※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第二部 並行世界篇   作:炭団

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54、衛宮切嗣

 夢を見た。

 燃え盛る焔。住み慣れた家が焼け落ち、親しい人達が死んで行く。だけど、その喪失感を感じる暇もない。

 感じるのは熱さと肺の苦しさだけ。叫びたくとも喉は焼かれ、靴の裏からの感覚もない。

 もう、死ぬんだな。諦観でなく、それが覆せない事実なのだと受け入れた。

 大人なら何か違う事も考えられたのだろうか? 

 いや、無理だろう。願っても楽に死なせてくれと考える程度だ。待ち受ける現実は何も変わらない。

 だから耳が冴えたのか。だから感覚が研ぎ澄まされたのか。

 耳に入るのは炎の爆ぜる音と、徐々にフェードアウトしていく誰かの最期の祈り。

 目に残るのは赤一色の大地と、真っ黒な空に浮かぶ漆黒の孔。

 その孔に向かって両腕を突き挙げた。ちっぽけであっても、それが抵抗の意志であると言わんばかりに。

 すると突如──誰かに手を握られ、抱きかかえられた。

 

『生きてる! 生きている! ああ……』

 

 それは自分だった。犯した罪の重圧に耐えきれず、壊れる寸前の自分。

 

『ありがとう! ありがとう……!』

 

 何がありがとうだ。醜い顔だ。罪なきこの子の家族を、友人を、慈しんでくれる人々を奪ったくせに。

 

 その贖罪の意識を少年を引き取る事で誤魔化す自分。何が魔法使いだ。頭がヘンなのか? 

 すくすく成長するその子に、戻らぬ娘への愛情を転嫁して誤魔化す自分。滑稽なまでに酷い話だ。

 そして亡き妻の、母代わりだった亡き恩人の、憧れだった亡き人の声が耳に届く。

 

『どうしてお前だけが、のうのうと生きていられる?』

 

 その病的な理想と異常な夢で、何人殺した? 何人滅ぼした? そして最後の最後で何をした? 

 

 やがて、罪の証たる少年に癒やされる日々は終わりを告げる────

 少年の宣言は、少年の年代らしい養父への愛情故だ──なのに、こちらが残した言葉は紛れもない呪いだった。

 何故、気付いてやれなかった? 心に大きな疵を抱えていても、何一つ明かせなかった少年の気持ちに、何故気付かない? 

 その疵はかさぶたも作らず少年を蝕む。じゅくじゅくと膿を溜めて行く。

 その事を自覚する事もなく少年は成長し、再度の儀式に巻き込まれた。

 反りの合わなかった己がサーヴァントが再召喚され、築かれていく信頼関係。

 敵である筈の少女と育まれる友情。或いは愛情────

 そこでも奇跡を積み重ね、やっと生き抜けられたのに──少年はあの夜の呪いを誓いに変えて煉獄の人生を歩む。

 そして──永遠に抜け出せない地獄に墜ちた。僕は……僕は……。

 

「切嗣! 切嗣! 大丈夫ですか!」

 

 む? 舞弥? あれ? そうだ! 

 

「こ、言峰綺礼……貴様、毒を盛ったのか?!」

「馬鹿を言うな、衛宮切嗣。聖杯戦争は終わりを遂げた。だからお前達と和解すべく、こうして話に来ただけだ」

「違うッ! 何を食わせたと言っているんだ!」

「差し入れだ。この回転焼きは実に美味い。なので貴様にも食べて欲しかったのだ」

 

 目の前の男は、僕が意識を失うほどのナニかを本当に美味そうに食べている。クッ……どうして食えるんだ? 

