褐色になった可愛い妹をアルバイトに送り出し、ロードスターのハンドルを深山町に向けた。
「む? あんなところにアメリカのバーガー・ショップ?」
ドライブイン形式で、注文後駐車場で待っていれば係の者がクルマまで運んでくれる、あのローラースケートの店だ。欧州ならわかるが、日本に展開していないはず。なるほどよく見ると店名が少し違うしロゴも違う。
これは試す他はないな。
注文マイクのある看板には、珍しいメニューが多い。値段は大手チェーンより少々高めだが、実にウマそうだ。ここはきっとこの店舗だけの個人店だ。
聞けば案の定、カーホップのサービスはない。なのでマイクに向かって、申し訳ないが店内で食べる旨を申し添えた。
あれもこれもと注文したバーガーは全部で20種類。サイドはオニオンリングとポテト、そしてシェイクだ。それらを受け取らずに支払いだけ済ませ、駐車場にクルマをとめて店内に入った。
しばらく待てばトレイが3つだ。持てない分を店員に運ばせ、海の見える窓際の席を確保した。山積みになったトレイを見て、何人かいた先客が驚いていたが毎度の事だ。
私はセイバーほど大食いではない。毎食茶碗一杯のご飯と酒で足りる。しかし、このハンバーガーだけは3日に1回は、こうやって大食いしたい時があった。
あれだ、セイバーがKF○のバーレルを一人で食べるのと同じだ。
モッキュ、モッキュ……。
ふむ。ソースの味が日本のものだと思えば変わっている。マヨネーズやサウザンアイランドドレッシング系でなく、グレイビーソース系だ。
む? トレイ置きの横には、ナプキンの他にタバスコやマスタードにマヨネーズやサウザンアイランドドレッシングがある。なるほど。ただし味を革変したいなら、毎回歩いて行く訳か。独占は許されんだろう。
と、よく見れば……ドリンクの蓋を外して、そこにマヨネーズを盛り付けている客が居た。賢いな。早速私も真似をした。
モッキュ、モッキュ……。
なかなかウマいな。気に入ったが、残念な事にあちらにはない店だ。ああ、この辺はシロウが経営しているボートハウスがある場所だった。
釣り好きのあいつは、割烹料理の店の他にサイドビジネスで、ヨットや釣り船を預かるボートハウスを持っていた。併設の釣具屋が別人の経営だったと思う。
そういうところから歴史は変わるものなのだ。
さぁ、やっと朝飯を喰った気になった。エーデルフェルトでも朝食は摂ったが、少し物足りなかったのだ。
『朝食はしっかり摂らないとな。一日の活力がそこで生まれるんだぞ、セイバー』
その言葉は今も守っているぞ、マスター……。
うん? 何だ? あそこを歩いているのはシロウではないか。ははぁ~ん。この世界のチビどもの兄か。確か、バイト先がエルやイリヤと同じだったか。
実に能天気で幸せそうな顔だ。それで良い。お前は……お前こそ幸せにならなければ。窓の向こうに見える、砂浜を通り過ぎる横顔をそのまま見送った。
声を掛けても混乱の元だし、バイトの時間も迫っている事だろう。それより私が気になったのは、ここでの美遊の兄だ。ここに来て何度か見掛けているが、まだ話していない。
相当苦労を味わっているらしく、今のシロウはもとより、記憶にあるシロウよりも大人びている。妹のためにという責任感があるからか、精神的な危うさも感じない。
あいつならここのシロウに良い影響を与えることだろう。ランスロットの弟子らしいが、それを薦めたのが愚弟だという。あいつも良いところがあるな。今度、この愚姉が奢ってやるから、一杯付き合え。
腹がくちくなった私は一路、アインツベルン家に走った。早々にクルマを返さねばならん。S2とロードスターはアイリスフィールと共用らしいが、間違いなくこのロードスターはアイリスフィール用だろうからな。
ようやく植樹や移植を終えた、以前よりかなり広くなった裏庭には、私とランサー殿の小屋があります。詳しいことはわかりませんが、裏側の土地を新たに手に入れられたそうです。
そこでオーギュスト殿から提案があったのです。私は庭師兼警備人ですから、家の中より庭で寝起きする方が理に適うのではないかと。
