私はスっと立ち上がると、3人に笑いかける。心配かけるつもりは無いから。
「空気重くしてごめんね。ウソップと話してくるわ。男同士だと言えない事も、なんにも知らない女になら言える事がある。……ダメ元で行ってくるから、チョッパー、泊まってる場所教えて」
「……うん!」
チョッパーが紙に地図を描いてくれて、説明してくれる。それを見聞きしながら、ウソップの為にと取っておいた食事をお弁当箱に詰めて行く。
「ナミさん、それ……」
「ウソップだけ元々特別メニューだったから、それに残しても今は誰も食べないでしょ。……皆には必要になったらいつものようにサンジ君が作ってあげて」
「……分かりました。気を付けて」
サンジ君がそう言ってくれたのを受けて頷くと、そのままチョッパーの描いてくれた地図とお弁当箱を手に甲板に出る。そうしたら何故かゾロに呼び止められた。
「ナミ!」
「ゾロ?」
「……1緒に行ってやろうか?」
「馬鹿ね、ここはお婆ちゃんに任せなさい!お兄ちゃんに話せなくても、お婆ちゃんに話せる事もあるもんよ」
「……お前のが俺より歳下だろうが」
ゾロの言葉に笑ってからメリーを降りて、私はウソップの居るホテルを目指す。ウソップの特徴を話して、弟なんですと言えば眉を顰められた。
「……兄弟喧嘩して、拗ねちゃったの。様子だけ見たら帰りますから、部屋を教えてください」
「そういう事か。……辛そうな顔してたから、訳ありかと思ったよ」
店主に少しばかりのベリーを包んで、弟をお願いしますと言えば困ったような顔で笑いながら受け取ってくれた。何かあるとお金を包むのは、日本人の古い習性かも知れない。
「姉ちゃんに心配かけるのは、弟の仕事なのかねェ?」
「ふふ、ちゃんと仲直りして貰いたいから、吐き出させてみます。ちゃんと泊まらずに帰りますから……朝ごはんとか、出してあげて貰えますか?」
「勿論だ」
優しく請け負ってくれた店主にお礼を言って階段を登れば、部屋はすぐだったのでノックもせずに部屋に押し入る。私の登場に驚きの顔を見せるウソップだけど、お婆ちゃんは怒ってるんだぞー!
「ウソップ、お婆ちゃんは怒ってます!」
「誰が婆ちゃんだよ!……って、そうじゃねェよ!俺とお前はもう、仲間じゃ「仲間じゃなくても、友達でしょ」」
そう言ってお弁当箱を差し出せば、ウソップはそれを受け取り、そっと肩を震わせ始める。そして、静かに泣き出した。
ウソップも本当は分かってるんだよね。ただ、納得出来ないんだよね。
「私が怒ってるのは、喧嘩の事じゃないのよ」
「喧嘩って……ランク下げんなよ」
「私、あの時動くなって言ったわよね!?なのに勝手に動いて、更に怪我して!死んだらどうするのよ!もう!」
「……やべェ、マジで婆ちゃんに見えて来た。人の話聞かねェ感じが特に……」
「ほら、手当させなさい。終わるまで居座るからね。そしてずっとお小言続けるわよ」
「うげェ……」
有言実行とは正にと言わんばかりに、本当にお小言を言い続けながら治療して行けば、ウソップはそれを黙って聞いてくれていた。その雰囲気が少し疲れ果てたサラリーマンみたいになってるけど、そんなのは私には関係ない。
そもそもが私の言い付けを無視して怪我を酷くして、家出してしまったのだから叱られて然るべきである。……心配、してるのよ。
「ルフィと仲直り、出来ないかな?」
「だァかァらァ!ランク下げるような言い方すんな!決闘だぞ……ナミ」
真剣な雰囲気になったウソップに、これ以上は言葉をいくら重ねても無理かと理解してい頷く。どうやら決意は硬いらしい。
「……明日の朝、包帯変えてね。私は帰るけど、本当に無理はしないでね」
