待っていてくれたヤガラちゃんを見れば、ルフィを乗せていた方だけが残っているのだと気付く。ウソップは誘拐されたらしいから、それをヤガラちゃんが追い掛けてくれた可能性があるのかなと思いながら、私はルフィを乗せてくれていたヤガラちゃんの前方座席にお金を乗せていく。
「ルッチさん、ハットリ君、運んでくれてありがとうございました」
前の座席にお金を積み込んであるので、私はお礼を言ってから後部座席に乗る。そして、ヤガラちゃんの手網を握ってからもう1度お礼をと思って顔を上げた時、ルッチさんの顔が目の前に迫っていてた。
それにより、どうしたのかなと思った次の瞬間には唇が重なっていた。何が起きているのかの判断が、1瞬遅れたのは間違いない。
「ンンッ!?」
何すんのよ!?
何も考えずに鉄扇を腰から抜いて殴り掛かろうとしたら、唇は離れたもののその腕を掴まれてしまい、その腕が微動だに出来ない事から驚愕の視線を向ける事になる。そんな私にルッチさんは腹話術を用いずに、言葉を紡ぐ。
「無防備過ぎるな。これだけいい女なら、警戒心を持つべきだろう」
「肉体が魅惑的なのも、顔が可愛いのも分かってるけど、中身が伴わないし基本的にはいつも守ってもらってるから平気よ!」
「……その守ってくれる相手は、今はいないようだがな?」
背中がぞわりとして、私は本能的に覇気を纏って鉄笛で私を掴んでいる腕を殴り、ヤガラちゃんに出発してもらった。そんな私を見送るルッチさんがその時どんな顔をしていたかなんて、確認する余裕は私には無かった。
冷水でも浴びせられたような衝撃に、心臓が嫌な動きをする。指先が少し冷たいのを感じながら、震えそうになる体を気合いで押し込めて、気持ちを切り替える為に深呼吸を繰り返す。
行方不明のウソップをルフィも探しているとは思うけど、まずは皆に状況説明が必要。そこで私は笛でクーちゃんを呼ぶと、皆の所へ1足先に手紙を届けて貰えないかと頼んでみる。
それに対して特に何かあるでもなく、良いよと気軽に答えるルフィのように頷いたクーちゃんは私の書いたそれを持って船に向かい飛んで行った。内容は時間も無いので簡潔に書いた。
『換金を終えた後、造船所にて査定を待った。そこでウソップが襲われ金を奪われた模様。ルフィがウソップを助ける為探しに向かった。私は残りのお金を持って1度メリーに帰るので、姿が見えたらお金を取りに来て欲しい。ウソップの居場所は検討が着いているので、その時に説明する』
可愛げも何もないそれを見て、皆はどう思うかな。でも、今はそんな事を気にしてる場合じゃ無いわね。
気ばかり焦る。荷物が無ければ、剃と月歩で帰った方が明らかに早いけど、今はそれも出来はしない。
その時視線の先に人集りが見えた、それに対してなんだろうと考える。何か催し物を出来そうな広場とかではないと思うんだけど……。
……まさか。
「ヤガラちゃん、少し待ってて!」
そう言って人集りの中に飛び込めば、この島に来る時に頭痛と共に見えていたのと良く似た、けれど少し違う姿のウソップが倒れていた。それにより、1瞬頭が白くなる。
停止しかけている脳に休んでる場合じゃないと喝を入れつつ、慌ててウソップを抱き起こして、声をかける。それに対して反応は無い。
呼吸はしてるけど、酷いやられ方だわ。受身も取れな……違う。
ウソップは防御を考えずに、お金を取り戻そうとしたんだわ。そうじゃ無かったら、このやられ方は無い。
怒りに震えそうになる体をどうにか抑えて、手持ちの医療具をその場で広げる。そんな私の腕の中でウソップの意識が戻った。
ウソップの唇が戦慄くように動き、私の名を呼ぶ。でも、周りが五月蝿い。
癇に障る。……八つ当たりなのは、分かってるけど、言葉を止められない。
「五月蝿いわね!散りなさい!」
「俺が……弱ェもんで……!!」
意識を取り戻したウソップの、名を呼んだ直後の言葉がこれかと思えば泣きそうになる。泣いてる場合じゃないのに、多くの負の感情が私の中で渦巻いて出口を求めていると分かる。
ウソップは何も悪くない!狙撃手が接近戦に強いなんて、その方が普通じゃないのよ。
私が……判断を誤ったから、だからウソップが……。全て、悪いのは私なのよ。
