※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第二部 並行世界篇   作:炭団

29 / 95
その8

 0012、2月4日。双子館。

 

 英雄王には不思議なスキルがあるので、使い魔も近くまで行かせず、アサシンには双眼鏡や単眼鏡を用意した。

 それとは別に一般人を生体レンズや生体探査機にした。要は視覚や聴覚を盗ませて貰ったのだ。相変わらずフラフラと街を出歩き、気儘に店に入り気儘に食い散らかし、これでもかと散財する。計画性のない男だ。

 以前、お姉様にあの黄金率を捻じ曲げられないかと尋ねた事がある。お姉様曰く、神秘が深すぎて呪えないのだそうだ。特に黄金の鎧を装着した時が難儀で、空間を跳ばしても英霊の核を直撃できないらしい。

 神秘には深さと高さと広さがあり、年月とは深さに直結し、構成要素の複雑さが高さとなり、信仰や知名度が広さとなる。お姉様も私も、構成要素の複雑さで年月と信仰に対抗しているので、ここまで本気で古い奴とは相性が悪いのだ。

 いっそ石器時代まで戻れと言いたい。盗撮した英雄王ならぬAUOの画像に吹き出しを付けて落書きした。

 

『古い奴だとお思いでしょうが、古い奴こそ新しいものを欲しがるもんでございます。どこに新しいものがございましょう。生まれた土地は砂漠となり果て、オアシスは人だらけ。今の世の中、糺さねばならんのかも知れません』

 

「何を雷画さんが喜びそうなセリフを書いて……。エルマ、英雄王ってそういうタマかなぁ?」

「わかりませんが、現世は馬鹿と阿呆だらけとは考えていそうです。けど、今回こそは財宝を全部頂くつもりです」

「それもみみっちいね?」

「いえ、あれらは人類の宝です。死蔵させるなら有効に使うべきですよ」

「なるほどねぇ」

 

 そこへゾウケン君が飛んで来て、私の肩に停まった。

 

『エルマや、あやつはどうするんじゃ』

「その前にゾウケン君はどうしたいの?」

『醜いのぅ……。どこまでも業に染まり、醜悪な事この上なしじゃ。四次と五次の十年でここまで耄碌するとは思わなんだ』

「救えないよね?」

『じゃな……』

「だから知識を吸い上げたら、知能を落として山に捨てようと思ってるの」

『見た目が薄気味悪いだけの、単なる蟲にしてしまうのじゃな?』

「うん。魂を改竄して世界と契約させたのも幾つかあるらしいけれど」

『そりゃ、エルヴァが?』

「うん。正確にはエルお姉様だけどね。非難はしたくないけれど、あのお姉様の方法って残酷なんだよね」

 

 何もできない魔術師上がりの蟲が、若き日の姿と正気を取り戻し守護者として永遠にこき使われる。未来永劫、狂う事も許されず。

 

『じゃが、そこまでの事をしてきた訳じゃからな。儂とて覚悟はしておるよ』

「だけど、私はゾウケン君とずっと友達で居たいよ」

『……そうか。ありがたい事じゃ……』

 

 そんな事を話している私を小父様は微妙な顔をして見ていた。小父様なら迷わず瞬殺するのだろうけど、私もお姉様もそれはしないからなぁ。その分残酷になってしまう場合もあるけれど。

 

『エルマちゃ~ん、エルマちゃ~ん』

「どうしたの、ルビー?」

『桜さんが目覚めましたよ~。お腹が空いたそうです』

「くぅくぅ言ってなかった?」

『それはありませんよ~。抑制の薬が効いてますから』

 

 聖杯の欠片を埋めれば、直ぐ様小聖杯として機能する訳ではない。何度か調整して徐々に心臓を変質させる必要があるのだ。桜が狂わず正気を保てるのは、何年前に欠片を埋め込まれたかに懸かっている。

 そしてここの桜の心臓は、およそ60パーセントまで小聖杯となっていた。

 これが私達のようなホムンクルスの血を引く者ならまだしも、桜は普通の人間だ。なのであらゆる意味で負担が大きい。

 欠片を取り除いても、心臓はとっくに変質してしまっているし、封印しただけでは収まらないと言うか、元の人の心臓に再変性させないと寿命が短くなるだけでなく生命活動そのものが危うい。

 それをルビーと共同開発したクスリで抑えているのだ。

 仮に英霊の魂を収めるにしても、三騎か多くて四騎が限度だろうし、何より短時間しか持たない。つまり願望を述べる時間は与えられず、根源に行けるほど魔力を溜められないのだ。

