0010、2月2日夜8時前。学園校舎4F。
しまった。
お前に何ができると言われた俺は、焦っても仕方ないと、やれる範囲からやろうと、一成から申し使った生徒会の雑用を手伝った後、弓道場の掃除をしていた。
少し悩んでいるんで掃除をさせてくれと美綴に話すと、快く承諾してくれた。ついでに戻って来いとか、少し弓を引いていけと言われたが、それは辞退して掃除だけに集中していた。
そしてたまたま目に入った傷んだ弓具を直している間にすっかり日が暮れていたらしい。
やがてグラウンドから聞こえる金属音に気付いたんだ。それでそ~っと覗いてみると、矩嗣さんが連れていたサーヴァントと、たぶん遠坂のサーヴァントが戦っていた。
その二人の織り成す剣舞に目を奪われていたら、空から黒い甲冑が降って来た。そいつと、これも不明だけど白い少女のサーヴァントが戦い始めた。
これ以上はマズいなと思い、引き返そうとした矢先に何かを踏んづけて音を立ててしまった。
それで俺は黒い甲冑の奴から逃げているんだけど、バカだ俺。袋小路の校舎の中に逃げてどうする。
案の定、黒い甲冑は男子トイレに隠れていた俺を見付けた。
『■■■■■■■■■■■■■■■■ッ~~~~~ッ!!!』
そして奴は唸り声を上げて、個室のドアをぶち壊した。俺の首根っこを掴んで持ち上げ、むちゃくちゃに振り回す。足が当たって洗面台の鏡が割れた。
「は、離せ!」
『■■■■■■■■■■■■■■■■ッ~~~~~ッ!!!』
再び吠えた黒い奴は、俺の学ランをビリビリに破いた。厚い生地の学ランを紙みたいに破いたんだ。そして殴られたのか、俺は気を失った。
凛、ごめんなさい。令呪を一画無駄にさせて。パスの感度を上げれば令呪の使用がこちらにも伝わる。そこで瞬時に自分で空間転移して4階に飛んだのだ。
こういうのはサーヴァントの枠に一度は入らないとわからないものだ。と同時にこちらは生身なので、注意深くしないと記憶がダダ漏れになる。それだけサーヴァントとマスターの契約はキツイのだ。
さて、ランスロットさんと士郎クンのかくれんぼを物陰から覗いていたのだけど。意識を失った士郎クンをランスロットさんは素っ裸にひん剥いた。
私は思わず、そこが男子トイレである事も忘れて飛び込んだ。
「何をするつもりです?」
「どうもこの少年は危機感が薄いと思います。怪我はさせたくありませんが、痛い思いはしておくべきでしょう」
「それで?」
ランスロットさんは清掃用具入れをゴソゴソと物色した。
「このモップを突っ込んで、あなたのマスターやここのイリヤが来るまで放置しておこうかと」
「なんて事を……」
「だけど、そういう惨めな思いが、彼の妄想染みた正義を壊せるかも知れない。だろう?」
「お父さん?」
ここは男子トイレだ。おかしいのは私だ。けれど使い魔は見ていた。お父さんが潜伏していた場所は、隣の女子トイレだったのだ。サイテー……。
「本当にサーヴァントに登録するなんて、信じられないな……。それはさておき、エルヴァ。彼の背負ったサバイバーズ・ギルトやPTSDには有効かも知れないよ?」
「キズをサンドペーパーやサンダーで均そうと? 荒療治過ぎませんか? 余計に酷くなりそうな気がします」
「どうだろう? サーヴァントなんて台風やハリケーンと同じだよ。それに抗っても仕方ないさ。今の彼は自分が対処できる範囲を線引きできていない。いや、できないんだ。それを知って貰おうとね。それに……僕達はいずれ元の世界に戻らなきゃならない。イリヤの身体を治し、彼に預け後を託す以外に方法は無い。なら、娘のためにも息子のためにも、バカな妄想は消し去ってあげないと」
結局、滞在時間の短さに帰結する。これはお父さんの言う通りだ。
「う~ん……。今回はエルマに任せましたからね。そのエルマがお父さんを起用した。なら、これ以上は黙っています」