未来の欠片だけでも知っていたのに、それを回避する事さえ出来なかった。そう思うけど、今は口を挟めない。
ウソップの言葉を聞く事しか、今は許されないとそれくらいは分かる。ウソップの瞳から大粒の涙が零れたと思った直後に、それは滝のような涙へと変貌して行く。
「大金、全部……盗られた……ナミ、俺ァ皆に……合わせる顔がねェよ」
体を震わせて、声を震わせて、嘆く。己の無力さに打ちひしがれながら、それでも懸命にウソップは言葉を紡ぐ。
「やっとメリーを……直してやれる筈だったのに……」
それから何度も何度も、ウソップは悔しいと言う。それを聞きながら、私はウソップに応急処置を施して行く。
皆に合わせる顔がねェと、血を吐くように繰り返すウソップに、私は抑えきれない怒りに身を震わせる。……許さない、フランキー1家っ!
「平気よウソップ!お金なら、必ず皆で取り返すから!」
メリーはどう足掻いても直せない。ならばせめて、ウソップがこれ以上嘆かなくて済むように、己をこれ以上責める事のないように、お金を取り戻す。
そうしなければウソップの心が壊れてしまう。だから、必ず取り戻す。
応急処置はしたけど、私のこれは本当に応急処置でしかない。まともな医療器具も薬品も無いから、持ち合わせてた簡易的な物で、今できる対応をするのが精一杯という現実が、悔しくて堪らない。
今はウソップを下手に動かせないから、だからと思って私はウソップに声をかける。意識を朦朧とさせているウソップを壁に寄りかからせるように座らせて、声が届く事を祈りながら言葉を伝える。
「ウソップ……少し、ここにいて!私急いで船に戻って加勢呼んでくる。チョッパーも呼んでくるから!」
ウソップは何も答えず、涙を流し続ける。ウソップに声は届いていないのかな。
「この先にアイツらのアジトがあるらしいから、そのまま叩き潰して終わりよ!盗られたお金の事は心配しなくていいから!少し待ってて!」
人集りがゴチャゴチャ言ってるのを威圧してから、ウソップにもう1度声を掛ける。大切な事だから、何度でも繰り返す。
「いい!?ウソップ、ここでじっとしててね!!」
意識のほぼ無いウソップを残して、私は後ろ髪引かれつつもヤガラちゃんに乗り込む。それと同時に動き出してくれたヤガラちゃんは状況を把握しているのか、最高速度で進んでくれている。
「ヤガラちゃん、ありがとう!このまま全速力でお願い!」
ヤガラちゃんはそれに対して、楽しそうに速度を上げてくれる。それを近くにいる人達は暴走ヤガラだと騒ぐけど、緊急事態なのよ!
脳内では走馬灯のように言葉がリフレインされる。
〝やっとメリーを……直してやれる筈だったのに……〟
〝いくら出そうとも、もう、あの船は元には戻せんのじゃ〟
私はフランキーが仲間になるという事だけ知っていたから、ルフィが仲間にと認める男だからとなんの疑問も抱かずに善人だと思い込んでいた。でも、そのフランキー本人では無いとはいえ、その子分がやったこの行為を私は許せない。
この1味において考えれば、悪い事なんて何1つしてない人が多い。ルフィとウソップは望んで海賊になったけど、他は全員なりたくてなった訳じゃない。
それに、ウソップとルフィは結局こうして海賊にいつかはならなくてはいけなかったのよ。その生い立ち故に。
そんな中で起きた今回の事を許せる道理はない。まずは皆に合流して、ウソップの治療とお金の奪還をお願いしないと。
ルフィがメリーと似た船を作るとは考えにくい。それくらいならもっと良い船を、最新の船を作る事になるだろう。
3億出せば最新の船を作って貰えるだろうし、それに改良を加えるとしてもプラス2億程度で済む筈。予備費として1億は残しておきたいことを考えても、ここ迄で6億。
万が1今回奪われたお金が返らなかったとしても、何とかなる。足りないところはこれまで通り私が稼げばいい。
こうなればフランキーは頼れないから、サニーは諦めるつもりで考えておかないと。ルフィの決断がどうなるにしろ、船大工はやはりここで1人仲間に欲しい。
そうしなければ、この先の航海はどう考えても難しい。船がなかったら、それは既に海賊ではないのよ!