 辛いのか? 甘いのか? いや、味なんてしない。脳が受け付けない。強制的にシャットダウンされるんだ。何だあれは? それをコイツは三つも四つも、むしゃむしゃと食べている。

 そして悟った。どのみちこのまま聖杯戦争を続けても、僕はコイツに勝てなかったに違いない。

 

「ほら、奥方も並行世界の娘達も食べている。遠慮せず食べろ、衛宮切嗣」

 

 周囲を見渡せば確かに妻も娘達も食べている。

 

「お母様、このカスタードも美味しいよ?」

「お腹いっぱいよ、半分こにして」

「じゃ、後の半分はエルヴァに」

「自分で食べないのに割っちゃったのですか!? それなら、もっと綺麗に割って下さいよ。中身が垂れて……」

「イリヤスフィール、余ったなら私に下さい」

「セイバー、それ十二個目よ?」

「フ……。これしきで根を上げる訳には参りません」

「あなたは何と戦ってるの?!」

「直感でしょうね。ここまで来ると未来予知ですよ」

 

 なんとも和気あいあいだ。

 

「お父さんは食べないのですか?」

 

 クッ! 食うしかないのか。

 

 夢を見た……燃え盛る焔……住み慣れた…………? 

 待て! 待て待て待て! リフレインしている! 僕は知らない間に……? 

 

「なぁ、アイリ。僕は何個食べた?」

「三つ目よ、キリツグ。まだまだあるから」

 

 ああ、アイリ……目が笑っていない……。言峰! 何だその嗤いは!? 

 

 そして僕は四つ目で、アイリに土下座していた。

 

「我の蔵には入らんが、見事な作法よな。綺礼よ、これが日本式か?」

「王や目上の者に叩頭するのは当然の礼だ。正式な謝罪は、三方から手に取った短刀に晒しを巻き、その三方を尻に敷き、十文字に腹をかき切るのだ。そして内臓を引き出すのだな。それをして、腹の中には嘘偽りが無いという証にするのだ。そして、その瞬間をセイバーが首を……何? ああ、そこのギルガメッシュでない、アーチャーが斬り落とす」

「なるほど。フェイカー、やってみせよ。今に限って、その贋作を許そう」

 

 この時、時間が停止したのかと錯覚した。

 キョトンと首をひねる僕のサーヴァント。笑い転げる遠坂のサーヴァントと言峰綺礼。何故か狼狽え固まる赤い英霊。

 コイツもアーチャーなのか……? 

 いや、待て……。待て、待て! そうだ……あの剣の丘で……? 

 

「き、君は……。君は士郎なのか!?」

 

 一段落付き、縁側で語らうむさい二人。

 

「この縁側で僕が君に……」

「異なる世界だ。あなたは私に対してそんな顔をする必要はない」

「だけど……」

「ドイツに娘を迎えに行き、親娘仲良く暮らす事だ」

「そうだね……。君は……君は正義の味方になれたのかい?」

「いや……。ああ……。だが、今回なれた気がするよ」

 

 赤い男はこれまでのすべてを受け入れたかの如く、優しく微笑んだ。

 

「そうか……」

 

 無精髭の男はその微笑みを眩しく感じた。

 

「これからもこんな風に世界を巡るのかい?」

「ああ、これからも頑張ってみようと思う」

 

 そのはにかんだ笑顔を、衛宮切嗣は一生忘れないだろう。

 

 

 

 そんな感動シーンを尻目に密談を交わす三人。

 

「娘よ、これで良いのだな?」

「はい、ありがとうございました。言峰さんも、ご苦労さまです」

「良い、対価は十分であった」

「うむ。見事な道楽だった」

「綺礼。貴様、言い換えて自分を納得させておるだけだろう?」

「さて、浅学な私にはわからん。しかし私には道が見えた。これからも救済あるのみだ」

「ククッ……踊らされても愉しいか?」

「結果を敢えてイマイチな方向に持って行けば、途中は道楽し放題だ。文句はないな」

「ハッ! 言いおる」

「王様。宗派は違えど、踊りとは神に捧げるものですよ?」

「だそうだぞ、ギルガメッシュ?」

「ククッ、クハハハハッハハハハハッ!!!」

 

 当然の事だが、夢を見せていたのはエルヴァだ。回転焼きはごく普通のもので麻婆は入っていない。

 そして自らのセイバーやランスロット、間桐の者もここには居ない。凛もルヴィアも大魔導師も桜や雁夜と留守番だった。

 またエルヴァは衛宮切嗣の前に、言峰璃正神父にも夢を見せていた。将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、だ。愛息の綺礼の苦悩を知った璃正は、エルヴァの思う通りに動いてくれた。第四次なら救済の余地があると確信できた。

