その1
001、1月27日
先生曰く、重かったらしく(人数なのか?)1月20日の予定が27日になってしまった。おまけにこの世界は、先生の弟子の凛さんが居る訳でもなく、第四次に立ち寄ったというような過去もない。
なので、見付けてはいたが後回しにしていた世界なのだ。裏返せば今回が実質のデビュー戦となる私に向けた、優先順位の低い世界なのだった。
行く限りは皆んなを救けたいが、そうならない場合もある。前回、前々回とは異なり、見捨てても構わないとさえ考えているのかと訝しむほどの順位の低さだった。確か百数十番目で、下から四番目くらいだったと思う。
だからこそ私は意地になった。私は一時的な拠点を双子館と定めるや否や、アサシンをグループ分けして情報収集にあたらせた。
凛さんとルヴィアさんにはロシアに同行した彼を付けた。同位体の彼も同時に付けた。そして先生には私の右腕である、二人の女性アサシン、小父様には例の三人を付けた。
ただ、三人の同位体は手元に残した。これは情報収集に必要だったからだ。
そうやって布陣を組んだ後にもう一つの双子館へ、アーチャーさんやイリヤさん達と向かった。家探しすると案の定仮死状態のバゼットさんが居た。左腕をスッパリ切り落とされた、痛々しい彼女を手当して運び出す。その後拠点に移して介抱した。
続々と情報が集まる中、バゼットさんが目を覚ました。1月30日の事だ。
「ここは……」
「敵ではありません。取り敢えず今は寝ていなさい」
そう言って先生が眠らせた。正解だろう。混濁した意識で暴れられても困る。そしてもう一つ困った事があった。
「ダメだ……。何回試しても空きがバーサーカーとセイバーしか残っていません」
「どういう事ですの?」
「例外はあるって事ですね。ここの凛さんが既にアーチャーを喚び出したとは考えづらいので、アインツベルンがアーチャーを既に取っていたと考えるのが妥当でしょうか」
「それって……召喚されたサーヴァントはわからないの? ヘラクレスがアーチャーなら最悪よ?」
「ですがリン。その方が良いのでは? 話が通じる可能性もありますわよ」
これは私への課題なのだろう。お姉様は既に地脈から大聖杯をキャッチして真相を知っているようだが、私には教えられないと目配せするだけだった。
なので大聖杯を探ってみた。地面に手のひらを当てる私の手の甲にイリヤさんが手を置いた。
「同調させて。この方法は私も知っておいた方がお得でしょう?」
頷いた私はその先を探った。地脈をたどり霊脈を掴む。やがて感覚は円蔵山の大聖杯へと。
「この嫌な感じがアンリ・マユね?」
「そうです。そこに触れないようにして。ここ。ここが召喚システムなんですが、わかかりますか?」
「ああ、なるほどね。間違いなくアーチャーだわ」
ああ、やはりアインツベルンはアーチャーを召喚していた。
「それもあるけれど、ルヴィア。ここの衛宮君はセイバーの聖遺物を持っている。万一先にセイバーを召喚されると残るはバーサーカーよ?」
「う~ん……。エルヴァさんならどうにかしそうな気も致しますわね?」
「どうにかって……方法なんてあるの?」
凛さんがお姉様に尋ねた。
「その前にエルマ? あなたは士郎クンをどうするつもりですか? あなたの方針を聞かせて下さい」
そう言われてしまった。
「小父様の意見を取り入れて、彼を参加させない事に決めました」
「では、セイバーは?」
「小父様をマスターにして、セイバーさんで枠を取ります」
皆さんギョッとされたけれど、当の小父様とお姉様だけは頷いていた。先生は少し首を捻っていたが、私もこの段階で小父様があそこまでするとは夢にも思わなかったのだ。