それは前々から思っていた事でもありましたので、小屋を建てたいと申し上げました。するとカタログを見せて下さり、その中から気に入ったものを輸入すると仰って下さったんですね。
基礎と水道やガスに電気は専門の業者ですが、組み立ては私です。ログハウスと言うそうですが、そういう組みやすい穴やホゾが既に施された、組み立てるための木材があるのです。
『湖のないモッキですな』とは、完成した小屋を見たオーギュスト殿の言葉です。モッキとはエーデルフェルトの故郷、フィンランドの湖畔に建つ小屋を指すそうですね。
彼の国の人々は休暇の間、そのサウナ付きの小屋で過ごし、短い夏を楽しむのだとか。何とも楽しそうです。
ランサー殿よりひと足早く庭師として雇われていた私は、庭の手入れの傍ら、倉庫小屋を建てたり、自炊場を建てたり、カマドを作ったりしていました。
これは広くなった裏庭に小屋を建てるのなら、アウトドアでの活動を子供達も楽しめるようにと、マスターであるエルヴァ殿が提案したからです。
元々、ルヴィア殿もこのような外での活動が好きらしく、元の裏庭には最初から焚き火のできる石を埋めた焚き火台や四角い石で組み上げたグリルがあったのです。
ですので一も二もなく賛成され、今はそこと自炊場が繋がったような感じですね。
後にはランサー殿も加わり工事は思った以上に早く進んだのですが、イリヤ殿やクロエ殿はまだ焚き火での調理は経験していません。
エルヴァ殿が止めたのです。今行っている自然学校なるもので体験できるからと。そこで自分達で工夫できるくらい教えてあるからと。そして学校で火の大切さと怖さを学んで欲しいからと。
確かに焚き火ですと火の後始末は、私達のような大人の手が必要です。火は便利でありますが、危険なものでもあります。それを現代の子供に正しく学んで欲しいという、エルヴァ殿の考えは正しい。
なのでデッキの広い私の小屋の横には、薪置き場やアウトドア活動の道具が置けるよう、棚などが設置してあります。当然雨風に曝されぬよう、仕切ってありますぞ。
「ランサー殿、できましたよ」
私はランサー殿をランサー殿と呼んでいます。決してクー・フーリン殿やクー・クラン殿ともセタンタ殿とも呼びません。彼は誰かの飼い犬ではありませんし、幼名も大の男に失礼でしょう。
クー・フーリンも辛うじて勇名として受け入れているだけで、あまり好みではないようです。私のランスロットという、湖の乙女に祝福された名。随分羨ましがっていましたからね。
「おう、すぐ行く」
今朝のおかずは未明から埠頭に出ていたランサー殿の釣果です。あの埠頭ではキスやアジが多いのですが、時々カレイやメバル、それとアオリイカが釣れます。
今朝はメバルでしたので、捌いてアラでダシを取り、身と野菜を入れスープにしました。それと厨房の冷蔵庫から持って来ました昨夜のマグロのチカラ身、それが醤油などで漬けてありますので、それをフライパンで焼きました。
後は飯盒で炊いたご飯です。
私もそうでしたが、ランサー殿も今はすっかり飯盒のファンです。パンより腹持ちが良いのに胃ももたれず、チカラが出る。そんな優れたお米という食べ物が、この国や近隣の国では昔から当たり前に食べられていた。
穀物や野菜が育たず、獣が少なかったアルスターやブリテン。サケの伝承が残っているだけアルスターの方がマシなのでしょうか。
尼となったグィネヴィアと別れ、亡き王を偲ぶ旅に出て、肌身で感じたブリテンは本当に何もなかった。武勇の伝承より、便利な道具や工夫。そのような文化を残したかった。それこそが人が後世に残せる遺産ではありませんか。
そんな願いがあったからか、今の私はすっかりアウトドア好きのおっさんです。BE-PALも先月号から求めるようになりました。
だからこそ、愛弟子であるシロウがあの失態を犯したのでしょうか。まぁ、ショップで買うわ買うわ。ホワイトガソリンを使う413Hツーバーナーなんて、独り者がどこで使うのです?
