奪われた金の為に、修理費用が足りなくなったのかと叫んだウソップは、その直後に私に視線を向ける。どうにかならねェのかと縋るように言われて、私は漸く言葉を口にする事が出来た。
「お金は、関係無いのよ、ウソップ。必要なら、足りないなら2億程度なら少し時間を貰えたら私が何としてでも稼げるのは分かるでしょ?だから、落ち着いて聞いて」
「落ち着けるか!なんだよ、ナミは結局ルフィの味方って事かよ!」
「ウソップ!違ェだろ!」
ゾロが止めに入ればそれを振り払いウソップは叫ぶ。それが私には既に慟哭にしか聞こえない。
体から流れる血は止まってる様子なのに、心が血を流して叫んでるようにしか見えない。痛みと苦痛でもがく姿を目の当たりにしているのに、私には、何も出来ない。
「何処がだよ!だったらなんで金は関係ねェなんてそんな見え透いた事言うんだよ!金が関係ねェっんなら、なんで船を乗り換えるなんて話が出るんだよ!」
「だからそれは!俺だってちゃんと悩んで決めたんだ!」
「ウソップ!体に障るよ!熱くなったら駄目だ!」
ウソップを抑える為にチョッパーが動き、ルフィを止めようとサンジ君がその肩に手を置く。でも、ヒートアップした2人はもう止まらない。
大雨で増水した為に、耐えきれなくなった土砂が崩れて水が街に襲いかかるように、ルフィはその言葉を口にする。2人は表面的には泣いていないけれど、泣き叫んでいるようにしか、私には見えない。
「メリー号はもう!直せねェーんだよ!!」
1瞬シンとなる船内で、ウソップがその目を見開いている。ルフィは荒くなった呼吸を調えていて、サンジ君は辛そうにその表情を歪ませる。
そんな中でオロオロしているチョッパーと、成り行きを静かに見守るゾロがいて、私は崩れ落ちそうになる体を支えているだけで精一杯。……まさか、この喧嘩が原因で決闘になるのかな。
ウソップが勝ったら、メリー号を直してもらうって話なのかな。それなら、メリーと似た船をって事にしかならないけど、そんな事をウソップが望むとは思えない。
ルフィだって皆の命が掛かってるから、絶対にそんな意味のわからない決闘なら受けないと思うし……。でも、決闘になる事は、分かってる。
なら、なんで決闘になるの?
ルフィ、ウソップ、もう……辞めようよ。ロビン……今、独りでどうしているの?
渦巻く感情と定まらない思考に振り回されて、私は何も言葉にできない。私はどうしてこんなにも、無力なんだろう。
「どうしても直らねェんだ。じゃなきゃ、こんな話しねェ!」
ルフィの言葉に、ウソップは1度顔を俯けて、唇を強く噛んでから大きく息を吸込み床を叩き始めた。そうしながらウソップは抗議するけど、ルフィは帽子に手を置いて心を落ち着かせようと努力しつつ言葉を続ける。
……2人共、落ち着いたかな?
後はウソップが納得するまで話をすれば、決闘になんてならないで済むかな。そう期待する自分が確かにいて、でもウソップはルフィの言葉に耳を貸そうとしない。
それが妙な違和感となって私を襲う。……どうして?
ウソップだって、分かってる筈。さっき俯いた時、確かに理解した風だったもの。
抑えきれない納得しきれない感情的なところで、この船だぞと抗議してみせただけなんじゃないの?
その時文字通り血を吐きながら、ウソップは叫んだ。船大工が見捨てても、共に旅して来た仲間だと叫ぶウソップに、誰1人口を挟めない。
それくらいの気迫と、そして、慟哭と怒り。その怒りが誰に何に向けられているのか、それが分からなくて……身動きのひとつさえ出来ない。
「お前はこんな所で……見殺しにする気かァ!!この船は、お前にとっちゃその位のもんなのかよ!!ルフィ!!」
ルフィはその言葉に息を飲み、ウソップは咳き込み血を吐く。チョッパーはそんなウソップに駆け寄り、叫んじゃ駄目だと言う。
「ウソップ……」
思わず名を呼ぶ私の声が、妙に響いた気がした。それくらいに、全てが緊迫している。
呼吸音の1つさえ響くんじゃないかって、そんな緊張感の中に皆がいる。その中で、ルフィが叫ぶ。
「じゃァお前に判断できんのかよ!」
「ルフィ!」
辞めなさい。今そんな言葉を向けたら、どちらも引けなくなる。
そう思って名を呼ぶけど、ルフィの言葉は止まらない。私に視線を向ける事無く、ウソップを睨み付けてルフィは言葉を続ける。
「この船には船大工がいねェから!!だから、アイツらに見て貰ったんじゃねェか!!」
「だったらいいよ!!もうそんな奴らに頼まなきゃいい!」
「ウソップ!」
チョッパーの呼び掛けを、ウソップはまた無視して動こうとする。荒い呼吸を繰り返しながら、震えて満足に動かない体を必死に動かして、ウソップは言葉を吐き出しながら立とうとする。
「今まで通り、俺が修理してやるよ!元々そうやって旅を続けてきたもんな!!」
「おい待て、ウソップ!!」
もう黙っていられないとばかりに、サンジ君が呼びかけるのもウソップは無視する。そんなウソップの体が倒れそうになるのを見て思わず支えれば、呻くウソップに少し休んでそれから話をと言おうとしたけど、ウソップは私の顔を1度見て……そっと視線を逸らした。
突然ウソップが、遠くへ行ってしまったような気がして、体が震えそうになる。ウソップ、何処へ向かおうとしてるの?
