※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第二部 並行世界篇   作:炭団

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44、それぞれの召喚

 17日の深夜。屋根の上で見張っていると、衛宮邸で膨大な魔力を感知した。エルヴァの話通りならセイバーの召喚だろう。私はどうやら来る世界を間違えたらしい。だが、まだわからん……。希望はあるはずだ……。

 

「とうとう召喚されましたね?」

「セイバー……。君まで登ってくる事はないだろうに?」

「夜風にあたりたかったもので」

「そうか。君は……君はあの召喚に何も思わんのかね?」

「思うところはありますよ。ですが、私の分霊なのか、私以外の誰かの分霊なのか。そこは不明です。ただ、あの姉弟を護り切って欲しいとだけ」

「そうか。君は迷いを振り切ったのだな?」

 

 墓穴の質問だが、彼女はエルヴァの従者だ。察してくれるだろう。

 

「ええ。もし迷っている私が来たのなら、エルをお手伝いできるかも知れませんね」

 

 本当に迷いを振り切っている。

 

「何故、君は振り切れたのだ?」

「簡単な事です。求めずとも全部揃っていた。それをもう一度欲したのは、私だけの感傷でした。第四次聖杯戦争に1回。第五次聖杯戦争に3回……」

「さ、3回!? それは迷ってか?!」

「いいえ。最初の第五次で彼が気付かせてくれた。その思いを胸に、どこかの彼を救けてあげたいと。この直感は当たっていましたね。参加した場合の彼が、道半ばで斃れる確率は5分の4だそうですよ? ま、ここはイリヤが居ますし、先にキャスターを得ていたのもさすがです。ならば大きな問題は無いでしょう」

「そうか、そこまで……。む!?」

「あの方角はマキリの家ですね」

「誰だかわかるかね?」

「仮のマスターは記憶にありません。サーヴァントはライダーでしょうか?」

 

 ライダーの真のマスターは桜だったと教えられた。生前は終ぞ知らなかった。まさか遠坂の妹だったとは。

 しかし、現マスターである凛の妹は北欧へ養子に出ていると聞いた。となるとマスターは別人だ。触媒が同じなら、あのペガサスに乗った女性サーヴァントだろう。しかし異なる可能性もある。

 

「いや、何故ライダーだとわかる?」

「わかりません。経験則ですが、当てずっぽうですよ。ですが、マキリの老体は賢しい。聖杯戦争のような限られた地域での局地戦となれば」

「うん? 重要なのは機動力だと?」

「ええ。そして歴代のライダーには、その機動力でマスターを護り切ったサーヴァントが目立ちます。また、得てしてライダーは宝具持ちが多いですね」

「なるほど。対魔力も三騎士に次いで多いのだったか」

「そうです。ですから、マスターの魔力が持つならば」

「そう悪い選択ではない訳だ。しかし、そこでセイバーとは言わんのだな?」

「フフ……。私は騎士の王であり、剣士ではありません。槍も騎乗も得意ですよ? そして王国を率いる戦略も」

「フッ……。そうだな戦況は刻一刻と変化する。それに対応できてこそだものな?」

「そういう事です」

 

 セイバーのクラスが最優なのでは無い。彼女が入るから最優なのだと素直に思えた。私のアルトリアとは違うようだが、彼女の言葉は潔く耳に心地良い。

 

「つかぬ事を尋ねるが、あの男性は誰だ?」

「かの湖の騎士、ランスロット卿ですね」

「何故? 君達はサーヴァントでは無かろう?」

「フフ……本人に訊ねてみて下さい。あなたになら話してくれると思いますよ?」

「そうなのか?」

 

 そうして彼女は微笑みながら屋根から降りた。

 翌1月18日から23日は特に何もなかった。強いて言うなら、セイバーやランスロット卿とよく話すようになった事だろう。

 同じようにマスターも試験官達と打ち解け、かなり親しくなったようだ。

 

 翌24日、ランサーが召喚された。魔力の高まりを確認するまでもなく、マスターや試験官達が放った使い魔でも確認された。

 25日の日曜日、いや日付けは26日になった深夜だ。円蔵山の辺りで魔力の高まりを感じた。召喚だろうか? 

 そして26日早朝。エルヴァが何かを持って朝帰りした。

 

「それは何だ?」

「言峰神父の腕です」

 

 包みを開けて見せてくれたのは、令呪がびっしりと入った男性の腕だった。

 

「バゼットを襲おうとしたところをバッサリと。アキレス腱を切り、魂の改竄を行いました」

 

 何が何だか意味不明だが、ともかくランサーのマスターを助けて来たらしい。

 そして26日の夜から、凛は私を伴い街に出るようになった。

 

「凛、いよいよか?」

「ええ。全騎、揃ったみたい。だから今夜からが本番よ」

「先に説得か?」

「一応ね。けれど、戦いは避けられないと思う。救いはイリヤ先輩の陣営かな?」

「今更だが、その先入観は棄てた方が良い。信じる事も大切だが、疑う気持ちも大切だ。態度に出さねば問題ない」

「そうね。アーチャー? あなた、魔術師みたいな考え方をするのね?」

 

 む。この少女はやはり鋭い。

 

 

 

 25日の深夜、使い魔が反応した。直ぐ様私は転身して転移した。馴染んだ干将莫耶を手に、後ろ手で黒鍵を握っている男の意識を奪って腕を切り落とした。

 

「手前ぇは誰だ!?」

 

 家屋の奥から男性の声が響く。それを制するスーツを纏った赤髪の女性。私は昏倒させた男性に、止血と魂の改竄を行い女性と話すために家屋へ入った。血管を繋ぎ替えたり、縫合したりは、後で教会の医者が行うだろう。

 

「気を付けろバゼット。こいつ、人間なのに英霊並みの存在感だ」

「ランサー、控えなさい。彼女はこの地のセカンド・オーナーの客人で聖杯戦争とは関係ない」

「けどよ」

「ええ、あなたの疑問と懸念はもっともです。ですが監督者である神父の襲撃を知らせてくれたのは、セカンド・オーナーであり、そのセカンド・オーナーに助言したのは彼女なのです」

「そうかい。なぁ、嬢ちゃん。あんた、敵か?」

「敵でも味方でもありません。セカンド・オーナーである遠坂凛は、今回の聖杯戦争を通じて師匠から審査を受けます。その審査をする試験官を警護する事と、聖杯の汚染が明確な今、全騎マスターを守護し、この期間を無事終えるよう促すのが私の役目です。勿論、喚び出されたあなた方にも望みはあるでしょう。ですから見返りはある程度応じますよ」

「なら、一丁、後で良いから相手してくれや」

「バゼットさん。妖精郷の守護者が、ここまで好戦的になる点が聖杯の汚染な訳ですよ」

「まったくですね」

「チッ、どういうこった?」

「まぁ、このまま行けば、お望み通り最強の相手が現れます。それを楽しみにしていて下さい。次の客人が来ましたね」

 

 そこで私は転移した。客はイリヤスフィールさんとキャスターだろう。首尾よく同盟を組めれば良いが。

 ここでの不確定要素はライダーだ。メドューサだろうか。間桐マコト、何者だろう? そしてアインツベルンのマスターは十中八九、この世界に於ける私ではない。イリヤスフィールさんの別の妹だ……。

 

 

 1月26日、月曜日。衛宮邸の朝。

 

「士郎、お代わり~」

「ほいよ。どのくらい盛ろう?」

「あ~。4杯目だから普通で」

「了解。こんくらいか?」

「もうちょっと盛ってよ~」

「それだとほとんど最初と同じ大盛りだぞ。よくどんぶりでここまで食えるもんだな?」

「朝は大事なのよ」

「その意見にだけは賛成だけどな」

 

 食事を慌ただしく摂る女性が風のように出て行った後、私は居間にセイバーを伴って向かった。食卓には私達の分の料理が並んでいる。学び舎に通うために指定された服装に着替え終え、もう出なければならないのに急いで用意してくれたのだ。

 これが毎朝だ。お昼の分は作り置きしてあり、夜の分も朝と同じように用意してくれる。何とも言えない子供達だ。

 出会ったばかりの頃の私は、かなりギスギスしていたと思うのだけど、マスターのイリヤスフィールはただ黙って、私の手を握り話を聞いてくれた。あの日から何日経ったろう。彼女はしっかりした妹か娘のようだ。

 私には聖杯に対して願いは無かった。あるにはあるが、それは世界の禁忌に触れる。コルキスのあの日々は戻らない。けれどイリヤスフィールや弟のシロウとの日々は、あの楽しかった頃を思い出させる。

 何よりマスターとなってくれたイリヤスフィールが良い。私の話に涙を流し真剣に怒ってくれたのだ。

 そしてどこまでも甲斐甲斐しく、学園から帰れば毎日決めた場所を掃除し、勉学を済ませ、お風呂を沸かし、料理を作る。そしてそれをさり気なくフォーローしたり、にこやかに手伝ったり、あるいは交代したりする弟。

 この子が姉のイリヤスフィールに文句を付けるところを見た覚えが無い。なんて健気な姉弟だろう。それを見ていると胸に残るもやもやした気分が消えて行く。そうだ、私はこの生活が気に入っているのだ。

 

「おまたせ」

「それは構いませんが、シロウ。一般人の立ち入りは危険ですよ?」

 

 時期が時期だ。セイバーの言葉は正しい。

 

「そうだけどさ。覚悟はしていても、いつもの人が居ないと調子が出ないと言うか。それに朝から襲って来たりしないだろう?」

「今晩、藤村先生に暗示を掛けるわ」

「姉貴!」

 

 珍しい。この坊やがこんな風に声を出すなんて。でも坊や、お姉さんが正しいのよ? 