妹さんとのキャンプなら、CB缶のコンロやシングル・バーナーで十分です。過酷な地へ行く仕事があるなら、事前の打ち合わせで道具はあるか前金を用意して貰えるか尋ねるべきです。
随分と高級なテントや寝袋まで揃えていましたからね……。あの頃のシロウはまだアーチャー殿の弟子でしたから、私も黙っていましたが。
そして道具置きの棚には、イワタニのカセットフーBOーやユムフレームのUS-1000、US-2000などと並んで、私のコールマン508aがありますからね。
アーチャー殿に頂いたものなのですが、その影響もあったのかも知れません。男というものはああいう道具に憧れるものです。これは時代を越えて同じでしょう。
「んなワケあるかッ! 胸にOssanなんて印刷した自作Tシャツなんて着込みやがって。オレも大概野営好きだけどよ、ランスは好き過ぎだろ!」
「森は友達ですからね」
「親指突き立てて、ボールは友達みたいに言うな!」
新たに友人となったこの好漢にはツッコまれましたが、現代は法や条例が厳しくそうそう簡単には焚き火を行えません。それがためにこのように道具が発達したのだと思われます。
そんな事を話しながら508aやその他の道具を見せていたら、随分と物欲しそうにしていました。何のことはありません。彼も好きなんですよ。特に釣りが好きらしく、竿を数本持っていますからね。
ここに来てからの僅かな期間で私の小屋のすぐ傍に、一回り小さな小屋を建てた彼はもはや私のアウトドア仲間です。何故ならその小屋は電気こそ通えど、ガスも水道も通っていないからです。
要は倉庫用の小屋と、何ら変わりないのです。私以上にワイルドですね。
時代こそ異なれど、彼も私も戦場を駆けた人生でした。ですから野営はお手の物です。ハマるのは計算の内でしたよ。
「とは言え、これ以上は釣らない方が」
「だよな。厨房の冷蔵庫に大量に余ってんだろ? ホント、空気読まねぇな、あの金ピカは」
「彼はあなたの知る者とはかなり異なるようですが」
「ああ、それは感じた。で、あいつの女房だ。これまた別のセイバーだろ? お前ぇ……」
「ええ、かつての王かも知れませんね。ですがあの方は既にマスターの姉であり家族です」
「な。オレの腕を吹き飛ばすような奴が泣いてたからな……。おっと、そろそろ坊主が来る頃だぜ?」
「そうですね。洗い物を済ませたら準備に掛かりましょう」
今日から三日間、向かいにいる子供達を励ます意味で、私達が指導しての林間学校兼短期集中訓練です。
宿泊は家に帰って頂きますが、魔術の講義と実技は三日間毎日行います。その合間合間にお楽しみのプログラムという感じですね。
今日はハンドクラフトと簡単な自炊です。明日はエルヴァ殿達高校生の引率でプールへ行き、帰ってから夜に掛けてバーベキューやキャンプファイヤーを皆さんで楽しんで頂く予定です。
これはエミヤの皆さんや英雄王などもご招待ですね。そして最終日の明後日は厨房でニコ殿と調理実習ですよ。子供は思い悩んではいけません。楽しい思い出を重ねませんと。
そしてこういうアウトドアから、『便利な楽』と『不便でも楽しい』事の違いを学んで欲しいものです。このランスロット、女房とはソリが合いませんでしたが、息子や娘達が幼い頃は毎日野山で遊んであげていました。
そんな事をマスターに話せば、こう言って下さったのです。
『人生とは何をもって不幸と判断し、何をもって幸福と決まるのでしょう。あなたが学んできたこれまでの事を、子供達に伝えて下さい。『楽すれば、楽が邪魔して楽ならず、楽せぬ楽が、はるか楽楽』ですよ。あなたは人生を楽しむ術(すべ)と智慧を持っています』
意味をお教え頂き、感動しました。富山という地方の薬売りの言い伝えだそうです。マスターも薬師の家系ですものね。遥か昔の、こんな者が役に立つならこれほど嬉しい事はありません。
