※この作品はR-18です。

新妻・間桐桜の姦通   作:七味胡椒

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約束の花。

 

 天気は快晴。風は僅か。長袖では上着を脱ぎたくなる陽気。

 今日は最高の花見日和である。

 

 

 

 

 

 

「うーん、やっぱり良い場所ね。わたしの狙いは間違ってなかったわ。朝から確保してた甲斐があったわね」

「いや、場所取りしたのは俺だけど」

「選んだのはわたしでしょ? 士郎は座ってただけじゃない」

 

 キョトンとした顔で遠坂に言われると、その通りな気がしてくるから不思議だ。

 

 地面に敷いたビニールシートの上に遠坂が荷物を置く。大きめの肩に掛けるバッグの中には、人数分の弁当が入っているのだろう。

 周りを見渡せば同じような人たちが点在している。向こうの会社の集まりらしい団体など、既にアルコールが入って盛り上がっているようだ。

 

「凛。飲み物はこちらで良いでしょうか」

「ああ、ありがとねライダー。そっちに置いといて、温くなっちゃうから全部は出さないでね」

「承知しました」

 

 どっさり、と遠坂のものより更に一回り大きい荷物をライダーが置く。こちらの中身はジュースとお酒。桜は今は控えなくちゃいけないが、遠坂やライダーはよく呑むし、こういうイベントには必要なものだろう。

 

「うっわ、またいっぱい買い込んできたわね。ビールに焼酎、ハイボール、チューハイ。……ライダー、貴女どれだけ呑む気?」

「別に予算の中で購入しただけですが。そういう凛も頬がにやけていますよ」

「いや、あっはは~……まあ買っちゃったものはしょうがないわね、私が責任持って呑みましょう!」

「いえ、私も呑みますが」

 

 何やら言い合う二人を他所に、ぼうっと見上げる。

 視界は美しい薄桃色でいっぱい。それは常にちらちらと花弁が落ち続け、しかしまだ暫く無くなる事はない。

 

 冬木の街にも桜は沢山ある。そこらの道路脇から学校の校庭まで、至るところに植えてある。

 けれど、ここはその密度が違う。

 

 この街の中心に流れる未遠川、その土手。そこには一定の距離を置きつつ、計数十本もの桜の樹が植えてある。春には桜が咲き乱れ絶好の花見スポットになる、冬木市民なら誰でも知っている自然公園だ。

 

 ──春にここで一同集まり、花見を兼ねた宴会を開く。それが俺たちの間でのお約束事だった。

 

 今年で……もう4回目、になるのか。

 この催しは、始めてから一度も欠かした事はない。俺が身体を取り戻し、日常が戻ってから、一度も。

 それは当然だ。だってこれは、桜の願いだったんだから。

 全て元通りになって、春が来たら──花を見に行きたいと。

 

「ちょっと士郎、なに惚けてんの。あんたも準備手伝いなさいよ」

「っと、わるいわるい」

 

 遠坂に背中を突っつかれてしまった。

 いかんいかん、何だか黄昏ていた。ライダーはともかく遠坂はそのあたり目敏い。お金にうるさいのと同じで、とは口が裂けても言えないが。

 

 遠坂とライダーと俺、三人で協力して荷物を広げていく。ビニールシートは数枚繋げてあって、あと二人や三人は優に乗れる広さだ。そこに腹を満たすためのもの、喉を潤すものを並べ、宴会に備える。備えるといっても元々一番食べる桜は今は抑えないといけないし、二番目に食べる藤ねえは仕事で遅れる事になっているので、例年よりは控えめなのだが。

 

「ふ……、しかし、何というか」

 

 いつも通り眼鏡に黒のサマーセーター、ジーンズ姿のライダーが笑みを零した。

 缶ビールをこつんこつんと並べながら、

 

「去年からは想像も出来ませんね。いえ、やることは同じ花見でしかないのですが。しかし……、ある意味ようやくと言った所ではありますか」

「あーそうよね。ホントようやくよ、ようやく。ぶっちゃけまだかまだかと思ってたんだから。思いきって『どうなってるの? ちゃんと計画してる?』って聞こうかと思ってたくらい」

「あのな遠坂。おまえ、デリカシーって言葉はないのか。妹にそんなコト聞くなんて」

「桜に聞く訳ないじゃない、そんな失礼なコト。あんたに決まってるでしょうが」

「なんでさ」

 

 いや、まあ。妹想いなのは美徳だと思うけど。

 

 駄弁りながら準備しているうちに、他の花見客も増えてきた。空いた隙間を埋めるように次々とシートが広がっていく。そろそろざわめきのせいで少し声を張らなくちゃ相手に伝わらなくなりそうだ。これでも今日は平日だから少なめで、多いときには足の踏み場に困るくらいだから恐ろしい。

 