 

「朝も昼も関係ないの。誘拐される可能性を考えなさい。『人質の命と引き換えに令呪でセイバーに自害を命じろ。何ならこちらがもう襲わないとセルフギアス・スクロールで君達の安全を保証しよう』なんて言われて。そして令呪を使った瞬間に、相手の協力者から銃で撃たれて士郎は死ぬのよ」

「そんなあくどい奴が居るのか!?」

「厳密には居た、と過去形だけれど。ね、セイバー?」

「イリヤスフィール……あなたも人が悪い」

「いいえ。そいつはそこまでしても聖杯を欲していたの。そしてこの儀式は、そういう殺し殺される覚悟を持った者が参加するのよ。士郎、敵は高校生の私達のレベルに合わせてくれないの。その遙か先を、信じられない方法で取って来るわ。いい加減、目を覚ましなさい。長い人生の中でたかだか2週間から3週間の事よ? 先生を遠ざける理由はインフルエンザでも何でも良いの。一般人に被害者を出さず、聖杯の出現を食い止める。そう決めたのでしょう? あなたのは河原へケンカしに行くと決めた子供の覚悟にしか聞こえない。家の人や周りの人の事を何も考えていない。藤村先生を家族と言ったのはあなただわ。なら安全を確保してあげなさい。士郎、後々の処理まで考えた、責任ある覚悟を持たないと」

「イリヤスフィール……」

「いや、いいセイバー。姉貴が正しい。俺が甘かった。そうだよな、2~3週間の事だよな。それさえ乗り切れば」

「そうそう。父が死んで途方に暮れる私達を優しく励ましてくれた人よ。私にとっても大切な姉なの。だから何としても守ってあげないと」

「だな。じゃ、藤姉ぇの暗示は任せて良いか?」

「ええ。きちんとやってあげるわ」

「頼む。じゃ、行こうか」

「ええ。学園もいつまで通えるかしらね」

 

 そうしてマスター達姉弟は、自分達で作ったお弁当を持って学び舎に向かった。

 

「キャスター、良いのでしょうか?」

「ここまで事情を知るマスターでも甘いと思うでしょう? 本当の意味での安全確保なら、魔術師達がこの街に入る今月上旬から遠ざけるべきだったのよ。そして関係性を知られないようにする。そうすれば私みたいな相手でもない限り、確実にその女性を護れる事でしょう。でもね、そんな事はマスターもわかっているのよ。それでも、こんなリスクを犯してでも、坊やには一人前に成長して欲しいのよ。中々10代の子ができる決断じゃないわ。それにセイバー。今のところ、どこからもノーマークなのよ。明日以降は不明だけど」

「ハァ……。そうでしたか。しかし、返す返すも驚きでした。彼女がキリツグの娘だったとは」

「そうね、あなたの前のマスターの娘さんね。最初、あなた全然気付かなかったでしょう?」

「ええ。アイリスフィールに似たホムンクルスだとばかり……」

「フフ……笑って許してくれたマスターに感謝なさい。けれど、よく殺伐としないで真っ直ぐ育ったなと感心するわ。母親の教えが良かったのね」

「ですね。アイリスフィールは素晴らしい人でした」

「セイバー?」

 

 私は言わねばならぬ事を、彼女の目を見詰めながら話した。既に聖杯が汚染されている事はマスターが話していた。かなり落胆していたけれど、それでも彼女は真っ直ぐ前を見た。

 見た目は少女だけど、やはり騎士の王ね。だからこそ、お願いしたかったのだ。

 

「聖杯は諦めて。汚れを抜く方法を探っているけれど、サーヴァントのこの身では時間が足りないわ。虫のいい話だけれど、それでもあの姉弟を一緒に守って欲しいのよ」

「そうですね。そこに異論はありません。私自らが守ってあげたいと思っています」

「ええ、お願いするわね。お代わりは?」

「あ、頂きます」

 

 召喚当初は私の存在を疑っていたセイバーだったが、今はこうして普通の会話ができる仲になった。この少女は元来さっぱりした性格なのだろう。

 陣地を作成するしか能のない私と違って、きっと彼女ならマスター達姉弟を護ってくれるはずだ。

 問題はアサシンだわ。何者かがアサシンを召喚している。けれどマスターが驚いていたのは最初だけで、今はアサシンを放置しろと話していた。となると召喚者は遠坂の誰か。それを使い魔か何かで知ったのだろう。

 私は試験官補佐と言っていた、マスターそっくりなあの二人を思い浮かべていた。正しい情報を得るためなら、そういうサーヴァントにアサシンは打って付けだ。何となくだけど、あの子達こそが監督役のような気がして来た。

 

 

 子供の頃は『お姉ちゃん』だった。それが中学生くらいから『姉貴』に変わった。勿論、人と話す時は『姉』や『姉さん』だし、二人きりの時は『イリヤ』と愛称で呼ぶ時もある。

 もう姉弟となって10年になる。弟の俺が言うのはなんだが、ドイツ系のハーフで愛嬌のある美人だ。少々背が低いのが玉に瑕だが、本人は父親の血のせいで変な顔だ、童顔過ぎると言っている。

 その理由は写真も残っていない死んだお袋さんが、すごく大人っぽい美人だったからだ。だから姉貴は童顔なのがコンプレックスらしい。そしてそんなお袋さんと同じ色の髪だと自慢する。確かに綺麗な髪だ。

 それはともかく、部活の後輩には厳しさの中に優しさがあり、何事に対してもストイックなのに終われば笑顔が眩しい親しみやすい先輩として知られている。そして部活の中だけでなく、他の1~2年生からも人気がある。

 おまけに子供の頃から俺と家事を分担していただけあって、家事や炊事はバッチリだし、財布の紐も固いしっかり者だ。学園では俺達の学年の遠坂と並ぶ人気者が姉だった。

 成績はどうなんだろう? ミス・パーフェクトと呼ばれる遠坂には及ばないのかな? けど、大学受験は問題ないと話していたから、頭は良いと思う。英語もドイツ語もペラペラだしな。

 先週あったセンター試験でも手応えバッチリと話していたから、きっと大丈夫なのだろう。心配は要らないと思う。それと子供の頃は不器用だったのに、今は俺と変わらないくらい料理上手だ。料理は錬金術と同じだとは姉貴の論だった。

 姉貴は魔術師であり錬金術師だ。魔術師見習いの俺の師匠でもある。親父にせがんだ俺を姉貴がそれならと弟子にしてくれたんだ。赤く焼けた……赤一色の世界で俺は親父に救けられた。だから親父は俺のヒーローだった。

 けれど、姉貴は『火付盗賊に憧れて、士郎も火付盗賊になるの? あの火を着けたのが切嗣なのに』とそういった。当然、どういう事だと俺は詰め寄った。そして知った聖杯戦争という理不尽な儀式。

『私はそれを止めたい。失くしたい。母を奪ったあの儀式を』。姉貴はそんな事をずっと考えていたんだ。だからこの街を守ろう。儀式を失くそう。終わらせよう。それが俺と姉貴の願いとなった。

 

 下足室で職員室に用事があるらしい姉貴と別れたら、遠坂とパッタリあった。彼女も魔術師だ。そしてこの冬木のセカンド・オーナーでもあった。

 魔術協会の事とかはあまり知らないが、親父の頃から幾ばくかのお金を遠坂に支払っていたらしい。中学生くらいの頃は何でだよと思ったものだが、今は魔術師なら当然の事だと理解している。

 

「おはよう、衛宮君」

「おはよう、遠坂」

「喚べた?」

「ああ、予定通りだ」

「そ。良かった。全騎揃ったみたいだから、いよいよ始まるわ。悪いわね?」

「いや、気にすんな。サーヴァントも元は人だ。それぞれに感情があって考えもあるだろう。意向を汲むのは仕方ないさ」

「そうね。イリヤ先輩によろしく言っといて」

「ああ」

 

 3年の教室は2階。2年は3階。1年は4階だ。どこでもそうだと思うけど、時々3年が4階という学校もあるらしい。そして姉貴は3年A組で俺は2年C組だった。遠坂は2年A組だ。そうして俺達はそれぞれの教室に別れた。

 階段の右端に魔力残滓が視えた。先に上がった遠坂の残滓だ。振り向けば2階までは姉貴の残滓も残っているだろう。だけどそれだけじゃない。

 姉貴が今朝、俺を叱ったもう一つの理由。家の中だから、学校だから、こういう安心感が落とし穴なんだ。そして遠坂のとは少し違う、けど遠坂らしい魔力を感じさせる残滓がもう一本あった。

 あいつは学校にもサーヴァントを連れて来ている。それが当たり前なんだよな。

 

 この世には英霊と呼ばれる存在と言うか現象がある。英雄と讃えられた人が、その信仰を得て、輪廻の輪から外れて死後英霊となるのだ。

 冬木の聖杯戦争は、その英霊の分霊、つまりコピーをクラスという枠に嵌まるよう矮小化させて召喚し、七騎全部を生贄に根源への道を拓くという最悪な儀式だった。

 それを相争って見事勝ち残れば、万能の願望器が手に入ると喧伝されて。そして親父はそれを信じてしまった。それで姉貴のお袋さんを犠牲にした。自分の欲望のために。

 願うことは美しいさ。誰も泣くことのない世界。良いと思う。けれど、それは毎日の生活の中で少しずつ変えていくものだ。どうして親父はそれを、それだけを目的にして生きて来れたんだ? 異常だろう? 

 けれど姉貴に聞いた親父の生い立ち……。それは余りにも特殊で悲惨だった。焼け出された俺と変わらない。すがるしか無かったのだと思う。けれど俺にはすがれる人が現れた。それが姉貴であり、親父だった。

 俺自身の本当の両親は憶えていないけれど、姉貴が居て、親父が居て、藤姉ぇが居てくれた。もう親父は死んだけど、それが俺の家族だ。だから親父の息子なら後始末を付けなければ。

 

 背中がピリピリする。遠坂のサーヴァントだな? 警戒するのはわかる。けれど殺気が強過ぎるな。

 

「おい、殺気がだだ漏れだぞ? 察知できる奴が居ないとは限らないんだから、公共の場では控えろ」

 

 すると殺気はスッと消えた。随分と好戦的な奴だな。遠坂、大丈夫か? 

 教室に入って挨拶を交わし、いつもの席に着く。周りから他愛のない会話、ありきたりだけど耳に心地良いクラスメイト達が立てる音が届く。誰かが火を入れたストーブの温もりが徐々に教室に広がって行く。

 窓の外は灰色だ。これから2月下旬までが1年で一番寒い。姉貴が藤姉ぇを帰したら、今夜は鍋にしようか。冷蔵庫の中はどうだったっけ……? 

