※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第二部 並行世界篇   作:炭団

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53、遠坂時臣

 取り敢えずセイバーには伝えるべき事を伝えた。彼女は聞いた話を吟味するために一度帰ると出て行った。

 

「返しちゃって良いの?」

「私のセイバーの前では話しづらいですが……」

「構いませんよ?」

「なら、お言葉に甘えて。ああいう頑固者は波状に何度も何度もガツンガツン叩かれないと、自己是正ができないものです。衛宮切嗣然り、衛宮士郎然りです。お前は神か? どうしてお前に決められきゃいけないのだと」

「決めるって? 何となくはわかるけど」

「極論ですが、人は誰しも勝手に生きて勝手に死んで行くものですよ。早いか遅いかなどの的外れな話でなく、もっとわかりやすく言えば、地球の裏側で危機に瀕する人の事はどうしようもない事象なのですね。ですがこういう危機が天災や大きな人災であれば人々が手を結び、お互いがお互いを助け合いますよね? これと同じ事を小規模な人災でも行えないのかという話です。正義の味方なんて常に一対多でしょう? 多対多なら、戦争も回避できます。民主主義と自由経済を標榜する国家なら間違いありません。ミサイルのボタンを押すのは常に、独裁者か神という独裁者を脳内で夢想する者と決まっているのですから」

 

 うわぁ、世の宗教全否定だ。

 

「この多対多の問題を一対多に持って行こうとする者は、まず間違いなくテロリスト予備軍ですよ。インディヴィジュアルとコレクティヴの対比や比較が、個人の中で確立できていないのですね。そしてこれはあのセイバーも似たような状況なのです。彼女の場合はサバイーズギルトや強迫観念から来ているのでなく、その原因は偏に愛国心と職務への責任感の強さにある訳です。それはそうでしょうね。国家のトップだったのですから。そして一対多でなく多対多となるように組織を支えてくれたのが騎士達だった訳です。その頼みの騎士達が造反した。これは私でも悲しいですよ。そして滅んだ訳ですが、ここから先ですね」

「ここから先とは?」

 

 これはセイバー。そりゃ気になるわよね。

 

「国家が滅びたなんて、個人の問題ではありませんよ。決して個人が背負うものでもありません。責任を問うなら個人でなく王朝や政権に対してでしょう? 専制君主制であっても独裁国家では無かったのですから」

 

 そうよね。罪を問うなら円卓全員によね。

 

「それに王が斃れても新たな王朝や政権が、次の世代から必ず産まれます」

「ですが、王朝を営む者が全員斃れたのですよ?」

「そういう混乱を越えて、必ず民の中から新しい王や為政者が産まれます。岩の剣を抜かずとも、心の剣を抜くものが必ず現れる。それが人間というものですよ。でなければ人類史はここまで進みません」

 

 確かに。

 

「そして王朝や政権、それは常に多対多でなければなりません。それはそうでなければ人々が不便だからです。セイバー? 一対多が成り立つ国は絶対にありません。中央集権の独裁者でも一対多は不可能なのです。王族ありきではありません。行政サービスありきです。それを忘れれば民があなたを滅ぼしたでしょう」

「う……」

 

 これは難しい。だけどローマ時代から、皇帝も王も民からの支持は必要だった。圧政を強いる者は必ず倒された。

 

「何よりあなたは優し過ぎますよ。造反して来たのですよ? 王に造反とはクーデターです。鎮圧されて裁判を受け、罰せられるのが当たり前です。エルがランスロットさんに吹っ掛けたでしょう? あれも金銭によって数値化する事で、罪の深さや重さをわかりやすくした訳です。そうやって可視化と言うか、明確化する事でランスロットさんも贖罪が行いやすいのですよ。ですからあんなに晴れ晴れとされているのです」

「ああ……なるほど……」

 

 ランスロット卿も頷いた。これは私もなるほどと思った。

 

「ところが現実はカムランで王軍も反乱軍も双方死んでしまった。これはある意味両成敗でしょう。善政を敷いてきた王ならふざけるなですが、百パーセントの善政などあり得ません。まして内需も外需も疲弊していた戦乱の世であれば。言葉は悪いですが、私がセイバーの立場なら、ほら見た事かバカ者どもと丘の上で笑いながら死にますね」

 

 エルヴァらしいと言えばエルヴァらしいけれど。

 

「それはあんまりだ、エル」

「セイバー。かつて私がエルの一部だった頃、彼女は自分のセイバーにこう言ったのですよ? 『滅んだのは自分勝手な、武力で王を騙り出した豪族上がりの為政者だけ。国民は重税を強いる圧政者が消えて清々している。国民の子孫は今も英国に残って幸せに暮らしている。千五百年も前の滅んだ国の事なんか知るものかと思っているだろう』と」

「それは……あまりにも……」

 

 だけどこれが現実だ。民を顧みず勝手に戦争して滅んでいった騎士達は、民の目から見れば傲慢な為政者だ。後の王朝もすんなり産まれるだろう。それが侵略者の手で行われようとも。

 そしてエルヴァの言う通りで、行政サービスが良ければ国民は為政者が誰であろうと気にしないだろう。

 また侵略者も突然の重税は課さないものだと思う。肥え太らせて徐々に税を上げて行く方がスマートだからだ。

 

「ね? 感情論で考えて感情論でものを言えば、こういうキツい言葉が帰って来ます。それよりも千五百年も前の出来事を覆せば、それまで積み上げた歴史が狂うと話した方がわかり良い訳です」

「その通りです。私もあの話は納得できた」

「そして、それをあの世界の彼女に話してあげたのでしょう?」

「ええ」

「私があなたにそう促したのは、彼女に聞く耳と度量があるとわかったからです。私のような格下に投げられるなんてあり得ませんからね。ですが、それをここの彼女に話しても納得しません。彼女には経験も度量も足りない。異なる方法を探そうとして、また今回のような詐欺に引っ掛かるだけです。二回三回と経験して人は変わるものなのですよ。セイバー、あなたも以前はそうだったでしょう?」

