※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第二部 並行世界篇   作:炭団

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物語はいよいよ訳のわからない方向へ。


65、異なる冬木

 何で毎度毎度、円蔵山の上なのよ? こんな大荷物を持って、山道を下る者の気持ちにもなって欲しい。

 しかも先生に放り出されるし。どこ行きゃ良いのよ? 師匠はどこ?

 

「何をイライラしてますの? 暑いのですから落ち着きなさい」

「だって、先生には放り出されるし、師匠は見当たらないし、どこに行けば良いのかもわからないし、荷物は重いし、冬だと思ったら向こうと同じ夏で暑いし、持って来たコートとかどうするんだって思うし、夏服をここで買い揃えないと困るし、一体私にどうしろっていうのよッ!?」

「血圧が上がりますわよ、リン?」

「凛、荷物を貸せ。見ておれん。君ほどの者がこの体感温度でわからんか? 熱気遮断もしなければ強化も使わんとは」

「久々にミストレスに逢えるからと浮かれているのですわ」

「はいはい、私のミスです!」

「半分は告白だろう。浮かれているのはルヴィアも変わらんだろう。二人とも汗ダクではないか。悪いがセイバーもルヴィアの荷物を持ってやってくれんか?」

「すみません。まったく衣類の選択ミスですわ」

 

 幻聴じゃなければ耳に届くこれはセミの鳴き声よね。まさか行き先も夏だったとは。

 アーチャーはサーモンピンクのポロシャツに、カーキのチノパン。背中には替えの衣類が入っているのか、結構大きなリュックを背負っている。

 そして今回一番変わっているのはセイバーだ。茶色いローファーに白いソックス。折り目のぴしっとした濃紺のプリーツスカートの上は、半袖のセーラー服なのだ。

 出発する時は上にカーディガンを羽織っていたので、半袖だとは気付かなかった。むしろどうしてセーラー服なんだと、そっちが気になって見送ってくれたエルヴァに質問したくらいだ。

 

『架空でも学生という身分を与えてしまえば、誰も詮索しなくなります。これで見た目が20代や30代なら問題ありですが、セイバーはハイティーンにしか見えません。なら、それを利用しませんと』

 

 確かに納得の理由だ。けど、どういう世界に行くのか、浮かれていた私は綺麗サッパリ失念していた。

 

「ルヴィア、荷物をこちらにどうぞ。しかし、お腹が空きました……」

 

 濃紺の襟を覆う背中のリュックは、学生がよく使っているタイプとはまた違う。そこにライオンのマスコットがぶら下がっていた。微に入り細に入り、エルヴァは良いマスターなんだろうな。

 

「ああ……。セイバーさん、それはエルヴァさんと離れたから、魔力を無意識に求めているのですわ」

 

 セイバーがキョトンとする。本当だ、この顔を見ればわかる。学生で通してしまう方が身分を誤魔化しやすいのだ。でないと私服でルヴィアと並んで歩くと目立つことこの上ない。

 エルヴァなら留学生でもメル友でも、その場で直ぐに思い浮かべるのだろうけど、ルヴィアと私だとコネのない並行世界では、セイバーを社会的に守り切れない。

 エルヴァやエルマが居ないと、こんな面からも問題が出てくるんだ。

 

「しかしルヴィア。礼装があるのにそんな事が?」

「きっと魔力不足ではありませんのよ。おそらく質の問題ですわ」

「質?」

「ええ。霊地に色付けできるのと同じく、エルヴァさんから送られる魔力はセイバーさんにとって馴染む色なのでしょう。そして純度や質も高いのだと」

「なるほどな、そんな事もあるのだな」

「王様だから贅沢なのよ」

「リン、失礼な。ですがルヴィアの考察は正しいと思いますよ。魔力には、そういう性質があるから汚染されたりするのでしょうし」

「確かにね。で、どこへ行けば良いの?」

「取り敢えず、衛宮の家か遠坂の家に向かおう。その途中で新聞を買い、時計を合わせるか。おそらくここから試験は始まっていると思われるからな」

 

 アーチャーの言葉でハッとした私とルヴィアは、直ぐ様使い魔を衛宮邸と遠坂邸に飛ばした。

 そして街に入る手前で、両方とも留守だとわかった。コンビニに入り時計を見つつ、新聞を買った。日付は2006年7月25日!? それで今日が火曜日で午前10時……。

 

「これって、聖杯戦争後?」

「う~む……。まさかのまさかだな。最悪だが、衛宮士郎も凛も時計塔ではないか?」

「え~~~っ!」

「リン、サクラは残っていませんの? それと日付的に厳しいかも知れませんが、イリヤスフィールさんも」

「その線だ。凛、ルヴィア。場所がわかるなら、間桐と藤村組に使い魔を飛ばしてくれ」

「了解」

 

 そうして深山町を歩く私達。

 

「使い魔の映像が見えたわ。桜と師匠? それとイリヤも居る」

「どこだ?」

「間桐の家よ。あ、師匠がOKサインを出して手招きしているわ」

「正解でしたわね。ではマトウに向かいましょう」

 

 再びてくてく歩く私達。

 

「暑い……。荷物を持って貰っているのに暑い……」

「セミがあちこちで鳴いているな。夏真っ盛りだ」

「セイバーは暑くないの?」

 

 ルヴィアの大きなキャリーバッグを右手で引きながら、背中には自分のリュック。左手には袋に入った木刀か何かだと思う。エルヴァがガチガチに強化しているのだとか。

 こうして見れば、留学生か在日の真面目な剣道少女にしか見えない。ここの冬木に溶け込んでいる。

 

「別段。英霊ともなれば、そんなものなのでしょう。ほら、頑張って、リン。マトウの門が見えましたよ?」

「む? あれが師匠か? 本当に君そっくりだな?」

 

 そうか、アーチャーは師匠に会うのは初めてだっけ? けど、あなたの本来のマスターも同じでしょうに。

 

「ミストレス~!」

「師匠~!」

 

 笑顔で迎えてくれた師匠は、屋内に私達を招き入れてくれた。冷房が効いていて涼しい。

 一通りの挨拶の後、ここの桜がよく冷えた紅茶を出してくれた。えっと、今20歳くらい?

