43、協力要請
運動会が終わった翌々日の午後、並行世界の面々が元の世界に帰った。お別れ会を兼ねた打ち上げパーティは大いに盛り上がった。
これは衛宮君と美遊兄妹の引っ越しパーティも兼ねていたので、三倍盛り上がったとも言えるだろう。この時にイリヤの兄の衛宮君は、美遊の兄の衛宮君と正式に挨拶を交わした。認識阻害を掛けていたが、意外と意気投合していた。
そしてお別れの時、クロとイリヤが私達に花を贈ってくれ、また会おうと抱きしめてくれた。私もルヴィアも、子供達以上に泣いたかも知れない。
とは言えゲートが完成しているので、私とルヴィアの師匠である凜に、彼女の師匠である先生やシロウさん、共同研究者であるあちらのルヴィアは何度もこちらに来ていた。
会えば会うほど研究が進み友情が深まる私達は、近年無いほど毎日が充実していた。
そんな頃だ。そろそろ夏休みが始まろうかという7月3日の土曜日。忘れもしない七夕の4日前、期末テスト期間中に大魔導師である先生から、私達とルヴィアに協力要請があった。
それは先生の弟子、つまり師匠である凜の姉弟子にあたる人の試験だった。
なんと、そちらではこれから第五次聖杯戦争が始まるのだという。なので後学のために着いて来いとの事らしい。それは願ったり叶ったりではあるけれど、ついでに採点もして欲しいと言われた。
採点? 何をどう採点するの? すると先生はこう話された。
『あなたたちの基準で良いのよ。魔術師としてどうなのか? セカンド・オーナーとしてどうなのか? 冬木市民としてどうなのか? 穂群原学園生としてどうなのか? つまり小姑よろしく気に入らない点や、ダメだと思う点をどんどん挙げて欲しいの。それを参考にその子の評価を決めようとね』
お手伝いは吝かでは無いが、随分と厳しくないか? そこで私は足りない情報を何点か聞かせて頂いた。
採点対象の名は遠坂凛。私立穂群原学園高校に通う高校2年生で、あちらでは3学期に入ったばかり。つまり並行世界の私だ。
そしてそこでの第四次に先生とシロウさんが入っているので、桜は既に救出済み。良かった……。
現在エーデルフェルト家の庇護下にあるとか。結局のところは養子なのだが、先方からは暖かく迎えられており、凛とルヴィアの仲も良好だそうだ。先生が入るとそうなるのか。私とルヴァイアは苦笑する他ない。
だけど間桐臓硯の生死は未確認。復活してきた場合は要注意との事だった。復活とはどういう事だろうか? どこかで身を隠しているのだろうか?
また、イリヤさんもドイツからシロウさんが救出済みだそうだが、アインツベルンを滅ぼすまではやっていないらしい。こちらも新たなマスターが来るだろうから気をつけろと仰っていた。
なお、切嗣さんは聖杯の泥に汚染され、5年前に息を引き取られたとの事。あぁ……並行世界って残酷だ。そして今の衛宮家にはイリヤ・士郎の姉弟が、二人で仲良く暮らしているそうだ。
一応イリヤさんには第五次に備えろとは話してあるらしいが、士郎君の魔術師としての実力は未知数らしい。
そして私達の身を守るためにエルヴァにも来て貰い、セイバー、ランスロット、守護者となったイリヤの三人が私達の護衛と警護を行う手筈となっていた。
歴史の流れが変わったので、喚び出されるサーヴァントも参加する魔術師も変わる場合が想定されるので、十分に気を付けて欲しいと念を押された。先生はあちらで霊脈探査に専念するそうだ。これは今回、エルが来ないからだった。
百貌のアサシンって、本当に便利だったなぁ。
『助言はOK、相談に乗るのもOK。けれど、あなた達の手出しは一切無用。当事者だけで解決させるのよ』
とは言え、エルヴァは私達の護衛の他にあちらの護衛も兼ねて動くらしい。
私は同盟などが、あるのかどうかを尋ねた。聖杯汚染は明白なので、遠坂は衛宮陣営と組むべきと考えたからだ。
『それを決めるのもあちらの凛やイリヤよ。敢えてシロウやアーチャーを連れて行かない点も考えてみて』
それは自身を守るために、あちらの私や衛宮君達もサーヴァントを召喚するしかないという意味だ。と同時に、第三者に令呪が渡ってしまって、混乱させたり悲惨な結果を招かないためでもあった。それならば、私とルヴィアもマスターにと思ったが、それは甘いらしい。
『あなた達の魔力量なら十分にマスターの資格はあるし、令呪が宿る可能性もあるわ。けれどマスターになるという事は、殺し合いの戦いに参戦するという事よ? 自分の世界でも無いのに、何でわざわざ苦労を背負い込むの?』
確かに。
『第一、サーヴァント側にしてみれば、召喚されても聖杯は使えないのよ? つまり自分達の都合で生命を守って欲しいと願うのだから、見返りをどうするのか。どう説得するのか。ここもある訳よ』
なるほど。そこの話術も重要なんだ。それに参戦なんて、師匠を差し置いてできるものではない。やはり試験官というか審査員として、第三者の視点で見守るのが無難なのだろう。そこで私とルヴィアはふと閃いた。もしかして、そのイリヤさんも弟子?
『そういう事。第四次に行ったと話したでしょう? ゲートは開通済みなのよ。そう頻繁では無いけれど、2ヶ月に1回くらいのペースで赴いているの。ま、イリヤを受け入れたのは、旦那と晩年の切嗣さんの頼みもあったからね。ただ、魔法使いの弟子ではなく、魔術師としての弟子なのね。そしてあちらの凛は魔法使いとしての弟子よ。これまた何としても弟子にして欲しいと願われちゃって』
きっと願ったのはあちらの父だろう。もしかして生きているのだろうか? それと宝石剣は、もう完成している?
『そこは現地で聞いてみて』
何故か先生はそれ以上の情報を出してくれなかった。請け負うのは問題なかったけれど、私とルヴィアはエルヴァが帰ったら相談した上で結論を出す事にした。その肝心のエルヴァは、本番の試合が近いからと試験中なのにここのところ弓道部の練習で忙しい。当然学園での部活は禁止なので、市の弓道場まで通っての自主練だ。今週は土日休みなのに、彼女もご苦労さまな事だ。
ただ、先生が仰るには、彼女自体は既に請け負っていて、英霊三人も了承済みなのだという。先生が私達に話す前から決まっていたらしい。となると私達が断っても、先生やエルヴァには伝手があるのだろう。そうなるとみすみすチャンスを逃す事になる。それは避けたいと、そんな事をルヴィアと話しながら紅茶でくつろいでいたら、午後の3時半にエルヴァが帰って来た。
自主練なのに制服なのは、エルヴァの生真面目な性格を表している。それと彼女は3年生。この夏服姿も10月の移行期間で見納めだった。それを本人が一番惜しんでいて、何かあると制服を着ている機会が多い。コスプレやメイド服と違い、本当の意味で期間限定だしね。
「おかえり」
「おかえりなさいませ」
「ただいまです。ふむ、その顔は先生から聞きました?」
「うん。行くのは良いけど、もう少し情報が欲しくて」
「何かご存知な事はございませんの?」
「そうですねぇ。まず先生の弟子は百人近く居て、弟子にした期間に関係なく明確なランクがあるという事です」
帰って早々の質問攻めは気が引けたが、彼女は嫌な顔ひとつせず答えられる範囲を答えてくれた。
「ランク?」
「そうです。例えば最上は魔法を得た凜であり、次があちらの一歩手前のルヴィア。これはわかるでしょう?」
「ああ、そういう意味ね。修行期間は関係ないと」
「そうです。そして次が宝石剣を完成した人。その次が宝石剣の設計図を理解できた人。その次がまだそこまで行かずとも、何らかの理由で弟子に取った人です。最後のパターンは第四次に介入して、親から頼まれたケースが多いですね」
「じゃ、今回のはその最後のパターン?」
「かつ、何らかの見どころのある人です。だからこその試験な訳ですよ。そして審査のお手伝いとは、イコールあなた方のスペック調査でもある訳です。どこに気付いて、どこを見逃すのか。二人は凜の弟子ですから、直接は何も言われないと思います。ですが、小言や苦言は師匠の凜がチクチクと聴かされる訳ですよ。そこも意識して臨んで下さいね」
「そんなところだろうと思ったわ」
「エルヴァさんも何かの役を引き受けられていますの?」
「私はセイバー達の魔力供給係兼、あなた方のアドバイザーであり護衛です。それとエルマも連れて行きますので」
エルマとは、某国にアサシン達と渡っていたエルの分身の事だ。エルは帰る前に、人形? 素体? どういう言葉が妥当なのかは知らないけれど、もう少し見た目を幼くした体に、人格を入れ替えて残していったのだった。
元の番号は101番。名はエルマと名付けられ、学園の高等部1年に編入した。こちらに残った理由はエルヴァの補助や助手をするためだった。
というのも、エルマの体内にはエルの宝具と似たものが埋め込まれており、スイスのエルヴァが困らないように改良研究するための検体でもあったのだ。
また、半英霊化して刻印が持てないエルヴァのために、エルマの背中にはエルの刻印の複製が備え付けられていた。言ってみれば歩く刻印保管庫でもあったのだ。
そしてその身体はかなりの高スペックを誇るらしく、前々から別人として偽装するためや、肉体を失った場合の魂を容れる素体でもあったそうだ。
要するに意識体だったエルヴァのためでもあったのだ。が、彼女はカードの英霊との融合? ともかくそこからの受肉を選択した。なのでエルマが生まれたとも言える。
しかも万一の場合の替えの素体は、エルヴァが森の工房で作成中らしく、9割方完成しているのだとか。エルがそういう装置だか何だかを森の城へ置いていったからできるのだと説明されたが、そんなホイホイ人体が作れるのか?