キリツグ殿やアイリスフィール殿。それにアーサーもランサー殿も、大いに賛成して下さいました。特にランサー殿はああいう逸話が残る方ですが、逆に大乗り気でした。
これまでのマスターが持ち込んだ長方形の七輪は、動かせて便利なのですが、この人数では小さすぎます。かと言って石で組んだグリルは家屋に近く、この新しい裏庭には遠い。
そこで先日から少しずつ、長椅子やテーブルを木材で組んだり、ドラム缶やペール缶と鉄筋を組み合わせて炭や薪が燃やせるグリルを作っていたのです。
ドラム缶を縦に『無毀なる湖光(アロンダイト)』で切り落とすと、アーサーに呆れられましたけれど。ですがこれで大型グリルが二つ作れます。そしてペール缶は二缶ですので四つです。
どれもこれも設計はオーギュスト殿で、制作が私とランサー殿ですよ。私はこのために手溶接とアーク溶接、ステンレス溶接の資格を取りました。今もこの他の資格を取るべく練習中です。
ステンレス溶接の資格を取ったのは、グリルに使う脚やロストルを作るためです。その努力の甲斐あって、二つの大型グリルと四つの中型グリルが昨日完成しました。
これらはロストルの高さを変えられ、薪にも炭にも使えます。横の平面部分には通風用の蓋もありますしね。中々使えるグリルですよ。
ですが、昨日はあのような晩餐会となったので日にちをずらしたのです。
一時は魔力を譲って貰ったり、良いアイデアを提供してくれた姉妹をランサー殿も気に掛けています。細々した、いかにもな飾り付けや小物もランサー殿が担当しました。
マルガリータ殿も私達に賛同して下さり、お手製のレザークラフトを道具に付けてくれたりしています。こうして飾り付ければ、後日イリヤやクロエに、妹御のエルヴァも楽しめる事でしょう。
そして無事、あの子達が元の世界に戻れたのなら、この体験をどこかで活かして欲しいですね。
本日子供達が作る野外用の棚も、木材を組みやすいようにカットしたり、継ぎの穴を事前に空けていたのもランサー殿です。マルガリータ殿はその棚に敷くレザーの鍋置きや、各椅子の敷物を用意して下さっています。
返す返すもイリヤ殿が居らっしゃらないのが残念ですが、あの方の過去とマスターの姉である王の過去を聞きますと……。イリヤ殿の選択も間違いとは言えませんね。
ホテル代とアルバイト代が合っていませんが、休まずアルバイトには出ているそうですので、そこは安心でしょうか。
「おはようございます」
「ああ、シロウ。おはようございます」
「おお、坊主。おはよ~さん。棚のあとのおやつは頼んだぜ?」
「任せて下さい。はちみつ漬けの果物は忘れず持って来ましたよ」
本日シロウが担当するのは、フルーツを挟んだり乗せたりしたパンケーキです。スキレットでホットケーキミックスなるものを焼くだけなので簡単なのだとか。
それと直径20cmほどの塩ビのパイプを手に入れ、加工しました。マスターの提案ですがアイスクリームの自作にもチャレンジして頂きます。
「アイスクリームの材料と一緒に、パンケーキ用のミックスやバターはニコさんが用意してあるから、こちらはコンロやバーナーを設置するだけです。ボウルもアルミの食器やクッカーで十分だし、焼くのもスキレットだけでなく、ホットサンドメーカーを使っても良いと思う。けど、その後連続してカレーってのはどうなんだろう?」
「作り始めるのは休憩後ですよ。ですから12時ちょうどからでも良いでしょう」
「それならお腹に入るか」
残れば私達が食べますよ。要は作る過程と、後片付けを学んで欲しいのですから。何よりこのカレー作りにはルヴィア殿やリン殿が参加されます。
何でも今工房に籠もられているであろう、魔法使いのリン殿や妹弟子のリン殿の口添えもあったとか。魔法使い殿も私と同じ気持ちなのでしょうか?
