※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第二部 並行世界篇   作:炭団

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その7

 0011、2月3日遠坂邸。

 

 バチリと目が覚めると、窓からの光がとても眩い。高い天井、低い床。

 

「ベッド? 何でベッド?」

 

 ここはどこだ? 俺はどこに居るんだ? カチャリとドアが開いた。誰だ? 

 何だか知らないが、お尻が痛い。

 

「雲の彼方に浮かぶ陰~黒い貌したエルヴァ~♪ 命を懸けて飛び出せば~岩の斧剣で粉砕だ~♪ 死ね、死ね死ね、衛宮~♪」

「何を歌ってるんだ!? 誰だ、あんた?」

「フッ……。日夜、世界の悪魔と私財を投げ売って闘う、遠坂凛を支援すべく現界した彼女のサーヴァントです。エルヴァとお呼びなさい」

「エルヴァさん……? ここはどこだ? 俺は一体?」

「ここはキミに与えた寝室です。朝食は7時から、下のダイニングで」

「そうじゃなく! 住所は!」

「女性にいきなり住所を訊く男。キミ、モテないでしょう?」

「なッ!?」

「ぶっきら棒で朴念仁。ブラウニーやら偽用務員やら、あだ名も多数。それって便利なヤツって周りから利用されているだけでしょう?」

「そういう声があるのは知ってるよ。けど、俺も好きでやってるんだ」

「どうしてですか?」

「どうしてって……。その……皆んなの役に立つなら良いかなって……」

「なるほど。将来は人々の役に立ちたいと考えている訳ですね?」

「ま、まぁ、そうだ」

「あのですね? 組織に拐われ改造されても、一人では絶対に無理です。だから後に戦隊モノに原作者は発展させたのでしょう?」

「は?」

 

 色黒の女の子は突然そんな事を言った。ってか、よくよく見れば、あの日矩嗣さんが連れていた女の人達に似ている。

 

「ちなみにここは私のマスターの家ですよ。昨夜、学校で少々諍いがあり、居残りしていたキミが巻き込まれたのです。キミを救ったのは遠坂凛です。これまでの居住料に、今回の救護料。シメて5億は覚悟して下さい」

 

 そんなに高いのか!? いや、矩嗣さんが話してくれた金額の半分だ。居住料と救護料がセットなら安いのか? 

 

「キミの命ですよ? これより安いのなら、キミはそれまでの人間です。もしタダなら、衛宮切嗣はガラクタを拾ったって事ですよ? そうではなく、俺にも価値があるというならキミはその対価を支払うべきです。本当は衛宮切嗣にも支払うべきなのでしょう。それができないから、せめて周りの人に返したいと願うようになったのではありませんか?」

 

 え? 

 俺は……絶望しか無かったあの災害の中で、俺を見つけた親父の顔が綺麗だったから憧れた……だけのはずだ……。

 

「理不尽な災害で死んでいく人達の断末魔。それが耳に残り、心的外傷後ストレス障害を発症しているのです。人々に安息たれと願うのは人として正しいです。正義の人たらんと自らを律するのも自由です。ですが、正義の味方というカテゴライズはよくありません。それはまだまだ未熟で世を知らない学生であるキミが、絶対正義であるとは言えないからです。そしてそれを学ぶのなら、他の事と並行して学べます。まずは学校を卒業し、生活を安定させつつ世の役に立つ仕事を見付けなさい。そこからですよ?」

 

 俺は一瞬言葉を失った。まさにそこなんだ。俺が正しいのか? 他に方法はないのか? いつもそこで悩むから。

 

「どうしてそんなに俺の事に詳しいんだ?」

「キミは前回の聖杯戦争勝者、衛宮切嗣の養子でしょう? 我がマスターは、この冬木のセカンド・オーナーですよ?」

 

 そうだった。矩嗣さんも話していた。俺がマークされているって。

 そして遠坂は自分のサーヴァントにも、あれこれ話しているんだな。当然といえば当然か。こうなって来るとある種の開き直りと言うか、余裕が出てきた。

 

「なぁ、教えてくれ」

「身長は153センチ、体重は43キロ、バストは……」

「そんなの聞いちゃいねぇよ!」

「そんなの……? 勇気を出して乙女のヒミツを教えてみれば、そんなの?」

 

 ちょっ!? どこから包丁を出した? 投影魔術か! 

 

「この柳刃は、この日本で散々刺殺事件や通り魔事件で血を吸った様々な包丁の概念と、全国に渡る被害者の恨みをブーストして乗せてあります。これでキミの肛門を抉ってやりましょう」

「あ、あんたか!? あの親子惨殺事件は?!」

 

 思いっ切り殴られた。

 

「そんな事をしますかッ! で、何が聞きたかったのですか?」

 

 なんだよ、この人……。痛ってぇ……口の中を切ったぞ? 

 

「終わらせ方だ、聖杯戦争の。どうすれば誰にも被害を出さずに終えられる?」

「私とリンが勝利する事ですね。誰にも被害を出さない事が基本方針ですので」

「そうなのか?」

「ええ。リンも私も聖杯は望んでいません。災厄しか生み出さないモノを欲するほど落ちぶれてもいません。彼女はそこに戦いがあるから、そして参加資格が優先的に回るから参加したまでです。なら、出る限りは勝つ。彼女と私はそこで一致していますね。それとキミへのアドヴァイスです。今回のマスターの中に衛宮切嗣の実の娘が参加しています。年齢的にはキミの姉となる人で────」

 

 俺は慌てて部屋を飛び出した。爺さんの娘。俺の義理の姉。名前は確かイリヤスフィール……。そうだ、爺さんは自分の家族を守れなかった。なら、俺は────姉さんを守る! 

 

「イリヤ、小僧が飛び出して行ったぞ?」

「もう~、男の子ってどうしてじっとしてられないの?」

「さてな?」

 

 衛宮士郎が出て行った事を主に報告するアーチャー。そこへ朝食を作っていたアーチャーさんの一言。

 

「酷いな。自閉症にならなかっただけでも儲けものだったと考えるべきか? どう見ても、後天的発達障害だ」

「いえ、先天的な部分もあった気がしますよ?」

「そうか。君はエルの中で、オリジナルの司郎を見ていたな。そいつはそういう?」

「幼少の頃は多動気味でした。ですが弓道を始めてから変わりましたね。男の子にありがちな範囲です」

「となれば、大部分はやはりあの災害で?」

「そうですね。7歳なのにゼロからやり直しですから。そこもあったと思います」

「やはりな」

 

 階下に降りた私とアーチャーさんの会話に加わるアーチャー。アーチャーはアーチャーさんにキッチンを取られて手持ち無沙汰なのか、居間を掃除していた。私が毎日拭いているのでホコリなんて無いだろうに。