「悪いね。おっと。このままじゃ、アーチャーがセイバーにやられてしまうね。セイバーに念話で伝えて。それで裏門の外に転移させてくれないかな。僕達も帰るよ」
「了解です」
「あ、そうだ。宝石魔術の弱点を伝えてあげて。今回は機会がなかったからね」
「わかりました」
窓の外では凛がドデカイのをセイバーに投げたが、ピンピンしている。あれは八桁コースだなぁ、勿体ない。
『なんて対魔力よ!?』
頭で思い浮かべたセリフと同じ言葉がパスで伝わった。はぁ~。
ふわりと現れたアーチャーさんが、お父さんを抱えて窓から跳んだ。ランスロットさんもそれに続き、屋上に残っていた姉さんも跳んだ。
私が昼間にチェックした、キャスターの使い魔や礼装は全部破壊してくれたようだ。これでキャスターが、お父さんを狙えば飛んで火にいる夏の虫だ。あの改造した起源弾は魔力で編まれたサーヴァントにも有効なのだ。
んん? 凛と、アーチャーに抱えられたイリヤスフィールさんがやって来た。
「エルヴァ! 犠牲者は!」
「再起不能です」
「え?」
この2月の寒い中で素っ裸にされ、お尻にモップの柄を突き刺された哀れな被害者が、廊下の真ん中で倒れていた。なんて猟奇的な殺し方だろう……。
鍛えているのか、えらく引き締まったお尻からモップを抜いてみれば、血や何かが付いた壁掛け用の金属の環が出て来た。
こんなの、肛門が壊れるわよ? そして身体を仰向けたら……。
「嘘……。辞めてよね……なんでアンタが……」
「リン、落ち着きなさい。まだ息があるわ」
「え?」
「ええ、息がある。死んでない。遊ばれたのよ、弟は……」
「つまり、敵は……」
「ええ。私のというより、私の父親の過去も知り抜いているって感じね。まぁ、前回の参加者なんかを調べるのは定石だけど」
ギクッ……。
「やっぱり、シロウもマークされていたんだ……。こんな夜遅くまで学校に残っていたのは、この子の不手際なのか、何も知らないからなのか。そこは謎だけど」
「あ~……学校に残っていたのは、生徒会の雑用かな。そういやキャスターって柳洞寺に居るんだっけ? もしかしたら、あなた向けの人質に取ろうと居残りさせられたのかも。そこをこの騒ぎで阻止した可能性もあるわね」
「え~、どういう意味?」
「生徒会長の柳洞一成ってヤツの家が、どうやらキャスターの根城らしいの。それで生徒会長が洗脳されているのかなって」
「なるほどね。アーチャー、キャスターを明日にでも叩きましょう」
「承知した」
「それで、弟を担いでくれる?」
「私がか!?」
「嫌なの? お姉ちゃんの頼みは聞けないの?」
「わ、わかった……」
イリヤスフィールの言葉がヘンだ。これではアーチャーまでが弟のように聞こえる。日本語には、まだまだ不慣れなようだ。それを見てクスクス笑うわたしのサーヴァント。なんだろ?
そして衛宮君を送ろうとしたわたし達だけど、キャスターの襲撃に備えて、結局わたしの家に全員泊まって貰う事にした。アーチャーがクルマを引き取りに行き、敷地内に入れたのが夜の10時だった。
わたしとイリヤスフィールがお風呂に入っている間の見張りは、アーチャーとエルヴァが交代で行う。お風呂から上がれば、サーヴァントの二人は明日の料理の仕込みをしていた。家政婦が増えた?
「イリヤ、あなたのアーチャーって……」
「うん……お料理上手なの。リンのサーヴァントもだよね?」
「そう……。あのさ、校庭で何を言い掛かったの?」
「あなたのサーヴァントは、間違いなく私の同族よ。私達だけにしかわからない、感覚というのかな。それがあるの」
「そうなんだ?」
「うん。だからヘンなの。能力がアーチャーっぽいのに、感触は同族なのよ?」
「ああ……」
それは不思議だ。二人のサーヴァントがお茶を淹れてくれた。
「何で一人二杯もあるのよ!?」
「悪いが、どちらが美味しいか試してくれ」
争ってんのかよ!?