人体錬成なんて世の錬金術師が何度も夢見て失敗して来た事じゃないの?
だけど、本当に難しいのは人造生命の方なのだそうだ。人体錬成は錬金術に拠る人形制作みたいなもので、コツさえ掴めば案外と簡単なのだとか。本当かよ? 彼の冠位の人形師は、それで封印指定を喰らったんだぞ?
そしてその件のエルマの特徴は、見事なまでに嘘臭い銀髪だった。セラさんやリーゼリットさんの髪より人工的に見える。敢えて染めたような色合いにしてあるらしい。
エルヴァに教えて貰ったが、アイリ小母様やイリヤの髪はトゥヘッド、或いはプラチナブロンドといい、銀髪ではなく色素の薄い金髪なのだった。
一級の錬金術師が言うには、この世に天然の銀髪は存在しないのだとか。そうなんだ? これは知らなかった。
また、ルヴィアの輝くような金髪はゴールデンブロンドのミディアムといい、セイバーみたいな亜麻色の髪はこのゴールデンブロンドの薄いライトタイプで、クロエやエルヴァの髪はストロベリーブロンドライトと言うらしい。
一方、エルマの髪はアッシュブロンドライトという灰色掛かった銀髪で、ああいう風合いの色は染めて作るのだそうだ。色々あるものなのね。
エルマは人格的にはエルのアレンジ版らしい。が、話せば思った以上に素直で大人しく控え目な性格だった。理知的だしエルみたいに変な事は言わない。
本当にエルヴァの妹にしか思えない。なので対外的にもエルヴァの妹と通していた。衛宮の小父様も小母様も彼女をエルヴァの妹として受け入れていた。
編入したクラスは1年D組。そう、桜のクラスだ。彼女が来た事で、私やルヴィアも小学部に使い魔を回せるようになったし、エルヴァの手助けもできるようになった。
また、美遊の兄の衛宮君も鍛錬や料理の研究などに専念できるようになった。例の呪体や礼装の話も進んでいて、あちらのルヴィアの協力でマッピングも完了し、この夏から動こうと決まっていたのだ。
ともあれエルヴァの指摘したように、先生からは鑑定? 評価? いや、値踏みだ。それをされるみたいなので、私達は気を引き締めた。
現地での期間は、1月17日土曜日から2月15日辺りまで。こちらでは出発の12時間以内に帰って来れるが、何らかの礼装が無ければその期間分身体は老いる。
なのでアミュレットは先生から貸与される。またこの2004年の1月時点で高2という事は、あちらの私は学年が一つ上という事だ。けれど、こういう世界間のズレは良くある事らしい。
宿泊先はあちらの遠坂邸。たぶん、崖崩れで消える前の家だ。あそこなら部屋数に問題は無いだろう。少し胸がチクチクするけれど。
衣類は現地調達しても構わないが、動きやすい衣類とある程度フォーマルなものも混ぜておいてくれとエルヴァに言われた。
「フォーマルって、ドレスとか?」
「そこまで必要ありません。スーツ程度で良いですよ。それと冬の制服も1着入れておくと助かると思います」
いや、彼女の事だ。ドレスは絶対に必要な場面があると思う。けれど制服が謎だった。
「どうして制服?」
「舞台が学園なら、少なからず凛は暗示要らずで潜入可能ですよ?」
「あ」
そうだ。あちらの私に迷惑は掛けられないが、情報収集には一番の方法だ。
「デザインが違う場合はあちらで購入ですね。もし同じ型のブレザーがあるなら、ブラウスくらいは誤魔化せると思いますが。何れにせよ、諸々の費用は領収書があれば先生が経費を持ちますし、食費はあちらの凛が持ってくれるそうです。ただし、成功報酬等はありません。あくまでも実地で勉強できる、メリットはその一点だけです」
お金にならないのは一瞬、うん? と思ったけれど、学べる事は多いだろう。そこに期待するしかないわね。
取り敢えず納得したので、先生に再度向かう決心をしたと伝えた。そして持って行くものなどを、夜までにリストアップした。
準備は明日の日曜日に行い、出発は真昼の12時。何とか日曜の深夜には帰られるらしいが、万一の場合は学園にオーギュストさんから連絡を入れて貰う事にした。
「そうだ。衛宮君は?」
「彼やおチビちゃん達は留守番です。それこそ万一のために誰か残しておきませんと。それと彼は基本聖杯戦争が起こる世界とは無縁です」
それはそうだ。衛宮の小父様も小母様もお仕事に戻られ、今はヨーロッパだ。また、小母様は夏に仕事を辞めると決まっているので、その引き継ぎの残務と言うか、後処理が7月10日くらいまで掛かるらしい。となればオーギュストさんと衛宮君に子供達を任せる他はない。もう大丈夫だと思うけれど。
「魔杖という強力な礼装がありますから大丈夫ですよ。それにこうやって自分達で考える時間を与えるべきです」
夕飯の時のエルマの言葉だ。この子は弓道部と陸上部から勧誘を受けていて、どちらにするか現在悩んでいる最中だった。学園では私を遠坂先輩と呼び、家では凛さんと呼ぶ。
これはルヴィアに対しても同じで、エルヴァにはお姉様、アインツベルン先輩と呼び分けている。お姉様は無いだろうと思うけれど。
子供達にも慣れ親しまれ、英霊のイリヤさんにも可愛がられていた。もうすっかり仲良し姉妹だ。
ただ、未だに彼女が料理を作るところを私は見ていない。ホットケーキやクッキーなんかは良く焼いているので、できない訳では無いのだろう。
「今日、どこに行ってたの?」
「間桐さんとデートです。ヴェルデでウィンドウ・ショッピングですよ」
クラスの中でも特に仲が良いらしい。彼女はきっかり妹の相談相手役に収まっていた。
記憶に無い私は当然だが、親しくしている部活の先輩であるエルヴァにも話せない、衛宮君の事や今後の人生設計相談といったプライベートな相談も受けているという。
記憶に残る幼い頃の桜は引っ込み思案な子だったが、高校生になって随分と変わったと思う。そんな桜にエルマは最適な友人だと思えた。ありがたい事だ。私は妹を頼みますと頭を下げるばかりだった。
それと姉妹関係で新たな事がわかった。それは師匠から教えられた、倫敦在住の異母姉の存在だった。驚天動地とはこの事だ。私や桜の上に姉が居たなんて。
聞けばいかがわしい話でなく、母の前の恋人との間に産まれた娘で、父は長年その存在を知らなかったらしい。どうも知ったのが桜の養子問題が起きた頃で、これも両親の仲がギクシャクした要因の一つだったのだろうと思う。
そこで私は手紙を出した。住所は不明だったが、時計塔で事務職をされているとわかったので、そちらに出したのだ。
と言うか、本部で受付をしていたあの人だった。私をじっと見ていたから何だろうと思っていたら、そういう事だったのだ。
どうして教えてくれなかったのかとエルヴァに詰め寄ったら、養育費問題で拗れるからだと答えられた。
そうなのだ。姉の存在を知った父は、最初の間養育費を送っていたのだ。ところが聖杯戦争で帰らぬ人となってしまった。途絶える養育費。なんといい加減な。
それで父の名誉のために、両親が事故死した事で養育費が途絶えていた旨と、跡継ぎの私があなたの存在を知ったのはほんのひと月前だったと正直に書き記し、父の遺産を幾ばくかお渡ししたいとしたためたのだった。
現地では交渉人としてエーデルフェルトの人も協力してくれている。オーギュストさんが紹介してくれたその人のお蔭で、姉からの返事が届いた。
やはり一時は恨んでいたらしい。けれど『事情を知って納得した。あなたという妹と会いたい、父のお墓参りに行きたい』と文面にあった。だから『旅行費用を持つので、ぜひお会いしたい』と返事を送った。
桜の事はまだまだ時間が必要だろうし、エルやエルヴァを信用していても、本当にできるかどうかは不明だ。それでも姉と和解できた事で、私は一つ肩の荷が降りた気持ちだった。
「それとルヴィアさん?」
「どうされました、エルマ?」
「エルお姉様と同じとはいきませんが、武器や乗り物の密輸はできますので、必要なものを預けて下さい」
「ああ……なるほどですわね」
「あなたも例の四次元ポケットが使えるんだ?」
「宝具は試していませんが、通常のものならほぼ大丈夫だと思います」
「エルヴァさん、エルマの言葉は本当ですの?」
