※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第二部 並行世界篇   作:炭団

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63、普通免許試験の一般受験

 21日の食事会を装った誕生会はとても楽しかった。

 その後セイバーさんとイリヤさんがアルバイトから戻った事で第二部に突入し、お姉様が子供達を手伝いながらイリヤさんとセイバーさんの分を作ったのだ。

 食材は士郎さんやセラさんがたっぷり用意していたので十分だった。

 イリヤさんには私達と同じものだったが、セイバーさんのはご飯を炊き直し、エーデルフェルトから40cmもある大皿をお借りしてどんぶりでご飯の山を作った。

 キーマが売り切れたので美遊ちゃんが作り直していた。そこにお姉様は最初から半熟の目玉焼きを載せていた。

 ペロリと平らげた後は、小母様とセラさんからフルーツがトッピングされたかき氷が。

 この日は皆んな笑顔だった。

 

 7月23日金曜日。

 この日、遠峰先輩や美綴部長に予め連絡を入れていたお姉様は、自動車の運転免許試験を受けに行かれた。

 午前中に仮免許学科試験とういうのがあり、午後に仮免許技能試験(場内試験)というのがあるらしい。これに合格すれば運転免許が貰えるのかというとそうでなく──後日、本免許学科試験(普通免許学科試験)と本免許技能試験(普通免許技能試験・路上試験)を受けて、そこでも合格しなければならないのだとか。

 面倒くさいと思うけれど、最短二日で終わるのだから教習所に通うよりは早いし安くあがる。ポイントは90パーセント以上の人がそんな免許の取り方をしない点だ。まぁ、日本以外はどこでも一発受験なんだけど。

 

「じゃ、今日の朝練にエルヴァ先輩は居ないの?」

「うん。小母様が試験場まで乗せて行ってくれるんだって」

 

 バスでの会話だけど、私と桜が心配しているのはあの三人の事だった。このタイミングでどうなのかなという気持ちがあったのだ。

 そんな気持ちを引き摺って道場に行けば、案の定ヤル気満々な1年生達が掃除を始めていた。

 

「部としては幸せな事なんだろうけど、これはどうなのかな」

「私もそう思う」

「おはよう。俺もそう思うけど、せっかくのヤル気は削げないよ。シメで発言するつもりだけど」

「おはようございます、衛宮先輩」

「おはようございます、先パイ。でも話し方ですよね? 次からの練習もそうですし……」

「そう、メンタル面もあるからな。ちょっと普通じゃ考えられない悩み事だ」

 

 そこへ血相を変えてやって来たのは遠峰先輩を伴った美綴部長だ。

 

「エルヴァ先輩、今日は来ないって本当か?」

「はい。一身上の都合で」

「一身上って、何だ?」

「本人が出向かないとどうしようもない事なんです。言ってみれば審査のような」

「そうか」

 

 そこへ携帯を持った例の三人がスススと寄って来た。携帯電話をパカっと開いて、画面をこちらに突きつけたのだ。

 そこには────。

 

『拝啓 盛夏の候、清水様、小島様、麻上様におかれましては、ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。平素は私ことエルヴァ・フォン・アインツベルンに格段のご厚情を賜り、厚くお礼申しあげます。さて、来る7月23日金曜日の早朝練習に私は一身上の都合により参加できません。つきましては、遠峰薫様、田所あかね様、薮内美佳子様に指示を仰ぎ、美綴綾子様、瀬尾美咲様、白石祐子様からもご指導を受けて下さいますよう切にお願い申し上げます。後日、その際に学ばれた事を元に、より一層の内容で以て皆様にあたらせて頂く所存です。時節柄、体調を崩しやすいと思われます。水分補給を小まめに摂り、ご自愛の上で練習に励んで下さい。皆様のご健勝とご活躍をお祈り申しあげます。 敬具』

 

 こんな文面の画面を見せられた美綴部長と遠峰先輩。遠峰先輩は事前にお姉様が本日休むとは聞いていたそうだが、かなり呆れていた。

 当然だと思う。文章として正しいの、これ? いや、正しいとしても、その前に高校3年生がメールで送る文面なの? 

 そして先輩方が皆んなして更衣室に置いていた携帯を見ると、似たような文面で、三人の良いところや直してあげたいところなどが詳細に綴ってあるメールが個別に届いていた。

 

「エルヴァだなぁ」

「エルヴァ先輩ですね」

「エルヴァさんだなぁ」

 

 先輩方は皆んな納得していた。そして件(くだん)の三人は、ここまでするお姉様に感激し、他の先輩からの指導も熱心に受けていた。

 更には先輩方の弓道に対する真摯な面を発見し、『この部は凄い、入れて良かった』との感想を残した。

 

「エルマ。お前の姉ちゃん、出来過ぎじゃないか?」

「う~ん……ですよねぇ。それに全部とは思いませんが、少なからず半分は計算していますよね?」

「だよな。こちらの心情や動きまでまるっと読んでる。心底恐ろしいヤツだ」

 

 桜が的前に入っている間、私と遠峰先輩はお互いに頷きあっていた。

 結局、問題の根本は過剰なお姉様へのリスペクトであって、ヤル気の問題では無かったからね。そこをお姉様は先輩方も実はデキる人達だと知らしめ、余計な意識を分散したのだ。

 

 

「この道を真っ直ぐで良いの、エルヴァちゃん?」

「このまま真っ直ぐです。知らないで運転されていたのですか? 勘弁して下さいよ~」

「だって新車なのよ? 今時、ナビが付いて来るでしょう? それなのに付いていないんだもの」

「走りに関係ないオプションは避けましたからね。ロード・インフォメーションが鈍化するのが嫌なので付けていません。でもCDもMDも今更だなぁ。このiP○dの40GBをAUXで繋げられたら十分ですよ」

「もう~。これならロードスターと同じじゃない。それなら運転しやすいあっちにすれば良かったわ。本当に走り屋さん気質なんだから。ママは心配よ」

「お言葉ですが、前を見て運転して下さい……お母様! 速度を落として!」

「は、はい?」

 

 反射的に速度を落として下さり助かった。

 

「え~、やだぁ~。こんなところでネズミ取り?」

「こういう場所もありますよ。こんな炎天下で、お勤めご苦労さまではありませんか。愛想良く笑って通り過ぎましょう」

 

 試験場までのお母様のお見送り。途中のコンビニでアイスコーヒーを買った以外はどこも寄り道していないのに、1時間の道で2時間近く掛かった。

 

「じゃ、頑張ってね~」

「はい。ありがとうございました」

 

 とんだ珍道中だったけれど、試験開始時間までには何とか入れた。お母様は試験場前でスピンターンして帰られた。

 最初は仮免許学科試験だ。これは楽勝で合格。時間潰しに小説を読みつつ、さもしいお昼を済ませて、昼からは試験場内のコースで仮免許技能試験だ。

 コース内のカーブを4回以上回る、信号のある交差点を最低1回は通過する。交差点の右折、左折は3回以上。標識での一時停止を2回以上。

 踏切を1回。S字、クランクを各々1回は通過。坂道を2回は走り、内1回は坂道発進あり。障害物を2~3回避け、指示された速度を3回は出す。

 以上を難なくクリアして、午後3時には合格発表、仮免許交付。来週早々に今度はバイクの学科試験と免許技能試験を受けるべく申し込みを済ませて、試験場前のバス停から最寄りの駅まで向かった。

 ここから冬木駅まで40分。お母様は無事に帰れただろうか? 

 

 

 久々の長期休暇に僕の心は躍っていた。前回は無理矢理取らされ、スイスに行ったりと心休まる暇が無かったからね。とは言え、得たものが多いので文句は言えないんだけれど。

 そして空港から乗り継いでJR冬木駅に着いて改札を抜け、タクシー乗り場に行こうとすると駅前ターミナルに2台の救急車と3台のパトカーだ。

 何だと見やれば、出ていく救急車を見送る警官や残った救急隊員と一緒に、手当されている娘が居た。

 

「どうした、エルヴァ!」

「お父さん!?」

「何があった?」

「ああ、お父さん。娘さんを褒めてあげて下さい。ひったくり犯を捕らえて下さったんですよ。容疑者は妊婦さんからバッグをひったくろうとしましてね。妊婦さんは大事をとって病院ですが、お腹の子も御本人も無事です。ただ、娘さんが妊婦さんを庇って……」

 

 警官の話を全部は聞いていられなかった。エルヴァの腕や顔にアザがある。殴られたのか。改札前で魔術も使えず、有段者だから反撃もできず、それでも妊婦さんを守ったんだね……。

 停まっているパトカーの後部座席に、絶対に反省しなさそうな金髪の若い男が乗っていた。ここがアメリカの片田舎だったなら、僕は迷わず撃っていただろう。

 と言うか、警官と話しているのに、懐に銃を忍ばせておけば良かったと思う僕はヘンだ。そんな僕の心情に気付いたのか、エルヴァが手を握って来た。

 

「大丈夫」

 

 大丈夫かいと聞くべきところを大丈夫と答える僕。何だそれは。だからもう一度尋ねた。

 

「大丈夫なのかい?」

「冷やせば治りますよ。ご心配をお掛けしました」

 

 救急隊員からの手当が済んだ彼女は、僕に心配を掛けた、驚かせて済まないと頭を下げた。

 偉かったと褒めるべきなのか? 女の子なのに無茶をするなと言うべきなのか? 

