※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第二部 並行世界篇   作:炭団

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人によってはかなり不快な表現があります。ご注意下さい。


46、暗躍する者達

 気怠い身体を引きずって浴室へ向かう。シャワーを浴びて気分を引き締めよう。

 ガラス越しに見えるベッドには、昨夜肌を重ねた男が寝返りを打っていた。年の頃は30代前半。自称モテ男。未婚であるが、根は真面目で仕事も固い。お見合いでもして、もっと良い女性を見付けろよと内心では思っている。

 出会いはかれこれ5年前だろうか。あの頃はもっと痩せていて、お腹も出ていなかった。ヤケっぱちで夜の街を徘徊し、魔力持ちを探していた時に、たまたま見付けたのが彼だった。

 当時、魔力持ちの該当者は五人居たけれど、今も付き合いが続いているのは彼だけだ。入れ替わり立ち替わり、並行して五~六人、延べ五十人以上とお付き合いをしてきた私だが、精神的に落ち着けるのは彼だけだった。

 蟲で構成された身体は見た目をどういう風にでも変えられる。それだからこそ彼には間桐マコトの姿を見せていない。マコトの時や別の姿の時、何度か街ですれ違った事もあった。

 気付いて貰えない事に寂しさを覚えた。そんな風にしてしまったのは私なのに。

 あの、捨てられた子猫みたいだった夜の出会いから、彼との付き合いが始まった。身体を変えて色んなパターンで彼を落とした。寂しかったから甘えてしまったのだ。付き合っている女性は覚えているだけで十人を越えるとバーで自慢された事もあった。

 子供っぽい可愛い笑顔。ゴメンね。それ、全部私だから。今夜は背伸びしてハマってしまったお嬢様を演じていた。でも、セックスは見違えるように上手くなったなぁ。最初はそうでもなかったのに、ここのところ溺れているのは私かも知れない。

 

「真由、シャワーか?」

「ええ、一緒に入る?」

「ああ」

 

 腰に巻いたバスタオルが膨らんでいる。朝からどうなんだと思わなくは無いけれど。結局のところ洗いっこのハズが、雰囲気に流され風呂場で致してしまった。モーテルを出たのは午前8時だった。太陽が黄色い。

 

「学校に行くのか?」

「うん。昼からでも出ないと。休んだらママに叱られちゃうからさ」

 

 スラスラと嘘が出る。彼の運転するクルマの中での会話。ボボボと煩い。青い丸目のインプレッサ。ヲタク御用達だな。けれど彼のWRXはSTiじゃない。色こそWRブルーだけど、確かNBというタイプでオートマだ。

 ボンネットのエアインテークが最初から付いた特別仕様車だったと思う。300万が出せず、260万のこれにしたとか。まぁ、普通の女の子はわからないしね。

 リアシートには私のボストンバッグがちょこんとある。中には昨夜着てあげた、某有名お嬢様校の制服が入っていた。今の私はそこの生徒という事になっている。当初3万から5万の間でどうかなと持ち掛けたのだが、2万円で頼むと言われた。理由を聞いて泣きそうになった。

 半額の1万円にまけてあげたのは体の相性じゃないぞ? もっと静かなクルマに買い替えて欲しいからだ。絶対にわからないだろうけど。

 

「けどさ、真由が現役だったとは。とうとうやっちゃたなぁ」

「犯罪だね? でも、それでどうこうは言わないから。また、会える?」

 

 そうしてメールアドレスを交換して、指定した場所で助手席から降りた。今まで何度も交換したり教えてきたメールアドレスも、ドメインが多いだけでサーバは同じだ。それをネットで調べれば本当の私を割り出せそうなものだけど、何故かそこまで行かない。そんなものかな? 

 降り際に首に腕を回され、キスされた。あなた、いつもそうだね? けど、許すよ。今の私は背伸びしていても突然のキスで顔を赤らめる、某有名お嬢様学校に通う如月真由であって、あなたが結婚したがっている女子大生の吉岡恵美では無いから。

 と言うか、本命の恵美のために300万ほど貯めていて、もっと増やしたいからと彼は言ったのだ。それ、初対面の女の子に言うか? しかもウリを値切ってまで。

 けど嬉しかった。魔術師で出鱈目な体の私だけど、いつかはサヨナラしなければダメだけど。それでも嬉しかった。だから、また会えるかと聞いてしまったのだ。彼のクルマは、今後もインプレッサから変わらない気がするな。

 擬態の配列を換えながら公園を抜けてサングラスを掛け、いつもの駐車場に向かった。精算して出されたクルマの後席に荷物を放り投げ、運転席に乗り込む。去年買った赤い996ターボ。5速ティプトロニックS仕様。

 格好良さげに聞こえるだろうけど、しょせんはパドルシフト付きのトルコン・オートマだ。マニュアルの6速でも良かったのだけれど、デート用と割り切って買ったクルマだった。さぁ、冬木に帰ろう。

 

 昨夜のプレイで使った、制服をクリーニング店に出してから、ガレージのシャッターを開けた。擬態のキャラや設定でクルマを替えるため、とうとう7台も所有するようになってしまった。

 SUVは先日レンジローバーからカイエンに買い替えた。

 4ドアセダンは亡くなった父が好きだった、ア○ピナのB10 V8。5シリーズのE39で347ps出る。

 父が乗っていたのはB6 2・7。今もガレージの隅に置いてある。3シリーズのE30後期型で、海外ではB3 2・7となる。C2 2・5と同じで日本専用なのかな? 