「ハァ……そうですね。叩かれるとはそういう意味でしたか」

「そうです。ですので今回、あのセイバーは救いません。いえ、救わないのでなく、自分で気付けるように促してあげる、が正解ですね」

「それは、シロウのように?」

 

 どこのシロウだろう? ああ、セイバーの元マスターだったどこかの衛宮君か。

 

「さぁ、どうでしょう。その時に置かれる立場や心理状態で届く言葉は変わります。『認めない。そんな事は望めない。0点は0点のままだし、終わったテストはやり直しなんてできない。例えそれが可能であったとしてもそれは追試だ。もう過ぎた事を戻しちゃいけないんだ。だって、そうなったら真面目に勉強してきた奴を馬鹿にする事になる。0に何を掛けても0だ。現実は覆らない。その痛みと重さを抱えて進む事が、俺達が生きるって事なんだ』。馬鹿の言い訳?」

 

 どんなシーンだ? 

 

「ちょっ!? 怒りますよ?」

「ごめんなさい。でも、そんな肩肘張った人生って疲れませんか? 王であっても、自分の幸せを追求する権利はありますよ。公費を懐に入れない限りは、誰も文句は言いません。そういう余力もないほど財政が厳しかったのだとは思いますが」

 

 エルヴァの声が優しい。セイバーは気持ちを鎮め内省していた。

 彼女は真面目過ぎる。それが魅力でもあるけれど。だけど、さっき帰ったセイバーはもっともっと固い印象があった。短絡的にも感じるし。あれだと苦労するだろうと私でも思えたもの。

 

「セイバー? 江戸前屋の商品をコンプリートしたの?」

「ええ」

「そういうので良いんじゃないの? 小さ過ぎるかも知れないけれど、それも幸せのカタチよ。でも、そういう小さな幸せを、毎日重ねられる事が本当の幸せなんだと私は思うわ」

「毎日重ねられる……そうですね……。そう言えば、エルのセイバーが確か……『戦場で散っていった腹を空かせた仲間達の無念を晴らすには、私が食し幸せを感じる以外に方法はない』と」

「それ、開き直り過ぎ!」

 

 そうやって大笑いした私達だが、父がどう出るか。ここの私の誘拐か……。あれ、私がエルヴァに直訴した案だけど、彼女は即答で却下した。なら遠坂の家に私が乗り込むしかないか。

 

「ルビー? あんたのバリアで宝具を弾ける?」

『う~ん……。ランク次第ですが、サファイアちゃんが居てくれれば、規格外でもほぼ大丈夫だと』

 

 やっぱりサファイアが必要か。ルヴィアも大きく頷いていた。

 

 

 父、璃正の雑務を手伝い終えた私は自室に向かっていた。頭が痛いと父は言う。監督役として幾つもの問題を抱えているからだ。

 例えば、このところ円蔵山を走り回る妖怪が居ると巷で噂があった。それを偶然小耳に挟んだ父が、手の者をやって調べさせるとこれがなんとサーヴァントだったのだ。しかもランサーだ。

 これに興味を持った私は先程まで山に行っていた。そこでランサーに会い話を聞いた。奴は奇妙なはぐれサーヴァントになっていたのだ。

 魔力を送り令呪を持つマスターは居るらしい。だが以前の居場所はもぬけの殻で、何らかの魔術なのかマスターの位置はわからないのだという。

 では、どうしてそんな事になったのだと聞けば、前のマスターに誓った忠道を覆せなかったからだと。すると現マスターに、犬か猫のように見捨てられたのだそうだ。ククク……。実に愉快だ。

 そんな状況で奴は、前のマスターであるエルメロイが山に捨てられたという情報を鵜呑みにし、毎日山を駆け回っていたのだ。それで私は一般人の間で噂になっているから、探すなら霊体化しろと話した。迷惑を掛けたと謝罪していたので、もう実体化して走る事は無いだろう。

 とは言え、奴の願いは叶わない。父の調べでは、エルメロイは警察に逮捕され、現在冬木警察本署の留置場の中だからだ。何かいかがわしい事をしていたらしい。

 魔術協会に属する弁護士が既に動いているので、聖杯戦争への復帰は無理だ。なのでランサーにはエルメロイの居場所を話せない。また、魔術協会だけならまだしも、大使館まで動き出した。だから聖堂教会も動けない。それにも父は頭を悩ませているのだ。

 ランサーをそんな状況に追い込んだのは、奴の弁では埠頭の少女達だった。彼女達は聖杯には興味が無いのだろう。だから参戦の証たるサーヴァントを見捨てた。

 ある期間が過ぎればサーヴァントは消える。ましてや単独行動のスキルがないランサーだ。捨て置けば再契約してくれる相手を見付けない限り消える他はない。そこを見越しての事だと思われる。

 ただ、同時にアサシンが消えた理由を私は見失った。それまでは彼女達が怪しいと睨んでいたからだ。だが彼女達は、サーヴァントへの唯一の対抗手段であるサーヴァントを捨てた。

 実力がいかにあろうとこれは不可解だ。そして少女達の目撃情報も埠頭以降は入って来ない。きっと冬木から出てしまったのだろう。

 しかし、返す返すもあのランサーの悲嘆に暮れた顔は良かった。少々の満足を感じながら自室に入ると、そこには黄金の王が秘蔵のワインを空けていた。

 

「時臣師に付かなくて良いのか?」

「構わん。あ奴はつまらん」

「そうか?」

 

 先日、アサシンが消えたとの報告で聞いた慌てふためいた声。思わず口角が上がる。

 

「ほぅ。愚かな求道者も愉悦の何たるかを知ったか」

 

 愉悦? 何を馬鹿な。

 

「愉悦ではない」

「何?」

「道楽だ。修行中の我が身であれど、道中の花を愛でる余裕は欲しいものだ」

「クッ、ハハハ! そうか、上手い言い訳だ。貴様の中では愉悦と道楽は別か?」

「ああ。父と話して、そう結論付けた」

「そうか……」

 

