建設のきっかけは冬木の人口増加を願ってのことでした。
なお、「わくわくざぶ~ん」という名のアイデアは、氷室鐘の家で勉強会を開いていた陸上部三人娘と美綴綾子が、たまたま早く帰宅した氷室市長から夕食に誘われ、その席上でリゾート計画を聞かされた事から始まります。
三枝由紀香が『わくわく』、美綴綾子が『ウハウハ』、蒔寺楓が『ザブーン』と感想を述べ、それを氷室市長が採用して決まりました。
(氷室の天地2巻より)
なおこのお話では『ワクワクざぶ~ん』と表記しています。
金曜日の今日は本当なら弓道部がある筈だけど、週末の土日、つまり明日明後日で最終調整を行い試合に臨む事となっていた。
なのでこの日、イリヤちゃんとクロちゃんを連れてプールに行こうと決めていた。そこを耳聡く凛とルヴィアにマルガリータさんの三人に聞かれてしまった。
そこからあの子達へのサプライズとして一連の計画が煮詰まって行ったのだ。アルバイトのあるエルマとセイバーは来れないが、昨夜トロンメルを誘うと随分喜んでいた。
トロンメルは、昨夜辺りから硬さが取れたように思う。エルマ曰く、桜ちゃんがプロテクト解除のキーではないかとの話だった。なるほど。
それならプールは皆んなと交流できるいい機会かも知れない。
なお、カレー勝負は二位三位が同率で、一位は肉巻きにした。これは私のレパートリーに加えたい料理だ。そしてアウトドアで食べるならステーキカレー、夜にゆったり食べるならハーブカレーだと申し添えた。
また、凜と凜は絞った座標を特定するために残ると申し出てくれ、早々に工房へ向かった。ありがたい事だ。二人が去ったタイミングでトロンメルが声を掛けてきた。
「エルヴァさん?」
「はい?」
現在私は食堂で朝食を頂いているのだが、ダイオウグソクムシが隣の席でコンニチワしている。好きだな、この子。
「水着は何でも良いんですか?」
「ええ。何でも良いですよ」
「学園のでも?」
「え? 他に持っていないのですか?」
「持っていません。一応何かあったらとケースに入れてあったのは学園のです」
あっちの学園のか。デザインは同じで身頃が紺色。肩に掛かる紐が現在は3年生が青で、2年が赤、そして1年が緑だ。別に変ではないが、高校生がプライベートで使うものではない。
「私のを貸しましょうか?」
「いえ、いいです。何でも良いなら学園ので十分です」
しまったなぁ。イリヤちゃんとクロちゃんのは、早いうちからセラさんにお金を渡して頼んであっただけに。トロンメルの事は頭になかった。
まぁ、あれだけ大きなプールなら、水着の店舗も入っているだろう。現地調達でも構わないか。と言うか、ランサーはどうするの? あの人、水着を買うお金なんて持ってたっけ?