 一方、イリヤスフィールさんは、アーチャーさんお手製のフレンチトーストを楽しんでいた。それでこのひそひそ話を聞いていない。

 なお、このフレンチトーストは食パンを使った日本のそれでなく、薄くスライスしたバゲットにチーズを挟んでから溶き卵に漬けフライパンで焼いたイタリア風だった。

 バゲットはフランスパンだし、チーズはモッツァレラでは無いので、あの国のモッツァレッラ・イン・カロッツァ(馬車に乗ったモッツァレラ)とは別物だが、それでもアメリカで生まれたフレンチトーストの一種である。

 そう、フレンチトーストはアメリカ料理なのだ。そして各国で似たような料理がある。ドイツにはアルメ・リッター(貧乏騎士)というフレンチトーストがあり、こちらは卵黄と砂糖と牛乳を混ぜた液にパンを浸し、更に卵白液とパン粉を掛けてバターで焼いたものだ。シナモンを掛けたり、フルーツジャムを挟んだりする。

 そんなフレンチトーストと、空と大地(ヒンメル・ウント・エアデ)という名のリンゴ入りマッシュポテトとソーセージをアーチャーさんは出していた。ドイツ西部の料理だけど良く知っていたなぁ。

 

「ああ、エルマに教えて貰った。イリヤが好きかも知れないとな」

 

 なるほど。けれどリンゴ好きは実の姉さんだ。今外にいる姉さんはそれほどでもない。足の届かないダイニングの椅子で、プラプラしながら食べているイリヤスフィールさんは不明だけれど。どうなのだろう? 

 

「これ、美味しいね」

 

 ウケた。へぇ~。

 

「ともあれ衛宮士郎の監視は必要だろう」

「そうよ。危ないわ」

「私の使い魔が動いていますから」

「そうか。なら少しは安心か」

 

 仲間の事や私が人である事、並行世界の妹である事はまだイリヤスフィールさんに話していない。が、色んな世界に召喚され、細々した事情に詳しいとは話してあった。

 だけどアーチャーさんを、魔術師でもある私が別口で召喚したアーチャーだと話せば、すんなり受け入れていた。ウォッチャーはキャスターにも入れる英霊が選ばれるんだよと教えてくれさえした。

 これは何となくそうかなぁとは思っていたが、初めて知った情報だった。

 いつもなら正体も話すところを黙っているのは、エルマの指示に従っているからだ。この段階ではまだ明かせないのだ。朝に弱い凛は、まだ起きていない。凛が降りて来たらアーチャーさんは霊体化する手筈だった。

 

「『ウォッチャー』かぁ。あなたって不思議な存在よね? ホムンクルスの雛形のモデルだったのかな?」

 

 食事を終えたイリヤスフィールさんが尋ねて来た。

 

「かも知れませんね。案外と私の子孫がアインツベルンと名乗り始めたのかも」

「うん、そんな気がする。だって繋がりを感じるもん」

 

 

 遠坂の家を飛び出た俺は、よくよく考えれば姉の顔も知らず、どこに居るのかさえ知らなかった。とんだ大馬鹿だ。だけど救けて貰ったのにも関わらず、俺はあの家に居たくなかった。

 心的外傷後ストレス障害。あのエルヴァという名前のサーヴァントは矩嗣さん以上の言葉でもって、俺に現実を突き付ける。そして俺はそれが正しいのだと納得してしまった。けれどそれだと……。

 だから一人になって考えたかった。遠坂とは会えなかったけれど、後でお礼を言えばいい。とにかく今はこんがらがった頭の中を整理したかった。

 それに早く着替えたかったのもある。だって学生服は昨夜ビリビリに引き裂かれたし、今着ているスウェットはたぶん遠坂かエルヴァさんが用意したものだろう。これも洗って返さなきゃな。

 しかしさっきからサイレンが煩い。新都の方ではヘリコプターが飛んでいる。一体何だろう? 何か事件だろうか? けど、聖杯戦争みたいな訳のわからない事がまかり通るこの街だと、何が起きてもおかしくない気もする。

 そうして洋館街からバス停まで歩くと、二人の少女が泣き顔で飛び込んで来たんだ。

 

「お兄ちゃん!」

「お、お兄ちゃん!」

 

 誰だ? 見た目は小学生くらい。褐色の子と色白の子。どちらも日本人では無い。そして同じ顔をしている。双子だろうか。

 しかも褐色の子はエルヴァさんにそっくりで、色白の子は昨夜校庭で見掛けた子に似ていた。

 

「き、君達は?」

「え?」

「イリヤ、並行世界だと思う。この人は私達の知らない衛宮士郎なんだよ」

「そんな……」

 

 待て。イリヤだって? 

 

「君の名はイリヤスフィール?」

「お兄ちゃん!」

「あ、ごめん。偶然だと思うけど、それは俺の義理の姉の名前だ」

「姉?」

 

 それで立ち話もなんだから、俺は二人を家に招いた。そして昨夜の色白の子供が姉さんではないかと考えるに至った。

 聞けば二人は一昨日前の夜に突然ここに来て、街中を彷徨っていたらしい。風呂を沸かして温かい飲み物を出してあげた。肌着は後で買いに行く事にして、取り敢えず俺のお古を用意した。

 落ち着いたところでもう一度話を聞いた。双子の名は白い子がイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。褐色の子がクロエ・フォン・アインツベルンといった。

 

「じゃ、父親の名は衛宮切嗣で間違いないんだな?」

「うん……」

「そうか。俺にはよくわからないけど、並行世界ってのが正しいと思う。そこでの俺は君達の兄なんだ?」

「うん、6歳違いのね。それでもってパパの養子。パパとママは夫婦だけど、結婚してないから」

「そっちも複雑そうだな。俺も今、冬木に来ているはずの姉さんを探しているんだ」

「その人の名がイリヤスフィールなの?」

「そう。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンって名で、俺の一つ上だと聞いている」

「お兄ちゃんはそれを誰に聞いたの?」

「衛宮矩嗣っていう、親父の双子の兄だよ。だから伯父さんになるのかな?」

「パパが双子!? イリヤ、知ってた?」

「ううん。お父さんが双子なんて初耳だよ」

 

 そこから話を聞いてみると驚きの連続だった。こんな小さな子が、魔法の杖を使ってカードから出現する黒化英霊なんておかしなモノと戦っていたなんて。街を守っていたんだぞ? 