「じゃ、エルヴァはどうするの?」
「どうせ触媒は例のペンダントでしょう? それなら割り込みは簡単です。それに彼女なら最初からセイバーを喚ぼうと、狂化の一節も加えないでしょうし。なら、こちらからエキストラ枠を引っ張れば良いですよ。ウォッチャーを取れれば面白いですね」
「ウォッチャー? そんなのあるんだ?」
「エキストラ……。他に何がありますの?」
「他はルーラー、シールダー、アヴェンジャー、ウォッチャー、ビーストなどですね。このビーストはあのヘラクレスのバーサーカーに、悪魔付きを付与しつつ獣性覚醒召喚した方法とは異なり、大聖杯に元から刻まれたクラスです。また、ドクター・ハートレスがフェイカーというクラスを倫敦で作っていましたね。クラスだけなら案外外部からも作れるものなのかと驚きましたよ」
「あの骨の戦車ってフェイカーだったんだ?」
「エルヴァさん、祖母達はどうやって同じクラスを得たのでしょう?」
ルヴィアさんの疑問はもっともだ。
「大聖杯には英霊召喚システムが三層構造になっていましてね。7×3の21騎に聖杯がマスターとなるルーラーが2騎、計23騎が最大召喚数です。これは本来御三家でチェスをするためのものだったらしいですね。と言っても複雑なプロテクトを外し、霊脈が枯渇するくらいマナを汲み上げないと起動しません。欧州の大きな霊脈でもない限り、二組14騎でも厳しいです。冬木だとまず無理でしょう。ですが冬木でも、9騎くらいは喚べると思います」
「つまり9騎内に収まるなら、セイバーだけを3騎は喚べるという事ですの?」
「そういう事です。当然クラスは二層目、三層目から持って来ないといけません。そこをお祖母様方は解いた訳です。大したものですよ」
「はぁ……」
「やるわね、ルヴィアのお祖母様」
「つまりそれだけ、7騎だけの聖杯戦争ですと裏技が多発しやすいとも言えますね」
「なるほど」
「そしてエクストラ・クラスですが。こんな風に考えて下さい。令呪の宿ったマスターにはコインをベットする権利が得られます。このコイン1枚で、通常クラスのサーヴァントが1騎です。ですが、ある方法でコイン3枚を使えばエクストラ・クラスが喚べます。わかりますか? つまり7騎の中に1騎でもエクストラが入れば、8騎目や9騎目はシステムを開放しない限り喚べない訳です。これは臓硯封じになります。要は上書き召喚や追加召喚が行えなくなるのです」
「それこそ裏技封じですわね?」
「そうです」
「うわぁ……。コインは魔力・触媒・そして詠唱かな? エルヴァ、ここの私をお願いします」
そう言って凛さんはお姉様に頭を下げた。そしてその後、私と凛さんはルヴィアさんやゾウケン君とともに、桜救出の作戦を煮詰めていった。
0002、1月31日。深夜。
イリヤさんとランスロットさんは、学園を見張りに出ていた。これは私の指示だ。ライダーに結界を張らせないためだった。
お姉様は大聖杯のロックを解除すると、一度味わってみたいからと仰り、工房の詠唱と同期され空中召喚に応じられた。
いや……乗ったという方が正確だろうか。こちらの用意した陣から消えたお姉様は、遠坂邸の上空に出現した。
「ちょっ、エルヴァは大丈夫なのか!?」
「あの子ならこの程度の高度は問題ありませんよ」
小父様の心配に答える先生。予め設置した使い魔が、この洋館に残っていた古びた鏡に映像を送って来る。そこには転移の魔術で屋根にふわりと降りるお姉様が映っていた。
「これはもしかして、私を召喚したあの凛でなければ屋根を突き抜けるのか?」
正解です、アーチャーさん。
