※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第二部 並行世界篇   作:炭団

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後編です。


68、妹達 後編

 8時45分。9時開始ですから、この時間に集まった子供達は立派です。

 さぁ、説明に掛かりましょうか。

 

「「おはようございます」」

 

 挨拶から流れるように説明に入り、本日最初のプログラムは棚作りです。この棚はアウトドアなら調理器具やコンロが設置できますし、家で使うなら鉢植えを置いたりできます。

 本日の手順を覚えれば分解も簡単ですし、そうすると一番長い板の長さに全部収まります。子供でも持てる軽さで、専用の纏める革紐をランサー殿とマルガリータ殿が用意しました。元の世界で使って欲しいですね。

 

 棚が組み上がれば、そこに材料などを置いて、次はパンケーキとアイスクリーム作りです。

 パンケーキは薪や炭を使わず、CB缶のカセットコンロです。それは薪だと火加減が難しく、炭だと長持ちし過ぎるからです。

 昔は薪しかありませんでした。ですが、料理に関しては使い勝手が悪い。そこでカマド(ストーブ)やオーブンが生まれたのですが、ガスが普及するまで西欧はずっと薪でした。

 日本のように炭が庶民に使われていません。ですから黒炭から白炭に変化する事もありませんでした。これは製鉄と関係があり、炭は工業用の鉄を作るための重要な燃料だったのです。

 北欧には泥炭がありまして、炭用の良質な木を刈り尽くした欧州各国は泥炭を輸入するかコークスを待たねばなりませんでした。

 ところが私どものイングランドやアイルランドは、木もなければ泥炭もなかった。それでも産業革命を興し、世界を席巻できたのは、鉄の意味を探り紐解いた先人の知恵を、私達の後継が大切に護っていたからです。

 同じ炭を扱うにしても、暖を取るためのもの、調理するためのものと道具を使い分け造り上げた東洋の人とは根本的に異なるのでしょうね。

 さて、そのガスですが。以前、フィンランドへ調査のお手伝いに行きました。その時使われていたのが、OD缶の分離型バーナーでした。

 これは一体型だと、倒してしまう可能性があったからです。自然保護地区ではスープ一つこぼせません。そこまで気を使うのが本当の自然保護なんですよ。

 つまり地面に何一つダメージは残せない。ですから焚き火なんてもっての外です。

 ところが日本に帰りエーデルフェルトに落ち着けば、場所こそ限定されますが焚き火も炭火も思いのままです。まぁ、調理の時間や燃焼効率など現代の知識をある程度得てしまえば、ガスやガソリンに勝るものはないのですが。

 それでも雰囲気が欲しい時はあります。その時は自作の小さな焚き火台を使っています。小屋の灯りも基本私はキャンドルランタンですよ。

 それもエーデルフェルトから出る食用油の廃油を濾して、香料を入れ凝固剤で固めたものです。灯りはこれと空き缶で作ったランタンと、市販のハリケーンランタンを持っていますが、もっぱらキャンドルランタンの使用が多いです。

 私の時代はタイマツばかりで、オイルランプも器に芯を横たえ、獣脂を燃やしていました。そしてどんな城であっても、必ず窓がありました。採光のためです。

 魔術があっても、自然から得られる光の方が便利で有用だったのです。

 食事の話に絡みますが、暖炉のある場所即ち灯りのあるところです。そこに皆んなが集い、一斉に食事を摂り、そこらで寝っ転がる。それが円卓に入れぬ騎士達の普通の姿でした。

 個室のある我々にしても、部屋に入ればオイルランプを早々に消して眠りました。それくらい油は貴重だったのです。タイマツも廊下で使う場合がほとんどで、部屋では消していました。石造りの城でも内装は木製ですから、火災防止は大切です。

 そして、食べ物に関しての火は薪ばかりでした。ですから消したタイマツを翌朝は広間に持っていくのです。そうすれば調理や暖炉に使えますからね。

 ただ、一度味わってしまえば、食べ物に関しての焼き物は炭に限りますね。遠赤外線でじっくり炙った食べ物は素晴らしい。今晩は網を使った牛肉の炭焼きです。これも日本の良さです。

 ですが今回は火に不慣れな子供達が使います。そこで比較的安全なカセットコンロなのですよ。カセットボンベ、略してCB缶。日本独自の規格です。

 寒さには弱いですが、1本で4時間弱は持つ。冬はコタツで鍋料理を振る舞うとマスターが約束して下さいました。私は経験がありませんが、アーサー曰く、抜け出せないほどの魅力があるそうです。楽しみですね。

 そんな本来の厨房から離れた場所でも、料理ができるもう一つのカマド。それが卓上コンロなのですが、これがここ日本では本当にありふれていて、どこの国の人よりも気軽に食事場所を換えて楽しんでいるそうです。

 そうなると当然野外へ持ち出す人も居ますし、そういう野外用のカセットコンロが販売されても居るわけです。

 断言しますよ。世界規格のアウトドア缶、略してOD缶は緊急用に取り置き、普段は価格も安いCB缶で楽しむのが日本ではお得です。

 とは言え、昼からの飯盒炊さんは薪をカマドに焚べて行くんですがね。

 

「おら、受け取れ!」

 

 ガラガラゴロゴロ

 

「えいっ!」

 

 ガラガラゴロゴロ

 

 何をしているのかですって? ご覧のとおりですよ。蓋のある塩ビの管の中に、砂糖にミルク、ホイップクリーム、バニラエッセンスを混ぜた缶ジュースの空き缶を入れ、その周りに氷と塩を入れ、地面がコンクリートの部分で転がしているのです。

 勿論、缶には適度なキャップをして、ガムテープで止めていますよ。今、お互いが座って対になり転がしているのは、イリヤとランサー殿です。

 先にホットケーキのレクチャーをシロウが行い、次にアイスクリームの説明が私。そしてランサー殿を交え二手に別れるのです。

 こうすると交代でホットケーキが焼けますし、アイスクリーム作りも交代して体験できます。キモは二人とも体験でき、同時にできあがる事ですからね。

 