そうして一口ずつ試飲したのだけれど。どちらもハーブティーだ。
「アーチャー? 負けたね、これ」
「そこまで差がある? そんなに変わらない気がするけど?」
「リン、茶葉の扱いだけじゃないわ。あなたのサーヴァントの淹れてくれたこれ、ドライとフレッシュのブレンドなの。あなたのはローズヒップティーでハイビスカスなんかも入っていると思う。美容とお肌に良いとされているわ。それで私のはラズベリーとラベンダー。ビタミンが豊富でリラックス効果が高いの。対するアーチャーが淹れてくれたのはストレート。そしてハーブはカフェイン・フリーだわ。見た目通りで、この体だとカフェインがキツイのよ。そこを二人ともわかってくれた上で、あなたのサーヴァントは更にあなたと私とでお茶を変えてくれているのよ」
むむ……。アーチャーも大したものだけれど、エルヴァが何とも……。
二人がお風呂に入っていた頃。
「君……」
「はい?」
「いや、包丁の扱いが上手いな?」
「料理が好きなもので」
「君は何者だ?」
「三番目なのに答えを得た人が居たとは」
「何?」
「並行世界のイリヤスフィールの妹ですよ。三つ子です。長女がイリヤスフィール、次女がエルフ、三女が私、エルヴァです」
「な!?」
「そうです。あなたの想像もつかない、膨大な魔力と魔術で偽装しているだけで私は人間です。7月21日に18歳になったばかりの、私立穂群原学園3年A組の学生ですよ」
「並行世界……。君は魔法使いなのか?」
「いえ。魔法使いの先生とともにこの世界へ。あなたのマスターは必ず救いますから」
「そうか。では、凛にもその事を?」
「まだ話していません。もう少し成長して欲しいので」
「う~む……。目的は無事に聖杯戦争を終える事か?」
「と、できれば大聖杯解体の道筋を付けたいと思います。続きは屋根の上で話しましょう」
「承知した」
お風呂から上がった二人にハーブティーを振る舞った後、私は残り湯を頂いた。その後、転身して屋根の上に跳んだ。夜風は魔術で遮断し、体温も少し温めてある。
「お待たせしました」
「いや。君は私の何を知っている? 三番目とはどういう意味だ?」
「英霊エミヤ。その座は現在五つ確認されています。一つ目は摩滅して消えました。二つ目は後少しで摩耗し尽くすでしょう。そして三つ目があなたの属する座です。四つ目は魔法使いが封印して分霊が出ないようにしてあります。これは先日発見した五つ目も同じです」
「なッ!? 私が三人目?」
「三人目ではありません。並行世界から何十何百と集まった、魂が統合された座。それが五つあり、三番目の中から送り出された一分霊があなたなのです。つまり統合存在としての英霊エミヤが、現在までに五パターン観測されているという事ですね。その中でも三番目は、何度も何度も聖杯戦争に召喚されては衛宮士郎クンを付け狙う腐った存在だったのです。ですがそんな中で、あなただけは四番目に先立って、きっとどこかの凛をマスターとして聖杯戦争に参加し、自分殺しを諦められたのでしょう?」
「そうだ。私は衛宮士郎や凛から答えを得られた」
「そうです。それを得た、顕著な例が四番目と五番目なのですね。四番目を封印したから五番目ができたとも言えますが。それまでの三番目は、実は自分殺しを過去数回達成しています」
「何ッ!?」
「事実です。私はあなたに出会うまで、三番目の中にあなたのような霊があるとは夢にも思いませんでした。誇って下さい。そんなあなただから姉の呼び掛けに応えられたのだと」
「なら、理解しているだろう。私はイリヤを救いたい。だが……」
「私は第11代アインツベルン総裁でもあります。本名はエルヴァ・フォン・ハーウェイ。魔術師名はエルヴァ・フォン・アインツベルンです。魔術師であり錬金術師であり、呪術師。そして当代一の人形師、刻印の修復師であると自負しています。必ず救いますし、方法は幾らでもあります」
「そうか……。味方と考えて良いのか?」
「ええ。私達もそのつもりでこの世界にやって来ました。私とあなたが出会えたのは運命ですよ。実は私、三番目は見限っていました。ですが、中にはあなたのような方もいらしたのですね?」
「どうだろうな……。救いようのない馬鹿だという点では変わらんだろう」
そこへふわりと赤い外套の偉丈夫と青い女騎士、そして兜を脱いだ黒い甲冑の騎士が現れた。
「うッ……」
「慌てないで下さい。彼らも味方ですよ」
「味方?」
「ええ、校庭のあれは茶番です。セイバーとそちらの騎士のマスターは私です」
「どういう事だ!? 何故、私がもう一人?」
「もう一人のアーチャーさんはマスターこそ別人ですが、仲間であり先程話した五番目の人でもあります」