そんな事を考えていたら、イリヤちゃんとクロちゃんがやって来た。随分早い。それだけ楽しみにしていたって事だね。
少し待って貰って、朝食後身支度を整えてから出発した。行き先のワクワクざぶ~んは、記憶にある主だった並行世界だと新都の港湾に近い再開発地区に建っている。
だけど元の世界は第四次の災害が無かったので、旧倉庫街を買い取って建てられていた。なので持ちビルの建つ広い公園から出て、歩道橋を渡ると目の前だった。
ところが自宅の50階からエレベーターで降りて、だだっ広い公園を歩いて、国道を跨ぐ歩道橋を渡ると20分は掛かっていた。
そしてここのワクワクざぶ~んは、新都は新都でも港湾の方でなく、市役所に近い再開発地区に建っていた。災害復興で予算を食われていない分、前の世界と同じくらい大きく広いらしい。
なので私も初めてで、とても楽しみにしていたのだ。
「二人とも。妹達が帰って来ても、ワクワクざぶ~んに私が行った事は秘密ですよ?」
「どういうこと?」
「こっちのイリヤとクロエが羨ましがるからよ。特にクロエがお姉ちゃん子なんでしょう? イリヤを取られた美遊みたいになるよ」
「あ~」
「そっちの美遊はどういう子なんだ!?」
美遊ちゃんのお兄さんの士郎クンだ。若者らしく遊んできなさいと、ランスロットさんから許可が出たのだ。その横でビタリと歩くのは、勿論この好機を見過ごすはずもないルヴィア。
凛とマルガリータさんはその後ろをヒソヒソ話しながら歩いている。
「ルヴィアさん、本当に彼が好きなんですね?」
「面白いでしょう? 元はイリヤの方の衛宮君が好きだったんだけど、あっちは一般人じゃない。後々のリスクを考えるとね」
「確かに。実際子供達にも優しいですし、色々気遣える良い男性だと思いますよ」
「うん。実は私もお似合いだと思ってる」
少し聴力を強化したら、そんな会話が聞こえてきた。流石にこっちの士郎クンの彼女が実妹だとは言えないか。
市役所前でバスを降りた。市庁舎は駅前からバス停4駅分離れている。遠的の練習に向かう時、何度かバスの窓から眺めていた。だけどこのバス停で降りたのは初めてだった。
見上げる市庁舎が全然違う。薫に教えて貰ったのだが、数年前に建て替えられたのだ。災害のあった世界では旧市庁舎のままで、職員も増えていない。だけどここでは市民の人口が増えている。
安全だから、予算があるから、などなど色々考えられるけれど────。
一番大きな理由は、他所の世界よりここは500人以上確実に人が多い事だ。その人達の10年間────。
婚姻、出産、親族の転入。それに伴う民間企業の事業立ち上げや、大企業の工場誘致。ありとあらゆる事が、他所の冬木とは違う。
それがお父さんとモードレッドが勝ち取った戦果なのだ────。
私も元はエルだ。同じように冬木の災害を食い止めた。だからあちらも人口増加の一方だ。だからこそわかる。始まりはエゴであっても、結果は誰に対しても恥じるところはない。
これをおチビちゃんを心配して帰国されたお母様に気付かされたのだ。
だから────エルとは別な存在として湧いて出て来たような、行く宛もなければ帰る場所もない自分はここに残ろうと決めたのだ。
無論願われた事も大きいし、乞われた事も嬉しかった。だけどお父さんもお母様もカッコいい。私の方も家族になりたかった。
だから────お父さんが威嚇でなく、本当に相手を撃ち殺そうとしたのを止めたのだ。
そんな市庁舎の裏手の歩道を5分ほど歩けば、巨大なワクワクざぶ~んがあった。どこの世界も冬木市再開発計画の一環として、第三セクターが噛んでいる。
海外での第三セクターは市民団体やNPO法人の事を指すが、日本に於いては国や自治体が民間企業と組んで行う形態を指している。
だからなのか、鳴り物入りで建ったワクワクざぶ~んも、人口が減るばかりの他所の冬木では、民間に買い上げられるか打ち捨てられる場合がほとんどだ。
あっちではエルと王様が計画段階から出資していて、第三セクターそのものになっていた。だけどここでは100%市の出資だった。
冬場は温水になったりするのでちょっと入場料は高いけれど、驚くなかれこんな規模のものが市民プールなのだ。
「こんなのがあるのね?」
「う~ん。場所がここじゃなくて、駅前の二つ手前のバス停から海の方へ歩いたところにあったんだよ」
