林間学舎、自然体験学習……都道府県によって呼称は様々ですが、誰しもがよほどの事がない限り、一度は体験した憶えがあるのでは?
その時に何をやったか憶えていますか?
「エル、起きろ」
眠い目をこすって起きてみれば、アルトリア姉さんが私を揺すっていた。
「ん……姉さん……。何ですか?」
いつも一緒のイリヤ姉さんがホテルなので、不意打ちもいいところだ。
「クルマだ。バイトに行くまで横に乗ってやろう」
「いや、並行世界ですよ? 路上練習申告書に記入する資格が……」
「バカモノ。そんなものアイリスフィールの名を書いておけば良い。それに私は免許を取って3年過ぎている。この世界の免許でないだけだ。気にするな」
気になりますって!
「今更だな? 会社を運営するにあたって、あれ程の豪腕を発揮していたお前が。セイバーに聞かせてやりたいぞ」
運営に関する議決権の話だ。役員一人一票でなく、渡している給料の多寡で全社員に投票権を預けたのだ。100ユーロに付き一票で端数は切り捨て。2000ユーロなら20票、2万ユーロなら200票だ。
当然多い給料を貰っていれば、それだけの権力を持つ。しかし、少ない給料の平社員でも投票権はある。つまり平等な直接民主主義となる。
だけどこれは表向きの平等で、真意は労組潰しに他ならない。会社を衆愚政治に曝せば倒産だ。だけど平等を謳い、皆んで明日の会社を考えましょうと、イントラネットを通して本社役員会議室からテレビ会議で訴えれば社員は喜ぶし、モチベーションも上がる。
密室で行われていた円卓会議の時代ではない。ネットなど様々便利なものが現代にはある。相互通信、即時性の高さ。これを活かさないと。
傘下起業の規模は様々だが、グループ企業に連結子会社を併せて全部で300数社。全従業員総数が昨年度で50万人。3万人だったとされるブリテンではない。
業績の伸びが見込める会社なら資金を注ぐし、悪化の一途をたどるのなら即解散か従業員ごと売却だ。
外敵の進軍するルートは明確。確実に襲われ、村人は無意味な奴隷となる事も明白。更には村人達による備蓄が、敵に糧食を与える結果になるとわかってもいた。
だから姉は苦悩した。村人を速やかに避難させるためにはどうすれば良いのかと。住み慣れた故郷から動こうとしない村人を逃すために、姉は村を焼いた────。
姉は騎士の王であっても、政治家ではあっても、経営者ではなかった。弁が立てば劉備や孔明のように村人を引き連れ、安全な場所へ避難させられたのかも知れない。
だけど敵は目の前で、自分に代わって託せる騎士も居なかった。国家と企業の運営は異なるが、根幹は変わりない。何より国家は国民の肩を叩くこともリストラする事もできない。
だから村を焼いた────。
大勢のために一部を犠牲にしたのではない。その人達にも生き延びて欲しいからこそ、帰る場所を敢えて奪ったのだ。腰の重い老人達や女子供に逃げて欲しかったのだ。
だけど1500年も前の大昔では、この姉の本当の優しさを誰も理解できなかった。むしろ陰口や非難の声が国民や騎士から挙がった。最後は信じていた円卓の騎士達にも裏切られた。
きっと姉はどのセイバーよりも絶望していた。だからカムランの丘で、王国の終焉を受け入れていた。失敗は失敗として受け入れていたのだ。
だから向上心の強い姉は、他の方法を知りたいと願った。やり直したい、終焉を無かった事にしたい……そんな暗愚な考えでなく、成功する方法があったのなら、それを正しく知りたいと世界に願ったのだ。
そして送り出された第四次で、姉は並行世界の父に召喚された。会話は無かったが、衛宮切嗣の外道な方法をある面では認めていたそうだ。
だから尋ねた────。
『キリツグ。腰の重い村人達を避難させるべく村を焼けば、村人達の敵となる。お前はそれで良いのか?』
と────。
その父はそれで本望だと言った。だけど正解とは思えなかった。なので聖杯を破壊した後、第五次の召喚に応じた。
ランサーを撃退したあと、そこの士郎クンとずっと話し込んでいたそうだ。魔術師が行う聖杯戦争そのものの事、今置かれている立場と現状。
今度の召喚者はイレギュラーで、何も知らない若者だった。そこに現れたのが凛とアーチャーだった。これまた若いと訝しみながらも、これ幸いと凛をレクチャー係に任じた。
そして姉はアーチャーと話し始めたという。何故アーチャーか? この姉は直感力が強い上に、聖杯に懸ける願いを持っていなかった。
『聖杯は汚染されている。このままでは災厄しか産まぬ』
『だからお前ならどう考えるのかと質問したのだ』
こんな型破りなセイバーだから、質問されたアーチャーの方が面食らっていたそうだ。それが悪い方に作用したのか同盟は一旦流れた。凛が転がり込んで来たのはバーサーカー戦から数日経った後だった。
同盟目的は学園に張られた結界と、新都で起きている集団昏睡事件と、深山町で起きつつあった失踪事件を起こしている陣営を潰す事にあった。
凛はバーサーカーの事よりも、人道的観点からの同盟を申し込んできたのだ。セカンド・オーナーとして儀式より人々を優先する若きメイガス。姉は歓迎した。
凛に入れ知恵したのはアーチャーだった。彼こそが私達と出会う前のお兄ちゃんだったのだ。
だけど姉さんやお兄ちゃんの想定を覆して、桜ちゃんはマキリの聖杯となって暴走してしまった。士郎クンを庇って姉さんは泥に飲まれた。その時に片腕を失くした士郎クン。そんな士郎クンに、別件で敗退したお兄ちゃんは腕を譲った。