 違う……この子は妊婦さんにとっては正義の味方だ。僕には娘が眩し過ぎて、言葉が中々出なかった。

 

「……いや、君は正しい。お腹の赤ちゃんも、お母さんも無事だったんだろう? なら、何も間違っていないよ」

 

 漸く紡いだ言葉は何と他人行儀な……。けれど、エルヴァはニコッと笑い、僕の腕を抱いて頭を寄せてくれた。

 警察から開放され、タクシーを拾い家に戻った。冬木のタクシー乗り場で待っているタクシーは少ない。来るのをこちらが待っている場合が多い。

 そんな乗り場でクルマを待っていた妊婦さんを、ミニバイクの男が襲ったという。

 エルヴァはその妊婦さんの真後ろに並んでいたらしく、素早く相手と妊婦の間に身体を滑り込ませ、バッグと妊婦を守ったそうだ。最初は乗車した僕達に訝しんでいたタクシーの運転手も、この話で納得したようだ。

 僕は妻も娘も殴った事は無い。男の子の士郎には、数回手を上げた事があるけれど。それも幼い頃と先日の目覚めの一発だけだ。だから堂々としていたつもりだ。

 初老の運転手は、降りしなに『立派なお嬢さんですね』と言ってくれた。勿論僕は『自慢の娘です。ですが空手の有段者なだけに、反撃できなかったのが残念です』と返した。

 玄関のドアを開けると絆創膏を貼ったエルヴァを見て皆んな大騒ぎだった。アイリやイリヤも怒っていたけれど、母子を守り無事だったと知ると大いに喜び、エルヴァを褒め称えた。

 だけど、クロエは喜びもし褒めもしていたが、涙を流して悔しがってもいた。この子は僕と似た心境なのかな。

 士郎はアルバイトからまだ帰っていないらしい。なのでアイリとセラが治癒の魔術を使っていた。その後、ご近所の人に案内されて見知らぬ御婦人が挨拶に来た。セラが対応している。

 

「どなた?」

「エルヴァちゃんやエルマちゃんよ。お子さんやお孫さんを救けたとか、お婆ちゃんを助けたとか」

「はい。交通事故を未然に防いだり、道に迷ったお年寄りを家まで送ったり」

 

 応対を終えたセラを交えて話を聞けば、学校やアルバイトが無ければ、二人はそういう事をしているらしい。

 エルマは先月、川を流される捨て猫を泳いで救け、里親を皆んなして探したそうだ。全部で5匹がダンボール箱で流され、沈む寸前だったとか。

 イリヤが飼いたいとかなりゴネたらしいが、毛だらけになるとセラが反対したそうだ。それでエルマが知り合いに掛け合い、猫を引き取って貰ったという。

 その時に子供達も着いて行き、一緒に頭を下げたとか。一匹くらいなら飼っても良かったけれど、家の事はアイリやセラに任せているからね。これは仕方ないだろう。

 それに里親は、どうもエルマがこの夏にアルバイトへ向かう先で、お年寄りばかりなので却って可愛がられるだろうとの事だった。

 あの子もやり手だ。面白いアルバイトを見付けて来るもんだ。それも桜ちゃんを誘ってするそうだから、雁夜君も安心だろう。

 だけど……エルヴァが向かいに帰った後、僕は無性にむしゃくしゃしていた。原因はエルヴァやエルマの部屋がこの家に無い事だった。

 きっと増築や改築はあの子達が嫌がるだろう。今の距離感が良い事もわかっている。それでもだ。

 僕もアイリもエルヴァだけでなく、新しく出逢ったエルマを娘と思っている。けれどあの子は距離を縮めると遠慮してしまう性質らしい。

 そこをエルヴァもイリヤ達もわかっているので、不本意ながら今の状態がベストなのだと僕も頭では理解している。だけど、それでもだ。

 エルヴァだけでも大きな影響が感じられたのに、そこにエルマが加われば。イリヤもクロエも、少し会わない内に随分とお姉さんになっていた。

 それはとても、嬉しくて幸せな事だった。なのに一緒に暮らせないなんて……。

 

「親父、おかえり。エルヴァさんが怪我をしたんだって?」

 

 帰ってきた士郎にクロエが玄関で訴えたみたいだ。僕の知る限りの事を話すと安心した顔と、悔しがる顔と……君も複雑な表情をするもんだね? 

 

「クッソォ……けど、母子を守ったんだな」

「ああ。立派だよ」

「だよな……。さすが、姉さんだ……」

 

 声に出さず呟いたつもりだろうけど、僕もアイリも、イリヤ達も聞いていた。黙っているけどね。

 

 

「どうして掌握されなかったんですか!?」

「お母さんが私にしがみついて離れなかったからですよ。私の魔力でお腹の赤ちゃんに悪影響があれば困るでしょう?」

「ああ、それの検証は今まで……」

「ええ、した事はありませんでした。ですから仕方ありません。それとエルマ。家族を襲う可能性のある組織ならばあなたの采配で潰しなさい。それは目を瞑ります。ですが、私個人の復讐は禁じます」

「お姉様!」

「今回の事は司法に任せなさい。それが家族を護る事に繋がります」

「はい……」

「わかっていませんね? あの者は未成年です」

「未成年だからと? それが罪と何の関係が?」

「背後ですよ。あの者の親や親族を洗いなさい。面白いものが見つかりますよ」

 

 殴られて接触した短時間に、犯人の家族構成や犯罪動機を読んだらしい。母子家庭で母親は入り浸る男と二人してヤク中。犯人は子供の頃から虐待され、盗みを働いてでも金を持って来いとその日も殴られていた。

 学校にも行かせて貰えず、人生に、未来に絶望していたとか。ふざけるな。脳があるなら逃げろよ。遠い天地で住み込みで働けば上がり目もあったろうに。

 それがひったくりで他人に怪我を負わせた。カスの子はカス。DNAは越えられないと自ら証明した訳だ。

 だから私はヤク中二人を拉致させて、とある魔術師にタダ同然で売り飛ばした。濁った眼球や腐った内蔵、ヘタった筋肉に価値はなくとも、実験体としてはまだまだ価値がある。

 そしてクスリ(覚醒剤でなくヘロインだった)の売買をしていた組織を夏休み中に壊滅させた。数年後、少年院から出所したその者に帰る場所は無い。そこからの人生はそいつのものだ。

 

『それで野垂れ死ぬなら、しょせんはその程度の価値しか無かったのです。世に己という存在を食い込ませられない生命に生きる意味はありません。これは種を越えた絶対の法則ですよ』

 

 アサシン達に話した言葉だ。誰しもが働き、誰しもがもがいて生きている。それは存在を食い込ませるためだ。

 そこに社会的強弱や高低、ハンディキャップの有無もない。家が大金持ちである事や名家である事、貧乏でどん底である事も関係ない。できる事をしない者に存在意義は無いのだ。

 

 

 7月24日の土曜日は桜とともにアルバイト先の家を回った。ご挨拶と下見を兼ねてだった。

 それとかなり特殊な形態のアルバイトなので、どこまでを代行管理し、どこまで清掃などで入って良いのか、また掃除機の兼ね合いで電気は良いとしても、ガスや水道は使って良いのかなどを確認するためでもあった。

 学生のアルバイトではあるけれど、今回の訪問は最終の二次面接みたいなものだ。パリッとした格好が好ましいだろうと、桜と相談の上で結局制服を着ていった。これはこちらの所属と身分を明らかにするためでもあった。

 とは言え今回の五軒は、どの家もホームパーティなどでお互いを招き合う友人同士である。ルーツが海外で、平素は家政婦を雇える程度の小金持ちの老夫妻である事も共通している。

 だから屋内の清掃もある程度は行き届いている。なので大掃除の必要はない。必要不可欠なのはペットと庭の草花の管理と、あれば荷物の受け取りだけだ。

 最初は緊張していた桜だったけれど、一軒目のご挨拶と下見が済めば落ち着いていた。二軒目からは私に代わって、確認のための質問もしていた。

 五軒全部回れば丁度お昼前だった。桜に合わせて自転車はお姉様から借りたお買い物用だったので、見送りついでにマウント深山まで行ってそこでお昼を摂る事にした。

 入ったのは昔ながらの大衆食堂だ。ガラスケースからおかずを選べる、いわゆる一膳めし屋だけれど、このお店は定食もあるし丼ものや麺類もある。

 何よりここは安いし早朝から開いている穴場なのだ。どう穴場かと言うとハムエッグか卵焼きを選べ、そこにサラダと小鉢2品、味噌汁、ご飯、お新香が付いた朝定食がたったの420円なのだ。

 牛丼屋の朝定食よりかは幾分高いが、小鉢分お得とも言える金額だ。

 それに煮魚、焼き魚、野菜炒めなどに小鉢2品が付く、日替わりの昼定食や夜定食が630円ポッキリだ。勿論これにも、味噌汁、ご飯、お新香が付く。

 定食のご飯は基本中ライスだが、プラス50円で大盛りにもできる。小ライスも頼めるが、これに関しては30円引きとは行かないところが女性泣かせかな? 