そこはわかりませんが、ルヴィア殿とシロウはお似合いです。師としてそういう機会も用意してあげませんとね。
「あ、そうだ。エルマとエルマの姉妹だっけ? あの二人出て行ったけど、バイトだろ? 良いのかな?」
「アルバイトは犬の散歩や掃除に留守番ですから、連れ立っても問題はないのでしょう。それよりもシロウ。あなたはクロにもっと投影を教えませんと」
「いや……。それを言われると辛いんですよ。実は宝具は俺だけど、包丁とかはあっちの方が上手いんだ。それでもクロエや帰ったクロには劣るみたいに感じる」
「マスターやエル殿から学んでいるか、いないかの差でしょうか?」
「そこだと思う。エルヴァさんの投影って本物の投影魔術なんだ。俺のような何かのこぼれものじゃない。そこを理論的に理解しているかどうかの差だと思うんだ」
そうですね。彼の妹御も論理的な子です。ところがクロエもイリヤも勘頼みなところがある。
そこをマスターやエルマが、あの子達に理解できる範囲で少しずつ教えていらっしゃるのですが、今いるクロもイリヤもそういう指導は受けていない。そこでしょうね。
「なるほどですね。あの子達も魔術師です。マスターが導くのが先ですか」
「うん。そこからだと」
「坊主。話し込んでいないで、飲み物を用意してやれ。今日も暑いからな」
「おっと」
そうして私達は子供達が来るまでの準備を続けたのでした。
朝食を終えた後、私はトロンメルを伴ってアルバイトの待ち合わせ場所となっている、マッケンジーさん宅に向かった。言わずと知れた、第四次で現在のロード・エルメロイⅡ世先生が潜伏していた家だ。
グレンさんとマーサさんの老夫妻だけで仲良く暮らされているのだが、10年前でもかなりお年を召されていた。お二人には息子夫婦と孫の男性が居るが、そちらは現在カナダのトロントにお住まいだ。
なので実は、誰よりもお二人の事を心配なさっているのがロード・エルメロイⅡ世先生だった。先生はお姉様にご夫妻を見守って欲しいとご依頼されていたのだ。
だから私はアサシンの巡回・監視コースにマッケンジー邸を早くから組み込んでいた。そしてこのアルバイトを思い立ったキッカケは、マッケンジーさんご夫妻をお孫さんに逢わせるためでもあった。
アサシンの報告から、ご夫妻が本当に良い方々とわかっていた。でなければ、時計塔の君主がそこまで気に掛けたりしない。きっと若かりし頃のロードは、さんざんお世話になったのだと思う。
だから今やある程度の給料を得られる身分となった先生は、マッケンジーさんにチケットを贈った。トロント行きの航空券だ。
息子さんのクリスさんとは行き違いのケンカ別れみたいになっていたが、それもエーデルフェルトのエージェントを使ってビデオメッセージや手紙を添える事で和解に至った。
結局息子のクリスさんにしても、両親を嫌っているのでなく、仕事が忙しく暇がないだけだった。そして移民の多いカナダだ。ビジネスチャンスは確実に掴まなければならない。気付けば17年も音信不通になっていた。
おまけにお孫さんが、この夏に結婚する事と決まった。それもお祝いムードで背中を押す形となった。
グレンさんは現在82歳。マーサさんもほぼ変わらない年齢だ。もう後がない。これが海外に渡る最後のチャンスだった。そこからだ。そこから留守を預かるアルバイトを思い付いたのだ。
「ふ~ん。そのマッケンジーさんは私の記憶じゃ、オーストラリアの人みたいだけど?」