「では交代です」

「は~い」

 

 今度は私とクロがアイス作りですよ。

 

「クロ、上手く焼けた?」

「うん、ばっちり。美遊のお兄ちゃんは教え方が上手ね」

「厚焼きだけど保温はランサーさんがやってくれるからな」

「ああ、ルーンを掛けといてやるぜ」

 

 こうしてトッピングはアイスとセットでできあがる寸前に行います。それを写真に撮って実食です。

 イリヤとクロの交代も含めて30分も掛からず完成です。さぁ、シロウ特製の果物のはちみつ漬けを使って、盛り付けて頂きましょう。

 

 シロウが私とランサー殿の分も焼いてくれていたのですが、これは甘くて美味しい。口休め的なアイスがパンケーキの甘さや、はちみつ漬けやホイップクリームの甘さとは違って良い塩梅です。

 同じ系統の味なのに、それぞれが違うと言いますか。バターはお好みなんですが、ランサー殿と私はたっぷりです。さすがに甘い。ですが、適度に冷やした紅茶と合いますね。

 そしてあの子供達の笑顔。大喜びですよ。休憩後の飯盒炊さんは、初めてなら少々大変と思いますが、頑張って下さいね。何より自炊場には屋根もありますし、電源も通っています。

 冷蔵庫は私の小屋にしかありませんが目の前です。中にはシロウが用意したお茶がキンキンに冷えています。樹々にはタープを渡していますので、木陰もあちこちにあります。熱中症の心配もないでしょう。

 おやつの後は1時間半の魔術の講義と実技でした。講義はマルガリータ殿とリン殿が担当で、実技はルヴィア殿とアーチャー殿が担当です。ここはクロの希望を取り入れたという感じですね。

 間に10分の休憩を挟んで40分ずつの配分です。カリキュラムはマスターが組んでいます。途中戻られたエルマ殿も加わり、子供達には有意義な時間だったようです。

 礼装なのか宝具なのか、英雄王のものであるらしき何かが空に浮かんでいましたが、これは仕方ないでしょう。何よりあれは英雄王というより、アルトリア殿がそう願った可能性もありますからね。

 

「じゃ、集まってくれ。次はカレー作りだ」

 

 始まりましたね。シロウが道具の事や作り方を説明しているのですが、皆んな真剣です。特にルヴィア殿とマルガリータ殿は、リン殿が呆れるくらいです。

 

「何でそんなに真剣なのよ? カレーなんて、もう何度も作っているでしょうに?」

「こういうアウトドアで薪での調理は初めてですのよ」

「私もです」

 

 これがルヴィア殿とマルガリータ殿の参加動機です。リン殿はご自分が子供の頃に体験なさっているそうですが、それでもシロウの説明する方法に思うところがあったようです。

 彼は普通の料理だけでなく、アウトドアの料理も上手い。フィンランドでは、アーチャー殿が感心していましたからね。

 そして本日のこの企画は、ある程度人数を割ったところに意味があります。子供達の分は丸型の飯盒で5合炊きなんですね。そこにシロウと私が入り、目一杯の5合で炊くのです。

 この時点でエルマ殿とトロンメル殿は、食堂で食事を済まされアルバイトに戻っています。なのでルヴィア殿とマルガリータ殿にリン殿は同じ型の飯盒を使って3合で炊きます。

 更にはアーチャー殿がランサー殿と組んで別の飯盒で3合炊くのです。わかりますか? 要は3班に分かれて、カレーの出来具合を競い合うのです。

 子供達の分は甘口にならざるを得ませんが、私やシロウは何かを後で掛ければ良い事です。審査はお互いが、好みに左右されず客観的に行う事と決まりました。

 そして最終審査は夕方、マスターが温め直したものを味見して決定です。なのでカレーを少量、それぞれタッパに入れ冷蔵庫で保管です。

 そんなですから、女性三人とアーチャー殿は気合が入っています。具もルーも指定はありません。時間はたっぷりありますので、十分凝ったものが作れるでしょう。

 そこでインタビューです。

 

「どのようなカレーを?」

「スパイスから調合しようと思う。とは言え、そこまで凝らず風味を活かす感じだな」

「美味けりゃ、何でも良いぜ」

 

 なるほど。頑張って下さい。

 

「仕上げはハーブよ。今まで色々試したけど、ローズマリーが一番合うわね」

「レモングラスも良いですが、アジアのテイストでなく西欧風に仕上げるならローズマリーですね」

「普通に市販のルーでよろしいのに。どうしてこんな事に」

「一番強気のあんたが、何で弱気なのよ?」

「カレーだけは箱の通りが一番だと思いますのよ」

 

 それ、私にも経験があります。日本式のカレーは簡単なようで奥が深い。では子供達は?

 

「こっちは期待しないで。負け確定だし」

 

 そんな事はありませんよ。

 

「けど、私らカレーを作るのなんて初めてだよ?」

「イリヤ! こっちのクロエとイリヤは、何度も練習してから自然教室に臨んだのよ。気持ちだけでも負けちゃ駄目!」

「その分の手伝いが俺だから。心配するな。一つ一つ丁寧にやれば、ちゃんとしたのができるから」

 

 やはりシロウ頼みな面が出てきますね。ですがこれも計算のうちです。

 まず、女性陣三人は空気を読み、敢えて難しい方法にチャレンジされているのです。これはアーチャー殿も同じです。判定の基準は、今できる最高を出せたかどうかですから。あなた方にもチャンスはありますよ。

 ただ、勝負にはフェアであるべきです。そこをランサー殿を通してエルマ殿が見聞きし、マスターへパスを通じて奏上し、最終判定の参考にする訳ですね。

 

「しかし……カレーにこんな上等な肉を使っても良い(ものな)のか……?」

 

 弟子と赤き英霊は同じ事を呟いています。言わずもがなこの肉は英雄王からの下賜なのですが、私もアーサーも、いや……ここに居る全員が、あんな肉を食べた憶えはないでしょう。

 

「使わねぇと痛むんだ。どんどん喰っちまうに限る」

 