 単品はトンカツが500円、唐揚げは480円。アジフライは二尾で360円。ウィンナ炒めは320円で、この他にも単品はたくさんあるし、ガラスケースにもその日だけの単品のおかずが並んでいる。

 それらの単品のおかずに250円プラスすれば、中ライスと味噌汁にお新香付きの定食にできるのもポイントが高い。

 ラーメンにチャーハン、餃子もあるし、牛玉子煮やニラ玉などもある。朝っぱらからコップ酒やビールを飲んでいるオジサンが気にならなければ、とてもリーズナブルだし意外と美味しいのがここが穴場たる所以(ゆえん)だ。

 

「こんなところ、初めてよ」

「何事も冒険、冒険」

 

 けれど場違い感は甚だしいだろう。可愛い女子高生が二人、しかも片方はどう見ても外人だ。オジサン達にかなりギョッとされた。

 けれど帰れとか、テリトリーに来るなとは言われない。私達が一体何を注文するのかと聞き耳を立てていたりする。

 だから私は────

 

「お酒の友セットを定食にできますか?」

 

 イワシの天ぷらにゴーヤの和え物、そして枝豆のお酒の友セットは430円だ。日替わりらしいけれど、これでお酒を飲んでいたオジサンが吹いた。やったぜ! 

 女将さんに本当にそれでいいのかと聞かれたので、それにプラスというか味噌汁を豚汁に変更して貰った。150円追加になるけれど、ここのは具だくさんだと事前に聞いていた。なら、試さない理由はない。

 桜は迷いに迷って、野菜炒め定食にしていた。冒険心が足りないと思う。なので代金私持ちで煮魚を単品で頼んだ。シシトウが乗ったサバ味噌煮だ。通はコップ酒とこの味噌煮を頼むそうだ。もしくは異様に安い、天ぷら並セット。

 天ぷら並セットとは、紅ショウガのスライスに海苔2枚、ちくわ半分、シシトウ2本に大葉1枚だけのセットだ。エビや芋などのメインがない。だけど熱々のおろしショウガ入りのツユが付いて380円。かなり人気があるとか。

 女将さんがサービスだと、味噌煮と一緒に大豆が入ったひじきの煮物を置いていった。こういうのが嬉しいよね。

 

「この味噌煮、美味しい!」

「でしょう? ほんのり山椒が利いていて。ひじきも美味しいよ」

 

 そして二人して弓道部の事やアルバイトの事を話しながら、中ライスをペロッと平らげてしまった。

 はぁ~、食べた、食べた。冷えたお茶を頂いてから、お代金を支払った。

 

「どうしてエルマはここを知っていたの?」

 

 お店の中では迷惑なので、表で紫外線防止クリームを塗る私に桜が尋ねてきた。

 

「う~んと」

 

 返事をしたいがクリームを塗り終えるまで待ってちょうだい。

 今日は炎天下に五軒回るのがわかっていたので、長袖のブラウスにしようかと話していたくらいなのだ。

 余談だけど穂群原の夏服は、小・中・高ともに近隣ではまず見ないパフスリーブが街の風物詩だ。それに部活の登下校で着ている訳だから、洗濯したてがクローゼットに掛かっている。

 なので半袖にしようと最終的に決まったのだった。長袖を出すのが面倒くさいってのもあったんだけれど。

 ちなみにパフスリーブとは呼んでいるが、ここまで膨らみが大きいとランタンスリーブというのが正しいらしい。カフス部分がもっと肘近くまで来るほど袖が長ければ、バルーンスリーブかブッファンスリーブなのだとか。

 また長袖のパフスリーブという呼び名は存在せず、ほとんどの人のイメージ通り、あれはジュリエットスリーブという。もっと膨らみが大きければエレファントスリーブだ。

 メイド服なんかで見掛ける膨らみが軽いものはレッグオブマトンスリーブで、穂群原高等部の長袖ブラウスのような膨らみがよりシャープで少ないものは、チキンレッグスリーブというのだそうだ。

 カフス部分が膨らんでいればビショップスリーブかペザントスリーブだが、制服のブラウスのようなショルダーとスリーブが真っ直ぐ断たれたデザインはビショップスリーブの特徴だ。

 ベストを上に羽織る場合、この膨らんだ部分をクイックイッっと摘んでベストから出すのが学園生の着こなしだ。

 また、半袖の場合はベストを重ねる頻度が少ないけれど、いずれにせよとにかく綺麗に膨らんで見えるように整えるのが重要なポイントだろう。

 というのは、この半袖は二の腕を締める構造になっていないからだ。普通のパフスリーブなら、袖口にゴムが入っているか、脇側にスナップボタンがあって、それを移動して自分の腕に合わせ袖を締めるものなのだ。

 だけど学園は脇側にスナップがなく、外側に切れ込みがある。デザイン上は可愛いのだが、切れ込みのせいで膨らみがキープできずに落ちて伸びやすいのだ。

 だからお姉様の半袖は脇側を裁断して縫い直し、スナップボタンを付けていらっしゃる。

 第一ボタンより上のホック追加は、2~3年生だとほぼ皆さんなさっているが、袖口の改造はお姉様だけだ。あの人はかなりオシャレというかコダワリ者だった。

 だらしなく着崩したり改造するのでなく、よりきちんと、より可愛く見えるような改良。こういうのは今まで誰もしていないと思う。

 そして強い日差しを遮る、赤いリボンが可愛い麦わら帽子を被った。これは桜からの誕生日プレゼントで、当然桜とお揃いだ。この子は姉の凛さんと違って帽子が良く似合う。

 だけど並行世界であったような、凛さんから渡されたリボンというのが存在しないのか、サイドにリボンを括ったりしてない。

 

「お待たせ。ここはね、衛宮の小父様や、桜のトコの雁夜小父様が結構使っているお店なのよ」

「お父さんが?」

「そう。知らなかった?」

「全然。でもどうして? お家でも作れるのに……」

「あの山椒が利いたサバの味噌煮なんかはさ。確かに桜なら作れそうだけど、それだけじゃ駄目なのよ」

「どういう意味?」

「あのお店のあの雰囲気と味。これが海外から帰った時に堪らないらしいわ。ラーメンも中華のラーメンじゃなく、和風テイストの支那そばだしね。あそこはお酒もあるし、サバ味噌煮とラーメンを一緒に食べられるお店なのよ」

「なるほど。それは家だと無理だね」

 

 相思相愛ならある程度縛り合うのも良いだろう。だけど、雁夜小父様と衛宮士郎さんはまた違う。今は二人の時間が楽しくとも、いずれは一人の時間も必要となる。

 それに年代によって、行き付けのお店などのテリトリーが変化する。それが男性というものだ。こういうのを少しずつ感じ取って貰わないと。

 姉の事を思い出すとか思い出さないとかの前に、一人の女の子として桜には幸せになって欲しい。それが親友たる私の願いだ。

 だってこの子自身が私に対して同じ事を思ってくれている。その事が伝わって来る。それが今の私達だった。私と桜は次に会う約束をしてから別れた。

 

