※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第二部 並行世界篇   作:炭団

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その5

 0008、2月2日。双子館。

 

 アサシンの中に『基底のザイード』という奴が居る。第五次で召喚した者と、第四次で言峰から奪った者の二名が居るが、今回僕がエルマから借りたのは第四次の方だ。

 彼は言峰と遠坂の奸計により、使い捨てにされる予定だった。まさに危機一髪。宝具で貫かれる寸前にエルヴァに救われたのだ。

 だから奴の忠誠心は凄まじい。と同時に、言峰への恨みも大きい。これはアサシン全員がそうなのだが、中でもザイードと仲の良い『迅速のマクール』と『怪腕のゴズール』は怒りを顕にしている。

 そんな三人衆が決死の覚悟でもって、言峰教会の地下礼拝堂へ、ビデオカメラ持参で潜入した。作戦の立案は僕とエルマだ。

 エルヴァなら使い魔を転移させて、それを確認して乗り込むだろう。

 が、僕はセイバーから聞いた、地下の搾取された者達の尊厳を守りたかった。あの中に士郎が居た可能性もあるんだ。そしてエルヴァや凛君の友人達も。

 だから編集したビデオはバチカンとマスメディアに送り付ける。狙いは聖堂教会の破門だ。聖堂教会からの破門ではない。バチカンから聖堂教会が丸ごと破門されるのだ。

 言峰なんて、仲間から証拠隠滅で消されるくらいで丁度いい。このビデオを使う方法は、エル君が何度か採っている方法だとエルマに聞いていた。

 埋葬機関、代行者、第八秘蹟会、聖堂騎士団、これら聖堂教会が有する組織がすべて解散に追い込まれるか、吸収されて消えていく。時計塔の理事も務めるエル君ならではの発想だ。

 

 言峰が外出した事、英雄王が不在な事、そして警報代わりの使い魔や転移できる宝具などが設置されていない事。これらをエルマの使い魔やルヴィア君や凛君の探査魔術で確認した上で決行した。

 そして撮影できたそのビデオは、編集ダビング後に警察にも送った。冬木の警察署でなく、県警と警察庁だ。ついでに検察庁と与党本部にもコピーを送った。

 マスメディアにも送ったから、明日明後日には一大事件としてニュースが全国を駆け巡るだろう。

 これで言峰は狩られる者へ転落だ。たぶんここではアイリの首を折って殺したのが言峰だ。絶対に許すものか。

 アサシンにビデオを任せた僕はエルマの指示に従い、外部から参戦する第三者というカタチで、ここの凛君と接触する予定だ。外部からの中途参戦の可能性や、正攻法の落とし穴を学んで欲しい。

 

「キリツグ。リンに挑むのですか?」

「挑むと言うより、宝石魔術の弱点を知って欲しいね。僕達の知る凛君では無いにせよ、縁あって娘のマスターとなった訳だし、何よりせっかく来たんだから、何か残してあげたいよ」

「そうですね。その間、私とエルは茶番を演じる訳ですね?」

「そう。それでアーチャーなり、キャスターなり、英雄王なりを誘い出す。ただ、昨夜の情報からアインツベルンと遠坂は組んでいると見るべきだ。ここのイリヤと会わない事には何ともだけど、話し合う余地があるかも知れない。その時も僕が出よう」

「危険ですよ?」

「危険だぞ?」

 

 セイバーとアーチャーがほぼ同時に案じてくれた。

 

「危険は承知だよ。だけど、世界は異なれど娘と息子だ。何としても救けてあげたいよ。それに君達やイリヤが居る」

 

 セイバーとアサシンを二重運用している陰で、遊軍としてもう一人のセイバー(ランスロット卿)。そしてアーチャー(イリヤとアーチャー)の二重運用。過信はしないが、この布陣は固い。

 何より言ってみれば家族総出だ。僕が魔導師に家族を連れてでも行くぞと豪語したのはこの意味もあった。

 