 そしてその杖を紛失したので、今は何もできないそうだ。だけど8枚あったカードの事を詳しく聞かせて貰った。それってサーヴァントと似ている。

 現在も何枚かのカードを持っているらしく、それを見せて貰った。解析を掛けたいところだけど、こんな場じゃ一から回路を起動できない。なのでカードは直ぐに返した。

 また、クロエの方は魔力がありさえすれば、生身で黒化英霊と戦えるらしい。これもにわかには信じがたい。そんな俺の疑念を読み取ったのだろうか。

 

「見ていて」

 

 そう言ってクロエって子が一対の剣をその手に顕現させた。投影魔術だ。それは昨夜、エルヴァさんやもう一人の奴が握っていた剣だ。大きさはかなり違うが。

 それにこれは普通の剣じゃない。神秘というのか……それが深いように思えた。なのにそれを見た俺は、何故か同じ事ができる気がした。エルヴァさんの包丁よりしっくり来たんだ。

 

「じゃ、本当の本当に、ここでは英霊を喚び出す聖杯戦争が行われているの?」

 

 クロエって褐色の方の子が訊いて来た。この子は聖杯戦争の事をある程度知っているみたいだ。

 

「ああ、その真っ最中なんだ。だから夜は表に出ない方が良い。今後の事もじっくり考えよう。杖があれば良いんだけどなぁ」

「そうだ。ここってリンさんやルヴィアさんって居る?」

「ルヴィアって人は知らないな。リンってのはもしかして遠坂凛の事か?」

「そう」

「なら、居るよ。けど、あいつもマスターだから、今は危険かも知れない。それに君達の話を信じるなら、ここは並行世界だから面識は無いだろう。でも、何らかの手掛かりが欲しいよな。今日は俺、学校を休むから、必要な物を買い揃えて学校が終わった時分に遠坂の家に行こうか」

 

 姉さんの事も気になるが、この子達を放ってはおけない。だから気不味いところもあるが、俺は再度遠坂の家に向かう決心を着けた。

 ちょうどその時、玄関のガラス戸が割れたんだ。

 

「なに?」

「泥棒?」

「危ないから待っていてくれ」

 

 そう言って様子を見に行くと、玄関のガラス戸を突き破って片腕の外人が倒れていた。日本語が通じるかどうかなんて考えていなかった。その様子が尋常じゃなかったからだ。

 

「あんた! 大丈夫か?!」

「すまねぇ……魔力切れでな……。ここいらで魔力を感じたんで……」

 

 苦しそうな声は日本語だった。

 

「お兄ちゃん! そいつ、人間じゃない! 英霊よ!」

 

 何だって? つまりサーヴァントか? 

 

「あんた、サーヴァントなのか?」

「それがわかるって事は……」

「ああ、魔術師……とは言い難いけれど、一応端くれだ」

「そうかい……。なぁ、坊主……。俺はこのまま終われねぇ……。どうかマスターになっちゃくれないか……?」

 

 結局、居間に上げたサーヴァントのマスターには、三人の中で二番目に魔力が多いイリヤスフィールちゃんがなった。

 一番魔力が多いクロエちゃんはワケありらしく、既にイリヤスフィールちゃんのサーヴァントみたいなものらしい。

 俺は殺し合いの儀式に参加する事になるので反対したんだが、困っている人を救けられないお兄ちゃんはお兄ちゃんじゃないと言われて声が出なかった。

 けど、魔力さえ貰えれば子供達は巻き込まないとサーヴァントが約束してくれた。

 そして俺は魔力が子供達より少ないという、聞きたくもない現実を突き付けられたんだ。

 

「ふぇ~、危なかった~。マジで消える寸前だ。助かったぜ。けどよ、妹二人の方が魔力持ちって、悲しいなぁ」

「言わないでくれ……」

「そう落ち込むな。毛色が違うところを見れば、妹の方はそういう教育を受けてるんだろ。そしてお前はそうじゃなかった。それだけさ。なら、学んでいきゃ良い」

「あんた、魔術が使えるのか?」

「ああ、多少はな。得意なのは槍や剣だけど、肝心の槍がぶっ壊されたからなぁ」

「相手は?」

「そっちの黒いお嬢ちゃんとよく似た女だ。と言っても見た目は16~17歳前後だったがな」

 

 それ、エルヴァさんだ……。不味いなぁ……。

 

「お兄さんは槍の英霊なの?」

「ああ、ランサーだ」

「イリヤ、ランサーのカードを貸して。美遊から預かっていたでしょう?」

「どうするの、クロ?」

「ん? ちょっとした実験。もしあなたが、このカードと同じ英霊ならチャンスがあるかも」

「どういうこった? うん? これ……座に繋がってんのか?」

「みたいね」

「呪文は? こいつを発動させるには呪文が必要だろ?」

「さっきイリヤに唱えさせた、聖杯戦争の召喚呪文でイケると思う」

「なるほど。聖杯の知識は俺にもある。ダメ元でやってみるか」

 

 そうしてランサーは槍と剣を手に入れた。おまけに座の本体から腕をコピーしたと言う。無かったはずの左腕がニョッキリと生えたんだ。

 

「白い方のお嬢ちゃん、大丈夫か? 魔力を随分頂いちまった。まさか剣まで引っ張って来れるとは思わなかったぜ」

「その剣は?」

「『クルージーン・カサド・ヒャン(光の剣)』だ。槍は『ドゥヴシェフ』。恐槍って二つ名がある」

「まさかあんた、アイルランドの?」

「ああ、正確にはアルスターだけどな。オレはクー・フーリン。よろしくな?」

 

 そこで皆んなにお腹が空いてないか聞いてみた。すると二人の少女はお腹をグ~グ~鳴らした。そうだよなぁ、ここに来てからほとんど何も食べていなかったんだろう。

 それに俺もおかしな事に巻き込まれていたから、腹は空いているし、何より冷蔵庫の中の賞味期限が気になる。よしっ。一気にどど~んと作るか。

 魚はサンマの干物。セロファン巻きだ。と言っても灰干しではない。1尾80円のお買い得品だ。そして白菜とちくわの煮浸しに、豚肉の肉じゃが。

 新ジャガは春から初夏に掛けてが旬だけど、今時分に出回る秋植えや冬植えは意外と甘くて美味しい。

 結んだしらたきでなく、包丁で細く切ったコンニャクが入っているのがミソだ。彩りは乱切りのニンジンとサヤエンドウで良くした。

 そして白菜と豆腐、ツナ缶を使った白和え。これは口直し的に少量。ごま油とラー油で和えてある。勿論、小学生の二人にはごま油だけだ。

 だけど玉締めの良いごま油を使っているから味が物足りない事はないだろう。

 味噌汁はジャガイモともやしだ。白菜を使い切りたいところだけど、煮浸しと白和えで被ってるからな。大根はサンマの添えとシラス大根で使い切れた。

 

「ンメェな、坊主! やるじゃねぇか?」

 

 バチコ~ンと背中を叩かれた。痛いっつうの。

 

「何よりこの魚が信じられん。現代はこんなウマい魚があるんだなぁ」

 