ちょっぴり、温泉の如く壊れたソファーでエミヤ座りするお姉様を見たいと思ったのは内緒だ。
「円蔵山から下りる時の歌の意味はこれだったんだ……」
私は知らなかったけれど、お姉様が兄の方のアーチャーさんに背負われ歌っていたらしい。
「どうしてこのような事に?」
「触媒となった家宝の宝石が入った宝石箱を開けると、自動発動する罠が仕掛けられていたのよ。それで家中の時計が1時間狂うの。父からの娘に対する試練ね」
先生からの種明かしで唖然とする皆さん。
「おかしいと思った。今、1時だもの。そっか、彼女はベストの2時に合わせたつもりなんだ?」
「ミストレスはこの事をあの第五次の世界のリンには?」
「伝えていないわよ? 多分、父親も連絡していないでしょう。あの子が自分で謎解きしたのよ。それと私自身の時も謎は自分で解いたわ。アーチャーはちゃんと工房の召喚陣に現れてくれたから」
先生の言葉で顔が引き締まる凛さんとルヴィアさん。
「おい、堂々と玄関から入っていったぞ?」
「どこの魔術師も、並行世界からの侵入者なんて想定しないわよ。とは言え、魔術鍵の暗号や方法は定期的に替えるべきよね?」
コンピューターや口座の暗証番号やら、色々頭に浮かぶ。
「以前、家のトラップを書き換えられた意味が理解できましたわ。エルヴァさんはエーデルフェルトとトオサカの魔術をほとんどご存知なのではありませんこと?」
「そう。特に刻印に反応するタイプのトラップだとアッサリよ。そしてどんな魔術師でも、それが一番安全だと信じ込んでいるわ。侵入者が史上最高の修復師だとは夢にも思わないもの」
それはそうだろう。刻印認証は指紋認証や網膜認証より上で、DNA認証に近いのだから。
ルヴィアさんが呻く。
「あら、サービス良いわね。エルヴァが自分の使い魔に切り替えてくれたわ」
おお、ライブ中継だ。工房に至るまでの数々のトラップが無反応。鏡に映る廊下をスタスタと歩くお姉様の姿を見て、今度は凛さんが呻いた。
そこへ音声が被る。
『どこよ!? 手応えはあったし、上手く行った筈だわ。なのにどうして!? サーヴァントはどこ!?』
地階から響く大声。それが徐々に大きくなる。階段を登って来ているのだろう。
凛さんは顔に手を当てて、首を振った。
「リン……」
「言わないで、ルヴィア……」
これは恥ずかしいよね。そして廊下で鉢合わせする凛さんとお姉様。
『な、何者!?』
いきなりガンドを放つ相手に、転移して後ろから手刀を当てた。気絶した凛さんを強化して抱えるお姉様。お姫様だっこだ。
『重っ! 本当に47キロですか? 55キロはあるでしょう?』
「あるかっ! だいたい何で47キロって知ってんのよ!?」
お姉様の呟きに凛さんがツッコんだ。けれど、階段を登って部屋まで運び、着替えさせてベッドにそっと横たえていた。優しいなぁ。
『今日はこのまま眠りなさい。魔力はそれなりに消費しているのですから』
呪文を唱え、おでこに手を置く。安眠を誘いつつ記憶を読んでいるのだ。
そしてそれが済むと居間に向かい、ソファーで脚を組んでエミヤ座りをしてくれた。
「ルビー! 撮った!?」
『バッチリですよ~』
「偉い!」
「単に脚を組んで、横柄な座り方をしているだけだろうに? 何が君の琴線に触れたのだ?」
大笑いしたのは先生だ。
「屋根を突き抜けたアーチャーが、居間の壊れかけた長椅子で同じポーズを取ってるのよ。だからエミヤ座りよ」
アーチャーさんが四つん這いになった。何か呟いているが誰も聞いちゃいない。何度か脚を組み替えた後、お姉様はおもむろに立ち上がり、再び玄関に戻られた。
外に出ると遠坂の結界を更に強固なものに改良して行かれる。投影した剣を敷地のあちこちに埋めたりもしていた。