「しかし、彼女の宝石魔術は一流だぞ? 何よりワン・アクションだ。タイムラグもほとんど無い。弱点とはなんだ?」

「僕はオートマチックのハンドガンなら、2秒掛からず1ダースは弾が撃てる。ダブルアクションのリボルバーでも、2秒もあれば6発全弾撃てる。これは、いわゆる早撃ちの話しじゃないよ? 次弾とのタイムラグの話しだ。触媒なり礼装を投擲する攻撃方法の場合は、攻撃を避けられて撃ち返されたら終わりなんだよ。それに礼装が物理的に大きくなれば、礼装そのものを撃ち返される可能性もある。ピンを抜いた手榴弾を弾き返されるようなものなんだ。だって、投擲するという事は、自爆しないようにタイムラグが設けられてあるんだから。君は着弾後の事を話して居るんだろう? 狙い目は着弾前だ」

 

 唸るアーチャーにポカンとする凛君とルヴィア君。

 いや、アーチャーは着弾前の狙い目をわかっていただろう。この驚いた顔は、僕も知っていたのかという顔だ。

 

「君が生前に封印指定を食らった理由がわかるよ。魔術に頼り過ぎだ。盾で躱せる、剣で防げる、そんな風に安易に使い過ぎだよ」

 

 結局そういう事だ。銃器を道具と見做せない、殺人兵器として見てしまう日本人の性(サガ)。剣も銃刀法では銃と同じ凶器だ。

 それを安直に投影して使える精神……包丁の延長のように安易に考えているとは思いたくないが、『全て遠き理想郷(アヴァロン)』で深層意識から塗り替えられたにせよ、余りにも安易だ。

 またそれまで受けた教育のせいなのか、集団行動が苦手なのも軍にアレルギーがあるからかも知れない。

 なら遅ればせながら、父として息子に伝えよう。

 

「魔術なんてね──奥の手、切り札で良いんだ。まずは自分の限界を知り、道具を使いこなす事だ。だって近代兵器なら神秘の秘匿を気にしなくて良いんだから。『忍者部隊月光』の逆で良いんだよ」

「は?」

「『拳銃は最後の武器だ』って知らない?」

「……済まないが知らない」

「がっかりだ……」

「……ッ!」

「ウソウソ、冗談だよ。だけど魔術はここぞという時にのみ使うべきだった。君ならコンパウンドボウのような弓だよ。何もアルさんみたいにミサイルを撃ち墜とせとは言わないからさ」

「ミサイルを墜としたのか!?」

「らしいよ。大陸間弾道ミサイルや巡航ミサイルは無理だろうけど、ほとんどの対地ミサイルは宝具を使わずに弓で落とす自信があると話してくれたよ」

 

 アルさんとは、エル君とともに行動しているヘラクレスの事だ。

 

「君は携行ミサイルが限度だろう? 矢の有効射程距離も視認できる4~5kmが限度だろうし」

「……うむ。その意味でもエルヴァの射程距離は異常だ」

「千里眼と距離を稼ぐ魔術があってこそだろうね」

「だな……」

 

 そうだよ。魔術を使うなら、こういうプラスアルファの部分で使うんだ。その方が隠蔽しやすいんだよ。

 きっと誰かの盾になろうとして──誰かを護ろうとして──、止むに止まれぬ事情から、秘匿できない状態で魔術を使ったのだろう。

 だからそこは責めないよ。だけど、いやだからこそ──、娘達を大人の目で見守って欲しい。頼むよ、士郎。

 

 

 

 0009、2月2日朝。遠坂邸から登校。

 

「じゃ、行って来るわね」

「行ってらっしゃ~い」

 

 間延びした声で返すわたしのサーヴァント。

 傍に居て守ってくれないのと言えば、使い魔で監視しているし、いつでも空間転移できるから時間と労力の無駄だと返された。何よりこの街には到るところにキャスターの網があるという。

 柳洞寺を動かずしてサーヴァントの気配を察する、キャスターの監視網にむざむざ掛からないためもあると言われた。確かに。

 

『私は聖杯を欲していません。あなたに協力するのは、偏(ひとへ)に私の趣味だと思って下さい』

 

 そして方針を話していた昨日。提示された条件が、三度の食事にお風呂とベッドだった。それさえ提供すれば、わたしを護るし掃除もしてくれるそうだ。なので彼女は残って、朝から掃除をしている。

 無駄に広い家なので、何年も掃除どころか足を踏み入れていない部屋もあるが、そういうところも掃除してくれるとまで言ってくれた。

 わたしは家政婦を雇ったつもりは無いのだが、家事や炊事が禁止されるならマスターを替えると断言された。どんだけ好きなんだ? 

