0014、2月5日。新都、某喫茶店。
〈エルマ様、来ました。ターゲットです〉
〈こちらからも確認できました。合図があるまでそのまま待機して下さい〉
カランカランと入って来たゴージャスな男は、店員さんの案内も聞かずドカリと一番大きなテーブルに一人で座った。
そしてメニューを見るや、「全部持って参れ」とウェイトレスに命じ、帯封してあるE号券(2004年11月1日発行のホログラム入り紙幣)の諭吉さんを三束ほどテーブルに置いた。
あれがAUOかとがっかりした。育ちの悪い成金にしか見えないからだ。お姉様からは僅か10年で信じられないくらい堕落し、裁定者の面影もないとは聞いていた。つるんだ神父がクズだったとは言え、これ程とは……。
次々と運ばれる料理の数々。テーブルが満杯だ。王が一口食べ、まぁまぁな顔をした瞬間に世界が変わった。料理を作っていたのはお姉様とアーチャーさん達。店員さんは全員暗示に掛けてあり、今は結界の外だ。
事、ここに至ってAUOは首に当てられた二本の聖剣に気付いた。
「貴様ら! セイバーに狂犬かっ!」
私は王が展開する『王の財宝』の出入り口を、私が持つ『是、ラインの黄金・改』で固定し中身を吸い上げた。
「何だと!?」
『天の鎖』を出す瞬間も瞬時に固定。私の方に取り込んだ。ウェイトレスのコスプレをしたお姉様が、私のものとなった『天の鎖』を踏んづけこう仰った。
「鎖がお友達って寂しい男ですね。気持ち悪いですよ」
踵と爪先でグリグリと、ハリー・キャラハンのように鎖の端の飾りを地面に擦り付ける。
「お、おのれ!」
その時に財宝の吸い上げがほぼ終わった。沸点が低いので、煽ればアホみたいに出入り口を開いてくれる。吸い終えた私は合図を送った。
刹那、二本の聖剣、『約束された勝利の剣』と『無毀なる湖光』がハサミのように首を刎ね、双剣三対が両腕両足を斬り落とし、イリヤさんの矢とお姉様の三本目の矢が心臓を貫いた。
あの展望台の段階で、お姉様は何を展望していたのだ? 矢渡しした五芒星の五本、衛宮邸を護る四本、間桐を破壊した一本にランサーを襲った一本。そしてAUOを貫いた、この一本の計十二本。
お姉様は今回喚ばれなかった大英雄の偉業と敢えて数を合わせられたのだろうか? その証拠とは言えないかも知れないが、お姉様は柳洞寺への矢は別口だと話していた。
それはともかく、聖杯を通したサーヴァントの気配は皆無だし、魔術によらない軽い変装をし、予め店内に偽装して仕組んであった各種礼装で英霊である気配まで消してあった。
どんな為政者であっても暗殺の手からは、余程注意深くしなければ逃れられない。まして食事どきなんて、一番用心すべき場所であり細心の注意を払って然るべき時間帯だ。
『AUOに堕したあの者は財宝さえ封じ込め、頭に血を上らせれば恐れるに足りません』
お姉様の仰った通りだった。
また、魂は先の第五次で手に入れた礼装で送り返さず、保管器に収めた。これは英雄王の意向だった。
『腐敗した我の陰は座に戻すに能わぬ。燃やし尽くせ』
だから先生が後で太陽に投げ込む。それが決定事項だった。
こうして私は一つ目の『王の財宝』を手に入れた。
ちなみにランスロットさんもセイバーさんもお姉様が空間転移させており、最初はあの場にいなかった。また、後ろからでなく横合いから刃を当てていた。これは後ろからだと騎士道に反するし、セイバーさんの逸話への対処もあったからだ。
また、こちらのお膳立てを終えたアサシンの幾つかの班は、ランサーと衛宮の小父様に義手を取り付けたバゼットさんを伴い、二つほど隣の県の港街まで出張していた。
イリヤスフィールさんが遠坂邸に移動した時点で、セラさんとリーゼリットさんにアインツベルンのコード(絶対命令権)を使い、ホテルに移動させたのだ。そしてお姉様と念話を通じて森の結界を、エルお姉様の術式で書き換えた。
こうすると言峰綺礼は森に入れないし逃げ込めない。たかだか数年しか修行していない者の魔術が通用する結界ではない。森が使えないとなると後は山しかない。その山も警察が山狩りをしていた。残るは冬木を出る手段しかない。
