※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第二部 並行世界篇   作:炭団

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マグロの解体なんて高校生にできるのか?
やってますよ。愛媛県や島根県に大分県の女子高校生が。中でも愛媛県の高校生は有名です。
動画がたくさん上がっていますので、気になった方は探してみて下さい。


67、トロンメル 後編

 あれほど逢いたいと望んだアルトリア姉さんの存在が、ここで姉妹となったイリヤ姉さんを苦しめる。今日の射型は最悪だろう。

 練習を終え着替えも済ませて校門を出ると、真ん前にミッドナイトブルーのロー◯ス・ロイス・ファントムⅦが辺りを威圧していた。シルバーの部分は全部ゴールド。グリルの上を飾るマスコットは、聖剣を掲げる姉さんだったりする。

 その長いボンネットの下には、この世に3基しかない9リットルのV型16気筒エンジンが収まっていた。飽き性で次々とクルマを替える義兄が、比較的長く所有している1台だ。

 ダッシュボードやドアパネルのプレミアム・ウッドはバール杢のホンジュラス・ローズウッド。ここだけで幾ら掛かっているのか想像もつかない。

 

「エル、乗れ」

「姉さん……」

 

 運転しているのは姉さんだった。義兄は後席に鎮座し助手席を空けてくれていたのだ。

 

「王様……。わざわざありがとうございます」

「よい。語りあう事も多かろうと、我が操縦しようとすればこのザマよ。感謝はアルトリアにな」

「はい」

「姉妹だぞ? いちいちそのような気遣いは要らん。しかし……可能性の話だと思っておったら、聖杯を閉じた後英霊に至ったイリヤと出会うか。エルの幸運値は下がってはおらんのだな?」

「カードがお兄ちゃんでしたから」

「愚弟の影響は大丈夫か?」

「最近は馴れましたけれど、霞的に矢以外の剣が飛んで行きそうな時がありました」

「その身に宝具が無いからだろう。エルが喜んでいたぞ。我が子を抱ける自分が現れたと」

「そうですね。それとここには同位体もいます」

「らしいな。お前は独りではない。その事は忘れるな」

 

 そう言って姉は私を抱き寄せた。私は泣いていた。12歳の時に家出した私を探しに来てくれた姉……。

 6年生の終わり頃、父と姉のイリヤが口論になった。父の過去を薄々は知っていた姉だったが、母以外の女性の陰を知るにつけとうとう爆発したのだ。

 原因は浮気でも何でもなく、お祖父様のエージェントとのやり取りだったのだが、精神的に幼かったあの頃の姉にはわかろうはずもない。

 そんな家族の口論が悲しくて、私は家出した。お祖父様からスイスに帰って事業に専念しろと言われていたのもあった。日本で暮らす上での、お祖父様との約束は初等部卒業までだったのだ。

 それで何もかもが嫌になり、着の身着のまま東京に出た。そこで誰とも知られぬ状況を作り、独りで生きようと思ったのだ。小学生の私は。

 今にして思えば赤顔の至りで、己の未熟さを露呈しただけに過ぎない。だけど私を探し当てたアルトリア姉さんはこう言ったのだ。

 

『私はいい。しかし、家族を……育ててくれたマーヤやルオンを見捨てる真似はするな』

 

 そうなのだ。私は二人の乳母を置いてきたのだ。

 

『イリヤも誤解と知って反省している。帰ったら励ましてやれ』

 

 姉さんは父の事が誤解とわかったら、途轍もなく落ち込んで部屋に引き篭もっていたのだ。冬木に帰れば不登校になっていた姉を励まし、自分の家出を家族に謝罪した。

 家出中に東京の私立中学校を受験し、合格した私は入学金まで支払っていた。今は笑い話だが、お金があれば子供でも強いものだ。結局2ヶ月近く家出していたのだから。

 なので穂群原の中等部入学式に私は出ていない。そして東京の学校では、好成績で合格した生徒が入学式から来ていないと問題になっていた。

 ツッコミどころはあるだろうけど、お金があれば身分も住所もどうにでもなるのだ。ましてあの頃の私にはアサシンがいた。彼らは私が黙れと言えば何も言わない。その忠誠こそが彼らの真価だ。

 だけど冬木に帰り、夏服に変わる頃、『ホッとしました』とリーダー格の女性にこぼされた。勿論、頭を下げて謝った。そして王様やシロウさんに先生やお兄ちゃんは何も言わなかった。

 シロウさんと先生は家族ではないので遠慮したのだと思う。王様は些末な事と考えているのだと高を括っていたら、いつ謝るのだと言われてしまった。そして謝ったら頭をゴツンと叩かれた。

 この人もギルガメッシュではあるけれど、AUOではない。英雄王というより賢王といった方が相応しい、そういう人だった。

 

『貴様も兄なら何か言わんか! どうせオレなどはと家族から一線を画す、そのような性根ゆえに左様な末路を迎えるのだ。反省せよ、目の前にニンジンがぶら下がった駄馬ではあるまい?』

 

 この事件があって、私達は家族の絆が深まった。また、私や姉さんは中学生らしく少し大人になった。

 

「もう泣くな。泣き顔を見に来た訳ではないぞ? 幸せに暮らしているのかどうかを知りたくて来たのだ」

 

 私は感謝の気持ちで胸がいっぱいだった。お昼は義兄が予約してあった、ホテルのレストランで摂った。食事の後、二人に誘われるままたくさんの洋服を買ってしまった。

 

「こんなに買って頂いて……。良かったのですか?」

「構わん。だな、アルトリア?」

「ああ。お前はエルでもあるが、エルとはまた違うだろう? 私がエルの泣き顔を見たのは、あの東京のホテルだけだった。それがこんなに素直なエルと出逢えるとは」

「それ、褒められています?」

「当然だ。思い描いていた理想のエルだ。イリヤが可愛い妹ができたと喜んでいた意味が良くわかった」

 

 あちらのエルは機嫌を損ねていそうだ。だけどそれくらい、昔のエル……私は泣かない子供だったのだ。けれど思い返してみれば、ここに来てから涙脆くなった気がする。

 あのエルもエルヴァの存在を知った時、私と一緒に泣いていた。彼女も変わってきたのかな? もうすっかり他人事だ。

 そして大好きなこの姉とは、次にいつ逢えるかわからない。なので心置きなく甘える事にした。買った品々は、王様の自動人形が持ってくれるので私達は手ぶらだ。

 駐車場で王様が人形ごと蔵に仕舞い、家にクルマで戻った。到着すれば人形が私の部屋に荷物を運び、梱包などを解き、クローゼットに仕舞ってくれる。

 

「レストランでも話したが、今宵の宴は貴様が調理人だ。食材は我が提供する故、心せよ」

「はぁ~、クロマグロですか……。200kgでしたっけ?」

「そうだ。我手ずから釣った。鮮度もさる事ながら、脂や旨味など質も最上と知れ。フェイカーの能力を貴様の腕で以て、余すところなく活かしきるが良い」

 

 釣り上げるまで3時間も格闘したらしい。この豪運を持つ王が、お金で解決せず自分で釣った……。きっとそれはアルトリア姉さんの笑顔を見るための、この人なりの愛情なのだ。

 問題はシロウさんに迫る腕が私にあるかどうかだ。だけど私はこの時、不敵にも笑っていた。よし、やってやろうではないか。

 

「賢王に騎士王よ。お腹の空き具合は十分か?」

「たわけ」

「シロウか、お前は」

「が、我は赤身で良い。カマトロはくどい故にな」

「私は頬身が良い。目玉はお前に譲ろう」

 

 今回、お向かいを招くのはやめよう。混乱の元だ。ブロックにまでしてしまえば、冷凍庫で一月は持つだろう。それが三つもあれば十分だ。残りは柵にしてご近所に配ろう。

 何よりこちらにはセイバーにランスロットさんに、ランサー……イケそうだね。

 

 制服から私服に着替えて厨房に行けば、シンクをまたいで大きな業務用の白いまな板がセットされていた。ニコさんとアーチャーさんが用意してくれたのだ。

 なので二人と、きっとお金を出したルヴィアとを、アルトリア姉さんの横の特等席に手招いた。まな板の周囲には10席ほど椅子が用意してあったのだ。

 イリヤ姉さん以外は皆んな揃っていた。エルマの横にはトロンメル。凜が二人に凛も居る。マルガリータさんにセイバーも。オーギュストさんはビデオを構えていた。ここに入れないメイドに見せたり、ニコさんの参考にするのだろう。