そして飲まれた姉さんは反転した。その強い意思はそのままに。姉さんにとっては主体性がなくとも人々を襲い、自分の支配権を握った桜ちゃんは悪だった。
日増しに増える街の人々の被害に目を背け、自らの意思で自害も出来ないマスター……。
そしてそんな現マスターを断罪できぬかつてのマスター。だから姉は衛宮士郎を斬り、桜ちゃんをライダーごと殺した。それが街の人々のためになると信じたからだ。
きっとそこの凛もイリヤスフィールも姉を恨んだ事だろう。だけど姉は今度こそ間違っていなかったと私は考えている。どこの凛にも、どこのイリヤスフィールにも話せない事だけれど。
そんな秘密を私達に抱かせた事を詫びる事で、姉は告白の締め括りとした。
ただ……一刻も早く悪しき聖杯の元へ走るためには、その頃桜ちゃんと心を通わせていた士郎クンが障壁だった。
士郎クンにしてみれば立ち塞がっていたのは姉だったと思う。だけど時間は残っていなかった。最後の最後で迷う凛や士郎クンに任せられなかったのだ。だから苦しまぬよう、一思いに首を落としたという。
姉はその士郎クンの転がった首に長い間苛まれていた。それがアル中の原因だったのだ。
トラフグの肝を食べても何ともないのが英霊だ。物理的な諸々には耐性があるのに、精神的ダメージは蓄積される。裏返せばお酒に酔うのも気分的なモノが大きい。
アルコールも言ってみれば毒物だ。そしてアサシン達が使うダガーの刃に塗られているのも、組成式や構造式は異なれど毒物だ。
この矛盾こそが英霊も元は人だった証拠なのだ。誰よりも苛烈に正しい事を行える人は、誰よりも優しい心を持っていた。だから自分自身を許せなかった。
座に一旦戻れば、セイバーのように元の姿に戻れる可能は高い。だけど姉はあの姿のまま死を受け入れ、世界との契約を切り、座に入る瞬間に現世に戻してくれと先生に頼んでいた。
それが姉のけじめだったのだ。
『ああ……キリツグか……。再び第四次の世界か……』
父が聞いた召喚後の第一声だ。父はさぞかしたまげた事だろう。ただ、私と大聖杯の汚染について激論を交わした後の召喚だったので、父は姉の話に耳を傾けるだけの心理的変化があった。
それで姉のイリヤと遊んでいた私が、礼拝堂に呼び出されたのだ。そこで以上のような事柄を、セイバーだった姉から聞かされた。8歳の時の事だ。
真っ黒なドレスの上に漆黒の甲冑。血の気を感じさせない、ビスク・ドールのような顔。手には刀身も柄も、禍々しいまでに真っ黒な大剣。鎬を通る樋は血管のような赤。
『む? あなたは……イリヤスフィール?』
そこで黒き英霊から聞かされた、出会ったばかりの双子の姉の末路。横に立つ父と同じくらい私は動揺した。
だけど、だからこそ汚染された大聖杯を使ってはならないと強く決意した。
「このロードスターはアイリスフィールのものか?」
「はい」
「デフにアタリが付いて来ているな。柔らかめの足を、強化ブッシュで締め上げているのか。しなやかだ。スタビは?」
「前だけに入っています」
「それがここのアイリスフィールの腕か。お前が居るなら、そのうち上手くなるだろう」
姉を伴い衛宮の家に伺えば、応対に出たセラを驚かせてしまった。朝が早過ぎるので両親はまだ夢の中だったし、何より姉の存在をセラには今まで話していなかった。
それでセラにマグロの柵を10本ほどと、神戸牛のサーロインブロックを渡しつつ軽く説明をした。以前並行世界と言わずに第11代目アインツベルンと話してあったので、思ったよりすんなり話が通った。
これはお母様からも、何度か説明があったからだろう。なので姉はこちらがその昔喚び出した、セイバーの同位体だと明かした。姉もごく普通にセラと挨拶を交わしていた。
この姉は威厳はあるし話し方もぶっきらぼうだが、英語教諭としてはとても優秀で、近隣高校の英語教諭を交えた勉強会で講師を務める語学修士でもあった。
それを活かしてあちらでは、英語の教員資格にチャレンジ中だった藤村先生を個人教授して合格させている。つまりあちらの藤村先生はおチビちゃん達を送り出せば、中等部や高等部で英語を受け持つ事も可能なのだ。
小学校の教員免許を持つ人が、専門教科の免許を持つと強い。あちらの穂室原ではそういう先生が何人かいらっしゃる。全部理事長である母のアイデアだ。
また、姉は剣道部の顧問であり部員を全国レベルにまで鍛えている。あちらの吉川クンは、多分こちらの彼より数倍は強い。
そんな姉だから、ぶっきらぼうでも人付き合いは上手い。なのでセラはあっさりとクルマのキーを出してくれた。
そこからアルバイトの時間まで市街をあちこち走った。
「帰りは気にするな。浜辺沿いの道路で降りろ。クルマは私が返しておくから。明日も横に乗ってやりたいが、お前は部活だったな?」
「はい。レギュラーですので休めません」
「そんな顔をするな。しかし我が妹がトリスタンより上手いとは呆れたぞ」
「そこまで上手くないですよ?」
「何を言っている。お前は上手い。だから誰にも負けるな。ついでに剣道も続けてくれると嬉しいが」
「何を仰って……」
手を振って姉を見送れば、砂浜のキャンプ区画にテントが何張りか建っていた。
お? 朝ごはん? 可愛い小さなスキレットで何かを作っている人が居た。あんな小さなスキレットってあるの?