 いつもならここで自転車散歩と洒落込むのだが、借り物なので真っ直ぐ帰る事にした。そうは言いつつも、コックのニコさんに電話を入れて必要な物がないかと確認を取った。

 結局なかったけれど、活気ある商店街の景色を楽しもうと、マウント深山を抜けるまでは自転車を押して歩いた。

 そうやってゆっくり歩けば、通りに面したお店だけでなく、少し入ったところにも知らないお店があったりして楽しい。

 お肉屋さんから漂うラードの匂いは、コロッケでも揚げているのだろうか? フランス料理のクロケット(バリバリッという咀嚼音が名の由来)に端を発するコロッケは、今となっては世界中どこにでもあるが、日本のお肉屋さんの揚げたてコロッケは何かが違うと思う。

 想像するにきっと業務用の塩コショウ、原価を抑えた衣、大量のラード、こういったものでバランスが取れているのだろう。いつぞやのお姉様が開陳したナポリタンと同じだろうな。

 何本目かの脇道からとても香ばしい匂いが漂って来た。醤油を焼いた香り? 何だろうと覗いてみると、店先に鉄板が見えた。少し進んで看板が見えるところまで行く。なんとお持ち帰りのホルモン焼き屋さんだった。

 100グラム150円。思わず200グラム買ってしまった。モツ好きなお姉様へのお土産だ。お店の前まで行ってわかったのだが、店の中でホルモンを肴に飲めるらしい。ここにも小父様達は通っていそうだ。

 串売りもあるみたいで、どこかの商店の子供なのか、串を齧っている男の子が居た。ディープだなぁと考えていたら、エルお姉様が残した知識がいきなり流れ込んで来た。

 

『大正泉尾のチ○ラ、西成萩之茶屋のや○きへ行きなさい。コラーゲンたっぷりのアブラを頼めば、半年はリップ要らずですよ』

 

 どんな情報だ!? 

 ○寅でじゃがバターウインナーを頼めという情報は視覚イメージから察するに、魚肉ソーセージとスライスしたジャガイモの炒めものだ。ディープ過ぎるだろう。

 高架下の大衆食堂、い○たやではすきみとホルモン汁を頼めと流れる。すきみはマグロのすき身。ホルモン汁は牛の内臓で作ったスープだ。フワという肺のホルモンが入っているそうだ。ところどころある太い穴は気管だろうか? 

 普通に入りたいなら都島の日本○食堂、港区の赤○食堂がお薦めだと流れて来る。はい? それ全部大阪だろう? 冬木からどれだけ離れているんだ? 

 そもそも何故こんな情報が? あの人は私に何をさせたかったのか? 女の子にはどうでもいい情報だよ。そういう勝手に流入して来る、無駄な知識を頭から追い払いつつ私は家に戻った。

 

 帰ればお馴染みの顔はどこにもなく、お久しぶりに先生がいらしていた。オーギュストさんの淹れたお茶を楽しみつつ、静かに本を読まれている。

 

「先生、こんにちは」

「あら、エルマ。おかえり。先日はありがとうね」

「いいえ。他の皆さんは?」

「凛とルヴィアは、新顔のマルガリータさんとお買い物。エルヴァはお向かいで来客の対応よ」

「来客って? お怪我でお休みの筈では?」

 

 実際は診断書を取った後に、魔術で傷はとっくに完治している。けれど大事を取って今日のアルバイトは休まれていたのだ。

 

「昨日の奥さんのご両親や、旦那様のご両親と旦那様がご挨拶にね。聞いたわよ? あれが罠だったらヤバイわね?」

「ある意味、あの状況がデッドスポットですものね」

「ね。行為自体は立派な事だけど、状況と場所が怖いくらいに噛み合って。エルとエルヴァの違いが如実に出たわね」

 

 ご自分でも仰っていたが、本当に赤ちゃんが心配だったんだ。お姉様らしい。お姉様はご自分の出生が出生なので、赤ちゃんや幼児をとても可愛がる。泣いていたら直ぐに変顔して笑わせようとするし。

 

「あれって赤ちゃんに悪影響が残るって本当ですか?」

「ううん。普通に考えるなら、残る場合があるかもってだけよ。それも胎児や嬰児が魔術回路を持っている事が最低条件だし、成長しても自覚できない人がほとんどなの。ただね、私や凜もそうだけど、エルヴァクラスの魔術師ともなると、魔術行使の余波が接触している人に大きな影響を与える可能性が高いのよ。例えばその胎児が魔術回路を持っていたら、開きやすくなったりね。これが魔眼持ちなら、最初から回路が開いている訳だからどう転ぶかわからないの。並の魔術師ならあり得ない現象なのよ。それで心配だからちらっと覗いたんだけど、あの旦那様の家系は魔術師では無いけれど、回路持ちに違いないわね。だからあの子は魔術を使わなかったのよ。今回はかなりなレアケースね。これに関してはエルヴァが正しいわ」

 

 そっか、回路持ちだったのか。それを察知されて……。エルお姉様なら母子は母子、命あっての物種だと魔術を使って救けるだろう。

 でもエルヴァお姉様にはそれができなかった。確かにそれは先生が危惧されるように弱点となり得る。だけどどちらが好ましい? 私は断然エルヴァお姉様だ。

 

「それで先生、今日いらっしゃったのは次のお仕事ですよね?」

「うん、そう。出発は26日でも27日でも良いけれど、今度も第五次の世界なのよ。前ほど特異な世界でなく通常パターンだし、開始前に入れるわ。なので今回はあなたとゾウケンとで立案してみてくれないかしら」

「私とゾウケン君とで? お姉様は?」

「勿論同行して貰うけど、今回はあなたの方法を凛とルヴィアに見せたいのよ。私も期待している部分があるし」

「と言いますと?」

「エルでもない、エルヴァでもない、あなたならではのやり方をね? それにエルヴァは姉として優秀なようね? 見違えるほどパーソナリティーが、あなたの中で育まれている。このホンの僅かな時間でもわかるもの」

 

 ああ……。声が出ない。お姉様に感謝だ。

 

 そこへお客様への応対を終えられたお姉様が、うんざりしたお顔で箱を抱えて返って来た。

 それも超お嬢様風な、襟にフリルや刺繍の入った真っ白い半袖のセーラーワンピースを着ていらっしゃる。こんなの持ってたっけ?

 頭にちょこんと乗っけた、白い麦わら帽子が素敵だ。おまけに編んだ髪にレースのリボンを結んでいるし。凄く似合うし可愛い。だけど、お姉様の年齢だと少しキツイかな? 

 

「お姉様、それ?」

「お客様にお会いするからお淑やかにと、お母様に。前々から用意してあったようです。この箱はエルマ、あなたのですよ」

「え~っ!? もしかしてお揃いですか?」

「ええ、お揃いですよ。後で着替えて見て頂きましょう」

 

 箱を開けると本当だ。お姉様とまったく同じだ。帽子まで入っている。

 

「うへぇ~」

「ね? 一緒に行きますから」

「……お願いします」

 

 これは少し恥ずかしいなぁ。このスタイルでお客と応対したお姉様は偉い。けれどノスタルジックな雰囲気があるので、私的には部屋着なら良さそうと思う気持ちもある。

 ただ、お姉様の好みとはかなり外れている。それはもう、どうしようもないくらいうんざりしたお顔だ。それでも一緒に見せに行こうと言うのだから偉いと思う。

 

「エルヴァ、似合うわよ。可愛いじゃない?」

「中学生ではありませんよ? 高校3年生にもなって、この格好は恥ずかしいですよ」

「そう言わないで、たまには着てあげなさい。それも親孝行よ」

「まぁ、そうですけど……」

「それにあなたがそういう格好をすると格が更に上がるのよ。こんな良いところの子が、身を挺して母親とお腹の子を助けたって」

「その効果は認めます。お婆ちゃんお二人が涙を流して手を握って下さり……。本当に無事で良かったです」

 

 精神的なものを心配していたけれど、好みとは違っても洋服が良い気分転換だったようだ。安心した私は、そそくさと着替えてお姉様と一緒にお向かいに行った。

 

 しまった。クロエちゃんもおチビちゃんも居るんだった。『似合う』『可愛い』と言われても、恥ずかしいだけだ。写真まで撮られるし。

 けれどご両親の笑顔を見てしまうと私もお姉様も何も言えない。二人仲良く散々弄られ、どよ~んと返って来たのだった。

 お礼という事で後で晩ご飯の肴にしてして下さいと、お姉様は渡したホルモン焼きを利用して、タマネギなどを入れて炒め直された。

 半分に分けたのだが、これがまた美味しくてこちらの分は凛さんと先生にの胃にほとんど収まった。

 だけど意外なのは、フィンランド人のルヴィアさんだ。あちらはトナカイなどのジビエが主流で、豚肉はクリスマスのご馳走なのだそうだ。

 なので豚肉の内臓なんて食べる風習がない。そういう部位の新鮮なモノが出回らないので、そっち方面のレシピがさっぱりなのだ。ルヴィアさんは終始微妙な顔だった。

 対象的にマルガリータさんは珍しそうに食べていた。ロシアは豚・牛・鶏・七面鳥と大概の肉が出回っている。だけどホルモンはさすがに初めてだとか。

 思ったより美味しいと話していたけれど。誰しもにウケるおかずではなかったみたい。お姉様の手料理で初のイマイチな評価だった。

 

 それより皆さん、ここまでセイバーさんとイリヤさんが静かなのを不気味に思いません? 