 そんな事をぼんやり考えていたら、担任の藤姉ぇがいつの間にか教壇で出欠を取っていた。そしてこんな事を言った。

 

「皆んなぁ~。最近、街で失踪者が出ているの。遠いところから通っている人も居ると思うから、帰りは十分注意してね。繁華街やゲームセンターに寄り道しちゃダメよ~」

 

 失踪者? 行方不明って事か? 結び付けるのは早計だけど、10年前の事件を思い出させる。サーヴァントの仕業だろうか? 

 気になった俺は2時間目が終わると姉貴の教室を訪ねた。

 

「イリヤ~。弟くんが来てるわよ?」

 

 顔馴染みの先輩が姉貴を喚んでくれた。姉貴は友人にお礼を言ってから、廊下の俺のところに来た。内容が内容なので、階段脇まで誘って話をしてみた。

 

「士郎、手の包帯が外れ掛かってるわ」

「あ……」

「ちゃんと隠さないと」

 

 そう言って、姉貴は包帯を直してくれた。今朝の料理で緩んでいたのか? 

 それはともかく。姉貴は包帯を直しながら、凄い目で俺の背後を睨んでいた。鬱陶しい気配がスーッと消えた。何だろうな、あいつは? 

 

「姉貴、失踪事件って知ってるか?」

「ええ。今月頭に数十人行方不明になったの。それはそれで終わったらしいけれど、昨夜、七~八人消えたらしいわね」

「ちょっと待てよ、そんなに? 新聞にも載ってなかったし、テレビのニュースにもなってないぞ?」

「あのね、士郎。都会だと失踪者は多いのよ。行方不明者も。だから報道が食い付かないの。それと、士郎の心配はもっともよ。冬木というローカルな街に数十人単位は多過ぎる。だから私もそうだと思ってる」

「焦っても仕方ないけど、どうにか止められないか?」

「そうね。何かできるか考えておくわ。ともかく士郎。自分でもわかっていると思うけど、焦っちゃダメよ。お買い物も、彼女らを喚んで一緒にしましょう。あなたも私も、狙われているかも知れないんだから」

「そうだな……。ありがと、話せてよかった。じゃ、放課後に下足室で」

「うん」

 

 さすがは姉貴だ。俺だけだとうっかり一人で買い物へ行っていた。こういう先の先を読む事。それが大事なんだ。

 2-Cの教室へ戻ろうと階段を登ると、遠坂が居た。

 

「衛宮君。お昼休み、屋上に来れない?」

「姉貴は?」

「イリヤ先輩には使い魔で中継するから」

「なるほど。遠坂はパンか?」

「ううん。お弁当。それもあってさ」

「わかった」

 

 遠坂とは表面上素知らぬ顔をしているが、あいつの家で姉貴は遠坂と一緒に師匠から魔術を教わっていた。なので1~2ヶ月に1回の割り合いで遠坂の家に姉貴は通っている。

 その師匠という人が、どういう人なのか俺は全然知らないけれど、姉貴は先生と呼んでいて結構親しいらしい。それもあって、姉貴と遠坂は小学生時代からの友人同士だ。

 校区が違うので、俺と遠坂の接点はほとんど無かったけれど、姉貴の友人だというのはいつ頃からか知っていた。だから学園の入学式で出会った時は少々驚いたものだ。

 

「ん? 遠坂が弁当? 珍しいな」

 

 いや、弁当くらいはあいつなら作れるだろう。だけどあいつは一人暮らしだ。品行方正・成績優秀・文武両道。こんなの普通はできるものじゃない。どれだけ影で努力をしているか。

 魔術の事を知ってからは、姉貴の指摘もあって遠坂の凄さを改めて知ったんだ。家に帰り、勉強して、お風呂や食事の用意をして。休日なら天候と相談して、洗濯に掃除に布団を干したりも。そんなこんなを終えてから、工房に籠もるのだ。

 姉貴と家事を手分けしていて、俺もやっているからわかる。あいつは本当に凄い。だからこそ、昼食をパンで済ますのはあいつの唯一の息抜きなんだと直ぐに気付いた。それが今日は弁当持参だって? 何があった? 

 

 昼休み、弁当を持って誰にも気付かれぬよう屋上への階段を登った。屋上に出るとギロリと赤い男に睨まれた。

 遠坂はまだだ。誰だあいつ? 不思議な格好をしている。気の放ち方が朝からの鬱陶しいヤツと似ているな。たぶん、コイツが遠坂のサーヴァントなんだろうけど。

 

「家から離れた場所へ向かうのに、サーヴァントも連れず。のこのことこうして屋上に一人で来る。死にたいのか?」

 

 これが遠坂以外なら来るものか。あいつだから信用できるんだ。けれどそんな事は言わない。もっと違う言い方をする。

 

「ご忠告、どうも。でも、これが俺達と遠坂との距離なんだ。中立・中庸か。どっちつかず?」

「煩いわ!」

「でもさ、遠坂は一人で頑張ってるだろ? 偉いと思うんだ。2~3週間の事だけど、あいつを支えてやってくれ」

 

 ペコリと頭を下げたら、思いっきり仰け反りやがった。なんでさ? 

 

「お、お前は……何を目指している?」

「5時から始まるトヨエツのタイムセール。今日は豚の細切れが100グラム82円なんだ。それと国内もののシャケの切り身が一切れ76円だ」

「ッ……違うっ! 将来の事だっ!」

 

 ツバが飛んで来たぞ? アツい奴だな。けど、値段を聞いて一瞬目が光ったのを俺は見逃していない。特にシャケに食い付いた。冬場で旬だし、何より国産なのに近年見ない安さだからな。

 

「明日の朝食はシャケだな」

「安いとは思うが、まずは質問に答えろ!」

 

 こういう無駄な会話から、相手の意外な情報が手に入るものなのだ。

 現代のシャケの流通価格なんて聖杯の知識では来ないだろう。コイツ、割り合い最近の英霊だ。それも日本人。間違いない。

 

「将来? 聞いているのは仕事とかか?」

「まぁ、そうだ」

「なら、固くて給料が安定していて、なおかつ人様の役に立つ仕事だな。俺、勉強できないし身体しか資本が無いからなぁ……」

 

 考えながら話しているフリをして、相手の目をそれとなく見ていた。

 

「役立つ仕事とは、何だ?」

「そうだな。消防士はどうかなって考えてるよ。あ、そうだ……消防ってわかるか? 赤いクルマがウ~って」

「それくらいわかる」

 

 火を消す仕事とは敢えて言ってない。けど、サイレンがわかるんだ? へぇ~。

 

「けど、姉貴の結婚式で現場に出ろとか言われたらどうしようって迷ってるんだ。姉貴の花嫁姿を親父が楽しみにしていたんだよ。死ぬ時に『士郎、僕の代わりに絶対に見守ってあげて欲しい』って言われててさ」

「知らん!」

 

 ははぁ~ん、なるほどな。コイツ、対価を求めないタイプだな? 

 

「あんたは? 英霊でも生きてる時は仕事をしてたんだろ? 若い頃、何をしてたのさ?」

「戦場を駆け巡っていた」

 

 戦場かよ。あのな、昔も戦場を回ってた奴なんて居たよ。けど、それは死体漁りだ。金品や鎧に剣などを盗んでいたんだ。普通はそれが真っ先に浮かぶから、戦場を駆け巡ったなんて言い方はしない。

 

「どうしてさ?」

「巻き込まれて悲惨な思いをする人々の助けになろうと」

 

 本当に対価も求めずそんな事を? 家族や恋人とかどうしたんだ? なんだか死んだ親父っぽい。

 

「偉いなぁ。中々できる事じゃないぞ、それ。だから英雄か。カッコいいな? お、遠坂」

「ゴメン、待たしちゃった。これよ、こんなの持たされてさ」

 

 赤い英霊は遠坂の到着で霊体化した。やっぱり、霊体化できないセイバーが変わっているんだな。

 遠坂が抱えていたそれは、オジサンが持っていそうな、真っ黒い保温ランチジャーだった。確かにこれは女の子にはキツいだろう。何よりあの遠坂がと要らぬ噂が立つおそれもある。

 いや、認識阻害の魔術でも使わなければ既に噂だ。遠坂、こういうのを忘れるタイプだからなぁ。

 

「あいつ、何か言ってた?」

「いや、別に。それより、しがない学生に時間は有限だ。場所取りしてくれてたみたいだから、食べながら話そう」

 

 ええ、と返事をしていそいそとビニールシートを広げ、ジャーを開ける遠坂。おお、味噌汁付きだ。良いなぁ。

 

「ホント、堪らないわ」

 

 そして同じく保温水筒から、ほうじ茶をコップに注いでいた。持参して来た紙コップに俺の分まで。ありがたい。

 

「どうぞ、お茶」

「サンキュ。これ、自分で作ったのか? 煮物とか凄いな?」

「わかる? これがまた美味しいのよ。今さ、先生が家に逗留しているの」

 

 姉貴と遠坂の師匠か。

 

「聖杯戦争中に? 危なくないか?」

「それは大丈夫。それでね、先生が仲間というか昔馴染みというか、そういう人達を何人か連れて来ていてね。その中の一人が作ってくれたのよ」

「へぇ~」

 

 かなり料理上手な人だろう。おかずは────大根とこんにゃく、人参、さやいんげんと豚こまの煮物。それと一口サイズの小さな魚の切り身。シャケとサバだろうけど焼き加減が絶妙だ。皮はパリパリ、身はふっくら。

 そしておひたしは、小松菜……じゃないな。しろ菜か!? 俺なら高いから青梗菜(チンゲンサイ)で誤魔化すところだ。それとなめこおろしが入っている。大根おろしはアルミカップに別添えだ。醤油もタレビンで別添え。

 そのカップの脇にれんこんの酢の物。紅白2枚ずつあって花の形に飾り切りしてある。上手いなぁ。赤は梅酢で白は米酢で作った甘酢かな……? う~ん……。ここだけでも凄い。相当料理が好きな人だ。

 肉気は、これまた一口サイズの鶏の照り焼きが3コ入っている。更にだし巻きが3切れにブロッコリーの含め煮かぁ。彩りが良いし、野菜の切り方も煮方もお見事だ。

 ご飯はゴボウやこんにゃくにひじきが入った炊き込みご飯……。う~ん……。良いなぁ、実に美味そうだ。

 

「衛宮君、良かったら照り焼きとだし巻き、一つずつ取って」

「良いのか?」

「ええ」

「それなら遠坂。悪いけど、れんこんの白い方も一切れ貰って良いか?」

「フフ……どうぞ」

 

 それで箸をひっくり返して、馴染んだアルマイトの弁当箱の蓋に一つずつ頂いた。れんこんを一口齧って腰が抜けた。これダシとらっきょう酢だ!? 