 

「いいえ。学園は卒業しましたけれど、まだ18歳ですよ。女子大に通っています」

 

 大学生なんだ?

 

「20歳は私よ、リン。11月で21歳だけど」

 

 そう答えたのはソファーでゴロゴロしているイリヤだった。

 片方は私より年上で、胸が高1の妹とは大違いだ。そしてもう片方は残念なくらい成長していない。それで20歳と言われてもなぁ。

 落ち着いたところで質問だ。

 

「師匠、今回は一体何を?」

「お二人の考察力や洞察力を測りたいと思います。もう気付いていると思いますが、ここは聖杯戦争の終わった世界です。桜さんの心臓に臓硯は居ませんし、イリヤさんの延命処置も終わっています。ですのでその手の問題は何もありません。そしてここの衛宮さんと凛さんは、現在倫敦の時計塔へ留学中です。ですがお二人は明日の26日に日本に帰って来ます。そのお二人やこのお二人からお話を聞いて、私があなた方に出そうとしていた問題と答えを探って欲しいのです」

 

 思わず私とルヴィアは顔を見合わせた。

 

「ミストレス、インタビューは自由なのですか?」

「はい」

「ここの遠坂凛は師匠の弟子なの?」

「弟子ではありません。ですが、私に自分で答えを出すと言い切った人です。ここでの時間で二年前の第五次聖杯戦争に介入して以来の仲で、言ってみれば私の友人なんですね。今回の件も事前に連絡を入れてあって了承済みです。ただし、明日いきなりの取材は無理だと思います。なにせ二人が帰って来るのが、学園卒業後初めてなので」

 

 なるほど。久々の帰国ならお世話になった方々や友人達との挨拶や語らいもあるだろう。そうとなれば今のうちに桜さん? やイリヤさんに伺うべきだ。

 イリヤさんは素直に呼べるけれど、桜さんが難しいなぁ。うっかり呼び捨てにしそうだ。

 けど、ここの凛さんとは姉妹としてちゃんとしているみたい。そこは羨ましいな。

 

「なお、セイバーさんとアーチャーさんは気付いた事があっても黙っていて下さい」

 

 セイバーとアーチャーが頷いた。

 

「え~、どうしてですか?」

「甘えないで下さい。お二人で解かないと意味がありません。ですからノーヒントですよ」

「わかりました……」

 

 そこで声を上げたのがイリヤさんだ。

 

「びっくりした~。世界が違うと、リンもこんなに違うの?」

「凜さんとも違いますよね。姉さんが甘えるとしたら衛宮先パイだけだろうし……」

「サクラ、顔。怖い」

「ぁ、ああ……失礼しました」

 

 あ……。これってマズイんじゃないの?

 桜さんの想い人はここの衛宮君で、ここの私と衛宮君が付き合っている……? ちらりと見れば師匠が小さく頷いた。ルヴィアも察したようだ。参ったなぁ……。

 

『だから! 僕の朝ごはんは!?』

『煩い! 腹でも掻っ捌いて内臓でも喰ってろ! ほら、こっちに来い!』

『ほ、包丁を振り回すな! さ、桜~~!』

 

「何事?」

「あ~。桜さん、一緒に行きましょう」

「はい」

 

 それで師匠と桜さんが声の主の元へ行った。

 

「シンジは起きるのが遅いのよ。それで彼女の逆鱗に触れるんだわ」

「イリヤさん、彼女って誰ですか?」

「セラさんの声ではありませんわね?」

「セラの事を知ってるんだ? あの声はね、リンが連れて来たメイドなのよ。自我がキツイのかな? 自己主張が強いワケではないけれど、自分がしっかりあるのよ。名前はトロンメルよ」

「トロンメル?」

「ドイツ語だろう。建設機械の回転ふるいの意味もあるが、イリヤ、この場合は楽器の太鼓からだろうか?」

「アーチャー、正解。何だかね、ハイドンの交響曲から名前が付けられたんだって」

「ハイドン? わかる、ルヴィア?」

「あ~。もしや……エルマの姉妹ではありませんの?」

「どういう事?」

「ハイドンの交響曲第103番には『太鼓連打』という愛称がありますのよ」

「あ、エルマが101番で、その人が103番って事?」

「たぶん。こうなるとエルマは『時計』ですわね。ダイ・ウーア? エルヴァさんがパリンドロームで……」

「回文ね?」

「ええ。第47番は第三楽章の音符が、そのカイブンのようになっているのですわ」

「なるほど。そういう名付け方ってエルっぽいわ。当たってそう。けど、それって全部に?」

「リン、主語を話しなさい。それですと意識の方なのか、ハイドンの交響曲の方なのかわかりませんわ」

「あ、ごめん」

 

 そこで師匠がメイドを連れて戻った。その顔は髪の色が自然なエルマだった。103番で間違いない。随分と日に焼けているけれど。

 

「紹介しますね。今回私のボディガードとして同伴してくれた、トロンメルです。お察しの通り、先輩がお造りになった101番から103番までの三人の内の一人で、彼女は103番です。意思や人格のモデルは先輩のアレンジ版です。これはそちらの101番ことエルマさんと同じですね」

「トロンメル・フォン・アインツベルンです。よろしくお願い致します」

「高校生?」

「はい。102番のヴンダーとともに学園へ通っています」

「ヴンダー? 奇跡?」

「それは第96番ですわね?」

「さすがはエーデルフェルトの令嬢。しかしながら、近年の研究からあのシャンデリアが落ちたエピソードは、102番であったとされています」

「そうですの?」

 

 何のこっちゃだが、この交響曲の初演の時、ステージに現れたハイドンを見ようと観客が舞台に押し寄せ、その空になった座席の上に天井から大きなシャンデリアが、まさにそのタイミングで落ちたのだそうだ。

 1795年2月2日ロンドンの国王劇場での出来事で、怪我人も死人も出なかった。そこから19世紀頃に『奇跡』と愛称が付いたらしい。

 その時の演目は長らく交響曲第96番だったとされていた。だけどそれが最近102番だったとわかって来たという話だ。

 何でエルに絡むと、こうも雑学が頭に入るのだろう?