 当時はバブル景気真っ盛りで、B6 2・8/1やC2 2・7といったメカチューンのこれらはエンスーにしか受けなかったと思う。

 だって、このE30は六本木のカローラとまで揶揄されるくらい巷に溢れていたそうだから。父の残したCGやその他の雑誌に載るE30はどれもこれも格好良い。

 ACシュ○ッツァー、ハ○トゲにア○ピナ。どれもこれもが美しい。だからその流れを汲む3シリーズのB3 3・3と迷ったが、セダンならこちらだろうとB10 V8にしたのだ。

 スポーツカーはさっきまで乗っていたポル○ェ911の996ターボと、993のカレラ4、そしてB○W Z8の3台。カレラ4は日本仕様の3・8リッターだ。

 古くなったけれど最後の空冷としてキャラが立っているし、何より最初に買ったポル○ェなので思い入れがあって手放せない。

 Z8はB○Wのオープン2シーターだ。車重は重いが400psに51.0kgf-mのトルクを絞り出すエンジンはM5と同じで、安定感は抜群だ。

 ただ、オープン時の風切り音は頂けない。Z3と迷った時期もあったけれど、Z3を買うならマ○ダのロードスターかなと考え直しこちらにした。

 6台目はト○タのMR-S、赤いVエディション。これもボクスターと迷ったけれど、街中であまり見ないのでこれにした。

 7台目はお買い物用のホ○ダ・フィット。日本カー・オブ・ザ・イヤー受賞後のホ○ダマルチマチックS+7スピードモード搭載モデルの1・5T。

 要はCVTに擬似的な7速の変速スイッチがステアリングにあるだけだ。けれどこれが結構キビキビ走るのでお買い物に重宝している。

 

 家に入ると10時近かったので、とっくにミツバチ達が活動していた。内一体の手の甲に令呪が一画ある。サーヴァントは彼女に召喚させた。

 もう一画は、私の本体とも言える女王蜂に持たせた。残る一画は偽臣の書で別のミツバチに持たせている。昨夜はご活躍だった。冬木に入っていた邪魔者は全部消せた。

 後はどうやってアインツベルンのサーヴァントを倒すかだ。イリヤスフィール先輩と衛宮先輩の姉弟と、遠坂先輩には無事に乗り切って欲しい。

 今のところ、あの人の良い姉弟は出て来ていない。そのまま大人しく引っ込んでいてくれると嬉しいのだが。

 だけど遠坂先輩がサーヴァントと巡回するのは止められない。責任ある立場だから致し方無いだろう。

 懸念があるとすれば、遠坂先輩の家に居着いている魔術師達だった。当初、外から来た害虫だと思っていたが、良く考えればセカンド・オーナーの先輩が外部から助っ人を呼ぶはずがない。

 そう考え直し、出入りする人達を観察すれば、何と内一人が遠坂先輩そのものだった。あの家は宝石翁の弟子筋だ。並行世界の同一人物。あり得る話だと思えた。

 そして子供の頃から見掛けていたあの女性が師匠だと気付いていたが、あの人が遠坂先輩に似ている事にやっと得心した。

 きっと、遠坂先輩は魔法を得られる人なのだ。だからああいう人達が傍に居るのだ。となるとイリヤスフィール先輩へは魔術のみ教えているのだと思う。そう考えると全ての辻褄が合った。

 今夜辺り、話を聞きに行こうか。未だ見掛けないアサシンの存在と、イリヤスフィール先輩に似た姉妹が気になるけれど。あの人も並行世界のイリヤスフィール先輩だろうか? どうしてあんな英霊みたいな真似ができるのだろう? 

