肌をヒリヒリと照らし焼くほど暑い日差しだった。
夏休みかつ休日で大人の仕事も休みだった事、そして日差しが強く家の冷房だけじゃ暑さを凌ぐ事が厳しかった事、そして、私たちが遊びに出かけたいと駄々をこねた事。これらの事が重なって私たちは川へと遊びに来ていた。
河原には私たちのように暑さにやられて冷たい流水で体を涼しませる為に訪れた人々で賑わっており、その中にはこの暑い中でバーベキューをしている猛者すらいる。
そんな人たちを余所に私はとてつもなく可愛い―――ほんと食べちゃいたいぐらい可愛いというかもう襲いたい天使そのものを通り越して女神級の可愛さを持つ心の底から大好きな―――妹である春香の手を引いて一緒に川へ向かう。何故か
本来なら感謝して平伏するのが礼儀だと思うけど、春香がそれを望んでいないようなので私の口からそれを強要させるようなことを言うつもりはない。感謝しろよカス。
「春香限まで引き立てる為に選んでいるんだからハズレなんてある訳が無い。
春香の嬉しそうな言葉に心を高鳴らせていると、
「あのさ、春香ちゃんって確か泳げなかったよね? 大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。ほら、お姉ちゃんが選んでくれた浮き輪があるからさ」
「ねこ」
「ねこねこ」
ねこ、の一言で私の選んだ浮き輪を表現されたことに少しイラっとした。
春香が体を通している浮き輪には猫の顔がプリントされてネコミミが付いているネコ派の春香の好みを考えて選んだ物だ。白猫・黒猫・三毛猫の三種類があったが、家で飼っているミーコと同じ三毛猫柄の浮き輪を選んだ。
そんな私の想いを雑に扱うなんて極刑も良いところだが、春香が楽しそうにしている所を見ているとそんな怒りはすぐに収まった。
私は一度コホン、と咳をしてから春香の手を掴む。
「ほら、いつまでもこんな所で話してないで早く泳ぎに行きましょ」
「う、うん。匠くんも行こう」
「そうしよっか」
川までの数メートルを歩いていた所で、私はフとある事に気が付いた。
「あっ! しまった、飲み物を持ってくるのを忘れてた。すぐに取ってくるわ」
「それくらい大丈夫じゃない?」
「春香ちゃん、水分補給は大切だよ」
私が言いたかった事を勝手に言ったのには腹が立ったが、早い者勝ちだと無理矢理自分を納得させた。
「そういう事。すぐに取ってくるから先に泳いで遊んでなさい」
軽く手を振ってから両親のいる所へと走った。
両親は
それを横目にバケツの中に入った氷水で冷やされているペットボトルの中から春香が好きなジュースを選んでいると、川の方から大人の叫び声が聞こえてきた。
子供が流されたぞ、という声が。
その声を、言葉を、頭が理解すると同時に私は「春香!!」と叫び川へ向かって駆け出した。
春香と別れた場所を横目に捉える。そこに、二人の姿はない。
下流の方に視線を向ければそこに大人たちが複数人も集まっていた。大人たちの声がここからでも聞こえる。
「子供が流れ着いたぞ!」「意識がない! 誰か救急車を呼んで!」「水を飲み込んでいるかもしれないから背中を叩いて水を吐き出させて!」
大人たちが流れ着いたらしい子供の救護をしている所だった。
私は大人を押しのけて流れ着いた子供の姿を確認して、そして・・・、
「・・・は?」
そこにいたのは、真っ白な顔で意識を失っている
ギギギギ、っと油が少ないロボットのように首を動かして周りを確認するが、春香の姿はどこにもない。いや、正確に言うならばここよりさらに下流の方にある岩に見覚えのある浮き輪が引っかかっている事だけは確認できていた。
―――逆に言えば、それ以外に春香の存在を確認できそうなものはどこにもないのだ。
コヒュッ、と喉が嫌な音を鳴らす。息が詰まるように苦しいのに、呼吸だけは浅く早く酸素を取り込んでいる。
なんで? どうして? 春香は? なんで川に流されたの? どうして
「あ、ああ・・・」
口から、声が漏れる。
私の意識とは関係なく、肺の酸素を全て吐き出すかのように大きな声が。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっっっっっ!!!!!!!」
叫びながらガバッと起き上がる。全身を嫌な汗が伝っている感覚が寝起きの悪さを物語っているようだ。
カーテンの隙間から入る日の明かりが部屋を照らしている。
時計を確認すると、時針が丁度午後一時を過ぎた所だった。
私は所謂夜の仕事をしており、仕事の関係上帰宅は午前六時辺りになる事がほとんどだ。
つまりはこの時間帯に起きるのが当然というか普通なので別に寝坊とか寝過ごしたとかそんな訳じゃない。
ズキズキと痛む頭に苛立ちを覚えながら、先ほど見ていた夢を思い出して嫌な気分になる。
私は悪夢が嫌いだ。私が見る悪夢はいつも春香を失ったあの日ばかりだ。
「はぁ・・・」
のっそりとベッドから降りると風呂場へと向かう。
寝巻を脱いでタオルを濡らすと、汗でべたべたになった体を拭く。
私は風呂が―――正確に言うならば水が嫌いだ。春香を連れ去っていった水が。あの日以来、私は濡らしたタオルで体を拭くだけで入浴をした事はない。
一応、体臭には気を付けている。それだけは断言しておく。
汗を拭き終わり、タオルを洗濯機に放り込んでからフと視線を横に移すと、洗面所に設置されている鏡に映る私の姿を見て吐き気を覚える。