 

「ではエルヴァさんは?」

「ああ、そちらに残られた47番の……。パリンドロームではありませんよ。ある意味私どもの仲間です。あちらは────プロテクトが入りますね。名前を呼び捨てにできません。ですが────お嬢様がかなり気にかけていらっしゃいます」

 

 このお嬢様はエルの事だろう。

 

「じゃ、エルの事は?」

「お嬢様こそが、本当の意味でのエルヴァ様です。なにせ私どもの造物主であり主人なのですから」

 

 なるほど。エルヴァの事をエルヴァ様とは呼べないし、エルヴァと呼び捨てにもできないと。確かに分割思考の一部と考えるなら立場上はエルヴァもトロンメルも同列だ。

 だけどオリジナルのエルから見ればエルヴァは自分の一部として活躍していた。となると後から造ったトロンメルは別なのだろう。何よりアイデンティティーがエルヴァとトロンメルではかなり違う。

 

「それ、学園内でもそんな風に呼んでいるの?」

「はい。立場上は親族の末端ですから。つまり私は留学生です」

 

 また主語が抜けてしまった。だけど『様』付けで呼んでいるらしい事はわかった。エルってそういう線引きが厳しいみたい。これはエルマがエルヴァの妹になっている事は言わない方が良いわね。

 

「それでミストレスは、どのような理由で彼女を?」

「やっぱりルヴィアにはボディガードだけでは誤魔化せませんか。言ってみれば情緒面の学習です。彼女は曲がった事があると我慢できないタイプなんですよ。夏休み前にお年寄りを轢きそうになったクルマを、宝具で破壊してしまって……」

 

 ああ、その隠蔽工作にエルだけでなく師匠の家も動いたんだ……。だけどその宝具って?

 

「あれ? そっちのエルマさんは持っていないんですか? 『ラインの黄金』の簡易版ですが、英雄王の『王の財宝』を取り込んだりとか?」

「リン、それは我がマスターのはからいで、こちらのリンやルヴィアには内緒だったのですよ」

「言ってみれば歩く兵器だからな。エルヴァはエルマに普通で居て欲しいのだ」

 

 セイバーとアーチャーの発言だけど、この理由はエルヴァっぽい。聞けば納得だ。私も妹の親友をそんな目で見たくないし。これは師匠の失点ね。

 

「それでほとぼりが冷めるというか……落ち着くまで、こうしてあちこちに連れて歩いています。根は素直な子なんですけどね……」

「はぁ……。それで奥で何があったの?」

「ワカメの採集です」

 

 なんとキッチンで、桜さんの義兄の髪を包丁で剃り落としたとあっけらかんと言う。頭があちこち切れて血みどろなんだとか。ひぃ~。

 つまりはハイド・パークで出会った彼でなく、前回の世界で出会ったタイプか。桜さんがなかなか戻らないのは、その手当をしているかららしい。ただし……笑いながらだとか。心が病んでるの!?

 そしてここでも悲惨な虐待があったのだと改めて気付いて、私は気が滅入ってしまった。

 身体の方はもう問題ないらしいが、こんな風に精神面にはまだまだ問題が残ってるらしい。それでイリヤさんがここで一緒に暮らしているのだそうだ。それは衛宮君やここの凛さんからのお願いでもあったらしい。

 だけど妹の想い人を奪うってどんな姉だ。姉妹の思いは恋愛とは別なのかな? 私にはわからないけれど、酷い話よね……。

 

 ともあれ私がそんな風に考えている時も、金髪の友人はイリヤさんにインタビューをしていた。

 ルヴィアが聞き出した事を箇条書きにするとこんな感じだ。

 

 一、案の定、バーサーカーのマスターだった。それで衛宮君を殺しに来た。

 二、喚ばないと死んじゃうよと警告したら、危ない子と思われそのまま小脇に抱えられて警察に連れて行かれた。

 三、やっと警察署から逃がれられたと思ったら、表で待っていた。それで今度は家まで連れて行かれ、キリツグのイハイに無理やり手を合わさせられた。

 四、その後、一緒にご飯を食べて、お話をたくさん聞いてもらえた。その時に迎えに行かなかったキリツグが悪いと怒ってくれさえした。

 五、姉さんと殺し合いなんてしたくないと泣いてくれた。それでとても良い子なんだとわかった。だから聖杯戦争の事を詳しく教えてあげた。

 六、魔術回路の調子を調べようと身体を診てあげたら、聖遺物が入っている事がわかった。

 七、その聖遺物が何であるか知っていたので、シロウを触媒にしてサーヴァントを召喚した。何故かマスターは私になってしまった。

 八、正直、サーヴァント二騎は辛かった。けれど弟を護るためだと頑張った。

 九、ここのリンと戦ったりケンカしたり仲直りしたりした。だけどそんな時にリン(師匠)とエルが現れた。

 九、それでサクラの事を知って皆んなで救けに行った。

 