 特に長女らしき背の高い人と褐色の人。そこだけが謎だ。試したのは失敗だったかも。アンリ・マユで作った影を一撃で撃破された。あれは宝具に違いない。かなり危険な相手だ。

 だけど日常生活を追えば、敵とは全然思えなかった。スーパーで転んだ子供を助け起こしたり、グズる赤ちゃんに優しく声を掛けつつ変な顔をしたり、お年寄りが横断歩道を渡るお手伝いをしたり。

 あれは演技じゃない。演技ならあそこまで早く反応できないし、あんな人を惹き付ける笑顔を振り撒けないだろう。あれはイリヤスフィール先輩や衛宮先輩以上の善人である証拠だ。

 まぁ、イリヤスフィール先輩の愛情は弟の衛宮先輩に偏っているとも言えるけれど。それはともかく、魔術師らしからぬ行動原理で動く不思議な人達だった。

 

 朝食を摂り、地下の蟲蔵に入った。その蟲蔵の奥にある工房を覗いた。女王蜂は元気そうだ。蜂と言っても容姿は本来の私そのもの。まだ人だった部分が残っていた頃の間桐マコトだ。

 胸には小聖杯の欠片が置かれている。これを抑制蟲で覆い、強化ガラス製の箱で眠らせてある。栄養チューブや点滴のチューブが何本も何本も繋がっている姿は、見ていると物悲しい。

 棄てても良いのだが、棄てられないところが未練なのだと思う。そして心臓の臓硯は、私をレイプしようとした前科持ちのバカを持ち帰り、そいつの心臓に押し込んだ。この蟲蔵とは違う場所で、今も豚のように残飯を漁っている。

 お祖父様、あなたは永遠に冬眠したままで、未来永劫飼い殺しにしてあげます。

 

 自室に戻るとミツバチの私と私が濃厚に愛し合っていた。昨夜の記憶を送ったから盛ったのだろう。二人は蟲で作ったナニを股間に生やしていた。この二人は令呪を預けている子と同じくランクが高い。言ってみれば私のバックアップだった。

 魂のコピーは危険だが、人格や意識に記憶のコピーは案外とできるものだ。これは自称祖父の臓硯の在り方から思い付いた事だった。臓硯は意識と魂を移していた。これも劣化の遠因だったと思う。なので私は人格と意識だけに留めた。

 また、移す時のオーバーラップする時間にも着目した。どういう事かと言うと、AからBの身体に移る場合、突然替わると残したAの身体が証拠となって窮地に陥る場合があると思えたのだ。

 だから、オーバーラップできる時間を確保した。そこから同時操作でない、別の意識による同時活動を完成した。

 当然自立後は自我が発達し、元の私とは離れて行くが、私に逆らわないようにプロテクトはしてある。

 

「マコト、おかえり」

「ただいま。朝っぱらから、好きね?」

「それ、あなたもじゃない。お風呂場で」

「まぁね。あ~、ティッシュでちゃんと拭きなさい。垂れてるよ?」

 

 そこをすかさず、さっきまで抱かれていた『私』が口に含んで舐め取っていた。そこで擬態の配列を戻している最中だと気付いた。さては……。

 

「あなた、私の気配を感じ取って元に戻したみたいだけど。誰の姿を借りていたの?」

 

 聞かなくともわかる。二人は学園の制服姿だった。きっと先輩の姿を借りていたのだろう。私には到底出来ない事だ。何故なら私は遠坂先輩が純粋に好きだからだ。いわゆる憧憬というやつだ。

 またイリヤスフィール先輩が母のように恋しい。だからと言って、お二人を汚すなと叱れない。それは私の秘めた願望でもあったからだ。

 蟲蔵の奥に元の身体を保管して、こんな蟲だけの身体を造ったのは絶望したからだった。年頃になっても生理が来ない。どういう事だと、間桐の息が掛かった医者に調べて貰えば染色体がx-yだった。私は男性だったのだ。

 5歳から以前の記憶が無いので、きっとその頃に祖父に拠って身体を作り変えられ、記憶を消されたのだろう。三日三晩泣いて、三週間は引き籠ってしまった。あの頃は6年生だったしなぁ。

 今は調べも付いて、実年齢が遠坂先輩と同じだったと判明している。本名も間桐慎でなく間桐慎二。この二は慎一という兄が居た証拠だ。戸籍を調べれば兄は4歳上だったらしい。

 その兄は事故なのか病気なのかは知らないが、2~3歳頃に夭逝していた。どうやらそれで怒り狂った祖父が、父と母に私を産ませたのだろう。完全にコントロールされた次代を作るためだけの強要された性行為。

 そして産まれた私には魔術回路が無かった。だから祖父は私をこんな身体にした。だから母は蟲の餌になった。だから父は発狂して死んでしまった。

 なんて呪われた、滑稽なまでに気味の悪い話なのだろう。だけど私はそんな呪われたマキリの魔術を真剣に学んだ。祖父に拠る暗示や洗脳は早くから解いていた。それでも私は魔術から逃げなかった。

 だって人間として終わった私には、それしか道が残されていなかったからだ。

 けれど真実を知ったあの頃はヤケだった。ヤケっぱちで意識を群体に移して、大人の女の配列にして夜の街に出た。行きずりの関係、行きずりの恋。いや、恋には早い年齢だった。