以前大きなので、ルヴィア達にアクアパッツァを作ったけれど。あの大きさならベーコンエッグかな?
こういうキャンプで悩むのは、フライパンやオーブンだ。炊き物や鍋料理は、クッカーがアルミであろうとチタンであろうとまず作れる。けれど煮物となるとハードルが上がり(※1)、焼き物(※2)となるとほぼ壊滅だ。
※1 クッカーの蓋でもあるフライパンは、テフロン加工してある製品が多い。なのでここで釣った魚で煮魚を作れない事もない。だけど具がゴロゴロした煮物となるとあと二工夫は必要となる。
むしろ短期のキャンプなら家で作った煮物をジップロックで冷凍し、それを保冷バッグなどで持参する方が早い。割り切れるなら洗ったお米を、適度な水とジップロックに入れ湯煎炊きしてしまう。
そうすればレトルトの丼の具やカレーなどと一緒に温められる。おまけに湯煎の湯は海水でもOKなのだから、ご飯炊きの苦手な、けれど錆びないチタン製クッカーを最大限に活かせる。
また、シェラカップがクッカーより大きく、サイズが合わないならそこを逆手に取る。クッカーでお湯を沸かしつつ、上に乗せたシェラカップでチーズ・フォンデュを楽しむのだ。最後はパンで拭き取って食べてしまえば洗い物も最小だ。
※2『いや、そんな事はない。クッカーの蓋で焼き物は出来る』という人は、普段料理をあまりしない人だと思う。
アルミのフライパンは、ステンレス多層鋼のフライパンと並んで難しい調理器具なのだ。火加減に大きく左右されるので、微妙な火力調整が可能な厨房で、プロがソース作りでしか使わないものなのだ。
だから料理好きはテフロン加工のフライパンを早め早めに買い換えるか、鉄のフライパンをじっくり愛する。それでも火力調整は重要だ。
つまりアウトドアでの焼き物が、オーブンや網焼きに偏る大きな理由がここにある訳だ。
だから私もトラックに中華鍋やスキレットを積んでいた。だけどそれはキャンピングカーのようなクルマだからできる事だ。鋳物のフライパンほど重いものはない。バイクでギリギリ。自転車や徒歩なら持ち歩きたくない。
なのにあのスキレットの人は……テントはヒルバーグのナロ2GT。うわ、これ持ってたよ。同じ赤いの。ナロは2002年に前室付きのGTに進化した。二人用で2800g、定価で10万円超えの高級テントだ。
私はヒルバーグだとブラックレーベル(極地用のシリーズ)のも使っていた。値段こそ高いけれど品質は文句なしに良いし、軽くて耐寒も耐候性も高い。勿論シェラフ(寝袋)も大切だけれど。
ちなみに私はカリンシアやハスキーのシェラフを使っていた。カリンシアはオーストリアの寝具メーカー、ゴルデックテクシルのブランドで、NATOの正式シェラフを納入しているメーカーだ。
対するハスキーはチェコの新興ブランドで、シェラフや最近はテントなんかも出している。
ヒルバーグもそんな新興ブランドの一つだった。それが傑作を数々発表し、あれよあれよの間に誰しもが憧れる高級テント・ブランドになってしまった。
ここのとかノルディスクやMSRのは、どれを手に入れても満足するだろう。けれど日本国内の、しかもこういうキャンプ場ならよっぽど変なのを掴まない限り、どこのメーカーを選んでも大丈夫だけどね。
考慮すべきは移動手段と重量、そして設営・撤収のしやすさだ。超難易度の雪山や極地でなくとも、急な雨風を避けたい時はある。
クルマでなくバイクや自転車のツーリング中に、土砂降りの通り雨を食らった経験なんてないだろうか? あれがバイクで高速道路だったら泣く。
そして彼女は……あの前室からはみ出ているのは、間違いなく自転車だ。横にある荷物から察するに女性の一人旅なのか。自転車の旅は荷物の重量が全部自分の脚力と体力に懸かっている。難易度は高いぞ?