 さすがの臓硯もこれは知らなかったみたい。間桐の聖杯を望んでも、肝心の小聖杯は未完成で潰れるだけだったのだ。アインツベルンも伊達に千年掛けていないのだから。

 それより何より一番最悪なのが、汚染された大聖杯と一度は繋がってしまった欠片だった点だ。私とてアイリスフィール小母様に思うところはあるけれど、それを差し置いても親友の異世界同位体が狂っていくのは見たくない。

 だって抑制しないと、地脈をたどって所構わず触手を伸ばし、周囲にある生命を貪るだけの醜悪な化け物にしかならないからだ。

 そんな桜の心臓を、元に戻すには半年から1年は掛かるだろう。急には変えられないし、ゆっくり時間を掛けて治療しないとこれまた命に関わる。

 そして幾ら何でも、ここに私達は半年も滞在できない。そこを短縮するためにもAUOから万能薬を奪わないと駄目なのだ。それがあっても時間は掛かるだろうけど。

 第四次で捕らえられて、私の仲間となったゾウケン君はここまでやっていなかった。だから、ここまでやってしまった臓硯を心底憎んでいる。AUOを斃すためなら自爆も厭わないとまで言い切っているのだ。

 そんな事はさせないが、取り敢えず今は桜に栄養を与えないと。キッチンでいそいそとおじやを作る私だった。

 

 食餌介護は凛さんが買って出ていた。こちらとしてはありがたい事だけれど、凛さんの心境を思えばとんでもない事だ。

 だってこの方の桜は記憶こそ失くしているが、健康そのものだし、何よりこの世界にも凛さんは居る。なので桜に正体を明かしてあるそうだ。

 

『桜。私は並行世界の遠坂凛よ。あなたの実の姉では無い。だけど、苦しんでいる桜が居るなら救けてあげたい』

『どうしてですか?』

『妹がそんな辛い目に会っていた事を知らなかったからよ。それを私は今も後悔しているの』

 

 私達は桜の心理的なケアを凛さんに一任した。桜も今は凛さんに心を許している。そして結界を緩めた先生曰く、『凜は良い弟子を取った』と評価はウナギ登りだった。

 トイレまで桜をおぶったり、お風呂に入れているのはマスターと再会したライダーだ。結界を緩めた昨夜、慌てて飛び込んで来たのだ。

 最初は交戦も辞さない頑なな態度だったが、私達の話や桜の話、果てはゾウケン君の話を聞いて彼女は引いて釘剣を収めてくれた。今後の事はこれからの交渉次第だけれど、できれば仲間になって欲しい。

 

 これがエル姉様なら、桜に最初から万能薬を使うだろうし、それが間に合わないなら用意した素体を使って身体を入れ替えるだろう。

 そういう事ができる状態にまで私達は持って行かなければならないし、そうならなければならない。

 だけど今の私達は経験を重ねて、一つ一つのアイテムを手に入れながら仕事をこなす他は無い。そしてこの長い長い戦いが、ルヴィアさんや凛さんの糧となり、お二人のライフワークに役立つのだ。

 

「一度はシェロを連れて来るべきなのかも知れませんわね」

 

 ルヴィアさんの言うシェロは美遊ちゃんのお兄さんの事だ。

 

「けれど、彼はこっち方面とは関係ないのよ?」

「それでも大きく成長する事は間違いありませんわ」

「確かにね、そこは認める。でも、取り敢えずそれは置いときましょう。帰ってから彼を交えて検討しましょう。それでエルマ。イリヤはどうするの?」

「あちらはお姉様のゴーサインが出てからです。おそらく全部片付けて、ドイツで成長した身体を造らせるのだと思いますよ」

「そっか。どのみちあちらと解体に向けて交渉しなきゃいけないものね。毎度毎度、エルヴァには頭が下がるわ」

「ですが、それが仕事ですわよ」

 

 そして別室ではバゼットさんとランサーが、かれこれ二時間も話し合っていた。出て来た二人は晴れやかな顔をしていた。結局再契約は無かったけれど、お互いに納得できる話ができたみたいだ。

 買い出しに出ていたアーチャーさんとランスロットさんが戻ってきた。早速夕飯の仕込みに掛かっている。それを期待を込めた眼差しで見詰めるセイバーさん。

 こちらの双子館はバゼットさんの居なかった方だ。つまり、先代エルメロイが拠点にする案があった家ではない。なのに電気・ガス・水道といったライフラインが建物まで引かれており、各社に連絡さえすれば使用可能だった。