 そうです。気持ち悪いくらいに静寂を保ち、日々アルバイトに勤しんでいるのですよ。二人のマスターはお姉様。ハラワタが煮え繰り返る程怒りを溜めているのは間違いないでしょう。

 だけど、例え相手が犯罪者だったとしても、一般の人間を英霊が襲う訳にはいきません。だから次の仕事まで我慢しているのです。

 そんな手綱がいつ切れてもおかしくない状態で、私の采配に任せるので二人を存分に使ってくれと仰るお姉様。私はアーチャーさんとランスロットさんが戻るのを心待ちに待っていたのです。

 

 

 7月26日月曜日。各自ジョギングや運動の後、出発する子供達を見送ってから朝食を摂った。

 昨夜は大変だった。林間学校用という容量が50リットル以上はありそうなキャンプリュックが、各社から比較的安く出ているのだが、肝心なそのリュックを二人は持っていなかったのだ。

 慌てて新都まで走ったのは私だ。可愛いデザインを頼むと言われても困るっつうの。だって一週間分の着替えだよ? 

 お姉様が仰るには50リットルでも足りない場合があるので、60リットルに近いものを探して来なきゃ駄目なのだとか。どうしてもっと前々からリュックがないと言わないのか? 本当に小学生は困る。

 結局ヴェルデで見つからず、大手のスポーツ用品店まで行った。ファスナーを開いて最大58リットル。色は濃紺でマチや縁がピンク。お値段は一つ5千円ちょい。

 まぁ、こんなものだ。これなら家族旅行や、中学生になってからの一泊移住などにも使えるだろう。

 そこではたと気付いた。もしや美遊ちゃんはと電話を入れると、リュックは何とか(お姉様の渡したお金で)買っていたけれど、荷物が入らないと訴えていた。

 要領の良いあの子が入らないのかと驚いたこちらは、当初の予定を変更してお姉様が走った。

 やはり一週間分の着替えは多い。往復の制服は着ていくだけなので良いが、体操服は半袖・長袖の両方が二枚ずつ必要だ。半袖は部屋着兼寝間着で、長袖は活動時の虫除け兼キャンプファイヤーでの火の粉防止だ。

 そして帽子にジャージに水着も必要。うん? ビーチサンダルは? 

 

「ビーチサンダルは要らないの?」

「川での魚つかみ用らしいです。それで足の指を怪我しないように、上履きのズック靴が必要なんですよ」

 

 なるほど。セラさんの説明でわかった。だから宿舎用に『上履きの代わりになる靴』が別途必要なのか。そしてそれはどうやら外履きと違うスニーカーで良いらしい。

 後は……ジーンズ2本に、あればホットパンツか……。虫の居ない屋内と言ってもブルマだけだと可哀想だし、2枚は押し込んだ方が良いだろう。

 Tシャツはしおりを見れば、適宜と書かれてあるがこれがどうも怪しい。絶対に汗をかいたり、飯ごう炊飯などで臭くなるので予備が相当数必要だろう。

 そしてパジャマは夏の体操服で代用するので要らないが、普段着が2セットにタオルとハンカチが複数枚。飯ごう炊飯用に綿の軍手と新聞紙に、山登りやハイキングに使うナップザック……多いなぁ。

 軍手はゴムの突起物が無いタイプとわかっていたので、お姉様が先に揃えていた。それともしあるなら団扇と、炊飯場で火ばさみを逸早く見付けてゲットしろとアドヴァイスまでされていた。

 この意味がわからない人はキャンプ素人だと断定させて頂く。少ない薪で料理を完成まで持って行ける人が玄人なのだ。

 そしてもしキャンプ場が国立や公立なら、余った薪を針金の環にピッタリ収めて返せば、その分の薪が使われなかったと見做され、薪代が返金されるのだ。お姉様はこれをご存知なのだった。

 それはさておき、私はこれらをナイロン袋に小分けして、膝に体重を乗せながら空気を抜いてリュックに詰め込んだ。

 この他に水筒も必要だし……しおりに筆記具、宿題のドリルや読書感想文用の本も持参?! 向こうでも勉強させられるの? 大変だなぁ、小学生は。

 

「あっちにもセミがいるかな?」

「そりゃ、いるでしょうよ。山の中なんだから」

「そうだね。標高が高ければ、ツクツクホーシやヒグラシが居ると思うよ」

「ヒグラシって?」

「朝や夕方にカナカナカナカナって鳴くセミ」

「へぇ~」

「それよりあなた達、おやつはどうしたの? 山登りのドロップも必要だよ?」

「それは買ったよ。これ」

 

 ビニール袋にどっさりだ。

 

「多い! 絶対に300円を越えているよね?!」

 

 おやつだけは忘れないらしい。

 行き帰りのバス以外は口に入れるのが禁止で、山登りのドロップがメインだつうのに。この量じゃ5~600円分はありそうだ。

 いや、普通にスーパーで買えば1000円越えるだろう。これは新都のお菓子専門のお店に行ったな? 往復のバス代を考慮できないところが小学生だ。

 男の子じゃないから、何とか棒のようなスナック系は入っていないが、タブレット系がやたら多い。ガムが無いのが救いだろうか? セラさんの苦労が偲ばれる。

 

「バナナはおやつに入る?」

 

 定番な質問を! 

 

「行きで食べきらないと腐るでしょうがっ!!」

 

 一週間はやはり長いよね? 

 

「一応しおりでチェックしたけれど、他に必要なものを忘れてないかな?」

「ないと思うけれど」

「ナイフやライターが要るだろう?」

 

 小父様のピンぼけ発言だ。

 

「要りません! どこの世界の5年生にナイフやライターが必要なんですか! と言うか、学校の説明会に行ったのがセラさんだけって……。そこはアイリ小母様も行かないと。でしょう?」

「だって、そんなのわからないもの。エルマちゃんが用意してくれて助かるわぁ」

 

 出たよ、無責任な発言。っていうかセラさんとアイリ小母様はどっちが保護者で親なんだ? 自覚を持って欲しいなぁ……。

 ふぅ~。初日のお昼ご飯は、宿舎で入所式後に摂るらしい。なので、荷物を詰めるのはそれで終わった。二人分となると本当に大変だ。

 世の双子のお母さん、ご苦労さまです。三つ子以上のお母さんは尊敬します。アイリ小母様は別として。

 

「エルマちゃん、目が冷たい」

「悪うございました」

 

 水筒は大小二つは欲しい気もするけれど、一つが限度だろうな。中蓋を絶対に閉め忘れるなと念を押して、明日の朝サイドに入れなさいと指示してあげた。

 

 そんなバタバタな前日とは打って変わって、二人は小父様のクルマから元気よく手を振ってくれた。ここから美遊ちゃんを拾ってバスが待つ学園に向かうのだ。

 昨日の朝から第五次向けの案を練ったり準備を済ませていて良かった。さぁ、着替えて朝練だ。

 

『いよいよ儂の出番じゃな。エルマや、時系列的なイベントは儂にはわからんが、間桐の事と、心理戦は任せてくれい』

「うん。期待しているよ、ゾウケン君」

 

 あちらで私用にとエルお姉様がお造りになったカードを先生から預かった。

 セイバーはジークフリート(予備カードで円卓の誰か)、アーチャーはアタランテ、ランサーはワルキューレ(の誰かが私の好みで)、ライダーはブーディカ(予備でアマゾネス三姉妹の誰か。どちらのカードもアーチャーやランサーにセイバーを兼任する)となっていて、キャスターはナーサリー・ライム(今回の目玉)で、アサシンは不明だという。

 ナーサリー・ライムは仮の名で、厳密には英霊の座に繋がったものではない。実態は童謡や童話に対する人々が幼少期に抱いた『信仰という概念』を、固有結界として発動できるアイテムで特殊礼装だ。

 そしてアサシンのカード。ハサンの名を受け継いだ者ではないが、教団の誰かではあるらしい。私のアサシンは知っているらしいが、『その能力はカード向きである』としか教えてくれなかった。何だろう? 