 父も母もまともに知らぬ私は、単に他人と触れ合いたかっただけなのだろう。そしてそれは現実逃避であると同時に、生きる上で人を害さず魔力を得る唯一の方法でもあった。

 何より快楽に身を任せれば、性から生を感じ取れると発見した事が大きい。人肌が恋しいとか淫乱であるとかの前に、嫌な事を全部忘れられる、あの瞬間が好きだった。

 だから、この子達の行為を否定しない。せがまれれば参加もするし、ミツバチの半数は抱きもしたし抱かれもした。おぞましい行為も、そこから得られる刺激は生の証だった。

 魔力が溜まった今はそうでもないが、以前は欠乏状態が酷く、四六時中魔力に飢えていた。自己分析するに、私の敬愛するお二人は美人であると同時に魔力がとても豊富だった。惹かれたのは、きっとそこもあったのだと思う。

 だけどこの胸に秘めた思いだけは、知られてはイケない。こんな薄気味の悪いモノが好きになっていい人達ではない。だから学園に入学はしても、足が向かなかったのだ。

 二人の先輩の事……。魔術以外の事となると私は逃げてばかりだった。このまま自主退学だろうな。

 私は女の子好きではあるけれど、アイデンティティは女の子のそれだ。気持ちの悪い、もはや人間とは言い難い身体だけれど、子供は欲しい。だからこの聖杯戦争で、必ずアインツベルンの子宮を手に入れると決めていた。

 グレゴール・ザムザはある朝、ウンゲツィーファーになっていた。カフカの『変身』だけれど、原文のウンゲツィーファーは虫でなく害獣や害虫を含む言葉だ。それを私は蟲だと解釈した。

 物心付いた日から、私は人に擬態している蟲だった。そしてそれが異常であるという嫌悪感を抱く前に、受け入れてしまっていた。

 友人も居らず、いつも独りだった。あの日も──家の人が迎えに来たか、帰宅の時間に自主的に帰ったかして、やっと空いた公園のブランコに揺られていた。寂しくは無かった。だってブランコを独占できるから。

 なのに……早く帰ろう。お家の人が心配するよ。何なら送るよ。と──ある日、妖精がそんな私に語りかけてくれた。最初は邪魔をされて嫌だった。けれど何を話したのだろうか、私はその子が気に入った。

 きっと他愛ない内容だったのだと思う。だけど人から親切にされたのは初めてだった。だから調べた。名前や年齢や家族構成なんかを。そしていつしか、夢の中であの姉弟は私の姉兄となり、姉弟の友人は空想の友人となっていた。

 そんな大好きなイリヤスフィール先輩や遠坂先輩を襲えないから、アインツベルンの子宮が欲しかったのだ。だから必ず手に入れると決めて計画して来た。そしてあの家のホムンクルスを鋳造する技術も手に入れて、本物の女の子の身体を作る。それが私の参戦動機だった。

 自室が使えないので、予備の部屋に移ろうとしたら令呪を持った『私』が、偽臣の書を持った『私』の使い魔と廊下で口論していた。傍から見れば天井からぶら下がった蜘蛛に文句を言っている危ない人だ。

 そしてその下をロボット掃除機が通り過ぎる。家の中は羽虫の死骸やフンが多いので、10台近くロボット掃除機を稼働させていた。

 祖父みたいに大型の蟲なら、躾ければトイレくらい覚えそうだけど、私のは超小型で機能も擬態に全フリしてあるので今ひとつな点が多々あった。

 また通信用の蜘蛛が所構わずぶら下がっている。蜘蛛にしたのも逃げ出す羽虫を処理して欲しかったからだ。そこは期待通りだったけど、気を緩めると祖父の書斎や、父の部屋など使っていない部屋が、直ぐに蜘蛛の巣だらけになる。

 掃除するこっちの身にもなってよと、ジョロウグモのような造網性の使い魔に文句を言っていたあの日の私の焼き直しだ。

 

「どうしたの?」

「この子ったら、サーヴァントにもう人を襲わせたくないって」

「相手はスパイだよ? それも徹底的に調べてあって間違いないんだから。それにこれが遠坂先輩やイリヤスフィール先輩のためなのよ? わかっているでしょう?」

 

 偽臣の書の子は泣き出した。使い魔を通した声が泣き声だ。彼女も出来は良い。本当はわかっているのだ。けれど二の足を踏むのは、サーヴァントの優しさにでも触れてあてられたからかも知れない。期待通り。新しい個性をあの子は獲得している。

 

「そんなのじゃ、あなたにライダーを託した意味が無いよ。ほら、しっかりして」

 

 20分ほど慰めていた。そうする内に私の左手が反応した。遠く離れた彼が起きたのがわかる。

 触媒はキビシスの袋だったと伝えられる、片面が銀色のボロ布だった。倫敦のオークションで70万ポンドもした。それを使って同クラスに二騎召喚したのだ。召喚場所は別々の場所だったが、時間は携帯電話でピッタリ合わせた。

