※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第二部 並行世界篇   作:炭団

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60、ロシアより愛をこめてⅡ

 オストロフスキー邸からホテルに戻った私達は、クリーニング済みの衣類を受け取ると荷物を纏めチェックアウトした。今からナタリアさんが運転するクルマで、M7高速道路を使いモスクワから400数十キロ離れたニジニ・ノヴゴロドまで走るのだ。今が午後の4時半なので、到着予定時刻は夜の10時頃になる。

 日はまだ高く日差しは強い。

 ニジニ・ノヴゴロドはロシアを代表する大河、ヴォルガ川とオカ川とが合流する地点に建つ要塞から始まった。後に交易の要所となり、ソ連時代は軍の工業都市として栄えた。今は自動車の工場が多いそうだ。そしてソ連時代にゴーリキーと呼ばれていたのは、『どん底』で有名なマクシム・ゴーリキーの出身地だったからだ。

 ニジニ・ノヴゴロドに向かうクルマの中で、ルヴィアは第一次五ヶ年計画と白海・バルト海運河建設に於ける悲劇を話してくれた。

 

 夜食は私達が交渉中にナタリアさんが買ってくれていた飲料と足りない場合のピエロギ、そして固定の魔術を掛けてあったお昼のホットドッグだった。ピエロギはルヴィアと半分こにしたが、エルヴァの言っていた通りだ。これがあれば何とかやっていける。

 この辺りまで来ると、高速道路と言っても普通の国道だ。サービスエリアも何もないので道路脇にクルマを止めて、ウラジミールの辺りで食べた。事前情報では歴史探索目的の観光には良さげな感じだったのに、道路から眺めると何もないのが寂しい。

 

「ロシアの地方の街ってこんな感じなのかしら」

「歴史的な趣ある建物が、ちらほら観られるのはモスクワに近いからだ。その分、人口が少ない。つまり商売向きでは無いのさ。ここいらで暮らす人はモスクワに遊びに行けば良いんだから」

 

 なるほどだ。

 

「もっと離れた地方都市に行けば、陰気な工場と気味の悪いアパートだらけだよ。それが嫌でハンターになったのさ」

 

 ロボットのように隊をなして毎朝工場に向かい、本当に器械のように同じ作業を繰り返し、駅のロッカーか納骨堂のような味気ないアパートへ帰る。ナタリアさんはそんなソ連時代が嫌で、西側に出て魔術を学びハンターとなったそうだ。

 バックボーンも何もない。継承すべき家も魔術もない。ハンターとなる魔術使いは皆んなこんなものだと話される。

 

「真っ当なそちらとはかなり違うよ。だけど人は使いどころだからな。ハンターと一口に言っても、能力に応じて得意分野も請け負える仕事内容も様々だ。それでも仕事のマスは小さいし狭い。三流以下は食っていけない世界だ。だから廃業せずに生き残る奴は使える奴が多い。魔術使いと蔑む前に、道具として利用してくれれば良いのさ。現代にも残る名門と呼ばれる家は、どこもそうしているよ。ま、アサシンの英霊を仲間にできるあんた達だ。余計なお世話かも知れないが」

 

 父が生きていたら真っ向から否定しそう。ハンターなんてルンペン・プロレタリアートとでも言い出しそうだ。

 エルが話していた事だけど、共産主義は家内制手工業の拡大版でなく、その形態を共同幻想に推し進めようとする、バックボーン無き貴族主義者の詐欺なのだとか。つまり一部の頭のいい奴が、大衆を騙し、為政者を粛清し、自分が成り代わろうとする詐欺であると彼女は断言していた。

 彼女は人イコール人材で、無駄などないと言い切るタイプだ。それだけ人間が好きなのだろう。彼女が私達に語った言葉が正しいのかどうか、今の私達にはわからない。けれど、精々利用してくれというナタリアさんの言葉は潔い。ルヴィアも私もハンターへの偏見は無い。結局最後はその人の為人(ひととなり)であり、そこから察せられる信用度だと思う。

 だからナタリアさんから広がるであろう、ハンターの人達との繋がりは大切にしたいと思った。それはルヴィアも同じらしく、何人かのハンターの名前と得意なジャンルを訊ね、メモに録っていた。

 

 10時を回ったところでニジニ・ノヴゴロドに入った。

 

「あの灯りのあるところもニジニ・ノヴゴロドですの?」

「いや、あれは河向こうのボル市だ。ガラス工芸の街として知られる。よく見ろ、間が暗いだろう? そこが母なる河、ヴォルガ河だ。そしてボル市の先。真っ暗だろう? 小さな村や街はポツポツとあるが、バレンツ海まで何もない平原だよ。ロシアの北部はどこもあんな感じだ。だから主要な街は南側に固まっている」

 