「そう。ゲール系の姓だから遠いご先祖は英国なんだろうね。それが仕事の都合でトロントに渡って。冬木に移住したのは、その昔出張で訪れて気に入ったからなんだって。だからリタイア後に日本へ来たのね。でも息子さんと若奥さんは、元のカナダが良かったみたい。それでモメたらしいよ」
「広い空が家の屋根だって言っちゃう人なのかな?」
「旅好きで冒険好き。だからサクッとオーストラリアからカナダの会社に入ったし、海外ばかりの出張も気にならなかったみたいだね。奥さんのマーサさんが偉いよ」
「けど、息子さんは……と言うか息子さんの奥さんか。それはストレスだよね」
文化の壁、言語の壁。そして人種の壁。街を歩けば、チラ見をされるのも馴れた。けれどシャイな人だとそうは行かないのだろう。
ちなみに遠い祖先が英国と関係あると断定できるのは、姓に『マック』が入っているからだ。これは『◯◯の息子』という意味になる。
大手チェーンのあれはドナルドの息子という意味だ。つまり牛肉でなくアヒルやカモの……冗談だけど。それでゲール語では無いけれど『◯◯ソン』も同じで、『◯◯の息子』だ。
ジャックの息子だからジャクソン。と言うかソン=サンだからモロなんだけどね。マッカーサーだと『アーサーの息子』という意味だ。
『遠い子孫はコーンパイプを咥えて日本に降り立ったのです。日本を支配するために』
エルお姉様にこう言われたあちらのセイバーさんは、飛び上がって驚いたそうだ。あの人だけは……。
まぁ、それはともかくだ。お姉様がマッケンジーさん達を注視しろと私に命じた時のお気持ちを語ってくれたのだけど、それがとても深い内容だったのだ。
まず、エルメロイⅡ世先生が依頼してきたお気持ちを完璧に読んでいた。あの先生は若かりし頃、生死を賭ける戦いで、安易な魔術合戦ではないとも知らず、ただただちっぽけな虚栄心を満足させるためだけに聖遺物を盗んでまで参戦した。
それを諭し、もっと大きな生き方があると教えてくれたのが召喚した征服王な訳だ。そしてあの冬木の日々は有意義でかけがえのない体験であり、まさに一期一会の出会いでもあった。
そんなプラス面を理解していても、やはり若気の至りでやってはいけない事だったと、ずっと後悔されていたのだ。生き残って倫敦に帰れたのも、奇跡の積み重ねの結果であって、自分で勝ち取ったものではないと自覚されてもいた。
だからこそ征服王への敬愛や誓った忠節とは別に、マッケンジーさんご夫妻から受けた恩を忘れられないのだ。基本は真面目で、自分にも他人にもフェアな人なのだ。
そんな人だから、玩具のように扱ってもライネスさんは手放さない。
そしてそれはお姉様も一緒だった。恩を売るとかでなく、ああいう人だからこそ引き受けたと仰るのだ。またあちらもお姉様の性格を読んでいて、お姉様だからこそ依頼されたのだと推測できる。
要は『買われた』と言ったところだろうか。エーデルフェルトのエージェントが動いたのは、お姉様がルヴィアさんやオーギュストさんに頭を下げたからだ。
そこでマッケンジーさんが故国のオーストラリアに残した資産などを全部整理し、幾ばくかの金銭を息子さんのクリスさんに手渡した。この件があったから、オーギュストさんがオーストラリアに渡っていたのだ。
悲しい事だけれど、マッケンジーさんご夫妻に残された時間は短い。だからこそお姉様はグレンさんと話され、全ての委任を取り付けるに至ったのだった。
家族としての最後の触れ合い。それはエルメロイⅡ世先生の願いでもあった。この事が後々お姉様が時計塔の講師に就任する決定打でもあったのだけれど……。