 召喚に応じたサーヴァントの真名は、ペルセウスとメドューサだ。当然二人を会わせていない。どちらも自分が正規のライダーだと思っている。だけれど、私はマキリだ。裏技なんて幾らでもあった。

 女王蜂にはペルセウスとメドューサの一画ずつの計二画。意思を持たないあの身体に持たせるのは、私なりのけじめであると同時に保管の意味もあった。メドューサの残る二画は先の説明通りだ。彼女の知るマスターは偽臣の書の方だ。

 手の甲に持つ方は、万一の場合の自害用だった。メドューサの方からは感知出来ないようにしてある。何故偽臣の書を使い、手の甲に付けなかったのかと言うと、あるストーリーを演出するためだった。

 彼女には暴力を厭わない兄と、魔物のような恐ろしい祖父が居り、無理矢理サーヴァントを召喚させられ令呪までも奪われた。けれど一画だけ本に移して隠し、こうしてあなたと逃亡したと話させたのだ。

 偽臣の書の便利なところは、サーヴァントとマスターにパスが継っていないので、記憶などを見られる心配が無いところだった。メドューサは彼女にとても親身で優しいと聞いている。

 二人は新都の再開発地区のマンションで仲睦まじく暮らしている。序盤の活躍は言うこと無し。47人。大成果だ。赤穂浪士を返り討ちにした気分だ。終盤までそうしていてくれればいい。

 そして私がペルセウスの令呪を一画持っている。私が前に出ても良いのだが、敢えて別の子に一画を譲った。手の甲に令呪を持つ彼女が、ペルセウスの知るマスターだ。二人は間桐が持つ深山町のマンションを拠点としつつ、新都の安ホテルを転々としていた。

 拠点があるのに移動させる理由は足取りを追わせないためだった。それと同時に緊迫感を演出し吊り橋効果を高めるためだった。

 英雄色を好むだ。二人が男女の仲になるようにしたのだ。アンドロメダとは異なる東洋系の美人。身長もバランスが取れるようにしてある。彼女の意識は完全に私の支配下だった。

 しかしペルセウスは良い働きをしてくれた。彼の陽動があったから、メドューサは47人も屠れたのだ。そして遺体の処理はアンリ・マユを伴う私だ。当然身体は換えて行く。

 アンリ・マユの逆流は抑制蟲が抑えている。コントロールは問題ない。これはサーヴァントに対して宝具に勝る武器だ。使わない手は無かった。

 

「明日の夜はあなたに働いて貰うからね? 遠坂先輩のアーチャーと本気で戦わせてあげる」

 

 私は後ろで茫洋と立つ、黒く染まった男性に声を掛けた。赤い槍を持った男性の口の端がニヤリと釣り上がった気がした。

 

 

 某県某市のホテルロビー。

 

「どうした? まだ忙しいだろうに?」

「いえ。昨夜敗退しました」

「まさか?」

「そのまさかです。それで倫敦まで逃げる手筈を」

「そこまでなのか?」

「ええ。あの戦いに出る相手は化け物です。命があっただけで物種どころか勝ちですよ。取り敢えず簡単な報告は、そちらのファイルに纏めてあります。正規のものは倫敦に帰る機内で下書きしようと」

 

 そしてバゼットと向かい合っていた男性が、ファイルに挟んであったリポートに目を通した。その間、一杯1200円のブレンド・コーヒーに口を付けるが、大して美味くない。

 

「そうだな。この内容では、最強の執行者でも無理があったとわかる。ねじ込んで来たアトラム・ガリアスタに、枠を譲ったのは正解だったか……」

「私の立場からは、何とも言えません」

「取り敢えず、今日はこのホテルで英気を養い、明日にでも出発すれば良い。チケットは夜に届けるよ」

「わかりました。お願いします」

 

 男はバゼットの同僚であり、先輩でもあった。今回の件での上司でありバックアップでもあった。

 アトラム・ガリアスタが早々に敗退し、バゼット・フラガ・マクレミッツも序盤で敗退した。七枠の内の二枠が狙われたように脱落した。

 しかもそんな事をしそうな相手はこの十年で死んでいる。おまけに監督役までもが、襲われた上に行方不明だ。

 もはや現場での判断は不可能だった。彼はバゼットと別れると部屋に戻ってノートパソコンを開き、報告書を急いで纏めた。それを繋いだ携帯電話でダイヤルアップして、一気にメールに添付して送った。

 1時間後に来た返信メールには、『継続して滞在し、神秘の漏洩が無いか注意深く見守れ』とあった。バゼットは受け入れられたが、男は無理だった。このままでは冬木に入らなければならない。それ即ち、死んで来いだ。

 どうにかならないかと思案を巡らせる事、約30分。ふと学生時代の友人を思い出した。被る講義が多いので、自ずと仲良くなったのだ。当時は厳しい事で有名だったエルメロイの降霊授業。お互いが大した家でなく、蔑まれつつあの教室で学んだ仲だった。