 あの知的でお料理上手なイリヤさんを知っていると、子供っぽいなとついつい思うけれど、英霊のイリヤさんもこんなところがある。持ち味なんだろうなぁ。

 

「リンとシロウが良い仲になったのは聖杯戦争後だと思うよ。私は一旦ドイツにエル達と帰っていてね。その頃に何かあったんだと思う。それとシンジはヒキコモリ? だから」

「ヒキコモリ?」

「うん、ガクエンだっけ。そこを1年生の時に辞めたらしいの。何でもサクラをイジメてたのがシロウにバレてハンゴロシにされたそうよ」

「ここのシェロはどういう人ですの?」

「シェロ? ああ、シロウの事ね。そうだなぁ。困った人が居たら、放っておけないタイプ? ケンカが強くて優しくて、ライガが跡継ぎにしたいって話してたわ」

 

 う~ん、芯は変わらない気がするけど、微妙に違うみたい。そんな話の中に聞き捨てならない事柄が幾つかあった。

 なんとこの衛宮君、中学生頃から魔術が使え、遠坂の家にきちんと魔術師として登録していたのだという。

 聖杯戦争も、バーサーカー、セイバー、アーチャー、ライダーの四騎で共闘(御三家揃い踏みだ)し、アサシン、キャスター、ランサーをアッサリ序盤で斃しちゃったそうだ。

 そこでこれは流れがマズイと出た言峰綺礼を師匠が倒し、英雄王をエルが単独で斃したらしい。

 

「当時はお互い中学生でしたけど、私は既に魔法使いでした。なので宝石剣で次元の狭間に送りました。酸素も何も無いところへ」

 

 それを見て激昂した英雄王を、隙かさずエルが『天の鎖』で縛り上げ、発射される宝具を次々吸い上げたのだという。

 倫敦へ渡る前に見たあれや、グリーン・パークで見たあれは、そうやって集められていたのだ。そしてその能力の簡易版をエルマやトロンメルも持っているって訳だ。

 

「誰よりも神の血が濃いのに、自分以外は使えないと思うところが馬鹿ではないかと煽りに煽って、最後は血の涙を流していましたね。それと『天の鎖』って一度縛られると霊体化できないんですよ。そしてエーテルで編まれていてもその肉体は分子構造を持つんですね。でも、タンパク質じゃないんで70度を越えても固まらないし、沸騰しても死ねないんですよ」

「待ってくれ。サーヴァントの持つ、対魔力や物理耐性といった殻を抜く魔術があるのか?」

「あります。そちらの先輩ができるかどうかはわかりませんが、こちらの先輩はできます。何より私自身がエーテルを扱えますので」

 

 そこでルヴィアが、師匠が右腕で放つエーテルのガンドを説明した。キメラを何体も潰し、黒化英霊をぶち抜くガンドだ。

 

「そして眼窩から眼球が溶け落ちて、液状になった脳髄がダラダラと。それを後から駆けつけた、四騎と各マスターが目撃してしまったんですね。先輩、皆さんからドン引きされていました」

「するわ! そんなもの!」

 

 アーチャー渾身のツッコミだった。

 だけど私は倫敦で学んだ。人類を遥かに超越した現象も、固定化すれば攻略方法があるのだと。

 エルにしても師匠にしても、それを真面目に研究して来たのだ。これはその成果が目に見えるカタチで表に出ただけ。数あるエピソードの一つでしかない。

 確かに何も知らなければ、その訳のわからなさに圧倒されると思う。だけど師匠もエルも渡った世界で、桜やイリヤさんや衛宮君にそこの私を救うために動いている。これは覆せない事実だ。

 私もルヴィアも何も知らない無責任な頃では無い。それが何故できるかを研究して行かなければならない。まして私は……そうだ、死んだ奴らに良いようにされてたまるか。この世は生きている者の世界だ。

 

 そこで電話が鳴った。ナンバー・ディスプレイを見た桜さんがトロンメルに子機を渡した。

 

「こちらはN○Tです。おかけになった『○○○-××××-○○○○』は、お客様のお申し出により、連絡先が変わりました。新しい連絡先番号は『×××-○○○○-××××』です」

 

 声帯模写? なんて機械的な声だろう。すると今度はトロンメルの持つ携帯電話に掛かって来た。

 

「はい、もしもし。はい、はい。わかりました、必ずお伝えします」

 

 次にどこかへ電話を掛けた。

 

「さっさと出ろ。使えない奴だな、お前は。ああ、またお前んとこの行かず後家が弁当催促だ。どうにかしろ。次に掛かれば、お前ら全員刺青見本で生皮剥ぐぞ?」

 

 誰と通話してるの!?

 師匠が言うには、トロンメルはエルの機嫌が悪い時とそっくりなのだそうだ。それで人当たりの柔らかい師匠が、情操面を育てて欲しいとエルから頼まれ、大昔の書生のように家事手伝いとして預かってるのだという。

 師匠の家は昔の家そのままだから、空き部屋は多いし無駄に広い。なので母親や師匠だけだと掃除が大変だ。それで以前から週3回契約のメイドが数人アインツベルンから来ていたそうだ。

 だから一人や二人預かる分には、何の問題も無いどころか助かる事も多いのだとか。エルと師匠の間ならそうなるのか。普通の魔術師の関係とは一線を画している。

 

 ともあれトロンメルは、姉妹である102番のヴンダーとは異なる場所で生活している事になる。師匠の妹の桜さんは私の知る桜とはかなり違う。

 だけど何がどう作用し、どういう化学変化を起こしたのか。師匠の桜さんとトロンメルは親友同士で同じ1年D組らしい。

 なのに二人とも弓道部では無い。桜さんはピアノがあるので帰宅部だし、トロンメルは陸上部なのだそうだ。それでこの子、こんなに日に焼けてるのか。

 エルヴァほどじゃないけれど、小麦色の健康的な肌色だ。笑うと可愛いと思うのに、眉間にシワがあるのは頂けない。

 そして驚きは1年E組のヴンダーだ。その子はイリヤさんと同じ弓道部で、先輩方からめっちゃ可愛がられているという。

 