 あなたは本当に気風が良い。

 

「ならばこそだ。ここまで良い肉なのだ。じっくり焼いてメイラード反応を引き出したい。それを煮込むというのはどうなのだろうか?」

「そりゃ、お前ぇ。焼いた方がウマいなら、焼いて乗せちまえば良いんじゃねぇか?」

「む? 肉をトッピングにするのか……?」

「おうよ。そんでここの脂の部分とかあるだろう? ここを野菜と一緒によ」

「なるほど。最低限の肉で炒め、その脂で野菜をコーティングする訳だな? その方がスパイスが活きるか。よしっ、それで行こう」

 

 アーチャー殿は意外と頭の硬いところがあります。そこが彼の良さであり、アーサーとウマの合うところなのでしょうけれど。ただ私、因縁云々抜きに見ればですよ? 彼に必要な友は、ランサー殿みたいなタイプだったと思います。

 

「単純なようでも色々な作り方があるものね?」

「ですよね。家庭ごとに異なる味になると本で読みましたが、さもありなんです」

「そこですわ。これぞエーデルフェルトという味を生み出したいものです」

 

 ルヴィア殿はこうやって自分からハードルを上げていくタイプです。それが全部、自分へのモチベーションとなっているのですから立派なものですよ。それに出会った頃より安心感がありますね。

 三人は肉だけを炒め、そこに切った野菜と水を入れて煮込み始めています。インスタントコーヒーの粉を大さじ一杯入れられていました。ローリエの葉が浮かんでいますよ。

 一方、シロウ達は?

 

「はい、切った野菜」

「こっちは切らなくていいの?」

「ああ、こっちは切らないでくれ。切った方は鍋に入れて煮込んでいこう」

 

 さぁ、どのグループも煮込みに掛かりましたよ。

 途中、リン殿はローズマリーを鍋に入れ、10分ほど後に取り出しました。アーチャー殿は次から次へと鍋に何かを入れています。

 シロウ達は薪を寄せて鍋や飯盒の位置を換えています。そして火の勢いが強い場所にフライパンを置き、何かを焼き始めました。

 マルガリータ殿が早々と飯盒をカマドから避けて蒸らし始めました。次にアーチャー殿とシロウも。ここでアーチャー殿もルヴィア殿も薪を寄せました。

 火力の強い部分の上に、アーチャー殿はフライパンを乗せました。リン殿はカレーの鍋をそこに移動するだけでした。

 あれ? 大鍋に隠れて見えていませんでしたが、シロウ達のカマドには小鍋もありますよ?

 そこから20分ほどで全員のカレーが出来上がりました。

 

 リン殿三人のカレーは予告通りハーブが決め手なのでしょう。見た目はごく普通のカレーです。アーチャー殿はガーリックバターライスの上に厚切りのステーキを乗せ、肉のない部分にスパイシーなカレーを掛けています。

 シロウ達は……お? ご飯が黄色い。飯盒でサフランライスを炊きましたか。そこにカレーを掛け、肉巻きをトッピングしていました。いつの間に?

 ああ……あの小鍋は別口で細く切ったジャガイモやニンジンを湯がいていたのですね。三者三様見事なものです。全グループがタッパに選り分けました。私が預かり冷蔵庫で保管します。

 これとは別に各グループがもうひと皿余分に作っています。これはお互いが試食するためです。取り分け用のスプーンと小皿代わりのシェラカップを用意しました。

 

「ランスロット。このシェラカップは見事にバラバラだな?」

「ええ、私のコレクションですよ。アルミにステンレスにチタンにブラス。何でもあります」

「安上がりで実用的なコレクションとは思うが、大概だな」

 

 言わないで下さい。私は普段それが皿であり、お茶椀なのですから。私は先程から解説とは別に、マスターから預かったデジカメで写真を撮っています。どれもこれも見事な出来栄えです。

 

 アーチャー、ランサー組/見事なまでのステーキカレー。カレーはスパイシーで肉の旨味が引き立ちます。またガーリックバターライスも香ばしく、とても良いですね。

 彼らしい卒のない料理です。付け合せのピクルスも中々です。

 シロウ、イリヤ、クロ、ランスロット組/細かな部分や危ない事はシロウか私が行いましたが、野菜を切ったのもお米を研いだのも二人の子供達です。これも良い出来です。

 サフランライスは以前マスターとエルマ殿の誕生日に、あの子達が頑張ったのを二人が聞いていたからこそのチャレンジです。肉巻きのアイデアはシロウですが、何かをトッピングするのは子供達のアイデアですよ。

 ルヴィア、リン、マルガリータ組/一見何の変哲もないカレーなのですが、具がやたら大きい。このゴロゴロしたジャガイモやニンジンを野外でというのは難しいものです。

 今回、マスターは面白い条件を出しました。全員、魔術の使用も可能なのですよ。問題はたかがカレーごときに宝石を消費するのかという、葛藤を産ませる条件でもあります。要は抑止な訳です。

 それが功を奏し、全員が自力で作り上げました。カレーはどうにでもなりますが、火力をコントロールしないとご飯が焦げます。

 ここが罠だった訳ですが、一歩下がって冷静だったルヴィア殿がマルガリータ殿を味方にし、暴走しがちなリン殿を上手くコントロールしました。

 ご飯は底が少し薄茶色な部分があっただけで、上手な炊きあがりです。そしてカレーはコクがあり、ほんのりとハーブが香る素晴らしい出来です。何よりこのゴロゴロ野菜はお見事ですよ。

 どれもこれも本当に美味しい。強いて言うなら、私はアーチャー殿のダイナミックなカレーですね。ですがそれは私が男性であり、スパイシーな方が好みだからです。他のふた組も負けていませんよ。

 結局、皆んなが相手のをお代わりしたりして、和気あいあいと飯盒炊さんを終えたのでした。

 