 消えようとする相手を、つい呼び止めてしまった。

 

「待て、ギルガメッシュ」

「何だ?」

「王の道楽とはどんなものだ?」

 

 私達はワインとチーズで小一時間ほど話し込んだ。そしてこれまでに知った道中の花を教えた。

 

「ククク……。槍の狗はそんな目にな……クハハハハッ!」

 

 そして真面目な顔で王はこう言った。

 

「他の陣営も調べてみよ。きっと面白い事がわかるだろう。綺礼よ。これを演出しているのはその娘どもだ」

「やはりそうか」

「ああ。槍の狗は消えぬギリギリで生かされておる」

「つまりランサーの傍に?」

「さてな。だが、そのような道具なり何なりを持っておるのだろうさ」

「サーヴァントを維持する礼装……か」

「そんなところであろう。よってその者達はこの地から出ておらん」

「どこかに潜伏していると?」

「間違いなかろう。クク、興じさせてくれるものよ。良いな、綺礼? 娘どもを調べて逐一我に報告せよ」

「ああ、良いだろう」

 

 そして杯を交わしあった。王は高笑いを残して消えて行った。

 

 

 翌朝。

 

「王の中の王よ」

 

 遠坂時臣は出て行こうとするギルガメッシュを呼び止めた。

 

「なんだ?」

 

 胡乱げにつまらん男を見やれば、少し面白い顔をしている。

 

「王よ。これの見方はわかりますか?」

 

 それは2本のビデオテープだった。一本はVHS、もう一本はなんとベータマックスである。どちらでも見られるようにとの配慮だろう。

 ちなみに光メディアのビデオCDは93年に規格策定され、DVD規格が96年でDVD-Videoは97年からである。第四次聖杯戦争のこの当時、家庭用のビデオはビデオ戦争を勝ち抜いたVHSと、その発展形であるS-VHSがほとんどで、出たばかりのD-VHS機器を持つ家庭は少なかった。

 また、VHDを完膚無きまで叩き潰したレーザーディスクも再生専用であり、その栄光はDVD-Videoの普及とプレイヤーやレコーダーの浸透で消え去った。

 

(余談だがWindows95も英語版が夏に出たばかり(第四次が95年であるなら)で、インターネットも普及していない。衛宮切嗣がドイツのアインツベルンの城で開いていたノートPCは、ラップトップやパームトップからノートPC進化しつつあったIBMの初代 ThinkPad かMacの PowerBook だったと推測される)

 

 それよりも、あの人形だらけの打ち捨てられた工房で、電気を供給できる発電機があった事が不思議だ。第四次の頃はそんな時代である。

 なおアハトの城も冬木郊外の森の城も、上下水道は勿論の事、ガスも電気も通っていない。これを通すと行政に工房の存在が明らかになるからだ。

 水は雪を溶かすなり井戸を掘るなりして確保できる。その副産物が冬木の森の城の場合は源泉掛け流しの温泉だった。では下水はとなると、一部処理には魔術が使われているが、基本はそのままだ。

 つまりこの現代に於いても、二つの城はボットン便所だった。糞尿処理に魔術が使われているだけだ。アハトの城の裏には、二百年分の排泄物が堆積していた。

 

「貴様、これを我に聞くのか?」

「いえ、王なら何かご存知かと」

 

 応よ。我こそは原初の王。知らぬ事などあるものか。しかし現代の装置が扱えぬ、己が召喚人の惨めさは面白い。あまつさえ、それを五千年以上も前の者に聞く姿勢が笑わせる。そこでテレビのある部屋に行き、ビデオデッキに入れて再生してやった。

 

「おお! さすがです」

 

 バカか! しかし再生された映像は──何とも盛り上がりに欠ける内容だった。

 なのに召喚人は出だしのナレーションから食い付いている。

 

「この声は凛? 凛なのか?」

 

 それは桜が養子に出てからの克明なドキュメントだった。

 蟲蔵での蟲風呂。幼い裸体を蹂躙する蟲達。使われていない園児服や寂しいクローゼットの中身。薄紫に変わった髪に瞳。そこには光も精気もない。

 次々と切り替わるカメラとアングル。この蟲のアップや陵辱される女児なぞ、どうやって撮ったのだと王は思うのだが、召喚人はただひたすら食い入るように画面を見詰めていた。ふむ、その苦悩を貼り付けた横顔は愉悦である。

 

 一方、時臣にとっては驚愕のドキュメントだった。どれもこれもが衝撃的映像だ。

 そんな桜を救けたかったと、死人のような声を絞り出す、変わり果てた間桐雁夜。そして後ろに控える黒いサーヴァント。場面は替わって、妻の実家の前でのインタビュー。目線が入った妻と娘が、街頭インタビューに答えている。

 

『もう、あの人は夫ではありません。娘を……桜をこんな目に……』

『お父様なんて嫌い! 聖杯戦争で死ねばいいのよ!』

 

 目線で隠れていても、二人が涙を流しているのはわかる……私は……私は……。

 

「おい、時臣。この紙はなんだ?」

 

 ビデオの箱からぱらりと落ちたのは、配偶者の部分が記入済みの、印字が緑色の紙だった。良く見ればベータマックスのケースにも、同じものが入っていた。それを拾い、手渡す王。もう、既に空気は読んでいる。

 

「ぬおおおおおおおおおお!」

 

 葵とともに印字が茶色い紙を役所に提出したのは何年前だ? 凛や桜の青い印字の紙を出したのは? 