「五番目……。今は措こう。それよりも君の目的は何だ?」
「決まっています。この聖杯戦争をこの世界から永久に失くす事、そして姉であるイリヤスフィールを救い、友人である凛を救い、彼女の妹の桜を救い、私にとっても弟となる衛宮士郎を救うためです。私は彼ら英霊達の協力の下、何度もこうやって並行世界を巡っています」
「そうだったのか……。しかし……頑固だぞ?」
「ええ、ですがターニングポイントとなったであろう、この聖杯戦争で彼をマスターにしなかった。ここは大きいと思います」
「確かにな。だがあの脅迫観念にも似た妄執は捨てきれんだろう」
「そうですね。ですが問題なのは程度でしょう? 彼の願いと祈り、理不尽な災厄を良しとしない心そのものは、例えサバイバーズ・ギルトやPTSDが原動力であったにせよ間違っているとは言えないと思いますよ?」
「否定はしないのか?」
「はい。四六時中、お風呂であろうとトイレであろうと正義の味方になると考えているのも想像が付きます。才能なき凡人は、24時間の内、何かを捨てないと目的には進めません。一週間に十日は修練を積まないと上達しません。ですがそれもこれも過程の問題であり、結局方法論です。その願いと祈り自体は間違っていませんよ」
「しかし……」
「いえ、間違っているのはその行動をビジネスに拡大できない点と、理念を社会現象にできない点。つまり自分のちっぽけさを理解していなかった点です。ピアノ練習を人一倍やって来て、なおかつ才能に恵まれセンスもある──そんな人でもピアニストして大成するかどうかはわからない訳です。ショパンコンクールで上位に入ったからと、リサイタルでコンサートホールが満杯になるかどうかは別なのです。彼が正義の味方に憧れるのは自由ですが、その才能があるかどうかもまた別の問題なのです。そして彼は向いていますか? そうとは到底思えないでしょう? 自らを振り返ってどう思われます?」
「むむむ……」
「ですが自らの行える範囲を知り、社会に役立ち人様の助けとなる職を得れば、彼は十分に幸せになれます。また、その資格があります。そこに気付いて欲しいのです。キミはキミであってキミ以上でもなければ以下でもない。そして人様の生命とキミの生命は等価では無いと。これは主観の話も絡みますが、困っている何億人もの人と等価となるほど高価ではありません。数の問題にしてしまうと、誰しもが等価から逸脱します。そもそも比べるものでもありませんし」
「むむ……まったくだな……」
相槌を打つ彼へセイバーが声を掛けた。
「茶番を演じたのはキャスターへの牽制と仕掛けです。本日我がマスターである彼女と我々は、学園内にキャスターが放った使い魔や、竜牙兵の基となる触媒の牙を全て回収、或いは破棄しました。ライダーのマスター、サクラもこちらの手の中です。マトウの蟲に侵された身体を癒やし療養中です。私達の狙いは誰一人脱落させず、小聖杯たるあなたのマスターのイリヤスフィールに負担を掛けない事。そしてリンやサクラ、シロウの未来を守る事にある」
そして畳み掛けるアーチャーさん。
「認めろ。どれだけ望んでも一人では不可能であったと」
「それは重々承知だ。だが、喚び出されるだけの現象となってしまえば……」
「そうだ。私とて個人ではイリヤの延命措置を行う知識も手段もない。だが、エルヴァは違う」
「本当にイリヤを救えるのか?」
「はい」
「それに貴様もだ。貴様の座は消せんが、貴様だけを切り離す事は可能だろう。我々はこうやって世界を渡って過去を精算しつつ未来を守っている。やってみないか?」
「先だっては第四次の世界でした」
「ああ。ジイサンに聖杯を掴ませなかった。イリヤの母親を聖杯にせず、災害を起こさせなかった。つまり衛宮士郎が生まれない世界にした」
「そ、それは……」
「うむ、私は大いに感動したよ。ここに残り、延命したイリヤと生きるのも良い。我々の仲間となってくれても良い。魔力は十分だ。考えてみてはくれまいか」
この話自体は後で話す予定だったので問題は無いが、今話す事では無い。話すなら全部片付いてからだ。なのにアーチャーさんは話した。
やや性急過ぎないか? 何を焦っているのだろう? それが横に立って話を聞いていた私の感想だ。
そこでピンと閃いた。この人は漸く自分を客観的に見る事に慣れて来たのかも。英霊に至るまで、この人は様々な経験を積んで来た。
戦場や災害現場で物事を客観的かつ、俯瞰・鳥瞰的に見る事には慣れていても、己の心を客観的に見れなかったのだ。
その場での行動に関わる重要なファクターが自分自身の精神や心理状態なのだが、それが足枷とならないように削ぎ落とし殺して来たのだ。だから自分を顧みれなかった。