「とても良い子なんですよ」

 

 常識的だし、性格は素直で優しい子だと師匠が淡々と教えてくれた。聞いていて最初はエルマっぽく感じたけれど、エルマよりもっと柔和な印象が残った。

 三者三様と軽々しくは言えないし、聞けば聞くほど本当に訳がわからない。けれど何となく、何かのヒントがそこにあるような気がする。

 人と人との関係性、そういうので自我や個性が大きく左右されているかのようだ。

 

「まぁ、うちの妹も黒いですから」

 

 桜さんが席を外した時に師匠がポソリと言った。師匠のところは逆転姉妹だものね。だから師匠の妹が黒いというのも師匠目線であって、実際は大した事はないだろう。

 何より聞いていて、とても仲が良さそうだし。お嬢様でおっとりした姉を守ろうと、妹の桜さんが気を張っているだけなんだと思う。

 だけどここの桜さんはマジでヤバイ。カウンセリングに連れて行ってるのかな? この人が自分の妹なら引き摺ってでも病院に連れて行くレベルだ。

 それくらい挙動と目線が可怪しい。いや、段々と酷くなって……。あ! もしかして私に反応してるのか!? という事は……師匠は認識阻害か何かをしている?

 試しに認識阻害を掛けてみれば、数分で桜さんの雰囲気が変わった。イリヤさんにため息を吐かれてしまった。これは減点対象だな……。

 ちょっと気になるので作戦タイムとしてルヴィアと外に出た。口実はアイスと日傘の買い出しだ。当然帽子とサングラスを忘れない。ここの凛さんの学園時代の同級生に出遭うと最悪だからね。

 

「どう思う?」

「目や耳に入る事象すべてが、あなたへのトラップとしか思えませんわね」

「ああ……。師匠の投げ掛けようとした問題が、実はここの桜さんや姉妹関係の事では無いと?」

「ええ。私見ですが虐待の件などは心の傷として残っていても、かなり癒やされていると思いますの。そこからここのリンさんにイリヤスフィールさんの、多大な努力と愛情ある貢献が察せられますわ。それに彼女が病んで見えますのは、大方の原因が失恋ではありませんの? 恋敵の姉を憎み切れなかったが故の矛盾でしょう。ですがこれも時間が解決致しますわ。何よりイリヤスフィールさんが大変良くわかった対応をされていると思いました。そこで考えられますミストレスの課題は……たぶん、ここのシェロにあるのではありませんこと? ですから、セイバーさんとアーチャーさんに口止めしたのだと」

「なるほど。あの二人なら知ってる衛宮君とは違うと、真っ先に気付ける可能性が高いからね?」

「そういう事ですわ。あなたも頭の隅で、この程度は考えていたでしょう? ただ当の本人が居ませんので保留していただけで」

「そう、衛宮君の立場からは桜さんに何を言っても届かないでしょう? でも、それを黙っていられるタイプだったかなぁって。こういう女心の機微に一番疎そうな男性でしょう? だからそこはルヴィアと同じく引っ掛かるわ。それとその保留のもう一つの理由が、こんな安直な課題を師匠が出すのかなって。そこも疑問なのよ」

「そこですわ。一週間はタップリ掛かる謎だと思いますの。そして今回エルさんやエルヴァさんが居ない点ですわ」

「うん、そこよね」

 

 そこで私達は明日新都に出向き、レコーダーを手に入れる事にした。衛宮君と凛さんの取材の時に録音するのだ。

 それを繰り返し再生して、何か矛盾が無いかを探るのだ。

 

「ルヴィア。私だと不味いんで、柳洞君や美綴さんに取材できるかしら?」

「なるほどですわね。柳洞寺の電話番号は変わらないでしょうが、ミツズリさんの携帯電話は番号が異なる可能性がありますわね?」

「ツにテンテン」

「あら? 発音は同じでしょう?」

「フフ……。番号は私が調べるわ。桜さんに聞くならあなたにお願いしたいけれど」

「そうですわね。では、それ以外のシェロの友人を調べて下さいまし」

「了解……。ルヴィア!」

「ええ」

 

 この炎天下でジョギングしているあの女性は、記憶より髪が伸びているが間違いなく蒔寺さんだ。

 

「すみません」

「は、はい? え、日本語?」

「はい、日本語は話せます。妹の恩人であるこの方の調査をしていますの」

 

 そこでスッと写真を取り出すルヴィア。用意が良い。

 

「恩人? あ、衛宮か」

「はい。実は妹の危ないところを救けて頂き……。単なるお礼では返しきれぬ恩がありますの。ええ、この方なら断られる事はわかっていますの。それでもですわ。それでより詳しくこの方の事を知りたいと……」

 

 巧いな、ルヴィアは。ある程度の身辺調査は終えていると匂わし、より細かな事を聞き出そうとしている。しかも見せていた写真はイリヤの兄の衛宮君だ。

 心情的には美遊の方の衛宮君に乗り換えてはいるけれど、出先で使うバッグの中に入っていたのを思い出し、ここで利用したのだ。今と顔が違っても、こういう質問の仕方だと怪しまれない。

 聞けば蒔寺さんは思った以上に衛宮君に詳しかった。意外な接点と言うべきか。これは私も初耳だったのだが、私達の世界で美遊が住んでいるあの武家屋敷は、校区の境目になるらしい。