「ちょっと! 何でアーチャーの鍋はあんなにキレイになるのよ?!」

「リン、シェロのもそうですわ。子供のチカラであんなにピカピカと?」

「魔術ですか?」

「あらぬ疑いを掛けんでくれ。鍋や飯盒の外側に予め洗剤を塗っていたのだ。薪を燃やすとススの中にあるタールが汚れを落としにくくする。なので何らかの予防策を講じるのは当然だぞ?」

「そうだぞ。俺でもこれは知ってたぞ?」

「え~っ!?」

「ほら、一旦水を止めろ。このカレーを流し終わった大鍋にお湯を張って、このように灰をだな……」

「灰?」

「この中で洗い給え。飯盒の汚れはこれでマシになる。それとこの燃えカスの木炭になった部分で、煤けた部分を軽くこすっても良い。タールの混ざった汚れは水と洗剤だけでは落ちにくいが、同質のものとくっつくという性質がある。そこを利用するのだよ」

 

 さすがはアーチャー殿ですね。

 

 

 お風呂は学校ごとで、ひとクラス20分だ。さっと入ってさっと出ないと。

 

「髪の毛、乾かす時間ないのかなぁ」

「ないわよ。2組とすぐ交代なのは初日でわかっているでしょう? それに今日は初日以来の一番風呂だから、後がつかえてんのよ」

 

 昨日は3組が最初で、一昨日は2組が最初に入った。そんなふうに順番は毎日違う。

 しかし、自分の体操服がクサイ。汗はともかくスス臭い。イリヤは鼻の頭やホッペタにススが付いているし、美遊は髪が灰だらけだ。黒髪だから目立つんだよね。

 でもこれが今日頑張った証だ。

 

「お湯をかぶったら一気に髪とカラダを洗うわよ」

「うん。流しっこしたいね?」

「そんな時間ない! こらっ! タツコ、飛び込むな!」

 

私たちの後に2組、3組と続いて、その後によその学校が入るのだ。上がり湯以外入るなって、先生に言われているのに。私は活動班の班長であると同時に生活班の副班長でもあるから、こういうのも目を光らせなきゃならない。

本当は班長のイリヤが言うべきなんだろうけど、あの子はタツコに妙に甘い。それは低学年の頃からの友人だからだ。

同じ顔をした姉の私が言うのはなんだけど、イリヤはかなりの美少女だ。そしてタツコも可愛い顔をしている。それでもって二人ともハーフだ。

なので小さい頃から周りの人にジロジロ見られていた。それがイヤでふさぎ込んだイリヤを、励ましたのがタツコだったのだ。

 

「私、クロお姉ちゃんと来れて良かったよ」

「イリヤ……」

「明日も頑張ろうね?」

「その前に今夜、肝試しがある」

 

 美遊が現実を突きつける。イリヤはそれを忘れようと必死だったのに。我が妹は、それはもうユーレイとかそういうのにとんでもなく弱い。

 あの城で黒化英霊とビシバシ戦っていた子が、とにかくユーレイやオバケに弱いのだ。そこはタイガーも心配してくれて、イリヤのペアは私と決まっていた。

 

「ずっと手をつないでいて……?」

「もう、目を瞑っていなさい。ゴールまで手を引いてあげるから」

「う、うん」

 

 それアサシンに撮影されて、後で日本に来たエルヴァも見るんだと思う。イリヤ、あなたもお姉ちゃんなのよ?

 

 

 時刻は午後の2時。一番暑い時間帯だ。白く眩しい砂浜に陽炎が揺らめいている。そんな中でチリチリに熱された鉄板。カツカツと焼きそばを炒める俺。

 客観的に見て実に真面目で健気だと自分で思う。けれどそれが俺だ。根っからの貧乏性なんだな。

 なんでこんなアルバイトをしているかって?

 理由はあるよ。まず、俺は養子だ。養親にも血の繋がらない姉や妹達にも何ら不満はない。けれどどこか甘えちゃイケないって気持ちが昔からあった。それがアルバイトを始めたキッカケだ。

 最初は中等部2年の頃だった。無理を言って、夏休みから毎朝新聞を配った。俗に言う新聞配達だ。ただ、自転車の中学生だったので、エリアは限られているし、折込みを入れる作業は大人の人が手伝ってくれた。

 毎朝2時半に新聞販売所に入り、明けるのは5時半頃だ。集金も営業も販売所の人がやっていた。俺が担当したエリアは深山町の武家屋敷が建ち並ぶ辺りだった。

 冬木は周りが山だから坂が多い。特にあの辺りはキツい坂が多く、原付きでないと厳しいところだった。けれど俺は自転車で頑張った。きっと意地になってたんだろうな。

 最初に言ったように、家族に何ら不満はない。好きな事をさせてくれる両親には感謝しかないし、甘えてくれる妹も可愛い。二人の家政婦も家族同然で人間関係に問題はない。

 それでも親父に働きたいと、アルバイトをしたいと訴えた。新聞配達はその親父が見付けてきた仕事だったのだ。部活の弓道部や学校行事で休む場合もあったけれど、中等部を卒業するまで続けた。

 高等部に進学すると、やはり勉強も疎かにはできないので、長期の休みのときだけアルバイトをやった。スーパーのバックヤード整理や酒屋の倉庫整理などなどだ。

 今までのアルバイト代はほとんど全部貯金してある。大きな出費は二張り目の弓と矢、それとカケくらいなものだ。

 先日、美遊ちゃんのお兄さんと話した。相談したいことがあったんだ。

 

『それはあれだ。恩返しだよ』

『恩返し?』

『そう。今更だって気持ちがあるから、その言葉が浮かんで来なかったんだと思う。もやもやした……何か返したいって気持ちに、士郎はけじめというか区切りを付けたいんだよ。それって要は感謝だろ?』

『うん、そうだ。感謝だ』

『な? ま、そういうのを気にしない人達だと思うけど……。けど、それって恩返しだ』

『ああ、なるほど。なら、俺はどうしたら良いと思う?』

『そうだな……今、幾らくらい貯金があるんだ?』

『200万ほど』

『そんなに貯めたのか!? なら……物とかだと今更感が強いし、お土産と変わりないもんな。なら……旅行でもプレゼントしたらどうだ?』

『それだ!』

 