 何故知っているかというと、二年目の時に大変な目に遭ったからだ。団体での花見なんて初めての経験でこんなに混むとは知らず、皆して昼過ぎに悠々と荷物を抱えて来た。当然ながらまともな場所なんてなくて端っこのそのまた角になんとかスペースを確保したのだが、そこからじゃまともに花も見えなかったのでいちいち立ち上がって見に行っては戻って弁当を摘まんで、と無駄の多過ぎる花見を過ごしたのだった。

 

 途中からはあまりの回りくどさに吠えた藤ねえが遠くでやっていた組の下っ端さんたちの場所を借りて入れさせて貰ったのだっけ。しかしぐだぐだと桜に絡む若い衆のヤツがいて、そいつを追っ払うのに気を割かないといけなかったからあんまり楽しんだ記憶はない。桜はわりと酔っていたし花見に夢中で、ちょっかいを掛けられていた事にも気付かなかったようだけど。そんな経験を活かし、それからはちゃんと場所取りするようになったのだ。

 

「……ふう。準備はこんなとこか」

「そうね。はー、しっかし良い眺め。毎年見てるけどやっぱり飽きないわね~」

「ええ、本当に。この光景をともに見られるというのは幸せです、士郎」

「え、なにそれライダー。まるでわたしはどうでもいいみたいに聞こえるけど?」

「そのようなコト、一言も言っていませんが。ああ士郎、助けてください。凛が言い掛かりを付けるのです」

「っと、うわ」

 

 仲がいいんだか悪いんだかよく分からない二人に左右から挟まれる。

 両肩に温かく、柔らかい感触が伝わる。いかん、心頭滅却煩悩退散ーーと心で唱えるけど少しばかり鼓動が早くなってしまう。最近こういう事がよくあって、洗面所で風呂上がりの遠坂にばったり出くわしてビンタされたり、ライダーに悪戯される夢なんかも見てしまったりする。最近は夜の営みはご無沙汰とはいえ妻を持つ身である、色欲に囚われる訳にはいかないから、鍛えた自制心で耐えているのだが。

 

「ねぇねぇ士郎~、ライダーが口答えする~。士郎からも何か言ってやって~」

「いけません、士郎。凛は妹に先を越されて内心焦っているのです。相手にしてはなりません」

「ちょっとぉ!?」

 

 いや、だから。俺の両脇でやり合うのはやめて欲しいんですが。

 

 二人は身を乗り出すようにして戯れ合いを続ける。割りを食うのは俺だ、肩身が狭いというか身動きが取れないというか。

 両側から甘い香りが漂う。桜とはまた違う、遠坂とライダーの香りだ。匂いってのは記憶を刺激するもので、思わず二人との際どい記憶を思い出してしまう。

 

 いかん、まずい。こんな所を見られたら事だ、とどきまぎしていると──

 

「お待たせ。……え、何よコレ。遠坂もライダーさんも、何で衛宮をサンドイッチしてるの」

「美綴! いい所に来たっ」

「はあ?」

 

 ひょこ、と遅い御到着の美綴綾子が顔を出した。

 

 美綴が花見に参加するようになったのは……確か二回目からだ。と言っても去年は忙しくて来られなかったから、二年ぶりになるのだが。

 美綴のところのお子さんもすくすくと育っているらしい。俺は見た事はないけど、桜はよく家にも行っているようだ。

 

「なーにやってんのかね……。つか、既婚のクセに美人二人に挟まれて鼻の下伸ばしやがって。見損なったよ衛宮」

「いや待て、どう見たって厄介なの二人に絡まれてる構図だろっ」

 

 なによそれ、失礼ですね、という左右からの声は無視しておく。

 さっさと二人を退かさないと。何しろ美綴が来たという事はつまり、

 

「だってさ桜。旦那さんが言い訳してるよー」

「──────」

 

 あ。なんか、ぞくっときた。

 

 恐る恐る振り返る。そこには、美綴に手を引かれている桜がいた。

 

「………………」

 

 にっこりと笑っている顔が、妙に怖い。

 っていうか目が笑ってない。じと目で姉と従者に挟まれる俺を見下ろしている。

 

 きぃん、と空気が凍った。いつの間にか遠坂とライダーはそそくさと離れている。俺はといえば、蛇に睨まれたなんとやら宜しく固まってしまった。

 

 やがて──ふぅ、と桜が息を吐く。

 それでようやく、場の緊張感は霧散したようだった。

 

「……まったく、先輩ったら。事情はだいたい分かりますけど、もうちょっとくらい強く突っぱねてくれたっていいじゃないですか。そんなんじゃ焼きもち妬いちゃいます、私」

「ご、ごめん桜。いや、あの二人がさ」

「ふうん? そうなんですか、姉さん、ライダー」

 

 ちろり、と桜が視線を投げる。二人は背筋を伸ばして、

 

「いっ……いやぁ桜、冗談だってば。そんな、妹の旦那にヘンなコトするわけないじゃない」

「ええ、全くですとも。士郎の思い違いでしょうね」

「おーい」

 

 あからさまに逃げやがった。でも、桜にはちゃんと伝わったようだ。

 