 そして桜の……印字が赤い紙のコピーを受け取ったのは昨年だった。間桐と姓が替わった次女。引っ込み思案な子で長女の凛の後ばかり着いていた。それなのに、凛ですら遠慮する私の膝に乗りたがった娘。ああ……。

 

※ 緑は離婚届、茶は婚姻届、青は出生届、赤は養子縁組届だが、地方行政によってインクの色は変わる場合がある。

 

「笑えんぞ? 時臣……」

 

 子供の頃のような高い声を、ルビーを使ってナレーションをしたのは凛だ。声だけの転身が可能とは、新たな発見だった。再現映像はルビー監修。脚本はエルヴァだった。

 出演は『己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)』を使用した二人のランスロットに間桐雁夜、そして凛に蟲さん達だ。

 桜が蟲に身悶える演技は、くすぐったさを堪えきれないランスロット卿だった。音声のみ桜のアテレコである。ごっこ遊びで違う映像を流しながら吹き込んだのだ。迫真の演技だった。

 インタビューシーンもランスロットと凛。あの魔杖は転身で幼い姿にも変身できたのだ。それを知って、子供服を買いに走り、髪をツーサイドアップからツインテールに結い直した。声は両方とも凛がアテていた。

 余談だが、凛の少女姿をルビーがエラく気に入り何度も懇願されたので、その姿で一日過ごしてみたりもした。それもあって撮影や監修に協力的だったのだ。

 

「王よ! チカラをお貸し下さい! 間桐に向かい桜を取り返します!」

「時臣、わかっておろうな?」

「はい。離婚されても構いません。家督を長女に譲り、引退します……」

「そうか、わかった。我も行こう」

「恐れ入ります……」

 

 時臣は大粒の涙を流し、金色の王の手を取った。

 ヴィマーナの上で悲壮な決意を固める時臣。死んでも良い。とにかく桜を救ける。そして凡俗に堕ちたと馬鹿にしていた雁夜に謝ろう。

 憎い、間桐の老人が憎い。騙されたのだ、私は……。だが、この失態は取り返せない。離婚には応じよう。凛に跡を任せよう。私は……愚かだった……。

 

 

 スコヴィル・スケールという値がこの世にはある。20世紀初頭(1912)に化学者、ウィルバー・スコヴィルの名から名付けられた、トウガラシの辛さの度合いだ。

 ピーマンなら0でシシトウは0から100だ。あの時々当たるハズレで100だ。

 タバスコのグリーン・ペッパータイプで600から1,000。タバスコでもチポトレペッパーソースという、燻製した唐辛子を主原料にするタイプだと1,500から2,500だ。

 普通のタバスコは2,500から5,000、ピザでお馴染みのハラペーニョで2,500から8,000、ハバネロソースのタバスコで7,000から8,000だ。

 この辺りが辛い物好きの上限だろう。あの、悪名高いデスソースで10,000だ。

 これより上となると、ソースでなく粉状か輪切りにしたものを振り掛けて使用するタイプがほとんどだ。何より桁が一気に変化する。なので漢数字も混ぜさせて頂こう。

 鷹の爪やチリパウダーで3万から5万である。これは市販の催涙スプレーの値を越えている。

 お菓子にあるハバネロの生で10万から35万、ブートジョロキアで100万から130万だ。キャロライナの死神という恐ろしい名のトウガラシは157万(正確には1,569,300)から220万。市販のトウガラシスプレーの200万とほぼ互角だ。

 そしてアメリカの警官用催涙スプレーの原液が530万なのだが、それを超える710万というスコヴィル値を誇る『食品』がこの世にはある。

 カンザス産の『ザ・ソース』という名の調味料だ。このソースのラベルにこういう但し書きがある。

 

 一、21歳以上の購買責任が持てる大人に限る。

 一、ソースの使用により、身体・臓器に大きな危害が及ぶ可能性があることを覚悟している事。

 一、このソースは添加剤としてのみ使用し、直接飲み込んだり、皮膚につけたりしない事。

 一、知人にこのソースを紹介する時、ソースの危険性を必ず知らせる事。

 一、このソースの使用による事故、被った危害を理由に製造元・販売業者を相手に裁判を起こさない事。

 

 以上の規約を認め、守った者だけが許される究極のソースだ。

 そんな悪魔か死神のようなソースが使用された麻婆豆腐に、今言峰綺礼は挑む。

 

 勿論、辛さの中に旨味を得るため、エルヴァは自家製のラー油を使用している。陳皮・八角・花椒・桂皮・太葱・生姜を漬けて熱した菜種油に、桂花陳酒で練った何種類もの唐辛子──そこに『ザ・ソース』を加えた特製ラー油だ。

 これを作るために魔術で新鮮な酸素を固定し、刺激性のガスが目や皮膚に届かないようにした。換気扇は全開だ。

 そんなラー油にもう一度花椒と豆瓣醤を混ぜ、雌鳥のガラから取ったスープで炒めた雌の豚挽肉に、塩茹でした豆腐を加える。

 色も無意味に赤くない。むしろ赤黒を通り越して黒いだけだ。それは誰がどう見ても本格的な四川麻婆豆腐だった。

 なのに時臣も英雄王も出された皿を見て、ガタガタッと席を移動した。刺激臭というかガスというか、盛られた皿から本能レベルで危険なオーラが発生しているのだ。

 時臣は綺礼が紅洲宴歳館・泰山の麻婆豆腐が好みなのは知っていたので、激辛好きの彼用に作ったものだろう程度に最初は考えていた。だが、その認識は間違っていた。殺しに来てないか? 