 そしてそこに自分は行かないという……。俺は弓道部の副部長で選手でもある。なので練習は休めない。だからこればかりはな……。

 

「その焼きそばはウマいのか?」

「は、はい!」

 

 そんな事を考えていたら、目の前にお客が居た。白人男性だ。金髪で白いタオル地のパーカー。下半身も白いハーフの水着で足元は金色のビーサンだ。

 首に掛けている金のネックレスが凄い。けれどチャラけた感じはしない。なんというか、身分や住んでいる世界が違うって感じだ。

 

「当店自慢のイチオシ商品です。焼き加減も野菜の多め少なめも、時間を頂ければご注文通りに焼きますよ」

「ほぅ、この価格でそこまでするのか。大儀であるな。その焼き上がったもので良い。一つ寄越せ」

「はい。お代はあちらのレジでお願いします」

「あいわかった」

 

 男の俺が見ても美青年だと思えるゴージャスな客は、焼きそばを受け取るとレジに向かった。大慌てでエルヴァさんが、レジに入った。そしてしきりに頭を下げお礼を言っていた。知り合いかな?

 あ、店長に声を掛けてパラソルのある椅子に二人で座ったぞ? そっか……エルヴァさん、まだ休憩取っていないんだった。

 

「ここに来るのか……」

 

 振り向けばイリヤさんだった。

 

「知ってる人?」

「うん。エルヴァの義理の兄よ。一番上のお姉さんの旦那様なの」

「え? あの男性が?」

「そう。気になるだろうけど、あんまりエルヴァに聞かないであげてね。身分を隠さなきゃダメなほどの大金持ちらしいから」

「そうなのか。そんな人がなんでまた?」

「出張か何かで日本に来たのかな? エルヴァに逢いに来たみたいね」

「そっか……」

 

 別に逢いに来た事はなんとも思わない。けどなんて言うのか……仲が良さそうな二人を見ていると、エルヴァさんが急に遠く感じられた。俺ってやっぱりシスター・コンプレックスだ。

 男性は焼きそばを一口食べると、残りをエルヴァさんに渡していた。口に合わなかったのかな? けれど、どうもそういうのじゃないみたいだ。焼きそばを買ったのは、エルヴァさんに気付かせるめだったとわかるから。

 もしかしたら、エルヴァさんが休憩に入る時間をしばらく見計らっていたのかも知れない。仕事に関しては厳しそうだけど、そういう気遣いができる人のように思えた。

 そして案の定、エルヴァさんの休憩時間が終わる前にサッと離れていった。駐車場に向かったみたいだから、もう帰るのだろう。その後姿に、いつまでも手を振るエルヴァさんが印象的だった。

 

 そうしてその日のアルバイトが終わったんだけれど、帰りのバスでエルヴァさんはため息を吐いていた。

 

「どうかした?」

「うん? あ……。そうですね、ほんの少しホームシックになったようです。これもおチビちゃんやクロエちゃんが居ないからですよ。早く帰って来ないかなぁ」

「でもさ、同じ従姉妹の……」

「ですね。勿論あの子達も可愛いですよ。ですが、従姉妹であって姉妹という感覚は乏しいかな」

「そうだな。あっちじゃ、クロエとずっと一緒だったんだものな」

 

 エルヴァさんはやっぱり妹達を大切に考えてくれている。それでもって、乏しいと言いつつ従姉妹のあの子達の事も考えていた。

 と言うのも、あの子達が楽しめるように、あれこれ手を打っていたみたいだからだ。それが家に帰ってからわかった。クロとイリヤが本当に楽しそうに今日あった事を話していたから。

 それもルヴィアさんや遠坂が協力してくれている。庭師の人や美遊ちゃんのお兄さんも。

 

 

 戸締まりを済ませ、桜を見送った私達は家路についた。夜間の警戒用に設置している礼装は、既に起動してある。何かあれば、私とアサシンにすぐわかるようになっている。これは預かっている五軒全部だ。

 

「念入りだね?」

「時計塔のロードからの依頼だからね。無碍にはできないよ」

 

 私は本日雑務をこなしながら、お姉様と長距離念話をしていた。深山町の洋館街は海と遠い。私としたら、かなり頑張った方だ。そこでトロンメルの精神モデルが、トントさんではないかと聞けた。

 これはお姉様の予測でしかない。けれど間違っていないと思えた。その確認もあってこんな事を尋ねたのだ。

 

「トロンメルってピアノを弾ける?」

「う~ん……簡単な曲なら、少しだけ」

「どんな?」

「ブルグミュラーやストリーボック、それと……」

「オースティン?」

「うん」

 

 ピアノの練習には王道的な順序がある。最初は運指を覚えるために簡単な楽譜が使われるのだが、それが長年『バイエル』だった。

 前半がト音記号に偏っている、88鍵あるピアノの真ん中しか使わない。そんな事もあって、今は使わないピアノ教室も多い。

 だけど保育士や小学校の教員採用試験での課題はバイエルだし、曲に振られている番号が即難易度となっているので、その人の習得度が一発でわかる。

 そんな風に賛否両論あるけれど、前半の『赤バイエル』を幼稚園頃に習い、後半の『黄バイエル』から『ブルグミュラー』に進むのは昔からの王道だった。

 これはエルお姉様やイリヤお姉様も同じで、エルヴァお姉様もその記憶をお持ちなのだ。

 ところが私は楽器が全然ダメで、先日お姉様から『猫踏んじゃった』を教わったばかりだ。これは左手が簡単で、途中で右手と左手を交差させるところが上級者っぽいので結構楽しい。