「あれは結界の……起点となる剣か?」
結構タフだ。
「そうです。呪文がビッシリ刻まれた剣です。魔力も地脈を通して霊脈から吸い上げますので、衛宮の家のような霊脈の上に建っていない家でも有効です。あちらのエーデルフェルトにアインツベルン、それに遠坂の庭や美遊ちゃん達の家にも埋めてあるそうですよ?」
「え~! 彼女、そんな事を?」
「エルヴァならコソッとやりそうだね。それでここの士郎はセイバーの枠を得られた訳だけど」
「ですが、この段階では聖杯戦争の事を何も知らずに居るでしょう」
「遺言で文面化するのは難しいとは思うけど。我ながら酷いな……」
小父様がそれを言うのか。でも親心としては当然だよね。
「実は私がセイバーさんのマスターのフリをして衛宮さんと会うのが良いのか、それとも彼に召喚させてマスターにするのが良いのか、作戦を練る時にずっと迷っていました」
「その場合はエルマ、君がセイバーのマスターになる方が断然良いよ。ある程度話してあげて仲間にするのは良いけれど、できる限り背負わせない事が重要だと思う。ま、今回は僕がセイバーのマスターを演じるんだけどね」
セイバーさんはホンの少しだけ困った顔をした。
「嫌なのかい?」
「いえ、あなたに不満はありません。ただその昔、同姓同名の人物がマスターだった時に……」
「先日の第四次の話は聞いたよ。あんな風に会話も何もなく?」
「ええ……。板挟みになるアイリスフィールが気の毒でした」
「ああ……。バカだなぁ、その僕は。世界を平和にする……いや、聖杯を手に入れるなんてビッグ・プロジェクトだ。協力者と会話が無いなんてあり得ない」
セイバーさんの話を聞いて、小父様がこう話されるのは予測していた。これを受けてアーチャーさんがどう思うかだ。
「何だ? 私を気づかってくれていたのか? なら、気にするな。私もジイ……失礼。彼の意見に賛成だよ」
「ジイサンでも良いよ?」
「いや……それは……」
「君はかなりシャイだなぁ、士郎?」
「ちょっ!? その名は勘弁して欲しい」
「そうかい? なら、アーチャー。君はアインツベルンのアーチャーは誰だと思う?」
「ヘラクレスではないのか? まさか?」
「ああ、僕はそのまさかを……座の異なる君ではないかと考えている。リンさんのアーチャーのように自分殺しを諦め、そして今度は義姉であるイリヤを救けたいと願った君。そんな気がするんだ。何よりそれを読めるエルヴァが、何も言わないで出て行ったろう?」
アーチャーさんはハッとして小父様を見詰めた。
「ここのイリヤは触媒を敢えて用意せず、縁だけで召喚したと?」
「そうだ。イリヤだけはこれができる可能性が高い。それにイリヤ君もそうだけど、アハトに逆らうだけの知識があるイリヤは居ると思うんだ。どこかで父親を信じていたイリヤというべきか。甘いかな?」
「いや、あなただけはそれを言う資格がある。希望的観測と一蹴はできん気がするな」
思いっ切り希望的観測だと思うけど。でもなぁ、こういう考え方が事態を好転させるのも事実なんだよね。
「動いたわ」
鏡に映るお姉様が、裏山の崖を走って登って行く。
「展望台か?」
「そうですね。そこで戦闘に適したポイント・チェックと使い魔の放流でしょうか」
「既に頭にあるだろうに、本当に手を抜かんな」
「そういう人です。あれ?」
「む?」
お姉様は確かに使い魔を放たれ、ポイント・チェックもされたのだが、その後転身姿を弓道着に変え和弓を投影したのだ。あれは『直心Ⅱ』だ。カケまで投影している。一体何だろう?
番えた矢も普通のジュラルミンにしか見えない。矢渡し?