「ありがとうナミ。……それで、よ。……チョッパーに……悪かったって、伝えてくれるか?」
「勿論よ。……末っ子を虐めないのよ、お兄ちゃん」
笑う私に、ウソップはあァと言って笑ってくれた。そうして少しでも余裕を取り戻してくれたらしいと分かれば、それだけで少し救われたような気持ちになる。
ホテルを出てメリーへの道を歩き始めれば、既に星と月の明かりだけになっていて、それでも街灯なんて物が無い世界だから自然のその明かりだけで充分に歩く事が出来る。明日のウソップとルフィの決闘は避けられないとしても、全ての関係を断ち切るなんてして欲しくない。
ルフィとウソップは、本当に兄弟みたいにいつも1緒にいて、楽しそうに笑っていたから。私から見れば、ウソップはどうしたって可愛い弟の枠だし、ルフィはどうしたって愛しくて同時に信頼している相手だもの。
船長としてルフィが決闘の挑戦を受けた以上は、口を挟んじゃいけないと分かっていても……胸が苦しくなる気がした。挑戦する側のウソップだって、今更引き返せない事は私にも本当は分かってる。
それでも叶うならば、そんな事はしないで欲しい。ロビンの行方だって正確には分からない今、出来るならば何事も無く過ごして欲しいと願ってしまう。
その時ぞわりとした何かを感じて振り向くとルッチさんがいて、どうしたのかなと1瞬考えてから昼間の事を思い出した。腹話術を用いなければ話せないと言っていたパウリーを思い出せば、言葉は自然と紡がれる。
「ルッチさん、普通に喋れるなら仲間を騙しちゃ駄目じゃないですか。それに、私には彼がいるので無闇に遊ばないでください!それで、何かごよ……」
喋っている途中で当身をされて、なんでと思った次の瞬間には担がれてどこかへ移動を開始させられていた。民間人の何でもないお嬢さんなら、確かにこれで意識が落ちたと思うけど、私は無意識で纏っていた覇気の影響で何とか薄い意識を保てている。
私を連れ去る理由は分からないけど、このままでは良くない事は分かるから隙を見て逃げ出そうと思う。でも、その隙が見当たらない。
到着したのは酒場か何かの裏口のようで、そこから奥へと連れ込まれた私は意識のないフリをして様子を伺う。ルッチさんの行動が、ただの船大工にしてはおかしい。
「カリファ、間違い無いのか?」
「えェ、彼女が〝宝玉〟であり、七武海から手配書を出す場合は〝生け捕りのみ〟とするよう言われてる人物よ」
2人の会話にドキリと心臓が嫌な鳴り方をする。七武海との関わりがあるって事?
なら、政府の……。まさか、この2人がCP9のメンバー?
誰が敵だったのか覚えていないから、私はそれに少し怯える。だとしたら、身近に居すぎるアイスバーグさんが危ない。
「……護身術にしては、強すぎる力だったがな」
「何がよ?」
「1度押さえ込んでみた時に、抵抗した力だ」
「……それは、火事場の馬鹿力ってやつよ。それでルッチはこの子を攫ってきてどうするつもりなの?〝協定〟があるから今回は捕えられないわよ」
何処か呆れたような声でカリファさんが言えば、ルッチさんはどうやら笑ったらしかった。嘲るような色を隠しもしないそれに、殺気立ちそうになる。
「……平和ボケした、甘い考えを持つ民間人のような女だ。自らの意思で俺と行動すると言わせれば良いのだろう」
「殺したりしないでよね?私まで怒られるのは嫌よ」
「ふん、早く出て行け」
ルッチさんの言葉にカリファさんが従い出て行くと、部屋には2人だけで残されてしまった。情報が1気に入りすぎて、少し混乱してる。
現在位置が酒場の裏である事を考えれば、酒場の店主もCP9と見て間違いないわね。なら、この島にはCP9の内半数の3人がいると言うの?