警察より厄介なのが気配遮断できるアサシン達だ。かつて自分が蔑ろにした者達。その者達に追われる不条理さ。そして公共交通機関もクルマも使えない状況。
元代行者は県を跨いで山に畑に田圃を走った。なりふり構わず。追い込んだところでバゼットさんの希望通り1対1で戦わせてみれば、あと一歩のところで埠頭から離れて行きつつあった漁船に飛び込まれ逃してしまった。
仲間が船を手配していたのか。それは不明だが、唇を噛み、小父様に詫びるバゼットさん。
アサシンの中でも視力の良い者の目が、出て行く船のデッキで後ろ手を組んで嗤う男を捕らえた。それを借りて視ていた私だが、何だろう。ドラマに出て来る悪党そのものだ。
静観していたランサーは大きく後退し──助走を付けて、キャソックの男へ槍を投げた。深夜に聞いたアサシンの報告では、どこにも文句の付けようがない、完璧な仕事だったそうだ。
『恐槍・ドゥヴシェフ(ドゥバッハ)』。これまた心臓を貫く槍だ。カルブレ・ニア・フェルとの闘いで使われたという。それ以外の伝承を私は知らない。
そしてその槍は、アンリ・マユの泥が詰まった胸でなく、首から上をヘッドショットしたそうである。
小父様はこの時、『神よ! 我々を救わなくても良い! しかし邪魔をするな!』と思ったそうだ。
それ、心情的には合っているけど映画違いだから。私の方はその話から、シャルニエを遂に斃したポパイ刑事を思い浮かべた。
一時は麻薬王シャルニエにヤク中にされたが、不屈の魂でヤクを抜き、船で逃げるシャルニエを走って追い掛け埠頭の先で撃ち殺すのだ。
映画『フレンチ・コネクション2』のラスト・シーンである。バゼットさんもランサーもやり遂げたのだ。
ちなみに小父様が思い浮かべたセリフは、同じジーン・ハックマン主演の『ポセイドン・アドベンチャー』からだ。お姉様が大の映画好きなので、皆んなこういうのがすぐ頭に浮かぶようになってしまった。
ただお姉様は、あれだけ健康でガタイが良いのだから魚の餌にせず、内蔵を売っぱらって人体の不思議展で世界旅行をさせてあげるべきだったと仰っていた。
心臓が無いのに生きていたので、高く売れたろうにと嘆息されてもいた。
戻ってこの話を聞いた小父様と、それがどういうものかの説明を受けたランサーはドン引きしていた。
「なぁ、キリツグよぉ。お前の娘の方が、お前よりヤバイんだけど?」
「う~ん。キレると怖いとは思っていたけれど、実は……」
その会話は、軽い打ち上げでアルコールが入って仕上がり掛かったところで耳に入ったものだ。そこで小父様は、今まであった事や出会い、先日の強盗から母子を守った事などをランサーに話していた。
「やっぱ、あいつはそういう奴か?」
「そうさ。僕達の大切な家族であり娘なんだ」
なお、お姉様でなくエルお姉様は、エーテルを合成樹脂とを置換するサーヴァントのプラスティネーション技術を確立しており、剥製よろしくビルの一室で何体か飾られている。御本人は等身大フィギュアと呼んでいるそうだ。
ただしそこにクー・フーリンは居ても、英雄王は居ない。エルお姉様も空気は読むのだ。
そしてAUOを斃して大団円を迎える前に、アサシン達から瀕死の拷問を受けた間桐慎二を受け取り、私とゾウケン君はある研究成果を彼に施した。
エーテル出力したゾウケン君が、四肢は切断され、耳介は削ぎ落とされ、鼻は切り取られ、両目を潰された慎二の身体に、蟲で造った手足や耳に鼻、そして目を与えて行く。
その四肢なき姿はさながらジョニーか須永中尉だ。(ダルトン・トランボ著『ジョニーは戦場へ行った』、江戸川乱歩著『芋虫』の登場人物)
蟲の甲殻が人の皮膚に変貌していく様は、見るものに胃液は酸性だから苦いのは当然だと強く脳裏に残させるだろう。
真っ先に処置したのは目だ。ベッドの周囲には鏡を何枚も置いた。それは己の惨めな姿を記憶に刻ませるためだった。
コンコンとゾウケン君が手を休めずに語りかけている。