「え? じゃ、あっちにもあるの?」
「ううん。2年生か3年生の頃につぶれちゃった。幼稚園の頃は何度か来たんだけれど……」
「ふ~ん。そっちのお兄ちゃんのところは?」
「こんな凄いプール、最初から無かったよ」
これが並行世界の悲しいところだ。そこで私の携帯が鳴った。
「はい、エルヴァです」
『オーギュストです。申し訳ない、エルヴァ様。ランサー様に逃げられました』
ランスロットさんでは止めきれなかったか。まぁ、そこは想定内だ。ワクワクざぶ~ん内には既にアーチャーさんやアサシンさん達が張っている。
そもそも遊んで貰う分には一向に構わない。グッと来る女性をナンパしても自己責任でOKだ。だけど子供達の楽しみを邪魔して欲しくはない。
そこの分別があるかと尋ねたら、そんなのわかんねぇと言ったので、今朝はランスロットさんに頼んだのだ。それでも後から来るだろうなと予想はしていた。だから水着の心配をしていたのだ。
人数分のチケットを買い、士郎クンと別れて更衣室に向かった。ショップがあったので、水着を買おうとトロンメルを誘ったけれど断られた。遠慮でなく、本気で何とも思っていないようだった。
ズラッと並ぶロッカーは、1回200円でコインが返ってくるタイプとは違う。イリヤちゃんとクロちゃんは同じロッカーを共用していた。偉いなぁ。私はトロンメルと共用した。
一方、他の三人はそれぞれ別のロッカーを使っていた。マルガリータさんやルヴィアはともかく、凛はもっとお金を大切にした方が良いと思う。
みみっちいかも知れないが、どうもこういうのが気になるのが私だった。
消毒槽やシャワーを抜けるとちょっと驚いた。ワクワクざぶ~んは全天候対応の屋内プールだったはずだ。だけど抜けるような青い空が眼前に広がっている。
ここは屋内プールと屋外プールが併設されていたのだ。そしてたまたま私達の出た出入り口が屋外の方だったのだ。
広さはどちらも同じくらいかな。設備も変わらない? いやスライダーの規模は屋外の方が凄い。直線だけの落差の大きなスライダーは5レーンあり、人工的な山をグルグル下るマウンテン・スライダーは3レーン……かな?
それも凄いのだけど、真ん中にある宇宙船の母船かサイバーなタコのようなスライダーは、30レーンはありそうだ。屋内の設備も他の世界と変わらないので十分豪華だ。そこにプラスして屋外のこれか……。
他市や他県からも人が来ているのか、金曜にしては人が多い。やるな、ここの氷室市長は。本気で採算を取りに来ているなぁ。これなら大人2500円、学生2000円、小学生以下1000円も納得だ。むしろ安いと思う。
海外にもこの規模の冷水プールや温水プールはある。なのでルヴィアは驚いていなかったが、マルガリータさんは随分と驚いていた。田舎ばっかり転々としてしていたからだろうなぁ。
そしてトロンメルも気分が乗ったのか鼻歌を歌っていた。
「タラタン、タラタン、タラタン、タラタン、タッタララ~ン……」
何かのゲームのBGMらしい。妙にこの場の雰囲気に合う。
「エルヴァ、最初に何をする?」
「士郎クンが来たら、子供達と相談しましょう」
凛だけど、ウエストに5cmほどの短いスカート部分があるワインレッドのビキニだ。トップにも5cmほどの切り返しがある。へぇ~、オシャレだなぁ。
対するルヴィアは青い縁取りのある白いビキニ。トップの左胸に青いバラが描かれ、アンダーの右腰にもバラがあしらってある。これ、欲しい。
マルガリータさんはサーモンピンクに白い水玉のあるビキニ。こちらもセンスがいい。
私も今日は青いビキニだが、海の家ほど派手ではない。お尻にちゃんと布がある。ウォーター・スライダーを予測していたからね。
イリヤちゃんは黄色いビキニ。けれどトップは縁が黄色で布は青。そこにイラストが描かれている。ポップな感じでとても良い。
クロちゃんは柄の四角が大きなギンガムチェックのビキニだ。色は白とピンク。イリヤちゃんのもそうだけど、センスがセラとは思えない。お母様だな、これは。二人ともとっても可愛い。
それだけにトロンメルのスクール水着が浮いている。けれど妙に似合ってもいる。エルマも私もクラスメイトに、指定の水着がやたら似合うと言われて何とも不思議だったけれど、その理由が何となくわかった。