私の知識が正しければ、CP9は総勢7人。CP9なのに9人じゃなくて、麦藁の1味の当時の総数と揃うんだなって思ったから覚えてるのよね。
CP9は六式遣いって話だけど、だとしたら鉄塊よりは強いと思える覇気を使える私は、三式遣いって所よね。嵐脚は何故か使えないけど、剃と月歩は使える。
そうなると、六式の内半分が足りないって事になるわ。それでどうやって逃げらるかしら。
六式で私が使えないのは、嵐脚と指銃と……生命なんちゃらの筈。生命なんちゃらの他は攻撃って、私もしかして攻撃力が足りない?
でも、そう言えば生命なんちゃらって正式にはどんな名前だっけ?記憶に無いわー。
「意識を、取り戻したか」
声をかけられた瞬間、意識がルッチさんに向かう。その様子を見るに、どうやらずっと観察されていたらしい。
「少し前から唸り出したから、意識が戻りつつあるのだろうと思ったが……痛むか」
「そんな事より、ここは何処で、ルッチさんは何を目的としてるの?」
「俺達は正義の任務を遂行している。……協力しろ」
「お断りよ!政府がこれ迄私に何してくれたって言うの?私は海軍も、それに付随する奴等も信用出来ない!」
キッと睨み付けて言えば、楽しそうにルッチさんが嗤った。それは、獰猛な肉食獣を思わせるもので、私は咄嗟に空気を蹴って窓へ向かって逃げ出そうとした。
けれども元の脚力の違いなのか、即座に動いたルッチさんに退路を塞がれてしまう。ドアだと開けようとしている間に捕えられるのは火を見るより明らか。
クリマタクトで姿を消すには準備の時間が足りない。どうしたらいい!?
「月歩を使えるとは思わなかったが……逃げに特化して生き抜いてきたか」
大正解よ!五月蝿いわね!
内心で八つ当たり的にそう思いながらも、クリマタクトを構えれば呆れたような顔をされる。なんだろう、今のその顔、思いっきり馬鹿にされてる気がするわ。
何よりも何か誰かを思い出……あ、ミホークが若い時こんな感じだったのかなって感じの雰囲気なのよ!特に呆れてる今みたいな顔が!!
無性に苛立つそれを見ながら、それでもミラージュテンポを使えるように調整していく。そんな私にルッチさんが距離を詰めて来るから、それを直前で躱す。
見聞色の覇気に頼りながら、伸ばされる腕をひょいひょいと躱していれば成程猫だなと言われる。でも体力的な意味で私は既に限界に近い。
基礎体力もそうだし、昼間襲われたばかりで体力を消耗し過ぎてるのもある。どうしよう、どうしたらいい。
私は呼吸が乱れてるけど、ルッチさんは平然としてる。このままだとどう考えてもジリ貧。
そう思いつつ気圧等の条件は整ったからと、姿をクリマタクトで消せばルッチさんも流石に少し動揺を見せた。その瞬間に窓を開けて窓の横に立って呼吸を整える。
即座に飛び出せば、消えてる筈の姿が現れてしまうので逃げたと思ってルッチさんが飛び出してくれる事を期待してこの場に残ったんだけど……何故か窓の前に来たルッチさんは、ピクリと何かに反応して、それから迷う事なく見えない筈の私の腕を掴んだ。
見えないからと油断していた為に、避け損なった私はそのまま自然な動作で窓を閉めたルッチさんによりベッドまで連れ戻され、ベッドに抑え込まれた直後に私の姿は見えるように戻ってしまった。
「……なんの、能力者だ」
「さぁ?答える筈ないでしょ」
ベッドに押し倒されている女と、押し倒している男の会話としては何かおかしいような気もするけど、どうにかしてこの場を切り抜けたいと私はこの時本気で思っていた。風が窓を揺らす音が、妙に大きく響いているような錯覚に陥りながら、私は縋るようにクリマタクトを強く抱き締めた。
自分の心臓の音が、やけに五月蝿く感じてしまう。そんな中で脳だけがフル稼働を続けていた。