『この淫蟲のごとく手足のない姿がお前の心じゃ、慎二。そんなに間桐臓硯が怖かったか? ん? じゃがな、妹を救けろとまでは言わんが、死を賭して抗えん者は魔術師では無い。お前は根本的に身体でなく、精神(ココロ)が魔術師に向いとらん』
それは告白だった。
〈死を恐れ、生に執着した儂も同じじゃ。向いとらんかったんじゃな……〉
そんな考えが、念話のパスから伝わって来た。
『魔術はな、今お前に与えとる手足とは別のもう一本じゃ。指なら六本目、腕なら三本目。わかるか? 儂ら魔術師は一般人から見れば奇形なんじゃよ。欠損したカタワ者でなく、生まれついて余計なモノが付いとる。それが魔術回路と、何処までも追求を止めぬ業じゃ』
今となっては差別用語満載で言葉狩りの対象だろうけど、言わんとする意味は実にその通りで、魔術回路はギフテッドでなく、余計なモノで間違いない。
私達のような魔術回路に人の皮を被せたような存在ともなれば自覚する事も無いのだが、本来の魔術行使は回路を起動するだけで違和感が起こり、術式の発動時にある種の苦痛を伴うものなのだ。
勿論、慣れもあるし、どう感じるかも個人差がある。苦痛を感じないベテランでも違和感は毎回感じているものだ。
そして回路を持たず生まれて来た間桐慎二は五体満足に生まれたが、追求する業でなく、執着する業だけを受け継いでいた。
それはコレクターなどの趣味になら活かせたかも知れないが、魔術とはあまり関係ない資質だった。
『そういう家に生まれたんじゃから、それを羨む気持ちもわかる。じゃがな、無いものを強請ってどうする? 普通は無ければ無いで別のものを探すぞ? 足りないものは余所から持って来る。無ければ探すか買い求める。そうは上手く行かんと思うのなら、それは魔術師の思考方法では無い。慎二よ、どうしてもと言うなら、お主に刻印蟲を与えようぞ。痛みと苦しみに耐えられるなら、そうさな、魔術回路二十本分くらいにはなろう。じゃが、それをしてもお主は遠坂の娘や妹には敵わんじゃろう。それが才能というものじゃ。そしてお主は異なる分野に才能があると思うんじゃがのう。どうする? ん?』
「ま、魔術師になりたい……」
臓硯からの長きに渡る精神的DVは、気難しくともシャイで妹思いな面もあった少年をここまで変えてしまった。
彼ほどの知能があっても、遠坂凛にまともなSOSを出せないほどの心理的抑圧。束縛と吸収の結果だ。そしてそんな慎二の願いを受けとめるゾウケン君。
『……そうか……。では、施術をしてやろうぞ。ただし対価は頂くぞ?』
「ケ、ケチだな……ウッ! 痛てッ!」
対価イコール金銭とでも考えているのだろうか? 知能はそこそこ高くとも、若さゆえの社会経験の少なさを露呈している。
ライダーに張らせようとした結界にしてもそうだ。効率と得られる魔力量を鑑みるなら、駅やデパートに張らないか? 良い悪いは別として。
そして『他者封印・鮮血神殿』が完成した暁には、サーヴァントに指示して駅なら列車事故を、デパートなら火災を、何なら薬品を撒いて無差別テロも装える。
だけど第三者の潜入が難しい学校だと、ガス漏れや今の季節なら一酸化炭素中毒くらいしか思い付かないし、部屋が個別に分かれているので全教室や職員室で起こる事件を誤魔化すには無理がある。
つまり神秘の隠蔽どころか、犯罪そのものが誤魔化せない。この段階で犯人は自己顕示欲の強い学校関係者だとモロバレだ。それなのにメッセージ性は皆無。
恐らくは謎掛けで、遠坂凛に対する救助の要請だろうけど、それが伝わるはずも無い。
そもそも自分が助かりたいなら、手土産に桜が必要だ。そこまでは考えていたと思うのだが、下準備が甘い。市中のそこかしこに潜む臓硯の使い魔も、市外を飛び出し他府県に行けば居ないだろう。
なら、他県から遠坂宛に手紙を出すなり、春の修学旅行で打ち合わせるなり方法はあった筈だ。それを屋上に喚び出して自爆告白で玉砕するって……。それ、SOSか? 本当に頭が良いのか? モテるなんて嘘だろう?