 とは言え先日からご飯は美味しいし、目の届く範囲にゴミもチリも無い。何より話しやすい気さくさがあるのに、無駄にこちらへは干渉して来ない。距離感や波長が抜群に合うのだ。

 わかるだろうか? 彼女の前では『遠坂凛』を演じなくて良いのだ。学園の皆んなが抱く優等生の仮面、夜の帳が降りた後に被る魔術師の仮面────

 そういった、ちょっと普通の人は被らないだろう仮面を被らずにいられる相手。親友の美綴綾子以上に、わたしの全部を曝け出せる相手。そんな人が召喚に応じてくれたのだ。

 

 更に彼女は間桐を使い魔で見張っており、目下ところわたしの最大の懸念だった妹の安否をほぼ正確に掴んでいた。

 間桐は聖杯戦争の正規のマスターでなく、途中参戦した第三の勢力の手によって壊滅されて、妹は彼らの手に落ちていたのだ。

 

『セイバーとかの陣営でなく?』

『正規のマスターなら御三家を壊滅しようとは考えないでしょう。リン、秘匿にも限度があります。この儀式を知った何者かが完成した聖杯だけを奪いに来る、或いは人類を超越したサーヴァントを兵器として手に入れようとしている──あなたも責任ある立場なら、この辺りも考慮すべきです』

『でもサーヴァントなんて、仮に連れ帰っても冬木以外だと維持できるはずがないわ』

『一人で無理でも、三十人四十人と魔術師を繋ぐ、または魔力炉心を手に入れれば? 方法は幾らでもありますよ?』

 

 エルヴァの言う通りだ。第三者の介入、これは考えなかった……。

 それで今日明日にでも、その相手の拠点となりそうな場所を探そうと話していたら、相手からのメッセージがポストに入っていた。今夜学園のグラウンドで待っているという。

 正直罠も考えられるが、彼女の占いでは吉だった。リスクもあるが会って得られるものが大きく、なおかつ妹を取り戻すチャンスかも知れないと出たそうだ。これを聞いてわたしは俄然燃えた。

 相手は不明だが、善意であるなら感謝しよう。けれど悪意を以て相対するなら、目にものを見せてくれるわ。

 

『その意気や良しですが、妹の命と聖杯戦争のどちらを取りますか?』

 

 それを聞くのか……。

 ともかく指定の時間は夜7時。それまで時間はたっぷりある。授業を終え、一度家に帰って準備後にもう一度来よう。

 教室に入ると三枝さんが寄って来た。げっ。この子、苦手なんだけどなぁ……。何でまた? 

 

「おはようございます、遠坂さん。昨日はどうもありがとう」

 

 へ? 昨日? どういう事? 昨日はわたし、学園に来ていないのよ? 

 

「おはよう、遠坂の。昨日は世話になった。私は汝を誤解していたよ」

「な、言ったろ? 遠坂って意外とフランクなんだぜ」

 

 氷室さんに蒔寺さん……。蒔寺さんはわたしのアンティーク食器好きを知っている。骨董市なんかで何度かご一緒しているし、学園祭で着物を借りたりもしたので、お互い知らない仲ではない。

 氷室さんとも、蒔寺さんの家の蔵掃除以来の仲なので接点はそこそこある。だからこの程度の会話に驚きはしないのだが……。

 

「皆さん、おはようございます。ところでお話が見えません。と言いますのは、昨日はわたし、体調が悪くて学園を休んでいましたから」

 

 陸上部の三人のみならず、教室にいる全員がわたしを一斉に見て大騒ぎになった。

 口々に上る話を分析するに、わたしは昨日登校しており、しっかり授業を受け、休み時間は和気あいあいとコミュニケーションを取っていたらしい。

 特に苦手だった三枝さんを食堂に誘い、彼女の悩みなどを親身に聞いていたとか。彼女は毎日お弁当持参だ。だから学食か購買のパンがほとんどのわたしを誘ったのは理に適ってはいる。

 適ってはいるのだが、そのわたしまでが弁当持参だったという。あり得ないから。それに悩み事の相談? 