 そのニコさんもルヴィアの横に座っている。助手にはアーチャーさんとランサーに入ってもらった。実は何気なく、ランサーは魚を捌くのが上手い。現代の味付けを覚え、料理のバリエーションを増やせば直ぐに上達するだろう。

 ここの厨房はコンロが壁側で、シンクはアイランドで三槽だ。だから調理台はシンクの傍だけでなく、後ろのコンロ側にもある。またこのコンロの列にも、一槽のシンクがある。

 本当なら士郎クンや子供達にも見てもらいたいところだけれど、今回はパスだ。その代わり美遊ちゃんのお兄さんがここに居る。まな板の上で横たわる、ボテ腹の大きなマグロに驚いているが。

 手を洗い前掛けをした私は、調理台の上に次々とマグロ包丁を投影していった。まずは手斧とナタを手に持ち、尻尾と余分なヒレを落としていく。

 ここは男性ならマグロ用の大包丁か尺の短い卸包丁で落とすのだろう。ノコギリという人も居るかも知れない。だけど私はナタを使う。

 凶器を連想させるから、マグロの解体ショーでは絶対にナタは使われない。ショーではノコギリが多いと思う。でも考えて欲しい。料理が残酷なのは当たり前なのだ。切り身が海を泳ぎ、ブロックが牧場を歩いているのではない。

 こうやって屠殺して、血を抜き、解体して、そのブロックが市場やスーパーに届き、魚屋さんや肉屋さんが、買い求めやすい大きさに切ってくれているのだ。

 その一切合財を目の前でやっているだけだ。

 次は頭を落とす。左のヒレの後ろから包丁を入れていった。ここで使っているのは、峰にもう一つ取っ手が付けられる大包丁だ。カマの身を傷めないように一気に開く。骨まで届けば……。

 

「せ~の、よいしょッ!」

 

 200kgものマグロを反対にひっくり返した。ここには魔術師と事情を知っている英霊しか居ない。なので私は遠慮なく英霊のチカラを出している。ただし加減があるので、要所要所でしか使わないけれど。

 そして反対側も骨まで届いた。ここは手斧で一刀両断だ。手斧はここでしか使わない。ノコギリの方がスマートで見栄えは良いのだろうけど、あのギコギコで身が傷つくような気がするのだ。

 この後からは簡単だ。大包丁で皮に当たりを付けて五枚に卸すだけだから。背側が左右二つ、腹側が左右二つで、真ん中に骨だ。

 私は四尺のマグロ包丁を手に取った。布巾で刃先をランサーに支えてもらった。横ではアーチャーさんが頭を割っている。頬身とヒレより前側のカマトロを取るためだ。

 案の定、マグロの構造がわかってしまえば楽勝で頭を割っていた。マグロは大きいだけで、カツオやブリとあまり変わらない。

 ただこの大きさと身質が、捌くのを難しくしている。カツオやブリならどれだけ大きくとも、それなりの出刃包丁で捌けるものなのだ。だけどマグロでそれをすれば身がボロボロになる。

 何度も包丁を通せない魚がマグロなのだ。これは生で食べるに限ると感じている日本人ならではの発想だ。だからこんな長尺な包丁が必要となるのだ。

 背と腹から包丁が入ったら、上下の真ん中に包丁を入れる。これで片身が外せた。ひっくり返す前にランサーとアーチャーさん、そして私の三人で、真ん中の骨の部分にある膜から身をスプーンで掻き取っていく。

 これが中落ちだ。すき味はブロックから柵を取った後の、皮の部分に残った身を掻き取ったものだ。この掻き取る事を指して、昔はねぎ取ると言っていた。だから『ねぎま』なのだ。決して薬味のネギから取られた言葉ではない。

 掻き取りが終わったら、骨を外した。今度は反対側だ。上身を外し、下身を外した。そして二人は外した骨から再び中落ちを掻き取った。皆んなの顔が早く食べたいと言っている。

 そこで私は中落ちを二人に任せ、四つになった身の血合いをトリミングして腹側の頭側をブロックに切った。それの血合いを切って、柵取り包丁で次々と柵にしていく。

 三角ブロックの頂点から側面までの大きな血合いを取り除けば、そこが赤身だ。勿体ないが、ヒレに近いのでここの血合いは大きい。

 だけど、この腹側の赤身は背側の赤身と違って筋肉質で旨味が多い。ソテーにしても美味しい部分だ。

 そして側面の血合いに近かった下側が中トロだ。この中トロから大トロまではグラデーションで繋がっている。どこから大トロと分かれていない。

 わかっているとは思うが、トロは腹皮の脂部分だ。なので背側にトロは存在しない。サバの塩焼きで腹骨をすかないで焼いてみればわかるだろう。あのすいて捨てる部分が一番脂が多いから。

 この丸々と太ったクロマグロも、もの凄い脂だ。包丁を入れるたびに拭かないと切れなくなる。

 中落ちの掻き取りが終わった二人が、バットに入れた柵を次々と柳刃で刺し身に切っていく。私は頭側の四ブロックを柵にした。残りは大量のキッチンペーパーとラップで包み、エルマの蔵にニコさんとランサーが放り込んだ。

 この段階で私は舟盛りを造って行った。ケンやツマなどは、アーチャーさんや美遊ちゃんのお兄さんの士郎クンが用意してくれている。だけど……。

 

「士郎クン? 薄刃は初めて?」

「ごめん。拙かった?」

「ケンがちょっとバラけていますが、まぁ良いですよ」

 

 そこで私はキュウリの飾りとニンジンのケンを造った。士郎クンのは、悪いけど敷ヅマだ。そこに大葉を敷いて、刺し身をどんどん盛り付けていく。

 紫芽やミョウガなどのツマをあしらい、20分ほどで舟盛りが完成した。魚や肉はこの他にも大量にあるそうだ。

 聞けば神戸牛の枝肉に黒豚に阿波尾鶏。そしてイワガキにクロアワビ、サザエ、ヨロイメバルにマハタ、クルマエビ……どうするのこれ? 野菜とフルーツも大量だ。

 これは作りきれないし、食べきれない。なので少量を冷蔵庫に残し、後はエルマに持たせる事にした。それに今夜の副菜も、とっくにアーチャーさんと士郎クンとニコさんが仕込んでくれていた。

 明日お向かいにも柵を数本と、神戸牛のステーキ肉を届けよう。いきなりこんなのを渡されたらビックリするだろうね。

 舟盛りを食堂へ運べば、アーチャーさんと士郎クンとニコさんが、イワガキのオリーブオイル煮や、ローストビーフなどを持って来た。これは豪華だ。イチボかモモだと思うが、神戸牛のローストビーフは3年ぶりだ。

 夏バテ対策には良いけれど、運動しないと太るぞ?

 ここで美遊ちゃんお兄さんの士郎クンが帰る事になった。晩ごはんの下拵えが終わっていて、今日中に食べないとまずい食材らしい。

貝かそれに類する何かだろう。彼も使う食材が増えてきたなぁ。

 

「士郎クン、帰りに柵と肉を持って帰って下さいね」

「ああ、ありがとう。もっと良い包丁を揃えよう。本気でそう思ったよ」

「フフフ……」

 

 それもこれもと皆んなして色々持たせて帰らせた。そして残る全員が食堂の席に着いた。

 

「何ですのこれは!? 口の中で溶けますわ!」

 

 カマトロを初めて食べたルヴィアが驚いていた。マルガリータさんもセイバーも目を丸くしている。王様はシロウさんから薦められたであろう、大吟醸を赤身と一緒にチビチビやっていた。実に良い顔で笑っている。

 私もカマトロを頂いて驚いた。知ってはいたが、ここまで差が出るのか。それは『王の財宝』の真価だ。エルやエルマが蔵に収めれば時間が凍結する。だから鮮度が保たれる。

 だけど、王様の蔵だと鮮度を保ちつつ熟成されるというか、旨味と食感が王に相応しいものとして変化するのだ。この現象は酒なども同じで、その究極形があの神酒なのだ。

 魚介類と壊滅的に合わない、神酒の弱点を知っているこの義兄に穴はない。あの大吟醸も銘柄こそ不明だが、かなりのものだろう。それをたぶん3~4年は放り込んでいたに違いない。