きっと取り巻きの女達は金で釣られた馬鹿と阿呆だけだ。調べた限りの氏名は、私達の真面目な弓道部には居ない、1年時に早々に辞めた者達ばかりだった。もし、今も先輩面していたらと思うとゾッとする。
『痛いのは我慢せい』
「な、なぁ、あんた……お祖父様なのか……?」
『眠っとれ』
自分に良く似た青髪痩躯の男。間桐慎二はここに至って思い付いたらしい。鈍いね。
私は彼が曾孫なのか玄孫なのか知らないし、そもそも直系なのかも疑わしいと思っている。
だけど人間性を取り戻したゾウケン君は、間桐臓硯は捨て置いても、間桐慎二だけは何とか助けてやりたいと頭を下げ懇願して来たのだった。
拷問の傷跡は私の見せた幻影だ。アサシンも殴ったり、皮膚にキズを付けたりしても、手足を切り落としたりまではしていない。
ゾウケン君がやっている事も背骨に沿って、疑似魔術回路となる刻印蟲を埋めているだけだ。かなり痛そうだけれど、そこは気を失わせたので大丈夫だろう。
そしてこの後だ。世界を渡る私達に間桐慎二を鍛え導く暇はない。またそれを私達に代わって快く引き受ける者が居るとも思えない。
なのでマキリ500年の叡智を、ゾウケン君は慎二の身体に馴染みつつある刻印蟲に与えて行った。
端的に言えば、間桐慎二を機能限定版の間桐マコトにしてしまうのだ。そうなれば、わからなければいつでも身体に聞ける。
努力次第でそこそこの魔術師にもなれるだろう。ただし、後ろ盾が無いので厳しいと思うが。
そしてその対価は、桜の養子縁組の解消と財産の半分以上を譲渡する事だった。
桜は15歳なので、自分の意志と養親の同意があれば市役所で離縁できる。凛さんが受け入れてくれるなら遠坂にも復縁できる。その養親が揃えるべき書類は、ゾウケン君が既に作成済みだった。
間桐慎二の施術は夜明けまでに終えるだろう。その後刻印蟲は肉体の組成を徐々に変え、全身を一つの蟲とする。やがて蟲となった間桐慎二は繭を作り、中で変態する。
不完全変態なら今の容姿に近いだろう。だけど、完全変態ならどうするんだろうね?
だって吸血もできないし、人を襲えないよう精神的プロテクトは私がしちゃったし。
「樹木の汁でも吸うの?」
『普通に飯は食えるぞ? そのマコトとやらも飲み食いはしておったろう? 儂とてそうじゃった。変態しても以前とさほど変わらんよ。気を緩めれば蟲に戻るようなものでもない。百年は生きられるじゃろうしな』
群体を一個体に収斂させ、間桐慎二の皮を被せる。これが私とゾウケン君とで研究した結果だ。勿論、ヒントは間桐マコトの存在だった。
ここまでしないと肉体のみならず魂とも繋がる魔術回路は与えられない……という訳ではないが、この措置には意味があった。
それは再生であり復活であり、リインカーネーション(転生)に至るイニシエーションだった。
『家は無くなったが、銀行に預けておる有価証券も多いし、霊地を含む不動産もそこそこある。桜に4/5を譲ったとしても、それら資産を現金化せず、今のままの配当や賃貸収入でこやつ一人なら十分遊んで暮らせるじゃろう。その手続きや名義変更も一両日中に済ませておこうぞ。それに家が全壊したので、その保険金もある程度は入るじゃろうしな』
「相続税や贈与税は?」
『書類上の間桐臓硯が死んどらんかったら良いんじゃ。この地に来て二百有余年。あの者も儂ならば、手は打っておるじゃろう。後は慎二が蟲どもで以前の儂そっくりな傀儡を作れば良いんじゃよ。そしてマンションの一室でひっそりと暮せば良い。己の事業が回り始めた二十年後にでも葬式を出せば誰も疑わん』
「なるほど。思いっ切り法律違反だけど、魔術師に今更だしね」
『思うところはあるじゃろうが、慎二にも残してやらんとな。エルマ、悪いが目を瞑ってやってくれい』
遠坂六代と同じく間桐も六代とされている。200割る6で33.3333……。この30数年は世代交代に要する年月だ。
そしてこれは、当たった個人商店などの寿命に近い。子や孫に跡を継ぐ者がおらず、店主の死でひっそりと畳まれるお店。その寿命と。