 ボル市という灯りの向こうは、本当に何の光も見えない。

 

「スオミも似たようなものですが規模が違いますわね」

「ああ、永久凍土は何も生み出さないからな。これだけ広い国土でもほとんどの場所は人が住めない。それがロシアさ」

 

 真冬は来ない方が良いなと本気で思った。だってさっきからすごく寒いのだ。お昼はエアコンを冷房にしていたのに、今は暖房だ。ロシアって何だか想像していたのと全然違う。

 マトリョーシカと派手な色の民族工芸品だけの国じゃなかった。インペリアル・イースター・エッグやホフロマ塗りだけではなかった。

 もっとリアルで生死に関わるような大自然が人を試して来る、そんな国だったのだ。私がルヴィアに内心敵わないなと思う部分は、こういう環境をものともしない彼女の精神的強さにあった。

 何より日本以外はユーラシアから出た事がないと言いつつ、ルヴィアはえらく逞しい。言語や気候風土に左右されない彼女の精神力は、温室育ちの日本人には到底真似できるものではない。きっと彼女から見た私は、ぬるま湯に浸かったようにしか見えなかっただろう。

 蓋を開ければどうとやらで、タカビーに聞こえるのは英語と日本語だけで、フィンランド語だととても柔らかいのだとエルヴァは話していた。

 勿論ルヴィアも負けず嫌いなので、ライヴァルと定めた相手にはキツイ部分もあるのだが、丁寧に話そうとするからああいう日本語や英語になるだけで、偉そうにするつもりなど毛頭ないらしい。

 むしろ控えめな性格なのに無理している場合が多のだとか。私も段々とそれがわかって来た。ルヴィアは実はとっても繊細でシャイな性格なのだ。そこを誤魔化すために背伸びしているようなところがあるのだ。

 そんな彼女が次の交渉相手に臆するというか戸惑っていた。当然リストを見ても私にはわからない。けれどルヴィアにはわかるらしい。

 

「どうしたの?」

「う~ん……。ここでこの名を持つ人物に会う事になるとは。あの方が……予想だにしませんでしたわね」

 

 実はこのリスト、あちらのルヴィアが用意したそのままではない。ところどころ暈したり変えてあるところもある。理由は取引相手から見せてくれと言われた時に、余り外部に出さない方がいい名前や情報もあるからだ。

 だけど心証を良くする場合には必要な事もあろうかと、こうして見せるための書類とこちらだけの書類に分けたり、暈したりしてあるのだった。

 そして今回の相手はマルガリータ・ミハリョフ。これとは別に、あっちのルヴィアの手書きでマリー・ミュラーという名が書かれてあった。

 

「私が知らないだけで、ビッグネームなの?」

「ビッグネームという事はありませんが、ある系統の人達の間ではそこそこ有名ですわ」

「ある種じゃなくある系統? どれどれ。マリー・ミュラーか。別名? どういう?」

「この名は死徒二十七祖が一人、コーバック・アルカトラスの偽名だとされていますの」

 

 おいおい。ここで死徒が絡んで来るのか? 

 

「ちょっと?」

「いや、それは違う。私の知る情報だとコーバック・アルカトラスが創り出した礼装『聖典トライテン』のコピーの名乗る名前だよ」

 

 そこでナタリアさんが訂正を入れた。

 

「コピー?」

「お前達の持つルビーとサファイアは人格を持つだろう? そこに肉体を持たせたようなものが『聖典トライテン』と言われる。ところが『聖典トライテン』は、自我が発達し過ぎて回収不可能らしい。そこで新たに創られたのが『偽典ミラビリス』だと聞いた。マリー・ミュラーとは、その『偽典ミラビリス』が人の姿をしている時の名だ」

 

 何だそれ? 礼装が人の姿? 小聖杯が形を持ったみたいな? 

 

「ああ、坊やの奥さんな。彼女に近いと言えば近いか。ともあれ問題は、この今回のマリー・ミュラーが『聖典トライテン』を追い求めるロレンツ・トレンデルと組んでいる『偽典ミラビリス』とは関係ないところだ。私の知る『聖典トライテン』も『偽典ミラビリス』も、それに関わるロレンツ・トレンデルも現在日本に居るんだよ」

「つまり?」

「まったくの別物なのだろうな。が、しかし……本体を表に出せない『千年錠の死徒』が、現実世界での情報収集や種々の交渉を行わせるために新たに用意した端末なのだと推測できる。どちらが先かはわからないが」

「表に出せないとは?」

「コーバック・アルカトラスは迷宮使いなんだ。その迷宮の奥で『聖典トライテン』を護っているらしい。つまり『聖典トライテン』は複数ある可能性、或いは分裂している可能性がある訳だ。そして今回の『偽典ミラビリス』も」

 

 う~ん……。何だか間桐マコトやエルのようだ。この辺の自分そっくりな別物を作る術者の心理は、エルヴァに聞けばわかるのかしら? 