 食材だけではない、剣も槍も何もかもが熟成され最良の状態に変化する。それこそが『王の財宝』なのだ。いつも研ぎ直したかのようになる『全て遠き理想郷(アヴァロン)』もそうだ。

 これが信仰の年月の深さであり、怖さだ。そして義兄は決して『乖離剣』を抜かない。AUOでない本物の英雄王がそれを抜く時は、世界を滅ぼす時なのだ。

 その義兄がわざわざ立ち上がり、私に黄金の飾りが付いたクリスタルの盃を手渡してくれた。

 

「シロウがマグロに合うようにと選んだものぞ。心して呑め」

 

 この酒は冷で行くのか。

 

「恐悦至極にございます」

「お前にその口調は似合わん。いつも通りで良い」

 

 苦笑しながら注いでくれたお酒は、本当にマグロと合った。これ以上のお酒は思い浮かばない。ラベルには『大吟醸』と書かれてあるだけで、醸造元が書かれていない。

 これはシロウさんの特注だな。あの人は馴染みの蔵元で、時々こういうのを頼んだりするから。

 

「一枚やろう」

 

 そう言って姉さんがお皿を回してきた。頬身と鉢の身(脳天)のソテーだ。柵取りの時に口頭でレシピを話して、ニコさんが仕上げてくれたものだ。

 頬身とか頬肉と言われるこれは、一本から二枚しか取れない希少部位だ。鉢の身(脳天)も別名ツノトロと言って、おでこの左右に二つしかない。

 このツノトロは加熱によってゼラチン質が溶け、旨味が倍増する。ヅケも良いが、今回のようなソテーや長ネギと煮込んだネギマも良い。

 こんなクロマグロだと贅沢だが、メバチやキハダでネギマを煮込むのならビンナガが良いと思えるのも、あの脂が加熱でいい塩梅になるからだ。

 頬身の一枚は姉さんで、鉢の身の一枚はルヴィアのお皿に乗っていた。ここは当然の配慮であり筋だろう。私は鉢の身を一枚頂いた。残る頬身は姉さんに残そう。

 だって王様と付き合っていたせいか、この姉はかなりの食通なのだ。かつては穂室原の制服姿でパック焼酎をチューチュー吸っていた呑んべも、教師2年目の昨年、無事に結婚してすっかり落ち着いた。

 

「姉さん、赤ちゃんは?」

「まだ目立たんが、先日医者から二ヶ月と言われた。5週目らしい」

「おめでとうございます!」

 

 思わず私は立ち上がって姉さんと義兄にハグした。

 

「って事は、4月か5月?」

「ああ。学園を休むのは、何としても今の3年を送り出してからだ」

 

 イリヤ姉さんやエルが居るから。

 

「赤子が産まれて落ち着けば、貴様の卒業祝いにまた来ようぞ。であるな? アルトリア?」

「ああ、ハナからその積りだ。赤子はお前の甥か姪でもある。必ず連れて来るから、抱いてやってくれ」

 

 不覚にも私はまた泣いてしまった。それも姉さんにしがみついて。

 対するセイバーは、マスターを無視して赤身をおかずにご飯をバクバク食べていた。かつての部下もランサーも同じなのでそこは責められないのだけど。

 何よりランスロットさんがかなり空気を読んでくれている。姉さんに『アーサー』とか『王』と呼びかけないのだ。会話がある時も『アルトリア殿』で通していた。

 

「君はトロの部分に隠し包丁を?」

 

 私が落ち着き、二人の王が席に戻るとアーチャーさんが声を掛けてきた。

 

「はい。尾や力身と並んで腹上(ブロックで一番頭に近い部分)の大トロはスジが多いですからね。気になりますか?」

「いや。見事な入れ方だ。これは寿司の入れ方か?」

 

この隠し包丁はスジを切る意味だけでなく、醤油の乗りを良くする意味もある。ブリなどもそうだが、脂で醤油が弾かれるのを防ぐのだ。

 

「ええ。とても上手なお寿司屋さんを知っていて、そこの大将の真似です。シャリと一体感を出すためだと仰って、イカなんて凄いですよ。皮を剥ぐだけでなく、硬い部分の身を惜しげもなく切り捨てて、賽の目に細かく包丁を入れられています」

「高級店ではないのか?」

「それが1万円もあれば十分満足できるお店で、男性でも1万5千円出せばお酒とお寿司が楽しめます。ここの冬木にもありましたよ。新都の旧商店街にあるお店ですが」

「そんなところが在ったのか?」

「先生にハメられた勝負で、冬木のカキを出して来たあなたが知らなかった?」

「完全な自炊派だったからな」

「ああ、そうでしたよね。元の世界でのあそこは、義兄のアーチャーさんと彼のマスターであるイリヤ姉さんが常連でして」

「巫女の方だったか?」

「そう、そちらです。あの方は冬木振興会の会員であり、地元で有名なB級グルメとして市の催し物やお祭りでも活躍されています」

「君というか、元のエルに感化されているのか……皆んな凄いな?」

「ですね。多分あなたの中のイメージに一番近いイリヤスフィールは、ちぃ姉さんか、今夜外泊している姉さんでしょう」

「そうだな。だが彼女は大人だよ。人を気遣える点が素晴らしい」

「はい」

「君は海外で魚を捌いた経験も?」

「ありますよ。オーストラリアではタスマニア・キング・クラブやナンヨウキンメダイを捌いて煮付けたり、ミナミマグロやシマアジの刺し身を造ったりもしました。けれども現地の人は食べてもサーモンかカキばかりで、ほとんどの人は肉ばかりですね」

「そんなものか」

「ええ。シドニーには固有のイワガキがあって、そちらは美味しいですが、ウニは日本の方がコクがあって美味しいです。これはチリでもそうでした。南半球の魚介は魚が北と遜色なく、貝類は北半球かな。多分……生活排水とは言いませんが、カキには適度な汚れも必要なのかも」

「何とも言えんが、色々試しているのだな?」

「そうですね。チリではピュラチレンシスという、でっかい岩みたいなホヤも食べています。ですが驚きはカンガルーやワニの肉がスーパーで普通に売られているところですね」

「オーストラリアだなぁ。食べたのか?」

「ええ。カンガルーもワニも食べています。鹿肉や鶏肉と変わりありません」

「なるほど。そういうものか。調理法は?」

「しょせんは英連邦下で、フィッシュ・アンド・チップスやマーマイトならぬベジマイトがある国ですよ。ですので、どんな調理法でも試し放題です。とは言え、タスマニアに行けばペットボトルで雨水が普通に売っています。ああいうのが素晴らしいですね」

「どういう意味だ?」

「空気が綺麗という意味です」

「ああ、なるほど」

「それに外食しても、まぁまぁのお店は多いですよ。価格は高めですが」

「君は元々スイス人だったな?」

「はい。こちらでも結局そうなりました」

「何故、ここまで和食を知り抜いている?」

「子供の頃に生活の拠点を日本に据えて、食べ慣れているというのもありますが、元々が凝り性なのも否めません。そもそも食品会社を経営していて、新商品の開発はレシピとセットでしたから。本部社屋の私の部屋にはIHとガスのキッチンがあり、和洋中何でも作れるようにしてありました。そこで西欧人に合う和風料理や中華風料理を考えていたのです。つまりはアレンジですよ。なので基礎をみっちりと学んだ訳です」

「なるほどな。とは言え、普通マグロは捌かんだろうが」

 

 いやいや。確かにやり過ぎな面はあると思うけれど、本物のマグロを知っているからツナ缶が作れるとも言えますから。オイル漬けで良いのかとか、他に味付けはないのかとか、この他にも考える事はたくさんありました。

 研究室の人達と何度も試食し、会議を開き、企画を絞り、商品化にGOサインを出して、工場のラインを作って、足りなければ新型のロボットや機械も発注しますし、広告を打ち、CMを流し、流通に乗せ、小売側とタイアップしてキャンペーンを開いたり……売り子もしました。本当に色々やりましたよ。

 今の彼女は暇さえあればビデオを回しているはずです。現段階では自社サイトのみですが、調理シーンと細々した解説は結構話題になっています。

 中でも『世界の食材を求めて』というリポート・シリーズは再生回数が、毎回数百万回にも及んでいます。世界各国の市場を巡って、キッチン付きのホテルやコテージで料理を仕上げたり、漁師さんや猟師さんに付いて様々な鮮度の高い食材を調理したり。