 そしてここの穂群原は高校だけだ。だから公立の中学校に通った場合、柳洞君と衛宮君に凛さんや桜さんは同じ校区になるのだ。

 けれど小学校は少し異なり、柳洞君と衛宮君に蒔寺さんが同じ校区になるのだ。

 そしてここの凛さんは私学の八代台に通い、柳洞君も八代台中学の出身だった。二人はそこでの生徒会長と副会長だったそうな。

 犬猿の仲なのはその八代台の生徒会で何かがあったからだと蒔寺さんは言う。

 一方衛宮君は、小学生時代から一本気な男の子で、間違っていると思えば上級生にもケンカを売るやんちゃな子だったらしい。

 美綴さんとは道場仲間で、子供の頃から剣道や空手を習っていたとか。現在は空手が三段、剣道四段、弓道四段だという。弓道はわかるが、他が違和感ある。

 

「学園時代からあいつは凄かったな。弓道部でインターハイに出ているし、空手でも美綴と一緒に全国大会に個人で出ていた。剣道はよく知らないけど、警察の猛者とためを張るって噂があったくらいだから推して知るべしだな」

「ほぅ、スポーツと言いますか、ブドーがお強いと?」

「ああ、昔っからな。その分勉強がダメダメらしくて。それで学園で再会した柳洞から、みっちり教えて貰ったそうだ。あいつはいつも生徒会室で弁当だったからなぁ。けどその甲斐あって今は海外の大学だろう。大したもんだよ」

「将来、何のお仕事に就かれるとかご存知ありません?」

「仕事か。世の中の人のためになる仕事って聞いている。小学生時代は消防士って話していたな。学園時代は警察から勧誘があったらしいけど、どうなのかなぁ」

 

 何だか知っている人とは随分違うような気がする。けれど小学生に代わって木に引っ掛かったボールを取りに登ったとか、脅されて金銭を巻き上げられそうになっている中学生を救けるために、5人相手に乱闘して全員ノシたとか……。

 エピソードの一つ一つがやり過ぎなんだけど、芯は変わらないというか。

 

「どうにも会ってみません事には視えて来ませんわね。リン? 大胆ですが、明日は教会にも足を伸ばしませんこと?」

「聖堂教会か。事後処理で後任が居るだろうと? 確かにニュートラルに話を聞けそうね?」

 

 このような大まかな道筋を付けて、私達はドライアイスに包まれたアイスを抱えて間桐の家に戻った。

 

 

 翌日の27日は10時から新都へ行き、夏の衣類を揃え家電量販店で小型のレコーダーを買った。メモリは128MB。最長47時間も録音できる。

 別売りのキットを揃えればパソコンにも取り込め、音声の管理ができる。今後ロシアでも使えそうなので、ルヴィアと私とで2台買った。単4の電池も充電式のを揃えた。

 だけど教会では付属のアルカリ電池を使った。充電する場所も時間も無かったからだ。

 駅前のバス停から東西でなく南北の系統に乗った。JR冬木駅から南へ何kmだろう。バス停7つくらいをやり過ごしてバス停のある交差点で降りると、目の前に教会のある丘に続く坂道が見える。

 辺りを見渡すと、この交差点はすり鉢状に見える。冬木は未遠川から離れると、こういう場所がやたら多い。

 緩やかにうねる坂は左手に冬木港が一望でき、右手には墓地が広がる。私の両親は柳洞寺に眠っているが、ほとんどの並行世界ではここに両親が眠っているようだ。

 教会の真正面に立てば何とも言えない雰囲気がある。荘厳? 厳かではあるけれど、威圧感や妙な不安感はない。白い建物に備え付けられた大きな焦げ茶の扉。礼拝堂の扉は開きっぱなしだった。

 三段ほどの階段を登って中を覗けばズラッと長椅子が左右に並んでいた。この規模だと前室なんて何もなくて、いきなり礼拝堂だ。正面には祭壇があり、右側には告解室がある。

 自分の世界では一度も行った事がなく、一度も入った経験がない場所。神父が死に、神父の父が引退し、小学部養護のカレン先生が現在教会を運営している。

 ここにもカレン先生が居るのだろうか? どこにも人影はなく、誰も居ない。

 

「御免下さ~い、すみませ~ん」

 

 何度か繰り返せば告解室の前にある通路の奥から声が届いた。現れたキャソック姿の男性に電話を入れてあった旨を伝えた。

 

「ああ、お聞きしていますよ。間桐さんのご紹介でしたね。こちらへどうぞ」

 

 歳の頃は50代といったところだろう。通路は裏手に通じており、右側には幾つかの部屋があった。そのどこかで話を聞けるものと思えば、更に奥へ案内され中庭が広がる一角まで案内された。

 

「こちらお部屋へどうぞ」

 

 すると男性は私達を置いて、スッと離れ更に奥まで行った。あの奥は居住区だろう。部屋の中のソファーで腰掛けて待っていると程なく二人の男性が現れた。

 どちらもキャソック姿。一人はお茶の乗ったお盆を持った先程の男性で、もう一人は60代くらいの外国人の男性だった。後の方が神父様だろう。ケープみたいなものを羽織っている。

 

「ようこそ、冬木教会へ」

 

 私は師匠が捏造した遠坂と間桐の紹介状を神父に差し出した。

 

「第七百二十六号聖杯に纏わる儀式についてでしたな」

 

 聖杯戦争とは言わないんだ?