 ともあれ、人格を持った礼装である『偽典ミラビリス』が名乗る名前がマリー・ミュラーなわけだ。そしてその人物が呪体なり礼装なりを売りたがっている。ある意味、この事実だけで十分ではないか? 

 だってリスクを負っているのは向こうだ。捕らえられたり、礼装として売買される事を、きっと恐れている筈だ。ならこちらは相手の正体を外部に漏らさない。守秘義務を徹底する事。ここが肝要だろう。

 横のルヴィアを見た。何かを考えているのか、じっと前を睨んでいた。

 クルマは城壁に護られた市街地を抜けて、オカ川を越えた小さな街でM7から外れた。そしてそこから郊外に向かってローカルな道を南下して行く。

 窓の外の景色は草原だけど、きっと冬は雪だらけだろう。本当に何も無いところだ。10分も走らないでクルマはある家の敷地内に入った。

 

「あれ? ホテルじゃないの?」

「言いませんでした? マルガリータ・ミハリョフさんの家に泊まると」

 

 これは私の聞き漏らしやド忘れじゃないわよ? ルヴィアの言い忘れだ。そろそろ疲れが出る頃か。

 

「交渉相手の家だったの?」

「と言いますか、マルガリータ・ミハリョフさんは元々当家と取引のある方ですの。父のお馴染みと言いますか。私が面識を持ったのは時計塔に向かう少し前でしたが」

「じゃ、2年ほど前?」

「そうですの。ですが父とはそれ以前から。それで今回宿泊をお願いしていましたのよ」

 

 なるほど。という事はかなり親しい? 

 

「あの方がマリー・ミュラーと知ったのは、ホテルでリストをチェックしなおしている時ですわ。そこであちらの私が書き記していたメッセージに気付いたと言いますか。しかも『偽典ミラビリス』と知ったのは、たった今ですのよ」

「そっか。ルヴィアにしてみれば、あくまでも親しい取引相手という認識しか無かったんだ?」

「ええ……」

 

 死徒に繋がる相手だとか、人型の礼装だと知って少しショックを受けているみたい。けれどルヴィアのお父様は、こんな事をとっくにご存知だろう。となると、快く宿泊の許可を与えてくれた相手には礼を通さなければならない。

 

「ルヴィア、相手の正体と取引は別だし、その為人(ひととなり)も別よ。お父様の大切な取引相手でもあるのでしょう? なら、益々秘密を守らないと」

「そうですわね、リン」

「交渉に入る際に、身の危険を感じているのかどうかを確認なされませ」

 

 それまで黙っていたハサンだ。

 

「どういう?」

「そのような付き合いがあるなら、取引の件は事実でしょう。そこに危ぶむ事はほぼないと思われます。ですが、誰かに正体を探り当てられ、逃亡のチャンスを伺っていると考える事は可能です。その相談に乗って欲しかったのでは?」

 

 ハサンの推理が当たっている気がする。

 

「つまりは逃亡の資金稼ぎ?」

 

 これは穿ち過ぎだろうか? 

 

「と、こちらの戦力を期待してだろうな。取引があったのならエーデルフェルトの実力は知っているだろう。それも含めて相談したかったのだと思うな」

 

 ナタリアさんもハサンの考えを否定しない。つまり二人の読みとカンは一致しているんだ。

 ともあれ、こじんまりとした家の前にクルマを停めて玄関まで歩いた。ナタリアさんは拳銃を出して辺りを伺っている。ハサンもナイフを握っている。こりゃマジだ。私もポケットの宝石を指に挟んだ。

 

「ルビー? 衣類を替えずに転身。身体防御優先で」

『りょ~かいです』

 

 ルヴィアが呼び鈴を押した。

 

『直ぐに入って鍵を掛けて!』

 

 開いたドアの奥から声が掛かった。ロシア語じゃない。フィンランド語だ。

 その瞬間、ドアにバシッと弾が中たる。撃って来た! 狙いは声を掛けた相手だろうけど、ルヴィアに中たりかかった! 

 私は咄嗟にルヴィアを後ろから抱きしめた。嫌な音がして頭がクラクラした。撃たれた……。

 

「リン!?」

「大丈夫! 少し痛かっただけよ! 服をそのままにして中で転身していたから!」

 

 痛かった後頭部をさすったら、きのこみたいに開いた弾の残骸が張り付いていた。うひゃぁ~! 