 これは2枠とった協会の図らいだ。偽名で10万ほど入れて銀行口座を開設し、自動引き落としにしておけば即時利用できる。市に申し出る必要もない。むしろ必要なのはコンロの設置と電灯の設置だった。

 どちらも家の名義は遠坂。所有者はエーデルフェルトから寄贈された時計塔だが、管理者は遠坂だったのだ。エルメロイが廃案にしたのはそこにあった。こんなところに執行者とロードとの、持ち得る立場や入る情報の差が現れている。

 

「アーサー、洗濯物は干し終えましたか?」

 

 洗濯機に物干し台や物干し竿、コンロにガスストーブなどなど、生活必需品は私が事前に購入し取り込んであった。前回の第四次の世界でお姉様が拠点を換えたのは、足取りを追わせない意味もあった。

 だけど第五次の世界は参戦者が情報戦に疎い者ばかりだ。バゼットさんのように自分から暴露しない限り、誰も調べに来ないのだ。

 

「ええ。卿はこの後どうされるのです?」

「ランサー殿と手合わせを、アーチャー殿の結界の中で」

「なるほど。観戦しても宜しいですか?」

「ええ、どうぞ」

 

 リビングではこの世界でのルビーを握った先生が、子供達の元の世界の領域をかなり絞り込んでいた。今回最大のイレギュラーはスリップしてきた二人の少女だ。

 今も遠坂邸でイリヤさんと一緒だけれど、何としても帰してあげたいところだ。そして座標が割れれば全員で行って、美遊ちゃんがどうなっているのかを探り、救けてあげる事で皆んなの意見は纏まっていた。

 何千体もの黒化英霊と戦えると知って、ランサーは燃えていた。彼も私達のやっている事や自分の分霊の所業を知って、思うところがあったみたいだ。今はイリヤちゃんがマスターだが、私が再契約する事で話はほぼ決まっていた。

 

 夏休み中はこの件以外にも後二件、並行世界を渡らなければならない。そして次回はルヴィアさんと凛さんが作戦を立てる事と決まった。総指揮というか監修は二人の師匠の凜さんが予定されている。

 凛さんもルヴィアさんも久々に師匠に会えると知って喜んでいた。

 

「一時は良く来てくれたのに、このところ会えなかったのは忙しかったからですか?」

「ええ。今のあなた達と同じね。あなた達が三回目なら、あちらはその期間に八回も世界を巡っているの。そんなペースなのよ」

「う~ん。師匠とあのルヴィアならそれくらいは当然か……」

「何よりあちらには、あのデタラメなエルさんが居ますわ」

「そこよね。エルヴァも大概だけれど、宝具の差は大きいわね」

「その分、私達の成長に繋がっていますもの。文句は罰当たりですわよ」

「そうよね」

「でもね、凛。凜は魔法使いではあるけれど、桜の本当の痛みを知らないのよ。そこはあなたのアドバンテージよ」

 

 先生の言葉で凛さんは奮い立った。

 

「そしてルヴィア。あなたの妹を治す処方をエルが書き上げていたでしょう? それをエルヴァとエルマが飲み薬用に書き換えて、ルビーが生産に成功したわよ。前の世界には私か凜が遠坂を通して届けるから、この世界からはあなたが使いなさい。交渉するも無視するも自由だから」

「は、はい……。ありがとうございます……」

「先生、この世界の私は?」

 

 それは何気ない質問だったと思う。

 

「弟子には取らない」

「それは何故ですの?」

「弟子に取るにはある条件があるの」

 

 この条件は私も知らない。エルお姉様とエルヴァお姉様はご存知かも知れないが、私にはその記録がない。初耳だ。ゴクリと唾を飲んだのは誰だったか。

 

「召喚陣に喚べなかった事も減点対象だけれど、一番大きなマイナスは、第四次で小学生時代の友人が生き残れたかどうかなのよ」

 

 生き残れたってどういう事だ? 救けたとか、救かる何かを促したとかでは無いのか? 