 サンマって昔は無かったのか? ああ、国が違うから獲れる魚の種類も違うのか。

 

「干物ってあんまり食べた事がないけれど、おいしいよね?」

「うん」

「これだけの味なら、普通に焼くだけでも美味いだろ?」

「そうだな。サンマはただの塩焼きでも美味しいよ。下拵えもほとんど要らないから、そのまま焼ける便利な魚だ」

「そのまま? 坊主。さすがにハラワタは取っとけよ」

「『さんま苦いかしょっぱいか』って詩もあってな。この魚はハラワタも食べられるんだよ。その苦味を薬味にして身を食べるんだ。口直しが大根おろしだよ」

「ほぅ~、そういう魚だったのか。なるほどねぇ」

「そっちはどうだ? 口にあったかな?」

「うん、おいしいよ。煮物なんかお兄ちゃんより上手かも」

「お兄ちゃんは和洋中全般上手だけど、和食だけならこっちのお兄ちゃんの方がおいしいね?」

「ありがとう。お代わりもあるからな。たっぷり食ってくれ」

 

 やっぱりこの子達の兄は世界の違う俺みたいだ。和洋中が解せないけど、妹が居るならそういう風にもなるのかな。

 

「お兄ちゃんってどんな人だ?」

「目の前に居るお兄ちゃんそっくりで、優しくてお料理好きだよね?」

「もっとプロフィールを話しなさいよ、イリヤは。私立穂群原学園高等部の2年生。部活は弓道部でオオオチだって」

 

 なるほど。辞めないで続けているのか……。

 

「オオオオチってなんだ?」

「オが一つ多いぞ。弓道っていう弓を通じて色々学ぶ部活があるんだ。それの試合の時の弓を引く順番だ。五人立ての最後に引くのがオチだ。オオオチは第一射場や第二射場を合わせた一番最後を指す場合が多いかな?」

「なんだ。坊主も弓兵志願か? 男なら剣や槍を使えよ」

「それ、現代で振り回したら逮捕だ。法律違反なんだよ」

「チッ、つまんねぇ時代になったもんだな」

 

 無茶を言うなよ。けど、男が剣に憧れるのはいつの時代も同じなんだな。

 

「それに俺は弓道部を辞めたから」

「え? 辞めちゃったの? どうして?」

「う~ん……。色々あってさ。けど、君達も大変だな? お兄さんとの三人暮らし?」

「ううん。ママもお父さんも居るし、セラやリーゼリットも居るよ」

 

 何だって? 

 

「じゃ、そっちじゃ親父が生きているのか!?」

 

 それで俺の養父、衛宮切嗣の事を話した。奥さんの事は全然知らない事も話した。言わなくても良いんだろうけど一応な。

 

「奥に仏壇があるよ」

 

 ドタドタと走って行く二人。そして半泣きで帰って来た。しまった……遺影を見たんだろうな。

 

「坊主よぉ。デリカシーっつうのが欠けてるな?」

「まったくだ……」

「けど並行世界ってのは面白ぇな。ランサーのカードが俺なんだろ? 他はなんだ?」

 

 涙を拭きながら気丈にも話してくれた。この子達、意外と芯は強そうだ。

 

「セイバーのカードがたぶんアーサー王で、アーチャーのカードが謎。ランサーはあなたで、ライダーはたぶんだけどゴルゴーン」

「あ! あの女……メドゥーサだったのか。なるほど、それで?」

「キャスターのカードは、もう一つわからないけど、どこかの王女様かな?」

「どうして王女ってわかったの?」

「あのカードを使うと、故郷に帰りたいって願い? そういうのが伝わるんだ」

 

 わかった。それはたぶん……。

 

「坊主、そいつはコルキスのメディアだ。本人から真名を聞いたから間違いない」

「俺もそう思った。けど、真名を聞いたってのは?」

「恥ずかしい話だが、俺は最初のマスターを殺られちまってな。それをヤッたのが二番目のマスターだ。そして偵察に出たガッコウってトコで、黒い方のチビそっくりなサーヴァントに不意打ちで負けた。そこで何故か契約が切られてな。それで一時メディアと契約していたんだ。その契約が今朝、とんでもない奴に襲われて再び切れた。たぶんアイツに殺られちまったんだろうな」

「ランサーさんは、ハランバンジョウだね?」

「そんな何の邪気も感じさせない顔で、ニコニコして言うなよ!?」

 

 このイリヤスフィールちゃんって子は結構天然っぽい。話を戻したのはクロエちゃんだ。こっちはしっかりしている印象がある。

 

「そしてアサシンがハサン何とか。何十人にも分かれる能力があるみたい」

「うん」

「いや、そいつはここには居ないなぁ。もっと飄々とした腕の立つ剣士だったぜ?」

 

 やっぱりカードとは微妙に違うんだな。

 

「そしてバーサーカーがヘラクレスだね。十二回違う方法で倒さないと復活するんだ」

「何だ、そのデタラメ?」

「十二の功業が宝具化している?」

「そんな感じだろうね。良くあんなのにイリヤは勝てたものだわ」

「こっちのチビが?」

「友達とだよ? それにステッキがないと」

「そっか。そのステッキがあったら相手を頼むトコなのにな」

「クロはどう?」

「ランサーかぁ。どんなものかやってみたいわね」

「良し来た。加減はしてやるからな。坊主、場所はねぇか?」

 

 本当かよ? けど、二人はヤル気満々だ。仕方なく俺は道場へ案内した。

 

「一応ランサーだかんな。剣は封印してやるよ。そっちの柄モノはなんだ?」

「何でもありよ」

 

 そうしてクロエちゃんの着ている物と髪型が変わった。変身なのか? そしてさっき見た一対の剣を出した。

 

「ほぅ、変わった芸風だな? 流行りなのか? アイツと似ているな。ま、良いや。来いよ」

「ええ」

 

 その前にクロエちゃんは道場の床や壁に魔術を掛けた。それを見たランサーも手伝っていた。

 

「き、強化魔術……。こんな子供がアッサリと道場全体を……?」

 

 俺なんて百回やって一回成功するかどうかなのに……。俺……やっぱり、向いてないのかな……。

 そんな風に落ち込んでいたら、知らない間に始まっていた。クロエちゃんが剣を投げた? なんでさ? 

 だけどランサーは当然そんなのに驚きはしない。槍を繰り出し、飛んで来る剣を弾いた。でも剣は十本や二十本では無かった。

 膨大な量の剣が雨霰とランサーを襲い、その隙きに天井近くまで跳んで、空中で矢を射た。

 足場がないのに? マンガやアニメじゃ無いんだぞ?! 足踏みや胴造りを無視して弓を引けるなんてあり得ない!? 