ウソップ……お願いだから無理はしないで、大人しくしててね。皆に来てもらうから!
到着地点が見えるのと同時に腰から流星錘を外すと、お金を全てひとつに括りつけてヤガラちゃんから飛び降りる。大金を肩に担いで、私は精一杯の声を張り上げた。
「皆ー!」
手紙を読んでいたらしい3人が駆け出してきてくれて、そんな彼等にお金を託すとメリーに走って戻りながらウソップの状態と居場所、フランキー1家のアジトの場所を伝える。それに3人は表情を引き締めるから、ルフィはウソップを探して町中を駆け回っているから連絡が取れないと伝えておく。
そんな私にチョッパーがロビンが消えたのだと伝えて来て、何も私は変えられなかったのだと知る。だからこそ、私は決意を込めて言葉を口にする。
「私はお金とメリーを守るわ。フランキー1家程度なら、残党が攻めてきても私1人でどうにでもなる!……今回は、手加減なんかしないわ」
「ナミ……」
ゾロが少し驚いた様子で私を呼ぶ。だって私には、それしか出来ない。
私はどうしたって女で、こんな時ウソップが頼れる相手にはなり得ない。私は、無力だわ。
「女である事に、忌避感は無いけど……こんな時、男の子が女を頼れない事は分かってる。だから、お願い、3人で助けに行って。私はここでロビンやルフィが帰って来た時説明するわ」
「そうですね。ロビンちゃんやルフィと行き違いになっても不味い。……この場は、任せます」
「俺も、残ろうか?ナミ?」
「チョッパー、ウソップは大怪我してるの。応急処置しか出来てないから、チョッパーがウソップには必要なのよ。だから、行って」
私の言葉に3人は大きく頷くと、1斉に船を飛び出していく。私はそれを見送ってからお金を奥に片付けて、帰って来た皆が軽くお腹に何か入れてから話せるようにとスープを作り始める。
実際空腹時は録な考えが浮かばないし、温かいものは気持ちを落ち着かせる効果があるから。でもそうね、ルフィもいるんだから、少し肉も入れておかないとね。
そう思って、でも、ウソップは魚好きだし、魚は大量にあるからとスープの中身はメインを魚にして、肉は簡単に焼いて出せば良いかと考え直す。ロビンの事は確かに心配だけど、私もロビンも捕まった瞬間に殺されることは無いから助ける事は可能な筈。
私は少し前なら殺されてたと思うけど、空島に行く前にドフラミンゴに宝玉だと告げた今、簡単に殺される事は無くなったと見ていい。ロビンだけが古代文字の解読が出来るという事になってるから、政府はやはり簡単には手を出せない。
最近ロビンにリスク覚悟で習い始めた古代文字の解読は、正直楽しい。まだ簡単な所しか読めないけど、読むのに時間もかかるけど、何もかもロビンにだけリスクを背負わせなくて済むようにしていきたい。
その時、表から覚えのない気配を感じて本当にフランキー1家が来たのかと火を止めてから短剣を足から引き抜く。人影を確認してから、気配を殺した状態で私は甲板へと短剣を手に躍り出る。
そこに誰がいるのかも確認しないままに飛び出した私は、甲板に立っている大男に慌てて動きを止めた。確かに紛う事なき侵入者であるその男は、けれども本来ならばありえない筈の存在で……。
「ロシー……?」
ローちゃんを慈しみ、守り抜いたドジで優しい大男が、何故か甲板に立っている。それに対して、名を……それも愛称で呼んでいた痛恨のミスに気付けない程に、私は動揺していた。