「朝ごはんですか?」
無意識に近づいて声を掛けていた。
「おはよう」
「おはようございます。自転車で旅行ですか?」
「そう。コーヒー、飲む?」
そこで彼女の誘いに乗って、真向かいに座りコーヒーをよばれた。椅子がないので、お尻の下にスーパーのレジ袋を敷いた。
コンビニのような小さなものは再利用が難しいけれど、スーパーの大きさだと生ゴミの廃棄用やウロコ取りの時の飛び散り防止や、出先のゴミ入れ、丸めて荷造りの緩衝材と何かと使える。
なのでエコバッグ持参派の私も、10枚前後はいつもストックしていた。彼女もバッグの隙間埋めや緩衝材として使っているのだろう。
汚れたクッカーやストーブも、近くに水がない場合はレジ袋に入れて、水の豊富な場所で洗う。温かいうちに洗うのがベストなのは知っていても、旅先ではそうはいかない場合もある。
そして使い込まれたガソリン・ストーブはキズこそ多いが、クッカーともどもピカピカだ。これは洗剤がどうとかタワシがどうとかではない。クルマやバイクの塗装剥がし剤を使っている。
カラトリーはチタンのフォークとオピネル、そして業務用の竹の割り箸。これは確か100膳で700円しなかったと思う。菜箸用、焼き肉用、食事用と分けて使えるし、洗って再利用しても普通の割り箸みたいに染まったりしない。
再利用できなくとも干せば、焚き火で使える。この人はかなり旅慣れていると思えた。
作っているのはやっぱりベーコンエッグだった。そしてスキレットと思ったのは早合点で、それはリバーライトの一番小さな16cmだったのだ。
買ったらまず空焼きして、油慣らし(※1)をする。油を引いて香味野菜などを炒め鉄臭さを消すのだ。そして再度油を塗り直して保管だ。シーズニングと毎回の油返し(※2)を考えれば、とてもキャンプには向かない道具だ。
※1 油慣らしには幾つか方法がある。一つは天ぷらのように並々と油を入れ、熱して行く方法。もう一つは香味野菜やクズ野菜を炒める方法。両方やる方が良いのは言うまでもない。
※2 中華のテクニックである油通しは短時間の素揚げの事。油返しは油慣らしで行うように並々と油を入れて、オイルポッドに戻す事。これは中華だけでなく他の調理法にもある。
「自転車で鉄のフライパンですか?」
「うん。これだけは拘りたくてね」
小さな折りたたみテーブルの真ん中には、オプティマスのスベア123Rだ。本当に傷が多いのに輝いている。カッコいいな。
この70年代の頭頃に出た123Rは、123の改良品だ。蓋代わりのミニ・クッカーも以前と同じく付いていて、メンテナンス・キーが少し大きくなって使いやすくなった。
ところがこの人のはキーが透明プラのノブになっていて、中には123Rと文字が入っている。おまけに燃焼チューリップも、海外製のサイレントタイプに代えてあった。
更にミニ・クッカーにはビカビカに光った蓋が。あ、これってニベアの缶だ。あれを磨いて光らせるのか。合うんだ、これ? 知らなかったなぁ。
しかもそれだけではなかった。なんとニベアの缶の底を切り落としてドッキングさせ、ガタつかない蓋にしてあるのだ。おまけにきちんと蒸気穴まで空けてあるし、蓋には取っ手まで付いていた。
ストーブの横に小さなオイルポッドとオイルがあった。このポッドも何かの空き缶を利用して自作したものっぽい。こういうD.I.Y.は大好物だ。
聞けば彼女のお父さんがそういうのが好きらしく、影響を大きく受けたのだとか。良いなぁ。
オイルの銘柄はエキストラヴァージンではないけれど、そこそこのオリーブオイルだった。もしかしたら、何か持病があって食べ物に気を配られているのかも知れない。
そこは詮索しないけれど、あのテントは軽いし、クッカーやマグカップはチタンだった。それも私の苦手な縦に長い円筒形だ。それはトレックの700と900だった。
ダブルウォールのマグカップは、チタンだと値段が難点になるが、唇が熱くならないし保温力も高い。なので私も好きでよく使っていた。
だけど、ぶっちゃけダブルウォールならステンレスでも保温力や保冷力は変わらない。むしろステンレスのダブルの方が汗をかかず、テーブルを濡らさない。だからエルの頃と違って、今は気に入ったデザインのステンレス製を選んでいる。
そしてこれは彼女に言えないが、柄を伸ばした状態でお湯が沸騰したら蓋が落ちるトレックはあまり好きではない。これなら同じメーカーのパーソナルクッカーの方が良いと思う。
だけどこの方は、この小さなフライパンのために他の重量を削ったのだろう。こんな国内の自転車旅行の、しかも季節が良い時にヒルバーグなんてまず見ないものね。そこからもグラム単位で脚力と相談した事がわかる。
「どこから来られたのですか?」
「神奈川県の鎌倉市。と言ってもかなり外れで、江ノ島に近いんだけどね」
目の前が海でしょう? どうしてこんな西日本にまで。
「旅と海が好きでね。あちこちの海をこうして暇さえあれば見て回っているんだ。だから晩御飯は地元の魚介類を食べられるお店って場合が多いね」
うっわ。私と旅のスタイルが似ている。
お名前は藤原優佳さん。あの藤原クンとは関係ないだろうが、高貴な雰囲気があるのでその昔は藤原家に繋がるのかも。
しかも現在高校2年生で、私の一つ下だった。背が高そうだし、凛と似たタイプの細面でスラッとした美人だ。なので、20数歳と思っていた。
「学校はどこに通われて?」
「小・中・高とずっと地元の女子校。全国に姉妹校のある、ミッション校よ」
二重になったタイに特徴のある、あそこだ。
誘われるままに座った位置が良かったのか、前室の自転車がはっきり見えた。泥除け付きのランドナーだ。それもどこかのショップのオリジナル。パイプは……カイセイ? え? 石渡の017? デッドストックのパイプで作ったの?