 あの血統主義の教授も前回の聖杯戦争で亡くなった。学生の身では知る事も出来なかった事実。男は降霊科卒業後時計塔に残り、執行者となった。それで真相を知ったのだ。

 一方、昔馴染みは現代魔術科のロードにまで上り詰めていた。お互いの立場が立場なので交友が途絶えて久しいが、共通の友人であるメルヴィン・ウェインズとは、あちらもこちらも今も付き合いがある。

 あいつから頼んでみよう。そう決心し、携帯電話を倫敦に男は繋ぐのだった。

 

 

 空港に一人の男が降り立った。年の頃は20代後半。機内でも軽妙にキャビン・アテンダントと会話を楽しんでいたスパニッシュ系の男は一見優男に見えるが、その神父らしき衣装と、神父だとしたら余りにそぐわぬ長髪と、左目の装飾が多い眼帯が異様だった。

 何よりその見た目だけでなく、連れ立っている四人のシスターが異様だった。だが、道中誰もそれを気に留めず、五人はすんなりと冬木に入った。

 監督役が居なくなったとしても組織は回る。だから隠蔽工作に抜かりはない。しかし臨機応変に対応できるかと言えば、これはヘッドたる監督役が居なければ難しい。そこへ新しく監督役として赴任してきたのが、ハンザ・セルバンテスとその助手達だった。

 

 機内でリポートには目を通してあった。今のところ激突は一回のみ。アインツベルンと魔術協会枠の一人である執行者との戦いだった。隠蔽の結界は完璧で、街の被害も大した事は無い。聖堂教会側としては、恙無く儀式が行われていると言って差し支えないだろう。

 確かに教会側には人的被害が多い。だが、リポートを信じるなら致し方ない点が多々あった。

 

「このキャスターはどうなった?」

「アトラム・ガリアスタからの申請で、召喚されたのは間違いありません。また、その時に霊基盤でも確認されています。しかし、今は……」

「霊基盤の反応なしか。召喚者の拠点がビルごと焼失。これはキャスターに逃げられたのだろう。しかし足取りが掴めんとは。魔術師のサーヴァントに逃げられると難儀だな?」

「はい」

「君が私へのリポートで注釈を入れたのは、まだ活動中だと睨んでいるからだと思うが、前任者は否定していた?」

「ええ。今にして思えば、あの人は妙な……」

「私とて信じられんよ。協会の魔術師を襲い、サーヴァント強奪を企もうなどと。神の御業を代行する方達の中にあってはならぬ男だ。返り討ちに合うのは当然だし、消されるのも無理ないな」

 

 そういう事だ。聖堂教会側の被害者は、全員前任者の言峰綺礼と何らかの繋がりがあった者だったのだ。

 

「それで病院からどう消えたのだ?」

「わかりません。病室の監視モニターに黒いモヤが掛かったと思えば消えていました」

「そのモヤとは?」

「病院から入手したコピーがあります。ご覧になられますか?」

「ああ。君は手際が良いな?」

「ありがとうございます」

 

 

 間桐のガレージから赤いMR-Sが出て行った。そのクルマを、与えられたPowerShot S50で連射する男の名はザイードといった。通称『基底のザイード』。『迅速のマクール』、『怪腕のゴズール』と並ぶ、アサシン軍団の底辺とされている。

 ところがこの三人は思った以上に現代のメカへ柔軟に対応した。ザイードはテトリスが得意だ。マクールはボタン連打やBダッシュが上手い。名人級の腕だ。ゴズールはパンチングマシーンで高得点を叩き出す。そんな者達だった。そんな程度と仲間の誰しもが思っていた。

 なのにバイクを与えれば、少しのレクチャーで乗れるようになり、クルマの操縦方法もカメラの操作方法も教えれば何でも覚えた。好奇心旺盛で学習能力が高いのだ。また無駄な事を話さない賢さもあった。

 

 そんなエルの運用を知っているエルマは、アサシン召喚後ザイードに直ぐ様コンデジを与えた。程無くその撮影隊にマクールとゴズールも加えた。

 どら焼きを見詰めるセイバー、マスターの白い少女とウィンドウ・ショッピングを楽しむキャスター、夜の街で吠えるバーサーカー、在りし日の──どこかの屋上の縁でしゃがんでタバコを吸っているランサー、遠坂邸の屋根の上で腕を組むアーチャー、セルフタイマーで撮ったらしき、肩を組んだザイードとマクールとゴズール。

 そして、青紫の髪を持つ女性と腕を組んで歩く男性と、同じく青紫の髪を持つ女の子と並んで歩く長髪の女性がCFカードに収められていた。

 ノートパソコンに読み込ませたエルマは呆れた。僅か数日でこれらを写して来た彼らに。データには動画まであり、音声も記録されていた。そして最新の映像はガレージから出て行く赤いMR-Sだった。