 何よりメロディーは誰でも知っているのに、誰も知らない有名な曲なのが良かった。誰も知らないとは、作曲者が不詳なのもあるが国で曲名が異なるからだ。

 例えばドイツでは『ノミのワルツ』、スイスでは『カツレツ』、ドーバー海峡を挟んだ二国では『お箸』となっている。

 それはともかく、トロンメルはピアノを幼少時から続けて来た、小学校の高学年レベルの腕前はあるのだとそこでわかる。

 以前、ルヴィアさんがエルお姉様もいらした晩餐会で、お姉様方のピアノ演奏に惚れ込み、ものは試しでラフマニノフの大カデンツァを頼まれたというお話を伺った。

 実際のところ、ルヴィアさんはそのレベルにご自分が達していない事はご自覚の上で、指の動きを滑らかにするためにそこだけを個人練習されていただけだったという。

 あの方は正直な方だ。ショパンの『幻想即興曲』辺りが限度で、高校生レベルでしかないと仰っられていた。

 だけどサラッと弾けるお姉様方が異常なのであって、本当の努力で巧くなった人はあちらの桜さんであり、ここのルヴィアさんだとお姉様は仰っている。

 なにせあちらのルヴィアさんはピアノ好きでも、ショパンならノクターンが限度なのだ。

 そしてトントさんはドラムやキーボードが上手い。となるとトロンメルも。だから『太鼓』なのかと納得した。

 

「湯山昭の『お菓子の世界』を全曲通しで弾けるようになりたいなぁ」

 

 いや、知らないけどさ。凄いな、この子。帰ったらお姉様に尋ねよう。っていうか、ろくすっぽピアノなんて弾けないのに。私の知識ってヘンだよね?

 

 

 いつものバス停から歩いて、お互いの家の前で士郎クンと別れた。門を抜けると正面玄関の真ん前にキーが刺さったままのバイクが止まっていた。

 それはヤ◯ハのTW225Eだった。色はビビットオレンジメタリック。04年の新色だ。エルはこの冒険バイクが大好きで、200時代の角型ライトや丸目の最終型、02年に出た225など数台持っていた。

 TWとはトレールウェイの略で、それは道なき道を進むアドヴェンチャー・バイクだった。後に南極にも行った日本人冒険家と、エンジンを換装したTWで北極点に到達したと知ったのは驚きだった。

 だからオフロード好きで、オフロードで腕を磨いてきたエルはこのバイクに憧れた。足も届かないのに、スイス時代に2台も輸入していた。

 日本を拠点としたのは、日本のバイクのお膝元だからと嘯(うそぶ)いてもいた。それくらい彼女はバイク好きだ。姉のイリヤが鈴菌に罹患したのはルオン・ママのせいだけど、バイクに乗るようになったのは間違いなくエルの影響だ。

 

(ルオン・ママはカタナや油冷をこよなく愛する人だけれど、普段の愛車はV型2気筒のSV650Sだ。そしてクルマはエスクードとグランドエスクードに乗っている。

そのSVはフレーム断面が角型でなく、D(オーバル)型の初期型VP52Aで、カウル付きの『S』だ。日本ではあまり人気がないバイクだけど、欧州ではとても人気があり、中間排気量の名車だ。

往年の2サイクルだけでなく、悪名高きロータリー・ダンパーのTL1000SやTL1000Rもコレクションしていたので、筋金入りの鈴菌だと言える。

そして姉のイリヤは2サイクルがアプリリアのRS250(RGV-Γと同じスズキ製V型エンジン)で、ツーリング用の400は油冷4気筒のイナズマを持っていた。

普段乗りは250単気筒のグラストラッカーで、お買い物はアドレスのV100だから、立派な感染者だ。

なお鋳造の数年後、私(エル)の乳母となったマアエモ・ママは、マクラーレン・ホ◯ダのMP4/4(6台制作された内の中の1台。お祖父様のコレクション)の前だと私が泣き止むのを発見した。

それ以来ママはホンダ党だが、当のエルはヤ◯ハ党だったりするのは諸行無常というか、どういうアレだろう?

 

 そんな彼女が普段乗っていたのは、02年のレディシュイエローカクテルだった。ハンドルやレバーを交換して、クランプをロングタイプにしていた。これは後輪荷重にした時にも、ハンドルに手が届くようにだ。

 オフロード車なのでハンドル幅は広いが、ノーマルよりは狭い。ともかく自分が操縦しやすいように、あちこちカスタムしてあった。

 だけど、これは冒険バイクだ。瓦礫を跨ったまま足で登るセローと同じ。どこまでもどこまでも突き進むバイクだ。だからスカ・チューンなんてものは絶対にしなかった。

 それと同じカスタムが、この新車にも施してある。

 ナンバーは付いているし、自賠責のシールも貼ってある。ナンバープレートは『00-11』。まさかと思い、右側後方にある小物入れやシート下を探ると、任意保険の契約書が入っていた。10年分一括で払ったらしい。

 王様だ。姉に訴えても貰っておけと言うだけだろう。お礼を言っても知らない顔をするだけだ。仕方ないのでありがたく頂くことにした。大切に乗り倒す以外、感謝する方法はない。

 正面玄関に置き場所はないので、裏手に押していった。石で組まれたバーベキュー・グリルのある辺りに、屋根が張り出しているところがある。そこにバイクを取り敢えず置かせて頂いた。

 この家にはガレージもあるが、そこにはエーデルフェルト家のクルマが数台止まっている。もし置かせて頂けるなら、あそこがベストだけれど。そうそう甘える訳にもいかない。

 後はランスロットさんに頼んで、小屋の横に置かせて頂くかだ。衛宮の家はカーポートが満杯だし、お父さんの借りているガレージも、レンジローバーがギリギリだ。

 こうなると自分で借りるか、独立して家を建てるしかない。けれど、ルヴィアも凛も今の生活を気に入って楽しんでいる。私が出ていけば、エルマもイリヤ姉さんも出ていくだろう。

 それで気まずい思いはさせたくない。だから頭を下げる他はないのだと思う。そんな事を考えながら正面玄関に戻ろうとしたら、後ろから声を掛けられた。

 

「よう、おかえり」

「ただいまです」

「やっぱ、動じねぇな?」

「あなたの気は、本気なのか遊びなのかがわかりやすいですから」

「敢えてそうしてるって思わねぇのか?」

「そこも含めてですよ。ですが……エルマが魔力を送る、今のあなたは正直怖いです」

「よく言うぜ……」

「時にあなたは、自分自身を殺せますか?」

 