 だけどそんなとんでもなく凄い子なのに、ランサーには届かなかった。

 

「子供にしちゃ、まぁまぁだな」

 

 そう言ってランサーは、アッサリとクロエちゃんの胸に槍を突き付けた。

 

「負けちゃったかぁ。強いね?」

「まぁな。俺にゃ矢避けの加護があるからな。と、偉そうには言えねぇけどよ」

「どうして?」

「ありゃ、空間を跳ばすんだろうな。目の前数センチのところで宝具の矢が現れてな。避けるために左腕と槍を棄てなければ死んでいた」

「どんな相手よ?」

「それがさっきも言った、お前ぇみたいな奴だよ。戦いでは一瞬しか見えなかったが、その後何度かメディアの遠見の魔術で見ていたからな」

「誰だろう?」

「たぶんだけど、エキストラクラスだろうな。この聖杯戦争にはバーサーカーが居ねぇ。俺はセイバー以外のほぼ全員と当たったから、間違いない筈だ。案外と嬢ちゃん達のご先祖様だったりしてな?」

「え~」

 

 そして衣類を買いに行ったり、昼食を摂って一服ついていたら4時になった。俺達は着替えてから遠坂の家に向かった。

 商店街の辻を越えて洋館街に入る少し手前に公園があるんだけど、そこで凄い奴らと出くわした。

 

「そこを行く少女達! あなた達は私の仲間になりなさい!」

 

 誰だと思えば、滑り台の上で奇天烈な格好をした遠坂が仁王立ちしていた。

 ピンクのナース服? 丈がやたら短い。キャップやボタンなどのパーツは濃い赤だ。そこに黒い網目のストッキングにハイヒール。そして右手に血圧計? を持っていて、左の脇にはクリップボード(用箋挟)を抱えていた。

 

「え? リンさん!?」

「リン! なんて格好を?!」

 

 呆気にとられていたら、横合いから何かを突き付けられた。誰だ!? 

 

「シロウ、落ち着きなさい。そしてランサー、動かないで欲しい。今、重要な事をこの子達に話さねばならない」

「お前はセイバーか。どういうこった?」

「それを今から話します」

 

 そう言って先日会った、セイバーと呼ばれた女の子は公園に俺達を誘った。公園の樹の陰から矩嗣さんが現れた。

 

「イリヤ……。クロエ……。君達は何かとんでもない危険な目に会って、魔杖が並行世界に逃したのだと思う。正直に言おう。イリヤ、君のルビーがあれば元の世界の座標を探れる。だけど何もないなら、帰してあげたくとも難しいだろう」

「お父さん?」

「パパ?」

「……ごめんね。残念ながら、僕は並行世界の衛宮切嗣だ。僕の娘達も今5年生だけれど、君達の父親ではない」

「じゃ、矩嗣って名は?」

「死んだ父親から一文字貰った偽名だよ。ただ、士郎。僕の息子も士郎だけど、君とは出会い方が全然違う。僕は第四次の頃にアインツベルンを滅ぼした。聖杯の出現場所をドイツのアインツベルン城に替えさせたんだ。だからあの世界では第五次は起きないし、起こさせない」

「そっちも並行世界だって……? どうして?」

「このままだと君や君の姉のイリヤが危ないからだ。それを陰から救けたかった」

「ああ……。それで……姉さんは?」

「遠坂の家だ。あそこなら安全だ」

「あそこに居たのか……」

 

 確認しないで飛び出したからな……。

 

「それとランサー?」

「なんでぇ?」

「君の願いは強い者との心置きない戦いだろう?」

「ああ」

「この世界のカタが着いたら、僕達と来ないか? 死ぬほど戦わせてやろう」

「マジか?」

「ああ。だけど僕の娘のエルヴァに負けたんだって?」

「何!? どういうこった!?」

「娘は今、遠坂のサーヴァントなんだよ」

「は?」

「遠坂のサーヴァントが娘ってどういう事だ? 人間じゃないのか?」

 

 すると奇天烈な格好の遠坂がこう言った。

 

「もう気付いているだろうけど、私もここの遠坂凛じゃないわ。そしてエルヴァは人間よ。私達の世界に流れ着いた漂流者だったの。そこからカード騒動に巻き込まれたイリヤを救け、クロエを取り出し、倫敦まで行って、私やルヴィアを救けてくれたの。彼女の元の世界では第四次に僅か8歳で出たマスターであり、大聖杯を停止させ聖杯戦争を永久に終わらせた。そして彼女はアインツベルンの第11代総裁でもあったの。彼女こそが正義の味方なのよ、衛宮君」

 

 ああ……。

 

「上が130の下が90ね。十代の男の子と思えば高いわ」

『きっと、凛さんの言葉で動揺しただけですよ~』

 

 いつの間にか血圧を測られていた。そしてその血圧計が声を出した。俺は卒倒しそうだった。

 

「って事は、魔術で誤魔化しているだけで生身の人間そのものだってのか?」

「そうだ、ランサー。あの子は神代の魔術師も腰を抜かす本物の天才だ。君の武功が幾ら優れていても、サーヴァントである限り娘には勝てない」

「意味がわかった。その大聖杯とやらに仕掛けをするんだろ。チッ……」

「さすが魔術でも名を馳せただけはあるね」

「ウルセーよ。それに空間を跳ばす、あの魔術はマジモンで厄介だ。次はやらせねぇけどよ」

「そして僕達の真の敵は、言峰綺礼であり、アイツが隠し持っている英雄王ギルガメッシュだ」

「な!? あのヤロー! まだサーヴァントを持ってやがるのか!」

「そういう事だ。キャスターはどうもそのギルガメッシュに殺られたようだ。とは言え、言峰も終わりだよ。さっき全国に指名手配された。テレビのニュースやワイドショーでも持ち切りだよ。今世紀最大の猟奇事件としてね。あれはもはやどんな組織でも揉み消せない」

 

 そこで矩嗣さん改め切嗣さんは、その神父の悪行を教えてくれた。俺は公園で吐いた。この時、並行世界の遠坂は子供達と上手い具合に公園から出て行った後だった。

 

「坊主、大丈夫か?」

「ああ、すまない……」

「あのヤローはいけすかねぇと思ったら、本物の悪党だったな」

「ああ。殺すしかない奴だと僕も思う。だけどエルヴァが止めるのでね」

「何で止めるんだ?」

「あんなのでも使い途があるらしい。想像もつかないけど」

「現代は謎だらけだな?」

「まったくだ」

 

 意外だけど切嗣さんとランサーは結構話せる仲のようだ。そしてチラッとセイバーを見れば頬を膨らませていた。彼女、切嗣さんとそういう仲なのか? 