 

「遠坂、悪い。赤い方も一つくれ」

「え、ええ」

 

 うむ。梅酢は梅酢だけど、何だこの周りの粉は……。シソの風味が……。

 

「あ~~! これ、ふりかけか?! ゆかりだ!」

 

 だし巻きもウマい。照り焼きは……醤油、砂糖、味醂に酒……塩と胡椒の風味もあるぞ? そもそもこの肉汁は……? 

 片栗粉か? 片栗粉で肉汁を閉じ込めている? あ! 胸肉だからだ。女の子である遠坂の事を考えて、脂の少ない胸肉なのか……。

 

「どう? イリヤ先輩も衛宮君もお料理上手でしょう? どう思った?」

「これは見事だ。一見作れそうに思うところが落とし穴だよ。10年……ってとこかな? ここに到達しようと思えば」

「やっぱり、そこまで差があったか。それを正確に感じ取れる衛宮君も凄いけど」

「いやいや、俺が10年掛けてもさ、その人も10年きっかり無駄にせず過ごすのは目に見えている。絶対に勝てないよ。だって料理がとことん好きな人だってわかるから。間に手を抜くなんて考えられないだろ?」

 

 言ってみれば遠坂と同じタイプなんだ。真面目にコツコツと、でも手は抜かない。これはそんな遠坂を労う弁当だ。作り手の思いが詰まっている。

 

「ねだったのか? 弁当を作ってくれって?」

「ううん。普段パンだからさ。たまには温かいご飯が食べたいなって零しただけ。それがこうなっちゃった」

「これに慣れると大変だぞ?」

「ね?」

「俺ですら、何でこんな寒い屋上で冷え切った固い飯を食ってるのかなって虚しく思うのに。おかずは余り物だしさ」

「それは私のせいよ。無理矢理ここに誘ったから」

「いや、今のは嫌味じゃないぞ。こんな弁当をさ、遠坂みたいに人目を引くタイプだと教室じゃ無理だろ? そこはわかるから。そもそも教室で食べても冬場の弁当は固いからな。それを言いたかった」

「なるほど。でもそうよね、人だかりができそうでね」

「だよな。遠坂が一成と上手くできるなら生徒会室って手もあるけど、無理だよなぁ」

「無理ね。嫌ってる訳じゃないけど、彼とは合わないわ」

 

 そうやってお弁当を和気藹々とつつく若い二人。話題はやがて聖杯戦争の事に移行した。

 

「なぁ、遠坂。間桐と連絡は取れたか?」

「全然。手紙を出しても梨の礫だし。困ったものよ」

「う~ん……。サーヴァントは?」

「ライダーかな? ハッキリわからないけど。アインツベルンも謎だしね」

「森の城には入ったらしいぞ。えらい大人数で100人は気配があったって」

「イリヤ先輩が? 私の使い魔はすぐ発見されて潰されちゃうのよ」

「宝石って目立つもんな?」

「まったくだわ」

 

 そんな会話をぼんやりと眺める赤き英霊は、二度目の意図せぬ敗北を知ったのだった。と、同時にここでは願いを果たせぬと確信してしまった。あいつは全然違うと。

 

(イリヤか……。姉が居るとこうも変わるものなのか。こいつはあの丘には来ない。そしてそれが何故か嬉しい……嬉しいだと?)

 

 

 放課後、姉貴と下足室で合流して校門を出ると、私服のセイバーとキャスターが待っていた。姉貴が喚んだみたいだ。

 

「聖杯戦争の期間は、登下校に着いて来て貰うから」

「目立たないか?」

「キャスターが認識阻害の魔術を使っているの。それに二人はここまで空間転移って大魔術で移動しているから」

「空間転移?」

「魔術によるテレポートよ」

「そんなのができるんだ? じゃ、キャスターがセイバーも?」

「そう。それができると知っていたから、学園にマスター二人でのこのこと行けるのよ」

 

 のこのこ……姉貴、使い魔で見ていたな? 確かに遠坂にその気は無くとも、あいつはヤバそうだ。それに他にもマスターやサーヴァントが学園に居ないとも限らない。

 姉貴の警戒度がグッと上がっているのを感じる。まぁ、午前中も廊下であれだけ睨んでいたからな。姉貴の目なら霊体でも視えていたんだろう。けれど、これは良い手だ。令呪も無限じゃないしな。

 

「晩ご飯、鍋にしようと思うんだ。セイバーもキャスターも鍋は大丈夫か?」

「シロウは歯が丈夫なのですね?」

「は?」

「いえ、ですから、あんな硬い物をバリバリと」

 

 そうじゃないから。思ったよりセイバーって砕けてるな。キャスターも笑ってる。俺、もしかして姉貴にハメられた? 

 

「ククク……坊や。それ、マスターが見ていたテレビの……ククク」

 

 やっぱりか。姉貴は俺が鍋料理を薦めると読んで、セイバーに言わせたんだ。

 この姉貴には散々お世話になったし、優しくて強くて尊敬できる大好きな姉だけど、こうして時々俺をからかう。そういう時は得てして俺が固い時だ。考えに埋没してしまって、表情が強張っていたか。俺の悪いクセなんだ。参ったな。

 それで何が良いかなと話しながらマウント深山を歩いていたら、セイバーが素っ頓狂な声を上げた。

 

「へひゅっ!?」

 

 へひゅって何だ? けれどセイバーが指差す先を見て俺達も驚いた。セイバーが、背が高く髪の長い男性と歩いていたんだから。

 

「ラ、ラ、ランスロット卿……」

「セイバー、他人の空似ではなくて?」

「そ、そ、そうなのでしょうか……?」

 

 ダメだ。かなり動揺している。それはそうだろう。自分ソックリな人が知り合いに似た男性と仲睦まじく、たい焼きを齧っているんだから。それもかなり親密そうに。恋人なのかな? 

 そして俺達が入ろうとした店先で姉貴が人とぶつかりそうになった。それを俺は間近で見たのだが……。

 

「なんでさ~! 姉貴が、姉貴が……」

 

 日焼けサロンにでも行ったのかと思うくらい健康的な小麦色の肌を持つ姉貴が、エコバッグを持って立っていたのだ。

 バッグからは白菜の頭と長ネギの青い部分、それと銀鮭の尻尾が出ていた。この人も今夜は鍋か? 石狩鍋も良いよなぁ。

 けど、良いものを買うなぁ……。この食材だとうちの家は破綻する。羨ましいな……。

 

「エルヴァさん?」

「あれ、イリヤスフィールさん。これはこれは。先日は突然すみません」

 

 あの褐色のセレブな人と姉貴はどうやら知り合いらしい。

 

「あの二人があなたの?」

「そうです。もう一人居ますが、どこに行ったのやら」

 

 そこへ、『エルヴァ~』と声を上げて駆けて来る人が居た。

 お菓子屋さんに行ってたのだろう。両手の袋に子供が喜びそうなお菓子がどっさりだ。けれどそんな事より何より、その人もまた姉貴ソックリだった。しかも、姉貴より10センチ以上背が高い。

 

「ア、アイリスフィール?」

「違うわ。波長がマスターよ。どうしてマスターが英霊に……」

 

 って事は、この人達はサーヴァント? 姉貴がサーヴァント? 姉貴だぞ? あ、ありえないから! へひゅっ……。

 

「士郎!」

「シロウ!」

「士郎クン、落ち着いて。大きくゆっくり息を吐いて。そうそう、そして小さく吸って」

 

 俺は過呼吸を起こしていた。ああ、セイバーも同じだったのか。けど、俺は人間で耐えきれなかったんだ……。

 それで男性の人に背負われて、公園のベンチで休息を取った。そこで姉貴とエルヴァさんという人が説明してくれた。

 三人はサーヴァントでなく英霊の分霊らしい。つまり型に嵌めていないのだ。姉貴もキャスターも以前聞いていて、どうしてそれができるのか謎だという。

 そしてその時は三人の気配をキャスターが察知しただけで、会っていなかったらしい。

 だからまさかセイバーが居るとは夢にも思わなかったそうだ。同じ英霊が二人というのに疑問が残るが、キャスターが言うにはコピーだからあり得るそうだ。

 そんな事より何より、俺にとって重要なのは、姉貴にソックリな背の高い英霊だった。エルヴァさんは似ているだけで姉貴じゃない。弟の俺だからわかる。けど、あの人は。あの人の心配そうな眼差しは、間違いなく姉貴なんだ。

 

「彼女の名前はあなた方が想像する通りです。ですが、士郎クン。キミのお姉さんは目の前に居るその人ですよ。この人には別の弟が居ますから」

「そ、そうなんですか?」

「ええ。私達は魔法使いの導きで、この地へ並行世界から来た者です。キミのお姉さんが英霊になる事はありません。だから安心して下さい」

 

 俺は思いっきり息を吐いた。だって、姉貴の未来だと思ったからなんだ。そしてわかってしまった。この人に何があったのかは知らない。けれど、そこの弟はきっと悲しんだだろう。この人も苦しんだだろう。

 そうさ。家族や兄弟姉妹を置いてきぼりにしちゃダメだ。だから俺はその後、ずっと黙っていた。事情を知らない俺が、感情に任せて何か言っちゃダメだ。だから、食材について聞かれれば、返事をしたくらいだった。

 

 買い物が終わると全員で喫茶店に入った。必然かどうか、四人掛けのテーブルにはセイバーとキャスターが並んで座り、向かいにセイバーにソックリな人と男性が座った。もう一つのテーブルには俺と姉貴、エルヴァさんと姉貴ソックリな人が座った。

 女の人同士の会話は結構弾んでいた。俺と男性の人は苦笑いするしか無かった。

 と言うかエルヴァさんの前に座ったものだから、緊張してしまった。言葉遣いは丁寧だし、俺にも気を配ってくれて。姉貴より大人っぽいんだ。着ている服のせいもあるのかな? 