 

「ちょっ!?」

 

 そんな事を悠長に話していたら、私とルヴィアはハサンに家の中へ突き飛ばされた。ナタリアさんはとっくに家に入り、ドアの内側から外の様子を伺っていた。

 

「大丈夫か! ミス・トオサカ! ミス・エーデルフェルト!」

「ええ」

 

 良かった、ルヴィアも大丈夫そうだ。

 

「ハサンは?」

「消えた。霊体化というやつだな。相手を探っているのか、追い掛けたのかは不明だが」

「よくも、リンを……! サファイア!」

『はい』

「行きますわよ!」

 

 転身してすっ飛んでいくのに1秒掛かっていないだろう。こういう緊急時に即行動できる彼女は凄い。私が撃たれた事で、かなり頭に来ていたようだ。嬉しいわね。

 出遅れたこちらは、その分フォローだ。私は家主を守るべく、今度こそ完全に転身してマルガリータさんに近づいた。

 

「大丈夫ですか?」

「ええ、こちらは」

 

 マルガリータさんは高校生くらいの、並行世界の桜みたいな薄紫の髪を持つ人だった。右の瞳は紅く、左の瞳は青い。オッドアイだ。

 

「それが宝石翁がお造りになられた魔杖ですか?」

「はい」

 

 英語で話し掛けたら、英語で答えてくれた。とても綺麗な英語だ。そして声は何ていうんだろう、囁くような、そうそうウィスパーボイスだ。

 

「ミス・トオサカ。その何とも言えん格好はともかく、実弾は大丈夫だったのか?」

『はい。私を握っていてくれさえすれば、凛さんはライフル弾でもちょっと痛い程度で済みます』

 

 やっぱり痛いのかよ!? 今もズキズキする。

 

「道理で。今もズキズキするわ。Aクラスの魔力も防御できるのに、どうして?」

『魔法少女の衣装では無かったからですよ。ああ見えて防御力があちらは高いんですよ?』

 

 なるほど。普通の衣類を強化しても限度はあるし、何より後頭部を覆うまでの魔力効率もありはしないだろう。

 

『今みたいな魔法少女なら、携帯ミサイルでも平気ですよ』

「その奇天烈な格好だとミサイルも防げるのか!? 呆れたな。なんて礼装だ」

 

 やがてハサンとルヴィアが戻った。気絶した二人の男を抱えている。ハサンが手際よくロープで男達を縛った。そして再び出ようとした。そこへナタリアさんが声を掛けた。

 

「まだ居るのか?」

「いや、念の為だ。そちらは話を進めてくれ。場合によっては遠慮なくクルマで逃げろ。走って追いかける」

「わかった」

 

 そして気絶している男達を見てナタリアさんが嫌な顔をした。

 

「ロマンとフェドセーエヴィチか。そこそこ知られるトレジャーハンターだ。心当たりはあるか?」

 

 マルガリータさんが答えた。

 

「この者達との面識はありません。ですが、何度かハンターに狙われました。その果てにここまで来たのです」

「そうか。あんたはどうしたい? ああ、自己紹介が遅れたが私はナタリア・カミンスキー。ミス・エーデルフェルトとミス・トオサカに雇われているエージェントだ」

「私はマルガリータ・ミハリョフです。とある礼装を買い取って頂きたく、エーデルフェルトに連絡を入れた者です」

 

 自己紹介後、部屋を移動してお茶を頂いた。リストに注釈付きで乗っていただけでなく、あちらからも売買の連絡があったんだ? 道理で、今回の行程でここをルヴィアが重要視していた筈だ。

 だけど、そのエーデルフェルトへのメッセージにSOSはなかったのだろうか? ルヴィアなら間違いなく駆け付ける筈だ。何よりルヴィアはこの人の正体を知らなかった。馴染みの取引相手からのSOSだと受け止めれば走らない筈がない。

 けれど、まさか売りたい礼装って彼女自身って事は……? 

 

「マルガリータさん。あなたはマリー・ミュラーですの?」

「ルヴィアさん……。知ってしまわれたんですね……。ええ、私は『ミラビリス』。人格を持った礼装です」

「まさかご自分を身売りされるとか?」

「いえ、それはありません。この地に来て2年ですが、その間に幾つかの希少な礼装や呪体を集めましたので、それを対価に守って欲しかったのです。こんな事を頼めるのはルヴィアさんしか思い浮かばず……」

 

 そういう事か。マルガリータさんはルヴィアに正体を知られたくなかったんだ。だから中途半端なSOSになったようだ。

 

「ですが風の噂で時計塔から日本に留学されたとお聞きして、それでオーギュストさんに連絡を入れていたんです」

「それでオーギュストが……」

 

 やはりか。オーギュストさんを通して身の危険を一応は知らせていたんだ。

 

「となると、ギリギリでしたわね?」

「ええ。最悪私自身も戦えますので、余り深刻に伝えなかったので。それに大事にすれば、余計にハンターを惹き付けるのは目に見えています。なのでどうしたものかなと考えあぐねているうちに、とうとうここまで嗅ぎ付けられ。既に張られていたようですね」