 何よりエルヴァは前々から、教会側を見捨てるエルのやり口に疑問を抱いていた。そこが元反対派だったにせよ、聖杯戦争のような戦いであるなら裏で手を組むのは、別に変な事とは思えなかったからだ。

 第五次で中ボスよろしく暗躍しようとも、それすら覆す方法はあると信じている。むしろあくどい奴の野望を砕いてこそ、真のカタルシスであり享楽だ。淡々と積み木を積み上げる如く、仕込んで行くのだ。

 そうすると最高の8時45分がものにできる。

 なら10年後の第五次ほど腐っていない第四次だ。同じ芽を潰すにしても、安直な排除でない別な手段があると長い間考えていた。それを今回試したのである。

 この方法を思い付いたのは時臣のお陰だった。直接何かを教えられた訳ではない。閃きを与えてくれたのは遠坂時臣と葵の関係だ。長い間、この二人の関係が疑問だったのだ。

 冬木の魔術師は、西欧の名門出のエルヴァにとって極東の辺鄙な田舎魔術師でしかない。そんな風に蔑んだ事も無ければ、バカにした態度を取る事もない。それでも次の疑問があるため、田舎という認識が消えない。

 それはこうだ。『魔術師の妻だからと、何も考えずにお腹を痛めた子をこうも軽く手放すだろうか?』

 

 エルヴァ的には、ここに疑問を抱かない方が可怪しいとさえ思う。きっと葵は時計塔と直接交渉できないか、凛と桜の二人を手元で育てる方法が他にある筈だと時臣に詰め寄ったに違いない。

 何故なら後継者選びもさる事ながら、魔術師は通常子孫を大切にするものだからだ。子供は明日に繋がる希望だ。自分の代では無理でも、子供の代で根源に届くかも知れない。そういう希望をエルヴァの知る魔術師は皆んな持っている。

 なのに子供を養子に出せる時臣は田舎者と断言せざるを得ない。また、例え時臣に言い負かされたとしても、一般人の感覚を知る葵は強く反対した筈なのだ。頭が納得したとしても、母親が我が子を手放す事を感情が許す筈がない。

 そうなると養子が決定し、桜を手放した事をずっと後悔していた筈だ。その悲しみに蓋をしても、心の奥底でその決断を下してしまった自分を、葵自身が苛んでいた事は想像に難くない。

 時臣の死で発狂する遠因は窒息だけではなかったろうとエルヴァは睨んでいた。

 

 ならば何故葵は桜を手放せたのだろうか? 結論は単純だ。それはズバリ魔術による洗脳だ。

 母、アイリスフィールがアハトに逆らえなかったのは、鋳造時にそうプログラムされていたからだ。だからアイリスフィールの小聖杯を封印する時に、プログラムを書き換えていた。

 葵の場合はもっと簡単だった。禅城の家の前でのインタビュー撮影時に何事だと出て来たので、目を見詰めて暗示で追い返す際に、時臣の暗示も一緒に解いた。それだけだ。

 葵には何も話していないし、ビデオも見せていない。後は時臣のやる事だ。真実を話し許しを請うのか、家督を凛に譲り離婚するのか。それは時臣が自分で決断して選ぶ道だった。

 決断できない幼児を奈落へ送ったのだから、その程度の決断は自分でしろと思う。

 鼻水を垂らし、泣きながら禅城の門の前で土下座する男が現れるのか、相続処理を片付け記入済みの緑の用紙を持って現れるのか、それは知らないが何れにせよ時間の問題だろう。

 

 この後、衛宮切嗣やアイリスフィールを伴ったエルヴァ達は、ドイツへ直談判に向かった。

 ユーブスタクハイトは大魔導師から諭され聖杯戦争を諦めてくれた。まぁ、吹雪の結界を全部晴天に変え、城の最下層に設置された本体の前にいきなり現れたのだから。脅迫したといった方が近いとさえ思う。