カタログのモデルと言うよりマネキンっぽいのだ。歩くマネキンと言ってしまうと怪談だけど、目鼻立ちが整いすぎなのだと思う。
剃らないでも眉毛が細いのは、エルや私の生まれついての特徴だ。姉のイリヤは剃っていたにも関わらずだ。ここがお祖父様とアハトの調整力の違いだ。
しかし、士郎クンが遅い。どうしたのと皆んなで話し始めたら、アーチャーさんが引きずって来た。後ろにはランサーも居る。
「シャワーのところの壁に張り付いていた」
「スタンド攻撃?」
「違う。気恥ずかしくて出れなかったようだ。君達はどれほどのものか自覚を持ち給え」
アーチャーさんとランサーがギロリと周囲を一瞥したので、遠巻きに囲んでいた男性達が一斉に散らばった。
「え? あれって私達を見ていたの?」
「みたいですわね」
「普通は気付きますって。エルヴァさんなんて、海の家の子だって何人か話していましたよ?」
「アインツベルンは陸上のスイムベイト(小魚の形態をした疑似餌)ですからね」
「君はルアーか!」
良いツッコミだ。そしてそんな私達の元に、士郎クンが一人で来るとどういう目で見られるか。やっと状況が飲み込めた私達だった。
『ラジオ体操第一! タンタラタタタ~ン、タンタラタタッタ~ン、タラタッタタタタンタラタタタン、タン。腕を前から上げて、大きく背伸びの運動~、ハイ、1、2、3、4……』
「眠い~」
「しっかり体操しないと、目が覚めないぞ!」
「タツコは元気だな」
「イ、イリヤ。クロエのやつ、寝ぼけながら体操してんぞ?」
「え?」
体育委員のクロお姉ちゃんは、前で完全に目をつむってスピーとか寝息を立てながら体操していた。それも誰よりも上手く。段々エルヴァお姉ちゃんっぽくなって来たなぁ。
体操が終わって、校長先生のお話や先生方の注意事項の間も眠っていた。起きたのは宿舎前でクラス写真を撮る時だった。
このクラス写真、初日は制服で撮って、今日が私服で宿舎前と出来上がった秘密基地の前で撮る事になっていた。後何回か撮るらしいから、さすがは5年生だと思う。
だって魚つかみや焼板も、おやつのスイカも飯盒炊さんも、班の仲間や友達とたくさん写った。これで6年生になったら臨海学校と修学旅行がある。
4年生までは、春のクラス写真と運動会くらいしか写真がなかったから、高学年になったんだなぁって思う。
朝ごはんは宿舎の食堂だ。入り口のホワイトボードに学校名と時間が書いてある。時間は40分。クラスの数にもよるけれど、だいたい2~3校で一緒に食べる。
手を洗って列に並んで、順番にお盆とお箸と湯呑を取って、カウンターでおかずとお味噌汁とご飯を受け取る。
ご飯は少なめとか多めとか言えばそうしてくれるし、お味噌汁とご飯だけはお代わりもできた。だから食べる男の子は大盛りを頼んでいた。あれでまだお代わりに行くから、あの子はスゴイ。
私は学校の給食とそんなに変わらないと思うんだけど、よその学校の子はオイシイって言っている。そうなのかな?
「そりゃ、穂群原は私学だし、給食や食堂はウマいって有名なんだぞ?」
「へぇ~。スズカは詳しいね?」
「いや、姉ちゃんも卒業生だしさ。情報が色々入るんだよ。な? ナナキ?」
「うん。中等部の給食はもっと豪華だし、高等部だとメニューを自分で選べるんだよ。弁当もパンも自由だし、休み時間なら朝からパンを食べても叱られないんだって姉ちゃんが言ってた」
「へぇ~」
「イリヤは兄ちゃんや姉ちゃんに聞いてないのか?」
「色々話してくれるけれど、こういうのってあんまり聞かないからさ」
お盆に全部揃ったら、生活班で席を詰めて座っていく。クラスでなく班が揃えばいただきますだ。それは少しでも早く食べて場所をあけないと、次の学校が待っているからだった。
今朝のおかずはミニオムレツと何かの魚のフライとスパゲッティーサラダにふりかけ。このお魚は何だろう?
「このお魚って何?」
「シシャモ。子持ちシシャモのフライだよ。姉ちゃんの時代にもあったみたいだ」
「家じゃ、時々出てくるぞ。頭から食えるんだ」
へぇ~。あ! 私、何のお魚か気になって、何にも掛けていない。ドレッシングやソースのあるところは次の学校でいっぱいだ。どうしよう……。
「イリヤ、私、掛けすぎたから、ここに浸けながら食べなよ」
さすがはクロお姉ちゃん! 大好き! ってか、クラス写真の後、また寝てたよね? やっと起きたの?