 

 なるほど。ナイスタイミングだったんだ。

 

「あんたは何人か居るのか?」

「日本にも居るようですね? あちらは『聖典トライテン』に取って代わりたいと追い掛けているようですが」

「じゃ、あんたは?」

「私は造物主が外部の情報を得るための端末であると同時に、自由に生きなさいと申しつかっています。ですから造物主や、それに類する者達のように人を害する事はありません。そして自由に生きよというこれは、『聖典トライテン』の願いでもありました」

「つまり迷宮の奥の、『聖典トライテン』の願いって事か?」

「そうです。彼女が願うとそういう事象が起きるので、彼女自身は願いを封印しています」

 

 どういう意味だ? 

 

「そいつは願望器か?」

「その側面もありますね。だから願えないよう迷宮の奥で封印されているのです。それでも願いが漏れて」

 

 漏れる……。ああ、それだけ強力な礼装なんだ。

 

「それが日本の?」

「はい。『聖典トライテン』はごく普通に生活がしたかった。そして家族が欲しかっただけです」

「それが日本の『聖典トライテン』と『偽典ミラビリス』か」

「はい。あちらの『聖典トライテン』は、ごく普通の日本の高校生に偽装されています」

「では『偽典ミラビリス』は本来妹か何かの役だった?」

「だと思われます。ですが『偽典』というのが解せません。もしや……?」

「ロレンツ・トレンデルか。あいつが何かした可能性があるな」

「ええ……。ですが、そちらは『聖典トライテン』がどうにかします。本体と同じ能力なら何ら問題ありません」

「そうなのか? 何となく見えて来たが、その強力な能力があって封印されているんだな? それに勝手に増える礼装なんて困りものだろうしな」

「そういう事です」

「そしてそういう増殖能力を持たないお前さんが後から造られたって事か?」

「はい」

「端末としてのあんたは何人くらい居るんだ?」

「別人格を与えられた『ミラビリス』は、私の知る限り四つあります。つまり私を含めて五つです」

「そうか、済まないな。話したくなかったろうに。だがここが重要だ。偽装された『聖典トライテン』と、それを追いかける『偽典ミラビリス』が日本に居るのは私も知っている。だけど、こいつらはあんた達端末とは関係ない。だろう?」

「そうです。私達が産まれた時の願いとは異なります。迷宮の奥に睡る『聖典トライテン』は、私達の目や耳や鼻から外を学んでいます。私達の生活や行動から人の世を学び成長しているのです。そうして精神を豊かにする事。それが造物主の願いであり、私達の存在意義です」

 

 なるほど。話し方がややこしいけれど、マルガリータさん達はその『聖典トライテン』の成長を促すために、造物主が『聖典トライテン』を使って生み出した存在なんだ。そして日本に居る方の『聖典トライテン』は、封印された『聖典トライテン』の、漏れ出た願いの産物なのだろう。

 またその産物にはもう一つあって、それが姉妹となる筈だった『ミラビリス』。けれどそれはロレンツ・トレンデルとかいう奴の手に落ちて、良いように利用されていると。けれどその問題は日本に居る『聖典トライテン』が解決するだろうという事ね。

 となると私達ができる事と言えば、目の前のマルガリータさんを安全な場所へ逃す事だ。

 

「わかった。逃亡の手引きで良いのか?」

「はい。そしてできましたら勉学のために、今後もルヴィアさんとご一緒できたらと」

 

 ルヴィアはそれを二つ返事で承諾した。考えるまでもなく、エルヴァが同居しているのだから。あそこほど安全な場所は無いだろう。そうして彼女を日本に連れ帰る事となった。

 見せて頂いた礼装は見事なもので3千年以上も前の呪体を組み合わせた魔力炉心三点と、原始電池一点だった。魔力炉心の内の一点はナチの流れだが、それ以外は新規のものであちらのルヴィアのリストにも乗っていない。

 これら四点が彼女を守る対価として私達のものとなった。中でも魔力炉心が素晴らしい。アーチャーを支えてもお釣りが来るだけの魔力を瞬時に発生するのだ。

 宝石剣と併用すれば余裕で英霊を支えられる。これは凄い。今後はハサンにも大きく魔力を回せるので、彼以外のハサンも借りられる目処が立った。

 善は急げで私達は男達を再度雁字搦めに縛って、ロープに強化を掛けた。これで一週間は抜けられないだろう。そして必要な荷物を纏め、マルガリータさんを乗せてハサンを拾いモスクワに取って返した。

 炉心を起動すると疲れが取れる。ノヴォシビルスクまで飛行機で飛んだのは翌日のお昼だった。

 