 一段落したところで子供達と遠坂が帰って来た。お菓子とジュースを持っている。遠坂が買ってくれたんだろう。あの格好で。

 

「士郎、遠坂の家に行くのは良いが、交渉はしっかりしろよ」

「何を?」

「遠坂の家にはルビーという名の魔杖がある。それをこの子に握らせれば、元の世界が判明する可能性が高まる。凛君の持っているルビーは凛君が契約しているのでイリヤには貸せない。だからね?」

 

 そんなの……、なんて言や良いんだ? 

 

「すみません。俺、そんな交渉できないです」

 

 そこでギロリと睨んで来る切嗣さん。

 

「あのね。仲裁でも仲介でも和平でも、交渉力がものを言うんだ。君の望む話し合いなんだよ? なのにそれができないの? それとも何か、士郎の考える正義は暴力で相手を倒すだけなのか?」

 

 俺はこの時点で内心半泣きだった。

 

「あ~、やっぱりこういうのはお兄ちゃんの方が上手だったな」

 

 クロエちゃんだった。そりゃそうだろ。そっちは高校生になった今も親父が居るんだろ? 色々教えて貰ったんだと思う。

 

「このままじゃ可哀想か。なら、ヒントと言うか、交渉材料を教えてあげよう」

 

 何だろう? 

 

「間桐桜だよ。彼女を救けた対価を、君の居住料とルビー買い取りの対価で相殺させるんだ」

「それ、ズルくないか?」

「何を言ってるんだ? 憧れの先輩が体を張って、セカンド・オーナーの姉と交渉してくれるんだ。そして間桐の名を捨て、姉妹仲良く遠坂で暮らせと諭してあげる。もうこれだけで君は、間桐桜にとっての正義の味方だ。見知らぬ誰かじゃない。身近な家族や親しい友人を救え。怨嗟の断末魔も、願ったのは我が子や親や友人達の助命だったろう? それ以上の事は望んじゃいけないよ。そしてそれは君がしなければならない事では無い。間桐桜を癒せ、姉のイリヤスフィールを癒せ。それだけは君にしかできないだろう」

 

 ぅう……。

 

「士郎……? 魔術を少し齧って、常人とは異なる──限界を突破できるチカラを手に入れた、なぁんて夢を見たってさ。結局、君は君でしか無いんだ。僕だってそうさ。衛宮切嗣は衛宮切嗣以上にはなれない。だから今後は間桐桜をケアし、できればイリヤスフィールと仲良くしてあげて欲しい。あの子も肉体に問題があるけれど、それはこちらでどうにかするから」

「肉体に問題?」

「今回の聖杯戦争に於ける小聖杯なんだ。無茶な調整が祟って、このままならおそらく来年一杯持てば良い方だろう」

「そんな……」

「心配しなくていい。だからそれは僕達がなんとかするから」

 

 そこで俺は姉さんだけでなく、ここに飛ばされて来たらしい二人の少女が気になった。

 

「ん? その二人は大丈夫だ。危険があるとすればクロエだが、それを治す方法もこちらにはある。むしろ重要なのは心のケアなんだ。だけど間桐桜や姉のイリヤスフィールと違って、こればかりは君には無理だろう」

「どうして?」

「常識的に考えてご覧。この子達はまだ11歳程度なんだ。世の中を学びつつある子供なんだ。それには兄だけじゃ足りない。社会的にも経済的にも、保護者となれる大人が必要なんだ。学校だけの事じゃないんだよ?」

 

 それはあるか……。

 

「じゃ?」

「うん。この子達は僕が責任を以て連れ帰る。そしてできる限り早く、本当の親元へ返してあげようと思う」

 

 ここで声をあげたのがクロエちゃんだった。

 

「そっちにもお兄ちゃんが居るの?」

「士郎もアイリもセラもリズも居るよ。勿論、イリヤもクロエも居る。そしてあの子達は君達を排除しない。姉妹か従姉妹のように接してくれるだろう」

「それだけ、色々あったんだね?」

「うん、そうなんだよ。なにせ美遊ちゃんの世界まで行って、美遊ちゃんと彼女の兄を救けたからね」

「え!?」

「どういう事なの? ミユはいったい……」

「話せば長くなるし、それはここの士郎達には関係ない話だ。後で必ず話すから少し待っていて。今はここでの聖杯戦争を終えさせる事が先決だからね」

 

 子供達は何とか我慢してくれた。本当だな。こんな風に寂しい横顔を見ればわかってしまう。相当無理をしていたんだなって。だから俺はそっと二人の頭に手を置いて……。

 

「大丈夫だ。絶対に帰れるさ」

 

 そう言ってあげた。

 

「「お兄ちゃん……」」

 

 そうして俺は二人から左右の腕を掴まれた。

 

「坊主、モテモテだねぇ。で、どうすんだ?」

「このまま遠坂の家に行こう。今はそれしかない」

 

 そうして俺達は遠坂の家まで行き、呼び鈴を押した。

 

 出て来たのは、まだ学校から帰って着替えていない遠坂だった。

 

「遠坂」

「誰にも見られていないわね? 皆さん、入って下さい。ってか、後ろのおかしな格好したわたし! 中でキリキリ説明なさい!」

『ああいう怒りん坊は損するばかりと学習しないのですかねぇ~』

「まだまだ、経験不足なのよ。生ヌル~く見てあげて」

「ウッサイわね! あんたでしょ! 昨日学園に行ってたドッペルゲンガーは!」

『これで第二魔法を目指しているなんて良く言えたものですね?』

「まったくだわ」

 

 玄関先で凄まじい火花が飛んでいた。勿論見えないけれど、見える気がした。同族嫌悪なのか? 

 

 俺、切嗣さん、遠坂、子供達、ランサー、セイバーの総勢7人は居間に通された。

 対するはここの遠坂にエルヴァさん、褐色の男性サーヴァントにそのマスターの姉さん……。ちっこいな……。5年生だっていうこの子らと変わんないぞ? 