「ラインの黄金の複製というか、アレンジした試作品でしたからね。魔力は問題ないと思うので、どこまで行けるかは未知数です。今回が初の実戦投入なのですよ。彼女を預かったのはそのモニターもあったからです」
「はぁ。一度、エルマの体の中を覗いてみたいものですわね」
「ヤメて下さい、ルヴィアさん」
「冗談ですわよ」
「それでエルヴァ? 小父様と小母様の許可は前々から頂いてたの?」
「ええ。妹達を勝手に連れ出さない限り大丈夫ですよ。クロエちゃんも納得してくれましたので」
「その代り、絶対にお姉ちゃん達を護れって命令されたわよ、私」
守護者のイリヤさんだ。この人はかなり気さくな人で、妹達だけでなく私やルヴィアの事も可愛がってくれる。
それもエルヴァに対するスキンシップと違って、さり気ない気遣い方を見せてくれる。その距離感が私やルヴィアのツボで、今はかなり仲が良い。
「姉さん。命令されちゃった? それはお願いでしょう?」
「冗談よ。そう、お願いが正しいわ。泣きそうなのを必死で堪えてね。『お姉ちゃん達を守ってね』が、『守れ』になっちゃったのよ。当然言ったわよ? その『達』には私も入ってるのかって。そうしたらアッカンベ~をしながら抱きしめてくれたの。可愛いわぁ」
「まんま、姉さんの子供の頃?」
「ね? 似てるわ、あの子」
そして翌日、私達は違う冬木に降り立ったのだった。
コートを着込んだ私達の出現ポイントは新都の公園だった。
誰も居ない広い公園には、ベンチと街灯に植え込み以外は何の遊具もない。事前に聞いていたが、ここが第四次聖杯戦争の終決場所だった。
ただ、被害の規模は他所と比べるとかなり小さかったらしい。それでも百棟近く燃えてしまったらしいけれど。
前回より世界を渡っても酔いは少なかった。慣れてきたのかも知れない。でも殺風景な公園は、どこか物悲しくて嫌だった。
私達は公園を出て、一路遠坂邸を目指した。途中のコンビニでエルヴァが新聞を買っていた。日にちの確認と、最近の事件の確認だ。予定通り1月17日に入れたようだ。
赤く塗られた大橋の歩道を歩いていると、セイバーが突然立ち止まり、未遠川を見詰めていた。それは僅か数秒か数十秒の事だったけれど、慌てて走って追い付いていた。
「どうしたの?」
「いえ、船が……」
船? 何だろう? やがて橋を渡りきり、深山町に入った。ここまで来ると見慣れた町並みと変わらない。マウント深山でエルマが買い物客に時間を尋ねていた。それを元に、ポケットから外していた腕時計を出して、時刻を合せ直す私達。
商店街を過ぎ、洋館街に向かう。途中、衛宮君やイリヤの家もルヴィアの家も無かった。当たり前の事だが。そして洋館街に入ってずんずん歩くと、一際大きな家が左手に見えて来た。
「ここが間桐の家よ」
先生の言葉に驚いた。何故なら私達の世界では解体されて売られたのか、こんな長い塀はなく、もっと小さな家が点在するだけだったからだ。
だけどここには広い広い前庭の奥に、うろこみたいな外壁の大きな家が建っていた。円柱部分が張り出していて、やたら目立っている。
2階のあそこがリビングだろうか? 色合い以外は良いデザインだと思う。門から覗けば左側に庭があり、その奥の裏庭と繋がっているようだ。奥の庭はかなり広そう。
そして玄関の前にポツンと佇む1本の桜の木。それ以外の樹々は庭の四方に追いやられていた。あれは樹木に拠る結界だ。
「ここの庭にはモニュメントや石碑がポツポツあってね。それも結界の起点や支点なのよ。塀の結界、樹木の結界、そして石碑の結界、家屋の構造に拠る結界、部屋ごとの結界。高度な抗魔結界だわ」
先生の解説に頷く私達。
「私やランスロットでなければ厳しいですね」
「ええ……」
「私は無理ね。招かれない限り入れないわ。ランスロット、どうしたの? 暗いわよ?」
「あ、いえ。すみません、イリヤ」
私達は洋館街に入ってから、位相をズラして移動している。なので中の魔術師ははおろか、通りを歩く人達も私達に気付いていないだろう。
洋館街の端まで行って右に曲がった。ここからは坂がキツくなる。もう目的の家は見えていた。一番高台にある、角柱の塔とレンガ造りの煙突が特徴の、赤茶色い板張りの大きな洋館。涙が出そうになる。私が生まれ育った家と同じだ。
先生は位相を戻し玄関まで行き、インターホンを押した。程なく扉が中から開き、私と同じ髪型の少女が出て来た。
「あ」
『ようこそ』とか、『いらっしゃいませ』とか言いたかったのだろう。けれど先生の横に立つ私達に驚いたのか、彼女の口が『あ』の形で止まってしまった。
「この二人があなたを採点する試験官よ。そしてそちらの姉妹が補佐。こちらの英霊のマスターでもあるわ」
「はい、お願いします。ようこそ遠坂へ。どうぞお入り下さい」
彼女は私達にも驚いていたが、英霊の三人が特に気になるようだった。
リビングに通され、ソファに腰掛けて待っていてくれと言われた。お茶なら手伝おうと腰を浮かせば、黒シャツに黒いスラックスの男性が、お盆を手に現れた。彼は私達の顔を見て動揺しながら、キッチンに消えた。そうか召喚していたのか。
「凛、召喚はいつ?」
「二日前です。ただ先生、彼はクラス以外何も憶えていないらしく……」
「ふ~ん。召喚に支障は無かったのでしょう?」
「はい、それだけに不思議で。『君が呼び出した者が最強でないはずが無い』とか、何の保証もない自信だけが強くて」
「明かすと宝具に制約が掛かるタイプも居るしね。何かそういう事情があるんじゃないの? それなら記憶喪失を装う意味もあるわ」
「なるほど」
「それと、あなたの見た目」
「見た目? あ、もしかしたら……こちらが学生だから、背負わせまいと?」
「そうそう。お茶を運んだりするところからも、そういうタイプに感じるわ。だから変に詮索せず、そういう事にしておいてあげなさい。で、打ち合わせは?」
「軽い打ち合わせは済ませています。聖杯の出現を食い止める事。参加者以外の被害を出さない事などです」
「聖杯が使えない事は、納得してくれた?」
「はい」
「同盟相手はどうだった?」
「ええと……。基本方針は一致していますが、イリヤ先輩とは不可侵という事で」
「彼が嫌がったのね?」
「はい」
「ま、彼にしてみればあなたとイリヤの仲なんて預かり知らぬ事だからね。多少の考慮はして貰えても、命を賭けて戦う儀式が始まろうとしているのだから。あなたを最優先に考えるのは当然だわ」
「そうですね。サーヴァントとして、その助言は間違っていません」
そして自己紹介が始まった。この時、エルヴァとエルマはハーウェイと名乗った。その自己紹介でわかったのだが、彼女が私やルヴィアに驚いたのはほんの一瞬の事で、言葉に詰まったのはエルヴァとエルマに対してだったのだ。
彼女の通う学園には3年A組にイリヤスフィール・フォン・アインツベルン、2年C組に衛宮士郎の姉弟が居て、二人がそのイリヤにそっくりだったからだった。
そしてこの二人は英霊並みに魔力がある。それを感じ取れるからこそ驚いたらしい。これは私やルヴィアも同じ体験をしているのでよく分かる。
また、本来の英霊の三人はサーヴァントでは無いので、ステータスのようなものが視えないらしい。魔力や存在感から英霊とわかるのに、サーヴァントではない。それに関しても驚いていたのだという。
「ステータスとは何ですの?」
ルヴィアが質問した。
「令呪が現れマスターとなれば、サーヴァントのステータスやパラメーターが感じ取れるようになります。ステータスは二種あって、一つは重んじる方針というべきもので、秩序・中立・混沌に分かれます。もう一つは性格ですね。こちらも善・中庸・悪と三つに分かれています。パラメーターは一言で言えばサーヴァントの性能です。筋力・耐久・敏捷・魔力・幸運・宝具の六種類があって、そこに所有スキルなどが加わります。所有スキルは別名、保有スキルや固有スキルとも呼ばれ、その英霊個人が持っているスキルです。ただ、何のクラスで喚ばれたかで多少の変化が出て来ます。これとは別にクラス別スキルというのがあって、こちらはそのクラスを得れば自然に付与されるものです。英霊本来の潜在能力でここも多少変化しますね」