 彼の赤い瞳に動揺の色はなかった。そんなのとっくに決まっているし、それをお前はわかっているだろうに、という呆れの色が濃かった

 

「今更でしたか?」

「ああ」

「なら……。魔法使いの凜が仕事を持って来た時は受けてあげて下さい。凜なら最高の舞台を用意してくれますよ」

「わかった」

「それと、あの子達の元の世界がほぼ絞れました。候補は三つ。その内の一つで間違いありません」

「そこで情報を集めて、別の世界だな?」

「ええ。喜んでいましたか?」

「ああ。最初は表面上だったが、途中からは心底楽しんでいたと思うぜ」

「感謝します」

「ランスと坊主にも言ってやんな」

 

 それで私はランサーとともに裏庭の奥に向かった。

 

 

 虫に刺されないように長袖長ズボンで表に出れば、空の色が濃い青でいくつか星が見えている。時刻は夜の7時。宿舎前の広場だ。虫除けスプレーの匂いが辺りに広がっている。

 けれど夕方に多いブヨには効かないらしい。この時間になるといないらしいけれど、それでも長袖の体操服と長ズボンを全員が着ている。毎年の決まりらしいけど、お風呂上がりだから暑いっつうの。

 私達は今から肝試し兼星の観察に向かうのだけど、途中に魚つかみをした川の横を通るらしい。そしてその川と道路を挟んだ反対側は田んぼだ。

 もしかしたら帰りに川でゲンジボタルが、田んぼでヘイケボタルが見られるよと宿舎の人が話してくれた。昆虫大好きな男の子は喜んでいたけれど、お風呂から上がってからこっち、イリヤはズ~ンとしていた。

 夜だから静かに歩きましょうと指導員の声が届く。後はザッザッザッという皆んなの靴音が響くだけだった。やがて宿舎の人の案内で肝試し会場(会場ってなんだ?)に到着した。道路から外れた森? の入り口にある広場だ。

 先生の静かな掛け声で、クラスごとから肝試しのペアになって順番に座っていった。それが終わると真上を見て下さいと先生が言った。

 

「「うわぁ~~~~~」」

 

 満天の星空だ。誰に教えられなくとも、真ん中の星がいっぱいなスジが天の川だってわかる。先生が説明する前に、何人かが真後ろの『夏の大三角形』を見つけていた。

 どれがなんの星かは知らないけれど、天の川を挟んだひときわ明るい二つの星が織姫と彦星だってすぐにわかった。

 

「美遊の世界でもこんなだったね?」

 

 隣のイリヤがささやく。星がよく見えるなぁ、城ではつらかったなぁとしか憶えていない。

 あ、そっか。お姉ちゃん達は星を見て地軸がおかしいと気づいたんだ。きっと夏の星座とは少し違っていたのかも。もっとよく見ればよかった。

 

「あれがわし座のアルタイルで彦星の事です。天の川を挟んだあれがこと座のベガ。織姫の星です」

「ベガはベガでもホクトベガ」

 

 ぼそっと言ったのは写真屋さんだ。こっちにも同じ写真館があるから、自然学校には競馬好きのお兄さんが来るだろうってお姉ちゃんから聞いていた。だから馬の名前なんだなってのはわかっていた。

 

「そして天の川の中にあるのがはくちょう座のデネブです。帰りはもっと上の方で見えますからしっかり観察して下さい」

 

 この星の説明の間に、宿舎の人と指導員が森の中のところどころで火を点けた。ランスロットにお姉ちゃんが教えていた、空き缶で作ったランプだ。

 私とイリヤは残った天ぷら油と削ったクレヨンとで、ろうそくを作った。家の中では使わないけど、庭で晩ごはんを食べる時は使っている。雰囲気が出るって皆んなに好評だ。

 けれどあのランプ、雰囲気が出すぎだ。火の玉みたいにゆらゆらしている。きっと油と芯の出し方が違うんだろうなぁ。いよいよスタートだ。怖い話は一切なし。以前怖すぎて、過呼吸を起こした子が居たからだって。

 1組男子が終わって、私達女子の番になった。アインツベルンだから1番スタートだ。

 

「行くよ、イリヤ」

「う、うん」

 

 へっぴり腰になった妹の手を引いて森の中へ入っていく。両側にロープが張ってあって、その間を歩くだけだから一本道だ。迷ってどこかへ行くこともないし、思った以上にゆらめく火は明るい。

 とんだ拍子抜けだけれど、イリヤがなかなか歩かない。ううん。一応歩いているけれど、足が重いって感じだ。

 

「大丈夫よ。思ったより明るいから。ほら、あの曲がり角まで行けば次のあかりがあるから。怖くないって」

 

 そう言ってイリヤを励ましながら歩いた。オバケの係も居なければ、コンニャクが首筋に触れることもない。楽勝だった。

 そんな矢先だ。角を曲がった火の反対側から、きっと文字にしたらとってもおどろおどろしい声が聞こえた。

 

『コッチ……ヲ……ミロ』

 

 イリヤを後ろに下がらせ、前に立つ瞬間、何かが光った。

 

「キャー!」

「クッ!」

 

 いや、写真屋さんだったんだけどさ。見事に驚いた顔を激写された。ってゆ~か、私は転身しそうになっていた。

写真屋さんだと気づいて、とっさに投影途中の干将と莫耶を草むらに放り投げたので、バサバサッジャボンって音で写真屋さんの方が驚いていた。

 

「と、鳥かな……?」

「みたいだね……」

「気をつけてね。後少しだから」

 

 写真屋さんの後ろには沼みたいなのがあった。干将か莫耶のどっちかがあそこに落ちたんだ。そこで何となくわかった。写真屋さんは商売上売れる写真を撮らなきゃならない。

 そして子供が驚いたり怖がる顔って、欲しい親はとことん欲しいだろう。特にママなんてそうだ。だけどオバケ係がなくなっちゃうほど、今はキビシイ面もあるのだと思う。

 だからホンの少し声で驚かせオイシイ写真をゲット、そのついでに一番危ないところへ子供が行かないように見守ってもいるワケだ。

 こういう写真屋さんだから学園も頼むのね。なるほどなぁ。

 