 時にはキャンプで定番のストーブや薪ストーブを使って調理したりもしていました。トランギアの燃料やエスビットに載せたメスティン(※1)に、スヴェア123Rやオプティマス8R、プリムスP-171の上に載ったユニフレームやスノーピークの角型クッカー。

 彼女も私も何故かこの角型が好きで、他社色々集めたものです。理由は単純。ドイツの将校用飯盒やフランス軍の飯盒(※2)とメスティン以外で、こんな角型を海外で見た憶えがなかったからです。お祖父様に国際電話で訊ねたくらいです。

 

『日本のじゃろう? インスタントのラーメン用ではないか?』

 

 そうかも知れないと、手始めにモリタ(※3)のスクエアを買いました。次がエバニューのチロルコッヘル。その次がユニフレームのスクエアコッヘル。

 これは他の物より少しだけ小さく、私のお気に入りでした。なのでその後のトレイルスクエアも揃えました。

 スノーピークのランダーを2、3と揃えたのは勢いもありましたが、角型が日本の食材とマッチすると気付いたからです。冬のアウトドアでの湯豆腐やすき焼き。ぴったりでした。

 円筒型でご飯を炊きたい時は同じユニフレームの、ライスクッカー・ミニが入ったツアラーライト(後のツアラープラスやごはんクッカープラスのご先祖)を持ち出し、クルマで移動できるならfan5と2バーナーのガソリンストーブを積みました。

 

※1 アウトドア王国のスウェーデンはトランギア社から販売されている、弁当箱型の四角いクッカー。メスティンとは英語で、メス(食事)+ティン(缶)の事。つまり日本語だと飯盒という意味になる。

 なので固有商品の名ではない。だから世界各国のアウトドア・メーカーから弁当型は販売されている。

 トランギアそのものは元々アウトドア用アルコール・バーナーから発していて、バーナーの方がスウェーデン軍の純正採用品である。

 このトランギアのメスティンはノーマルとラージがあるが、『お米を炊くのに丁度いい』『お弁当箱っぽい』『価格が安い』と、日本でとみに人気が高い。

 それは日本に入って一番最初にメジャーになった弁当箱型だった事と、以下の理由がある。

 ノーマル・サイズのメスティンに洗って含水させた米1合を入れ、エスビットというドイツの軍用折りたたみ風防兼五徳に固形燃料を使えば、後は放ったらかしで一人分のお米が炊けてしまうのだ。

 このエスビット社もアルコール・バーナーで有名なメーカーだ。

 通は蓋を押さえる重しとなる何かと、蒸らし兼保温用のタオルやフリース、もしくは内側にアルミが張ってある保温ケースなどを流用して2合弱まで炊いてしまう。ラージでは3.5合とされているが、これももっと炊けそうだ。

 そしてデメリットは使用前に内側のバリを取らないと、手を切りそうなほど作りが荒い点。この点だけは他国のものや他社製品の方が優れている。

 メリットは日本の円筒形やそら豆型の兵式飯盒より洗いやすく、荷物を纏めやすい点と価格が安い点、それとメジャーなので知っている人からおっと思われるところだろう。

 

 しかしながら時は経ち、流通も発達しメリットの幾つかは消えてしまった。なので火を使うアウトドアでは他社製を使い、学校や職場へ持参する弁当箱に飼い慣らした(使い込んだ)メスティンを持参する人もいる。

 実はエルがそれだった。ここに来たエルヴァはやっていないが、エルは弁当がサンドイッチの時は焦げ目のあるメスティンに詰めていたのだ。

 そしてアウトドアに於ける欧米人は、鍋とフライパンさえあれば何でも作れると信じている。それはご飯でなくパンだからだ。パンは腹七分目を八分目に持っていくプラスアルファであって、日本人の考える主食とは概念が異なるものだ。

 だからリュックやバッグに紙袋のままパンを詰める。

 ところがお米離れが話題になる現代の日本人でも、多寡はあれど美味しいお米に拘る。それはメインディッシュが主食でなく、お米が主食だからだ。

 この概念の差と、アウトドアは特別な時間と考える一般的な人々には、当然炊飯用のクッカーが別途必要となる。それが古くはそら豆型の兵式飯盒であり、今はメスティンな訳だ。

 そしてそら豆型や円筒形の飯盒は2~4合用で、一人分の1合というのが炊きにくい。おまけに出来の良い飯盒は、どんな焚き火にでも掛けられるように持ち手が360度回る構造になっている。

 なのでソロで使うには嵩張るし邪魔になるしで敬遠されているのが現状だ。2004年当時でもアウトドア店ではまず見掛けず、ホームセンターのアウトドア用品コーナーに1~2種類置かれてあった程度だ。

 小学校の林間学校などを受け入れている宿舎も、飯盒は円筒形の4合炊きや5合炊きに切り替わっている。O-157が流行った反省や、食中毒などを未然に防ぐ観点から、徐々に野外炊さんが教育の場から消えているの現代だ。

 

※2 日本の飯盒のルーツはドイツ軍の飯盒にある。腰にフィットするそら豆型の外見は変わらないが、特徴は蓋にハンドルが付いていて、そのハンドルの端がL字型になっているところ。中に刻んである目盛りは500ccごと。

 このL字部分は収納時に底とロックされ、伸ばした時は掛子(中蓋)と連結できるようになっている。

 また、この掛子はかなり高さがある。それは本体でスープやシチューを作り、掛子にそれを盛り、連結した蓋にパンや副菜などを盛るためだ。つまり蓋と掛子は食器なのである。

 自衛隊の飯盒などもこの方式を取り入れ、なおかつ目盛りをご飯向けに変えてある。現在市販で買える4合炊き飯盒は、掛子すり切りの米で丁度2合になっている。

 これで測った米を洗い、水に浸け、カマドや焚き火に掛ける時に掛子に温めたいおかずを乗せて炊くのだ。アーチャーに教わったランスロットは、大聖杯の監視の時、ここに焼き鳥缶の中身を乗せてご飯を炊いていた。

 掛子が深いタイプなら、プリンなどのアルミカップを2個並べて、別々のおかずを温められる。さらにその上にアルミホイル焼きをセットして、おかずを三品作る猛者もいる。この作り方を別名ズボラ飯という。

 ちなみに4合炊きの理由は、部隊の最小が二人一組だから。こうすると一人がご飯を炊き、もう一人が味噌汁を作れる。つまり飯盒は三~四人で使うのが正しく、ズボラ飯も二人以上で作るのが正解なのだ。

 そして長年アウトドアに親しんでいるソロ・キャンパーは、皆んなこの一人分のご飯で苦労している。(※1)に絡むが、メスティンのノーマルが愛されるのは、この1合が簡単に炊けるからなのだ。

 

※3 西のモリタ、東のニュートップと称され、多くのキャンパーに楽しいクッカーを提供していた会社。惜しむらくは、商品の設計や品質が良すぎて買い換える人が少なかったため、経営が立ち行かなくなったところ。

 なので現在は両社とも残っていないが、モリタの製品はユニフレームに、ニュートップのそれはエバニューに幾つかが受け継がれている。

 モリタのハードクッカー・シリーズや、スティック・クッカー・シリーズ、ニュートップのクライマークッカーに3合炊き飯盒は、オークションなどで見掛ければ是非とも手に入れたい逸品だ。

 

 

 車内のコンロを使う場合は、トオヤマの亀印文化鍋やKINGの無水鍋を使う場合もありました。お米が入手できない時は、英国ホットン製のブルドッグ・クッカーの出番でした。海外でのお話ですよ?