「クラス別スキルはセイバーが対魔力と騎乗、ランサーが対魔力、アーチャーが対魔力と単独行動、ライダーが対魔力と騎乗、キャスターが陣地作成と道具作成、アサシンが気配遮断、バーサーカーが狂化です。なおバーサーカーは狂化と引き換えに、全体のパラメーターが2~3割アップします。要は真っ直ぐに強い、ドッカンターボと同じです。その分、燃料たる魔力はバカ食いとなります」
凛の説明と、エルヴァの補足で納得した。
「では、そちらの方々のステータスが視えないのは?」
「セイバーと彼は別ですが、姉さんのステータスが視えないのは私が隠しているからですね」
エルヴァの説明だ。なるほど。これは下手に受け答えできないなぁ。そこで驚いたのがここの家主だった。
「セ、セイバーなんですか? その人は?」
「便宜上です。敢えてクラスを振るなら、彼女も彼もセイバーです。そしてこちらの姉はアーチャーです」
「姉? 英霊が姉?」
「遠い遠いご先祖様です。親しくして頂いているので姉と。そして先程の答えですが、この二人は大聖杯を通さず召喚しています」
「大聖杯を通さず……!」
「今のあなたには想像も付かないでしょう? 世の中にはこんな事ができる魔術師が居るのよ、凛」
「ああ……はい……。あの……不躾ですが、お二人はイリヤスフィール先輩と何か関係が?」
「ええ。並行世界での遠い親戚です。それに私はあくまでも試験官補佐ですから。妙な干渉は致しませんよ」
「わかりました」
そして外観からは塔と思っていた階段室を登って、2階の中庭が見える長い廊下を歩き、客室に案内された。この廊下の反対側の奥が私の部屋だったかなぁ? 憶えてないなぁ。そして私とルヴィアにセイバーが同室。エルヴァとエルマにイリヤが同室。男性であるランスロットさんがその隣で、先生も一人で別室があてがわれたのだった。
けれど一体彼は、どうなっているのだろう? あの黒シャツのサーヴァントはあの人では無いのか? 雰囲気が全然違っていた。ともかく情報が欲しいと思った私達は、エルヴァ達の部屋を訪ねた。防音結界を張って相談に入る。
「ちょっと、あのアーチャーって人はどういう人なの?」
「彼は私どもの知るアーチャーさんではありませんの?」
「兄とは異なる並行世界で英霊に至った存在、その分霊ですね。一応ここの凛とは目的が一致しているようですが、別の……個人的な目的を持って召喚に応じたように感じます。その証拠が、凛に真名を話していない点です。記憶喪失と誤魔化すにしても、召喚は完璧だったようですから無理がありますね。先生が随分とフォローしていましたけれど」
「ですわね? 怪しさ満点でしたわ」
「どうしてそんな嘘を? いえ、元というか同位体が居るからだとはわかるけれど」
「情報不足と思い込みです。抑止に囚われ組み込まれ、あらゆる場所へ守護者として派遣される──。ですがそこで行わされるのは、後の歴史を狂わせる事象を誘発した誰か達の抹殺、つまりその場に居なかった事にしなければならない者達への一方的な殺戮です。機械的に動く自分に懐疑的になった彼は、やがて二つの観点からパラドックスを求めます。一つ目は自己の存在の消去。二つ目は過去に斬り棄てて来た者達への贖罪。かつて、誰よりも正義の存在を信じ、正義の味方に憧れた少年にとっては、守護者の仕事は理想に裏切られたと感じた事でしょう。以上の理由で過去の自分を殺そうとしているのですね」
「バ、バカじゃないの? 並行世界だから関係ないし、輪廻の輪から外れたら意味が無いじゃないの!」
「そうですわ。そもそも契約したのはご自分でしょう? それを嘆いて悔やむのなら、どうして予め調べませんの?」
「そう、そこが情報不足と思い込みな訳です。また、それだけ守護者の行う事は理不尽で辛い事ばかりだったのだと」
「ですわね。となりますと、それがわかっていても彼の召喚を先生が許した点ですわ、リン。もしや裏の課題は彼の救済なのでは? そしてそれをここのリンに気付かせる事も」
「ナイス、ルヴィア。それだわ。この件に関しては、こちらの凛へのサポートをそれとなくしろって事よ」
エルヴァが頷いた。大筋で合っていたようだ。大魔導師の課題は厳しい。こんなの一人で解けと言われたら堪らない。
けれど、第四次でシロウさんも来ていたのならヒントはあったと思う。彼女が憶えているかどうかだけど。そしてこれは話しちゃいけない事なんだ。相談やアドヴァイスはしてあげられても、答えを与えてはならない。本人が気付いて対処しないと意味がないからだ。本当に厳しいし、難しい。
「夕飯の時間を聞いて、散歩に出ませんか?」
「散歩?」
「ええ。武家屋敷まで」
エルヴァの提案に私達は乗った。一応部外者で中立だし、会えるなら話を聞いておきたい。
歩きながら、要所要所で使い魔を放ったり礼装を設置するエルマ。使い魔はエルヴァのものらしいけれど、礼装はエルマのものだそうだ。どちらも探索型らしくエルヴァのは蛾のような昆虫だった。それが街のあちこちに飛んで行った。
衛宮邸に向かう辻に入って暫く歩くと、お目当ての人物が迎えに出ていた。セイバー達はここまでの道のりを、ずっと霊体化して着いてきている。当の人物は身長がエルヴァと同じくらい。以前出逢ったイリヤさんにそっくりだが、着ている洋服のせいか、もっと幼い雰囲気があった。
「ナハトファルターでメッセージって。あなたは蟲使い?」
「そうです。お陽様が出ているのでタグシュメッターリングですね」
タグはお昼の意味。グーテンタグのタグだ。
「そうね。でもモットというイメージは無いわね」
ドイツ語では蝶と蛾を区別しない。鱗翅類なら何でもシュメッターリングだ。イリヤさんが言ったナハトファルターは夜に活動する鱗翅類。エルヴァが言ったタグシュメッターリングは昼に活動する鱗翅類で、マットは鱗翅類の中の害虫を指す。確かフランス語もパピヨンだけで、蝶と蛾を区別しなかったと思う。
家にお邪魔すると衛宮君は居なかった。自己紹介して私達が試験官である事を話した。当然彼女はエルヴァ達の容姿に疑問を呈したが、遠縁の血筋で通していた。勿論、アインツベルンとは名乗っていない。たぶん、私とルヴィアが試験官である事とエルヴァ達が補佐である事以外は信じていないだろうけど。
聞けば先生から彼女に言伝があったらしいから、こちらの立場は理解しているようだ。問題はエルヴァ達かな。でも、これは事前に聞いていた。イリヤさんはアインツベルンから追われる立場なのだ。だからかなり警戒されるだろうと。
とは言え、凛を通じて協会とも話は通してあり、執行者のバゼットの参戦が判明していると話してくれた。
「協会は二枠で、もう一人は別な魔術師が入っているらしいわ」
「ほぅ」
猜疑心は持っていても、ほとんど同盟関係と言っても良いくらい情報を提供してくれる。これはそれだけ、ここの凛を信用しているからだ。サーヴァントの意向ねぇ。何となくだけど、凛はある程度気付いているのかも。
「同盟はどことも?」
「うん。遠坂からお誘いがあったけれど、結局流れたわね。でも目的は同じだから」
これも予想通り。サーヴァントの意向とやらで同盟は流れたが、遠坂とは敵では無いという意味だ。参戦目的も凛と同じだった。要はサーヴァントの枠を、部外者に取られる前に埋めようって魂胆だ。それに彼女は令呪を既に持っていた。今夜召喚する予定だそうだ。そこにエルヴァがお世辞を言った。
「話し方がお上手ですね?」
「うん?」
「今夜、サーヴァントを召喚されるのは弟さんでしょう?」
「はぁ~……」
どうやら彼女は弟さんの事を前に出したくないらしい。
「召喚相手は決まっているんですか?」
「……ええ。弟はセイバーよ。そして私がキャスターね」
観念したのか、私が尋ねたら話してくれた。
「キャスター?」
「実は召喚済みと言うか、行き倒れているところを弟が拾ってきちゃって。それで私が契約したの」
行き倒れって何だ? サーヴァントがそこらに落ちていたのか?