 

「遠坂は由紀っちが苦手だと思ってたのに、よく見てるよな?」

「うむ。大家族の長女ゆえの、由紀香ですら自覚しておらなんだ悩みを明かし対策を講じる……。できる事では無いな」

 

 蒔寺さんから聞いていたし、彼女も弟が多いとよく話すので、大まかな家族構成は知っていた。

 小学生以下の弟さんが大勢いて、一人だけ高校生だから家事や育児をずっと手伝って来ただろう事は簡単に想像が付く。そしてそこにあるだろう苦労も。

 だけど、本人が自覚していない悩みって何だ? そんなの知りようもないわ。それをわたしが解決したっての? 

 しかもこれだけではなかった。朝練後に弓道場から戻った美綴さんが言うには、昨日のわたしは朝練中に弓道場へ立ち寄り、美綴さんに右手の使い方がどうこうと意見をしていったのだとか。

 

「いや~、また馬手が甘くなっていたのをズバリ指摘されるとは。参ったぞ、遠坂。やっぱりお前は只者じゃないな。見ているところは見ているよ」

 

 何だそれ? 狐につままれたような気分だが、皆んなの話を統合すると、どうやらわたしのドッペルゲンガーが昨日学園に来て様々な事をしていったらしい。

 普通に考えれば、こんな時期なんだからどこかの魔術師の変装だ。だけどここまで皆んなに溶け込めるものだろうか?

 無意味に臆する必要はないと思うが、自分の見た目だけでなく、霊基構造のパターンを盗まれた可能性はある。

 そこらの魔術師には不可能な事だけれど、時計塔の講師クラスの腕があれば可能かも知れない。つまり敵の腕は侮れないという事だ。

 

「習慣とは恐ろしいものですね。少し熱があったから休んだつもりなんですよ? なのに学園に何時も通り来ていたなんて」

 

 遠坂さんにしては珍しいとか色々言われたけれど、皆さんの笑顔を前にすればこれで良いのだろうと思えた。そんな事より机や椅子、教室に廊下、何かの魔術装置や礼装が仕掛けられていないか、そちらが心配だった。

 

 〈リン、仕掛けるなら外の広場……グラウンド? ええ、そこです。その偽者のリンと、手紙の相手が同じとは限りませんが〉

 

 確かにエルヴァの言う通りだ。仕掛けるなら戦いを想定してだろう。そして桜の人質。今回は後手後手に回り過ぎた。こんな事になるなら、家の盟約なんて無視すれば良いのに。わたしはいつだってそうだ。

 

 〈リン……言い難いですが、マトウは枯れた家なのでしょう? 〉

 〈ええ〉

 〈となれば、マトウのマスターはそのサクラですよ。彼女が狙われたのは、それでです〉

 

 ああ、マスターと言うより召喚者って意味なら桜が喚んでもおかしくない。令呪は無かったけれど……。でも落ち着いて考えれば、その令呪を開発したのが間桐だった。

 

 〈あなたと血が繋がっている事を第三者が知ろうと思えば、それなりの労力が必要でしょう。そう簡単には探れないと思いますよ。何より養子に出たのであれば、あなたがそんな風に妹を今も大切に考えていたなど知りようもありません〉

 

 確かに。他家に出た訳だし、あの子が今もわたしを姉と思ってくれているかどうかもわからない。これはわたしだけの感傷よね。けど、その感傷で、桜がマスターである可能性を排除していた。

 令呪が無かっただけで安心し、意識の外に追いやってしまった。それはわたしのミスだ。

 

 〈あなたはまだ若い。無理に強くあろうとする必要はありません。たった一人で生きて来て、ただ一人の血の繋がった者を思うのは当たり前の事です。むしろそういう人らしい感傷を削ぎ落とした者ほど、根源には遠いと思います〉

 〈ありがとう。けど、遠いってのはどうして? 〉

 〈願い、祈り、希望……人々は長い歴史の中で常に何かを懐いて来ました。その感情は常に正に向いています。負に陥った者には破滅しかありません。人らしさを失わない事は弱さではありません。ただ、正しいだけです。そして正しい方向に向かわねば、正しい根源には向かえないのです。魔道はその時々で正負が入れ替わりますが、全体の大きな流れが負に向かう場合もあります。決して陥ってはならない負の根源というのも私はあると思うのです。リン、あなたは正しく正方向の根源に向かっていますよ〉