「って、これショーユだよ!?」
「うるさいなぁ、ガマンなさい」
クロお姉ちゃんは、いつの間にかフライにショーユ派になっていた。誰のマネかハッキリしているけれど。
天ぷらならわかる。アジフライでもわかる。けれどトンカツにショーユはない。でも、このシシャモのフライには合っていた。不思議だ。
朝ごはんが終わると皆んなでごちそうさまのあと、食器をカウンターに返す。お盆はカウンター横のテーブルに重ねて、お箸はカゴの中。そしてお茶碗や湯呑は小さなすべり台から水槽に滑らせる。
学校の給食なら同じ食器どうしで全部重ねて、カゴに入れるだけだ。洗うところには先生か調理員さんが運んでくれていた。でも、こういう施設だとまた違うルールがあるんだね。
部屋に戻った私たちは9時から始まる秘密基地作りまで自由だ。この間にもう一度歯を磨いたり、部屋の掃除や荷物の整理をする。
「イリヤ、ちょっと来て」
クロお姉ちゃんだ。どうしたの?
「いいから。こっちに来て」
腕を引かれて、宿舎の外にある倉庫の後ろに連れて行かれた。
「なに? なんなの?」
「説明は後でするから、黙って目をつむる」
慌てて目を閉じたらキスされた。
「ムゥ~~~ムム~~~」
舌に何か柔らかいものがあたる。これ、クロお姉ちゃんの……舌?
「ムムムゥ~~~ムゥ~~~」
なんだろう。イヤな気持ちより、ちょっぴりキモチイイ?
「な、なんなの? いくらお姉ちゃんでも怒るよ?」
「ごめん。私もまだまだ子供だね」
え?
「枕が変わって眠れないというか……」
「じゃ、寝不足だったの?」
「そう、それでイリヤの魔力を少しもらったの。自分でも生成しているからできなくもないんだけど、効率が悪くてね。今朝は効かなかったのよ。なら、前みたいに魔力をいただこうと」
「それなら、そう言ってくれれば……」
「それともう一つ」
「もう一つ?」
「うん、戻ろう。早くトイレまで行かないと」
グギュ~……ゴロゴロ……キュ~……。
「私はイリヤのお姉ちゃんだよ? 何日トイレに行ってないの?」
なんとかトイレに間に合った。自分でも信じられないくらい出た。恥ずかしい……。
「キスで胃腸を整える術を送ったの。あなたも私と同じよ。家とは違う場所だからトイレで出なかったのよ。スイスのときから怪しいと思ってた」
「あ~~……。じゃ、クロお姉ちゃんも?」
「私は寝不足になる前に飛行機で眠りすぎたでしょう? 帰りも飛行機だと眠れたし。適度に揺れると眠れるって本当ね」
そんなお姉ちゃんだから手を繋いで部屋に戻った。
「手を洗った?」
「洗ったよ!」
私たちの意見が通って、一番最初は8の字の浮き輪で二人で滑るスライダーからとなった。クロとペアかなと思ったら、次はクロちゃんだと言って、エルヴァお姉ちゃんが私をひっつかんでスライダーの階段を走って登った。
ほとんど抱えられてだからビックリしちゃった。そして後ろから皆んなが追いかけて来た。私とお姉ちゃんが先頭で、クロと美遊のお兄ちゃんがペアだった。
凛さんはマルガリータさんと。ルヴィアさんはトロンメルお姉ちゃんとだった。エルマお姉ちゃんが来れないのは残念だなぁ。でもアルバイトだもんね。
「そら、イケ!」
お姉ちゃんが浮き輪を蹴飛ばした。そして跳んで私の後ろに乗った。係の人が危ない真似はやめて下さいと叫んでいる。だけどとっても早くてとっても面白い。
途中のトンネルでグリンと一回転しちゃった。でも、私もお姉ちゃんも落ちなかった。落ちそうになると、そっとお姉ちゃんが支えてくれるのだ。
ジャッボ~~ン!