 ともあれ大聖杯はいきなり壊せないので、人員を派遣し、遠坂と連携して5年掛けて解体する事が決定した。この時、イリヤスフィールの聖杯封印と延命措置も行った。

 ベッドから起き上がれるようになった、幼いイリヤスフィールに絵本を読んだりしたのは良い思い出だ。だけど、この世界には自分が居なかった。だから、ここには二度と来ないだろう。

 大きく育ったイリヤスフィールに興味がない訳ではないが、余りにも関係性が希薄過ぎる。それに赴かねばならない世界はまだまだある。

 

 

 受肉していないサーヴァントはバラツキがあるが、1~2週間ほどこの世を満喫してから座へ還った。

 勿論、受肉のクスリの事も話してあった。それでも、アルトリアとランスロットは還って行った。

 二人は自分のセイバーやランスロットさんとかなり語り合ったようだが、聞いていないので詳しくは知らない。きっとアルトリアが折れなかったのだと思う。だけどあのランスロットは、王を救うために還ると言い残して行ったそうだから少しはマシなのかも知れない。

 一方、イスカンダル大王は今世を満喫するだろう。ウェイバー先生の胃痛を対価にして。

 アサシンはエルマの配下に収まったし、臓硯の本体もゾウケン君としてエルマに飼われている。あの造詣は狂わなければ戦力になる。また、異世界を渡る事が臓硯の願いでもあった。何かアイデアがあるらしいので、臓硯の事はエルマに一任した。

 何かを忘れているような気がするけれど、見棄てた奴の事は知らない。だけど、イノシシでなく豚肉と、水を捧げると走り回る妖怪が静まるとの伝説が残ったのは記しておこう。

 

 

「我もそろそろ還るか」

「え~、王様帰っちゃうの?」

「寂しいよ」

「そうか、そうか。我が居らぬと寂しいか」

 

 エーデルフェルトへ行く前の桜ちゃんと、凛ちゃんや、日本に連れて来たイリヤちゃんと戯れる王様。近々還るとは言っているが、子供好きだなぁこの人は。たぶん、大聖杯からのサポートが消えるギリギリまで居そうだ。

 ランサーみたいな伝説とは違い、子供の頃に遊んでくれた優しいお兄さんとして子供達の心に残るのだろう。

 

「まだか、麻婆は!」

「レシピを書いたでしょう!? 自分で作って下さいよ! 私も帰るのですから!」

「帰るのは仕方ないと諦められるが、貴様の手料理を最後に食わせてくれと願うのは罪か?」

「罪だね。さっさと帰れ。エルヴァ、僕のはまだかな?」

「もう~! どうして間桐までお昼をわざわざ食べに来るのかなぁ」

「決まっている。暇だからだ」

「父親を手伝え、お前は!」

「そうは言うがな、間桐雁夜よ。私は父が壮年の頃に産まれたものでな。老い先短い父の元気な姿を見ると何も言えんのだよ」

「それはなぁ……。わからなくもないけど。真っ当な親だもんな」

「何を丸め込まれているんだ、雁夜君。人の娘を何だと思って……」

「並行世界だし」

「イリヤ! 君まで?!」

「私はキリツグが嫌いなの」

「イ、イリヤちゃん?」

「お母様には悪いけど……。10年分は嫌わせて?」

「仕方ないわねぇ」

「え~~~……」

「ジイサン、リクエストはあるか?」

「ああ……士郎。そ、そうだね。何か丼ものが食べたいかな」

「わかった。すぐ作ろう」

「フ……。その親子丼は罪の味か? さぞかし美味いだろう」

「煩い! 勝手に親子丼に決めるな! 帰れ、お前は!」

「ここは俺んちだ!」

「女も家も取られ……」

「喧しい! お前、本当に神父なのか!?」

「もう~。神父、娘さんは?」

「手続き中だ。あの子にも食べさせたいものだ。暫く残れ、エルヴァ・フォン・アインツベルン」

「絶対に嫌です!」

 

 

 第四次聖杯戦争篇 完




この第四次のパートはかなり好きです。
次回からは日常パートと不思議なアルバイトのお話です。
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