 とは言え、エルお姉様渾身の力作であるらしく、ゾウケン君曰く私にしか使えないだろうとの事だった。

 

『エルマや。このカードは子供達や遠坂などに貸してはいかんぞ? お主以外じゃと誰も使いこなせんじゃろう』

 

 自惚れるつもりはないけれど、危険度から見るなら私もそう思う。謎も多いしね。

 

「では、行って来ます」

『おう、しっかりの』

『いってらっしゃ~い』

 

 階下に降りるとお姉様がお待ちだった。今日は自転車でなくバスなのだとか。

 昨日のアルバイトも、行く行かないで戻られた小父様と口論になり掛かったらしい。大事を取ったというポーズだろう。

 桜が乗っているバスに乗り込む私達。

 

「おはよう、桜」

「おはよう……ございます?! エルヴァ先輩、エルマ……さん」

 

 驚き過ぎだけど、お姉様はお顔に絆創膏ありだからなぁ。

 

「どうされたんですか、先輩?」

「おはようございます、間桐さん。金曜日に大立ち回りをしてしまって。言ってみれば名誉の負傷です」

 

 桜の隣に座った私が、ざっとあらましを話すと心底驚いていた。お姉様は一つ後ろの席に座られている。

 

「そんな女の子が……って、言えませんね。先輩のお蔭で救われた命があるんだから……」

「ご心配をお掛けします。ですから、間桐さん。この顔の怪我は自転車でコケた事にして下さいませんか」

 

 う~ん……。それはそれで心配されますよ? 

 

「大袈裟に言わず、真実の一部をサラッと。ひったくり犯逮捕の協力をした際の名誉の負傷で良いのでは?」

「その方が無難ですか……」

「エルマの言う通り、その方が先輩らしいと思います」

「では、それで行きましょう」

 

 道場は活気に溢れていたが、先週よりは落ち着きを取り戻している。早過ぎる1年生はほとんど同じバスだったのだ。その分、私はお姉様の状況を説明する羽目になった。

 結局、お姉様は朝の挨拶で再度全員に説明され、レギュラーミーティングではもっと根掘り葉掘り尋ねられたようだ。特に美綴部長から。

 同じ空手の有段者だから、お姉様が殴られた事に納得行かなかったようだ。だからレギュラーには妊婦さんの事も話されていた。

 なので結局、心配させてしまう結果になってしまった。けれど、皆さんお姉様の行為を褒めこそすれ非難する声は無かった。

 そして練習が始まれば質問も途絶えた。気持ちの切り替えの早さは弓道部ならではだ。他の武道よりメンタル面の影響が大きいので、高校生にしては不動心の強い人が多いのだ。

 

 1-Aの清水結菜、1-Bの小島夕佳、1-Fの麻上美衣子の三人組がお姉様に声を掛けて来た。先日お姉様がお休みになった時に他の先輩からみて頂いた事で、それぞれが課題と問題点を絞って来ていたのだ。

 こうであるなら付きっ切りになる必要もない。また他の3年生や2年生も協力しやすい。

 三人の中でのリーダー格は清水結菜だが、幼馴染みの小島夕佳がかなりの頭脳派で、イケイケになりがちな清水結菜をよく抑えていた。またそこに加わった麻上美衣子がとても思慮深い子だった。

 本家は信州の豪族、浅神家に連なる旧家のお嬢様。親族には関東の名門女子校、礼園女学院をお手本とした浅上女学院の経営母体である浅上家がある。

 製糸業から端を発し時代とともに重工業へと変化していった一族の事業は、今やあらゆる分野に広がっていた。その間、本家の浅神家が没落し、今の本家は分家筋だった浅上家と見做す向きが多い。

 その分、本家の末端だった麻上家は別天地で気楽に事業を行えた。イリヤお姉様やエルお姉様の世界では割を食っただろうけれど、ここでの麻上家は県下有数の高額納税者だった。そんな麻上家の一人娘が、麻上美衣子である。

 

 人は自らの自由意志を越えて、何某かのグループに所属している事にされる。カテゴライズも第三者が決める事で、本人は余り関係なかったりするものだ。

 そして1年の女子弓道部員は、麻上さん擁する清水グループと、私と桜が居るアインツベルン・グループ(何故かリーダー格は私とされている)、その他が二つと大きく四つのグループに分かれていた。

 これは仲が悪いとかでなく、1年女子の構成によるところが大きい。穂群原はどの学年もAB組に運動部員が多い。先生方も万遍なく生徒を割り振ってクラス編成している筈だが、何故かそういう傾向があるのだ。

 その結果、今年の弓道部1年女子もAB組がやたら多い。CD組はD組の桜と私だけでC組は皆無だ。EF組はE組に二人とF組の麻上さんの三人。つまり普段の授業やホームルーム、体育や調理実習、お昼の食堂やお弁当、こういったところでグループ分けが自然となされる訳だ。

 要はA組グループと、B組グループ。そこに入らない清水さん達幼馴染みグループ、そしてE組の二人に私達D組だ。F組の麻上さんが清水さん達と仲良くなったように、E組の二人と私達も自然と話す機会が増えた。

 そのE組二人の名は迫水澪(みお)さんと袴田琴音さん。名は体を表すというか、迫水さんは姓も水なら名も水が入る、水も滴る美人さんだ。

 そして三代か四代前のご先祖には、間桐に嫁いだ人が居た。つまり雁夜の小父様には迫水の血も入っているのだった。

 もう一人の袴田さんはお姉様曰く、武家屋敷街に居を構える武士の家系で、あの衛宮の家の斜め向かいだという。

 ただ二歳下の女の子が居たとは知らなかったそうだから、子世代が独立して別に家を建て、核家族化していたのだと思われる。

 聖杯戦争のような大きなファクターだと変化する範囲も大きいだろう。良い例が遠峰先輩だ。それとは別にほんの些細な事から変化していく事例もある。それがこの二人だった。

 要はこの二人、白石先輩の中学時代の後輩で、ある意味信奉者だったのだ。

 白石先輩は中学までは他の市に住んでいて、その地元の中学に通い弓道をしていた。そしてその先輩に憧れていた同じ中学の後輩が迫水さんと袴田さんなのだ。

 穂群原まで追いかけて来たのは驚きだが、二人は妙に節度のあるウォッチャーだった。

 また弓道部に入ったのは、中学時代に入らなかった事を後悔したからだそうだ。そこで間近でウォッチングしようと弓道部の門を叩いたのだが、いざやってみると段々と面白くなったらしい。

 そして初的前での的中を白石先輩の指導で味わいもした。今は弓道が好きで、弓道部の先輩方全員を気ままにウォッチングしている。そんな風に変化したのはお姉様と白石先輩のお陰だという。

 入部動機は不純だし、まかり間違えばストーカーだ。だけどそんな悪い印象を一切感じさせないところが凄い。

 詰まるところ、距離感が絶妙なのだと思う。先輩後輩の領域を越えないし、出身中学が同じだからと甘えたりもしない。ただ、静かに白石先輩を応援し、他の先輩方を含め眺めているだけ。

 実態を知ると怖い気もするけれど、線引きがきちんとできているのでアサシンの報告と本人達の告白がなければ気付かなかっただろう。

 では、何故私にそれを告白して来たのかと言うと、私がお姉様に恋している事を見破ったからだ。まぁミエミエな態度もあったし、わかる人にはわかるという事だ。

 ま、それはそれで良いのだけれど、彼女らに言わせれば私はある意味、究極のウォッチャーなのだそうだ。

 妹という最高に美味しいポジションに居るにも関わらず、姉という肉親に恋をし、それをひた隠しに隠して静かに見守っている。その姿にシンパシーを感じるのだそうだ。

 それをお姉様が休まれた日に、喫茶店へ誘われ聞かされたのだ。世の中、壁に耳あり障子に目ありどころか、じっと見ている人も居るものなのだ。この件はアサシンのマスターとしての私に、かなりの衝撃を与えた。

 余りにも余りな事なので、トチ狂った私は『お姉様が好き』というこの一点のみを隠してお姉様に相談した。それが土曜日の夜だ。お姉様はこう仰った。

 

『態度にも出さず、声にも登らせず、相手に気付かせもしないなら、それは無かった事象です。その二人はあなたを心配してくれているのかも知れませんね?』

 

 へ? 