石渡は日本がサイクリング・ブームだった頃に全盛を誇った、タンゲと並ぶパイプメーカーだ。そこも失くなり、今はカイセイが跡を継いでいて、カイセイとタンゲが日本の二大パイプメーカーとなっている。
石渡とくれば019や女性向けの019Eが、私は頭に浮かぶ。だけどこのクロモリのダブルバデッドは、019より100g軽い017だ。初めて見た。へぇ~。
もっと話したかったけれどアルバイトの時間が迫っていたので、コーヒーを頂く間の10分程度しか話せなかった。しかも彼女はお昼には出発するらしい。実に残念だ。
だけど目的が夏休み中の西日本海岸沿い一周だから仕方ない。この後は松江や出雲を回って、九州に入るそうだ。その後に四国を巡って関西から海沿いに和歌山、愛知、静岡、神奈川と走って帰る予定だという。
応援したい気持ちでいっぱいだった私は名前だけでなく、携帯の番号を交換した。ついでにパソコンのメールアドレスも。私にしては珍しい事だったが、初対面なのに気さくに話せ、おまけに話が合った。だから後ろ髪を引かれたのだ。
藤原優佳さん……知り合うべき人だったのだと思う。
人は一生の間に何千人、何万人の人と出会い接するのだろう。その中で何人の人と語り合い、何人の人と意見を交わし合うのか。そして一体何人の人とわかりあえ、何人の人と心を通わせられるのか。
それには旬もあれば期間もある。歳を重ねるとともに立場や収入などの取り巻く環境が変わり、思想や信条も変化する。それまで良かれと思っていた事が、社会を知るにつけ真逆の事だったと気づく場合もある。
あの女性は10年以内にもう一度会える。そして私に何かの『気づき』を与えてくれる人だ。それは絶対に間違いない。
「おはよ~」
「おはよ~」
眠い目をこすって従姉妹のイリヤ達が起きてきた。
しっかし、アインツベルンって皆んな、こんなに似た顔ばかりなのか?
「士郎、どうしたの? 難しい顔をして?」
「ああ親父、おはよう。いや、どうしてこう、皆んな似た顔なんだろうって」
「おはよう、どうしてだろうね。きっと、アイリの実家の人は血が強いんだろう、と僕は思っているよ」
そういう事だよな。父親関係なしにここまで似ると。あれだ、優性遺伝みたいな。お袋が言うには、この二人の母親はお袋の妹さんらしい。つまりイリヤ達と従姉妹なだけでなく、エルヴァさんとも従姉妹な訳だ。
そこは納得するけれど、ここまで似るものなのか? う~ん……。
「身近な人の他人の空似を見たのなら悩むのはわかるけれど、従姉妹なんだから」
「そうだなぁ。他人の空似って言えば……桜と遠坂って似てるよなぁ」
親父が咽た。
「親父、大丈夫か?」
「ゲホゲホ……ああ、大丈夫だよ」
そこでお袋が降りてきた。
「おはよう、皆んな」
「おはよう、アイリ」
「お袋、おはよう」
イリヤ達とも挨拶を交わした後、朝食が始まった。
「パパ、イリヤ達が帰ったらどうすればいいの?」
「部屋を借りていてゴメンねで済むよ。話した通り、以前も従姉妹が泊まっていたからね」
「だけど8月2日にあの子達と、エルヴァさんの本当の妹が来るんだろ?」
「そうだね。六……いや、七人は多いか」
そこで声を上げたのがお袋だ。
「あなた。士郎を除いた子供達だけでお向かいに預ければ?」
「ルヴィア君に甘えるのかい?」
「子供達を優先しましょう。それに旅行先のホテルは一緒でしょう?」
「……アイリ。そうだね、そうしようか」
「親父。クルマ、足りるのか?」
「そこはレンタカーでも何でも。それで士郎は? やっぱり部活?」
「うん。悪いけど、俺もエルヴァさんも行けない」
「え~!」
「お兄ちゃんは行かないの?」
「悪いな。その分、皆んなで思いっきり楽しんできな」
「「は~い」」
良かった、良い笑顔だ。
実はこの子達、以前来てくれたイリヤとクロや妹達と少し違って、かなり寂しがり屋なんだ。夜に何度か、泣き声が部屋から漏れていたりもした。
きっと目的のイリヤ達は居ないし、二人だけで遠いドイツから来たからホームシックになっていたんだな。
だけどもうじき、イリヤもクロエも帰ってくる。その時は思いっきり楽しんで欲しい。
「今日は二人、どうするんだ?」
「お向かい。オーギュストさんが面白いことがあるよって」
「何さ、イリヤ?」