 足元はシュッとした焦げ茶の膝まであるブーツで、ズボンは黒いスリムジーンス。シャツと言うかブラウスがワインレッドで、黒いベストを羽織っている。そして首に巻いたスカーフがものすごく高級そうだ。

 椅子の背もたれに掛けた、焦げ茶のコートもオシャレだ。姉貴もこういう格好が似合いそうだけど、高そうだしなぁ。親父の遺産を食い潰せないし。バイトでもしようかな。姉貴にコートを買ってあげたい。

 そして背の高い方の人は、黒いくるぶしまでのブーツに、黒いストッキング。焦げ茶のスカートに白いモヘアのセーターだ。首から下げた琥珀のペンダントは何かの礼装かな? 中に小さな花びらが閉じ込められている。

 そして背もたれに掛けた深緑色のコートは、ウエストが思いっ切り絞ってあって大人っぽい。たぶん、姉貴が想像する理想の姉貴だ。だってさっきから姉貴はこの人から目を離さないんだ。

 ところが、いざ話してみると、見た目の印象とは真逆に子供っぽい人だった。しかも何故か俺にどんどん質問してくる。その内容も何のお菓子が好きだとか、どんなアイスが好きかとかそんなのばっかりだった。

 真冬なのにアイスの話をされてもなぁ。俺は無難に江戸前屋のたい焼きと言っておいた。

 

「おお、さすがはシロウ。わかっている」

 

 突然そんな事をあちらのセイバーに言われた。そういや男性と齧っていたのはたい焼きだ。ああ、あれ江戸前屋のだったのか。そしてこちらのセイバーが無性に悔しがっている。わかった、今度買いに行こうな。

 

「あそこのどら焼きも良いんだよ?」

 

 背の高い姉貴似の人がそう言った。あの、どら焼きを知っているとは。江戸前屋はトヨエツの前に出る屋台だ。

 主力はたい焼きと回転焼き。なので、その場で作るのでなく、親父さんが家で作って持って来るどら焼きの存在を知っている人は少ない。この人は通だ。

 そこから30分くらい話したのかな? 今現在でわかる陣営の事などを話してくれたので、結構有益な情報が得られたと思う。俺的に一番の情報は遠坂のお弁当を作ったのが、エルヴァさんだったと判明した事だった。

 それが一番なのかと問われると困るけれど。ともかくその後別れて、家に帰ったんだ。

 

「まさかのまさかね。三英霊がセイバーとセイバーの部下だったランスロット卿にアーチャーになった私なんて」

「ええ。あの三人に攻め込まれたら終わりだわ。セイバー、イケる?」

「無茶を言わないで下さい。敵意も害意も感じませんし、イリヤスフィールのいう先生とやらを信じるしかありません」

「そうね。その先生が世界を越える本物の魔法使いだったなんて。キャスターって惨めなクラスね……」

「ごめんね、キャスター。騙すつもりは無かったの。まさか戦争中に先生がいらっしゃるとは思わなかったから」

「普通はそう思うのも無理ありませんわ。その先生と一度話したいものね」

「そうね。チャンスがあると良いわね。で、セイバー。あっちのセイバーって何だか雰囲気が違うと思わなかった?」

「そうですね」

「何ていうんだろう? 気を悪くしないでね? 何かもっと経験豊富そうな気がするのよ」

「ええ……。確かにそういう違いは感じましたね。私も彼女ともう一度話したい」

「もしかしたら、あなたに何かを与えてくれる人なのかもね」

「そういう気がします」

「けれど、哀しいなぁ。どうして英霊なんかになっちゃったんだろう……」

「マスター。弟さんを守る事と引き換えだったのではないかしら?」

「だね。それしか考えられないわ。でもどうしてクラスに当てはめるとアーチャーになるの?」

「そこはわからないわね」

「弓道、もっと真面目にやれば良かったのかなぁ……」

「部活動って学生の趣味みたいなものでしょう? そこから英霊にまでって、無理があるわよ、マスター」

「だよね」

 

 やがて、藤姉ぇが帰ってきた。姉貴はすかさず玄関先で暗示を掛けた。暗示の内容はこうだ。俺と姉貴で、交代でインフルエンザに罹ったと。それで俺は明日から1週間学園を休む事になった。そして姉貴は来週から。

 再来週以降は様子を見て、場合によれば看病疲れでお互いにダウンした事にする。藤姉ぇが様子見や看病に来ないように、俺達を意識しない暗示も掛けたらしい。

 

「けど、姉貴? 雷画さんが気にしないか?」

「だから、定期的に電話を入れるのよ」

 

 なるほど。そして姉貴はこう言った。

 

「士郎、この際だから今までの成果をキャスターとセイバーに見て貰いなさい。そして悪いところがあれば直して貰って」

 

 そうだよな。剣士と魔術師のサーヴァントだものな。良い案だと思う。

 

「ほぅ。シロウは何かされているのですか?」

「ああ、本業は姉貴と同じ弓道なんだけど、剣道も親父に教わっていたんだ」

「そうでしたか。では明日から見ましょう。幸いここには良い鍛錬場所がある」

「ああ、頼みます」

「それで坊やの魔術は?」

「異常だけど、怒らないでくれな?」

「異常って何?」

「同調開始(トレース・オン)──」

 

 俺はキャスターの前でナイフを投影した。キャスター、顔が怖い……。

 でも、理由はわかる。本来魔術は隠蔽すべきものだ。けれど今は仲間だから、何ができるのかを見せる必要がある。となればキャスターには期待があったのだ。けれどデモンストレーションは投影魔術。そこに苛立ったのだ。

 

「キャスター、苛立つ前に。この子の魔術は思いっ切り偏っていてね。解析と投影以外ほとんどできないの」

「投影と解析!? また随分と偏った……」

 

 姉貴の提案でナイフをテーブルに置いた。5分ほど待つのだ。その間にお茶を沸かした。

 

「マスター? このナイフ、全然綻ばないし、消えないわ。どうなっているの?」

「私の見解だけれど、それって本物の投影魔術じゃないのよ。たぶんこの子は心象風景から引っ張り出してるのだと思う」

「つ、つまり、将来は固有結界が使える可能性があると?」

「うん、そんな気がする。どういう心象風景なのか心配だわ」

「どうしてそんな事に?」

 

 そこで俺は姉貴に良いかと目で合図を送った。姉貴が頷いた。

 

「そうだな。いい機会だから話すよ。俺さ、記憶障害があって、7歳以前の事が思い出せないんだ。俺の最初の記憶は赤く燃える街と、人々の死にたくないとか、この子だけでも救けてって声なんだ。そして真っ黒な空を見上げながら、ああ、死ぬんだなって。そこには本当に真っ黒な太陽みたいなのが浮かんでいてさ。それがとても綺麗な光で壊され消えたんだ。そんな時に親父に救けられたんだよ。後で知ったんだけど、喉も肺も焼かれ身体中火傷だらけだった俺を、親父はある聖遺物を俺に埋めて延命してくれたんだ。それが『全て遠き理想郷(アヴァロン)』だったんだよ」

「なんと!? 彼があなたを救ったのですか?」

「ああ」

「キャスター、わかった?」

「ええ。その聖遺物で坊やの魔術属性や起源が書き換えられたのね? そして災害で記憶を失った脳というか、精神に強固なイメージを残した。それが心象風景となったのよ。それは今も身体の中に?」

「うん。それを抜き出してセイバーに返すのも、セイバーを召喚した理由なの」

「わかりました。それを抜き出すお手伝いを私がすれば良いのね?」

「うん、お願い」

「セイバー、そんなだから。必ず返すから」

「シロウ……」

「そして俺は──親父が聖杯に何を求め、どうして破壊したのかも知っている」

「な!? き、聞かせて下さい。何故、何故、彼は令呪で聖杯とその黒い太陽を?」

「セイバー、その聖杯が既に汚染されている事を、親父が何らかの方法で知ったからだよ。親父は聖杯に語りかけられて、中身を知ったと言ってたけれど。だから聖杯を壊した。けれど本当に壊さなきゃいけないのは黒い太陽だった。そこに気付いて連続して令呪を使ったらしい。あそこから黒い泥が零れ落ちていて、それが街を焼いたんだ」

「ああ……。外に出て空に浮かぶ黒い穴も壊せと命じられたのです。では、あの令呪は何としても壊すためだったと……?」

 

 セイバーの顔が苦痛に歪んだ。

 

「そう。そしてセイバー、そんな顔をしないでくれ。俺は親父もセイバーも恨んじゃいないから」

「どうして? どうしてです? そんな、そんな……」

 

 そして姉貴がセイバーに優しく語りかけた。

 

「セイバー。出会った頃のこの子はね、毎晩夜中にうなされて起きていたの。それを私が気付いてね。何か変な声がするなって、使い魔を付けて見張っていたのよ。それを見て私は泣いたわ。電灯が消えた暗い中で、この子は震えていたの。声を押し殺して耳を塞いで、涙をボロボロ流して。そしてやっと呟いた言葉が『ごめんなさい。僕だけが助かってしまって』って……」

 

 姉貴の目に涙が光った。

 

「セイバー、この子は誰かを恨む事すらできない程、ありもしない罪悪感で押し潰されていたのよ。その事を切嗣と相談して、お医者様に連れて行って、重度の心的外傷後ストレス障害(PTSD)だとわかったの。それから何度も何度もお医者さんに通って、カウンセリングを受けてね」

 

 姉貴が淡々と続ける。この時の俺はどんな顔をしていたのだろう? 