 

『だから、あなたの気持ちが誰に向いているかを知ってしまったから、バレないように気を付けなさいと。やるならここまで徹底しなさいとアドヴァイスとエールを贈って下さったのかも』

 

 なるほど、これはあるかも。

 そして自室に戻って、この事をゾウケン君とルビーに話せば思いっ切り呆れられた。

 

『エルマ、それはじゃな……。お主の気持ちをエルヴァは知っとるという事じゃぞ?』

『エルマちゃんは、究極的に面白い人ですねぇ~』

 

 指摘されて私は死にたくなった。今朝、一緒に登校できた私は偉い。開き直っただけだけど。

 そしてこの日お姉様は、清水結菜、小島夕佳、麻上美衣子の三名に足して、迫水澪と袴田琴音の計五名を指導されていた。

 

「迫水さんも袴田さんも射型が整っています。その頭の中のお手本を、理想に昇華しましょう。そしてそれを現実の自分の体型に合ったカタチに切り替えて行きましょう。そうすればもっともっと上手になりますよ」

 

 優れたウォッチャーは、優れたフェイカーでもあったのだ。特に迫水さんだ。私の目から見ても、彼女は麻上さんと並んで上手いと思う。

 そこでふと思った。並行世界の間桐慎二は弓道部副部長である。魔道の家の子孫として、魔術回路こそ無くとも物覚えの良さや賢さは受け継いでいた。だけど弓道のセンスは迫水家の血かも知れないなと。

 何故ならこの日、迫水さんは皆中を果たしたからだ。麻上さんと袴田さんは三中、清水さんと小島さんは二中だ。そこに私と桜だから、今年の1年女子は奇跡の学年だと先輩方が仰ってくれていた。

 

「あなたや私は猫耳や犬耳が似合いそうな顔ですが、迫水さんは間桐さんと並んで亀甲縛りや股縄が似合いそうな顔ですね?」

 

 帰りのバスから降りて、桜が乗ったバスを見送る私達。ポソっと耳元でそんな事を言わないで、お姉様。どんな被虐顔なの? 

 家に帰ると美遊ちゃんのお兄さんが居て、お姉様にお詫びしていた。事情を美遊ちゃんの置き手紙で知ったお兄さんは、帰国で疲れているだろうに大慌てでここまで来たらしい。

 結局、アルバイト代が入るのは来月なので、5万円は来月まで待ってあげるそうだ。

 

「随分買い込むなと思ったら、そんな事になっていたのか」

 

 事の顛末を把握したアーチャーさんは呆れていた。ランスロットさんは言葉が見つからなかったようだ。こういう問題に対処するには現代の経験が浅いからだと思う。

 

「それだけ真面目な子なのです。もっと言えば、自分自身に対するズルさすら持ち合わせが無い訳です。それだけに周りの年長者である、私達がしっかり見守ってあげませんと」

 

 衛宮さんはお姉様に何度も頭を下げていた。そして今度は話題がお姉様の顔の絆創膏になった。被害者は無事だし犯人は現行犯逮捕なので、今後は塀の中だろうと話すと皆さんホッとしていた。

 その後ロシアの事をルヴィアさんと凛さんが話し、マルガリータさんを交え衛宮さんと打ち合わせをしていた。対する私とお姉様は、先生を中心に英霊の皆さんやゾウケン君達と次回の仕事についてブリーフィングをした。

 なおイリヤさんとセイバーさんは、まだアルバイトから戻っていないのでお姉様がパスでの中継だ。

 ブリーフィングを終えた私は、夕食が始まるまで部屋でゾウケン君と話していた。

 

「ゾウケン君。亀甲縛りってどんなの? いや、そういう模様にするんだってのはわかるけど、何で人を縛るのかなって」

『むぅ、それを儂にな……。世にはな、惚れたおのこ(男子)に束縛されたいと願うおなご(女子)もおってな。お互いの信頼や愛情が、あの縄で繋がると言うか……』

 

 そこからゾウケン君の奇っ怪な迷解説が始まった。

 

『縄なら何でも良いわけではないぞ? 使うのはジュート。それも天然の黄麻(コウマ)から作られた縄に限るのじゃ。知っとるか? 和名は綱麻(ツナソ)と言うんじゃが。主に東南アジアで採れるのでインド麻とも言う。近種に縞綱麻(シマツナソ)というのがあるが、あちらはモロヘイヤとして食用にもなっとる』

 

 ほぅ。モロヘイヤって麻なんだ? 

 

『この麻縄をまずは鞣(なめ)さねばならん。湯を替えつつ煮沸洗浄を小一時間は行い、軽く柔軟剤を入れて洗濯脱水じゃ。これは縄に含まれる不純物を取り除き、消毒する意味がある。そして日陰の風通しの良い場所で乾燥させ、純度の高いオリーブオイルか馬油を少量手に取り塗り込む。乾燥後に毛羽立った部分を焼いて、端をエイトノットで仕上げるんじゃ。こうしてやっと女体に優しい縄となるんじゃよ』

 

 詳し過ぎだろ!? さすがは束縛の間桐か?! 

 ちなみにエイトノットはロープワークの一種で、かなりしっかりした結び方だ。人類の歴史の長さを表すかのように、ロープワークは多種多様だ。結び目を言語にしていた民族も大昔にはあったそうだから。

 有名なのはダブルフィッシャーマンズノットや、トラックなどで荷物を締めるトラッカーズヒッチだろうか。私の知識にはアイシクル・ヒッチ、マーリン・スパイク・ヒッチ、キャッツ・ポウ、ティンバー・ヒッチ、シェア・ラッシング、ウォーター・ノット、ラウンドターン・アンド・ツーハーフヒッチズ、フィギュア・エイト・フォロー・スルー・ループ、ボウラインノット、オイスターマンズ・ノット、インライン・フィギュア・エイト・ノット、クリート・ヒッチ、オルブライト・ノットなどなど、今挙げた三倍は記録されている。

 

『亀甲縛りは見せるための縛り方でな。他に菱縄縛りや梯子縛りなどがあるんじゃが、拘束は意外と緩いものなのじゃ。まずは上半身の、腕の縛り方から覚えるべきじゃな。後手縛り、高手小手縛り、下手小手縛り、背面観音縛り(背面合掌縛り)、諸手上げ縛り、鉄砲縛りなど後ろ手の方法は多い。きっちり縛れたなら、英霊でも抜け出せん』

 

 なんと。どんなに馬鹿力があろうとも、初期動作を行えるマージンを持たせず、かつ筋肉へチカラを送れない範囲へ縛り上げると動けないのだそうだ。仮に関節を外せても、縄抜けの無理な縛り方もあるのだという。

 

『前手縛りの方法が少ないのは縄抜けしやすいからじゃ。それと関節を殺す縛り方に屈腕固定縛りや屈脚固定縛りがある。脚の方の屈脚固定縛りは胡座縛りやM字開脚縛りへと展開できるし、羞恥心を煽るにはもってこいじゃ。これに股縄を併用すれば良かろう。また飽きれば狸縛り(寝狸)という方法もある。竿や欄干を利用して開脚にした狸縛りは女房にようやったわ』

 

 間桐臓硯は縄師であり、緊縛師だった。頭ではドン引きしているのに、相手がゾウケン君でなくお姉様に置き換えると、とたんに縛られたくなる。

 愛情と信頼関係があってこそというゾウケン君の言葉は本当だと思った。

 

「ゾウケン君。ズバリ聞くけど、それ鶴野さんに教えた?」

『いや。あいつは縄の美を解さんじゃろう。桜は素質があったがの』

 

 え? 縛る方? 

 

『そうじゃ。縛られるから縛り方の加減がわかるものなのじゃ。ま、本人が望まんじゃろうが、狂っとった頃の儂は何を考えておったんじゃろうな。桜にきちんと教えれば女縄師として一世を風靡したろうに』

 

 そういやイカれた桜は、虚数魔術で布みたいなものを使うんだったっけ? ゾウケン君は案外と人を見ているものだ。

 

「じゃ、縛られる方に向いているのは?」

『あんまり言いとうないが……。お主か遠坂のあやつじゃろう。何せ二人とも、既に姉や妹に心を縛られとる。手に入らぬものなら、そういう慰め方もあるからのぅ。エルマや、お主はそれを知れ。縛られてはならん。儂がエルヴァを遠坂のサーヴァント枠に入れろと意見した真相はそれじゃ。お主は無意識に姉に甘えとる。そこを直さんとな。ま、おそらくイリヤがそれなら自分が入ると反対するのじゃろうが』

 

 そうなのだ。ゾウケン君は次の第五次で、アーチャーにお姉様を、セイバーにセイバーさんを嵌めてクラスを奪えと言ったのだ。

 確かにお姉様なら令呪の縛りも無視できる。セイバーさんにもその方法は使える。

 何よりアーチャーさんとランスロットさんにイリヤさんを遊軍で使える点が大きい。情報工作はアサシンだけど、対サーヴァントへの実力行使となると、この三人に任せる他は無い。