 

 それが正しいのかどうか今のわたしにはわからないけれど、こんな言葉は初めて聞いた。そしてそれはとても嬉しい言葉だった。

 

 お昼休みを知らせるチャイムが鳴ったと同時に教室へエルヴァが入って来た。強烈な暗示を周りに掛けているらしく、皆んなが口々にエルヴァへ挨拶している。

 何より彼女は制服姿だった。堂々と門を潜って、ここまで来たのだろうか? それとも転移かな? 

 

「遅刻しちゃったぁ~」

「おそよう、エルヴァはいつもだな。遠坂が腹を空かせて待ってるぞ」

 

 男子が普通に挨拶を交わしている。腹を空かせてって何だ? 

 

「お待たせ、リン。お弁当」

 

 そしてわたしの前にお弁当を差し出した。何を考えているんだ? 

 

 〈ちょっと、どういう事よ? 〉

 〈お弁当は口実です。その偽者のリンの痕跡や魔力残滓を見に来ました。ここまでの間、これと言ったものは感じません。罠も無いようです。あなたの私生活を探る一貫だったのかも知れませんね〉

 

 そしてエルヴァはわたしの真向かいの席に後ろを向いて座り、自分のお弁当箱を広げた。それに倣ってわたしも自分の分のお弁当箱を開けた。

 うわ……。ひじきと油揚げの煮物に、コンニャクとちくわに大根の煮物。これでもかというくらい薄いシャケとサバの塩焼き。

 そしてブロッコリーと白菜のゴマ酢和えサラダ。モヤシとツナの炒めもの。ご飯は一口サイズの小さな俵おにぎりが四個で味付け海苔で巻いたのと、ゴマとふりかけを混ぜたものが交互に並んでいる。

 お弁当箱の中を見た人が皆んなして美味しそうという。三枝さんは感心していた。

 

「エルヴァさん。シャケとサバがこんなに薄いのは、どうしてですヵ?」

「二枚に卸したお魚の干物を焼けば、骨の際(きわ)の薄い身が一番美味しいでしょう? ああいう感じが欲しくて、敢えて切り身を薄く切っています。サバは皮と逆の身側に、焼きながら焦げない程度にお酒と味醂と醤油を混ぜたものを塗っていますね。こうすると香ばしくて美味しいですよ。歯ごたえも出ますので、ご飯が固くなりがちなお弁当に合います」

「へぇ~。さすが料理名人」

 

 おかしいでしょう!? いつから彼女はクラスメイトになったんだ? けど、誰も疑問に思わない。凄まじい暗示だ。

 おまけにお弁当はとんでもなく美味しいし、持参したお茶は熱々だ。どうなっているのよ? 

 そして三枝さんの指摘だと、このお弁当は随分と安上がりなのだそうだ。だろうね。こんなにお魚が薄いんだもの。当の三枝さんは、このアイデアを頂きたいとエルヴァに申し出ていた。

 一人一切れじゃ食費が嵩む。けれど切り身を薄くして、他のお魚と出せば豪華に見える。エルヴァのように下拵えで臭みをしっかり取って、塩も良いものを使い、味醂や醤油などで味付けに変化を付ければなおベターだろう。

 後は副菜をどう組み合わせるかだろうけど、この白菜のゴマ和えは中々だ。少し酢が効いていて食べやすいし食欲が出る。ブロッコリーの彩りも良い。

 

「このモヤシとツナも、細かく刻んだ鶏肉で行けます。前日のソテーや鶏唐の身を少し残すだけで作れます。ご家族が男の子ばかりですからタンパク質をしっかり摂って欲しいところですが、肉気は家計を圧迫します。卵や鶏肉、豚コマに麸やコンニャクなどを上手に利用しましょう。それと野菜ですね。食物繊維はたっぷりと。カサ増しにはイモや豆などの穀類ですよ。春から夏に掛けてはジャガイモ、秋から冬に掛けてはサツマイモや里芋、南京などで工夫しましょう。そしてご飯などの白物は二杯までにして、運動をしっかりさせてあげる事です。スポーツは芸術と並んで精神修養には持って来いですからね」

 

 皆んな頷いているが、なんでこんなに詳しいんだ? 