落ちたプールから顔を上げれば、笑顔のお姉ちゃんが浮き輪を片手に手を引いてくれた。そこにクロと美遊のお兄ちゃんが落ちてきた。クロも笑顔だ。
「今度はクロちゃんですよ!」
そう言って、お姉ちゃんはクロを抱えて走っていった。
「さぁ、俺達も行こう!」
また皆んながペアを替えて、階段を登った。
そうやって他のスライダーも7~8回滑って楽しんだら、体操の時間になった。放送が入って全員がプールサイドに上がる。そっか、ここはこんなに豪華でも市民プールなんだ?
それでもってエルヴァお姉ちゃんは、とっても真面目な顔で体操をしていた。
「ラジオ体操なのに、何か武道の型みたいに見えるのはなぜ?」
私もクロと同じことを思った。
「決まった時間に体操とは……日本ですわねぇ」
「ね?」
ルヴィアさんと凛さんだ。ここの二人は信じられないくらい仲が良い。あのマルガリータさんって人が間に入るからかな?
三人か……。私とクロと美遊も三人……。美遊、絶対に救けるからね。
「クッソ~、憎っくきラジオ体操め。せっかく盛り上げたイリヤちゃんの気分を~~~」
お姉ちゃん、違うから。
「この焼きそばは焼きが甘いッ!」
「先パイ!」
焼きそばを持ってブツブツと通り過ぎる人は、ここのお兄ちゃんとお兄ちゃんの恋人だった。そっか、ああいう子が好みなんだ……。自分のお兄ちゃんじゃないのにすごくショックだ……。
ジャボ~~~ンッ!
「リン!」
凛さんがプールに飛び込んだ。しかもスゴイ勢いで泳いでいく。なんで?
「何ともタイミングの悪い男だな……しかも、こちらに気づいておらんぞ?」
「あのヤキソバマンは……焼きそば以外興味なしか!」
「まったく、桜が可愛相だな」
「今こそ衛宮士郎殺しだ、アーチャーさん!」
「今更できるかッ! ってか、君の弟でもあるだろうに?」
「ですけど。彼女がここに居るって事は、エルマは一人という事ですよ?」
「どうせアサシンが手伝っているのだろう? 休日を設けんと桜が気の毒だと、エルマが話していたぞ」
「誰に似たのか、出来た妹ですね?」
「言ってろ。ところでランサーはどこだ?」
「ナンパでしょう」
「良いのか?」
「男女の恋に石を投げるような真似はしません。それに束縛を嫌うだけで、ああ見えて彼は恋に真面目ですよ」
「そうなのか?」
そこからお姉ちゃんたちは大人の会話に突入した。
荷物の番をしてくれたり、ジュースを買ってきてくれたり、言葉はぶっきら棒なんだけど、どこかお兄ちゃんみたいな優しさがある。クロの元となったカードのアーチャーとは違うらしいけれど、同じアーチャー……。
『座』が違うとか、『別人』とか言うけれど、この人は正真正銘本物の英霊で、やっぱりアーチャーだ。だからクロと繋がるところがあるみたいで、クロはいろいろと相談しているみたい。
そこでそっと肩を抱いてくれる人が居た。お姉ちゃんだ。
「大丈夫。美遊ちゃんは絶対に救けますから」
「お姉ちゃん……」
私はお姉ちゃんにしがみついて泣いた。
「どこが秘密基地なのよ? こんなだだっ広い芝生のそばの木の陰に材料を運んでさ」
「だから、出来具合を競うんだって。隠すのが目的じゃないんだってば」
男子と言い合うクロお姉ちゃん。それをなだめるスズカ。まぁどっちの言うこともわかるよ?
