※この作品はR-18です。

波間の向こうを目指して(新・本編)   作:夢枕 七変化

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決闘

 目が覚めると既に日は沈んでいた。いつの間にか私は毛布でぐるぐる巻きにされていて、サマーベッドが簡易ベッドへと姿を変えている事に気付く。

 つまり移動させてくれたのだ。私が目覚めたりしないように、丁寧に。

 毛布を巻かれているけど、動けない程ではないから多分、傷口に衝撃を与えない為とか、体を冷やさない為という事なのだろうと分かる。治療の為だとは思うけど、ビキニ姿になっているので寒さ対策かなと判断して、毛布からそっと腕を出す。

 皆、過保護が過ぎるわ。そう思って笑うと、チョッパーが近付いてきて私に抱き着いた。

 それから半袖の青いシャツとネクタイ、それとミニスカートのセットを差し出して来た。それを受け取り自分の姿をもう1度見れば、確かにいつもの姿でいるのは不味いかと気付く。

 足と腕には包帯が無いし、首より上も包帯は無いけど、他はほぼミイラ状態。これでは確かに街中を歩くにも目立ち過ぎる。

 包帯が隠れる物で、動きを阻害しないもの。チョッパーが選んだのはきっとそんな理由なんじゃないかなと思い、同時に見覚えのあるセットだと思った。

 ……そうだ、これ、原作のナミちゃんが決闘のシーンで着てたやつ。そう思えば、ウソップは来てしまうのだなと気付き、それと同時に胸の奥が軋んだような音を立てたような気がした。

 ビキニを身に付けた状態で治療は施されていて、でも、包帯と素肌のバランスで包帯の方が多い今は、確かにカーディガンで誤魔化せない。被り物では無いチョイスなのは、肩にも傷があるからなのかなと思う。

 

 「肩の怪我は、そろそろ治ると思うけど、念の為に被らないでも着られるやつにしたぞ。今日はあんまり肩を動かすなよ」

 「ありがとう、気を付けるわ。それにしてもこんな服、よく見つけたわね」

 「それより俺は、鬘とかが色々あった事に驚いてるよ」

 「鬘とかは変装用よ。情報収集とか、金品を稼ぐのに使うのよ。……そうだ、チョッパー」

 「なんだ?」

 

 着替えながら大切な事を伝えていなかった事を思い出す。そして、私は言葉を伝える為に口を開いた。

 

 「チョッパーに、酷い事言ったって、ごめんって伝えてとウソップに頼まれたわ。言うの、遅くなってごめんね」

 

 しっかりと着替えを終えた私の目の前で、チョッパーは鼻水を垂らしながら泣き出すから、その鼻をティッシュで拭ってあげてから、そっと胸に抱き込むようにしてチョッパーを抱きしめる。

 それにより声をあげて泣き始めたチョッパーの頭を撫でていれば、それを3人が少し離れて見ている事に気付く。呆れたような顔をしているゾロと、心配そうな顔をしているサンジ君、そして、珍しく真剣な顔をしているルフィ。

 そのルフィの表情と雰囲気から、逃げる事の出来ない現実が目の前に迫っているのだと気付く。……体は随分楽になっていて、そろそろ歩き回る事には支障が無さそうな事が分かるから、異様な回復速度に笑ってしまう。

 私も随分人間離れして来たわね。……さて、そろそろ時間かしらね。

 

 「今は、何時?」

 「9時40分。もうすぐ、時間だ」

 

 ゾロがそう答えてくれて、私はそれに頷く。空を見れば星が輝いていて、嘘偽りは無さそうだと分かる。

 

 「なら、これ以上休んでも居られないわね。……皆、休ませてくれて、ありがとう。随分楽になったわ」

 

 私の言葉にルフィ以外は笑ってくれる。でもルフィは張り詰めた空気を纏っていて、今は近付いてはいけないとわかるから、無言で見詰めるに留める。

 そうして、私がルフィに視線を向けている間にチョッパーとサンジ君がベッドを片付けてくれたようで、甲板には何も無くなった。時間が進むのが遅く感じる程の緊張感に、胃液が上がってくるようなそんな気がしてしまう。

 その時、時計を見ている訳でもないのに、ルフィが言った。

 

 「約束の10時だ。ウソップが来るぞ」

 

 ルフィはメリーを降りて、皆は船縁に近付く。その時ルフィは私とチョッパーを見て、言葉を口にする。

 