だけど魔術師が目指すのは老舗だ。二百年、五百年、千年と続けたいと願うのが魔術師なのだ。そして面白い事に、この日本は世界一老舗企業や老舗商店が多い国だった。
東洋の片田舎と当初は思っていたそうだ。だけど住んでみれば意外なほど老舗が多く、技術も高い事にゾウケン君は驚いたという。
そんな店と同じくマキリのワザも、子や孫が受け継いで欲しい、そして発展して行って欲しい。そんな願いが代を重ねるごとにどんどんと壊れていく。それはどんなに辛く寂しい事だったろう。
『蟲使いは蟲使いのままで、蟲になってはいかんかったのじゃ。エルヴァくらいで丁度よい』
朝方、施術を終えたゾウケン君の呟きだ。先生やお姉様がドイツに向かわれている間の出来事だった。
0015、2月8日。深山町、衛宮邸。
道場から凄まじい剣戟の音が響き渡る。ランスロットさんが槍を持ち、ランサーと試合をしているのだ。
時間無制限一本勝負────。
朝食後から始まったのだが、食器を洗い終え、洗濯と掃除に取り掛かり、中庭で洗濯物を干し、日のあたる縁側で布団を広げてかれこれ2時間。
剣戟も威勢の良い掛け声も今だ途絶えない。二人ともどんな体力だ。
そんな事を考えていたら、玄関からガラガラと引き戸の音が聞こえた。小学生二人と切嗣さんがジョギングから帰って来た。
今、この家には俺と切嗣さん、イリヤちゃんにクロエちゃん、それとエルマさんと桜が居る。サーヴァントはランサーとランスロットさんが残り、この家を守ってくれている。
姉さんは遠坂ともう一人の遠坂、そしてエルヴァさんにセイバーさんやアーチャーさん達を伴ってドイツに行ったのだ。
『シロウ、私は必ず戻るわ。そして姉弟として一緒に暮らしてくれる?』
勿論だ。だけど、いや、だからこそ一緒にドイツへ行きたかった。だけど足手纏いになる事も簡単に想像が付いた。
エルマさんが教えてくれたんだ。政治的駆け引きには、双方にメリット・デメリットが必要で、それを話術で相手がオトクなように思わせなきゃならないって。
そんな聖杯戦争という魔術儀式を諦めさせて、新しい希望と言うか提案を述べる会話なんて今の俺には……いや、今後も無理だ。それも見知らぬ人とドイツ語で話さないとダメなんだぞ?
「具合はどう?」
「今日はマシなようです。先程、おかゆを食べて眠りました」
離れの洋室で安静にしている桜を見舞う私。それに答えてくれたのはライダーさんだ。
聖杯戦争は破綻した。斃れたアサシン・佐々木小次郎とAUOはイリヤスフィールさんの小聖杯でなく、こちらの魂保管器が捕らえた。
何よりお姉様とセイバーさんが枠を横取りしたので、大聖杯の枠は売り切れたのに、システム的には五騎しか召喚されていない事になっている。
つまり聖杯戦争そのものが、始まってもいなかったのだ。これが枠を奪う最大のメリットだ。このまま放っておいても召喚に応じたサーヴァントは消える。
だけどこの宙ぶらりんな状況を利用して、私はランサーさんとライダーさん、それとアーチャーさんを持って帰る腹積もりだった。
昨日、二人の凛さんとルヴィアさんとお姉様と先生の五人が、イリヤスフィールさんを伴ってドイツに向かった。大聖杯を解体する道筋を付けるためだ。
同道にはセイバーさんと、ルヴィアさんと凛さんが支えるアーチャーさん、それとイリヤさんが霊体化して着いて行った。
便はヘルシンキ経由なので、ルヴィアさんと凛さん、それとお二人のアーチャーさんは、ここのエーデルフェルトに寄って行くのだ。それは桜の今後のためでもあった。
なお、イリヤスフィールさんがアーチャーさんをこの段階でも連れだって行けるのは、お姉様が大聖杯との契約を切り、ルヴィアさん提供の魔力炉心を一時的に貸しているからだ。
元々魔力量の豊富な人だけれど、これは念のためという意味合いもある。
また、これまでの経緯を凛さんには、お姉様やルヴィアさんと凛さんが詳しく話した。サーヴァントと思ったら人間だったのかと、かなり怒っていた。まぁ、そこは当然だろう。
だけど、桜のこれまでにあった事と現状を詳しく話し、宝石剣をゴロンゴロンとルヴィアさんと凛さんが見せれば黙ってしまった。