「メディアさんですか?」
そこで奥の襖がバーンと開いた。
「ちょっ!? 本当に並行世界から来たのね?」
それがメディアさんとの出逢いだった。
「それでお嬢さん方はどこまで知っているの?」
「ほぼ全部です」
「ほぼ全部? あなたに何がわかるというの、お嬢さん?」
エルヴァを睨むキャスター。フードを降ろした顔はとても美人だけれど、睨むと怖い。けれどピコピコ動く、尖った耳が妙に可愛い。
「令呪は既に分配済みですね。現在冬木に居るマスター候補は、間桐に一人、東側の双子館に一人です」
「双子館? マスター、わかるかしら?」
「うん。ここが深山町なんだけど、もっと南に洋館街があって、そこの外れの林の中に双子館と呼ばれる洋館があるの。それが西側。川向かいの林の中にもそれと同じのが建っていて、彼女が話しているのはそちらだわ。たぶん、それがバゼットだと思う」
今は魔術協会の管理下にある、ルヴィアのお祖母様方が残していった拠点だ。
「そう。それで?」
「1月20日から25日までの間に彼女はサーヴァントを召喚するでしょう。そしてその数日後に、言峰神父に令呪の宿った腕を切り落とされマスター権を奪われます。それを阻止したく思います」
「ズバリ聞くわ。召喚相手は?」
「ランサー。クー・フーリンです。バゼットはアイルランド出身で、クー・フーリンは彼女のアイドルなので。召喚の触媒は彼が生前身に付けていた耳飾りです」
「もしかして、本当に全部わかるの?」
「だいたいは。召喚済みなら完全にわかります」
「ま、待って。という事はよ…………」
待ってと言って、メディアさんは顎に手を当て考え込んでしまった。黙ってお茶を啜りつつ待つ私達。
「わかった。ランサーの事は並行世界であった事。そして召喚済みならわかると言うのはあなたの能力ね?」
「正解です」
「だから私の事もわかっていたのね?」
「はい」
「どうやって?」
「地脈から霊脈をたどって大聖杯の令呪システムと召喚システムを読みとれば。メディアさんなら簡単では?」
「何が簡単なのよ!? 汚染されてるのよ?」
「釜の中はそうです。ですがシステムは汚染されていません。ただし、召喚すべきサーヴァントを決める枠組みと言いますか、基本のアーキテクチャは釜に近いので汚染されていますね。そこだけ注意すれば」
「どういう事?」
イリヤさんの質問は皆んなの気持ちだった。
「大聖杯がメインフレームなら、それを稼働させるアーキテクチャが走っていて、その上にそれぞれの担当ポジションに応じたアーキテクチャが走っています。更に担当ポジション上で細かなアプリケーションが動いているのですね」
「わかりやすくコンピューター用語で例えてくれる気持ちは理解できるけれど。さっぱりだわ」
「あれ……? では、アーキテクチャを大きな術式、アプリケーションを細々対応できる小さな術式と解釈して下さい」
初めからそう言えよと、皆んなの顔に書いてあった。
「実はこの世界での第四次聖杯戦争に先生が入ったのは中盤でした。ここでのキャスターは青髭こと、ジル・ド・レェだったのです。シリアル・キラーをマスターとして、子供達を何十人も殺していました」
「あ。それ、切嗣が話していた。どうしてあんなのが召喚されたのかって」
「お嬢さんの言いたい事がわかったわ。そういう悪鬼みたいな英霊を弾き出す部分、そこが汚染で壊れているって事なのね?」
「そうです。でなければ、あのマスターに令呪が宿るはずがありません」
「ああ、令呪の配分を決める術式もか」
「ええ。そこはまだマシですので、逆にたどって英霊の真名を知る事は可能です」
「ああ……それでだったのね」
「それで、メディアさん」
「何かしら?」
「このクスリを差し上げます」
「何?」
「サーヴァントを受肉化させるクスリです。ここで第二の人生を歩み、本当の幸福を掴んでみませんか?」
「それを信じろと?」
「信じる者は救われるという言葉もあります。終決まで時間がありますから、それを解析して考えてみて下さい」
「マスターの師匠のお客という事だし、一応預からせて頂くわ。けれど、私は……」
「子供を生贄にしてマナの結晶を造った。あなたの伝承を知っていればできるはずがありません。バカですよね、そのアトラム・ガリアスタという男は」
「マスターにしか話していないのに、本当に知っていたのね?」
「ええ。弟さんには秘密なのでしょう? それもこちらからは話しませんので」
本来の召喚者と何かあったらしい。真相は不明だが、取り敢えずはこちらを僅かながらも信用して貰えたようだ。かなり疑り深い性格なのだろう。
「それであなたは何者? 身分とか名前じゃ無いわよ? 話している意味がわかるかしら?」
「人間なのかどうかという意味なら、間違いなく人間ですよ」
「嘘おっしゃい! ただの人間がどうして英霊を三騎も率いているのよ! そもそもあなた自身が半分は英霊みたいなものじゃない!」
「え? 三体? 騙していたの?」
「いいえ。騙していませんよ。彼女達試験官を護るために、私の従者を連れて来ているだけですから」
そこでエルヴァは大聖杯なしで召喚した旨を話した。
「まさか……。こんなサモナーが現代に居るなんて。じゃ、あなた自身は何?」
「確かに私はある英霊の能力を持っています。半英霊と考えてくだされば。ただし、そこに至る方法はお教えできません。ともかく、こちらの陣営と遠坂の陣営には危害を加えませんし、邪魔も致しません。被害を抑えたい、聖杯の出現を止めたいという考えにも賛同致します。ただ当方は、試験官の二人を護るだけの存在ですので、サジェッションやアドヴァイスは試験官の二人から得て下さい。また、当方も命が惜しいので、降り掛かる火の粉は当然払わせて頂きます」
「わかったわ。限度はあると思うけど、軽い質問とかは良いのかしら?」
「ええ、それはどうぞ。話せる範囲でお答え致します」
並行世界の姉との駆け引きだ。見ているこちらはヒヤヒヤものだけど、ここは曲げられないしなぁ。
ああ、そっか。このイリヤさんはエルヴァ達に、ある種のシンパシーを感じている可能性があるのか。確か……そうそう、自然の触覚だ。同族なら感じ取れるみたいに話していた。だけど、エルマが居る事で迷う部分もある訳だ。
エルマの身体は造り物だけれど、それがこの人には今の段階ではわからないのね。母親と同じタイプだった人の娘。つまり従姉妹くらいに感じているのかも。だけど、この神代の大魔術師はエルヴァの半英霊な部分やセイバー達の存在に気を取られて、そこに気付いていない。これも情報の結界だ。なるほどなぁ。
「では、召喚した後でも結構ですし、何かお困りなら何時でも連絡を下さい。その使い魔で通信できますので」
「エルヴァ、情報は要らないの? 間桐は誰が出るとか、監督者は誰なのかとか? そこを聞かないと」
「リン。それを尋ねなければならないのは私どもですわ」
「あ、今のナシ!」
「な~んだ。試験官も品定めされているんだ?」
しまった~っ!
「やっぱり世界を越えても遠坂の呪いは同じなのね?」
「え?」
「知らないの? 遠坂の当主は代々、ここぞという時にうっかりミスをするって」
ウソ~ン!
「気付いていませんでしたの? 時々信じられないような凡ミスをおかすのに。いちいち目くじらを立ててもと黙っていましたけれど、話せば良かったですわね?」
「あら、ルヴィアさんは教えてあげなかったんだ? まぁ、彼女がここの凛と同じなら、大きな失敗は今まで無かったのね? ああ、やっちゃった反省反省って感じで、軽く済ませて」
「まさに、その通りですのよ」
「ま、その範囲で終わるところが、凛の凄さだけれど」
ああ……。うっか凛の意味がやっとわかった。そんな呪いがあるなんて……。
「それで監督役だけれど。そのバゼットを襲うとされる、言峰綺礼って男性がそうだわ。当然、登録なんて行かないわよ? 切嗣がまさに気を付けろと、私に話していた奴だったから。あなたの話を聞いて、さもありなんと思ったわ」
「賢明です」
言峰綺礼か。私達の世界では衛宮の小父様が狙撃したんだった。
「その男の目的は何なの?」
「汚染された聖杯を完成させ、アンリ・マユの誕生とその後の災厄を見る事によって、自分が何故この世に生まれたのかを探ろうとしているのです」
「どういう事?」
「彼は先天性の精神疾患で、他人の不幸や破滅が愉しいのですよ。第四次のアーチャーにそそのかされて、歪んだ悦びを知ってしまったのです。なまじ求道者なだけに、そこから坂を転げるように落ちてしまって」
「他人の不幸は蜜の味。わからなくもないけれど、それだけを求めていると?」
「傍迷惑な自分探しですわね?」
うわぁ~。自分自身を探すためだけに冬木を壊滅させようなんて、殺されて当然の人だったのね。
「そう。ですから病気なのですよ。そして他の世界での神父は、その第四次のアーチャーを隠し持っています。ですがここでは先生が斃しています」
「ええ。そして聖杯が完成する寸前に、切嗣は令呪をすべて使ってセイバーに破壊を命じた。一回目は聖杯で、二回目は天の杯。三回目は更に重ねてその両者を必ず破壊しろと。それでも天の杯の真下にあった民家が百棟以上燃えてしまってね。切嗣が救けられた、唯一の生存者が弟なのよ」
「その弟さんはどちらに?」
「学校の部活。私も同じ部だったんだけど、私は3年生だからもう引退したの。それと質問される前に答えると、あの子も魔術師よ。まだまだ見習いだけどね。そして第四次で起きた事は、粗方知ってるわ」