 

「この家には、一体何人住んでるの?」

「女性ばかり、ざっと七~八人は居ますわね」

「これ、動画で見る限り同一人物ですね。細かなクセが同じです」

「同一人物?」

「ですよね? エルヴァお姉様?」

「ええ。エルが似たような事をしているのでわかります。素体は細かな蟲の集合体でしょうか? 人格を変えたり、個性を変化させるまでには至らないのでしょう。それで外見を大きく変えているのだと。造形のディテールはまぁまぁです。却ってこの方が一般人に溶け込みやすい。ハンコ顔のアインツベルンとは対照的ですね」

「人格と意識をコピーして素体に押し込んでいるようですね?」

「でしょうね。だからクセが同じになるのだと」

「つまり、この子達全員が間桐マコトって事?」

「おそらくそうです」

 

 その言葉に慄くルヴィアと凛。

 

「そんな魔術師が居ますの?」

「時計塔のロードも皆んなこんなものですよ。彼女は立派な臓硯の跡取りですね」

「でもさ、エルがやっていたような、分割思考とか並列思考じゃ無いのね?」

「ええ、違いますね。意識のコピーです。確かに時間とともに個性に違いは出て来ます。ですがクセは中々消せません。私とて、エルと同じクセを無意識に出していて、あっと思う時がありますよ」

「なるほどね」

「それと、この写真にはライダーが写っていますね」

「ライダー? どこに写っていますの?」

「ルヴィア、この紫色の髪の長い女性が、あの校庭の黒化英霊と似てない?」

「ああ、言われてみれば……。メガネや衣類で印象が異なりますが。ではその横の子が、マスターだと?」

「と、思うんだけど。どう? エルヴァ?」

「概ねその線ですが、この女の子が持っている本は『偽臣の書』と言われる、令呪を委譲して第三者にマスター権を与える書物です。これがどうも引っ掛かりますね」

「私が引っ掛かるのは、こちらの男性と青髪の女性です。女の子の見た目が全然違いますけど、撮影したアサシンは男性がサーヴァントの気配を持っていたと報告しています。もしかしてライダーを二騎喚んでいる?」

「大聖杯のシステム的にはあり得ますね。エーデルフェルトがその昔、この裏技を使ってセイバーを二騎召喚していますから」

「ルヴィアのお祖母様? やるわね?」

「まったく……ですわ。ですがアインツベルンと言い、マトウと言い、ここまでするのが聖杯戦争ですか……」

「マスターを並列ってのもとんでもないけど、このマコトって子は誰が本物なの?」

「わかりません。もしこんな魔術を昔から使っていたら? 卒業アルバムを入手しても別な顔ですよ」

「学校を休みがちだったと言うのも……?」

「擬態だった可能性が否めませんね。ここまで尻尾を掴ませない相手。正直、恐ろしいです。このままですと、凛もイリヤスフィールも危険です」

 

 

 MR-Sを滑り込ませたのは、某市のホテルだった。ラウンジで50代の男性と会う。

 お茶を飲み終えて、彼を横に乗せて間桐が持つ会員制のマンションに向かった。編み上げタイツを穿き、ボンデージファッションに身を包む。その間に男性はスーツを脱ぎ、下着1枚になって正座している。

 

「何をジロジロと。本当にこの豚は」

 

 彼をパパと呼んであげる日もあれば、こうして言葉責めをしてあげる日もある。本気で鞭打ったりしないソフトSMだ。そもそもお手製の鞭は柄がアナル・ディルドで逆向けに毛糸が何本もぶら下がったバラ鞭デザインだった。

 バラ鞭部分で蟻の戸渡りや肛門周りをサワサワと撫で付け、習字の筆で肛門を責めてあげる。場合によればコンドームをはめた指やディルドで前立腺を刺激してあげる。個人差はあるだろうけど、こんな風にしてあげないと勃たないのが50代だった。

 彼には21歳の女子大生、藤沢茜と話してある。付き合って2年だけれど、金払いは良いし、魔力もある。

 男性の名は遠坂忍。何の事はない。遠坂先輩も知らない遠縁の小父様だった。この人の祖父は遠坂先輩の曽祖父でもある。従兄弟の時臣さんの事は詳しく知らないそうだが、その前の世代の情報には結構明るかった。

 聖杯戦争や魔術師の事も、言葉こそボカしていたが確実に知っていた。魔術師では無いけれど、神秘を知る人はチラホラいる。そんな当たり前の事を改めて気付かせてくれた人だった。

 職業は不動産屋の経営。遠坂の魔術は語れなくとも、大地主としての遠坂本家の事業はオープンだった。だから遠坂先輩が持つ不動産や商業施設にテナントの数、年間の推定売上は易々手に入った。

 と同時に、外部から見た間桐の事も理解できた。そんなだから、彼には感謝しかない。情報入手だけなら既に用済みだとも言えるが、こうして会うのは今までのお礼もあったし、彼とのプレイが愉しいからだった。