 

「他にもあの災害から生き延びた人は居たと思うの。だけど瞼を閉じれば聞こえるのよ。『死にたくない』とか、『この子だけでも救けて』って声が。そして連鎖して思い出すの。家や建物だけでなく人の焼ける臭いや、胸を焦がす熱い空気を」

「ああ……」

「ストレス障害。現代ではそんな言葉があるのね?」

「ええ。戦場から帰った兵士や、大きな災害で生還した人とかがこの病気によく罹るのよ。士郎は僅か7歳で本当の家族も、ご近所のこの子を慈しんでくれた人や幼馴染みの友達を失くしたの。高校生なった今はマシだけれど、中学生頃まで時々フラッシュバックがあってね」

「7歳なら無理も無いわ。それをマスターが支えて来たのね?」

「ええ。切嗣はヒーローなんかじゃない。火付盗賊だ。そんなのに憧れるなって、何度も何度も言い聞かせてね。それで私達姉弟の願いは前にも話したけれど、聖杯じゃないわ。この第五次聖杯戦争を最後として、街の人達を守りつつ大聖杯を壊そうって、そう決めたのよ。そうしないと気持ちよく未来を歩けないわ。私も士郎も。だけどセイバー、この子は本当にあなたを恨んでいないから。理不尽な災害は何時だって、どこにだってあるわ。それが天災か、人災かの違いだけだと思う」

「ならばこそです! 私はその人災を巻き起こした悪です!」

 

 セイバーが立ち上がって叫んだ。そうじゃない、そうじゃないんだよ。セイバーも被害者なんだ。だからそんな顔はやめてくれ。

 

「そうじゃ無いだろ? 親父から聞いていたけれど、セイバーの願いはブリテンの滅びを無かった事にする、だったろ? それが叶うなんて喧伝されていたんだこの儀式は。本当のところはサーヴァント七騎を焚べて、あの黒い太陽を喚び出して、セイバー達が座に帰るチカラを使って根源に道を作る儀式だったんだ。誇大広告詐欺だよ。それに引っ掛かった被害者なんだよ、セイバーも」

「ああ……。シロウ、イリヤスフィール……。私は、私は……」

「セイバー、ゴメンね。こういう重い話になるのがわかっていたから、私の事は話せても、シロウの事は黙っていたのよ。キャスターにもごめんなさい。でも、お願いします。終わりにしたいの。聖杯戦争を。手伝って貰えるかしら?」

「勿論よ、マスター。やられたわ。あの子知ってたのね?」

「何が?」

「受肉化させるクスリ。それとセイバーの宝具が、聖杯とその黒い太陽を破壊したのでしょう? 今回はその宝具が2本よ? それとあの部下の騎士もそういう宝具を持っているのでしょう? さり気なくこちらの意図を汲んでくれているのよ」

「けど、何で受肉?」

「坊や達は永遠に終わらせたいのでしょう? 私がここに残って人として生きるなら、その大聖杯を確実に壊せるわ。そこに絡むマスターの元の家も黙らせる事も可能よ」

「ああ! そういう意味か……」

「さすが先生よね。だからエルヴァが来たのか。そしてもう一人の私を通じて、この儀式のすべてを知っていたんだわ」

「そういう事よ、マスター。それでセイバーはどうするの? そうやって贖罪の意識で潰されるの?」

「いいえ……。当然、お手伝い致しますとも。シロウ、イリヤスフィール。私はあなた方の剣だ。存分に振るって下さい」

 

 そうして俺達は固い握手を交わして、鍋を囲んだんだ。

 姉貴は食事後、エルヴァさんと連絡を取っていた。明日、こちらに来てくれるそうなので、姉貴も学園を休む事にした。

 

 

 1月27日、火曜日の朝。

 昨日特売でゲットした鮭の塩焼きと納豆に味噌汁の朝食を終え、セイバーに稽古を付けて貰っていたら、姉貴とエルヴァさん達がやって来た。セイバーの顔が引き締まる。

 

「セイバー、俺は姉貴と一緒に話を聞く。だからここは任せるから、そちらのセイバーさんのお相手を頼む」

 

 何となくだけど、二人だけで話させた方が良いと思ったんだ。そして俺は姉貴について母屋に戻った。

 

 

 ずっと考えていた。彼女と私の違い。諦めたのでも、逃げたのでもない。彼女の表情からは、そんな俗物的なものは感じなかった。きっとイリヤスフィールの話した通り、彼女は何某かの答えを得たのだ。

 

「覚悟は出来ています。聞かせて下さい。あなたの出した答えを」

 

 自問自答は何度もした。想定される範囲の事はどれだけ考えたろう。それでも、それでも、あの結末を失くしたい。私に問題があったのなら、別の王を立てて欲しい。この願いを覆す言葉を彼女は持つのだろうか。

 道場の真ん中でお互いが向かい合って正座し、じっと彼女を見詰めた。私と同じ顔をした彼女は、静かにこう切り出した。

 

「朝食は終えましたか?」

「え、ええ……?」

「美味だった事でしょう。その食材を売る人、運ぶ人、作る、或いは収穫する人。どれだけの人が、あなたが食した朝食に労力を割いているか。この冬木の民は8万人だそうです。そして冬木を擁する、この国の民は1億2千万人です。更には現在の全国家を合わせた人々の人数は67億人だそうです」

「そんなにも人が……?」

 

 意外な切り出し方だ。話が見えない。

 

「ええ、それが現代です。以前マスターであるエルに教えて頂きました。そして……私達のように喚び出される現象となると、後の歴史に悪影響を及ぼさぬように、元の世界では召喚されないそうですよ。世界修正と言うらしいですが」

「え?」

 

 元の世界では無い!? 

 

「そうです。ここで真なる聖杯、或いはそれに代わる何かを得ても、あなたの世界ではありません。更に言うなら、ブリテンの落日から現在までに千五百年もの時が流れている。その間に生まれ育ち、次代に夢を繋いでいった人々。一体、何億人居るのでしょうね? その思いと希望を、ブリテン3万人の、いえ、あなた一人のエゴと引き替えにする覚悟はお有りか?」

 

 ブリテンが3万人なのは知っていたが、フユキで8万人……2倍以上の人々が。そして世界全部では67億人。千五百年間でどれだけの人が歴史の中に居たのだろう。彼女はおもむろに立ち上がり、私の前に立った。

 

「問おう、アーサー王よ。これまでの千五百年に及ぶ人々の歴史を壊す覚悟はあるのか?」

 

 う……。

 

「それを是とするなら、あなたは何だ? しかも、この時空の平面はあなたの世界では無い。冬木の街を焼き、シロウのような哀しい人を産み出してでも叶えなければならぬ願い。それは正しいのか? もう終わった歴史なのに。わかるか? それはあなたの、あなただけの感傷でありエゴだ!」

 

 その通りだ。私は崩れ落ちる他なかった……。何故なら、私という王が立つ事は確定した過去だ。おまけに仮に叶えても、それは異なる世界だときっぱり断言されたのだから。

 嗚呼……滅びを失くす事も、私以外の王を望む事も、もはや許されず……。彼女は膝を付き、私の肩に手を置いて優しく語り掛けてくれた。

 

「雨の行軍で泥水にまみれましたね? 若い登用されたばかりの騎士が寒さに震え、泣いていました。それを老いた騎士が励まし、自分の馬を与えていましたね。老体に鞭打つ行為を、何故彼は選んだのでしょう? わかるでしょう? 若い騎士に、老いた彼は明日のブリテンを背負って欲しかったのです。これだけでは無い。他にも似たような事、思い出せる事は、あなたにもあるはずです。そしてその誰しもが──皆んなが、王国の明日を夢見ていたのです」

 

 だから、だから、私は……。

 

「アーサーよ。彼らの願いを無かった事にしてはいけない。王国は滅びたが、あなたは稀人となりシロウやイリヤスフィールに語る口は現世に持って来れた。ならば時間の許す限り、我々の轍を踏むな、戦のない幸せな時を刻んで欲しいと願うべきです。そうは思いませんか? アルトリア?」

 

 私は声を上げて泣いた。泣くしか無かったのだ。そして漸く落ち着き彼女を見上げれば、目は赤く腫れ、とめどもなく涙を流していた。

 そこで気付いたのだ。彼女も同じだったのだと。苦しみ、悩み、途方に暮れて聖杯を求め、そして裏切られ……。

 

「私は……私が愚かでした。そういう風に変われたから、あなたはランスロット卿を?」

「彼が本当に、私の知るランスロット卿だったのかは謎ですがね。ですが、今は同じマスターを抱く友人ですよ」

 

 ああ、現象となってしまった私だが、そういう出会いがあるのか。

 

「アルトリア?」

「はい?」

「ここに残りなさい」

「どうやって? キャスターが受け取った受肉のクスリは私には効かないと思います。何故ならば私は……」

「カムランの丘なのでしょう? ですが方法はあります。私のマスターがどうにかします。そしてここのイリヤやシロウを見守りつつ、リンと知己を得なさい。そうすればあなたはもっとたくさんの体験ができる事でしょう」

 

 彼女はそんな不思議な事を話してから道場を去った。

 

 

「士郎、足!」

「ゴメン」

 

 姉貴に叱られた。セイバーが心配で無意識に貧乏ゆすりをしていたらしい。

 話の内容は、昨夜の推測を裏付け、或いは補完する内容だった。姉貴と遠坂の先生はやはり魔法使いだった。俺達の事を子供の頃から心配してくれ、見守ってくれていたのだ。

 そしてその先生も英霊で真名はトオサカリン。何処かの世界で魔法を得、英霊に至った遠坂だったのだ。この時、俺は一生アイツに勝てない気がした。

 

「士郎クン、セイバー達のお話が終わったようですよ。そろそろ身体を動かしたいでしょう?」

「え、あ、いや……」

「行っといで、士郎」

「ああ……」

 

 そうして俺は道場に戻った。

 

 