そしてトドメは先生だ。一言も凛さんと話さないのだ。弟子にしてくれと言われるのが嫌なのかなと思えば、それだけでなく本気で避けているらしかった。
桜の事もそうだし、幼い頃の友人の件や、お姉様が人間である事を見破れなかった……これら諸々の要素が減点され、評価に値しないと判断されてしまったのだ。
勿論御本人には話していないし、先生の正体も魔導師である事も話していない。先生はご自分に大変厳しい方で、年齢や経験を差し引いても、ご自分が第五次の頃、100点満点で60点の赤点一歩手前だったと仰られる。
それを聞いて、ルヴィアさんも凛さんも何も言えなかった。このまま縁を切る世界だったのだろう……。
ただ、小父様だけはイリヤスフィールさんと士郎さんの事を本気で心配されていた。だから二人の道筋をある程度付けてから帰る事に決まっていた。
その第一歩がアインツベルンへの直談判であり、桜の新たな養子縁組先の確保だった。養子縁組と言っても、どちらかと言えば後見人確保の意味合いが大きい。
対価はロシアの振り香炉だった。それだけのために二人はヘルシンキからモスクワに渡り、振り香炉を買い取ったのだ。ここでのマルガリータさんの件もエーデルフェルトに伝えるそうだ。
また、時計塔の問題はどうしますかと、お姉様が先生に尋ねたのだけれど、それはセカンド・オーナーの仕事だと、こちらは取り付く島もにべも無かったらしい。
ともあれ海外の諸問題は時計塔を除けば、これでほぼ解決するだろう。バゼットさんやエーデルフェルトの協力もあるので、そう心配は要らないだろう。
この後、身体を新しい素体に入れ替え延命を果たしたイリヤスフィールさんを伴いお姉様が帰って来た。フィンランドからはルヴィアさんと凛さんが、新しい桜のパスポートなどを手にして戻られた。
二人を通じて妹さんを治すクスリを手に入れたルヴィアゼリッタさんは、クスリの効果が確認されるやいなや、お二人に積極的に協力され、様々便宜を図る事に尽力されて下さったそうだ。
今後、桜は2年ほどクスリを飲み続けなければならない。英雄王の万能薬だから2年なのだ。元のクスリなら死ぬまで欠かせなかった。
それに当初の見込みの半年でなく、一月も経てば歩けるようになる。この時間短縮は高校生には重要だ。でなきゃ、出席日数不足で留年が確定してしまうからね。
また、リハビリもライダーと士郎さんにイリヤスフィールさんが請け負ってくれた。
残るライダーには魔力炉心を預けた。その回収が1年後だ。貸与の条件は回収後私の下で働く事。他の並行世界の桜を親友として救けたいと真摯に話せば、手伝いたいと色良い返事を貰えた。
その同じ1年の期間を、イリヤスフィールさんのアーチャーさんも残る事となった。あの魔力炉心があれば魔力は問題ない。残る理由はアーチャーさんのけじめだった。
きっとイリヤスフィールさんを交え、士郎さんとたくさん語り合うのだろう。この行動を裏で後押ししたのが、小父様だったのは語るまでもない。
ただその1年が過ぎた後、現世に残るのかどうかは考えたいとの事だった。これは無理も無いだろう。
数々の問題に目処が付いた2月13日に私達は元の世界に戻った。何とか犬の散歩に間に合った私はホッとした。
〈とは言え、散歩はほとんど我らだが〉
〈言うな。これも仕事だ〉
〈しかし、大型犬が多いな? 〉
〈このアフガンハウンドは帰ってからブラッシングがあるしなぁ〉
〈こっちのラブラドール・レトリーバーは一緒に寝てやらんと吠えるのだ〉
〈どの犬も可愛いが、困ったものだ……〉
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以上で番外編は終了です。
手持ちのストックもここまで。これ以降は打ち込んでいる最中です。
※ネタばらし
英霊のイリヤがほとんど出ませんし、セリフも少ないのは、大聖杯から気付いてしまったからです。
最悪ここのイリヤも自分に続くと。
つまりここはHFの世界だったのです。おまけにアーチャーを喚び出している。
それをエルヴァも察して、間桐邸を真っ先に襲ったわけです。