 

「友人?」

「誰ですか?」

「あなたは確か八代台出身だったわね。なら、知っていると思うわ。コトネという子だけれど」

「あ、低学年頃の友人です。確か卒業後、お父様のお仕事に着いてアメリカに行っちゃって」

「そう。この子はほとんどの世界でキャスターと殺人鬼の餌食になるの。それを救えたと言うか、運命を変えられた世界に居るのかどうかなの。こういうのが結構、後々大成するかどうかに関わって来るのよ」

 

 そういう意味か……。これはある種の運命論だろう。

 

「それが、ここの私は……?」

「ええ。友人の危機を察して深夜に禅城を抜け出したは良いけれど、救えなかった。ポテンシャルはあなたと変わらないと思う。けれど……ね」

 

 難しいところだ。これは失敗をバネにできるかどうかという単純な話ではない。友人を亡くしたという心のキズが、心理的にどう作用するのかでもない。

 そんなのをハナから覆す運命を握っているかどうかだからだ。根源に行くとはそういう事なのだろう。

 

「では師匠の凜は?」

「ええ。同じように友人を探しに行って、その殺人鬼にお腹を刺されているわね」

 

 驚く凛さんとルヴィアさん。

 

「だけど、運良く当時8歳だったエルがセイバーとともに現れて、殺人鬼を掌握してくれてね。それで凜は救かったの」

「じゃ、師匠にとっての命の恩人がエル……」

「そうよ」

 

 何か言いたそうだった凛さんも、運命を覆すチカラの存在に気付いたのか黙ってしまった。

 運。偶然。そうやって簡単に切り捨てるなら魔術師でなく一般人だ。運を手繰り寄せ、確実にチャンスをものにできる事。それこそが魔法に至る第一歩であり、最低限の資質なのだろう。

 対する凛さんは元々の世界が違うので、その人の生死に関わる運命に余り関係ない。何より先生の弟子でなく弟子の弟子だし、師匠の凜さんに認めさせたのは凛さんの粘り勝ちだった。

 正直どこの遠坂凛より、魔術師的に凛さんが劣っているのは否めないと私でも思う。けれどその粘りと身内や友人への愛情、そういった人間性はこの凛さんが一番だろう。そしてこういう人は伸びるものなのだ。

 

 また、今は親友であるルヴィアさんとの関係性が、相互により良い方向に作用していると思う。その証左となるのが、それぞれが持つルビーとサファイアの関係だ。

 本来あの杖は二人のものでは無い。そして姉妹ではない。元の姉妹はイリヤちゃんと美遊ちゃんに渡したのだ。

 その後にそれぞれ異なる世界で今の杖を手に入れられている。ちなみにルヴィアさんの持つサファイアの姉のルビーは私が持っている。

 それはともあれ、このわらしべ長者のような一連の流れが、このお二人の持つ強運を物語っていると思う。

 

 そしてこの運命を捩じ伏せる強運、これなくしては運命に翻弄される人は救えない。衛宮士郎が、衛宮切嗣が失敗するのは自らの運命を叩き伏せる強運を持っていなかったからだ。

 人は最後の最後で運を持っていた方が勝つ。努力や才能だけでは足りないのだ。衛宮の小父様は少ないチャンスをモノにして、イリヤちゃんや小母様を救えた。

 間接的には、そのコトネという人をも救っている。ここからして同じ存在、異世界同位体とは言えないのだ。

 

 要は数多ある並行世界で起きるであろう、ある種のパターンから外れているとも言えるのだ。それは軽い意味で、輪廻の環から外れているとも言い換えられる。

 わかるだろうか? つまりそれだけ根源に近いのだ。英霊もそうだ。その存在は人間よりも遥かに根源に近い。また、AUOより英雄王、そして英雄王より裁定者。後になればなるほど、より根源に近い存在なのだ。

 魔法に至るとはその根源への道を開くという事だ。そしてそれは生涯を懸ける儀式なのだ。その人の人生でどのようにイベントを処理したか……。きっと答えはこの辺りだろう。

 

「先生は百人もお弟子さんが?」

「今のところは、よ? 延べで言えばもっと多いわ。でもね、魔法に至れたのは四人だけ。直弟子が三人に、孫の世代に一人よ。赤の他人じゃなく、並行世界の自分自身や肉親を弟子に取ってもその程度なの」

 

 エルお姉様はその四人の内、二人に会っている。一人は幼馴染みで妹分でもある凜さんだ。もう一人は20代前半の容姿をした遠坂凜さん。この人と、凜さんに先生の名が『凜』だったから『凛』より魔法に至りやすいと言われるのだ。

 また先生と同じく独自で魔法に至った『遠坂凛』も、数多ある並行世界の中には居る。先生が知る限りこちらは二人居らっしゃるらしい。その内の一人は現在の名が『間桐凜』だ。こちらの『凜』は改名だそうだ。

 この方は『並行世界の移動』と『永遠の記憶』を得た特殊な魔法使いで、寿命が尽きれば必ず並行世界を渡り、どこかの『遠坂凛』として生まれ変わるのだそうだ。

 ただし、生きている間は自分の意志で世界を渡れない。死んで発動する魔法だ。だからかなり特殊な魔法使いと言える。

 これまでも何度も何度も生まれ変わっては、聖杯戦争を戦い抜き、迷える衛宮士郎やセイバーにアーチャーを導いてきた人だった。そんな人が今世は幼少時に桜と代わって自分が間桐へ養子に出た。