「はいはい、分かりました。いつも通り先輩には非はないみたいですね。まあ分かってましたけど。……さて、それじゃあ」

 

 くす、と桜が笑う。

 気を取り直して、

 

「お待たせしました、先輩。今年もこの日が迎えられて嬉しいです」

「ああ。俺もだよ、桜」

 

 桜の手を引いて、隣に座らせる。

 

 そのお腹は、はっきり分かるほどに大きくなっていた。

 

 

 

 

 ♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 

 

 

 宴会は、藤ねえが不在だからか例年より静かだった。

 まあ藤ねえ以外のメンバーは元々そんなに喋る方じゃない。せいぜい遠坂が口数多めといった所だ。

 

 それでも、場は自分たちなりに盛り上がっていた。人生の要所をともに過ごしてきた間柄だ。積もる話も、それぞれの現状も、これからの展望も各々にある。

 

 毎年思う。そう、ナイフを持って桜の部屋に忍び込んで、その喉を裂こうとして、それでも出来なかったあの時──

 こんな未来が来ればいいな、と思った事を。

 

 

 

 

「衛宮ぁ、盛り上がってる~?」

「うわ、酒くさいぞ美綴」

「うるさいね、ほらもっと呑みなさいっての」

 

 開始から一時間程度。

 すっかり出来上がった美綴に絡まれた。意外とこういう場ではしっかり呑んで酔うヤツなのだ。

 

「ほら、ぜんぜんビール減ってないじゃん。さっさと飲み干すっ」

「分かった分かった」

 

 こうなったら断れない。一気にコップを煽って、すぐさまお代わりを注がれてしまう。

 

 美綴の言う通り、俺はあまり手が進んでいなかった。別にお酒が嫌いとかいう訳じゃなくって。

 ただ────

 ただ、見惚れていた。

 そよ風に髪を靡かせて、春の陽気にほんのり頬を赤らめて、その名と同じ花びらを手のひらに掬って。

 花を見上げる、俺の妻に。

 

 駄目です。私といたら、きっと先輩を傷付ける。

 

 雨のなか抱き締めたとき、桜はそう言った。

 自分といたら不幸になると。この恋の終わりに、幸せは待っていないと。

 そんな事はない。愛おしげにお腹を撫でる桜を見れば、はっきりとそう断言出来る。

 

 冬が過ぎて、春になったら────

 その約束を果たすのは、これで4度目。

 そしてこれから、きっと数えきれないくらい、その回数を重ねていく。

 いや、重ねていきたいと思う。

 

「羨ましい」

「……美綴?」

 

 不意に美綴が呟いた。その視線は俺と同じく桜に向けられている。

 

「羨ましいって何が……あ、子どもか? 何言ってんだよ、そっちが先じゃないか」

「…………。いや、二人目が欲しいなってね」

 

 話を絶ち切るように、美綴はそう言った。

 

「そうだ、そんなコトより。ほら桜、こっち来て! うちの家族にも見せたいんだ、衛宮家ご夫婦の写真、撮らせてよ!」

「あら、いいわねそれ。ほら桜、行って来なさい」

「え……っと、じゃあ、はいっ」

 

 遠坂に促され桜がこちらに来る。しっかりした足取りだ。さっきは一応美綴に手を引かれていたけど、桜もそんなにヤワじゃない。お腹が膨らんだくらいでふらつくような鍛え方はしていないのだ。

 

 俺たちのシートの近くで一番立派な桜の樹の前で夫婦二人、並んで座る。桜は自然と俺の腕に自分の腕を絡め、こてん、と頭を肩に乗せる。

 美綴がスマホを持って俺たちから少し離れた所に立つ。

 

「先輩」

「うん?」

 

 美綴の隣に遠坂も立って、自分のスマホを掲げた。けどどうやら上手くいかないらしくて、あたふたと悪戦苦闘している。

 

「あの時の約束、まだ生きてますか。私だけの正義の味方になる、って」

「──────」

 

 びっくりした。お互い決して忘れる事はなくても、その話を口に出すのは初めてだったから。

 

 顔を見なくても桜の不安な気持ちが伝わってくる。

 きっと妊娠もして、心細くなっているのだろう。その様子を見抜けなかった自分を恥じながら、はっきりと答える。

 

「ああ、当然だ。忘れる訳ない。俺はずっと、何があっても桜の味方だよ」

「……そうですか。良かった──それなら、きっと全部うまくいきます」

 

 

 くすり、と桜が笑うのが聞こえた。

 

 

 遠坂は相変わらず苦戦していて、壊れたのかと半泣きで美綴にすがり付いている。それを見た美綴が大笑いして、釣られて遠坂も笑ってしまい、珍しくライダーまで口に手を当てて笑っている。

 

 

 みんな笑っている。

 誰も彼も笑っている。

 

 

 これからの未来を想いながら、俺も微笑んで、カメラのレンズを見詰めた。

 

 

 




本編は次で終わりです。
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