 いわゆるビリー缶ですが、これは大・中・小のセットを2組使っていて、ドイツの家にも数セット置いていました。フタ付きのキャンティーンカップや飯盒も持っていましたが、自分の使い方と合いませんでした。

 会社で作ったレトルトのシチューに、お湯を注ぐだけのスープ。日本式のカレーでなくソースとしてのカレーや、パスタにジャガイモ。特にドイツ系の私にとってジャガイモは主食でしたので、袋ごと持ち歩いていました。

 固定できるツルがあるからレンジでもストーブでも焚き火でも使える。蓋のデザインが良く、沸騰した蒸気で落ちたりしない。

 これを先に持っていたから、『使えない』深胴型のクッカーを掴む事はなかったし、スタッキング沼にハマる事もありませんでした。

 ですのでビリー缶と角型は、私にとってはアウトドア・クッカーの中での最高峰でしたね。今でこそ『クッカー』と英語が広まりましたが、昔ながらの『コッヘェー(コッヒェー/日本語発音でコッヘル)』。そのイメージ通りの姿です。

 

 クルマも最初はセダンだったのがSUVに変化し、とうとうバンやトラックを改造したタイプに変わっていきました。運転は社員からお兄ちゃんに代わって、巫女の姉さんとの三人旅になったのが6年生頃かな。

 ワーゲンやシュコダのセダンやステーションワゴンは本部に置いていて、ヘルシンキにある北欧支社には大型タイヤを嵌めた改造ランクルやサファリなどのSUVを。

 プラハの工場にはスカニアに特注したダブルキャビンの移動オフィス兼キャンピングカーとタトラのT815(8輪全輪走行)を置いていて、それで欧州各地を走りました。

 スカニアが西向け専用で、タトラが東向け専用でした。そのT815とまったく同じ外装のトラックはロシアの支社にも置いていました。

 このT815ベースのロングダブルキャビンは、架台こそ箱型の荷室でしたが、それは後ろ半分の話で、左側のドアを開ければ中はプライベートスペースのあるオフィスになっています。

 礼装や呪体を惜しげもなく使って空間を広げるのみならず、マンハイム近郊の本部でなく、チューリッヒの旧本社に繋がっているのです。

 登記上の本社はバーゼルのお祖父様がお持ちのビルの中にありますが、チューリッヒのそれは一番最初に開設した事務所です。私の事を良く知っているベテランの事務員さんが今もその事務所で働いてくれています。

 ですが税金対策で残している面もあるので、オフィスはガラガラです。そこでお風呂やキッチンにベッドルームを備え付け、普段は鍵を掛けて閉鎖してあるのです。

 つまり魔術で繋げて、クルマから使えるように。言ってみればどこでも何とかってあれですが、こちら側にもかなりの魔力や補助魔装が必要です。それで偽装できる大型トラックになるわけですね。

 それでも、その見た目とは裏腹に快適な大型トラックを利用できるのは、冬場だとイルクーツクまでです。それ以上先はウラル-4320でも厳しい。手動クランクのワズ-452でないと。

 

 イルクーツクより北はサハ共和国です。そこは真冬だと-50度を下回る日もある極寒の地です。あんなところで車中泊を何度も体験しましたね。

 くしゃみで鼻水が凍る真冬のロシア。吹雪の中でエンジンは掛けっぱなし。不凍液の入ったラジエーターはまだしも、止めてしまうとオイルが凍る場合があるのです。

 まぁ、それを見越してのワズ-452でした。これも数台持っていて、ロシア東部の工場や支社に預けていました。

 あのクルマ。前席の足元に外気取入口があって、そこからの隙間風が冷たいこと。気分はカピタンですよ。デルス(※)は居ないし、英霊であるお兄ちゃんですら『動けん』とか言い出すし……。

 砂漠の知恵はあっても、冬山登山も氷原横断も体験していませんでしたものね。励ます意味で、一番最初の旅行では鍋料理ばかりでした。いつだったか車内ですき焼きを作った事もありましたね。

 あの宝具はああいう場所でこそ活きていました。まさかここで松阪牛や焼き豆腐を食べられるとはと、お兄ちゃんの目に涙が。ですが当時は子供でしたので、生タマゴに煮立った肉を突っ込む姿に引きました。

 だって卵は日本産でなくロシア産だったから。そこからかなぁ。色々お兄ちゃんで試したのは。と言うのは、シロウさんがトラフグの肝を食べるからです。

 英霊になって真っ先にやりたかった事が、美味しそうなのに食べられない毒をもった食材へのチャレンジだったそうです。頭がおかしいですよ、あの人は。

 

※ 黒澤明監督の『デルス・ウザーラ』。旧ソ連の作品で冬のロシア、シホテ・アリン地方(樺太に近い)の地図作成を政府から依頼されたロジア人の探検家が、大自然を前にしてツングース系の案内人デルス・ウザーラから様々なインスピレーションを得る話。

 隊長=キャプテン=カピタン。映画の原作はこの人が出した探検記録で実話である。

 

 そんなとんでもなく寒いところですから、ブタン系のガスは使えません。-43度より下がるとプロパン系でも火が着かなくなります。なのでマルチフューエルのガソリンストーブでないと使いものにならないのです。

 MSRのドラゴンフライ、コールマンのスポーツスター508aやフェザーストーブ、オプティマスの111ハイカープラスなどが大活躍でした。ああいう奥地の過酷さを、凛やルヴィアもそのうち体験するのでしょう。

 表向きは食材探索ですが、そんな極地に行く本当の理由は、霊脈調整と呪体や偽霊鉱の鉱山を求めてでした。ダイヤの鉱山で有名なミールヌイのミール鉱山や、ウダーチヌイのウダーチヌイ・パイプ(鉱山)があるサハ共和国(※)です。

 そこの北東、世界一寒い村と言われるオイミャコン村にほど近い場所。そんな-50度にもなろうかというところの深い深い地中に偽霊鉱の鉱山が眠っているのです。

 

※ 東西に広く、首府のヤクーツクと鉱山は800km以上離れている。

 

 オイミャコンとまで言わなくとも、ヤクーツクの市場では魚がバゲットのように直立して売られています。凍っているからです。

 シメたとか血抜きがどうとかではありません。釣り上げた瞬間から魚は凍死です。瞬間冷凍ですよ。だから人も呼吸で肺を凍らせないよう、マフラーで口や鼻を覆うか、顔面すべてを覆う目出し帽のようなマスクをします。

 厚いフード付きのコートの下はダウンベストやセーターでモコモコ。下半身もダウンのパンツと暖かなブーツが必須です。スカートだと、タイツを三重にして履いていても凍傷待ったなしの過酷な世界です。

 そしてそんなところでも、彼女はカメラをずっと回し続けていたのです。これで動画サイトが本格的に動き出せば、後は推して知るべしですよね?

 バブルの頃のテレビ局以上の不思議な世界の紀行映像。魔術でバッテリーを温めつつ撮影したそれらが、大量にストックしてあって。何でもかんでも自社のCMになると思えば即行動だし、それを必ず利益に繋げる。あのメンタリズムと行動力は私も見習うべきですね。そろそろ私も配信用の動画を溜めようかな?

 

 

 ところで、人はキャンプやアウトドアでの料理となると、何を真っ先に思い浮かべるのだろう?

 きっとほとんどの日本人やオーストラリア人はバーバキューだと思う。意外だろうけど、アメリカ人はもっと豪快で時間の掛かるオーブン料理を作る。

 そこでダッジ・オーブン? ダッジを使う家もあるけれど、裏庭のある中流家庭以上なら大きな野外オーブンをたいてい持っていて、そこで2時間くらい掛けて料理を作るのだ。

 では西欧人は? 国によって異なるけれど、家の延長という人が多いように思う。食材も少し良い肉を使う程度。森の散策もきのこ採りも、ピクニックやハイキングも、テントを張ったキャンプも、全部同列で特別な意味も垣根もない。

 それも仲の良い友人を誘って家族総出だ。ジャガイモの収穫も皆んなでやる。そしてアウトドアでパーティを開く。外でワイワイガヤガヤと料理をするのは、特別な事でなく昔からの風習なのだ。

 それはランサーの時代も、セイバーの時代からも変わりない。それが欧州人だ。

 なのでこれまでも、ルヴィアの家の裏庭で何度もアウトドア・パーティを開いてきた。ちゃんとカマドがあるし、ムーリッカ(フィンランドの調理器具メーカー)の野外オーブンや屋外用フライパンも揃っている。水道の蛇口が複数用意されている仕込み場もあった。

 そこで何を作るのか? お薦めは天ぷらやフライだ。アウトドアで天ぷらって、とても面白いので是非やってみて欲しい。

 昔、日本に来たばかりの頃、父のサプライズで地引網を体験した。その時に網を出してくれた漁師さんの女将さんが、魚介類を次々と天ぷらにしてくれた。あれがどうにも頭から離れない。