「それはあなたがお父様と相談されて?」
「ええ。先生の助言もあったの。ほら、男の子って下手に隠すと妙なことを考えるでしょう? なら全部知って、覚悟を決めて、こんな馬鹿げた儀式を終わらせて。ありきたりな普通の人生を歩んで、幸せになって貰いたいもの」
イリヤさんは弟さんが本当に大切なのだろう。何とも言えない優しい顔をしていた。その顔はあのイリヤさんがエルやエルヴァを語る時の顔と一緒だった。
「それで間桐は候補が?」
「間桐はねぇ。一人居ると言えば居るけれど。体が弱くて、学校を小・中と休んでばかりだったの。義務教育は何とか卒業できたけれど、学園はずっと休んでいるわ」
「2年生?」
「ううん。1年生よ。D組なんだけど、出席日数が足りないから留年確定かなぁ」
「名前は?」
「名前は間桐マコトよ。見た目は黝(あおぐろ)というか、薄い紫掛かった髪の可愛い女の子だけどね」
「女の子? 男の子でなく女の子?」
「ええ、女の子よ。それが何か?」
「いえ……」
「それと、彼女はあなたと同じ蟲使いだわ。けれど……マスターは体力的に厳しいと思うのよ。だから顔見知りでも、相談も何も出来ていないのね。もし間桐からマスターが出ていると判明しても、それはあの子じゃなく、令呪を譲られた外来の魔術師の可能性があると思うの」
「なるほど。それは体力だけでなく魔力なども?」
「魔力はある方だと思う。でもね、性格が素直で大人しい子なのよ。虫も殺さないタイプ? 変な例えだけれど」
「そういう人ですか。わかりました。それで、遠坂の先代と間桐の御大はどうなったかご存知ですか?」
「ゾォルケンは死んだみたいね。冬木に来てから一回も出会った事が無いから。亡くなる前の切嗣もそう話していたし。それと遠坂時臣は元気だと思うわよ。ヨーロッパの方へ行っちゃったらしいけど」
ヨーロッパ? 思わず私は尋ねた。
「どういう事ですか?」
「あなたも凛なら、凛に妹が居るのは知っているでしょう? その子を間桐に養子に出そうとしてね。それが切っ掛けだったのか、奥さんに離婚されちゃったのよ。小母様は今、お祖母様と暮らされているわ。時々、凛が伺っているそうよ」
驚いた。父に反旗を翻す母が居たとは。そして相続問題や桜の問題を解決したのは、きっと先生だ。やってくれる。そうとなると、父という枷が無いあの凛は、かなりイケイケなタイプかも。私が言うなという話だけれど。でも、相当猫を被っていると思われる。
「御三家の残る一角。アインツベルンはわかりませんよね?」
「わからないけど、誰かが私を殺しに来るでしょうね」
「失礼ですが、お身体の具合は?」
「本当に何でも知っているのね? 大丈夫よ。8歳の時に先生に封印して頂いたから」
「……わかりました。ですが、何かあったら声を掛けて下さい。私は人形師であり修復師でもありますので」
そうして私達は衛宮の家を辞したのだった。
「マスター?」
「うん、わかってる。あのエルヴァって子は絶対に私と何か関係があるわ。ここではなく並行世界で。そしてエルマという妹の方は彼女の魂を分けた人形でしょうね」
「ええ、途中で人形だと気付いたわ。レベルが高いわねぇ。人形師としては破格でしょう」
「ね? あの髪はわざとね?」
「ええ、こちらに人形だとわかるようにしている……」
「それはこちらに疑われないため?」
「だと思うわ。敵対する意思は本当に無いみたい。でも、体内にとんでもない礼装が仕込んであるのが引っ掛かるわね」
「それは?」
「それがね、霞が掛かったみたいに読めないのよ。そういう読ませない何かが組み込まれているようで。わかったのは、何十どころか何百何千もの術式と礼装がちらほら見えるだけ。それらがどう組み合わされて、どういう効果があるのかかは一切不明ね。唯一、魔力をどこからか引っ張る能力があるのが垣間見えたけれど」
「あなた程の人が。とんでもない子ね?」
キャスターは居住まいを正し、話し方を変えた。
「ええ。マスター、一応敵では無いと思いますが、気は緩めない方が良いでしょう」
「そうね」
「取り敢えず私は陣地作成に戻ります。ぼちぼち勝手に表へ出ないように、坊やにも言い含めませんと」
「うん、わかった」
「それと……」
「裏技を見破られているわね?」
「ええ。アサシン召喚をどうしましょう? ランサーの情報は……」
「そこよ。間に合うなら助けて同盟を組め、間に合わないならランサーだけでもって事だろうね」
「はい。完全に私の宝具まで……」
「参ったわね?」
「ええ……」
風見鶏のある館の屋根の上で、礼装姿の偉丈夫は思った。
(あれって、鶏だったのか。しかし凛の師匠が魔法使いだと? おまけに今日やって来た連中だ。確かに試験官というのは正しいのだろう。だが、連れている英霊が……。男の方は知らんが、アルトリアに、もう一人の女……彼女はどうしてイリヤに似ているのだ? そもそも英霊を三体も率いる彼女達は一体何者だ? おまけにあの姉妹までがイリヤに似ている。並行世界とはそれだけ複雑怪奇に数多くあるという事か。となれば私の願いは……)
そこへ突然の念話が響いた。
〈アーチャー!! お茶を淹れて! 〉
〈む? 凛か? 〉
〈師匠の方よ。黄昏れていないで早くしなさい! 〉
〈ま、待て……。この念話の感触。まさか君の名は……? 〉
〈やっとわかったの? へっぽこ。そうよ、トオサカリンよ……〉
イテテ……。似ているとは思っていたが、本当にどこかの凛だったとは。驚き過ぎて屋根から落ちたではないか。
しかし、参った。となると彼女は私の真名を知っている可能性大だ。いや、確実に知っているのだろう。そして、これは凛もか? やられた。とんだ茶番だ。
そもそも召喚の時から少し違和感があった。まず、召喚時期が聖杯戦争開始のかなり前だ。私の漠然とした記憶では、開始は1月の末か2月の頭だった。
なのに彼女は籠城戦も辞さない覚悟で、何から何まで用意万端だった。名前の交換をした昨日の朝は、冬木の地図を持って裏山の展望台へ一直線だ。潔い性格だとは思っていたが、あそこまでとは。
確かに冬木の街を一望できて、自分なりの土地勘を思い出せた。だが、その時の彼女は徒歩でなく原付バイクだったのだ。余りにも手際が良い。
また展望台では私へ細かく質問し、持参した地図に次々と印を入れていた。要は狙撃しやすいポイントや危険なポイントを私の意見を参考にして抽出し、事細かに記入していたのだ。
更に家に戻れば一人の場合はそこに行かない、戦いの時は敵をそこに誘い込むと宣い、どこが私にとって有利な戦場となり得るのかを尋ねて来たのだ。そしてここに変電設備がある、この電信柱のトランスからは何軒の家に分配されている、だから注意して欲しいとまで言われた。思わず笑みが溢れる。
こんなに頼もしいマスターは早々居ないだろう。だが、あれは私の知る遠坂なのか? いや違う。そもそも私の知る遠坂は、スクーターなんかに乗っていなかった。ここは似ているが私の知る世界では無い。並行世界だ。ならば私はどうする?
「アーチャー?」
「む? お茶のお代わりか?」
「ええ。それと今夜、あの褐色の子と料理勝負なさい」
「は?」
「真の敗北をあなたは知る事になるわ」
「何? どういう意味だ?」
「戦場を駆けずり回ってきた男の手慰みと、家族を愛し、家族のために料理を作り続けてきた女の子。賭けましょう。あなたが勝てば、あなたの望みを叶えてあげる」
「良いのか? そんな安請け合いをして?」
「安請け合いも何も。あの子はアーチャー二人に勝っているわよ?」
「二人? どういう意味だ?」
「あなたみたいなのが何人か居るのよ」
言われてみればそうだ。あの遠坂が連れていたアイツも……。 だが、喚び出される存在となった英霊には、過去も未来も関係ない。あれは私の分霊ではなかったのか?
「私以外の私が居るという事か? 可能性は無くはないだろうが……」
「それで、世界と契約しちゃうバカは全並行世界で何人くらい居ると思う?」
「どういう……?」
「世界はあなたが思う以上に広くて多種多様なの。あなたの元になった少年は、第五次聖杯戦争に参加すれば、あなたが手を下さずとも百人中八十人が死ぬの。その中で生き残る僅か二十人、つまり20パーセントの内の19.999パーセントは、社会に揉まれて大人になり、『正義の味方』なんて期間限定の夢だったと悟るのよ」
「何!?」
「まぁ、落ち着きなさい。わかるかしら? 10万人居たのなら、生き残るのは2万人。その中の僅か一人だけなのよ。世界と契約するバカは。つまり他の1万9999人は無関係なの。電気技師をしていたり、消防官になったり、警察官になったり。皆んな自分なりの職と正義を見付けて真っ当に生きて行くの。これが魔法使いの私が見てきた真実よ、衛宮君?」
「ぅぅぅぅ……。ならオレはどうすれば! どうすれば良いのだ!」
「だから願いなさいってば。魔法使いのこの私に。あなたの座から、世界の雑用で分霊が喚び出されないようにしてあげるわ。ただし、料理勝負に勝てたらね?」
そうして魔法使いはチシャ猫のように笑った。なお、マスターの凛には私の正体を話していないらしい。そこも試験の課題なのだそうだ。また、負けたならエルヴァに相談しろと申し付けられた。
帰り道でエルヴァの携帯が鳴った。それって毎回思うけど、どこと契約してんのよ?
中に礼装を仕込んでいるのだとは思うけど、ここまで小型化できるものなの?