「矢渡しでもするのか? と言うか……彼女が和弓を握る姿を初めて見るが、綺麗な体配だな?」
「でしょう? 全弓道部員の憧れですよ」
とは言え、誰もいない真夜中の展望台で、きちんと座射をするお姉様は不気味だ。足元は足袋に雪駄。髪はいつものポニーテール。
私の言葉に繋げてルヴィアさんがアーチャーさんに質問した。
「弓の英霊の目から見ても美しいですか?」
「もう私の正体は知っているだろう? 元弓道部員だからな。彼女は上手い。同年輩の者達が憧れるというのはわかる」
そしてお姉様は五本の矢を放った。一本は海に。ジュラルミンの矢が10キロ以上は飛んだだろう。魔術を併用しているが、和弓ではあり得ない飛距離だ。
それを街のあちこちに放った私の使い魔が補足し、映像を送って来る。鏡の視点が次々と切り替わる。
二本目はぐぐっと右へ足踏みし、その矢は遠坂神社の屋根に刺さった。これも7~8キロは飛んでいる。
次に三本目と四本目の矢を拾い、今度は立射からだ。三本目はもっと近く、3キロほど先の言峰教会の屋根だった。四本目は展望台の真下に見える遠坂邸の屋根。
そして再び矢を拾い、今度は思いっきり左に向けて足踏みから決めていった。五本目は展望台と尾根続きの円蔵山山頂の木に刺さった。
「呆れた腕だな? 幾ら高所と言えど、これは私には無理だぞ?」
「まさか?」
「いや、5キロ以内なら負けない自信はある。が、この距離があり得んのだ。地球は丸いので、5キロ先は地平線の彼方になる。これは弓の腕と言うより魔術の腕だよ。きっとあのありきたりな矢も、そう見えるだけで中身は様々な呪文や概念が込められているのだろう」
そして次は四本の矢を投影された。これは既に張り付かせてあった使い魔が正確に捕らえた。衛宮邸の四角に刺さったのだ。
「さっき埋めていたのとは印象が違うわね? 倫敦のホテルで使った剣みたいな……? これも結界か何かの加護がある矢かしら?」
「ですわね。私もあれは見ていましたので、真っ先に思い浮かべましたわ。ですが真相は謎ですわね。埋めたものも結界用でしょう? 何がどう違うのやら」
凛さんとルヴィアさんにも不明なようだ。
そしてお姉様が今度は地脈から猛烈にマナを吸い上げ、三本の剣を投影された。二本を空間に消して、剣を矢に変えていく。
凄まじい魔力の込め方だ。完成したその矢をカケで握り、足踏みし直し胴造りされ弓構え、ある点を物見した。
まさか……間桐に的を付けた!?
鏡の中お姉様は、迷わず打起し、大三から引分けて行く。
『愛 尼 煩悩 魔 僧都……』
凄まじいマナがお姉様に集まっていく。コンテナ埠頭で見せたバルムンクだ。魔力の込め方が半端ない。
「すぐに出ましょう! 間桐の家を破壊する気です! 桜救出の好機です!」
「なっ!?」
「何を考えて……」
小父様と先生にバゼットさんを残して、私達は双子館を飛び出した。ここから洋館街は近い。それでも、それぞれのルビーやサファイアで転身した。一刻一秒を争う緊急事態だ。
「相変わらずエルヴァさんは! 決断が早過ぎますでしょう!?」
「あんなのが落ちたら、桜が!」
走りながら真上を見れば、紫電を放つ矢が夜空を流星のように割り、矢尻が炎を伴って墨のように真っ黒な空を疾走った。まるで大気圏に突入した隕石だ。
魔術でどんどん加速しているのだろう。そして強化された剣は燃え尽きる事が無い。矢はついに地表に墜ちた。
「アーチャーさんっ! 先行して!」
「承知した! 君達も急げ!」
何の魔術か、地響きも爆発もない。到着すれば煙がモクモクと立ち込め、間桐邸が消えていた。少しずつ晴れる煙の中から、瓦礫を越えてこちらに歩いて来る人影が見えた。
気絶した桜を抱えるお姉様と、双剣を握って辺りを警戒するアーチャーさんだ。
なんとお姉様は、矢に先回って転移していたのだ。座標を知り尽くしているからできる荒業だ。そうだ。きっとお姉様は、このために冬木市を覆う五芒星の起点に矢を射たのだろう。矢渡しの意味が漸く理解できた。
「お姉様っ!」
「大丈夫です。桜を気絶させている間に、エルマはゾウケン君を」
『任せい。…………良し。蟲どもは掌握した。心臓の蟲もそうじゃ。このまま血肉となって消え去ろう』