「よし!早速始めよう!おいお前ら手伝えよ!!そうだ、木材が足りねェな。造船所で買ってこよう。さァ忙しくなって来た!!ナミ、費用はいくら迄なら使っても「お前は、船大工じゃねェだろう!!ウソップ!!」」
「ちょっとルフィ!」
ウソップを支えながら今は辞めてと思ってルフィを呼ぶけど、立ち上がったウソップは私を振り払うと低くそうだと言葉を返す。軽く肩を押されただけで、今ウソップが私を本気で拒絶していると、心の扉が音を立てて閉まったのを感じる。
震える体と荒い呼吸の中でウソップはルフィの服を掴むと、叫ぶ。魂を震わせるような悲痛な声で、怒鳴ると言うよりも、それは嘆きに思える程に切ない。
でもルフィもまだそれを受け止められる程には、余裕は無いと言うのもわかる。立場が感情だけを優先できない初めての状態で、別れを何とか〝船長〟として我慢して決めただけのルフィには、ウソップのそれを受け止めきれない。
どちらもまだ子供なのだ。頭で分かっていて感情で認められないウソップと、感情を抑え込むという事を初めてやろうとしているルフィ。
だからこそぶつかる。だからこそ乱れ、荒れ狂う。
「見損なったぞ!ルフィ!」
「待ってよウソップ!ルフィだって最初は!」
「黙ってろナミ!」
ビクリと体が震える。ルフィの言葉に従うように声を失う私は、数歩その場から下がると、祈るような気持ちで2人の言い争いを聞いている事しか出来ない。
それをサンジ君が止めようとしてくれるけど、どちらももう引くに引けなくなっているのだとわかる。その時、ルフィが耐えきれずにウソップを床に押し倒して、怒りを顕にした。
「ルフィ!」
思わず静止の声をあげる私の声に気付かずに、ルフィは言葉を続けようとして……サンジ君に蹴り飛ばされた。怒りに震えるサンジ君の声が船内に響き、ルフィはそこで漸く落ち着きを取り戻したかに見えた。
埃の舞う中で、帽子を深く被り直して、ルフィが謝罪の言葉を口にしたけど……既にウソップの心の扉は完全に閉まっていたらしい。ウソップはそこに来て低く、化け物じみた強さのお前らについて行けねェと言葉を口にする。
それに背筋を冷たいものが走る。その先を言わせてはいけないと、ウソップに手を伸ばしたけど……その手は何も掴む事は無く、空を切った。
何も無いこの両手は、なのにも関わらず何も掴む事は出来ない。今私の指の間をすり抜けたのは空気だけではなくて、恐らくウソップの心も含まれている。
言葉を不自然に止めたウソップが、ふらふらとした足取りで、けれども確かに前へ進み船内を出て行く。それを慌てて追い掛けるけど、ウソップは船を降りて振り向く事なく全てを拒絶していると背中で訴えながら歩いて行く。
「「ウソップ!」」
私とチョッパーの声が重なる。その直後にどこへ行くのかと問い掛けるサンジ君にウソップは明確な答えを口にしない。その代わりに、いつか紡がれるとしても、決闘の後だと思い込んでいた言葉が、ウソップの口から飛び出した。
「俺は、この1味をやめる」
「そんな……!駄目よ!待ってウソップ!」
「おい戻れ!」
「え!?え!?行かないでくれよォ!!ウソップー!!」
悲鳴のような声が同時に発せられる。それでもウソップは言葉を取り消す事なく、決意を固めてしまった様子を見せる。
ゾロとルフィはそんなウソップを黙って見ている。本来、どちらも誰かの下につくようなタイプじゃないから、きっと考えている事は同じなのだろうとその空気から分かる程。
緊迫した空気の中、ウソップは振り向き、帰ってくる事を期待するチョッパーがその表情を明るくした直後に、言葉を紡いだ。メリーをかけた決闘を、ウソップは宣言する。
そして、明日の夜10時にと言って去るウソップを泣きながら追い掛けるチョッパーと、無言で部屋に帰るルフィを私は交互に見て、ルフィの背を追い掛けた。ハンモックに身を預けて、天井を見上げるルフィに、仲直りして欲しいと必死に言葉を向けるけどルフィはそれを拒絶する。
「ねぇ、ルフィの言い分は正しいし、気持ちも分かるけど、お願いだからここはルフィから折れてもう1度「ナミ」」
ルフィはただ、名を呼んだだけ。でも、それ以上は言うなと言っているのがその声でわかる。
「ルフィ……」
「分かってんだろ。ナミは、俺よりずっと頭がいい。……ウソップは、馬鹿じゃねェ。勢いで命かけるわけねェだろ」
「でもっ……」
「ナミ、今は……1人にしてくれ」
ルフィの言葉に、私が小さく頷くとルフィはそれを確認してから帽子を自らの顔に乗せた。表情の見えなくなったルフィをチラチラと振り向きながら、私は部屋を出る。
部屋を出るとそこではサンジ君とゾロが喧嘩をしていて、それを辞めさせた所にチョッパーか帰ってきた。治療の為について行った筈のチョッパーは、泣きながら仲間じゃねェから帰れと言われたと言う。
「今朝までは……楽しかったのにね。これでロビンに何かあったとしたら……。……何だか、この1味が、バラバラになって行くみたい」
誰にともなく呟いた私の声は、そのまま空気に溶けた。そして……チョッパーの泣き声と、鼻をすする音だけが船内に響いていた。
こんばんは。え、内容が暗い?
仕方ない、ここはそう言うシーンです。