 

「何をお知りになりたいと?」

「はい。実は聖杯の事ではなく、参加したある人物の為人(ひととなり)を調査しています」

 

 アイスティーに口を付けてそう話した。ん~、アールグレイだけどイマイチな味だ。

 

「どなたのですかな?」

 

 聖杯に興味がないフリをするのは礼儀だ。そしてここからが正念場だ。

 

「衛宮切嗣氏と彼の養子の衛宮士郎氏についてです」

「申し遅れました、私はルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトですわ。以後お見知りおきを。先にご挨拶させて頂きましたのは私の秘書です」

 

 この辺は打ち合わせ済みで、私は薄い色の入った伊達メガネを掛け、服装もそれっぽいのに替え、髪もぴっちりと編み込んでアップにしていた。

 

「それで実は当家で彼をスカウトしたく、どのような人物であったのかを調べていますの」

「おお、北欧の……。わかりました。話せる範囲でお話させて頂きましょう」

 

 エーデルフェルトの名前は本当に強いわね。

 

「キリツグ氏に関してはあまり当方にも記録が残っていません。ただ息子さんのシロウ君は、遠坂のお嬢さんのご紹介で何度か会っております。その範囲の事でよろしければ」

「ええ、それで結構ですわ」

 

 内容は無難で当たり障りの無い範囲だったが、十分面白い内容が聞けた。

 当然、聖杯戦争の事には触れないし、前任者の言峰綺礼神父に付いても語られない。だけどここの衛宮君が大変家族思いで真面目、かつリーダーシップを発揮するタイプだと察せられる話を聞けた。

 知っている衛宮君達ともかなり違う。前回会った、あの危うい印象のある衛宮君とも異なるようだ。

 最大の収穫は、衛宮君の実の姉が存命と判明した事。衛宮君の三歳上で、現在は遠坂神社で本職の巫女さんをしていて、そちらの寮のようなところに入っているらしい。

 

 喫茶店でイヤホンを通してレコーダーを再生しながら、ルヴィアと何度もチェックした。

 お名前は衛宮志保。ここの小父様は、衛宮君だけでなくお姉さんも、つまり姉弟を救けたのだ。

 

「ルヴィア? 衛宮君に姉が居たって本当?」

「ええ。私どもの世界でもいらしたそうですわ。イリヤスフィールさんが居ただけでもシェロの雰囲気が違いました。となりますと、そのシホさんという方がいらっしゃるなら、シェロも相当変わるでしょうね」

 

 確かに。私もそう思う。だけど、この奥が更にある筈だ。

 

「取り敢えずは明日、シェロに会いましょう。もう倫敦から帰っている頃でしょうから」

 

 そうして私達は衛宮邸に電話を掛けた。出たのは桜さんだった。それで衛宮士郎さんや遠坂凛さんとの会談を翌28日にセッティングできたのだった。

 

「イリヤスフィールさんにはやられたわね? 彼女、志保さんの事を知っていたのよ」

「だからサクラの事があったにせよ、お住まいなのがシェロの家でなくマトウの家なのでしょう。それにミストレスに口止めされていたのだと思いますわよ?」

「そうね。ところでセイバーとアーチャーは?」

「トロンメルさんと朝早くから。あちらも何かあるようですわね。アーチャーさんにでなくセイバーさんに」

「なるほど。やっぱりここの衛宮君や凛さんが召喚したサーヴァントが違うんじゃないの?」

「私もそう睨んでいますわ」

 

 人は人と関わり、その出会いから生まれる関係性にも大きく左右される。私達の世界での衛宮の小父様が召喚したのは、モードレッドだった。

 そして小父様はモードレッドと関わり、大きくその後が変わったと話されていた。なら、ここの衛宮君も……。

 触媒は聖剣の鞘で間違いないと思うのだが、あの鞘は後二人ほどアーサー王でない誰かを喚べる可能性がある。パッと思い浮かぶのがマーリンと英霊エミヤだ。

 だけど聖剣の鞘がレプリカだったら? 或いは前提が間違っていて、触媒そのものが異なっていたら? そこまで言ってしまうとキリが無いのだが、頭の隅には置いておくべきだろう。

 間桐に戻ったら、師匠もイリヤスフィールさんも桜さんも居なかった。リビングでは義兄らしき人がテレビゲームをしていた。よく憶えていないけど、ハイド・パークで出会った彼に似ている。

 なお、私とルヴィアは、前回エルマやゾウケンが何かしたらしい間桐慎二には会っていない。だから彼の顔を余り憶えてないのだった。

 

 

「お邪魔しています。間桐慎二さんですか」

「あ、ああ……」

 

 めっちゃキョドってる。散髪屋さんで整えたのか、頭は丸刈りだった。

 

「妹から聞いてる……。聖杯戦争を調べに来た遠坂の遠縁だろう……? もう、あいつら……日本に帰ってるぞ……?」

 

 そこから刺激しないように促せば、ぽつりぽつりと語ってくれた。

 中学を卒業するまでは衛宮君と友人だった事。だけど妹に暴力を奮ったのがバレて3ヶ月も入院する大怪我を負わせられた事。そしてその事件を凛さん達に揉み消された事。

 その入院の際に、弓道部で起きた盗難事件の犯人にされ、気付けば学園を退学させられていた事。やがて年が明け年末から聖杯戦争が始まるとわかった事。

 年の瀬になり桜が喚び出したサーヴァントを貸せと言ったら、サーヴァントに殴られ更に2ヶ月入院した事。退院したら全てが終わり、恐ろしい爺(臓硯)が居なくなり、父親が病院で亡くなっていた事。

 衛宮君達が卒業して倫敦に行く前日、桜をイジメたら殺すと理不尽にも殴られた事。挙げ句に凛さんから急所を蹴り上げられた事……などなどだ。

 

「では今は何をされていますの?」

「高認の勉強……」

 

 高認とは高等学校卒業程度認定試験の事で、昔で言う大学入学資格検定の事だ。去年から一念発起して勉強中だという。そして無事合格して大学に入れれば、この街を出て違う街で就職するそうだ。

 

「もう……妹や衛宮達とは関わりたくない……。僕は、僕の人生を知らない街で歩む……」

 

 骨の髄まで思い知らされたという感じだ。だけど自分なりの道を考えているのは偉いと言えるのかな?