 宝石に臓硯の魂を練り込み、後にそれを宝石剣に換え、人形師に特注した体にその剣を収めた。なのでその臓硯はゾウケン君並に記憶が定かで、人間性を取り戻していた。

 そのような臓硯に鍛えられ、長年の記憶で遠坂の魔術も、間桐の魔術も、アインツベルンの初歩的な錬金術も使える間桐凜は、先生曰く超一流の魔術師なのだそうだ。

 そして先生はこの人の事を大変気に入っており、長年の友人でもあった。知り合ったのはその方の前世の頃で、今の世界に固定したのは先生だという。

 当然第四次に先生が介入していたし、聖杯戦争も終結している世界だ。だけど、大聖杯は壊されず残っている。それは大聖杯の中身を浄化させ、時計塔の学園長を分割し、意識と知識のデータバンクとするためだった。

 仮にそれが成功すると、学園長は大聖杯に繋がった霊脈から地球全土の霊脈へ意識を広げられる。そうなるとそこは魔術師の世界だ。そして遠坂は一流の家と認められるだろう。

 それが実現するかどうかは不明だが、そんな事を考え『遠坂桜』を盛り立てようと行動する人が『間桐凜』だった。

 

「だから、私の弟子じゃないけれど、とっても気に入っている友人なのよ。蟲使いでもあるエルは何度か会っているんだけれど、その内、エルヴァともどもあなた達にも会わせてあげるわ」

 

 口をあんぐり開けて固まる凛さんとルヴィアさん。でもそれは私も同じだった。

 エルお姉様の記録は持っていても、聞けば本当に驚く。その行動力と奇想天外さに。私も会ってみたいと思った。と同時に、これ程の人でも身代わりにならないと桜を守れなかった事実がはっきりわかる。

 遠坂はアイツベルンのように胎内に居る間から、脳を活性化させる無茶な調整をしない。他家でも行われるオーソドックスな、親の持つ特性を色濃くする魔術調整だけだ。

 だから前世の記憶を取り戻すには、脳がある程度育った、最低でも4~5歳にならないと難しいらしい。そこから桜の養子を阻止しただけでも偉いと言うか、何をやらかしたのだと逆の意味でも気になる人だった。

 だけどそれを上回る早熟さを誇るのがエルお姉様だ。7歳から時計塔の理事で、10歳になる前にはロードに圧力を掛けていたというお姉様。

 一子相伝の建前を崩し、氏族や支族に眷属を簡単に作れるだけの名声と資産を築き上げたのも7~8歳頃からだ。

 普通はそこを家門でカバーするのだが、エルお姉様の場合は魔術関連にこそアインツベルンの名を出しても、会社などのビジネスはお祖父様のお仕事と何ら関係ないものを自分で設立し起業している。

 元来魔術とは、そのような早熟で神童型の能力を備え、なおかつ名門の大金持ちだけに許さる究極の趣味であり道楽だ。

 

 な~んて、断定した物言いをすると人から恨まれるのだろう。だけど時計塔にお金さえ出せば、また受け取って貰える家名を持っているのなら、桜の件も黙らせられる。大抵の封印指定も覆せる。これもまた紛れもない事実なのだ。

 協会の理事やロードをそのバックボーンから黙らせられるか、黙らせるだけの実力、或いは金銭を用意できるか。要はそこだ。

 これはどんな組織に対しても言える事だろう。

 そこから考えれば、遠坂時臣という人物を一方的に責めるのは難しいし酷だ。そして彼にとっての最上の答えは、桜の養子先にエーデルフェルトを選ぶしかあり得なかったとわかる。

 ただ見逃してはならないのは、聖杯戦争という儀式を考えたなら、1/7より2/7の確率で子孫の勝利が担保できる間桐への養子はあながち間違いではない。

 そしてこれはマキリの500年を奪い取れる、謂わば『お家乗っ取り』のチャンスでもあった。それは裏返せば、長年遠坂が抱えて来たコンプレックスの現れでもあったと言える。

 アインツベルンの1000年、マキリの500年。その劣等コンプレックスだけではない。むしろ両者はアウェイであり、遠坂はホームだ。それを活かせていないと考えるに至ったであろう点を見逃してはならない。