「エルマはさ」
「何?」
「思った以上に自由だね」
「うん? どういう意味で?」
「上手く言えないけれど、あのエルヴァさ……ごめん」
「プロテクト?」
「うん、多分ね。ともかくあの人から、とても大切にされていて、なのに思うままと言うか……」
「あ~、それはあるね」
トロンメルが言いたい事は何となくわかる。
「プロテクトのいたずらかもよ?」
「え?」
「だから、あなたが感じている違和感。エルお姉様からあれこれ制約を受けてるのよ。それがバッテイングしていると言うか。多分だけど、それを解いたらスッキリするんじゃないかなぁ」
「でも……勝手に解けないでしょう?」
「そこはエルヴァお姉様に頑張って頂こうか。あなたの事業やあっちでの生活もあるから、強くは言えなかったみたいだけど、お姉様はあなたをこちらの世界で引き取る気マンマンだよ」
「そうなの?」
「うん、あの人はそういう人だよ。そういう人だから、私はこっちに残ると決めたんだもの」
「そっか……」
まず間違いなく、お姉様はエルお姉様からトロンメルを譲り受ける。事業でのこの子の仲間も、後任にメイドの誰かを据えれば納得するだろう。受け入れられるかどうかは別として、それでスジは通る。
何よりあの方の事だ。ここにトロンメルが来る事は計算の内だったと思うのだ。そしてマッケンジーさんの家の前で、私とトロンメルを見比べた友は悲鳴を上げた。
「い、言ってなかったけど、お姉様方が三つ子なように、私も三つ子なのよ」
なんて双子や三つ子が多い街なんだろう。自分で話していてヘンだと思う。けれど押し切るしかない。
「エルマや姉のエルヴァがお世話になっています。エルマと三つ子のトロンメルです」
あ、プロテクトが少し緩んだ? 『エルヴァ』と呼び捨てで言えた。この後、トロンメルは違和感なくスラスラと話し、桜とも仲良くなっていた。
解除キーのパターンが見えてきた。『桜』だ。あっちの桜さんと仲が良いとは聞いていたが、きっとそれは自分が素直に出せるからだ。
それもあってエルお姉様は凜さんに預けたのか……。
いつもこのような拙い文章をお読み頂いている皆様、誠にありがとうございます。
次回が後編になるか中編その2になるのか、自分でもわかりません。
ところでこれは予測していた事ですが、第一部より第二部の方が人気ありますね。
何よりあちらは中盤からどんどん文章が長くなります。そこでほとんどの読者が匙を投げるようです。
そんな反省もあり、第二部は各話の話を少し短くしています。
また第二部第一章がああいう内容なので18禁にしたのですが、エロに埋もれていくところがまた私の小説らしい。
薀蓄は良いとして、説教臭いわ、カタログの羅列みたいな文章は相当読み手を選ぶみたいです。
弓道警察どんと来いと、本気で取材した弓道回が一番人気がないのはショックでした。
けれど、士郎が活躍する夏の大会に向けての下地として必要な回でした。
平穏な日常を送る士郎の腕前を描かないと、アーチャーに至る士郎の才能を掘り下げられない。
それは絶対に必要なことだと思うのです。だから第二部はダラダラと長いと思います。
そこで皆様にお尋ねしますが、過去に書いた会話形式のエル達を描いた文章があるのですが、お読みになりますか?
もしご希望がございましたら、感想の方へどうぞ。今月の間、ログインなしの感想を受け付けるよう設定を変更します。
次回はイリクロ多めです。