けど、そう決まっているんだから仕方ない。そんなことよりブルーシートを木に吊って、部屋を作り、その青い部分が見えなくなるまで枝や葉っぱで隠すという方法が私は納得いかない。
それってホームレスのおじさんだよ。
「これってあれか? 家を失ってもたくましく生きろってことなのか?」
「プラス、子供ならではの創意工夫を見たいんだろうな」
「なら、ちゃっちゃっと作ろうぜ」
男の子と違って、醒めた女の子が多いのが5年1組だ。けど、ブツブツ言いながらもクロお姉ちゃんは木に登ってブルーシートを吊っていた。活動班の班長だもんね。
「クロエ! これてっぺんに挿してくれ!」
「何よ?」
「俺たちの秘密基地だぜ? 何かシンボルが欲しいじゃん」
「目立ってどうするのよ?」
文句を言いながら、男の子から曲がって別れた枝を受け取っている。シカの角みたいな枝だ。どうも『秘密』でないところが納得行かないみたい。
隠蔽とか秘密とか、クロお姉ちゃんはそういうのにこだわるからなぁ。きっと掘っ立て小屋作りとかなら、すんなり納得していたのだと思う。
「高崎ッ!」
「愁ッ!」
隣の木の班がうるさい。なんだろう?
「イリヤ! 先生を喚んで! 4班の高崎が木から落ちた!」
そう叫ぶやいなや、クロお姉ちゃんは枝から飛び降りて4班のところへ走った。私もスズカやナナキたちに後を頼んで先生のところまで走った。
先生を連れて戻ると、寝ている男の子とクロお姉ちゃんを4班と私たちの1班が囲んでいた。
「高崎君、大丈夫!?」
臨時で来ている保険の先生(カレン先生は学園外には行かない)と、担任の藤村先生が心配そうに落ちた子へ声を掛けた。だけど少し経つと高崎君は起き上がって皆んなに頭を下げた。
「ごめん。足を滑らせてしまいました」
落ち方が良かったのかどこもケガをしていないみたい。頭も打っていないそうだけど、大事をとって高崎君は保険の先生と病院へ行った。
「まぁ、しょうがないか。時間もなかったし、あの状況じゃ大人までごまかせないわ」
一騒動後にトイレに行こうとしたら、クロお姉ちゃんと一緒だった。そこでそんな風に言われたのだ。
「頭は打ってないけど、足を骨折してたのよ」
「え、ええ~~~っ!?」
「シッ。声が大きい。けど、可哀想じゃない。あの子はうちの班の妖怪砂遊びと仲いいしさ。どっちが凄いのを作るかで競ってんのよ。だから4班と駆け寄ってきた1班全員に暗示を掛けて、速攻で復元魔術と回復魔術を使った。今朝、イリヤから魔力をもらっといて正解だったわ」
私が先生を喚びに行ってる間に、そんなことを?
「イリヤ、タイガーは好き?」
「うん。なに?」
「じゃ、魔力をもう一回ちょうだい」
「だから、なに?」
「これは難しいか……。この自然教室って長いじゃない。それで普通は先生が3日から4日で交代するの。労働基準法がどうとかもあるみたい。だから2組と3組は今副担の先生でしょう? だけどタイガーは行きしなの学園から今までずっと一緒だよ?」
そうだった……。
「それで、そろそろ疲れが出る頃でしょう? そんな矢先にケガ人なんか出たらさ。それ、全部タイガーの責任になるのよ。だから魔力をちょうだい。あんたのためにも皆んなのためにも、大人全員を暗示に掛けるから」
「でも、お姉ちゃんやママにバレたら……」
「バレてもいい。お姉ちゃんは絶対に叱らない。そしてママやパパをなだめてくれるわ」
「……わかった」
正直、気乗りしなかったけれど、クロお姉ちゃんが間違っているとは思えなかった。だから私はクロお姉ちゃんに魔力を渡した。今度は息ができないほど長い長いキスだった。
「舌って絡めあうとキモチイイんだね……?」
「あなたには早いけど、一応性感帯だからね。ゴメンね、悪いお姉ちゃんで」
「ううん」
お昼ごはんが終わった午後、高崎君が帰って来た。秘密基地の出来具合を先生が見ているときだ。元気そうに話しているし、何ともなかったみたいで良かった。
そこでクロお姉ちゃんは大きな魔方陣で全員を包み、暗示の術を使った。本当は骨折していて、大騒ぎになっていたんだ。そう思ったら何も言えなかった。
これよりビーチバレーと見せかけた制裁処分を行う。
「ええッ!? なんでさ? なんで皆んな居るんだ?」
「だから偶然ですよ。今からビーチバレーをしますので、間桐さんともども参加して下さいな」
「わかりました~」
「よしっ!トロンメル、行きますよ!」
「わ、私ですか!?」
「では審判は私が行おう」
気合のジャンケンで先行を取った。ボールを高く上げ、喰らえ! 弾丸サーブ!