そして心臓に留まっていた蟲から逃げた魂と意識は、瓦礫の下に隠れていた蟲にあった。それをゾウケン君の指示の下で回収した。
『サーヴァントが戻る前に姿をくらまそうぞ』
そうして私達は桜を抱えて双子館に戻った。
「お姉様、魔力は?」
「霊脈と繋げていますので問題ありません。それに令呪の命令は効かずとも、凛からも魔力は頂いていますので」
「ミイラになるまで搾り取ってやって。私が許可するから」
凛さんがとんでもない事を言う。
「では介抱を任せます」
そう言い残して、お姉様はそのまま遠坂邸に戻られた。
「桜……。どうしてあなたばっかりこんな辛い目に……」
凛さんはベッドに横たえられた桜の髪を撫でながら泣いていた。
枯れ掛かっていた魔力も、私のルビーがゾウケン君経由で送っている。魔力をタップリ吸った筋肉に潜む蟲を、人の肉に変質させる魔術をゾウケン君が再度掛け、次々と治療をしていった。
『遠坂の……』
「何?」
『新たに桜へ、捕まえておる蟲を使っても良いか?』
「どういう意味よ?」
凛さんはタダじゃ置かないという怖い顔をしている。
『儂の診立てじゃが、子宮の一部と腎臓が欠損しておる。命には別状ないが、綺麗に戻すにはの』
「……わかった。任せるわ」
そこへ念話が届いた。
〈エルマ様。網に掛かりました。学校にライダーとマスターらしき少年が現れました〉
〈では、手筈通り本を奪いなさい。逃走はイリヤさんが手伝ってくれますので、参謀の指示に従って〉
〈承知しました〉
『偽臣の書』なんてどうでも良い。桜が目覚めれば令呪を破棄させるつもりだ。だけど、ライダーという戦力は欲しい。
そしてライダーの意思で私を手伝ってくれると、なお嬉しいのだけど。そのためにも桜には真相を話さなければならないだろう。
それはそれとして家が失くなった間桐慎二もこれで自由だ。才能はあるので、どこででも食べて行けると思う。それでもって社会に揉まれればあの性格も治るだろう。
もし自分で矯正できないなら、そこまでのヤツだ。野垂れ死ぬのも自由だからね。
「それと凛さん、学園の最終チェックが今夜終わります」
「了解。制服とかのデータはそっちのルビーが送ってくれるのね?」
「はい。後は手弁当で気配遮断して潜伏して貰えば」
学園の設備や校舎に教室の配置、これを先行して潜伏させたアサシンが調べていた。要所要所に私の使い魔を設置させもした。世界が変わる事で微妙にこういうのが変化する。制服のデザインなどもそうだ。
それを克明にルビーに記録させ、転身したコスチュームの一つとして登録するのだ。そうすると学園の潜入を凛さんは楽勝で行える。
ルヴィアさんの場合だと、認識阻害や誤認の術まで必要となるので無駄が多い。ルヴィアさんがもっとサファイアを使いこなせば、このような隠蔽魔術も全自動で発動できるのだけど。
だけど現段階ではまだまだ早い。それなら最初から、凛さんのバックアップとして外部から立ち回って貰う方が確かだ。
またこれは、キャスター対策でもあった。今の段階で得られる情報だと、マスターである凛さんには葛木先生への不信感はないだろう。堅物の担任だと考えているだけだ。
裏返せば学園内で目立った動きさえしなければ、キャスターの目は誤魔化せる。魔術師だと見抜いていても、葛木先生へ害を及ぼさないなら安全だ。
何よりメディアぐらいの魔術師ともなれば、お姉様が偽装しているだけでサーヴァントだとは思わない。つまり舐めてくれる。これがエルお姉様がサーヴァントのクラスを得た場合の手だった。
お昼にほか弁を買うついでに手に入れた新聞には、ガス漏れ事故や昏睡者多数の記事が載っていた。思った通り、魔力を溜め込んでいるようだ。
しかし、イリヤさんも凄いなぁ。円蔵山の中腹、柳洞寺とは別の学園側に張り出している峰から正確にライダーだけを狙い矢を放っている。
キッと山を見上げるライダー。忌々しく思っているだろうね。慎二を守ろうにもアサシンのダークとイリヤさんの矢が二人をどんどん分断していく。
右に左に跳んで矢やダークを避けているが、反撃しようにも相手は遠く、おまけに立ち止まるゆとりもない。
やっと掴んだチャンスで魔眼を開放しようとしたけれど、その瞬間に『偽・螺旋剣(カラドボルクⅡ)』が襲い爆散した。