 

「き、綺礼。食べるのかい?」

「ええ。何とも食欲をそそる香りですな。時臣師もいかがです?」

 

 勿論、断った。『時臣師』が『時臣死』に聞こえたくらいだ。

 なのに求道者は何の迷いも無くれんげで掬い、口に運んだ。恍惚とする弟子に時臣と王は引くばかりだった。

 泰山のあれは何だったのだ? それが真っ先に浮かんだ綺礼の感想だった。

 

「こ、これは見事だ!」

「美味しいのかい?!」

 

 驚く時臣。呆れる王。

 

「これをお前が?」

「はい。神父、それがあなたのパライソです」

「おお……!」

 

 ただこれだけは書いておこう。この麻婆豆腐はカプサイシンの量が異常なだけで、そこを差し引けば旨味もコクも泰山のそれを越えている事を。

 予(かね)てよりエルヴァは泰山の麻婆豆腐は塩辛過ぎると感じていた。あの店が使用する豆板醤や甜麺醤の塩分が多いのだ。

 これを違うものに替え、日本のコクのある味噌と合わせるだけで、かなり美味しい麻婆になる。特におかずにする麻婆茄子を作る場合はそうしなければならないというのがエルヴァの考えだった。

 何より酒を呑みもしないのに、麻婆豆腐だけを注文する言峰綺礼は可怪しい。別口でライスを頼むなり、麻婆丼を頼まないか? 泰山に麻婆丼は無いのだろうが。

 何よりエルヴァは麻婆丼より、日本生まれの中華丼やあんがたっぷりの天津飯の方が美味しいと思っている。

 あまりそういう味付けの店は無いが、自分で中華丼や天津飯を作る際は、必ずホンの少し決めた銘柄のゴマ油を垂らすほど拘りがあった。

 ただしあん掛け炒飯は味がくどいし、炒飯の旨味をあんの旨味が殺すのでダメだと思う。あんの下は白飯に限る。これはエルヴァの信念だった。

 

 

 間桐邸のダイニングで、英雄王と遠坂時臣、そして言峰綺礼は食事を摂っていた。

 かなり離れた席に座る綺礼を除けば、時臣と王には普通の、けれど見事な洋食だった。メニューは熱々のオニオングラタンスープと、白菜のコールスローサラダ、シュペックカルトッフェルン、そしてポークチャップだ。

 シュペックカルトッフェルンとは、ジャガイモとベーコンやソーセージを炒め、ハーブやコショウで味付けしたドイツ料理だ。これを知ってか知らずか、北米の料理人がジャガイモとベーコンを炒め、ジャーマン・ポテトと名付けた。それが日本にも入ってジャーマン・ポテトとして広まっているが、本場のドイツでは通用しない北米料理なのだ。

 またポークチョップも北米では骨付き肉を使うのがデフォだが、こちらのポークチャップはロースやバラ肉を使い、ケチャップで味付ける場合が多い。混同しやすいし、混同して使っている専門家も多い和製洋食だ。

 良い肉を使ってあり、仕込みやハーブの効かせ方が上手いので、王も時臣も満足していた。

 

「それは何という料理なのかな?」

 

 時臣はこれまた離れたところで食べている、エルヴァの料理を尋ねた。

 

「麻婆うどんです」

 

 こちらは泰山の麻婆のように赤い。しかも、鍋焼きだ。美味しいのだろうか? 変わったものを食べる子だ。

 なおこれは見た目こそラー油で赤くなっているが、自分で選んだ豆板醤や甜麺醤に甘い味噌を加えて味醂で練ってあり、辛いものが苦手な人でない限り普通に食べられる味だった。

 ところで何故、こんな事になっているのか? それは────

 

 決死の覚悟で間桐まで行けば、玄関前で綺礼が待っていた。師匠のピンチに駆け付けた弟子に感涙する時臣だったが、実のところ英雄王が面白そうだからと綺礼を携帯電話で呼び付けただけだった。

 それはともかく、勇んで行けばハイティーンの少女達に歓待され、まずはお食事からと誘われ、テーブルに着かされ現在に至るのだった。

 この時に銀髪の高校生くらいの少女は、『かんぴょう、まとういん』とか不思議な事を言っていた。だがそんな事より、時臣はダイニング・テーブルの光景に目が釘付けだった。眼の前で凛が変わり果てた桜に果物を与えていたのだ。

 きっとイチゴだろう。それを牛乳で浸し、砂糖をまぶしてあるのだ。凛がイチゴをスプーンで潰している。ああ……あれは葵が、幼い凛や桜に与えていた方法だ。

 こちらに気付いた凛は、ギョッとすると桜の手を引いてどこかへ行ってしまった。禅城に居るはずの凛が何故間桐に?

 

「今、ここに娘が……?」

「誰も居ませんでしたよ」

 

 銀髪の少女が答えた。その彼女が色々と説明してくれたのだが、桜は既に救けられた後だった。ホッとする時臣。

 一方、なんだつまらんと王や綺礼が思ったのは早計だった。そこから食事が始まったのだが、出される料理の美味さに驚いた。

 また、食事の合間合間に聞かされる各陣営の右往左往振り。綺礼も王も哂うしか無かった。特にセイバー陣営の凋落振りは王を満足させた。今朝の時臣から数えると見事なセカンド・インパクトだ。

 しかもその時臣は妙ちくりんな格好をした、高校生くらいの黒髪の少女にステッキで引っ叩かれていた。

 そのわけのわからぬ出し物? に強制参加させられている時臣の右往左往振りが、また何とも言えぬ愉悦だった。

 

 

 食後、間桐雁夜が時臣の前に現れた。雁夜はエルヴァの助言で、極めて冷静に桜の現状と蟲蔵での事を時臣に語った。ビデオを送っているが、念を押して再度話す事に意味がある。

 

「時臣、わかったか! お前は世界最悪のうっかり野郎だ! 養子先をきちんと調べろ!」

 

 妻に横恋慕するフランケンが何をとは言えなかった。だけどこれだけは。

 

「雁夜、そうは言うが桜は……」

「わーってる! 虚数属性だろう? 余りにも希少なので協会にバレるとホルマリン漬けになる可能性があるし、成長に伴い魔力量が増えれば怪異を喚ぶ場合もある」

「そうだ。あの子は一般の家に養子には出せないのだよ」

 

 そう、これを雁夜に言わせる事に意味がある。だから次の手が生きるのだ。

 

「ルヴィアさん」

「ええ」

 

 雁夜の呼び掛けで金髪のド派手な少女が返事をした。

 

「お初にお目に掛かります。私の名はルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトですわ」

「エーデルフェルト!?」

「ええ。あちらとは連絡が付いています。サクラをあちらに預けて下さい。お互いに遊びに行くのも自由ですわ」

「北欧の名門が何故桜を? いや、それよりあなた方は一体? どういう事だろうか?」

 