 

「姉さん……」

「シロウ……。キリツグにも驚いたけれど、そっちの子供達にも驚かされたわ」

 

 そこで切嗣さんが声をあげた。

 

「全ての疑問を氷解させるには人数が多過ぎる。僕が代表して話すけれど良いかな?」

 

 全員が頷いた。

 

「まず、僕達は並行世界からやって来た」

「ちょっと!?」

「セカンド・オーナー、余裕を以て静かに」

「ぐっ……」

「理由は、この世界で起きてしまった悲劇の回収と、これから起こるであろう悲劇を防ぐためだ。大本の原因は第三次聖杯戦争でアインツベルンが喚び出した、アンリ・マユの名を冠せられたサーヴァントに拠って始まった。そいつは実はタダの亡霊だった。ただ、邪神が背負うべき呪いをそいつも担っていた事から聖杯が汚染されてしまった。そんな事を知らない第四次の参加者は汚染された聖杯が選んだ。わかるかい? 血で血を洗うどころじゃない。悲劇しか生み出さないような顔触れが揃えられたんだ」

 

 そして一度区切った切嗣さんにエルヴァさんが、コップに入った水を差し出した。褐色の男は何故か悔しそうだった。

 

「百貌のハサンのマスターは言峰綺礼だ。こいつは美しいものを美しいと感じず、人の悲劇や苦悩する姿に悦を感じる破綻者だ。こんな奴が誰よりも早く、戦争開始の3年も前から令呪を宿していた。先代の言峰璃正神父の暗躍で、裏で手を組んでいた言峰綺礼と遠坂時臣だったけど、後に言峰に裏切られ殺されている」

「何ですって!?」

 

 遠坂が立ち上がって叫んだ。

 

「父を殺したのは綺礼なの!?」

 

 知り合いか……これはなぁ……。

 

「そうだ。そして時臣のサーヴァント、アーチャーだったギルガメッシュと手を組んだ。二人は間桐雁夜を陥れ、遠坂葵に時臣を殺したのが雁夜であるかのように見せ掛けた。君の母が晩年精神に変調をきたしていたのは、これが原因だ」

 

 遠坂はわなわなと震え唇を噛んでいた。血が滲んでいる。

 

「そして陥れられた雁夜が敗退した事で、間桐桜は救われるチャンスを失った」

「もしかして、雁夜おじさんの参戦動機って……?」

「そうだ。間桐桜を遠坂に返す、それが無理ならもっと穏健な魔術師の家に養子に出し直す事。それを条件に間桐臓硯と取り引きしたんだ。当時の彼は魔術の世界に疎く、間桐桜の虚数属性の危うさをきちんと理解していなかったと思う。だけど間桐の非道な魔術──体内に蟲を巣食わせ、共同体となって使役する術だけは知っていたので、出奔していたにも関わらず間桐桜の事を聞きつけ家に戻ったらしいね。そしてバーサーカーのマスターとして参戦したんだ」

「小父さん……」

「悲劇は間桐と遠坂だけじゃない。それはアインツベルンの傭兵となった衛宮切嗣にも起きた。まず充てがわれた妻が、聖杯の担い手だった。つまり第四次に向かう事はイコール妻の死だった。それでも子をなそうとした彼には驚かされるね」

 

 今度は姉さんがもの凄いしかめっ面をしていた。双子の姉妹はキョトンとしていたのが救いだ。

 

「キリツグ……。いえ、ヘル(ミスター)・エミヤ。あなたの奥様は?」

「僕は文献でアンリ・マユの存在を早くに知ってね。妻の魂と精神を別の肉体に入れ替えてくれるなら、必ず聖杯を捧げようとユーブスタクハイトに条件を出したんだ。それで聖杯の出現場所をドイツのアインツベルン城にさせた」

「独占できるって焚き付けたのね?」

「そうだ。それで『この世全ての悪』に焼かれ、あの家は滅びた。僕達の世界では妻も子供達もセラもリーゼリットも元気だよ」

「そう……そんなキリツグが居たんだ……」

 

 姉さんが一気にショボンとしてしまった。

 

「そしてそんな衛宮切嗣が召喚したサーヴァントはセイバーだった。それまでの闇稼業で罠に嵌める事も騙し討ちも厭わない彼と、純然たる騎士だったセイバーとは合わなかった。だから彼はセイバーと妻を偽の主従とさせ、陽動行動を取らせた。ひょっこり現れた相手マスターを暗殺するために。第一戦はランサーだった。赤枝の騎士の一人、ディルムッド・オディナ。二槍使いの手練だ。マスターは時計塔から参加した先代のロード・エルメロイ。けれど勝負は着かなかった。ここにライダー主従がヘッドハントに舞い降りたからだ」

「「ヘッドハント!!」」

 

 これは俺だけじゃなく遠坂も姉さんのサーヴァントも驚いていた。

 

「奴の名はイスカンダル。征服王の異名を持っている、あのアレクサンダー大王だ。これがまたとことんまで型破りな男でね。そしてマスターの名はウェイバー・ベルベット。後のロード・エルメロイⅡ世だ。こちらの名はセカンド・オーナーも知っているだろう?」

 

 遠坂が頷いた。

 

「時計塔での後見人となって下さる予定です」

 

 後見人……。そうか、遠坂は学園卒業後は魔術協会に行くのか。

 

「ここまででも大体わかるだろう? 先代のエルメロイはこの戦争で戦死している。次にキャスターだ。真名はジル・ド・レェ。召喚者はたまたま魔術回路を持っていた連続殺人鬼。だからなのか、これこそが聖杯の汚染なのか。来たのは騎士としてのジル・ド・レェでなく、晩年の狂った青ヒゲだった。当時巷を騒がせた、児童の失踪事件はこいつらが犯人だ」

 

 なんだ? 遠坂がまた震えている。

 

「そんな相手を討ち倒し、勝者となった衛宮切嗣とセイバーだったけれど、勝者の特権なのか何なのかは不明だが彼は聖杯と対話した。そこで彼は聖杯の汚染に気付き、聖杯の破壊を令呪で以てセイバーに命じた。そこから溢れ出た呪いの炎が新都を焼いた。これが第四次の真相だ」

 

 皆んな俯いている。セイバーも肩を震わせているのは、もしかして第四次に出ていたから? そこは謎だけど、特に俯いた遠坂の震えが酷い。もしかしなくても泣いているのかも。

 

「セカンド・オーナー。まだ君には残酷な真実を告げなければならない」

「え?」

「間桐桜は間桐家の胎盤としてだけでなく、間桐臓硯本体の緊急避難場所として、その心臓が臓硯に寄生され魔力も搾取されている。更に第四次での聖杯の欠片を埋め込まれ、間桐の聖杯として作り変えられている」

「そんな!?」

「だが、彼女に寄生する蟲も臓硯の本体も、聖杯の欠片も取り除いた。数ヶ月もすれば健康を取り戻せる。これを衛宮士郎とイリヤスフィール・フォン・アインツベルンがこの地に残り、生活する対価として欲しい。更には、君の家に伝わる魔杖。カレイド・ルビーをこちらのイリヤスフィール・フォン・アインツベルンに譲渡して欲しい。どうだろうか?」

「桜は、桜は? 大丈夫なんですか?」

「大丈夫だ。近日中に会わせてあげよう。どうかな?」

「わかりました……。対価と認めます……」

 

 切嗣さんの完全勝利だった。いや、勝ち負けじゃないんだけど……正直、ホッとした。

 

「皆んな、大丈夫?」

 

 いつの間にかナース服からピラピラの青いショートドレスに着替えた遠坂が聞いた。

 