私は私の容姿が嫌いだ。春香とそっくりの癖して、その面影がある癖に大人に成長しているこの容姿が。
「・・・あぁ~、くっそ」
誰にも見られていない事をいいことにイライラを隠す事なく頭部をわしゃわしゃと掻く。
そして、適当な外着に着替えるとさっさと家を後にする。
家にいた所で何の変化もない。それだったら外に出て気分を変えた方がマシなのだ。
太陽がてっぺんから少し傾き、雲に少し遮られながらも照らしている街中を特に当てもなく歩いた。そして、フと目についたのは数年前から中高生の間で流行っているとあるクレープ店の姿だった。
特にクレープが好きという訳ではないのだが、ちょっとした気分転換替わりに甘いものを口にするのもありだろう。
適当にメニュー表の一番上にあったイチゴクレープを選び、丁度空いていた丸机の席に座る。
っと、横から突然「すみません」と声を掛けられた。
「何?」
「相席お願いできますか?」
そう言ってきたのは白い肌に薄い紫色のストレートの髪に黒のへそ出しスポーツウェアの上に紺色のミリタリージャケットを羽織り両手に腕輪をつけ、ヒップや足のラインが出ているスキニーのジーンズを穿いた女だった。
その手には私のイチゴクレープの一.五倍から二倍ほどの大きさのあるクレープがあった。
「・・・いいわ」
「わ~い! ありがとうございます!」
紫髪の女は私と向かい合うように座ると、ポケットからスマートフォンを取り出す。
そして、
「こう? いや、こうかな? う~ん、こうした方が・・・」
写真を撮り始めた。
クレープと自分の顔を近づけてはパシャパシャとシャッターを切っている。
私は人気店で商品を買ってその商品と共に自分を撮影して「私可愛いよ」アピールをしている女が嫌いだ。
ハッキリ言って風情がなさすぎる。
目の前の光景に少しイライラしながらクレープを口に運んでいると、紫髪の女が突然スマホの画面から私の方に視線を移した。
「こういうの嫌いだった? だとしたらごめんなさい」
「・・・いいわ。好きじゃないっていうのは確かだけど、結局は個人の自由だもの」
「個人の自由。確かにその通りだね。うむ、じゃあ自由ついでに少しいいかな?」
「何がじゃあなのか分からないのだけど」
「私って占いが得意でさ。ちょっと血を貰えないかな?」
「血? 血液型占いってやつ? そもそも占い自体懐疑的というか怪しいのに、血液型で決まるなんて怪しいを通り越して詐欺でしょ?」
「違う違う。そういう占いじゃあないよ」
紫髪の女は首を振るとピッっと人差し指で自分の口を指さす。
「飲むの。味で判別できるから」
その言葉に私は一度目を瞑って大きく深呼吸をしてから静かに返す。
「ばっっっっっっっっかじゃないの?」
「おぉう、『っ』がいっぱい」
「そりゃあねぇ・・・」
私は訳の分からない事を言うヤツが嫌いだ。特に変なオカルトを信奉しているようなヤツなら嫌いを通り越して嫌悪すら感じる。
「血っていうのは情報の塊だよ。味の濃さや舌触り、色でも体調や気分が分かるの」
「それ占いじゃなくて健康診断では?」
「そうともいうかもしれないが違うかもしれないのでありんす」
「いきなりの謎キャラにならないで」
何が「ありんす」よ。この女と関わっているとムカムカしかしない。
これ以上関わっていても私にメリットなんて存在していない。むしろ存在していてたまるか。
私は急いでクレープを口に含んで飲み込む。
「そ、それじゃあ、私はもう行くから」
「うんうん。それじゃあね~。またどこかで会えたらいいね~」
いい訳が無いでしょうが。
ひらひらと手を振っている紫髪の女から視線を外してさっさと人ごみの中に紛れ込む。
ある程度離れてから肩を落としてため息を吐く。
たった数分、たった数事の会話でとてつもなく体力を使ってしまった。
・・・このまま外に居ても碌な目に合わない気がした為、私はタクシーを使ってさっさと帰宅した。
当たり前だが家は外出前と変わった所は一切ない。あったとしたら恐怖だけどね。
出勤時間までは後、四時間もある。
私はアラームをセットすると外着のままベッドに倒れ込む。
カーテンを閉めている室内は多少太陽光が入り込んでいるモノの薄暗く仮眠には丁度いい。
疲れのせいなのかは分からないが、直ぐに私の意識は闇に落ちていく。
なんやかんやあって仕事終わり。
白む空の下、私は家に向かって走るタクシーの中でぼーっと外を眺める。
仕事の性質上仕方がない事だとは理解しているが、酒も飲みすぎると倦怠感が体を襲う事がある。元来、アルコールには強いのだけど、不調の時は酔う事はなくても怠さで動きたくなくなってしまう。
ぼーっとしていると対向車線に見知った車と運転席に座る見知った顔を見かけた。
私が大大大っ嫌いな男。あの子と一緒にいた癖に一人だけ助かって、何の神経かあの子の夢を勝手に叶えた真正のクソ野郎。
面白味のない無表情で、こちらに気付いていない様子で横切っていく姿に苛立ちを覚える。
学校での事についてなんやかんやと言っていたが、どうせ学校では笑顔で生徒と楽しく過ごしているのだろう。一人だけ助かっておいて、意気揚々と過ごしているのだろう。
「・・・・・・死ねばいいのに」
「? お客さん、どうしました?」
「なんでもないわ。ただの独り言よ」
私はそう答えると静かに目を閉じた。疲れと倦怠感と苛立ちから無理やり目を逸らして・・・。