 ロシアでは鍋もよくやったが、カワカマスやニジマスをメインにした、きのこや野菜の天ぷらは現地の人にもウケたものだ。

 焚き火台の上で薪を燃やし、木製のプレートやお皿に盛った料理を楽しんだ後は、ククサ(フィンランドの木製マグカップ)でコーヒーを飲む。場所は冬木市内だけれど、アインツベルンの森の中に居るような心持ちになる。

 そんな素晴らしい環境なので、ここでの私はあまりアウトドア熱が上昇しない。ルヴィアが過ごしやすい家とは、私が過ごしやすい家でもあったのだ。前々からこういう好みが似ているのが、私とルヴィアだった。

 

 今の日本で森の木を切って、薪にできるような場所はまずない。何より自分で切って乾燥させずとも、良く燃えそうな薪や炭が日本では売っている。石川県は珠洲市の削り出し七輪も、切り身の串打ち用の串も全部私の持ち込みだ。

 でっかいコンベックス・グラインド(※1)のナイフで薪をバトニング(※2)して、フェザースティック(※3)を作って、ナイフの峰でメタルマッチを擦って火を熾す。そういうのに憧れる気持ちは理解できる。

 でも、最高のフェザースティック素材は、洗って乾燥させた割り箸だったりする。立ち食いのお店でも学食でもいい。頭を下げて戴いてくる方が二重の意味でエコだ。(輸入モノでなく国産の割り箸は、本来捨てられるはずだった針葉樹(※4)の端材や間伐材が使われているため)

 更に言うなら、勉強机の引き出しで眠っているチビた鉛筆や、落書きだらけの勉強とは関係ないノートも着火剤にしてしまう。女の子なら出せなかった手紙とか、そういう諸々があるでしょう?

 この際だから、そういうのも気分転換に燃やして天に返してしまおう。ついでに紅茶の缶の蓋に穴を空け、中に5cm角に切った古いコットンの肌着を入れて火の中に入れてみよう。

 蓋から煙が出なくなったら取り出して、穴に栓をして自然に冷ます。すると中にチャークロスという炭化した布が現れる。これも着火剤に使えるのだ。

 

 そしてそんな割り箸なら、ソルジャー(※5)で十分。ただし食材だけは研ぎに研いだ、オピネルの7番かフィレナイフの8番や10番を使う。

 その気になればこんなのでサケを一本捌けてしまう。ステーキも切れるし、野菜でも何でも来いだ。ただ、甲殻類はアウト。貝類も開くのは専用品が良い。

 私はオピネルを炭素鋼で、他の皆んなにはステンレス鋼で揃えた。ウェンガーのスナックナイフやパーリングナイフにピーラーも用意してあるが、これは不慣れな人や子供向けだ。

 また裏庭で、ジ○リ飯でも作ってみよう。冬になったら雅な碗を取り皿にして味噌鍋だ。あれこそが究極のキャンプ料理だ。洗い物は最低限で、一品で全部済ます。だから野外料理は鍋やシチューが一番なのだ。

 レディとしては問題だけど、パンでクッカーやお皿を拭きながら食べる事もアウトドアでは重要なテクニックだったりする。水は貴重だからね。

 

 昔ルヴィアと二人でキャンプした時(あちらのルヴィア。エルだった頃の思い出だ)、お嬢様はチェーンソーを振り回して丸太をカットし、『木こりのろうそく』と言われるスウェディッシュ・トーチを作ってくれた。

 本来フィンランドでは、縦二つに割った丸太の真ん中に木っ端を挟み、立てればラーパナントゥリ、横たえればラコヴァルケアというサンドイッチ方式が多い。

 なのでこのスウェディッシュ・トーチは知ってはいたが初めてだった。切り屑や灯油を染み込ませた布などを、放射状に入れた切れ込みに詰め込み、中心から丸ごと丸太を焼く、大胆な焚き火だ。

 真ん中がちょうどコンロみたいになるので、私はそこで中華鍋を振るって海鮮炒めや肉野菜炒めを作った。いつもなら熱くて堪らない調理が、この時ばかりは布巾も使わず北京鍋を握っていた。

 危険だけれど、広東鍋よりマシだ。それにこれは零下なので手袋をしているからでもある。

 場所は彼女の別荘にあるサウナ小屋のすぐ横。だから飛び込むための川が目の前だし、水道も引かれていた。なのでお皿などは水で洗った。ああいう豪快な焚き火こそが北欧だ。

 度肝を抜かれるラコヴァルケアも経験している。テントの幅程もある丸太を2本を用意し、転がらないように枠となる杭を4本立てる。そこで丸太を横にして二段重ね、真ん中の隙間から火を熾すのだ。

 そうすると材木の大きさにも拠るけれど、一晩中燃え続け、朝までテントはヌクヌクとなる。火持ちする代わり、調理には向かないけれど、それは小さなラーパナントゥリを作って対応する。もう一度やってみたいな。

 あ、ちなみに言っておくけど、スウェディッシュ・トーチの時の気温が-22~25度だった。どのくらい寒いかピンと来ないだろうけれど、一般家庭にある冷蔵庫の冷凍室より寒い。

 つまり普通のクッカーを素手で持つと、指が張り付いて悲惨な目に会う気温だ。北京鍋を使う意味はここにあった。下拵えや油通しは小屋の中だけど。

 フィンランドは南部のヘルシンキで緯度が北緯60度、北海道の宗谷岬で北緯45度だ。常識なんて通用しない。バルト海の海流で高緯度の割に暖かいと言われるが、絶対に嘘だ。

 その後、二人でオーギュストさんが火を入れてくれていたサウナに駆け込んだのは言うまでもない。

 それと彼女の別荘に置いてある、オイル缶や空き缶で作られたウッドストーブやロケットストーブは、アインツベルンの森でも使っている私が設計して自作したものだ。

 ちゃんと二次燃焼して、小さなお鍋が乗る。今も使ってくれているのだろうか。ここのルヴィアにも作ってあげよう。

 

 

※1 断面が、ハマグリのように真ん中が丸く膨らんだものがコンベックス・グラインド。刃先の研ぎでいうハマグリ刃とは別物なので注意。

 この刃先をナイフではベベルといい、二段刃(ウナギ割きやドジョウ割きの二段とは別)にして糸切りを付けるところをマイクロベベルという。

 他に刃先に向かって窄まるホロー・グラインドや、真っ直ぐなV字型のフラット・グラインド、V字が鈍角で包丁や刀でいうシノギが明確なのがスカンジ・グラインド(スカンジナビア半島の伝統的なナイフに多い形状。両刃のウナギ割きに近い)などがある。

 

※2 ナイフの峰に別の薪を叩きつけて、刃を入れた方の薪を割る事を指す。この時刃先から峰にかけてブワッと広がるコンベックス・グラインドが一番良く、その次にスカンジ・グラインドが良いとされる。

 だけど車載できるなら、迷わず片手斧やナタを使うべきだろう。そのナタも箸付きとかエビ鉈とか安全鉈と呼ばれる、先端に石付きのあるタイプだ。

 丸太を斧で割ってざっくりとした薪にして、さらに燃えやすく木っ端にする時に使うのだけれど、これを何万円もするナイフで行うのはどうなのか?

 万一の折れや刃こぼれを考えるなら、ナタがベストで一番早い。おまけに地方のホームセンターなら実用的なものが5千円以下で買えてしまう。

 おまけに大型ハンティングナイフやブッシュクラフトナイフのように、全通し(フルタング。ブレード材がハンドルのお尻にまで通っている。洋包丁も同じ。この他、背通しや半中子、中子などがある。刀もある意味中子式で、木の柄の和包丁は間違いなく中子式)でなくとも、中子が軟鉄のナタは曲がりこそすれまず折れない。

 飛行機だと預ける事も難しいけれど、海外のアウトドア好きに贈ると絶対に喜ばれる究極のブッシュナイフが日本のナタなのだ。

 何故なら革ケースに収めてあっても、マチェット(長鉈に分類される)をぶら下げて庭を歩けばヤバい人だが、ナタだと芝刈り機の延長のように思われるからだ。

 なので庭の樹木の手入れ用に欲している人が海外には意外と多い。

 

※3 薪の表面をナイフで削って、くるくると巻いたカンナクズのような削りカスを切り飛ばさないで先っぽに集めたもの。そのカツオ節のような部分を着火点にする。当然、極端なコンベックス・グラインドやスカンジ・グラインドではやりにくい。