 誰にステッキで叩かれたのかわかっていなかった。そこでそれぞれが自己紹介をしたが、時臣は遠坂凛と聞いても反応しなかった。

 同姓同名、或いは何かの魔術か宝具で娘の成長した姿を模したのだろうかと漠然と思い込み、第二魔法そのものを思い浮かべなかった。それくらい魔法は遠いのだった。

 そこで登場したのが大魔導師だった。妻の葵よりもっと美人な妙齢の女性。風格も溢れ出る魔力量も尋常ではない。

 

「あなたは……?」

「私は魔導師。弟子からは大魔導師と呼ばれていますが、宝石翁に続く第二魔法の使い手ですわ」

 

 ここで声を上げたのが英雄王だった。

 

「貴様、人の理から外れておるな?」

「魔法を得てもある程度は外れますが、私は英霊でもありますわ」

「キャスターなのか!?」

 

 時臣の疑問は当然だ。だが英雄王には睨まれ、珍妙な格好の少女がキャスターだと明かされた。

 

「あの子がキャスター……?」

「ほぅ……。貴様、どこかで会ったか?」

「ええ、あなたでないあなたに。とある世界で、全人類を滅亡させる規模の隕石が迫っていました。それを破壊するためにあなたはガイアから派遣されたのです。そこであなたと私と私の夫と、当時仲間だった私のサーヴァントとの四人で、隕石の破壊に成功しました。それが因となり、死後正英霊に迎えられたのです」

「なるほどな。真っ当な英霊であったか」

 

 この真っ当なという表現に時臣達は疑問を持った。

 

「英霊とサーヴァントの違いはわかるであろう? そしてガイアから喚び出される者、アラヤから喚び出される者。これもまちまちで、その都度都合よく好き勝手に喚び出される。が、中には特殊な者も居る。この女がそうだ。生前にホシそのものを救った。わかるか? 人だけで何十億だ? 他の生命をも数えれば何兆だ? そんな英雄は人類史にまず居らん」

「となれば……」

「そうだ。霊格がもはや神霊に近い。キャスターなどで喚べるものか」

 

 そうか、喚べない程の存在だったのか。

 

「それよりは遥かに劣るが、あの褐色の男なども特殊だ。だな?」

「特殊なのか、私は?」

「決まっておろう? 自ら時の奴隷になる異常性もお笑い草だが、貴様守護者であろうが?」

 

 守護者と聞いて驚く時臣。勿論王が省いた「アラヤ」をきちんと理解している。

 

「何故守護者が……?」

「現段階では偶然なのだろう。が、守護者が派遣されるような儀式である事は認識せよ。そして我のような者も居る」

「王は?」

「裁定者だ。そして我とは役割が異なるが、あの女も役を担っておる。貴様は何だ?」

「強いて言うなら仲裁者ですね。そして褐色のあの子が調停者ですわ。私が押し付けたのですが」

「なるほどな。我が喚ばれた段階で何かあると思ったが。時臣、わかっているのか? この儀式では根源へは絶対に行けんぞ?」

 

 そこで王は話せと大魔導師を促した。そして明かされるこの儀式の真実と聖杯の汚染。

 

「聖杯とは名ばかり。汚染される段階で擬物はしょせん擬物です」

 

 英雄王が怒りの表情で時臣を見たのはホンの一瞬だった。惨めな召喚者は、大魔導師が次々と明かす真実に青褪めるどころか顔色が白くなっている。気絶寸前のその表情は王のツボだったのだ。

 

「とは言え、汚染があってもどこかには繋がるでしょう。その場合、冬木とその周辺は壊滅します。これを良しとするならセカンド・オーナー失格です。当然、被害の度合いが地球規模になれば、この世界は切り捨てられるでしょう。それを裁定するのが王の役目。あなた方愚かな魔術師を抹殺するのが守護者たる彼の役目。それを仲裁、調停するのが私やこの子の役目です。しかし、そうなる前にやはり手は打つべきです。それでこうして世界を巡っています」

「……なんと……何という事だ……。そ、それも驚きの話ですが、根源に届かないとは……?」

 

 ギリギリ意識を繋ぎ止めた時臣が、魔導師に問うた。

 

「繋がるのが、その時召喚した七騎の誰かの座だからですよ。魔法には決して届きません」

「届かない……?」

「届いた私が話しています」

「あなたは一体……?」

「真名は遠坂凜。並行世界のあなたの娘ですよ。ここへは孫弟子や仲間とともに来ました」

 

 そして次々明かされる少女達の本当の正体。ステッキの少女も目の前の女性も娘だった。

 さすがの王も驚きの声を漏らした。何かあるとは思ってはいても、時臣の娘とは考えなかったのだ。あの綺礼ですら目を大きく見開いている。

 ゴトリとテーブルに置かれる、眩い光を放つ娘達の宝石剣。時臣の願いは、ある意味とっくに叶っていたのだ。時臣は後悔と感動がないまぜになった訳のわからない状態に陥り、ただただ泣くしかできなかった。

 それを見た綺礼は、得も言われぬカタルシスを感じていた。今日は我が人生最良の日だ! 

 そこへ、お姉ちゃ~んと絵本を読んで欲しい桜が凛に飛び込んで来た。記憶にある桜とは余りにも違う。先程の幻やビデオで見た通りの薄紫の髪に瞳……。

 

「ああ……桜、桜……私は……」

 

 桜は時臣を一瞥するとペコリと頭を下げただけで、凛と話すだけだった。大魔導師は凛を促し、桜ともども別室へ下がらせた。

 

「時臣、本当に笑えんぞ?」

 

 子供を愛する王は、空気を読むモードから裁定者モードに半分ほどなっていた。

 本来の属性は混沌と善であるが、裁定者モードだと秩序に傾く。ただ誰に対して、何に対しての秩序かはその都度変化する。

 しかし芯にあるのは善性なのだ。なのでこの時の王は、愉悦を求める前に己が召喚者の哀れさを憂いた。

 そしてエルヴァは英雄王がラスボスモードにならない事にがっかりしていた。これでは宝具を奪えない。もしや考えを読まれた? 