「どわっ、なんてジャンプ力だ!」
「でも、えいっ」
「よしっ、良いぞ桜!」
しょせんはビーチボールなので、想像以上に空気抵抗に負けて減速する。あっさり桜ちゃんに拾われた。
「よっと」
「トロンメル、ナイスレシーブ! ええい! アタック25!」
「嘘だ! 玉が分裂した!?」
「先パイ、ボールは一個ですよ!」
「アーチャー、どういう事?」
「むぅ~。理論はわからんが、正面に立つ者だけは玉が分裂して見えるのか?」
「魔術じゃないのよね?」
「魔術は使っておらんだろう」
「ええ、何の魔力も感じませんわ。信じられませんわね」
「相変わらずワケのわかんない人だな……」
「行け~~! 消える魔球!」
「ちょっと待て! サーブが消えた!」
「あ! 先パイ、足元!」
「え?」
ピピ~ッ!
「これで2セット先取だ。エルヴァ、トロンメル組の勝ち」
私は全然納得行かなかった。
「あれ、絶対に魔術よね!?」
「いえ……何の魔力も感じませんわ」
「私も感じません。エルヴァさんって……」
一体何だ、あれは?
「わかんねぇか、あんたらみたいな才能ある奴らが」
「ランサー?」
「ここの小僧に聞こえちゃ不味い。説明すっから誰かシロウと組め」
「私が行きましょう。シロウ! エルヴァさん!」
ここでマルガリータさんと美遊の衛宮君が出てくれた。私は桜と衛宮君に聞こえないよう簡単な防音結界を張った。
「それで?」
「起点と渦だ」
「起点と渦?」
「結界のような?」
「ようなじゃねぇ。結界だ。ルーンを使うにせよ、宝石を使うにせよ、起点は大切だ。大抵の魔術はその魔力の結界内で行うものだからな。けどよ、起点には見立てってのもあるんだ。あのタコみたいなスライダー、その向こうに見えるお前ぇ達が最初に滑っていたスライダー、そしてここの建物やプールの形。これらが全部見立てられた起点なんだよ」
「え?」
「あ、それを渦で捻じ曲げていますの?」
「そういうこった。地脈から魔力を吸い上げ、起点の位置でなく魔力の強弱を変える事で結界にしちまってんのさ」
つまり重力計のような、魔力だけを正確に測る装置か礼装があるなら、そこには魔方陣が現れるって事だ。
「あの意味のわかんねぇ言葉が発動キーなんだろ。マジで天才だ、あいつは。こんなのオレが生きていた頃のドルイドでも無理だ。第一そこまでする理由が無ぇ。けどよ、今という時代……なんもかんも隠さなきゃやっていけない時代には、どうだ?」
あ~……。
「けど、こういうのって瞬時にできるものなの?」
「わかんねぇよ。でも歩き方や歩く順番でも陣は描ける。真冬なら吐息で陣を描く奴も昔は居たんだぜ? ルーンをやってるあんたなら、これの凄さがわかるだろ?」
「ええ……。なんて遠い人なのでしょう……」
「盗みゃいい。学べばいい。あいつの元も、並行世界でのお前ぇさん達の姉貴みたいなもんなんだろ? あいつもそうだぜ。しっかり見ろ。そんでもって聞いてみな。工房に籠もるだけが魔術じゃねぇ。魔術は外で使うもんだぜ?」
ランサーの言う通りだと思った。確かに今までもエルヴァには色々教えて貰った。だけどまだまだその先があったのだ。神秘の秘匿を優先する魔術。
後であれこれするんじゃなくて、発動段階から秘匿されている魔術……。自分もそこは心がけていた。けれどエルヴァはもっと徹底していた。う~ん……。
次回は……アーネンエルベを挟んでバーベキューかなぁ。