 地の利と血族を活かした手法────それは後顧に憂いを残さず聖杯戦争に臨みたかった時臣の、考えに考え抜いた行動だった。

 そしてその時臣の意志、前世からなら遺志と言える────を汲んだのが『間桐凜』なのだ。

 

 キャスターからのメッセージを持ったアサシンが窓を叩いた。無事、葛木先生と他県に逃げられたようだ。

 あの日、お姉様の攻撃の後、私は150名を超えるアサシンを柳洞寺に放った。御山の結界を破る礼装を持たせた数人が境内で分裂したのだ。

 そして彼らは葛木先生を人質にして、姿を現したキャスターに受肉のクスリを強引に飲ませた。

 

『どこへなりと行き、必ず生き延びろ。それが我らを遣わした方の真意だ。幸せにな』

 

 そう言い残して放置したのだ。そうとは知らず山門を守っていた、佐々木小次郎とランサーだけがAUOに襲われたのだ。目当てのキャスターが居ないと悟るとAUOは帰ったようだが、ランサーは死に物狂いで追い払ったと思っている。

 また、消滅する小次郎は魂保管器でアサシンが捕獲した。ここからの再召喚は容易い。浮遊霊や地縛霊に近いので、維持する魔力も知れている。これからは良い戦力となるだろう。

 この事を私は先生にしか話していない。お姉様は気付いているだろうが、他は誰もキャスターは死んだものと思っているだろう。

 情報は誰にも漏らさない、拡散しない。ここまでしないとあの人は運命に流される。そこまで女神に呪われているのがメディアだった。

 

 となればだ。アンリ・マユに魅入られた衛宮士郎は言わずもがなだ。でしょう? だからあの人は、本当なら冬木から出て別天地で生きるべきなのだ。

 それが本能的にわかるのだと思う。だから成人すれば出て行ってしまうのだ。なのに中東へ聖地巡礼してしまうのは、魅入られているからだ。

 もっと言えば『正義の味方』なんて荒唐無稽な存在に至ろうとするのも、アンリ・マユの呪いだ。

 今回は小父様がかなりキツく当たったが、あれは小父様だからできる反則技だ。あのレベルになると、コンコンと説教しても一朝一夕で治るものでは無い。何年も何年も掛けて、じっくりとカウンセリングしてあげないと。

 お姉様も全てが片付けば、イリヤスフィールさんと凛さんに、カウンセリングに通わせる事を頼むお積もりだろう。

 勿論私も桜へ一緒に通えと話してある。彼女が衛宮士郎の運命を知らなければ、話は進まないからね。

 

「ん~、良い香りだ」

「ああ、今夜はシチューだ。桜にはもっと野菜を柔らかく煮込んだものを用意した。セイバー、寸胴で作ったからしっかり食べてくれ」

「おお……。あなたに感謝を」

 

 この赤いコックに、もう迷いは無い。

 

 

 0013、2月4日。遠坂邸。

 

 衛宮切嗣は子供達を案じつつも、拠点としている洋館の部屋数の問題でイリヤとクロを遠坂に預けた。

 何よりそちらの方が安全だと思えたからである。またそれは、アーチャーのマスターであるイリヤスフィールの情緒面に良い影響があるようにも見えた。

 士郎にも遠坂を薦めたがこれは断られたので、アサシンの見張りとランサーが朝夕に様子を見に行く事で妥協した。マスターでは無いのでまだマシだろう。ついでに鍛えてやってくれとも話してある。

 そんな理由で今、イリヤとクロが遠坂邸に居るのだが────。

 

 エルヴァは迷っていた。と言うか、悩まされていた。まずクロエがわからない。この子は姉として自分が導いて来た、あのクロちゃんやクロエちゃんでは無い。そこは理解するのだが────。

 クロエならぬクロが、昨日からハンバーグが食べたい、カレーが良いとワガママを言いたい放題だ。そこに輪を掛けてイリヤスフィールまでが、アイントプフが食べたいやらグーラッシュが食べたいやら同じようなワガママを言う。

 先程からお尻をひん剥いて引っ叩こうと考えては我慢しているエルヴァであった。何となく親しみを感じてくれて、甘えているだけなのはわかるのだが、18歳にもなるイリヤスフィールまでが同じなのが解せない。

 

「ワガママばっかり言うな! 親の顔が見たいわ! エルヴァの料理なら、何を食べても美味しいのは間違いないんだから我慢しなさい!」

 

 マスターで家主でもある凛がそう諭してくれるのだが、さすがに和食ばかりでは飽きるかと少し反省したエルヴァだ。

 