「はい、エルヴァです。あ、先生。料理勝負? お題は? 和食なら何でもあり? え? 会席じゃなく一汁三菜程度で? 了解しました」
「何だったの?」
「先生からの指令で、今夜アーチャーさんと料理勝負しろと。何か賭けたらしいですね。今、あちらもお買い物に出たらしいので、こちらも食材を買って帰りましょう」
「一汁三菜なら、なますに煮物、焼き魚と王道で行きますか?」
「そうですね。それを基本にして、お店やスーパーで品を見て献立を考えましょう」
やっぱりエルマも詳しい。二人はマウント深山でテキパキ食材を揃えていた。
「結局何にするの?」
「なますは和え物で代用して、鯛の昆布締めのおぼろ昆布和え。煮物は鹿の子こんにゃく煮に焼き白葱添え、焼き物は寒ぶりと丸大根のステーキに柚子あん掛け、椀は射込みけんちんのみぞれ汁で行きます」
「射込みけんちん。アーチャー勝負ですね?」
「ええ」
何だよそれ? 会席料理なの? 一汁三菜だから会席とはどうやら違うらしい。どのメニューも聞いた覚えが無いし、射込みけんちんって何だ? そんなの食べた経験皆無だ。
ルヴィアとセイバーとランスロットさんがジュルリと音を立てている。知らないメニューでも食欲が湧くのは、エルヴァの料理にそれだけの期待があるからだろう。私もお腹が空いてきた。
「そうだ、文化鍋とお米を買わないと。セイバー、お米は担いで下さいね」
「造作もない。エル。できましたら、ご飯のお供も少々……」
「わかりました。好きなのを二品選んで下さい。二週間で使い切るでしょうから」
「はい! 卿よ、お米は浸ける水が生命です。ペットボトルはあなたが持ちなさい」
「わかりました、王よ!」
とっても元気な返事。ここはマウント深山で一般の主婦が大勢いるんだけど。けれど夕飯の献立で頭の中が一杯な主婦は誰も気に留めない。これも結界なのかなぁ。
「射込みって何?」
「食材をくり抜いたり筒状にして、その中に具材を詰めて調理する方法の事です。今回はけんちんという精進料理のレシピをアレンジして詰める具材にします。焼き物と和え物に魚を使いますので、椀と煮物はさっぱり風味です」
私はこの段階で彼女の勝利を確信した。そしてエルヴァは生活雑貨のお店の前で立ち止まった。昔でいう荒物屋さんだ。
「セイバー、ランスロットさん、あの箸を買いましょう」
「お箸ですか? 何故いまさら?」
「いや、パッと見たら良いお箸が揃っていたもので。あれは恐らく輪島の漆塗りで、木材も厳選されたものです」
よくこんなのパッと見付けるなぁ。値札が1万円!
「最初、身体が無い頃、あなたにはひもじい思いをさせましたからね。これは私の誓いです。『約束された美食の箸』『無毀なる料理』。私の料理を食べる時はこのお箸を使って下さい」
「おお……」
感涙せんばかりのブリテン組。『約束された美食の箸』も大概だが、『無毀なる料理』って何だよ?
「毀(き)は損なうとか壊すという意味です。名誉毀損の『き』です。そこに否定の無が付いて、食材を活かす料理という意味になりますね」
「おお……。あなたはわかっていらっしゃる。このランスロット、更なる忠誠をお誓い致します」
元の雇用主である王の前で別人に忠誠を誓う騎士。良いのか、それで。けれどかつての王までが、感極まった同じ顔をしているからどうしようもない。
セイバーに与えた青い箸には、持ち手の辺りに金箔が貼ってある。ランスロットさんには黒い箸だ。こちらの金箔は星のように散りばめられていた。シメて2万5千円。単なる箸に凄いわね。
そして往来で跪く騎士達の肩に、買ったばかりの箸をあてるエルヴァ。英国で見られるナイトの叙勲式だ。何だか荘厳だ。私はステンドグラスのある、緋毛氈かカーペットの敷かれた祭壇を幻視した。
英霊ってこうやって扱うのね? 妙に納得だ。こうなると当然イリヤも何か欲しがる。
「私も何か選んで良い?」
「当然です。私が姉さんを蔑ろにするはずがありません。何でもお好きなのをどうぞ」
「私も跪くの?」
「いえ。姉さんは騎士ではありませんし私の姉です。とは言え、彼らを蔑ろにしないで下さいね。誰が上とかありません。私達は仲間ですから」
「うん!」
彼女、幼いと言うか、本当に素直な人だ。エルヴァとは良いコンビだと思う。そしてイリヤの選んだ箸は屋久杉の削り出しで、途中捻ったような彫りになっている。こちらは3千円。感覚が麻痺しそうだが、安いなぁ。
「マスターは『無窮の調理』を得られるかも」
「そうですね。あのリンのシロウがそれを持っていそうです。そこに続くのがエルの姉のイリヤであり、あの白いエルヴァだ。ですから彼女もきっと」
「ええ」
「それ、宝具なの?」
「いえ、スキルです」
いつもみたいに何だそれとツッコまない。うんうんと頷く私とルヴィアだった。だって有り得そうだもの。と言うか、もう既に持っているだろう。
魔導師のリンに乗せられ、和食勝負となった訳だが────
誰に挑んだのか、その愚かさを知らしめる良い機会だろう。
魔導師の鼻を明かしたいという下心もあったが、その実私自身がマスターである凛に真名を明かせぬ事に引け目を感じていたので、多少なりとも使える者だとアピールしておきたい気持ちが強かった。
食材も予算も問わないらしいが、女性ばかりなので食べ過ぎにも注意せねばな。更にこれからの戦いで、風邪などをひかれて体調を崩されても困る。となると────
まずは牡蠣とレンコンの黒酢炒め。冬木は小振りだが良質で栄養価の高い牡蠣が獲れる。名産品では無いが、知る人ぞ知る存在だ。
これを水洗いした後にキッチンペーパーで水気を取り、片栗粉をまぶしてフライパンで炒め取り出す。次に皮付きのままイチョウに切ったレンコンを軽く炒め、黒酢アンを加え、更に取り出していた牡蠣を加える。最後のひと炙りでニラを加えて完成だ。
次に千切り昆布と丸天の煮物。メインが牡蠣なので、こちらは簡素に。作り方も簡単だ。パックで売っている千切り昆布と短冊に切った丸天にちりめんじゃこを加えて、ダシ、醤油、味醂、砂糖で煮るだけだ。
作り置きすれば弁当にも入れられるし、朝食にも回せる。小鉢向きの一品だ。
もう一品は女性なら嬉しい白菜のサラダだ。5~7mm幅でざくざく切った白菜に佃煮のごま昆布を加え、それをマヨネーズとポン酢で和えて完成。一見手抜きだが、調理時間の短縮だけでなく、冬場の白菜消費にはもって来いだ。
何より、食物繊維がたっぷり取れる。女性にお通じは大切だからな。
千切り昆布と昆布が被るのも、マスターの体調を考慮してだ。この他に白菜とツナのおかかポン酢和えという無限のレシピもある。私はこの手の無限に食べられるレシピに拘りがある。
例えばクレソンのわさび和え、例えば柚子胡椒えのき、また鮭三つ葉や塩バターピーマン等々……。拘る本音は、若い頃貧乏だったからだが。
さて、もう一品行くか────
冷蔵庫にベーコンがあったし、大根が残っていたな。これで味噌汁も良いが、一人二口程度の量にして大根ステーキのカリカリベーコン乗せ……うむ、これで行こう。
凛の使う鶏ガラスープの素であんを掛け、仕上げにかいわれ大根だ。大根の上に大根。中々良いのではないか? 味噌汁はなめこと豆腐だ。温まるぞ。
────そして私は負けた。
「10代の女の子が作るから、肉じゃがに毛が生えた程度と油断したわね? 女性向けに少量ずつで組み合わせたのは偉いと思うし、牡蠣の黒酢に対抗してマヨネーズとポン酢で味を整えた白菜、これも良いと思う。でも、丸天昆布や大根ステーキが黒酢に負けてるわ。かと言ってこれ以上味は濃く出来ない。単品なら良い味なんだけどね」
このままではわからんだろうから詳しく述べよう。
私は促されるまま、用意された食事に手を付けた。確かに食べねば評価はできん。だが、見栄えの段階で負けるのではないかと不安がよぎった。それくらい盛り付けが綺麗だったのだ。
そしてその料理は────
一品目。鯛の昆布締めにおぼろ昆布が和えてある……。ここでダブル昆布と来るのか。箸で一口頂けば、昆布締めが本当に旨い。滋味溢るる味とはこの事だろうか。
鯛の切り身に染みた昆布の旨味が、おぼろ昆布を誘い水として二重三重に口中で広がるのだ。そうか同じ傾向の味や食材を活かす場合はこうするのか。新たな発見だった。
きっとこれが思い浮かばなかったのは、生前昆布茶が苦手だったからだ。食感だけで、知らぬ間に好き嫌いを作っていた。旨味の事はわかっているつもりだったのに……。
二品目は鹿の子に切ったこんにゃく煮と焼いた白葱。この味付けが、実に堪らん。白葱は直火だ。何とも香ばしい。それが素朴なこんにゃくだけの煮物を引き立てている。
これは下拵えから見ていたが、彼女は不思議な事をしていた。まず一口サイズの鹿の子こんにゃくをアク取りに塩で下茹でした後にザルに取って水を切り、それを鍋で乾煎りして水分を飛ばしていた。
ここまではまだ普通だ。次の工程がおかしい。彼女はそこからダシだけで軽く煮込み、別の鍋にカツオダシ・味醂・濃口醤油・酒・砂糖・鷹の爪を合わせ、先程のダシだけで煮込んだこんにゃくをそちらに移し替えて煮込み直していたのだ。
下茹ではわかるが、正直ダシで先に煮た意味がわからない。聞けば、ほんの数パーセント調味料の染み加減が良くなるからだそうだ。丁寧な子なのだな。確かに煮物は一度煮た物を冷まし、再度煮た方が染み加減が良くなる。
それは知っている。しかし、味が染みるのは冷める時なのだ。だからそんな二度手間な事は普通は誰もしない。やるなら下茹で後に味付けて煮て終わりか、翌日に煮直すかだ。これは温め直しと殺菌の意味がある。
そして体験上誰もが知っている筈だ。翌日の煮物の方が美味いと。あの子の煮方はそこに近づけようとしているのだ。何という手間であり無駄であろう。
だが、その僅か数パーセントの染み具合の違いを、誤差の範囲だと笑う者に本物の料理はわからんだろう。私はこの段階でエルヴァを気に入っていた。
ちなみに翌日のカレーの方が美味しいと思うのは錯覚だ。料理をしない男性ほどこれを言い出す。ルーを使ったカレーの場合はスパイスと油脂が食材の細胞に蓋をするので、最初に煮込んだ以上の旨味を吸わない。
後はひたすら煮崩れて行くか、焦げるだけだ。カレーはその日に作った出来たてが一番美味しい。だからこそ、下拵えの煮込み方が大切なのだ。
何か味気ないと思う人はコンソメとハーブで野菜を煮込み、ポトフからカレーに変化させてみたまえ。それだけで全然違うぞ?