「イリヤは幼稚園の時、お泊り保育がイヤじゃなかった?」

「え? お泊り保育? ううん、ぜんぜん。お家じゃなくて幼稚園で泊まるんだってワクワクしていたかな? 急にどうしたの?」

「思い出したの。ママと離れて他所で泊まるのってイヤだなぁって」

「ええっ!? クロお姉ちゃんが?」

「だから~、幼稚園の頃だって。それにイリヤの中だから、どうしようもないし」

 

 私って甘えたいだけのママっ子だったんだ。だからママを恨んだんだ。やっとそんな自分がわかった。あの周りの何人かが泣いていたお泊り保育ですんなり眠れたのは、イリヤが居たからだ。

 あの頃から、この子は私にとって大切な妹だった。つないだ手をぎゅっと握った。すると同じように握り返してくれた。

 

「イリヤ、ゴールよ」

「やった~、やっと終わった~~」

 

 ヘナヘナと脱力する妹を列に戻して三角座りをした。3組が終わる頃、大三角形は見上げるほど高いところだった。

 

「キレイだね?」

「うん」

 

 知らない間に、またイリヤと手をつないでいた。宿舎への帰り道、ホタルが光った。

 

 

 

 広い世界には日本語でしか表現できない言葉ある。それは『幽幻』だ。怖いものではなく、大自然の壮大さと自分を対比した時に感じる感覚だ。

 空気の澄んだ高い山の上でテントを張って眺める星空も凄いけれど、その昔、エルだった頃にスウェーデンで見たオーロラ以上のものはないと思う。

 それに対してドイツ語には『Der Waldeinsamkeit』という言葉がある。ダー・ヴァルトアインザームカイトと読み、直訳すると森の散歩だが、『森の中で独り自然と交流する時の、ゆったりした孤独感』という意味がある。

 この感覚は日本人に説明すればわかってもらえる場合が多い。フィンランドの人にも共感してもらえる。だけどそれ以外の国の人にはなかなか理解されない。

 ところが1500年前の森を裸で彷徨ったという伝説を持つ騎士は、この両方の感覚を知っていた。小屋の前のテラスで、自作のイスに座ってコーヒーを飲むその姿は、アウトドア雑誌の特集に出てくる外人モデルさながらだった。

 

「絵になりすぎでしょう?」

「だよな~。これでチーズを焼けばハイジのお爺さんだ」

 

 あれ? 士郎クンの感覚だとそうなるの? 私としてはC・W・ニコルさんを真っ先に思い浮かべるけれど。それにカナダのウィスラー辺りに行けば、こういうオジさんだらけだぞ?

 現代のスイスにハイジのお爺さんみたいな人は居ない。もっと機能的で近代的な格好をした森林管理者が居るだけで、ほとんどの家は士郎クンが思う以上にお金持ちだ。

 

「守備はいかがでしたか?」

「ええ、上手く行ったと思います。ニコ殿にカレーを預けてありますので、後で吟味してあげて下さい」

「わかりました。ありがとうございました」

「明日はマスターの出番ですよ」

「そうですね。プールでひと暴れしましょう」

 

 そこにランサーが食いついた。

 

「プール? 人工的な湖?」

 

 どういう知識だ。説明すれば、行く行くオレも連れてけと煩い煩い。仕方ないので参加を許可した。当然ランスロットさんかアーチャーさんに押し付ける。そして軽い打ち合わせをしてから解散した。

 屋敷に入るとエルマが待っていた。挨拶の後に質問をされた。いや、確認だ。

 

「お姉様。トロンメルの精神モデルは、やっぱりトントさんなんですか?」

 

 これはエルマなら遠からず気付くと思っていたし、想定内の事だった。だから念話で正直にそう答えた。ただ、現段階では私の予測でしかない事も。

むしろそんな風に気遣えるエルマが居るから、トロンメルを引き取りたいのだと話してあげた。

 

「ところで『お菓子の世界』ってなんですか?」

 

 それこそトントがエルから学んでいた、日本の作曲家によるピアノ曲集だ。全26曲で序曲と間奏曲、終曲以外はお菓子のタイトルが付いている。

 特に第二番の『バウムクーヘン』は有名で、ピアノ発表会で弾く子供が多い。ドビュッシー的なアルペジオを聞けば、あの曲かと思い出す人も居るだろう。

 なお、『バウムクーヘン』はドイツ語だけれど、ドイツでは超の付くどマイナーなお菓子で知らない人も多い。海を渡った日本で、こんなにメジャーなお菓子と知って驚いた憶えがある。

 そしてこの庶民のケーキを、5代目遠坂は一枚一枚剥がして食べていたという逸話がある。きっとそれが優雅だと4代目に教わったのだろう。

 

「嘘よ!」

「本当の事ですよ。ウチの父がそうですから」

 

 食堂のピアノで『バウムクーヘン』をエルマに弾いてあげれば、凜達が集まったのだ。

 

「なんなのよ……。お父様って……」

 

 二人の凜が凛を慰めていた。シュールな光景だ。それをお茶を喫しながら、醒めた目で眺めるルヴィアとマルガリータさん。

 この後、温め直したカレーを頂いたのだが、好みの味はルヴィア達のカレーだった。けれど一番男性にウケて、野外料理として面白いのは、アーチャーさんのカレーだろう。

 そして可能性を感じたのは、肉巻きがトッピングされた士郎クン達のカレーだった。味は辛さが足りない。けれどそこは評価の対象外だ。

 だけどこれはもっと美味しくなる。肉巻きというのがまた良い。こうしよう、ああしようと思い浮かぶのだ。結果、同率首位でもおかしくないと私は思った。

 最終判断は明日の朝、あの子達の前で行う。それまでに良い回答を考えよう。




次回はプール回です。
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