俺は小テストの採点をする。
三人がどれだけ勉強ができるか確かめるための物だったのだが、採点が終わってすぐ俺はため息を吐いてしまった。
早川と暗視は引っ掛け問題に突っかかっている所はあれど好成績だった。
だが、桃知は酷かった。
引っ掛け問題に引っかかるのは仕方がないとして、普通の問題・・・・・・しかも、単純な計算問題ですら間違えていた。繰り上りを忘れているぞ・・・・・・。
このテストの点によって勉強内容を考えようと思っていたが、どうやら小学一年生がやるような基礎の反復から始めた方が良さそうである。
そう思いながら基礎学習教材の中から反復性のあるモノを選ぶ。
俺が今いるのは、中校舎二階にある職員室だ。生徒が帰宅し、職員もちらほらと帰りだす頃、俺はただひたすらに明日の授業をどうするか考える。
桃知の基礎がどこまで出来るのか分からない以上、本当に小学一年生ぐらいの単純問題からレベルを上げて行くしかなさそうである。そして問題がもう一つ存在する。
暗視の言った言葉、
『えっと、あの、ま、まだ初日だしさ、た、たの、楽しみはまた今度にしたら?』
これである。
あの二人はそれで納得していたが、『また今度』という言葉のお陰という気すらする。いや、その言葉のお陰だろう。
あのまま『呼吸』だけで平然を取り繕う事はかなり難しかったと思う。
俺はそう思うとつい笑ってしまった。別に、桃知の行動が嬉しかったからとかではない。昔を思い出したからである。
あんな強引に迫られたのはいつぶりだろうか。今じゃほとんど思い出せない記憶。忘れたくないのに、忘れちゃいけないのに。
時間は残酷だと思う。あれだけ大切だった“彼女”の事がどんどん思い出せなくなっていくのだから。
チラリと机に置かれている写真立てに視線を移す。
『あの夏』に撮った最後の写真。みんな笑顔で、無邪気で、幸せに満ちていたあの頃。
「・・・・・・・・・・・・あれ?」
気付くと、目頭から涙があふれ出て頬を濡らしていた。
泣かないって決めていたのに、ずっと泣かないようにしていたのに、きっと、これはアレだ。
アイツらと関わった事が想像以上に精神的にキツかったのだろう。それを思うと、今後の生活が嫌になってきた。
だけど、ここで・・・・・・こんなところで挫ける訳にはいかないのだ。
▼▼▼▼
翌朝。俺は眠気眼を擦りながら廊下を歩く。
現在時刻は八時二〇分。
朝のホームルームは早くて八時半ほどから始めるモノである。その為、早めに教室に行かないといけないのだ。
昨日のように階段を上がり、廊下を進む。
教室からは内容は聞き取れないものの三人の話し声が聞こえてきている。
俺は深呼吸をしてから教室の中に入る。ガラッと扉を開くと、先ほどまでの楽しそうな会話が嘘だったかのように教室内は静かになった。
「おはよう」
俺がそう言うと、桃知が手をピーンと上げて元気に言う。
「先生おはようございます!! 昨日できなかったから今日は一時間目からヤろ・・・・・・ウブェ」
桃知が何かを言い終わる前に俺は念のために持って来ていた白兎のぬいぐるみを投げつけてそれを止める。
暴力ありとか言われても怪我したら大変だと考えていたので、とりあえず投てき武器としてぬいぐるみを買ってきたのだ。
「今日の一時間目は算数の基礎問題の反復だ。・・・・・・昨日のテストを返すぞ。特に桃知はその点数を見て危機感を覚えなさい」
俺はそう言ってテスト用紙を返却する。まずは一番近くの暗視にテスト用紙を渡す。
テスト用紙をおずおずと受け取った暗視は、点数を見るとホッと胸をなでおろしていた。
次に桃知にテスト用紙を渡す。何故かドヤ顔しているが点数をよく見ろ。
俺は少しため息を吐いてから早川にテスト用紙を渡した。
テスト用紙を受け取った早川は俺の方をジッと見て言った。
「ねえ、先生。聞きたかったことあるんですけどいいですか?」
「? なんだ?」
「二つあるんですけど」
「いや、分からないことがあるなら幾つでも聞いて良いんだぞ」
俺がそう言うと、早川はニンマリと妖艶な笑みを浮かべた。
それを不思議に思っていると、早川は「まずは」と前置きをしてからテスト用紙を指さした。
「ここの少数の割り算ですが、『5.6÷0.7』ではなく、この問題だけをあえて0をなくして『5.6÷7』にした方が引っかかって少し難易度が上がると思いますよ。特に、茜さんは簡単に引っかかって点数を落としていたと思いますよ」
「そ、そうか」
生徒に自分で作ったテストの指摘された事に少し照れ笑いをすると、早川は「それと」と言葉を続けた。
「何で先生は昨日茜さんにキスされたのに勃起しなかったのですか?」
「企業秘密だ」
「EDですの?」
