付いて寝ているビビを見れば、真横に繋がっているもうひとつのベッドで寝ればいいのにと、少し思いながらその頭を軽く撫でる。
可愛らしい寝顔を見せるビビが、私を本当に心配してくれているのは分かるから、その心が本当に嬉しい。ビビの頭を撫でながら視線を上げれば、室内で寝ている仲間達の姿が見える。
そんな姿を見せられては、毛布の1枚くらい掛けてなさいよと思うのに、そんな思いとは裏腹に勝手に表情は笑みを形作って浮かべる。……大切にされてる事が、幸せだと思えるようになったから。
今までのように、この状態にあるべきは、愛されるべきは私ではないなんて思う事は無くなった。仲間に、ビビに、ルフィに愛されて……素直にそれを嬉しいと思えるようになった。
私は少しでも……彼らに何かを返せているのだろうか。そんな不安はあるけれど、この愛を拒む気にはもうなれない。
部屋にいるメンバーを見て、外にいるのがゾロだとわかった私は、船の揺れから針路を見なくて良いと気付いてホッと胸を撫で下ろす。単純な見張りについては、ゾロとウソップへの信頼が1番ある。
ゾロならば敵がいても切り捨ててくれるだろうし、ウソップはなんかヤバいセンサーで即座に皆に報せてくれる。だからこの2人のどちらかならば安心して、眠っていられそうだ。
皆を起こさないように気を付けつつ、起きたタイミングでトイレに行って水でもと思った私は、ゆっくりとベッドから降りる。けれども膝に力が入らなくて、崩れ落ちる体に自分を情けないと思いながら受身を取ろうとしたら、誰かに支えられた。
熱でぼぅっとしているから、それが誰なのかすぐに判断できなくて戸惑っていたら軽々とベッドに戻されてしまう。その温もりが、妙に安心出来るから大切な人なのはわかるけど。
視線を向ければルフィで、心配そうな表情で私を見ている。だけどここで寝るのは人間として不味いから、ルフィにそっと抱き着いて皆を起こさない為に耳元で囁くように目的を伝える事にする。
それを受けてルフィは頷くと当然のように私を片手で抱き上げて、スタスタと部屋から出て行く。こうしてみるとルフィの腕力って結構凄いよねーと呑気に思う。
多分に熱のせいもあるとは思うけど、思考回路が異様に鈍い気がする。でも、ルフィの腕の中にいる事で安心して、私はルフィに甘えるようにその肩に頭を落とす。
頭が重くて、支えきれないとも言えるけど、それをルフィは拒まないで居てくれるからつい、いつもなら出来ないレベルで甘えてしまう。それから少ししたら、ルフィから立てるか?と声が掛けられた。
「頑張るわ」
「……すっげェ不安になる言葉だな、おい。その単語でこんなに不安になったの、俺は初めてだぞ」
呆れたような声でルフィがそんな事を言うから、少しばかり笑ってしまう。そんな私に笑ってる場合かとルフィは言うけど、本当に幸せだと思うし、楽しいのだから仕方ない。
何とか立ち上がり、壁に手をついた私を見て、トイレの目の前だと言うのに、気をつけて行けよと心配するルフィになんとも言えない擽ったさがある。それは兎も角として、なんとかルフィの元に戻った私にルフィはホッとした顔を見せて、有無を言わさずに抱き上げると早々に女部屋へと運ばれてしまう。
「待って、ルフィ。水とか……」
「ベッドまで持ってくから、大人しく待ってろよ」
「その間に寝る自信があるわ」
「……わかった、キッチンに行くぞ」
精一杯キリッとした表情を作って言った私に、呆れたような諦めたような何とも言えない声でルフィが言うから、ありがとうと伝える。それにルフィは小さく笑った。
何かおかしい事を言っただろうかと、食事用の椅子に下ろされた私がルフィを見れば、ルフィは軽く頭を撫でてから水を取りに行く。その時私は奇跡を見た。
ルフィが包丁を手に蜜柑を切り、その刻んだ蜜柑を水差しに入れてから水を入れたのだ。何だろう、熱でおかしくなったのかな……?