 

『新しいシベリアの街』という意味の、ノヴォシビルスクに降り立った私達は、今度こそホテルを目指した。空港からはタクシーだったけど、窓の外の街並みは思ったより綺麗だ。到着した建物もかなり新しい。良いホテルだ。

 

「良過ぎない?」

「辺鄙な上に急成長が逆に作用したというか。これで最低ランクに近いんだよ」

 

 日本円にして一泊3千円くらいだとか。どうみても三ツ星ランクなのに。そんな事ってあるのねぇ。

 驚きつつドアマンに荷物を預け、ロビーに進む私達。そこでいきなり声を掛けられた。

 

「ナタリア? ナタリアじゃないか!」

 

 えっと振り向いた先に立つのは、セミロングの茶髪を後ろに撫で付けた、厳つい顔の男だった。サングラスで隠れた目元には大きな傷跡があった。

 

「おお! シシゴー。シシゴーカイリか。奇遇だな?」

「ああ、仕事でな。そっちもか?」

「ああ、こちらのお嬢さん方の……」

 

 ナタリアさんと男性が話している途中で私を呼ぶ声が聞こえた。

 

『リンさん! リンさん!』

 

 ドイツ語だ。振り向いたら胸元までしか背の高さがない少女が、人好きのする笑顔を振り撒いていた。

 

『イリヤ……? じゃなくて、エルヴァね?』

『はい、エルヴァです。お元気でしたか?』

『勿論よ』

 

 あの倫敦で知り合い、スイスもご一緒したイリヤ達の妹のエルヴァだった。

 何でロシアのこんなところで。そこで私達はチェックインを済ますと荷物をポーターに頼み、ラウンジで話をした。

 男性の名は獅子劫界離。ネクロマンサーであり一流のハンターだった。ナタリアさんがルヴィアに教えていたハンターの一人だ。あのモードレッドを召喚する触媒を手に入れ、エルヴァに売った人物でもある。

 そしてルヴィアのお父様とも知り合いらしい。

 

『モードレッドは?』

『街を見に行くと出ています』

『相変わらず勝手気ままに?』

『いえ、来月日本に行くので気持ちが落ち着かないのだと。私も同じですけど』

『なるほど。こんなところに居るのは、お仕事?』

『はい、お祖父様からの言いつけで。獅子劫さんを付けるから、夏休みを利用して日本に行く前に一人で纏めて来いと言われました。お姉様と会われてから、お祖父様も変わりました。前より厳しいです』

『あらあら』

 

 けど、いよいよビジネス・デビューなんだ。マアエモさんが居ないところからもそれが察せられる。

 

『そちらの方はエーデルフェルトさんですよね? もしかして仕事が被りますか?』

『いえ。獅子劫さんとナタリアさんで詰めたところ取引相手は同じですが、品が違いますわね』

 

 ああ、こっちと同じで何かの買い取りか。

 ルヴィアはエルヴァと面識こそ無かったが、これまでの経緯は全て話してあったので、笑顔で握手を交わしていた。

 

『あ~、良かった。それで、そちらの方はもしかして『聖典トライテン』ですか?』

『いいえ、私は『ミラビリス』ですよ。可愛いレディー』

『ああ、『ミラビリス』。お名前はなんと仰るのですか?』

『マルガリータ・ミハリョフです』

『マルガリータさん。この方々は信用できますから大丈夫ですよ』

『フフ……』

 

 ある程度事情を知っているのか。こういうところがアインツベルンなのだろう。そして相手が礼装であっても礼儀を忘れないところも。

 

『それでそちらの英霊はアサシンさんですよね? 倫敦で……』

 

 ハサンは少し困った顔をした。

 

「すまんが、この子の話す言葉がわからない」

 

 ああ、ドイツ語の知識がないんだ。

 

「エルヴァ、英語に切り替えてあげて」

「ああ、失礼しました。先程のは、アサシンさんですかとお聞きしたのです」

「うむ、その通りだ。しかし、私達は倫敦で出会った者とは別の存在だ」

「そうでしたか。ですが、今は私のお姉ちゃん達をお守りに?」

「そうだ。仲間が日本でそれを行っている。今回の私はルヴィア殿やリン殿の護衛だ」

「なるほど、わかりました。よろしくお願いします」

 

 そういってペコリと頭を下げたエルヴァに、ハサンは感心していた。エルヴァ殿だなぁと。

 そこへドアを壊さんばかりに、チューブトップにデニムのホットパンツを身に纏ったラフなセイバーが飛び込んで来た。

 

『エルヴァ、呼べよ?』

『散歩のお邪魔だと悪いですから』

『そんな事ねえって。えっと、リンと誰だ?』

 

 そこで私達はもう一度自己紹介を英語で行い、近況報告をした。

 