スパイスから合わせるのは、市販のルーに含まれる油脂を避けた場合や、料理の腕が上がりオリジナルの味や本格的な現地での味を求めるようになってからだ。
そして三品目は、大根ステーキの上に焼いた寒ブリが載った箸休め的な一品。上から柚子あんが掛かっている。しかもこのとろみは片栗粉でなく葛粉だ。それも、吉野の本葛粉だろう。
葛粉と片栗粉とでは何が違うのかわかるだろうか?
どちらも料理にとろみをつける事ができるのだが、答えは片栗粉だと身体を冷やす効果があり、葛粉だと整腸作用がある点だ。お腹を壊した時に葛湯を飲めと言われるのもこの効果があるからだ。
そして片栗粉は、油を使い熱性の高い中華料理に多く使われる。とろみのあるあんだけでなく、食材のコーティングにまで使われている。だがそれらの馬鈴薯澱粉の片栗粉を葛粉に換えてみればどうなるか?
例えば竜田揚げの衣を葛粉にすると、カリッとした食感が簡単に手に入る。いや、片栗粉でも同じだろうと言う者もいるだろう。確かにそうだ。だが、口に中を切りそうな固さにはならないと言うか。
別の例えなら胡麻豆腐だ。普通の豆腐のように、にがりで凝固させるのでなく胡麻豆腐は葛粉で固める。これを片栗粉に代えると、余計な水分が出て胡麻豆腐の食感が悪くなる。
日常の料理では気にならない範囲なのだが、伝統的な和食であるなら葛粉で得られる食感は重要だし、食べ比べれば一発で違いがわかる。とても言葉では表現できない差があるのだ。
そして彼女は、こんな細かな違いを知り尽くしているのだろう。だから葛粉を選んだのだ。
おまけにこの大根……米の研ぎ汁で下茹でするのは当然として、一度軽く煮てから炙って焦げ目を付けているな? それもタダのダシではない。
これは丁寧に下処理されたブリあらで取ったダシというかスープだ。それを何度も濾し、酒や味醂、醤油で整えあるのだろう。見事なまでブリの旨味が奥の奥までしっかりと染みている。
そして上に乗った焼いたぶりは脂を落とし切らず、しっとりふっくらとした焼き上がりだ。これは出来そうで出来ない。ブリとは刺し身にすれば脂が多く旨味があるが、焼くとその身の性質と、脂と旨味が落ちる事でパサつくものなのだ。
だからブリの照焼きは昔ながらの刷毛でタレを塗りながら焼く方法やグリルを使う方法が廃れ、片栗粉でコーティングしたり、30分以上下味に漬け込んでフライパンで仕上げるレシピが巷に多くなった経緯がある。
なのに彼女はこれに串を通し、グリルで炙り焼きにしていたのだ。ブリの身の性質も解説しておこう。それは調理温度だ。この魚の場合、50度以上になればタンパク質が凝固し身がパサ付き始めるのだ。だから照焼きという調理法が生まれたのだ。
こういう事を彼女は知り尽くしている。勿論、私も知っているし、同じものを作れなくはない。が、この焼き加減は無理だ。嗚呼……あんに混ざる柚子の風味が何とも言えん。
これは割烹料理か、創作料理なのか。大根ステーキの炙りブリ乗せ……これは知らなかった。ああ、美味い。この段階で私はご飯が二杯目だった。
また、このご飯が美味い。銘柄はコシヒカリかそれに類する何かだと思うが、キッチンの隅にあった袋は新潟産ではなかった。どこか他県で丁寧に丹精込めて作られた米なのだろう。
案外、地元の農家のものかも知れない。時々こういう知られざる銘米があるから侮れない。そして彼女はこの米を軽く研いだ後、よく冷やしたペットボトルの天然水で浸けていた。
ゆっくりと水分を含ませるのだろう。そして米が浸かり終われば、その米を電子炊飯ジャーでなく、自前の文化鍋で炊いていた。何という拘りだろうか。
しかしこれは料理をしない者にはわからんだろう。ハッキリ上から言うと、炊飯専用土鍋→文化鍋→土鍋→(※圧力鍋)→ガス炊飯器→電子炊飯器の順になる。
炊飯専用土鍋が95点なら電子炊飯器は70点からスタートとなる。それくらい差がある。電子炊飯器を選ぶ場合70点から、機能でどう上乗せできるかだ。当然それは価格に反映される。
では最上位の炊飯専用土鍋となると、おそらく5合炊きで5~6万は下るまい。そして当然ながら保温機能は無い。ところが最初から90点近い炊きあがりを望める文化鍋は5合炊きで4~5千円だ。
セイバーのように食べ切ってくれる人が居るなら、これは重要な選択肢だといえる。
なお、※印を付けた圧力鍋は時短にはもってこいだが、ガス炊飯器と然程変わらない。米の旨味は土鍋以上でなければ引き出せないのだ。
次は四品目というか汁物だ。大根おろしを入れた味噌汁……いわゆるみぞれ汁なのだが、これの具が凄い。説明によれば射込みけんちんというらしい。見た憶えはあるが、こんなものを作った経験もなければ記憶もない。
要はけんちん汁の具と崩した豆腐をごま油で炒め、水気を取った後に油揚げに詰め込み、それを輪切りにしてみぞれ仕立ての味噌汁の具としているのだ。
大根おろしの水気が味噌を薄めないように、味噌の量や合わせ方に工夫がある。米麹味噌の白をベースに、赤と麦味噌だろうか? 他にも何か加えてあるようだ。
これは作れん。素材の味が生きているのが謎だ。旨味同士が喧嘩してもおかしくないくらい、具も調味料も多い。複雑な味のハーモニーだ。
これが家庭料理だと? まるっきり料亭の味だろう。いや、料亭なんて入った経験は皆無なのだからこの表現はおかしいか。が、彼女が和食の店を開けば流行ると素直に思えた。
何故ならこんな素晴らしい料理を、彼女は私と然程変わらぬ早さで作ってしまったからだ。昆布締めなどは魔術を併用して時間を変えていたようだし、炙り焼きも火の魔術を併用していると思われる。
が、この味なら文句は言えない。おまけに彼女は味醂・酒・醤油・砂糖などを新たに用意していた。銘柄や味にかなり拘りがあるのだろう。
そしてそれは私好みの味の延長線で、その先を往く味だったのだ。貧乏だった学生時代……当時は高くて手が出なかった銘柄の、味噌や醤油などが使われている……。
わかるかな? 私は長年の守護者生活で記憶が相当摩耗している。それが呼び覚まされる味なのだよ。
ダシは私が前日に作ったものを流用したり、彼女が作ったダシと合わせてもいた。正直参った。さしすせその王道、基本の大切さを再確認させて貰った。
そして素材への拘りと料理への博識振り。それが食す者への溢れんばかりの愛情へと昇華されている。よもやここまでとは……。完全に読み誤っていた。
斜め前で食べているセイバーのあの幸福そうな顔。こんな高速頷きは見た憶えがない。いや、彼女だけでは無い。見渡せば皆んな笑顔だ。
私はお代わりを諦めた。ご飯が足りるのかとの心配もあったが、三杯目が三敗目のような気がしてしまったのだ。
〈どう? 負けを認める? 〉
〈ああ……私の敗北だ〉
〈じゃ、食べ終えたら、キッチンに行って片付けるフリをしていて。後でエルヴァを向かわせるから。凛の方は私が引き止めるわ〉
〈何かあるのか? 〉
〈ええ。あなたに情報を与えるわ〉
〈情報? 〉
〈その情報を元に、今後の行動を決めなさい〉
そうして私はごく自然を装い、食べ終えた食器を持ってキッチンに向かったのだった。