「イリヤスフィールさん。あなたを尊敬します」

「はい?」

「私には尊敬する姉が二人居ます」

「お姉様がお二人?」

「はい。三つ子でしてね。私は三女です。あなたは一番上の姉と似ています。よくぞ、士郎クンの心の疵をあそこまで」

「あなたは……。教えて下さい。あなたは私と何か関係が?」

「あなたのお母様、アイリスフィール・フォン・アインツベルンは9年間あの城に居ました。卵子の段階から調整する必要がありましたので、取り出されたのは全部で108個とされています。その内の三番目が一番良質な魔力を帯びていたので、これを分割し衛宮切嗣の精子でそれぞれ受精させました。その数が6~8個とされています。一つ目の受精卵は魔術属性が地属性しかありませんでしたが、『器』という起源を持っていました。ですから『小聖杯』に適してると判断され母胎に戻されました」

 

 あ! それが私……。

 

「二つ目、三つ目は魔術属性に地と風と、父親から遺伝した火を持っていました。起源は『蔵』です。そしてこの『蔵』の子は、9代目の家に養子に出される事が決まっていました。それはホムンクルスに受胎機能を持たせる技術との等価交換だったからです」

「じゃ、あなたは並行世界の私の妹!?」

「はい。私の魔術師名はエルヴァ・フォン・アインツベルンです。二番目の名はエルフ・フォン・アインツベルン、そして尊敬する姉の名はイリヤスフィール・フォン・アインツベルンです」

「ああっ!」

「そして、もう一つ。バーサーカーのマスターは……」

「まさか、この世界でのあなたかもう一人の子だと言うの?」

「わかりません。他の107個のどれかなのか、もしくは分割された他の個体なのか。会っても似ている、同族だと思うばかりでしょう。ですがそれは何れにせよ、あなたの妹で間違いありません。ですから、バーサーカー戦は必ず立ち会います」

「ええ……お願いします」

「私のセイバーが戻ったようです。本日はこれで失礼させて頂きます」

「……はい、ありがとうございました」

 

 そして彼女達は帰った。

 

「マスター?」

「漠然と考えてはいたの。来るならそうだろうなって。その覚悟をしなきゃならないわね。けれど、彼女やもう一人の子じゃ無い事を祈るばかりだわ……。妹……か」

「でも、並行世界よ?」

「うん、それはわかる。でもね、胸の奥からジーンと来る。繋がっているなって。面白いでしょう? 会って話すと一気にシンパシーが増すの。それがホムンクルスの血なのね」

「彼女が半英霊化しているのは、養子先での実験かしら?」

「かも知れないわね。私の身体を気遣ってくれてた……」

「最初の時ね。あの子、かなり無理をしているのかしら?」

「どうだろう? わからないわ。身体も問題なさそうだし。けれど、精神の強さを言うなら、感情面を完璧にコントロールできるみたいね。きっと、もっともっと辛い事を経験して来たのよ」

「でしょうね」

 

 

 27日の昼、遠坂邸。私とルヴィアとエルマは、与えられた部屋で現況確認をしていた。

 

「一応、リストアップしました」

 

 セイバー/ 騎士王/ 衛宮士郎

 ランサー/ クー・フーリン/ バゼット・フラガ・マクレミッツ

 アーチャー/ ?/  遠坂凛

 ライダー/ ?/  間桐? 

 キャスター/ メディア/ イリヤスフィール・フォン・アインツベルン

 バーサーカー/ヘラクレス?/ アインツベルンの誰か

 アサシン/ 百貌のハサン/ エルマ・フォン・アインツベルン

 

 アーチャーの真名を『?』にしたのはエルマの茶目っ気だ。騎士王ってのもどうだって感じだ。

 

「やはり、間桐が謎ね。暫定的にはマコトって人だけど」

「アサシンの報告から、魂喰いをしているのはライダーらしきサーヴァントでした」

「現場を見たの?」

「ええ。それも与えた双眼鏡で。近寄れないんですよ」

「気配遮断を持つハサンが?」

「ええ。黒い霧みたいなのを纏っていて。見え辛いというのもありますが、あの霧に触れてはならないと本能的にわかるそうです」

「その情報はこちらのリンには?」

「報告済みです。凛さんの許可を得て、セイバー組とランサー組にも連絡を入れました」

「エルマ? 被害者らしき人達は失踪とされているわ。跡形もなく消えているって事は、第三要素のみならず丸ごと喰われてるって事なの?」

「間桐臓硯は人を蟲に喰わせ、それを蟲達の養分としつつ、第三要素や魔力を自らの身体を構成する蟲の群体に吸収させて延命していました。これは、それと同じ方法だと思います」

「この黒い霧とは何ですの?」

「アンリ・マユから伸びた触手だと」

「はい?」

「ルヴィア。私、以前師匠に教えられたの。第四次聖杯戦争での小聖杯の欠片を内蔵の……たぶん心臓に入れて、間桐の小聖杯として機能させようとしているんだわ。けれど汚染された大聖杯と繋がっちゃったので、逆流して来ているのよ」

「並行世界でのサクラの末路……でしたわね?」

「知ってたか」

「当然と言いたいところですが、私も以前ミストレス・リンから聞いておりました。ですからあなたには言えませんでしたのよ」

「ありがとう、ルヴィア」

「いいえ。それで、守護者のイリヤの元の世界もそうでしたわね?」

「ええ。問題はマコトという人物なのか、臓硯なのか。桜の代わりに養子にした人をこんな風にしたのかしら?」

「そう考えるのが妥当ですわね。エルマはどう思われます?」

「あまり考えたくありませんが……。マコトの漢字が不明なんですよ。学園でもカタカナで通していて」

「どういう意味?」

「会ってみないとわかりませんが、『慎』と書いても『まこと』と読めます。桜さんを諦めた臓硯が最後の手段に出て、間桐慎二を幼少期から作り換え、日常生活に支障が出ない程度の知識を与えたり、パートナーとなる疑似人格を内部や外部に残して精神的安定を促しつつ、魔術を教えていた──とか。そしてこの10年、臓硯は心臓の中で養分を吸いながら冬眠していた──。それが私の見解と言うか読みです」

「何という事を……」

「やっぱり、悪魔の家だわ」

「ですが、どうして女性に作り換えたり?」

「ご存知のように女性の方が体内に魔力を溜めやすいですし、性交でも効率よく魔力が吸収できるからですよ。間桐の女が幼少時から膣に蟲を入れるのは、膣の拡張訓練と吸収能力向上を図ってです。蟲が出す粘液で性感を高め、収縮性を高めるのみならず、効率良く吸収できる器官に作り換えるためなんですね。また内部の襞も劣化知らずの名器に作り換えられます。いわゆる数の子天井や蛸壺、ミミズ千匹なんかに。全ては不特定多数の男から魔力を効率良く吸収するためです。これは肛門も同じですね」

「カズノコって何ですの?」

「膣奥の子宮口の上や下に、挿入した男性器の亀頭をコリコリ刺激するタイプの性器を指します」

「なるほど。子孫繁栄を期待される魔術師の家の女であれば当然の調整ですわね?」

「ええ。問題は物心付いてから行うのか? ですから」

「そこですわね。蟲という生物なのも嫌悪感がありますが、丸く研磨した宝石を膣に押し込む私どもも似たり寄ったりですわ」

 

 わかってるけどサラッと言うな。ルヴィアもエルマもこういうところが西欧人だ。

 

「束縛と吸収。吐き気がするけど徹底しているわね。でも魔術回路が無いんじゃ?」

「刻印蟲という疑似回路を構成できる蟲もあります。やろうと思えば脳髄まで蟲に作り換えられるのが間桐です。ある程度の期間が過ぎれば痛みも遮断できますし、第二の脳髄を内部や外部に置く事も可能です。才能があった桜さんでなく、才能が無かった慎二さん。やりたかった事を徹底してされていると思いますよ?」

「エルマ。淡々と言わないで。魔術師としては理解できるけれど不快だわ」

「すみません」

「となりますと、学園を休みがちというのも?」

「義務教育期間中は、調整もあったと思います。学園入学からは、肉体改造が終了して日光が苦手になったのではないかと。そしてこの1年でお陽様の下に出られるくらい、完全な調整を終わらせる腹積もりではないかと。でなければ、高校進学などしなかっただろうとエルヴァお姉様が話していました」

「つまり傀儡ではなく、本人の意思はあると?」

「ええ。アイデンティティなどは女の子のそれに作り換えられても、物心が付く頃から調整されてきた生粋の魔術師です。真に臓硯の後継者ですよ。となるとですね、第四次の頃、追い詰められた臓硯は10年後でなく60年後に聖杯戦争が起きると読んでいて、現在も冬眠している可能性があります。つまり、マコトに残された自由な時間は残り50年。それまでに臓硯を駆除し、人生を謳歌したいのではないかと推測されます」

「じゃ、人を襲わせるのは? 魔力目的はわかるけれど、どういう意味があるのかしら?」

「魔力は純粋にサーヴァント用でしょうか。令呪が現れた事で、身を護るために否応なく召喚したのだとしても、自分の魔力は惜しいのだと。魔力タンクとなる蟲を何匹もストックしていて、それを常時満タンにしておく必要があるのだと思います。これは蟲に身体を変えたからです。身体の構成要素である蟲は、一つ一つが使い魔であると同時に彼女の礼装でしょうから。また、本来のその人は、合意の上の性交渉は認めても、人を襲ったりまではしたくないのでは?」

「なんか矛盾してるわね」

「となりますと、サーヴァントに自給自足せよと申し渡してあると解釈してよろしいんですの?」

「そうだと思います。聖杯も戦功も何もかもあげるからと。それに彼女のもう一つの参戦目的は、アインツベルンのマスターか、マスターが連れて来るであろうメイドでしょうから」

「それは?」

「身体全部が蟲の擬態ですよ? 子供と言うか後継者を望むのは生物的本能ですし、魔術師としても当然です。何よりアイデンティティが女の子なら特にですよ。案外と小学生時代にイリヤさんに優しくされて、憧れていたりとか」

「ありそうですわね。想像の部分が多そうですが、説得力のあるお話でしたわ」

 

 いや、ほとんど想像だろう。だけどエルヴァやエルを知る身となれば、エルマのこれも勝手な想像とは言い切れない。

 むしろ参戦目的がアインツベルンのというくだりは、ルヴィアと同じく納得できた。

 