「そっか、元気そうで良かった。そっちのエルヴァやチビ達は?」

「元気よ。あなた達にここで会ったと知れば羨ましがるわね」

「え?」

「自信持ちなさい、エルヴァ。二人のお姉ちゃんはあなたの事をとっても大切に考えているわ」

 

 はにかむ少女。

 けれど、その後の美遊の世界での戦いや、闇の組織との戦いを話すとかなり怒っていた。主にモードレッドが。

 

「喚べよ、お前は! どこでも行くっつうの。なぁ、エルヴァ?」

「うん。お姉ちゃん達は無事だったんですか?」

 

 ちょっと怒った顔が可愛い。

 

「うん、そこは。その代りと言ってはなんだけど、エルヴァが一時危なかったわ。けれど、今は大丈夫よ」

「お姉様……。無茶をされたのでしょう?」

 

 途端に心配した顔に変わる。師匠が気に入っていたはずだ。

 

「結局、あなたと同じよ。わかるでしょう? モードレッドもエルヴァも」

「そうだな……」

「そうですね……」

 

 ちょっとしたカマかけだったけれど、これがわかるって事はこの子も色々やったみたいね。見た目の印象と違って、内面的に変わった気がする。

 そして、モードレッドも。以前より柔らかくなったと思う。振り回されるのに慣れたような……いや、期待している? そんな感じがする。

 逆にエルヴァは逞しくなった気がする。本当に良いコンビだわ、この二人は。

 

 夕方の取引は意外とあっさりだった。こちらの品は少し変わった礼装だけど、補助礼装なので単品では二束三文だった。取引金額も日本円にして百万程度のもの。

 それでもここまでやって来たのは、何を補助するものかもわかっているし、大本は既にルヴィアが手に入れていたからだ。組み合わせてセットで売れば十数倍の値段で売れる品だったのだ。

 一方、エルヴァは私達とは1時間違いでアポを取っていたが、交渉がかなり難航したようだ。再会を祝してレストランを予約していたのだが、現れたのは約束の時間より1時間近く後だった。

 

「どうしたの?」

「少し話が長引きました。物が破損した宝具だったのです」

「宝具?」

「ああ、間違い無しに宝具だ。けど、修復しても現代の誰が使えるんだって代物だ」

 

 私の疑問に獅子劫さんが答えた。

 現代まで残る宝具か。担い手はとっくに伝説だし、直しても誰も使えない……使えない? 

 

「真名開放できないって事?」

「その通り。それに真名開放するような物でもない。なのに嬢ちゃんが引かないのさ」

「どうして?」

「カンですが、エルヴァお姉様なら使える気がします」

 

 それは私も一瞬頭によぎった。けれど……。

 

「物は何だったの?」

「弓です」

 

 それでか! でも壊れていたら……。

 

「差し支えなければ聞かせて。幾らだったの?」

「1億2千万ルーブルです」

「日本円で2億以上か。思い切ったわね?」

「ええ」

「けど、獅子劫のオッサンには悪いが、オレはエルヴァの勘が当たっていると思うぜ?」

「お前の直感ってのは信じられるのか?」

「任せとけって」

 

 そこで私がモードレッドの親である、セイバーの直感に付いて話した。

 

「なるほどな。デタラメな自信じゃなかったのか」

「ったりメェだろう」

「それでその弓は誰のでしたの?」

「ヴァシリーサ・ミクリシナだ。正真正銘、彼女が使っていた弓だ」

 

 誰だそれ? 

 私だけでなくルヴィアも首を捻った。聞けばとても面白い話だった。

 ロシアは雑多な民族の集合体だ。その中でもスラヴ民族はロシアのみならず東欧にも大勢いる。そして長い歴史の中で彼らだけの伝承や神話が存在した。

 そんな伝承の中に『ブィリーナ』という英雄叙事詩があった。その一遍『ヴォリガ・スヴャトスラヴァヴィチとミクラ・セリャニノヴィチ』に出てくる、農夫でもあった英雄がミクラ・セリャニノヴィチだ。

 そのミクラ・セリャニノヴィチには娘が二人おり、長女の名はヴァシリーサ・ミクリシナ。次女の名はナスタシヤ・ミクリシナというそうだ。どちらも腕が立ち、男性を次々と打ち倒す女傑で大変美人だったという。その長女のヴァシリーサが使っていたとされる弓が、今回エルヴァが買い取った品だったのだ。

 その弓は破損している。だけど修復は可能らしい。骨董品でなく宝具であると鑑定したのは獅子劫さんだが、誰も使えないと彼は断定していた。だから修復は無駄だし、買い取りは損だ、取引を中止しろとアドヴァイスしていたそうだ。