 そしてこれは衛宮・遠坂陣営の同盟を有無を言わさずに行える。反対するなら桜の現状を暴露し、衛宮さんには正義の味方の資格無しと断罪し、遠坂凛さんにはセカンド・オーナーの資格無しと断言してしまえば良い。

 お姉様は反対なさるだろうが、私は真実を知っても動けない者に価値はないと考えている。人の価値は動いて実績を残してナンボだ。

 また、私はどうしてもお姉様を立ててしまう。だけど今回は私が案を出して、皆さんに指示を出さないといけない。そう考えるとお姉様と離れるのは、不安もあるけれど、私にとって良い事なのかも知れない。

 衛宮さんに対しては荒療治と思うけれど、ゾウケン君の意見は私を大いに納得させた。

 

「それでゾウケン君、間桐はどうするの?」

『お主と儂で特攻じゃ。ルビーで転身して儂を握れば、思念も魔力も増幅されるじゃろう? 蟲どもは儂の支配下じゃよ』

「なるほど。それで桜を?」

『もあるし、慎二も救ってやらねばな』

「ゾウケン君……。でも、第五次の間桐臓硯は救えないよ?」

『第五次ともなると、かなり腐っとるんじゃろう? それは予測できた。トドメは儂が刺そう』

 

 ゾウケン君の決意を聞いた私は、満足してお風呂場に向かった。

 

『着いて~来れるかァ~♪ 嗚呼~上等さァ~♪ 宵闇にィ~新都へ渡るゥ~未遠のぉお~大橋~ィ~♪ 友の諌めも~右から左~♪ 死ィ地へと~ひィた走るゥ~二人でぇすゥ~♪』

 

 お姉様……。何の歌だよ……。めっちゃ、コブシが効いているし。

 先客はお姉様と凛さんだった。タオルで頭を包んだお二人は上がり湯だったようで、上機嫌なお姉様が歌ってらしたのだ。

「それでエルマ。次はあなたが先導でしょう? 本当にエルヴァをアーチャーに?」

 

 体を拭いている凛さんだ。お姉様はまだ湯船で歌ってらした。それもラフマニノフのピアノ協奏曲第3番の第三楽章だ。

 有名なのは2番だけれど、エルお姉様と同じくエルヴァお姉様もこの協奏曲がお好みだった。それもホロヴィッツのゴールデン・ジュビリー・コンサートでの疾走るような弾き方を声で再現されていた。

 実は、お姉様はこの曲を全曲通して譜面無しで弾ける。カデンツァも有名なものを幾パターンも弾き分けられるし、ご自分のアレンジも数種類お持ちだった。

 だけど、この曲はホロヴィッツにトドメを刺すと断言されている。私もそうだろうなと思う。

 リストのハンガリー狂詩曲第2番、コルサコフの熊蜂の飛行、ショパンの幻想即興曲、同じく『革命』エチュード、同じく練習曲第11番の『冬の風』、同じく『大ポロネーズ』、同じく『英雄ポロネーズ』、ベートヴェンのピアノ協奏曲第5番、同じくソナタ『月光』の第三楽章、モーツアルトのピアノ協奏曲第21番……。

 このような超絶技巧を必要とするピアノを譜面無しであっさりと弾き切る。それもメトロノームのように機械的にも、緩急を付けた叙情的にも自由自在だ。

 お姉様曰く、エルお姉様だった頃、桜のみならず葵小母様からもプロを目指すべきだと言われたそうだ。だからクラシックがわかり、ご自分でもピアノを弾かれて良くわかっているルヴィアさんも、お姉様の腕を惜しまれている。

 湯船で歌うくらいだから本当に好きなのだろう。だけど趣味で留められているところがお姉様だ。そしてご本人はサティのジムノペディやアニソンをよく弾かれれている。

 これはエルお姉様も同じで、ドビュッシーの『月の光』を弾いていると思えば、ラグタイムからジャズに行ってしまう。頭の中の音符が譜面から飛び出してしまうのだ。

 それだけにエルヴァお姉様が、弓道をなさるお姿が不思議でならない。

 あ、歌が変わった。これはユーリズミックスの『There Must Be An Angel』だ。

 途中のAh~も魔術併用で自分の声だし、ハーモニカまで声で出している。ワンダーさんもビックリだ。

 

「本当に歌が巧いわね……。で、アーチャーに?」

「はい、そのつもりです。お姉様ならあちらの凛さんをちゃんと導いて下さいますよ」

「そこは疑わない。戦力にも不安はない。けどさ……」

 

 歌がバグルスの『ラジオスターの悲劇』になった。次はクィーンかな? 

 

「わかりますよ、言いたい事は。ですが、エルお姉様は、過去にセイバー、キャスター、そしてバーサーカーに入られています。ですから大丈夫ですよ」

「キャスターはわかるし、セイバーも不安はあるけど枠を押さえるためならわかるわ。けれど、バーサーカーは無いでしょうに?」

「これも枠と言えば枠です。3ヶ月も前に召喚されるメリットは大きいですよ。問題はそんなに早いタイミングで入れる世界が滅多に無い点ですね」

 

 私はこの時、何かが引っ掛かったが、それが何かを思い出せなかった。

 お姉様がラジオスターを途中でホッポリだし、その次の歌がカーペンターズの『イエスタデイ・ワンス・モア』だったからだ。めっちゃウマい。あの声質でカレンの低音が出るのか。涙が出そう。凛さんもジーンとしていた。

 私が浴場に入った頃に歌が終われば、今度はキャロル・キングの『You’ve Got A Friend』だった。

 私は真っ裸で湯船に飛び込み、お姉様に抱きついた。冬でも春でも夏でも秋でも。いつでも私を導いて下さいますか? 

 涙でボロボロだった私の前髪を掻き上げて、お姉様は『勿論』と、そして『You’ve Got A Sister』言って下さった。

 私はお姉様にしがみついてお名前を呼び続けるだけだった。ちょっぴりのぼせていらっしゃったようだけど。

 わかった……私は不安だったんだ。次は自分で采配しなければならない。だけどお姉様が見守って下さる。なら、もう怖くない。

 親友の桜がどんな目に遭っていても、必ず救ける。

 

 

「密航してでも行くぞ!」

 

 こうなるのを予測していたのはお姉様とルヴィアさん、そして先生だっだ。だけど一人一人がそこに気付いて、前もって手を打てないと意味はない。なので黙っていたそうだ。

 何の事かと言うと、先だっての怪我で衛宮の小父様と小母様、そしてクロエちゃんとイリヤちゃんがとても心配していたのだ。それで小父様が連れて行けと先生に直談判したのだ。

 

「本音はエルヴァもエルマも行かせたくない。だけどそうはいかないのでしょう? なら、こちらとしては家族全員で行くくらいの気持ちがある。そこを僕だけで良いと言っているんだ。飲んで貰えないだろうか?」

 

 先生もかなり困った顔をしたが、さすがに親の気持ちはわかるらしく最終的には認めた。

 

「今まで済みませんでした。わかって頂けると思い込んで、親の気持ちを蔑ろにしていました。甘いですね」

「いや、あなたを一方的に責める気持ちはありません。どこかの僕の後始末でもある訳ですし。それにあなたのやろうとしている事に僕も妻も賛同しています。ただ、負担が娘にだけ掛かるのが納得いかないと言いますか……」

「そうですね。では、保護者参観というカタチにしましょう。作戦などへの参加は構いませんが、それ以外は手を出さない方向で。何故なら理解されていると思いますが、行った先の衛宮君の養父はお墓の中です」

 

 そうだよ。突然顔を合わせたら幽霊だよ。だからあちらの衛宮さんと小父様を会わせられない。

 

「そしてイリヤスフィールに万一見つかれば、殺される可能性もあります。そこは絶対に忘れないで下さい」

 

 そこのアインツベルンにとっては裏切り者で、イリヤスフィールにとっては母を犠牲にし自分を見棄てた男だ。

 

「自分の身は自分で守ります。エルマ、アサシンを何人か借りられるかな?」

「五感共有ですか?」

「概ねその線だ」

「わかりました」

 

 そうして私と桜のアルバイトが始まる7月27日の午前2時に、マルガリータさんのお見送りを受けて私達は世界を越えた。何としても5時間後の午前7時には戻らないと桜が困る。犬の散歩があるのだ。

 だからあちらでのリミットは長くとも三週間だ。




次回から第五章、エルマの第五次聖杯戦争です。
そこに描かれる『if』は、考えた人も居たと思います。文章にするのが難しく、今もこれで良かったのだろうかと悩みます。
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