 「お前ら、船から降りてくるなよ」

 

 その瞬間、ウソップが姿を見せた。それに気付いたチョッパーが泣きながらウソップの名を呼び、私はその姿を見て包帯は変えてくれたらしいと分かりホッとする。

 対峙するルフィとウソップを止める事は、もう誰にも出来はしない。それでもチョッパーはウソップを案じて、止められねェかなと皆に言う。

 それにサンジ君は何も答えず煙草の煙を吐き出して、ゾロは見てられねェなら部屋にいろと言う。この言葉は、ゾロなりの優しさだと分かるから、私はやはりそのやり取りにさえ口を挟めない。

 決闘が始まってからも、チョッパーはウソップの言葉に動揺して反応する。その度に呆れたように中にとゾロは言うけど、無理に中に入れない所がなんとも優しい気がする。

 その時ウソップが血を吐いた。それによりルフィは動揺して動きを止めて、チョッパーは叫び、私は船縁に掴まり降りようとする自分を必死で押し留める。

 ここで〝船長命令〟を聞けないなら、私にこの船にいる資格はない。分かってる……分かってるけど……!

 

 「ウソップ……!」

 

 それが直後に演技だと分かり膝から力が抜ける。それにより座り込んだ私にサンジ君が上着を掛けてくれたのに、お礼さえ言葉に出来ない。

 

 「ナミも、中に入ってるか?」

 

 ゾロの言葉に、私は首を横に振ってから立ち上がろうとして力が入らない事に気付く。情けない話、今は動けそうもない。

 

 「……っ!私は、ここで見てるわ。ルフィの決意と決断を、そして、ウソップの決意と意地を」

 「……チョッパー、ナミの体が限界だと思ったら中に連れて行けよ」

 「分かってる。俺は、船医だから」

 

 戦いはウソップのペースで進められて行く。そんな事が出来たのかと言いたくなる程の攻撃に、狙撃手として本気で戦えばこれだけの事が出来るのかと衝撃を受ける。

 そう言えば私は、初陣の時のウソップ以降、ウソップが戦っている姿を見た事が無かったのだと思い出す。そして、ルフィと私の距離はいつもこの位あるのよねと思い知らされる。

 戦う時、巻き込まない為なのか、ルフィはいつもこの位離れている。昔私が護っていた頃とは違って、ルフィに守られるようになった弱い私と強くなったルフィには……いつも、この距離がある。

 その時ルフィとウソップの言葉から背筋が冷たくなるのを感じた。だって、そんな事をしたら……!

 

 「まさか!」

 

 ウソップの起こした爆発で海水が飛び散る。ゾロでさえその威力に驚く程で……当然その時、私達も海水を被ったけど何よりも……その海水を被ったメリーが、私には泣いているように見えた。

 

 「メリーが、泣いてる」

 

 優しいメリーが、自分のせいで大切な仲間割れしてる事に嘆かない筈が無い。ごめんね、メリー。

 止める事も、防ぐ事も、私には出来なかった。貴方を悲しませたく無かったのに……。

 それでも今は2人の安否が気になって、大声で名を呼ぶ。どうか無事でと祈るような気持ちで。

 

 「ルフィ!ウソップ!」

 

 爆煙が晴れる頃、ウソップの挑発に乗ったのか、ウソップの覚悟を受け止めたのか、ルフィはウソップを攻撃する為に動き出した。守る為に得た筈の力を、拳を、その守りたい相手にルフィは向ける。

 泣いているように見える。叫んでいるように見える。

 

 「いやだ。こんなの……」

 

 私の言葉に呼応するように、チョッパーが2人を呼ぶ。女だから分からないのだと言われるかも知れないけど、私には2人のどちらもが……傷付けたくないと叫びながら泣いているようにしか見えなくて。

 殴っている筈のルフィの方が痛そうで、同時に、攻撃している筈のウソップの方が苦しそうで……。でも、逃げる事も目を背ける事も許されない。

 私は仲間で有り続けたいから。だからこそ、震える体を叱責して、私はそっと立ち上がった。

 その時ウソップがインパクトダイアルでルフィの衝撃を吸収したのを見て、思わず叫ぶ。そんな事をしたら、ウソップが持たない!