「わかんない。教えてくれないんだ。ね、クロ?」
「うん。なんにも聞いてないよ」
ふ~ん、何だろう? けど、子供達に何か考えてくれているんだろうな。それでもって親父とお袋は知っていると……。だって二人はニコニコしていたから。
「全員、揃ってるかなぁ~」
「「は~い!」」
「じゃ、指導員の方から説明がありますから、皆んなよく聞いて下さ~い」
いよいよこの自然学校のメインイベント、飯盒炊さんの始まりだ。
お姉ちゃんが言っていた。これで女の子のヒエラルキーが決まるって。その最初の第一歩だって。このために私もイリヤも少しずつ料理を覚えて、庭でカレーを作ったりしていたのだ。
ただお姉ちゃんは話さなかったけれど、私は以前クロからあることを聞いていた。エルお姉ちゃんは、あのお料理上手なイリヤお姉ちゃんをこの飯盒炊さんで叩きのめしたと。
それはどういうことか? いったいどうやったのか?
『だいたい各班に一人か二人、先生や写真屋さんが入るのが普通なのよ。だけどお姉ちゃんたちの時代は大人の班というのがあって、子供の班とわかれていたの。それを利用したというか、校長先生を丸め込んで大人の班のも作りますって言ったんだって』
つまりカマドを二つ使って、ふた班分作ったってことだ。そしてここからがエルお姉ちゃんだった。材料こそ宿舎のものだけど、一味やコショウにガラムマサラ、砕いた辛めのルーなどをこっそり持参していたらしいのだ。
『そんなの誰かが気づいて問題になるよ……そう思うのは、お姉ちゃんをわかっていないからよ。4月にクラス替えがあって7月までの3ヶ月。5年1組はお姉ちゃんの配下のようなものだったの』
配下って……。影響力の大きさはなんとなくわかるけれど。
『だからお姉ちゃんの班なんて、直属の部下も同然よ。女の子はどの班よりも材料を早く用意して、男の子は誰よりも先に火を着けた。他の班がまだジャガイモの皮をむいたり、お米を研いでいる間に。そして先生方も、指導員さんも他のクラスの遅い班が気になるでしょう? そうやって目を盗んで……ううん、こちらに気が向かない状況を作って、大人向けのカレーを作っちゃったのよ』
でも食べたらバレるよね?
『配られた材料で作っただけだと言い張ればいいんだって。それで大人の班はルーが別なのかと勝手に解釈するからって』
あのお姉ちゃんは……。この話は私だけじゃなく、イリヤや美遊も聞いていた。そしてしおり係だった美遊に聞けば、今の自然学校では各班に先生が最低一人は入ることになっていた。
それはそれだけ料理を作れない子が増えているからだった。
今回運良く、私とイリヤと美遊は同じ班だった。部屋も同じなので、生活班も活動班も同じってことだ。生活班の班長はイリヤで活動班の班長は私だ。そして美遊は食事係だった。
初日の焼板作りや魚つかみ、一昨日の登山なんかは班で固まるだけで、言ってみれば個人活動だ。昨日の夜のキャンプファイヤーは全体活動っぽいが、出し物は思いっきり班活動だった。
なので事前に絶対にウケるスタンツを、お姉ちゃんに教わって練習していた。お姉ちゃんの時代は『インディアンには友だちがいて~』で、私たちは『アブラハムには七人の子~』だ。なんだかわかったと思う。
それを私とイリヤは、暇さえあればルヴィアに家の裏庭で練習していた。前は何もなかった裏庭だけど、今はバーベキューができたり焚き火ができたりする、ちょっとした遊び場になっていた。
更に奥にも裏庭が続いていて、そこにはランスロットの小屋が建っている。皆んなのためにと、ルヴィアやオーギュストがそんな風にしてくれたのだ。
提案したのはお姉ちゃんかもしれないし、実際に石を運んだり積んだりしたのは、ランスロットだと思うけれど。
それはともかく、ウケるためにはどうすれば良いのか? それはこうだ。私とイリヤは左右でニコニコと完璧にシンクロすること。そしてイリヤが右手なら私は左手をあげる。つまり左右対称だ。
そこで美遊は中央に立ち、一切笑わず真正面を見据えて真剣にやること。手をあげる時は横にいる班の仲間を叱るふりをすること。
こうすると他の子がバラバラでもウケるからと。それにファイヤーを背にしてお手本としてやるだけだから、誰も顔なんて見ていないし、自分たちの踊りで皆んな盛り上がるから恥ずかしくもなんともないって言われていた。