「そうね。それで、サーヴァントは誰が予想できる?」

「メドューサか……。意外なところでペルセウスか」

「ペルセウス? あれか、サンダル?」

「それとペガサスですわね。ライダーのクラス認定はペガサスの方でしょう。両者ともそれだろうと思いますわ」

「ええ。アサシンは男性だったと話していますので、ペルセウスかなと。召喚の触媒となる聖遺物が、どちらにも対応できる物なら、最終決定は召喚者との相性となりますし」

「そういう事ね」

 

 一区切り付いたところで、私は紅茶を淹れた。

 家主の凛も紅茶好きなのか、この家のキッチンの蛇口には活性炭フィルターが付いていた。紅茶に一番良い水は軟水である。日本は名水も多いが、こと紅茶に限っては水道水が一番だと私は思う。

 それを薬缶に入れ5分は沸騰させる。水道水に含まれるカルキを抜くためだ。温めたポットに茶葉を入れ、お湯を注ぐ。この瞬間からタイムスタート、お茶の黄金律が始まるのだ。

 凛に悪いので彼女の茶葉は使わない。この茶葉は私が買って来たものだった。フォートナム&メイソンのクィーンアン125g。アッサムのTGFOPとセイロンのFBOPのブレンドだ。

 ちなみにTGFOPとはホールリーフの等級を表す言葉で、ティッピー・ゴールデン・フラワリー・オレンジ・ペコーの略だ。ティッピーは若い芽、ゴールデンは金色の、花のようなオレンジ・ペコーという意味だ。

 この上にSTGFOP(シルバー・ティッピー・ゴールデン・フラワリー・オレンジ・ペコー/Sはシルバーだけでなくスペシャルやシュプリーム、スーパーの意もある)やFTGFOP(ファイネスト・ティッピー・ゴールデン・フラワリー・オレンジ・ペコー)があるが、ダージリン専用の等級と言っても良い。

 また末尾にその上を行くという意味で『1』と入る茶葉もある。春摘みのファーストフラッシュの意で使われる場合もあるので注意が必要だ。と言っても、これまたダージリンだけど。

 そして茶摘みの際、先から葉をもぎ取るのだが、二葉に分かれる前の新芽をフラワリー・オレンジ・ペコー(FOP)という。次の葉がオレンジペコー(OP)で、その次がペコー(P)、4番目がペコー・スーチョン(PS)、5番目がスーチョン(S)という。

 そしてFBOPはフラワリー・ブロークン・オレンジ・ペコーの略である。その摘んだ茶葉を、揉んで、発酵させ、乾燥させて紅茶の葉となるのだが、乾燥さた段階で葉の大きさに大小の差が出る。

 それを揃え葉だけのものならホールリーフ、細かく砕いたものならブロークン、更に微細に砕いたものがファニングス、この下がダストと分けられる。

 このように葉の大きさまで分けるのは、お茶の抽出時間を整えるためだった。ゴールデンルールとはこれらの葉の特質を知り、最適に抽出させる事を言う。そしてこのクィーンアンは万能茶葉で、朝昼晩いつ飲んでも美味しく、ストレートでもミルクでもイケる。

 あのエルが買うならこれかロイヤルブレンドだと倫敦で薦めてくれたのだ。エルもエルヴァもコーヒー派だ。そんな彼女が薦めてくる紅茶。

 彼女のアーチャーが淹れてくれたのだが、以来、キーマン派だった私もこれを買い求め、常備するようになってしまった。何よりこのところのキーマンは価格が高騰し、おいそれと楽しめなくなって来たのもあった。

 

「リンも腕が上がりましたわね?」

「美味しいでしょう? あのアーチャーやエル達には負けるけれど、エルヴァに教えて貰って何度も練習したのよ」

「十分ですよ。とっても美味しいです」

「紅茶を一口頂いて、ああ、このアーチャーさんは、あのアーチャーさんでは無いのだと確信しましたわ」

「ね? 上手なのは上手だけれど、こんなものかなって。今の私と変わらないなぁって思ったわ」

「ですわよね? あのエルさんのアーチャーさんは、どれだけお上手だったのかと思いますわ。お茶の葉もこちらの気分を読んで変えて下さりますし」

「そうそう、夜のハーブティーがまた良いのよ。自分なりのブレンドを何種類か持っていてね」

「ですわよね。ああ、あの方が傍で仕えて下さるならと思わずにいられませんわ」

 

 紅茶で喉を潤した私達は再び、種々の事を考察していった。目的はそれらに対してどう対応する事が最善かを見るためだ。その基準となるものが定まれば、凛の評価が出しやすい訳だ。

 そしてやはり勉強になる。凛イコール私だ。必然、置き換えて考える事が多いので、様々吸収できるのだ。倫敦で感じた自分に足りない部分、それがどんどん埋まっていく気がする。

 

「でもさ。アサシンの件は黙っておくの?」

「メディアさんもイリヤさんも気付きますよ。凛さんは、言峰神父が以前使った触媒をお借りしましたからわかっているでしょう」

「そしてより確かなものとするために、ぶった切った腕までも触媒にしろって。彼女も大概ね?」

「まぁ、犯罪防止を兼ねてですし。頭の中で想像するだけなら自由ですが、行動に移してしまえば終わりですよ」

「そういう事ね。けれどお持ち帰り目的で召喚したなんて誰も思わないでしょうね?」

「ですけど、一気に情報が細やかに入って。リンの言う通り便利な方達ですわね」

「そう、倫敦でも凄かったのよ。美遊の世界でも先行して色々調べてくれて。それに味方につければ私達にも有益よ。彼らを支える魔力が足りなければ言ってね? 用意するから」

 

 これは旧ソ連がナチから接収し散逸した聖遺物や呪体を探す仕事に、アサシンを借りたかったからだ。

 

「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。私で七~八騎は支えられますから。意外なのはエルヴァお姉様でした。半英霊化したために四騎が限度らしいです。ゆとりを見て、今の三騎以上は増やしたくないそうで」

「そこであなたがマスターになって持ち帰ると。聖杯との繋がりは?」

「徐々に切ってます。今現在で魔力の八割が私です。私の記憶やエルヴァお姉様の記憶も見せていますので、連れ帰る事も賛同してくれています。一人も欠かさず連れ帰りたいので、情報収集以外はさせません」

「その運用が一番今回の目的に沿ってるしね?」

「はい」

 

 居住場所は問題ない。アインツベルンの森の中に前のアサシン達が廃墟を改装した建物があって、そこに住めるのだそうだ。後は適当にお金を渡したり、食材を渡すだけで良い。

 問題があるとすれば、それは人数が多いので食費が嵩むところだが、今現在はサブリーダー格の十人前後で固まって貰っているそうだ。

 これはどういうことかと言うと、生前は肉体をも変質させる多重人格を活かし教主にまで上り詰めた人だから、英霊となり分裂する事が宝具となった経緯があるからだ。

 そして彼らは聖杯に真の自分は誰だと問いたくて、聖杯戦争に参加したという事情があった。

 そんな悩みに気付いたエルは、一人の人間に多重人格障害を持った意識が十数人分入っている事を発見したのだ。その者達がサブリーダーだ。魂でなく意識だ。

 人為的にそういう風にされた、或いは進んでやった可能性があるという話だ。されたと言うなら前の教主が後継を育てる過程でそうしたのだろう。自らなら、それだけ教主というのは図抜けた才能が必要だったという事だ。

 その辺は詳しく知らないが、実際分裂する時の最初の一人は、必ずその十数人の内の誰かであり、そこから十数人に分かれ、それぞれが更に分かれるそうだ。

 これをビデオに録ってエルは説明してあげたらしい。そしてバラバラならばその一人一人が個人であり個性である。肉体が一つしか無かった生前の悩みも、英霊化して消えていると何度も何度も諭したという。

 そんな風に親身だから、アサシン達は彼女に忠実だったのだ。だからエルマも同じように説明していて、全員にチャイとヨック○ックのシガールを配っていた。

 私もルヴィアも知らなかったけれど、このお菓子は中東でも人気があって、戒律に触れないのだとか。他にと○やの羊羹や高野のフツーツチョコレート、各種落雁や砂糖菓子も大丈夫らしい。こういうのまでちゃんと調べてあげている、それがエルだった。

 

 お茶は元々中国からインドに流れて栽培が始まったものだ。高級で上質な部分が英国などに輸出され、インド国内ではダストと呼ばれる余り物しか無かった。

 だからそれを煮出して香辛料や砂糖で味付けていた。その飲み方が中近東に入ったものだ。つまりはどちらもチャイなのだ。なのでお手軽にチャイを楽しむなら、ティーバッグに使われるCTCがお薦めだ。

 CTCとは製法の事で、クラッシュ(粉々に潰し)、ティアー(引き裂いて)、カール(丸めた)という意味の頭文字から取られている。

 アサシンは歴史を紐解けば、イスラム教シーア派のイスマーイール派から派生した、山岳地帯に要塞を築いてセルジューク朝や十字軍の要人を暗殺していた過激な一派だった。いわゆるニザール派である。

 その開祖が初代のハサン・サッバーフだ。活動期間は11世紀から13世紀半ばまでと言われるが、百貌のハサンは19代目の教主なのでお茶の味やお菓子にも詳しいそうだ。戒律が厳しいので、何が良くて何がダメ。どこの何々は安全で美味しいとか、イスラム圏の人達へ向けたガイドブックに載せてあげたいような情報をたくさんもっているのだ。

 そんなだから、私もルヴィアもアラビア料理の本を買ったり、ハラームやハラールを調べたりしている。

 英霊との交流は異文化交流でもある。そして時も時代も越えた交流となる。ここをちゃんと理解できない者は、父のように逆鱗に触れるのだろう。商店街の真ん中で、お箸によるナイト任命はどうかと思うが。

 

 

 夜になった。夕食後、凛はアーチャーを伴って出掛けて行った。街の到るところにエルマが放った使い魔や礼装、エルヴァの蟲達が目を光らせている。また、セイバーとランスロット、イリヤとエルヴァがペアを組んで街を警戒していた。

 そして事件はその夜に起きた。バーサーカーとランサーが激突したのだ。




ここでの士郎は『藤ねえ』でなく『藤ねぇ』と呼びます。凛も『わたし』でなく『私』。そこが世界の違いです。
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