 なのでこれ用の薄いナイフを別途携行した方が良い。実は刃と峰の幅が広いスキナー・ナイフが一番向いているのだが、ジビエ目的のハンターが多い日本では毛皮を剥がないので、持っていない人が多く余り知られていない。

 だからイノシシでもシカでも、NTの赤ギザ(カッターナイフ)1本で解体してしまう人が現れる。毎度毎度手入れして研ぎ直す手間を考えれば、これはこれでありだとは思うが。

 

※4 フェザースティックは、材木の目が真っ直ぐで柔らかい針葉樹の薪でないと作りにくい。目の詰まった広葉樹の薪は火持ちこそ良いが、馴れないとフェザースティックが作りにくい上に着火もしづらい。

 つまり広葉樹の薪を燃やそうと思えば、火種→割り箸→針葉樹の薪を細く切った木っ端→針葉樹の薪→広葉樹の太い薪と段階を踏む必要がある。

 即ち針葉樹は燃えやすいが火持ちは悪く、広葉樹は着火しにくいが火持ちする事を念頭に置きながら、燃焼に必要な酸素を得られる組み方や火熾しの方法を知らねばならないという事だ。

 新聞紙はよく燃えると同時に大量に酸素を奪う。だから最初の火種以外に使わず、割り箸や木っ端で火を大きくして、針葉樹の薪に素早く火を移す事が重要なのだ。

 余ったからと途中で焚べる場合は、太い薪が十分燃えていて、酸素の通り道が確保できている場合だけに限る。これを蔑ろにするとせっかく燃えている薪が消えてしまう。

 これは倒木や、落ちている松や杉の枝を使う場合も同じだ。脂のある松や杉の枯葉はよく燃える分、酸素を奪う。となると焚き火の初期にしか使えないというのがわかる。

 また、キャンプ場では現地で買い求めるか、ホームセンターで揃えた薪を使う場合が多いと思う。その場合も料理だけに使うのか、暖までしっかり取ろうとするのかで用意する薪も変えるべきだ。

 

※5 2008年までのスイス軍正式支給ツール。ウェンガー社がビクトリノックス社に吸収される以前は、ビクトリノックス製とウェンガー製があった。

 今となっては旧型だが、このアルミハンドルのミディアムサイズ・マルチツールは、ナイフにリーマー、缶切りと栓抜き、それと大・小のマイナス・ドライバーが付いていてかなり使える。

 軍が採用する必要最小限の機能が集約されているのだ。ここにノコギリも付いたファーマーも良いナイフだが、2008年以降の新型ソルジャーにはプラス・ドライバーとノコギリが付いている。

 そしてこんなに薄いブレードでも、楔となる木(膨らんだグラインドの代わりにする)を先に作っておけば簡単にバトニングできてしまう。(※※)

 スイス・チャンプのように重く、多機能過ぎて目当てのツールがなかなか取り出せないものはいつしか引き出しの奥に仕舞われてしまう。

 マルチツールは自分のアウトドアに於けるライフスタイルを、しっかり考えてから選ばないと損をするのでご注意。

 

※※ ガツンと切れ目を入れて、その切れ目を楔で広げる。ただし広葉樹は避けた方が無難。薄いブレードなので、場合によっては刃が欠けるか折れてしまう。広葉樹の薪から木っ端を作る場合は、迷わずナタや手斧を別途用意しよう。

 そして手斧を使う場合の注意は薪を立てず、必ず寝かせて斧を食い込ませる事。逆にナタは別の薪でバトニングしながら食い込ませ、できれば最後まで振らない事。これだけで事故を未然に防げる。

 旧ソ連の国旗は鎌と槌だが、ロシアの女性の中には手斧と金槌で、男性が切ってきた丸太を薪にしてしまう人がいる。斧の頭の後ろをハンマーで引っ叩くのだ。

 これが意外と安全で、斧で自分の脚をザックリという事もない。寒さで指先がかじかむからこそ産まれた知恵だろう。

 

 

 皆んなは楽しめたようだけれど、私にとっては少し疲れた食事会が終わった。その後、姉さんと1時間以上話した。私の現況を知り満足したのか、明後日には帰ると笑って話していた。

 来る時に遭難しかかったらしいから、十分に注意して欲しいと凜に頼めば、座の風のせいだった。私もそれが原因だったからこの辺りは何か特殊なようだ。

 おまけに漂流した世界は、もう一つの志保さんが生きている世界。そこへ久しぶりに伺おうとして、私はエルから別れてしまったのだ。人生、何があるかわからないものだ。

 ちなみに凜は魔法使いではないが、魔法使いの凜が通したルートは自由に使えるという、ある種反則な能力があった。しかも、かなりのうっかり持ちだ。だから今回もと思ったのだが、座の風とは……。

 だけれど、危ないからと私の時の教訓を活かし、この近隣の世界はほとんど開いたらしい。さすが、弟子を持つだけはある。あの子は前より逞しくなった気がする。

 そうして2階に上がり、自分の部屋に入ろうとしたらエルマとトロンメルが私を待っていた。

 

「やっぱり……。相談したい相手はエルマでなく私でしたか?」

「いえ。話の流れで、お姉様に聞いた方が良いのではないかと」

 

 そこで仕方なく私は二人を部屋に招いた。

 事前情報としてトロンメルが凜の家で暮らしている事は聞いていた。ヴンダーと二人でなく、この子だけを外に出した理由が当然気になった。

 なので私なりに幾つか推測していた。エルマが私を好いてくれているように、この子はエルが好きなのだろう。だけれど私はエルマを妹として見ている。一緒におチビちゃんやクロエちゃんを導く姉であって欲しいと望んでいる。

 ところがエルはトロンメルを最新の鋳造作としか見ていないのだろう。情緒や感情、性感を含めた五感の機能と肉体の機能、それらをこの子はデータ取りに試された可能性がある。

 エルは責任感が強い。造り出したからにはとことんまで調べ、次に活かそうとする。そしてその都度、五体のうちの誰か、十体のうちの誰かが必ず検体に選ばれる。

 今回は三体のうち、トロンメルが選ばれたに過ぎない。そしてこのデータが、次世代機や次の新しい身体を必要とする人々へ活かされるのだ。

 けれどそれは自意識を目覚めさせる前に、自分の意識のコピーを入れて調べていた。日常面ならともかく、性的なプライバシーに関わるような事は自分で調べるほかないからだ。

 そう決めていたし、実際私の記憶では鋳造作に妙な事をしたケースはない。同型機の素体を保管しテストを重ねる事はあっても、自我の芽生えた作品に無理なことを強要した憶えはないのだ。

 

「トロンメル、ちゃんと言わないと」

「……うん。それでエルヴァ様と一緒のベッドで眠るようになったんですが……」

 

 あ~、寝相の悪い彼女と同じベッドという事は、性行為があったという事か……。

 私の時は緊急事態だったし、釣り餌になる覚悟があった。だから悲しかったけれど、後悔はしていない。何よりお互い覚悟があったと思う。

 だけど可怪しい。どうしてこの子に? 鋳造者としてあり得ない。そんな事をすれば、後々揉め事になるのは目に見えているのに。

 私との行為で何かが目覚めた? いや……元々ナルシズムも持ち合わせたタイプだ。私自身が自分大好き人間だし。となると、彼女は私に恋してる? まさか……?

 では、他に考えられるのは…………?