 いや、やはり第四次では厳しいのだ。10年も現代に放置され、世に厭きた第五次でなければAUOに変化しない。

 また、先生の話術が上手いからでもある。何より冷静に考えれば、人理を超越する英霊となった魔法使いと争っても、そこには愉悦も享楽もない。とことん不毛で得られるものは何もないのだ。

 それを王は察したか知っているのだろう。特に先生はキレたら大聖杯を次元の狭間に放り投げる人だ。ああなった時のサーヴァントほど惨めなものはない。座の本体もびっくりだろう。分霊がロストして還って来ないのだから。

 英雄王ほどの者であってもそれは同じだ。幾千幾万の宝具を投擲しても全部宝石剣で切り裂いた次元の狭間へ消えていく。そうなれば魔力にも戻せない。そして相手は、より大きく高く深い神秘である魔法使いだ。

 使った宝具がロストすれば、それは失くなったものとして世界に認識される。つまり二度と再構成できないのだ。これが朋友の名を付けた『天の鎖』なら笑えない。

 また、切り裂いた座標が恒星の傍だと本気でマズい。巨大な重力からは『ヴィマーナ』や『星の船』でも逃げられないのだ。

 霊体化しても僅かに質量はある。空に浮かべるほど身軽になっても巨大な重力からは逃れられない。うっかり突入してしまえば脱出は永久に不可能だ。

 物理攻撃では傷付かない存在だからこそ、未来永劫抜け出せない核融合炉は地獄だった。

 仮に実体化しても意味はない。ありったけの宝具の盾を全面展開しても、恒星相手だと一瞬で蒸発だ。奥の手の乖離剣も、燃え盛る星には太刀打ちできない。

 ましてやガイアのバックアップがあっての召喚ならまだしも、魔術師一人の助力しか得られないサーヴァントでは。

 

 一方、神父は来て良かったと小さくガッツポーズを取っていた。今日は最良の日どころではない。運命の日だ。この感動は言葉では表現できない。

 そうだ、私は感動という感覚を今知ったのだ。それはあたかも精神の魔術回路を開いたかのような奇妙な感覚だった。そうか世間の人々はこれを生まれついて知っているのか。何と遠回りだったのだろう。

 

『答えは得た』

 

 胸中で小さく呟いた。

 

 そして後ほど連絡するからと大魔導師達は時臣を帰らせた。なのに王も神父も帰らなかった。何故ならセイバー陣営に、今こちらのイリヤ、そしてセイバーとランスロットが出向いていると聞いたからだった。

 王は単なる興味本位だが、綺礼は違う。時臣の工房でプロフィールを見て以来気になっていた衛宮切嗣が見せてくれるだろう、慌てふためきぶりを期待してだった。

 今の綺礼は切嗣を追っていない。父に明かし、王と語らい、自らを受け入れていた。それに答えも得た。ただ、生来の求道者なのでチャンスを見逃せないだけだった。

 

 

 ピンポ~ン、ピンポ~ン、ピンポ~ン。

 インターホンでない単なる呼び鈴が衛宮邸のデフォだが、電池を換えていた事に少し驚くイリヤ。

 王や時臣が間桐邸を訪れた同時刻に、呼び鈴を押したのはセイバーだ。応対に出て来たのもセイバーだった。

 

「キリツグ達は?」

「奥に居ます」

 

 案内された居間は、全然掃除がなってなくホコリが舞っている。そんな咳き込みそうな場所に、この数日髭を剃っていない衛宮切嗣と少しやつれた久宇舞弥が居た。

 

「降参だ……。君達なら聖杯を得られるだろう……」

 

 最初は入って来る陣営を睨んでいた切嗣だが、セイバーを見た瞬間に悟った。同じ英霊が二騎。このインパクトには虚勢も無駄だった。しかも三人の内、一人が娘の成れの果て。実は前回のイリヤとの邂逅で彼は折れていたのだった。

 そして彼女達のマスターや従える英霊の顔触れを聞いて呆れた。端から勝てる相手では無かったのだ。埠頭で殺されなかったのも──マスターの意志だ。

 

「では、埠頭の君ではないあの子が?」

「そう。私達のマスターであり、並行世界のあなたの娘よ。だから、あの子は私にとっては、生前知りもしなかった妹なの」

 

 アハト老が妻や娘に何かしていた事は知っていた。だけどアイリの卵子を分割していて、イリヤの妹が居たとは夢にも思わなかった。魔術師らしいと言えばそれまでだが。

 

『魔術師殺し』ならぬ『英霊殺し』。それがその妹の二つ名だという。そしてその子は魔術師と錬金術師に呪術師を兼ね、人形師であり修復師でもあり、半英霊だともいう。何だそれ? 

 確かにあの埠頭での活躍はサーヴァントと互角だった。宝具と言ってもいい礼装には呆れるばかりだ。更には霊脈から大聖杯にアクセスして令呪に介入し、マスターの位置を知り、サーヴァントを強制的に自害させる事も可能だという。

 

「つまり、それだけこの儀式は穴だらけなのよ」

 

 言われてみればそうかも知れない。大聖杯は人の手で造り稼働させているのだから。ここをハッキングするのは常套手段だろう。自分だってその知識があるなら、絶対にそうする。

 マスターの位置がわかるって……インチキじゃないか。

 

「そもそもが、この儀式は等価交換を逸脱しているの。この地の霊脈60年分の魔力で英霊七騎を召喚。言ってみれば冬木市60年分の電力消費量、いえ、60年分の電気料金で発電所を七つ、どこからともなく用意するのよ。この七つの電力量で何が出来て何が出来ないのか、その見極めも大事だし、成した事に対して見合った料金は必ず請求されるわ。世界の天秤は冷酷なまでに均等なのを、誰しもが忘れるところが滑稽よね? 等価交換を知り尽くしていて当然の、魔術師の儀式なのに」