そして昨日の夜、キャンプファイヤーは大いに盛り上がった。5年1組の私たちの班が1番面白かったと先生方からも褒められた。やったね。
だけど、ファイヤーの終わり頃に気づいちゃった。私にも鷹の目はあるんだよ? アサシンがビデオを撮っていたんだ……。
依頼者はパパかママか。きっとエルヴァお姉ちゃんは知らないと思う。けど、エルマお姉ちゃんは……護衛ってことでパパやママに騙された? その線だなぁ……。ま、イリヤたちには黙っていよう。
「質問はありますか? なければ、薪係さんは班からあと一人選んで、必ず各班二人で道具の入ったカゴを受け取って自炊場へ運んで下さい。食事係さんはこちらに。食堂へ材料を受け取りに行きます」
班ごとに決められたカマドの近くへ、テーブルやイスを運んで食べる場所を作った。薪係の男の子たちが戻るまでに準備ができたので、イスにナップザックを運んで掛けてあげた。
男の子たちが班の人数分の食器や、お鍋なんかを運んできたところで材料を抱えた美遊も戻った。
「スズカたちは食器を洗ってきて。私たちは食材を切っちゃうから」
「おーけー、そっちは任せた」
今回、班にナナキとタツコにミミがいない。あの子たちは隣の班だ。
「俺たちは?」
「そうねぇ……お米、研げる?」
「洗剤で洗うだけだろ?」
「あんたは、そこらでしゃがんで小石で遊んでて」
お米を洗うと表現すると、本気で洗剤で洗うものだと思う人がいるとは聞いていたけれど。そういう人の家は野菜も洗剤で洗うのだろうか?
「おいおい、ケンカするなよ~」
写真屋さんだ。さっきから他の班を手伝いつつ、カマド5つ分は火をおこす手伝いもやっていた。あちこちの学校の自然学校に、毎年行ってるから上手いのだ。
ピースをして写真に写る。
「その代わり明日の秘密基地は頑張ってよ?」
「わかった!」
ホントに……指導員さんの説明を聞いていない。たぶん、その時から砂遊びをしていたのだ。
『お米を洗うと言っても、ホコリやヌカなどの汚れを取るだけですから、水を入れてジャバジャバとかき混ぜるだけ。そのお水を、お米が流されないように手で抑えながらお水を入れ替えます。それを3回ほど繰り返した後にお水に浸けます。その時のお水の量は、お米から皆んなの人差し指の関節一つ分。この飯盒ならその量で大丈夫です』
そんな風にかなりわかりやすく話してくれていたのだ。
飯盒はお姉ちゃんの言った通りで、太ったお茶筒みたいなタイプ。最大5合まで炊ける。お姉ちゃんに教えてもらったんだけど、コンビニのおにぎり三つで、だいたいお米1合なのだそうだ。
だからこういう子供向けの行事だと一人0.5合で計算してあって、8人の班なら4合になる。となると食べない子は本当に食べないから、余ったご飯は他の班の人であっても、お代わりしたい人にあげていい事になっていた。
そして薪係以外の男の子は、残さず食べて掃除をする係だ。どうせカレーやススのこびりついたお鍋なんて、私らしか洗わないんだし。
『皆んなで協力してやるんだよね?』
『それは建前です。できない人はできません。お料理や掃除が苦手な人はとことん苦手なものですよ。ですから他に向いている事をさせてあげるべきです。バスレクで盛り上げてくれる子だとか、ハンドクラフトや秘密基地作りが上手だとか、そういうのがきっとありますから。その時に褒めれば良いのです』
そういうことだ。あの妖怪砂遊びは明日の秘密基地に期待だ。焼き板と魚つかみがすごく上手だったから。魚はニジマスだったのだけれど、一人で15匹も捕まえてしまって、1組だけ魚があっという間になくなったのだ。
川沿いで焼いてもらったニジマスは美味しかった。それであの子は骨まで食べていた。あれはあれで凄い。だから余ったご飯を食べて欲しいのだ。
薪はガスコンロと違って、コトコト煮るのに向いていない。だから野菜が生煮えにならないよう、できる限り小さく刻む。特にジャガイモとニンジンだ。
お肉も薄い肉だから、炒めたりせず広げて切ってそのまま煮込む。
「イリヤ~、クロエ~、火が着いたぞ~!」
「わかった。こっちも終わったから持っていく」
それ写真屋さんが着けていたでしょう? 見てたんだからね。
本当にエルお姉ちゃんは灰だけしか残さなかったのだろうか?