「わかりました。ソーセージの入ったアイントプフで良いですか?」

「うん! それでお願い!」

「なにそれ? あいんとぷふなんて知らないよ」

「え~っとね。何だっけ?」

「日本の言葉ならポトフですね。シチューの親戚、スープの又従姉妹ってところです」

「あ~。なら、それで良いわ」

「もう~。甘いわよ、エルヴァ」

「そう思いますが、寂しさが食事で幾分和らぐなら少々は聞いてあげても良いかなと」

「あなたって子供には優しいのね?」

「そうですね。そういうところはあります」

 

 それにしても一切ワガママを言わないイリヤちゃんには驚かされる。食事だけでなく、一つ一つの所作や気遣い方が妹のおチビちゃんとは少し違う。少しお姉さんに感じるのだ。これは相当セラに躾けられている。

 自分がエルだった頃のおチビちゃんの、出会った頃に近い。無理をして背伸びをしているのがわかる。

 今もジャガイモの皮剥きをピーラーで手伝ってくれているのだが、こちらから手伝えとは言っていない。自分から手伝える事は無いかと聞いてきたのだ。

 依怙贔屓は良くないが、こっそり千円くらいあげたい気分だ。けれど、これも子供ならではの救助サインだ。後で話を聞いてあげないと。

 あ、クロちゃんのもサインか。となるとイリヤスフィールさんの子供っぽい態度は、クロちゃんへの無意識の援護。なるほど。例のごとく共感度が知らぬ間に高くなっているのか。

 

 話は変わるが、この世には『共鳴』なる起源がある。

 士郎クンと同じ2-Cに在籍する、後藤劾以という男の子がこの起源を持っていて、昨夜読んだ本や見たTV番組にすぐ影響される。

 この『共鳴』は、究極の共感でもある。調べてはいないが、あのマコトの世界に居たアーデルハイトさんは、この起源だった可能性が高い。

 そしてこの『共鳴』は『器』や『蔵』と似ていて、懐に容れたものへの共感度がやたら高いのだった。

 

「ふ~ん。この子は少し違うわね」

「お家の方の躾けが良いのでしょう」

 

 実はエルヴァが察した、イリヤの背伸びにはある理由があった。それは新しく得た、ルビーからいろいろ聞いていたからだ。

 今、髪の後ろにいるルビーは、もう一人の凛のルビーから記録や記憶をインストールされているのだ。

 エルヴァさんが実は人間で、並行世界のイリヤやクロの姉であると教えられた時は驚いた。だからこの人こそが自分達を救けてくれると信じての行動でもあったのだ。

 何より自分の知らなかった美遊の秘密や悩みをこの人は解決している。こんな人の妹である自分やクロはもっと凄いのだろうと思うし、ルビーもその通りだという。なら少しでもそばについて学びたいと思ったのだ。

 昨夜もカードで転身して、何体もの黒化英霊と戦う並行世界の自分をルビーが見せてくれた。その映像は、そこの美遊のサファイアとまた別のルビーが撮影したもので、それを凛のルビーがデータをダビングして持っていたものだ。

 つまり自分でないイリヤの活躍を、また別のイリヤのルビーと美遊のサファイアが記録し、編集して杖同士で共有していたのだった。

 そんなややこしい出どころはともかく、感想は凄いの一言だった。あれを自分にできるのか不安になる。だけど、それくらい頑張らないと美遊を助けてあげられない。

 能力は負けても、友達を思う気持ちは負けられない。自分自身には負けられないのだ。

 クロにしても、カンでエルヴァさんが自分達を守ってくれる人だと感じて甘えているだけだと思う。

 そしてイリヤさんはそれに乗っているだけだ。それはクロが抱える悲しみを、あの人だけはわかるからだ。だけど少し調子に乗り過ぎだと思う。なのでバランスよく、自分は大人しく真面目でいようと考えたのだ。

 

 そしてもう一つイリヤを動かした人物は、データを送ってくれたルビーを持った凛だった。

 自分の知っている凛さんとどこか違う。開き直ったと言うか、しっかりしている。ここの凛さんもしっかりしているけれど、ザ・魔術師って感じで、あんなカードの騒動があると対応できないような気がした。

 だけど開き直った方の凛さんは、どうにかなるわよと言って本当にどうにかしてしまいそうな芯の強さを感じる。少し見ただけだけれどルビーとの信頼関係もちゃんとしているし、使いこなしていると思えたのだ。

 だからルビーが戻ったら聞いてみようと思った。それで夕方にルビーが戻ったのだけれど。

 