 

 「どうして……!?」

 

 ルフィはゴムだから、打撃は効かない。だからこそ衝撃波であるそれに変換されれば、ルフィにも多少はダメージを与えられるのは知ってる。

 でも、ウソップの手にしているそれは放つ側にも衝撃を与える両刃の武器。現状のウソップの怪我を鑑みればそんな事したら、ウソップの方がダメージを受けるだけとも言える状態になる。

 そして、ルフィもまたそこまでの覚悟を決めているウソップに、何もしない事は許されなくなる。叫びそうになる自分を必死で抑えるけど、体の震えは抑えられない。

 分かっていた筈だった。決闘が行われる事も、この行為が何も生み出しはしないのだと言う事も。

 それなのに私は何も出来なかった。その事により私は今見ているしか許されないのだとして、それでも2人が互いの肉体を傷付けながら、自らの心を傷つけている事はどうしたってつらい。

 

 「ルフィ……ウソップ……」

 

 インパクトダイアルを使ったウソップが痛みに叫ぶ。衝撃で吹き飛んだ筈のルフィはその場で踏み止まり、腕を伸ばす。

 これを望んだのはウソップか。そして、回避できなかったのは私か。

 防ぎたかった。守りたかった。

 情報が少ないとか、足りないとかそんなのは言い訳にもなりはしない。私はルフィがウソップを殴り、ウソップがそれにより倒れて行くのを見ている事しか、許されない。

 チョッパーが泣き叫ぶようにウソップの名を呼ぶ。私は、船縁の柵を握り締めて、真っ直ぐそれを見詰める。

 ルフィは倒れたウソップの傍に立って、殴った手を抑えて、その場に崩れ落ちる。そして、悲痛な叫びを迸らせる。

 

 「馬鹿野郎……!」

 

 それは、誰に向けての言葉なのか。普通に受け取ればウソップに向けてだろうけれど、私には……ルフィは自分に向けて言ってるのではないかと……そう思えて仕方ない。

 

 「お前が俺に!勝てる訳ねェだろうが!!」

 

 ルフィの血を吐くような声と言葉に、ウソップとのこれ迄の日々が走馬灯のように甦る。ルフィはウソップにメリーを譲る事と、先へ進む事を宣言して動き出す。

 私達の元へゆっくりと歩いて戻って来るルフィを見て、私は涙を押さえきれなくなる。そんな時チョッパーはウソップを案じてメリーを飛び出そうとするけど、それをサンジ君が止める。

 サンジ君の言い分は分かる。寧ろ正論だろう。

 けれどもチョッパーの気持ちと、船医としてのそれも分かる。だってチョッパーは、心優しき医者なのだから。

 医者として譲れないチョッパーと、男として譲れないサンジ君がせめぎ合っているのはわかる。だからこそ、私は口を挟めない。

 泣いているチョッパーを慰める言葉すら、今は何を口にしても陳腐なものにしか思えないからと、言葉を飲み込む。せめて早く泣き止まないとと思うのに、自分の体なのに、そんな簡単な事さえ上手くいかない。

 波の音が響く。チョッパーは小さく震える。

 決闘に勝ったのはルフィなのに、殴ったのもルフィなのに……痛そうなのは、痛みに耐えているのは……ルフィの方に見える。結局この決闘では、本当の意味で勝者なんていないのだと、痛感させられて涙が止めどなく溢れ出る。

 メリーの傍でルフィは足を止める。そんなルフィにゾロ以外が視線を向けるのと同時に、ルフィが声を震わせた。

 

 「……重い!!」

 

 1度も視線を向ける事無く、ゾロはそれに応える。これがゾロが副船長だと言われる所以だろうと思わされる程に、それは強く重い言葉。

 

 「それが船長だろ!迷うな。お前がフラフラしてやがったら、俺達は誰を信じりゃいいんだよ!」

 

 私は目元を手で覆ってその場に座り込むしか出来なくて、嗚咽を抑えるのが精一杯で……。ルフィが泣いているのに、私は……何も、出来ない。

 チョッパーは船を降りて、ウソップの治療に行く。サンジ君はそれに溜息を零す。ゾロはそんな状況の中で船を明け渡そうと言う。

 それぞれが、気持ちを消化する為に、少しだけその場で動きを止めた。本当は、立ち止まっている時間なんて無い事を誰もが知りながら、けれどもそうしなければ動けない事を誰もが知っていたから。

 波の音が、潮の匂いがやけに強く感じられる。メリーの泣き声が、聞こえた気がした。

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