 

 錬金術で鋳造し、完成した素体には魂魄が入っていない。だけど術者が意識を移せば動かせる。この段階をして私は、素体や人形という言い方をよくする。

 本体と異なるので、囮の意味でデコイという場合もある。エルが日本を拠点にしながらも、海外でのビジネスを展開できる秘密がここにある。

 エルマに入れたように、宝具のコピーまで造れる今となったら、本体というか本物の意識はどこで暮らしているのだろう? 私が憶えている限りでも、日本で学園に通っていた方が本体の場合が多かった。そうすると万一の場合でも生き残れるからだ。実際、撃たれた回数は5回や6回ではないし、クルマを爆破された事もある。

 ま、爆殺覚悟のデコイともなれば、そうそうコストは掛けられないので、しょぼい素体が多いのだけれど。例えば内臓を端折っているので、放っておいても一週間も肉体が持たないとかね。

 そして、この人形に完全な自我を持たせるためには、魂魄が必要となる。この場合の魂魄は自然から召喚して植え付ける方法と、手持ちのものを入れ込む場合とがある。

 この時、私達はある事をする。それはデザインでありトリミングだ。特に自然からの召喚だと、とんでもない魂が入る場合がある。なので先もって選別もしているが、そういう悪しき芽をトリミングするのだ。

 これが長い間、ホムンクルスの自我が発達しない原因だった。だけど目覚めた瞬間から暴れられても困るし、後々反乱されても困る。だから必要な安全措置だったのだ。

 ま、失敗例のほとんどは、お金のない一族末端が、そこらの浮遊霊を使っていたからだけど。

 基本自然に還った魂は、一度リセットされ前世の記憶や体験を失う。ただ極稀に、前世の記憶を持ち続ける魂もある。

 

 ともあれそれらの問題を克服するために開発された方法をトリミングといい、術者好みの性格や素質を与える事を指してデザインという。

 ただし術者のデザインに対する方針や考えは様々だ。当然、ケースバイケースという場合もある。例えば重篤な病気や怪我を負った人を、新たな素体に移す場合は基本ノートリミングでデザインも皆無だ。

 逆にメイド用となればそこまで良質な魂を使わないので、トリミングもデザインもかなり手が入る。そこを画一的にせず、ある程度の個性を持たせるのが術者の腕の見せどころなのだが……。

 私はふと思った。

 

(何の魂を入れたかでなく、誰の魂と意識をモデルにした? 私はエルの説明で全員がエルだと思っていたが、それはエルマだけではないのか? そう考えればこのおかしな現象にも理由が付く。ヴンダーは不明だけれど、トロンメルはトントのアレンジ……?)

 

 トントことトントゥは現在高校2年生のアフリカ系イタリア人で、エルがペッコとともに引き取っている19歳の女の子だ。先祖がアフリカ北部で暮らしていたコーカソイドのベルベル人なので、ネグロイドでなく白人種の性質を持っている。

 だから見た目は私やクロエちゃんのような褐色に近い。私達反対派のセットが幾ら止めても、エルはトントをダ◯コちゃんとか焦げ臭いと言ってからかっていた。

 これも内向的で孤立しやすい性格のトントを思っての事だったのだけど。

 青み掛かった灰色の瞳と、両親のどちらの形質かは不明だが、金髪にも見えるかなり明るいブラウンの髪を持っている彼女は、エキゾチックな美人なので学園でかなり浮いていた。

 今はマシだと思うけれど、ペッコとはかなり違う。

 何故彼女を引き取ったのか。それは瀕死の重傷を負った彼女をエルが偶然発見した事から始まる。シシリー島での取り引きを終え、ナポリに向かってイタリア南部の田舎道を走っていた時だ。

 道路脇にクルマを停めてもらいお花を摘みに行った彼女は、しゃがんだ目の前の土中から出てくる腕を発見した。

 腰を抜かさんばかりに驚いたが、これは生き埋めだと感じたので必死に掘り返しつつ、運転手のお兄ちゃんを呼んだ。弱くとも呼吸はあった。

 ただし突き出した左腕以外、右腕も両脚も無かった。左脚は膝から下が、右脚は太ももから。耳は削がれ片目はくり抜かれ、見るも無残な姿だったのだ。

 その時は詳しい事が不明だった。きっと何か事件に巻き込まれたのだろうと思っていた。だけど魔術で応急処置をしても、混濁した意識が全然読み取れなかった。

 そもそもこの状態で生きているのが奇跡だ。そして調べてわかったのが、新型か何かは知らないが、麻薬漬けの身体だった。そこでキッズナップ(誘拐)の果てに人体実験に使われ、最後は棄てられたのだろうと推測できた。

 誘拐されてから何ヶ月経っていたのか、彼女は妊娠までさせられていた。エルが発見したのは13歳の時だ。この同年輩の少女にエルは……いや、私は大きなショックを受けた。

 なに不自由なく暮らし、思うままに仕事で世界を回る生活。その事に少々疲れたと考えていた頃だ。だけどあの土の中から伸びた腕を思えば。

 本能で生きようとした彼女を救けられないなら、魔術師失格だ。そこまで思いつめ魂を抜き出し、2年掛かりで再生し、証拠として撮影していた元の身体の写真を素に素体を造った。

 だから瞳の色は、飛び出てぶら下がっていた眼球のと同じだ。髪の色も肌の色も顔も。声だけは不明だったけれど、未だに文句は言われていない。

 警察にもどこにも届けなかったのは、救うには素体を使うしかなかったから。神秘の秘匿を優先したのだ

 彼女はイタリアの土踏まず、カタンツァーロに近い小さな漁港の出身だった。子供の頃から音楽が好きで、バケツやゴミ箱を叩いてリズムを刻んでいた。

 両親は健在で兄や妹や弟が居た。明るく元気で、港の人々に愛される子だった。そんな子が被検体として誘拐され麻薬漬けにされレイプされ、最後は道端に埋められたのだ。

 それを完全に素の姿に戻した。それでも心の、魂が刻んだキズはどれだけトリミングしても消えなかった。夜、電灯を消して眠れない。真冬でも毛布に包まると、呼吸が乱れてしまう。

 奥手だけれど根は真面目だし、少しずつ明るさも取り戻せた。だけど夜と暗がりだけは克服できなかった。それが原因で無意識に鋳造者たる私に安息を求めていた。

 要は夢遊病を発症し、夜な夜な私の部屋へやって来たのだ。これは夜這いでなく、子供が親を求める行動と似ていた。だから数ヶ月、同じベッドで手を握って、脚を縛って眠ってあげた。

 それで徐々に徐々に良くなった。一緒なら夢遊病は治まった。電灯を落としても平気になった。そして以前のように別の部屋で眠るようになった。

 だけど……再び発症したのではないか? そんなトントの治療用に、エルはトロンメルを造ったのではないか? 何故かそんな気がした。

 

「つかぬ事を尋ねますが、トロンメルは電灯を消して眠れますか?」

「え? どうしてご存知なんですか? エルヴァ様にも話していない事なのに……」

「どういう事? トロンメル?」

「私……自意識に目覚めた頃から、電灯を消して眠れないんだ。真っ暗闇と狭いところが苦手なんだよね」

「それを心配掛けまいと秘密に? 何か鋳造時のミスじゃないの? そう思われませんか、お姉様?」

 

 決まりだ。この子はトントの魂をモデルにしている。一線を超えたのも、それが治療になるかもと期待があったからだ。ああ、誰かを救けるためならサクッとそういう事をする……エルらしい。

 だけどエルとまた会えたなら、トロンメルをこちらで引き取ると話そう。トントのためと知ってしまえば、こちらも責め難いけれど、やはりトロンメルも個性を持った一個人だ。

 そんなこの子の心を蔑ろにする方法には、反対を唱えなければならない。後から造った方はコピーだからと、天秤が軽くなるわけでは無い。そんな事はエルもわかっているだろうに。

 

「ミスかどうかまではわかりませんが、何かトラウマを抱えた魂を使ったようですね。それにエル自身も寝相が悪いでしょう? あれも調整槽でのトラウマがあるからです。きっとそれで暗いところや狭い場所が苦手なのでしょう。エルマ、一度手を繋いで一緒に寝てあげなさい。案外とそれで安心できるかもですよ?」

 

 翌朝の結果は言うまでもない。トロンメルはエルマと眠る事で、電灯を消しても安眠できた。

 なので結局トロンメルは、本人の希望もあって、この夏休みはこちらで預かる事と決まった。エルの事を少しでも忘れるために、離れて暮らす事がベストだと思う。

 だから私は、8月の最後の週が始まる前、つまり始業式の前日か前々日に迎えに来て欲しいと凜に頼んだのだった。

 

 何となくだけど……エルマの存在がトロンメルの特効薬になる事は、織り込み済みだったような気がする。というのはエルマは私のために造ったと明確に言われていたからだ。離れて暮らす『妹』の今後のために……と。

 そしてクロエちゃんを取り出す時に、エルは城に調整槽を二つ置いていった。その中には『英霊の能力が邪魔になったなら使いなさい』と、まっさらな素体が浮かんでいる。

 一体は私で一体はクロエちゃんだ。たぶん使わないだろうけど、そこまでの事をしてくれるのがエルだった。なので他にもまだあるはずだ。となると、俄然ヴンダーが気になるなぁ。あの子にも何か別の役目がありそうだ。




アインツベルンと言えばホムンクルスです。こういう使い方はある意味夢ですよね。
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