そこを隙かさずゆらりと全身真っ黒な霧のようなモノを纏ったランスロットさんが、お姉様が予め預けていた頑強なツヴァイハンダーを宝具化して間桐慎二を襲った。
僕を守れとでも『偽臣の書』に命じたのだろう。本がメラメラと燃え上がる。馬鹿め、一画しかない貴重な令呪を。晴れて自由の身となったライダーは、霊体化して一目散に逃げていった。
その撤退は『偽臣の書』が無ければ忠誠に値しない奴という意味だ。元々マスターでも無いわけだしね。
後に残った惨めなワカメをアサシン達が嬲っている。ダークで衣類を切り裂くとヒィ~とかヒャァ~とか叫ぶので面白いのだ。
〈サクラ殿を虐待しておった男だ。家族を守れん男に価値はない〉
〈おう。エルマ様の許可もある。とことん追い込め〉
〈こいつ、いじめてくんみたいで面白い! 〉
全身ひん剥かれ、麻酔無しで割礼され、そっちが得意な者達にお尻のヴァージンまで奪われて、口腔まで犯されていた。
これはやり過ぎではないかと寝惚けた事を言うアーチャーさんに、桜が間桐で受けた仕打ちを延々と10パターンくらい話してあげた。ゾウケン君がトドメを刺す。
『子宮を調べた。慎二との子を最低二回は妊娠しとるの。それを喰ったのは身体に巣食っておった蟲じゃが』
勿論、凛さんと桜は別室だ。アーチャーさんの髪の毛が逆だっていた。相当、自分自身に腹がたったようだ。
その後、間桐慎二はアサシン達がどこかに連れて行った。死ななければ良いので、好きにしろと命じてある。
それから1時間くらい後。全員が去ったグラウンドに、遅れてランサーがやって来たのを私の使い魔が捕捉した。地面に残る戦闘の後を検分するランサー。
そこをお姉様の隕石にも似た矢が空間を跳ばしてランサーに直撃した。
矢避けの加護もへったくれも無い。眼前数センチで出現するあんなものを避ける事ができるサーヴァントなんて居ないだろう。それでもランサーは槍でもって防御しようとした。
瞬時に左腕だけで槍を握り、腕を失うのを覚悟で防いだのだ。恐ろしいまでの爆発を起こして消し飛ぶ魔槍と左腕。そして空間転移したお姉様が、ランサーに『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』を刺して一瞬で転移した。
更にはこの刹那の交錯で、ランサーの右太ももをカラドボルクが貫いていた。これは横で鏡を覗いていたセイバーさんやアーチャーさんにも見えなかったらしい。
たぶん矢で射たのでなく、強化した腕で突き刺したのだ。
「あんな攻撃は避けれんぞ? 君の直感ならどうだ?」
「正直難しい。と言うのも、マスターはこちらの直感を知っているのでフェイントを掛けて来ますから」
「堪らんな……」
ランサーはいつもいつも惨めだなぁ。お姉様は人のためとか世のためという人には優しいが、戦いたいだけとか、忠誠を尽くしたいだけなんていうアホな我欲に走る相手には厳しい。それって傍迷惑以外の何物でも無いしね。
何か喚いているけれど、キャスターにでも拾われるのかな?
ああ、これってキャスターと同じ宝具が使えるぞというデモンストレーションなんだ? そして案の定ふわりと現れたキャスターに説得されて軍門に降った。
王国を守るランサーは最高の戦士だったけれど、我欲に走ったランサーはこんなにも安っぽい。バゼットさんが知れば泣くぞ?
「セイバー、じゃんけんだ」
「何ですか、キリツグ」
「決まっているだろう? どちらが先に士郎に会って話すかだよ」
「ちょっ? 何を考えて。明日、エルマが伺って話す事に決まったのでは?」
「わかっている。だけど、説得材料に僕はなり得る」
「それは確かに言えますが……。このまま私のマスターとして表に出ない方が良いのでは? 私としては、イリヤスフィールに対する奥の手であって欲しいですが」
「そこだよねぇ。でもさ……」
皆んなが動いているので居ても立っても居られなくなったのだと思うけれど、先生との約束はあくまでも参観ですよ?
おっと。今はなき間桐邸の前で呆然とするライダーさんを発見。ああ、先生の結界で桜を探知できないんだ。パスにも干渉されているな、これは。気の毒だなぁ。