「EDではないとだけは答えておこう」
「本当ですか? 本当にErectile Dysfunctionじゃないのですか?」
「略称せずに言っても変わらないよ。Erectile Dysfunctionじゃないよ」
俺がそう完全否定すると、早川は当てが外れたかのようなつまらなそうな表情になった。どうやら、この『タネ』はまだバレていないようだ。
そう思うと、バレないようにもこの後も生活していった方が良さそうだ。
俺は教壇に立つと、朝のホームルームを始めた。
ホームルームと言ってもまだ伝えるようなことも無いので軽い雑談になったが。
なお、桃知が何か厭らしい事を言うたびにバッグの中に入れていた小さい人形を投げつけた。
▼▼▼▼
四時間目が終わり給食の時間になった。
今日の給食は白米に豆腐のスープ、春雨サラダという健康に良さそうな緑多めの内容であった。
俺はスープを啜りながらチラリと三人を確認し、器から口を放し、口の中の物をしっかりと呑み込んでから言う。
「桃知。しっかり野菜も食べなさい」
「何で生徒の皿の中チェックしてるのよ! いいじゃない、野菜ぐらい食べなくたって!」
「健康を維持するためには大切だ」
俺はそう言ってため息を吐く。
「両隣見てみろ。二人は好き嫌いせずに食べてるぞ」
「うぅ~。・・・・・・あ、アタシ野菜アレルギーなんだよ。なのに野菜食べさせるのはいけないと思う」
「お前らがどんなアレルギーを持っているのかは学校に申請されていて、それは記憶しているからそんな言い訳は無駄だぞ」
桃知の苦し紛れの言い訳を簡単に切り捨てる。
俺の言葉に反論できないらしくブツブツ文句言いながらも野菜を口に運んでいた。
給食が終われば昼休みに入る。生徒にとっては何でもできる自由時間だが、教師にとっては食事を済ませてすぐに次の授業の準備をしなくてはいけない。
その為、職員室で書類を纏めている。
準備が終わり時間を確認すると、次の授業開始までまだ時間があったので職員室に備え付けられている湯沸かしポットのお湯を使って家から持って来ていたインスタントコーヒーを淹れる。
コーヒーを飲み精神を落ち着けていると、後ろから声を掛けられた。
「どうしました? 三宅先生」
俺は誰かを確認してからそう言う。
話しかけてきたのは五年三組の担任の“
「いえ、昨日の今日で疲れている様子だったので」
「まあ、疲れていると言えばそうですね。ホント、色々な意味で」
「・・・・・・ヤったんですか?」
「ヤってはいませんし、ヤる気もありません。っと言うか職員室で話すような内容ではないでしょう・・・・・・」
「いえ。この学校では普通です」
「それを普通にしてはいけない」
俺は項垂れながらもそうツッコミを入れる。
そんな俺を見て三宅先生は楽しそうにクスリと笑った。
「何か、今まであそこに配属された先生とは全然タイプが違いますね」
「? そうなんですか?」
「ええ。今までは性欲が強い人や体力の多い人が選ばれてましたから。・・・・・・大体一ヶ月程度で学校を去って行きましたけど」
「搾り取られたパターンですか」
「ええ。ですが、気に入った人じゃないと手や足で搾り取って終わりみたいですよ」
「あまりそんな事は知りたくなかったですね」
俺はそう言ってため息を吐く。
どうやら、この学校にいる教師にとって、『特別支援学級M』に配属された教師が駄目になるのは日常茶判事の事のようだ。
「まあ、もしもそうなったら保健室に行くといいですよ。春崎先生が精力剤を処方してくれますから」
「薬剤師の資格持ってるの?」
「持っているそうですよ」
「なら、安心と考えておくよ」
俺はそう言ってコーヒーを飲み干し立ち上がる。
時計を確認すると、時間がギリギリになっていたので、どうやらカップを洗っている暇はなさそうである。
だが、カップは家から持って来ていた物なので、洗うのは持ち帰ってからにしよう。
「それじゃ。午後の授業があるので」
そう言って職員室から出ようとすると、三宅先生が俺の耳元で小さな声で言った。
「もしも我慢できなくなったら私がヤってあげますので、いつでも言って下さいね」
その言葉に驚いて固まっている内に三宅先生は職員室を出て行ってしまった。
・・・・・・どうやら、この学校に赴任している教師にもマトモな人がいるのかどうかを怪しんで行かないといけないようである。
そう考えるとただでさえ痛くなっていた頭がより痛くなってきた。
その後、教室まで行くと桃知がこちらに見せびらかすようにバイブを使って自性行為をしていたので、亀のぬいぐるみを投げつけておいた。
今後も月一で投稿できればいい方だと思いますが、首を長くして待っていただけるとありがたいです。