 だけど、日本に居るエルヴァなら使いこなせると少女は信じていた。何よりモードレッドが直感でエルヴァなら使えると感じ取っていた。その意見の摺り合わせで時間を取ったのだという。

 

「なぁ、その日本に居る子ってそんなに凄いのか?」

「凄ぇぜ、あいつは。宝具を発動して迫って来る戦車の御者を射抜くんだから。それも喉だぜ? トリスタンより巧いぞ」

 

 獅子劫さんとモードレッドの会話だけど、もの凄い高評価だ。だけどモードレッドって一度仲間になったら、相手を絶対に信頼する懐の深さがあると思う。

 

「それって凄いのか?」

「当たりめぇだろうが。迫るって事は速度を倍以上に感じるんだぜ? 幾らオレや父上達が居たとしても、あの場でああいう矢は余程肝が座ってなければ放てるもんじゃない。ライフルで目に中てていたあいつも凄いが、弓であれができるのかって驚いたぜ」

「そうか、戦士のお前さんが感じるものがあるって事だな?」

「そうさ。あいつが外すなら仕方ないなって思える、そういう弓を引ける奴なんだ。父上にはトリスタンが居た。オレやエルヴァにはあいつが居る。なぁ、エルヴァ?」

「はい。私もお姉様の矢やモードレッドの剣のように迷いなく生きたいです」

「嬉しい事を言ってくれるマスターだな?」

「だろう? こいつは良い奴なんだよ。その分、こっちは責任重大なんだけどな」

 

 口ではあんな事を言ってるけど、爽やかなとても良い笑顔だ。エルヴァも一緒になって笑っている。

 楽しい食事を終えた私達は、遅くまでホテルの部屋で話し込んだ。というかモードレッドに押し付けられた。あいつ、ナタリアさんや獅子劫さんと飲みに出ちゃったのだ。

 だからエルヴァに寝間着を持ってこさせ、交代でお風呂に入り、楽しく過ごした。話し疲れた後、私はエルヴァと一緒にベッドで眠った。

「ママ……」って寝言で抱きしめられたら、母性本能溢れまくりだ。暗い中で押し殺したルヴィアの苦笑が聞こえた。

 

「で、あんたはなんで朝まで飲んでるのよ!?」

「すまん……。ホテルが閉まってしまって。受肉したから霊体化もできねぇし」

「だから帰ろうぜって言ってるのに、もう一軒とかお前は……」

「本当にスマン。けどよ、オッサンと呑む酒がやたら美味いんだよ」

「つまり気に入っちゃったと?」

「ああ、エルヴァと違う意味でな。何て言うんだ? チビどもの父親、あの感覚に近い」

 

 私とルヴィアはハッとした。思わずエルヴァを見たら、小さく頷いてくれた。きっと並行世界での獅子劫さんは、モードレッドのマスターなんだ。どういう聖杯戦争なのか。少し気になったけれど、ここで答えは得られないだろう。

 帰ってからエルヴァに聞いてみるか。

 

「さすがの私も頭が痛いぞ。浴びるほどウォッカを呑んだのは久しぶりだ」

「すまねぇ、悪かったよ……」

 

 少し青い顔のナタリアさんが苦情を言った。どうやらモードレッドは衛宮の小父様の事を根掘り葉掘り尋ねたようだ。

 

「飛行機に乗れますの?」

「ああ、サンクトペテルブルクまでは耐えるさ」

 

 そうして私達はノヴォシビルスクの空港で別れた。エルヴァ達はモスクワ経由でチューリッヒに帰る。別れ際、エルヴァは私達一人一人にハグしてくれ、私にドイツ語でこう囁いた。

 

『一緒に眠ってくれてありがとう。お姉ちゃん達によろしく伝えて下さい』

 

 師匠が持って帰りたいと話していた意味が心底わかった。この日本人の私が自分から彼女を抱き返し、腰をかがめ頬にキスしてしまったのだ。

 ルヴィアはそれをとても優しい顔で見守ってくれた。

 

 

 私達はノヴォシビルスクからサンクトペテルブルクへ飛び、そこからクルマでヘルシンキに入った。

 ルヴィアのお父様が経営する会社の人がサンクトペテルブルクで待っていてくれ、ヘルシンキまで送ってくれたのだ。ナタリアさんともここでお別れだ。彼女は律儀にもヘルシンキの空港まで付き添ってくれた。

 

「いや、ここからスイスに帰る方がサンクトペテルブルクからより楽なんでな」

「あちらと一緒にお帰りになられれば」

「こらこら、そちらの安全を見届けてからだろ」

 

 笑い合いながら固い握手を交わしてナタリアさんと別れ、私とルヴィアとハサンにマルガリータさんの四人は、日本行きの飛行機で飛び立ったのだった。




この人物がここで出るのかって感じですよね?
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