そうだ、この人は自分をやっと顧みる事ができたのだとストンと腑に落ちた。
少し話は横道に逸れるが、顧みるとは省みるとも書ける。自省即ち学習であり、それこそが人類の歴史を好奇心とともに推し進めて来たものだ。
いや、むしろ淘汰されずに生き残るための本能に近いとさえ思う。自省できない生命は淘汰されるのだ。
それはともかく、五番目の彼は義兄とは随分と異なるように思う。これが座の違いなのだろう。そもそもここのアーチャーさんが私に尋ねたかったのは、この能力に関してだろうに。
あのエインズワースの世界も一つや二つでは無いだろう。カードの事は話しても良いのだけど。どうしようかと逡巡している間に三人は帰った。
「指揮は誰だ?」
「作戦の立案は妹ですが、今回の指揮は父のようですね」
「え?」
「並行世界の衛宮切嗣ですよ。一度会われますか?」
「いや……。できれば……それもヘンか……」
「いえ、父はイリヤスフィールさんと会うつもりだと思いますよ?」
「並行世界なのに?」
「それだけに客観的に言える事もあるでしょう。それに彼女はわかっているタイプのようです。だからあなたを喚べたのだと」
「……そうだな」
すると彼は腕を組み、遠くに視線をやりポツリとこう言った。
「もう休め。魔術で誤魔化しているのだろうが、睡眠不足は良くない」
だから甘えて階下に降り、ベッドに入った。なのに小一時間もせず竜牙兵が遠坂邸を囲んだので、屋根に登って魔力を込めた矢を柳洞寺に向けて射てやった。
こちらは破壊目的でなく、強力な呪いだ。円蔵山の展望台で創った矢でなく、今、新たに創ったガンドの矢だ。
キャスターがメディアなら効かない可能性はあるが、ピンポイントで葛木先生は呪われる。
ここに来て私から解呪の印を受け取らないと、これから3時間掛けて、積極的に生きるポジティヴな、地球温暖化の要因と成りかねない暑苦しい男に変貌する。
待つ事3分。大慌てでやって来た。やはりこの人格を変質させる呪いを知っていたか。が、彼女は結界に阻まれ敷地内には入れない。とは言えギリシア神話最高の魔術師だ。結界も保って2分というところだろう。
「大人しくしていれば、街の人から生気を掠め取る事も目を瞑りました。あなたには同情さえしていたのに、どうしても戦いたいと?」
「何言ってるの! あんな、あんな情熱的な宗一郎様は……」
マスターの名前をバラしてるし。
それもアリだとフードの下の顔がニヤけている。ここに来る前に抱きしめられキスでもされたか? と言うか、どうして効果がこんなに早く……?
あ。もしかして葛木先生って、この手の呪いに極端に弱いのか。これは知らなかった。
そうと知っていれば、お坊さま達が般若心経をシャウトするようなリスクを冒さず、もっと簡単な呪術で行けたのに。
「と、ともかく! 聖杯を得るには、斃さなければ意味は無いわ。ここで死んで貰うわよ、お嬢さん」
この会話の間、お互いに暗示を掛けよう、催眠を掛けよう、掌握しようと色々やっていた。だけど一向に埒が明かない。痺れを切らした彼女は極大の魔力弾を放って来た。
遠坂の家ごと吹き飛ばすつもりだろう。
「ゲップ……失礼しました」
「嘘! あなたは魔力吸収ができるの?」
「ドレイン・マスターとは私の事ですよ。そもそもヨミからのエネルギー衝撃波を吸収してこその主人公です」
「「そんなバカな……」」
アーチャーが呆れている。キャスターと声がハモっていた。
ともあれ寝込みだったので気分が悪い。なので眠いのを我慢して、柳洞寺にセイバーとランスロットさんを転移で突っ込ませた。
山門前に突然現れたので、アサシン・佐々木小次郎は面食らっていたが、ランスロットさんが押しのけた。
山門をくぐってしまえば追いかけられないのはわかっている。
私は念話で、二人を彼女の部屋に向かわせた。お手製のフィギュアやボトルシップ、手縫いのドレスなどを無茶苦茶にして貰ったのだ。
一人だけ、なんで私がこんな事をとブツブツ言っていたが、こういうのが効くものなのです。夜空に浮かぶ彼女はそれを察知して、青褪めた表情でスッと消えたが本体では無いと思う。
その後、彼女とは最後の最後まで会えなかった。英雄王に殺されたか、遊軍のアーチャーさんか姉さんにやられたのかも知れない。
こちらには彼女を救けるプランがあったのに。猜疑心と執着心の強過ぎる人は、自分から破滅に向かうものだね。
この物語に於いては、魔術の属性には、表の属性と裏の属性が存在し、それを知っている者が皆無に近いという裏設定があります。
例えばエルの世界のルヴィアは、これを知っているから宝石剣が作れた訳です。
当然、魔法使いの凜やエルから分かれたエルヴァも知っています。