 おまけに一方的に話しているのではない。話し上手なだけでなく聞き上手でもあるのだ。生前はモテただろうなぁと素直に思える美貌と愛嬌。そして家事炊事の見事さ。

 お子さんは居たのかな? たぶん居たと思う。きっとわたしみたいな娘が。何故かそんな気がしてならない。

 

 そうして不思議な一日を体験した後、家に帰り夕食を摂ってから再度学園に取って返した。

 時間が時間なので守衛さんに出会う可能性が高いし、ローテで明日クリーニングに出す予定だったから、着替えず制服のまま向かった。

 すると、一旦私服になっていたエルヴァもわたしと同じ格好に転身していた。

 

「どうして?」

「学び舎に通って同年代の人達と語り合う……。幸せですよね」

 

 ああ……。そういうのが無かった、あったとしても気楽に行けない時代の人だったんだ。並んで歩く横顔を見れば、わたしの顔を見てニコッとする。そしてそっと手を握って来た。何だろう、何故か安心できた。

 

「気を張り過ぎないように。妹さんの事で頭が一杯になるのは理解できますが、今は聖杯戦争中なのをお忘れなく」

 

 やっぱり気付いていたか。ドッペルゲンガーに桜の事……。正直、わたしは一杯一杯だった。だから安心できたのだ……。

 

 合流予定の場所に、同盟相手のイリヤスフィール達が待っていた。銀色の知らないスポーツカーだ。イリヤスフィールへの連絡は、手紙を受け取って直ぐに使い魔を放っていたのだけど、彼女とアーチャーは色々準備をしてくれたらしい。

 

「体調はどう?」

「今のところは別に」

「こんな言い方は無責任だけど、どうにかできないの?」

「もういいよ。聖杯戦争が終わって弟が無事なら」

「会わないの?」

「死んでいくのに会ってもね。これ以上あの子に重荷を持たせたくないのよ」

 

 そう言ってイリヤスフィールは、衛宮君の調べた限りのプロフィールを教えてくれた。

 あの大火災の生き残りである事。救けてくれた養父に憧れ、人の危機を解決する正義の味方になりたがっている事。それでそれなりに身体を鍛えている事。

 夜な夜な土蔵で魔術回路を一から開いて、強化魔術を使っている事。そしてそれの成功率が1パーセント行かない事。

 モグリの魔術使いだけれど、論外も論外だし、使っているマナも知れている。こんな様子じゃ、霊脈なんて扱えないだろう。だから居住料その他は不問にした。

 

「だけど、一から魔術回路を開くって自殺行為よ?」

「う~ん。唯一救い出せた息子には魔術から離れて欲しかったんだろうね。普通なら毎夜毎夜死ぬ思いまでして、そんな事をしないわ。諦めると踏んでいたのだと思う。けれど、シロウは諦めなかった。キリツグの誤算はそこね」

「その、お父さんはあなたを迎えには?」

「何度か来ていたみたい。けれどお祖父様が追い払っていたようね。死ぬ前に一度会いたかったけれど、仕方ないわ」

「そっか……」

 

 見た目は子供なのに、なんでこんなに達観しているのだろう? 死期を悟っているにせよ、余りにも悲しい。

 やがて学園に着いたので、塀を乗り越え校庭に入った。すると、既に結界が張られていた。イリヤスフィールがディスペルして穴を開けてくれたので、わたし達はそこから入った。

 校庭の真ん中で青いドレスに白銀の甲冑を纏った少女が待っていた。

 

「セイバーか……」

 

 アーチャーがそんな事を呟いた。エルヴァも頷いている。第三の勢力はセイバーを奪ったか召喚したんだ。わたしは気合を入れ直した。

 ドンッという音が聞こえたかのように砂塵を撒き散らして、セイバーが襲い掛かって来た。は、速い! 