「このまま本当は少し置いとくんだろ。でも取り敢えず、これで我慢して1杯飲んどけよ」
「……ルフィ、そんな事、できたんだ?」
「いつもナミを見てたから、多少は覚える。ほら、良いから飲めよ」
少し照れた様子でルフィは私にグラスを差し出すから、それを口にしてホッとする。体が水分を求めてたみたいで、1口飲んだだけで随分楽になった気がした。
「……ゴメンじゃなくて、ありがとうってナミが言ってくれた時、嬉しかった」
ルフィが突然そんな言葉を口にするから、水をちびちびと飲みながら視線を向ける。そんな私にルフィは笑顔で続ける。
「今までナミはさ、俺とか他の奴に愛情振りまいても、絶対にそれを受け取ろうとはしてくれなかっただろ」
そんなに頑なに拒絶した記憶はないけど、そんなふうに見えてたのかな。だとしたら、悪い事しちゃったと思って溜息を落とせば、ルフィが私の髪に手を伸ばして指に巻き付けるようにして遊び始めた。
「何かしてやれば〝ゴメンね〟だし、庇えば逆に心配掛けちまうし、どんなに痛くても苦しくても、泣くの我慢するしよ……」
言いながら私の髪にルフィはそっと口付けを落として、微かにその唇だけを笑みの形に変える。その唇から1瞬視線を外せなくなり焦ってグラスに視線を向けると、残りは半分になっていた。
なんでこんなに減ってるの!?と半ば八つ当たり的に思う。気恥しさからの逃避である事は認識してるんだけどね。
「そんなナミがさ、村を出てからは〝ありがとう〟って言ってくれるようになったし、何かあった時心配してくれてるのは変わらねェけど、お帰りとか言って笑ってくれるようになっただろ」
言われてみれば、そうかもしれない。自分の変化なんてよく分からなかったけど、前なら確かに海軍に追い回された後にお帰りなんて言っていられなかった筈。
きっと怪我はないかと全身撫で回して確認して、それから、無事で良かったと言いながら抱きしめてたと思う。それは……うん、確実に。
「心配ばかりかけて、でもそれがルフィだから仕方ないわよね。とか言ってナミは困ったみたいに笑ってるのがいつもだった」
反論の余地もない。確かによく口にした記憶があるわ。
「それがさ、変わっただろ。やっと、対等になれた気がしたんだ。だから……嬉しい」
ルフィはそう言って太陽みたいな笑顔を見せてくれる。その笑顔が少し眩しくて、私はグラスの水を飲む事で色々なものを誤魔化す。
グラスの水が無くなったのを確認したルフィは、私を抱いて立ち上がると今度こそ女部屋に向かって歩き出す。水差しとかは置かれたままだ。
「後で取りに来るから、気にすんな。今度からは、俺が守るから……たまには頼れよな」
そんな言葉を私に落としてから、部屋に入るとベッドに私を降ろした。ルフィはそれから私の左肩に触れると、痛そうにその顔を歪めた。
もう、私は痛くないのに。ルフィは優し過ぎる。
ルフィがそっと抱きしめるようにしながらベッドに寝かせてくれるから、そんなルフィに腕を絡めて触れるだけの口付けを送る。ウイルス感染のものでも、この程度ならばうつらない筈だから。
ベッドに体が沈むのと同時に、私の意識は沈んで行き、その時ルフィが小さく呻いたのが聞こえた気がした。
「……ヤり逃げかよ」
長い間、寝たり起きたりを繰り返していて、日付けの感覚が分からなくなる。それが夜であれば船は止まっている様子だったし、昼間ならば動いてる様子だった。
目覚める度に皆が心配して、食べられるかと言って何かを差し出して来る事が多くて、その大半が果物のすりおろしとかで誰の入れ知恵かと疑いたくなる程。ルフィなんて肉を食べさせようとするだけだと思ってたのに、随分と想像と違う動きをされるから、驚いてしまう。
「ナミ」
優しく皆が名を呼んでくれる。その声から、優しさと愛情が伝わって来て……泣きそうなる。
それを堪えて微笑み返せば、何故か頭を撫でられて眠るよう言われてしまうのだけど……。
落ちて行く意識の中で、私は何度も心から思う。ありがとう、ただ、それだけを。
次に気がついた時にはルフィが外へと飛び出して行ったところで、島が見えたのだと言う声が聞こえた。それに少し笑ってから顔の向きを変えれば、ゾロの姿が見えた。
その視線に気付いたらしく、ゾロがこちらを見て首の後ろをかきながら口を開く。どうしたらいいのか分からないというその態度に、なんだか可愛いなと思ってしまう。
「あー……。なんか、飲むか?」
ゾロの言葉に頷けばゾロは机の上に置かれていたグラスに、何かを注いで持ってきてくれる。そして自分で起きようとした私の体を軽々と支えて起こしてくれたので、それに甘えて水分を補給する。
「……本当に熱いな。まだ寝てろ」
後ろから聞こえた声に頷けば、ベッドに勢いよく倒れそうだった体を支えながら寝かし付けてくれて、額のタオルを取り替えてくれる。腕力があるって便利ねと少し思いながら、ゾロに言う。
「ありがとう」
上手く声になったかはよく分からないけど、そう言ってゾロを見れば額にタオルを置いた後、その手で瞼を伏せられる。その時に僅かに見えた表情は少し照れている様子だったから、もう少し見ていたかったのだけど。
「いいから、今は寝てろ」
その声が思いの他優しくて、私は体の力を抜いて眠り込んだ。気遣うようなその手の動きに、私は泣きそうなる。
私は明らかに弱くなった。守りたい者ばかりが増えて行く。
失いたくない相手ばかりが、増えて行く。それなのに、敵は増えて行くし、強くなると言うのに、私は相変わらず弱いままだ……。
強く、なりたい。