先生が持っているような火ばさみを道具小屋から勝手に借りてきて、薪を組み換え組み換え、真っ白な灰しか残さなかったという。
薪は一つのカマドに一束だけど、エルお姉ちゃんは半分も使わなかったそうだ。そしてかなり余った薪を指導員さんに返したという。
熱いなぁ、火が大きすぎない?
お鍋は良いけれど、飯盒には大きすぎなような気がする。何だっけ? 初めましての奈良パッパ?
イリヤも同じく心配みたいで美遊に尋ねていた。
「美遊、こんなので大丈夫なの?」
「ご飯は最初の10分で一気に沸騰させて中で対流を起こさせる。分子運動を活性化させ、アミロースやアミロペクチンの結合を崩しアルファ化させて……」
何を言ってるのかわからない!
「と、ともかく! 最初から強い火でも大丈夫なんだね?」
「うん、大丈夫。重要なのは沸騰してからの15分間だから。その時に薪をお鍋の方に寄せて、飯盒を徐々に火のない方へ動かせばいい」
なるほど、そうやって火から遠ざける事で火力調節にするんだ。しまったなぁ。家での練習は、庭でもカセットコンロだったからなぁ。薪のやり方を教わっておくべきだった。
「これってカレー以外のメニューってないのか?」
「どういう意味、スズカ?」
以前のイリヤなら、カレーに決まっているんだから他のものはないって返したと思う。だけど、スズカが知りたいのはそこじゃない。イリヤもそういうのがわかるようになってきた。
「いや、カレーって誰が決めてるんだと思ってさ」
「施設申込みの際に飯盒炊さんはカレーって先生が決めているのよ。カレー以外は焼きそばか、すき焼きだったと思う」
これもお姉ちゃんに聞いたのだ。ただしすき焼きは卵なしの砂糖なし。ワリシタじゃないダシに、ほんの少し砂糖が入っているらしいけれど。
そして焼きそばだと、男の子が4人でも持てないような重たい鉄板を、カマドまで運ばなきゃならないらしい。
おっと。美遊が汗をかきながら飯盒を移動していた。
「カレーの鍋は?」
「もう、沸騰している。ニンジンが柔らかくなったら、ルーを入れて混ぜて終わり」
結局私たちの班が5年の中で一番早くできた。盛り付けが終わっていただきますと言った頃に次の班ができたくらい。3番めができる頃、砂遊びの子がお代わりし、5番目ができる頃にはごちそうさまと言っていた。
スプーン一杯分だけ試食したタイガーが褒めていた。そりゃそうでしょ。飯盒の蓋を開ければ、カニの巣はバッチリだし、しっかり蒸らした後にかき混ぜたご飯は、ピカピカ光っていて底にほんの少し薄茶色の部分があっただけだもの。それとこの蒸らし中、軍手をはめたイリヤは体操服や軍手が真っ黒になるまで、余った新聞でススをこすって落としていた。
百均でよく落ちるメラミンやスチールのスポンジがあるけれど、それはお姉ちゃんから禁止されていた。アルミを削るからだ。
スス落としは塗装剥がしの溶剤が一番で、お酢や重曹を入れたお湯に漬けるのが二番めに良いらしいけれど、こういう場所では地道に洗う以外ないらしい。
だけど他にも対策方法は聞いていたし、用意もしてあった。それはお鍋の周りに洗剤を塗っておくこと。どうしても落ちないところは木炭でこすってみること。その二点だ。
他にも灰をお湯の中に入れ、そこにスポンジを入れて汚れたお鍋をこするという方法も教えてもらっていた。
飯盒にも洗剤を塗ってあったと思うから、イリヤの頑張りは要らないのにな。
「私が塗り忘れた」
美遊のせいか。イリヤ、ご苦労さま。
カレーは具材が浸かる、ギリギリの量しか水を入れていない。そこから煮始め、少し足したのはルーを入れるちょっと前だ。だからシャブシャブしていないし、粘るほど固いこともない。
そのカレーが売り切れる頃、校長先生と写真屋さんが私たちの班のお鍋から底に残ったカレーを集めて試食していた。
「う~ん、ここが一番ですね」
「ですね」
「この班には、家庭科の得意な子が集まっていまして」
いつの間にかタイガーまで加わっていた。この家庭科の得意な子には、美遊の他に今回は他班の美々と私とイリヤが含まれる。私達は1学期の間、それだけ頑張ったのだ。
あえて言うなら、エルお姉ちゃんのクロとイリヤだ。あちらも同じ5年生で、今頃は自然学校が始まった頃だ。勝負じゃないんだけど、あの子たちならもっとうまく作るのかな?
『イリヤスフィール・フォン・アインツベルン』
中黒まで入れると全部で20文字。400字詰め原稿用紙1行分。この発見からこの子達をちゃんとした小学生として描こうと思いました。
アニメのスタッフは夜店回や遊園地回は入れても、5年生である事をすっかり忘れていましたね。
林間なんてオイシイ行事があるのに。