「何というか……。一体誰が第二魔法の担い手……まさか……?」

「私じゃないわよ。私の師匠の師匠よ。そしてその人は宝石翁では無いわ」

「そんな人が居るの?」

「居るのよ」

「その……弟子になったらそんな格好をしなきゃイケないの?」

「これはルビーの趣味よ」

『またまた~。リンさんも好きなんでしょう?』

「気に入った衣装もあるって言っただけでしょう? それよりルビー、今度は子供達の番よ。ここのルビーにあなたの性格をインストールするから」

『やっぱり。私は真面目ですからねぇ』

「少しマシなだけよ。ほら、USBを早く用意する」

 

 この段階で俺は付いて行けてない。子供が持つような魔法の杖から白いコードが垂れているんだ。

 

「イリヤにクロエ。いや、イリヤにクロかな? 私はここの凛とは違って、あなた達の世界に近い方の遠坂凛だから。なのであなた達の異世界同位体にも会っている。元の座標を割り出して本当の世界に戻れるまで、時間は必要だけど待ってくれる?」

「うん!」

「うん」

「じゃ、凛。ルビーをお願いできる?」

「わかったわ」

 

 そうして遠坂がステッキを持って来た。そいつにもう一人の遠坂が白いコードを繋いだんだ。本当にUSBだ。

 

「ゆぅえすびぃって何?」

「ユニバーサル・シリアル・バスってコンピューターの規格よ」

 

 遠坂に遠坂が説明しているけど、こっちの遠坂はわかっていない。

 ともあれイリヤスフィールちゃんは、遠坂が持って来たステッキと契約した。目覚めるとピーチクパーチクと煩いステッキだ。

 

「よっしゃ! ランサー同士でやり合おうぜ!」

「こっちはゲイ・ボルクだよ、良いの?」

「まさか真名開放できんのか?」

『できますよ~』

「堪んねぇな? じゃ、そっちのエルヴァっての。お前ぇはどうだ? 腕の恨みは置いといてやる」

 

 ランサーは部屋の窓ガラスに映った自分と話していた。エルヴァさんの方が何枚か上手だなぁ。下半身すっぽんぽんで居た、つい先日の自分を思い出して涙が出そうだけど。

 

「そっかぁ。もっともっとマシな世界なのかなと思ったら、そっちも小聖杯を持っているんだ?」

「そう。おまけに私はイリヤの中だったし」

「ふ~ん。クロちゃんが本来の私で、イリヤちゃんが普通に育てられた私って感じなのね?」

「そう。ママが封印してそうなっちゃった。別れた原因はわかんないけどね」

「たぶん、天井が崩れたショックだと思う」

「へぇ~」

 

 あっちはあっちで仲良く不思議な事を話していた。見た目は同じだけど、実質の歳の差が7歳だよな? なのに話題が合うのか、姉さんは思ったより楽しそうだ。

 そんな中、遠坂は次の動きをエルヴァさんと検討していた。

 

「セイバーもアーチャーもランサーも目の前だし、キャスターとアサシンが消えたのなら残るはライダーね。どこなの?」

「サクラを探しているのでは?」

「ああ。魔力は送っていて、居場所だけわからなくしてあるのか。気の毒ね」

 

 なんて惨めなサーヴァントだろう。けど、そういう放置をして悪さをしないのだろうか? 

 そんな俺の疑問に切嗣さんが答えてくれた。

 

「ライダーは真名がメドゥーサなんだ。文字通りの反英雄だけど、彼女の願いは間桐桜の幸福なんだね。つまり間桐桜に同情して召喚に応じた特殊な英霊なんだ。そしてマスターに命じられない限り、何もしないでじっとしているタイプのようだ」

 

 そんな奴が居るんだなぁ。今度は遠坂と遠坂が話していた。

 

「つまりどこかで、そのギルガメッシュっていうのが潜伏しているのね?」

「いえ、堂々と街を歩いて、それなりのホテルで暮らしているでしょうね。それでもってそろそろ終盤に差し掛かったから、ぼちぼち出ろと合図を送るエセ監督役が冬木から逃げちゃったのでわかっていないのよ」

「バカじゃないの? そいつ?」

「六千年近くも前の人間が情報に敏い筈がないでしょう? ああいう街をふらふら出歩くタイプは、情報統制と情報隔離すると面白いようにハマるものなのよ」

「具体的には?」

「金があるなら新聞やテレビで嘘の情報を流すんだ。サーヴァントは聖杯の知識という、ある特定の古い情報しか持ち合わせがない。僕がユーブスタクハイトなら、ここから弄るだろうね」

 

 ここでも切嗣さんが答えた。遠坂は絶句していた。

 

「どれだけお金が掛かるのよ!」

「あのさ。何十代と代を重ねても行けない根源、何兆掛けても届かない夢に届く可能性があるんだよ? ここぞというところへ資金も労力も注げないなら、君はそこまでだ。五大属性があっても使いこなせず、中途半端に終わるだろう」

 

 遠坂が押し黙って切嗣さんを睨んだ。

 

「まだまだ甘いわね」

 

 青いショートドレスの遠坂が呟く。

 

「どういう意味よ?」

「私なんて何度そんな悔しい思いをしたか。でも、そこからでしょう? そこから立ち上がるから遠坂凛なのよ!」

『転身ッ!』

「う……」

 

 うわぁ! 今度はピンクの、随分とファンシーなドレスだ。

 

「うわ、これイリヤと同じ……」

「うわぁ……高校生だとこんな風になるんだね?」

 

 って事は、このイリヤスフィールちゃんもこんな感じになるのか? 

 

「何やってくれてんのよ、あんたは?」

『もう、馴れていますでしょう?』

「さすがにイリヤに見せた事は無いわよ」

『並行世界、並行世界』

「だいたい事情は察したわ。あなた開き直り過ぎ」

 

 遠坂が復活したところで、俺は救けて貰ったお礼を言った。すると逆に巻き込むようなカタチになって悪かったと謝られた。

 何か手伝える事は無いかと言ったら、何も無いと言いそうだった遠坂を抑え込んで、エルヴァさんがこう言ってくれた。

 

『今のポジションで良く観察なさい。君がどうするかでなく、周りがどういう決断を下すのか。そして自問自答なさい。なぜその人はそういう決断を下したのか。その裏にある理由や真意を探りなさい。それが今後の役に立ちますから』

 

 俺はこの日から周りをよく見るようになった、と思う。

 

 ランサーは『そうだぜ、坊主。何をするにも周りが見えてねぇとな』なんて事を、ガラスに映った自分に向かって話していた。ゾッとした。




ここでのイリクロは別の番外編で使いたいキャラです。
そして士郎への癒やしですね。
不遇な事が多い兄貴は、これとは別のお話で大活躍します。
ただ、そこまで書けるのは来年か再来年くらいだと。
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