「ねぇ、ルビー? あっちのルビーを持った凛さんってどう思う?」

『まだまだ発展途上ですが、伸びしろが大きいので期待していると皆さん仰ってましたねぇ』

「やっぱり、なにか違うよね?」

『そうですねぇ。ですが本質は同じでしょう。異なるのは背負った宿命と言いますか、運命と言いますか……』

 

 なにか難しい話らしかった。だから夕ご飯が終わった後、勇気を出してエルヴァさんに聞いてみた。

 気のせいかも知れないけれど、怖いような、でも話は聞いてくれそうな不思議な感じの人に思えたのでお部屋の前でノックをしようかどうか迷ってしまった。

 するとドアが開いて入りなさいと言ってくれた。

 

「怖いですか?」

「ごめんなさい……」

「謝る必要はありませんよ。知らない人にものを尋ねるのは勇気が入りますよね? ましてあなたは今まで生命に係るような体験をしてきたのですから」

「エルヴァさん……」

「ええ。クロちゃんの事や美遊ちゃんの事で悩んでいる時に……相手はチビガメッシュですか? そんなのと戦って気付けば知らない世界……。不安だったでしょう? 辛かったと思います」

 

 私はこの時、涙が止まらなかった。そんな私をエルヴァさんがそっと抱きしめてくれた。

 

「あなたにとってのクロちゃんは妹ですか? お姉ちゃんですか?」

「どっちだかわからない……けれど、私がしっかりしないと……」

「そうですか。強いですね。きっとクロちゃんはあなたが落ち込む顔を見たくないから、ああいう態度だったのかも知れませんね? そしてそれをあなたも気付いているでしょう。良い姉妹だと思いますよ。そしてあなた達はまだまだ成長の途中です。それなのに大きな問題が立て続けに起こってしまった訳です。これは正直厳しいですよね? ですから一度に考えず、少しずつ解決して行きましょう。まずは元の世界に帰る事。次に戻れたら、美遊ちゃんが持っていた方のカードが散逸していないかを確認。そして美遊ちゃんの抱える問題です。約束しましょう。その美遊ちゃんの問題は私達がお手伝いします。それで皆んなで笑いあえる日を取り戻しましょう」

 

 私はエルヴァさんにしがみついて泣いた。エルヴァさんはそっと頭をなでてくれた。

 そしてそんな私を心配して、クロとイリヤさんが付いて来ていて、ドアの外で聞いていたのを私は知らなかった。知らないで自分の部屋に戻ったのだった。

 

 

「それで二人はドアの前で何をしていたのですか? 聞き耳を立てていたのは知っています。知りたいのは動機です」

「……イリヤが心配で……」

「一人じゃ心細いかなと……」

「あの? クロちゃんは良いとしても、イリヤスフィールさん。あなたは18歳の自覚がありますか?」

「あるわよ! だから着いて来てあげたの!」

「あのですね? 7歳も年齢が異なるのですよ? 聞きたい事や知りたい事があるなら、この子を伴ってで良いですから、遠慮なく聞いて下さいよ。別に取って食べたりはしませんから。そしてお話を聞いた上で、手伝える事や閃いた事を教えてあげれば良いのです。それくらいできないと士郎クンを導けませんよ?」

「何でシロウが出て来るの?」

「クロちゃんの身体を形作ったカードの英霊。その元があなたのサーヴァントと同じだからですよ」

「え!?」

「え~っ!」

「クロちゃんがイリヤスフィールさんに甘えるのは、異世界同位体として親近感を感じているからです。ですがイリヤちゃんが心配している、クロちゃんが抱える悩みを解決できるだけの知識があなたには無かった。そこで何かを知っていそうな私にアピールしていたのですよ。こういうのを察するには、イリヤちゃんにとってはまだまだ早いです。が、イリヤスフィールさんはそろそろわかってあげられませんと。でなければお姉ちゃんの資格無しですよ?」

「もう~。厳しいわね、あなた。じゃあ、聞くわ。あなたは何者なの? 本当にご先祖様?」

「あれ? そちらのアーチャーさんから聞いていないのですか?」

「何も言わないのよ。もう一人アーチャーが居る事は知ってるけど、あれはあなたの仲間だで、終わりよ」

 

 そこでエルヴァはすべてを話した。自分が人間である事。並行世界の妹である事。これまであった事などを。

 

「……あ、唖然として声が出なかったわ。どこから何を言えば……」

「本当に私やイリヤがその世界にもいるの?」

「居ますよ。私の大切な妹達です」

 

 そしてエルヴァは小さな空間に仕舞ってあった携帯電話を取り出し、家族写真や姉妹の写真を見せてあげた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。