 それでここの凛さんは間桐を既に眷属にしていて、彼の授業料諸々は遠坂でみて貰えるらしい事も話してくれた。そしてその後は二度と妹に会うな、この街に戻るなと宣言されているとも。とことんだな……。

 だけど、これはわかる。彼個人に恨みはないけれど、私がここの凛さんなら同じようにするだろう。

 

「今日さ……。衛宮の家で友人を招いての披露宴なんだよ……。だから……桜やイリヤが居ないんだ……。結婚式はまだだけど、二人には赤ん坊が居るのさ……」

 

 赤ちゃんが居るのは驚いたが、旧友を呼んでのお披露目か。そこに呼ばれない兄……。何とも声を掛けられない。

 自業自得と言えばそれまでだけど、私自身が間桐慎二という人間と何ら関わりがないだけに、いまいちピンと来ない部分があるのが本音だ。

 そして桜さんがおかしかった理由がこれだったのだ。その甥か姪は好きだった人の子供で、実の姉の子でもある。私が衛宮君を諦めたのは正解だった。

 

「じゃ……僕は勉強があるから……。出掛けるなら……鍵は開けておいてくれて良いから……」

 

 そう言い残して彼は自分の部屋に戻った。背中からの哀愁の漂い方が半端なかった。

 だけど私は間桐での虐待の数々、桜に対して行われていた事を知ってしまった。モスクワであの老人に出会ってもいる。だから彼に同情はできなかった。

 何故か彼は長男だから跡取りだなんて勘違いしてしまった。魔術師の家だと魔術回路があっても最低限の資格しかない事、その後の修行で芽が出なければ排除されるのが当たり前な事、ましてや回路が無ければ誰からも相手にされない事を理解できていなかった。

 何より大人しくしていれば、普通に高校生活を送れて、大学にも進学できた筈だ。それが間桐臓硯なりの慈悲だった筈なのに。

 なのに……それが当たり前と思い込んでしまった。衛宮君なら跳べなくとも挑む姿勢が大切なんだとでも言うのかな?

 それはそれで美しいのだろう。だけどそれは時間と労力の無駄だ。自分に向いた事をさっさと見付けて、そっちを磨く方が幸福と成功に近い。ま、彼はその無駄さが良いんだと笑って話すタイプなんだけれど。

 私はエルヴァと出会って随分と変わった。だけどその時の私はよっぽどおかしな顔をしていたのだろう。ルヴィアに窘められてしまった。

 その後、セイバー達が帰って来た。

 

「どこに行ってたの?」

「新都の唐揚げ専門店、唐次郎 冬木本店です。今日はスペシャル・サービスデーでしたので」

「あり得んだろうが!? こんな靴より大きな大判わらじ唐揚げが5枚に、こぶし大の唐揚げが20個、そしてサラダが500gにどんぶりに入った味噌汁、更にはご飯が2kgだぞ?!」

 

 指をモノサシにして唐揚げの大きさを熱く語るアーチャー。

 

「セイバー? そんなに食べたの?」

「ええ。30分以内に完食すれば無料です。以前エルに連れて行って貰いましてね。またあのサービスがあるとは」

 

 ああ、エルヴァが。確かにセイバーならそこらのフードファイターは裸足で逃げ出すだろう。決してそんな職業に就いて欲しい訳ではないと思うが、エルヴァはこういうのに甘い。

 

「あり得ん……。ともかくそのメモだ。それがトロンメルが君達に対してできるギリギリの限界らしい。そのお礼を兼ねて新都で彼女にプレゼントをな」

 

 そうだったんだ。私とルヴィアは大きな包みを抱えるトロンメルにお礼を言った。そしてアーチャーとセイバーにも。きっとセイバーの直感が何かを感じ取り、それをアーチャーが聞き、トロンメルへ伝えたんだ。

 バリバリと包装紙を引き裂いて見せてくれたのだが、それはたぶんダイオウグソクムシだ。こんなぬいぐるみがあるんだ? そしてそれを大切そうに抱えるトロンメルは、エルやエルヴァに通じるものがあるなぁと妙に納得した。

 

「ま、まぁ、頑張って下さい」

 

 ぶっきら棒にそう言われた。エルマっぽい顔で。いや、エルっぽい?

 それで手渡されたメモにはトロンメルのハッキングによる、大聖杯の汚染具合や第五次で呼び出されたサーヴァントの真名などなどが書かれてあった。

 

 セイバー /ランスロット /遠坂凛

 ランサー /クー・フーリン /バゼット・フラガ・マクレミッツ

 アーチャー /無銘 /衛宮司郎

 ライダー /メドゥーサ /間桐桜

 バーサーカー /ヘラクレス /イリヤスフィール・フォン・アインツベルン

 キャスター /メディア /アトラム・ガリアスタ

 アサシン /ハサン・サッバーハ /不明

 

 このメモで真っ先に気付くのが凛さんのセイバーだろう。第四次はいざ知らず、第五次に自分は喚ばれていない。それがセイバーの直感だったのだろう。

 

「ランスロットの触媒は、もしかして間桐から?」

「何があったか不明だが、おそらく間桐からだろうな」

「この衛宮君が召喚した無銘ってわかる?」

「謎だ。それは大聖杯から読んだ真名だぞ? 無銘なんて名の者を聞いた憶えは一切ない」

 

 セイバーも首を振った。当然私もルヴィアもそんな名の英雄なんて知らない。だけどこのサーヴァントが、姉の志保さんとともに衛宮君に大きな影響を与えたのは間違いない。




あくまでもプリズマ世界の凛とルヴィアの成長物語です。
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