 

 聞かされる話は驚愕の連続だった。特に電力で例えた等価交換の話は。

 何が出来て何が出来ないのか──そうだ。どこまで出来るのか、諸元には何一つ記載されず保証もされていない。取り扱い方法も不明瞭なままだ。こんなものにすがらざるを得ないほど、自分は追い詰められていたのだ。

 また、魔術師が持つ固定観念の裏を衝く筈が、尽(ことごと)く覆された。科学や近代兵器にも明るい娘達は、誰よりも魔術師であった。

 そして、うまい話には裏がある。わかっていた積もりが、全くわかっていなかった事を強く強く愧(かい)じる切嗣だった。

 

「アイリを迎えに行きたい。彼女ともう一度話したい。そして、君達のマスター……もう一人の僕の娘と話したい」

 

 その事を念話でエルヴァに伝えれば、折返し返事をすると返って来た。

 

 

「私に会いたい……か」

「何かあるのか?」

 

 エルヴァに尋ねたのは綺礼だ。

 

「生涯を懸けた夢を叩き折った相手ですよ? そう易々と切り替えられるものなのかなと」

「なるほど。奴は一体どういう夢を──願いを持っていたのだ? 知っているか?」

「ええ」

 

 問の答えはこんなところであっさりと。そんなものだろうなと綺礼は内心で嗤った。

 

「くだらない夢ですよ?」

「何だ?」

「人類の恒久的平和。これをテロリストが願うところが笑えると言うか」

「まさか……それを聖杯に願おうと?」

「そうです」

 

 何とくだらない。何とつまらない。あの男を追わずこの少女を追って正解だった。

 

「まるで街角の看板か、寂れた神社の絵馬ですよ。ネコを信じよの方がまだ楽しいです」

 

 また変な事を言いだした。

 

「ネコとは何だ?」

「雨でペンキが剥がれて神がネコに」

「それを神父の前で言うか……。しかし、奴はそんなくだらん事を?」

「そうです。またマスターに似たのかサーヴァントの願いが笑えます」

「それは?」

 

 何故かセイバー陣営の内情をボロボロ暴露するエルヴァ。キラリと目が光る綺礼と金色の王。

 

「娘、貴様の本当の親の時はどうだったのだ?」

「ボロカスに言いましたね」

「ふむ。貴様の願いは全員が死なぬ事だろう?」

「そうです。ですが、ただで愉悦を振り撒くのはどうかなと」

「強欲よな。だそうだぞ、綺礼?」

「なるほど。対価は何が良い? 泰山で奢ろうか?」

「あ! 回転焼きをマウント深山で買って下さい」

「どうするのだ?」

「中身を抜いて、あの麻婆を入れましょう」

「なるほど。道楽が過ぎるぞ。ククク……」

「何故意気投合するのだ、貴様らは?」

「そう、仰らず。あの陣営をお頼み致します。実に頼りない陣営ですから」

 

 

 それを横目で見ていたルヴィアは心底意外だった。

 

「あのエルヴァさんが、どうしてあのような……?」

「わからない?」

「わかりますか、ミストレス?」

「あの子、自分のセイバーに話していたでしょう? 2~3回叩かれないとわからないって。でも、叩き方っていうのもあるじゃない。そこをコントロールしているのよ。あなたと凛に話した事を憶えている? あの凄惨な第四次なのに、ここまで誰も死んでいないのよ? どれだけフラグを折っているか。奇跡の采配だわ」

 

 そうか、これも意味のある事なのか。確かに人の心は千差万別。こちらの思うようには行かない。だけど、言葉一つである程度のコントロールは可能かも知れない。

 そしてそれは魔術師である前に、商人の娘でもあるルヴィアには納得できる事だった。

 そうだ。エルヴァさんもそうだが、元のエルさんはとんでもない事業化であり商人でもあった。ルヴィアは心底感心していた。

 

「魔導師のリン」

「何、アーチャー?」

「トヨエツでタマゴ1パックがお一人様99円なのだ。ルヴィアを借りて良いか?」

「どうぞ。ルヴィア、お使いを手伝ってあげて」

「はい」

 

 てくてくと商店街を目指す二人。

 

「単なる増員ではございませんでしょう?」

「ああ。特売も事実だが、こちらに飛び火しそうな予感がしてな」

「あら?」

「エルヴァは私みたいなタイプを好まんだろう?」

「あの方の義兄が異なるあなたですのに?」

「そういえば聞いていたな。そいつはまた……」

「長いらしいですわよ? かれこれ7~8年はご一緒だと伺っていますわね」

「そうなのか?」

 

 アーチャーの思惑はエルヴァの情報を得る事だった。余りにも自分の知る魔術師から逸脱している。

 見知らぬ他人を救う事を使命と信じた生前。見知らぬ他人を斬り棄てて来た死後。家族や仲間に頓着できなかった彼でも、五次、四次と来て嫌が応にも興味が増したのだった。彼女は身近な人々を確実に守りきっている。

 並行世界で経験している? 情報を先もって得ている? だからと言ってこうも見事に行くものだろうか? 

 ここではサーヴァントが誰も斃れていない。つまり聖杯は現れないのだ。衛宮士郎という人間が作り出される事も無い。

 それは何とも言えない達成感だった。『魔法使いと組むとはそういう事』──まさにそうだった。

 

「答えは得た」

「え?」

「いや、こちらの事だ」

 

 褐色の偉丈夫は、タマゴ2パックとその他の食材を抱え満足していた。




時臣は時臣なりに子供を愛していたと思います。
それが桜を生かすから活かすに変化した。
ですが、1/7より2/7と高確率で近づく根源と、間桐のお家乗っ取りは臓硯に見破られていました。
そこもあっての蟲風呂なのかなと思います。
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