 双剣を出して相手の持つ何かを弾くエルヴァ。この段階でエルヴァは戦闘用の衣装に変わっている。

 アーチャーも双剣を構える。どう見ても同じ剣だ。そして二人は金沙の髪を持つ、美少女剣士との戦いを始めた。

 正直、2対1はどうだと思わなくもないが、セイバーは防戦に陥らない。何であの体制で攻撃できるのだ? 見えない何かで二人掛かりの攻撃を弾き返している。圧倒的な強さだ。

 だけどこちらのサーヴァントも並じゃない。エルヴァの剣が弾き飛ばされても、アーチャーの剣が砕き折られても──。二人は瞬時に同じ剣を構えている。

 

「あの二人、絶対に何か関係があるでしょう?」

「いや、あり得ないわ。ある筈が無いの。だってアーチャーには家族が……。それにあなたのサーヴァントは存在が既におかしいもの」

「え?」

「気付かない? 私が年相応に成長して、色黒になったら? あの人は私と魂の質が似ている」

「は?」

「あ! リン、後で!」

 

 そう言ってイリヤスフィールは髪の毛で使い魔を瞬時に作った。更には針金のようなものでわたし達の周りを鳥カゴのように覆った。途端、カゴの周りで矢が絡め取られる。

 この矢はわたし達だけでなく、アーチャーやエルヴァをも狙っていた。

 

「アーチャー、相手にも仲間が居るようです」

「むぅ……。そのようだな。よし、私が狙撃手を狙う。セイバーの相手は君一人に任せるが良いか?」

「了解です。でも、どうしてセイバーだと?」

「いやなに、簡単な引き算だ」

「なるほど」

 

 そんな矢先に地響きを立てて、弓を持った何かが屋上から飛び降りて来た。土煙が晴れるとそこには全身を黒い甲冑と兜で覆った騎士が立っていた。

 

「何、あれ? ステータスが見えないわ」

 

『■■■■■■■■■■■■■■■■ッ~~~~~ッ!!!』

 

「バ、バーサーカー!?」

「う、嘘!? 八騎目!!」

 

 兜の奥には赤い目が光るだけ。唸るバーサーカーは弓を捨てると、朝礼台を引っ掴んで投げて来た! 

 

「避けて、リン! あれは宝具化してます!」

 

 エルヴァの叫びで、結界を破棄して慌てて逃げるわたし達。

 

 ドガーン! バリバリッ! っと、地面が立てる筈のない異音を響かせて裂けた。本当に朝礼台が宝具になっている!? 

 次にバーサーカーは朝礼台の奥にあった三本の旗ポールを引っこ抜いて二本を投げ、一本を槍にして迫って来た。あれだ、ランスだ。

 わたしはイリヤスフィールを抱えて、二本の投げ槍と化したポールを躱すのに精一杯だった。だってあれは絶対に音速を超えているでしょう? 

 衝撃波で地面が捲れ上がっているのだ。だけどそんなのお構いなしに、黒い騎士は槍を抱えて走って来る。

 もうダメだと思った瞬間に、アーチャーが迫り来るバーサーカーの槍を双剣で受け止めてくれた。

 

「クッ……」

 

 剣を交差して受け止めたは良いが、膝が崩れる。これも宝具なのかステータスも見えないし、その姿が霞んでいる。だけど、筋力は向こうが遥かに上のようだ。

 エルヴァもこちらを心配しているが、セイバーの攻撃を受け止めるだけで一杯一杯みたい。こりゃ、やばい……。

 

『■■■■■■■■■■■■■■■■ッ~~~~~ッ!!!』

 

 突如バーサーカーが反転して校舎に向かって走った!? 

 嘘、誰か居たの? エルヴァを追わせたいが、彼女はセイバーの剣を受け止めている姿勢だ。う……令呪! 

 

「エルヴァ! 今逃げた誰かを救えッ!」

 

 そしてセイバーの前からエルヴァが消えた。

 

「それで弓兵風情と、現代の劣化したメイガスが残ると……。舐められたものだな」

 

 一歩、一歩とゆっくりこちらに歩み寄るセイバー。その顔は凛々しくも美しく。彼女の背後には満月が輝き。ああ、今日は月が綺麗ね……。

 わたし達の前に立つアーチャーの頬には一筋の汗……。詰んだかな、これ……。

 

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