 前戯を兼ねたソフトSMが終わった後に二人でお風呂に入った。一服付いた彼が恥ずかしそうに持参した物を見せてくれた。

 

「どうしたの、これ?」

「娘の学生手帳を拝借して、秘書に買いに行かせたんだ」

 

 それなりの会社だけど、秘書なんて持てる規模ではない。私以外にもお付き合いのある女性が居るのは知っているから、その人に頼んだのだろう。

 

「お嬢さんは穂群原学園なの?」

「そう。うちは代々本家に倣って、あそこに通わせる事になっているからな」

 

 それでチラホラ遠坂姓の人が居るのか。遠坂先輩と遠縁かなとは思っていたけど、そういう事だったのか。そんなマイナーでローカルな教えなんて本家は預かり知らぬ事だろうけど。

 

「じゃ、パパもここの卒業生?」

「ああ。女房も同じだよ」

「なら、奥さんに頼めば良いのに?」

「若い頃はともかく、あんなババァだと萎えるよ」

 

 脂ギッシュな世代だけれど、この方は意外と身持ちが固いし、がっつかない。こうして若い女と付き合いもするが、老いていく奥さんへの愛情は確かで、可愛いであろう娘さんへの愛情にも深い物がある。こういうところは遠坂っぽい。

 私との性的ロールプレイを好むところは、英国紳士を気取る遠坂らしからぬ所業と思うが、性の嗜好は人それぞれだ。双方が納得できて愉しいのであれば、何ら問題は無い。

 今までもセーラー服やナース服にブルマの体操服、スケスケのベビードールにマイクロビキニと色んなものを着てあげた。だからそういう嗜好があるのも知っていたし、そういう男性は多いので非難する気持ちも全然ない。

 むしろ彼の影響で、私もコスプレ好きになってしまった。何よりカンフル剤になるなら、良い事だと思う。だってそれはより多くの魔力を得られる手段でもあるから。

 だから、昨夜もあのスタイルで、あちらの彼に抱かれたのだ。けれどこの人の秘めたる思いが、自分の学校に直結していたとは露程も思わなかった。母校というのも初耳だった。

 では、何故彼はそういうプレイを好むのだろうか? 想像するに、元々若い頃からある特定の所属や身分を表す衣類に執着心があったのだろう。それが性の目覚めとリンクして拗らせたのだと思う。

 そして20代前半までは奥さんも実家から持って来た制服を着てくれたろうし、彼が用意する衣装を身に着けてくれたと思う。だけど子供ができると体型は変わるし、女は母となる。そういうプレイを拒むようになるのだ。まして30代・40代と齢を重ねれば。

 対して娘さんは今が輝く現役だ。きっと毎朝見る娘さんが眩しい事だろう。おそらく家では良き夫であり、良き父親なのだと思う。だけどこの方は元々フェティッシュな嗜好があった。鬱積された欲望が爆発寸前なのだ。

 娘を抱きたいのでなく、この制服を着た女を抱きたい。その対象を娘にしたくない。そんなところだろうと思う。

 そこから切々とこの制服への憧れや思い入れを聞かされた。真面目な顔で言うなよ。いや、一応私もそこの現役だから、ある程度は知っていたよ? 

 雑誌の人気投票で上位に来る制服なのも知っていたし、OBやOGからも人気があって、モデルチェンジを何度か阻止したとも聞いていた。だけど、ここまでとは。パパの顔が真っ赤だ。

 まぁ、面白い話が聞けたので良しとしよう。リクエスト通り、嫌な素振りも見せず着てあげた。当然こんなの初めてという顔をして。

 そして髪を女子高生らしく纏めようとしたところで、イタズラ心が起きた。鏡の前でツーサイドアップにしたのだ。この顔はやや細面の美人さんだ。意識してデザインした訳ではないのに、髪を纏めると遠坂先輩に似ていると思った。

 だから行為に背徳感があった。いつになく彼も元気で、3回も致した。50代で3回連続は凄い。私の横で死にそうになっているパパ。

 乱れたブラウスもそのままに、髪を掻き上げキスしてあげた。上半身を起こしたので、膣から垂れた精液がスカートに零れてしまった。このまま起きないだろうな。いつもの事だ。

 脱いだ制服の汚れをティッシュで拭い、きちんと畳んであげた。しっかりクリーニングしないと落ちないけどね。ちなみに今朝のミツバチが着ていたのは私のでは無い。あれはあの子達が自分で揃えたものだ。

 寝息を立てるパパにお礼を言って、サイドボードに置かれた新札の10万円をバッグにしまった。次に会うなら来月下旬かな。それまで生きていたらだけど。今月は特に多かった。ほとんど毎週。月4回。その合計が10万円だ。

 そんな風にお金を頂くのはけじめだ。けじめだから彼は支払い、私は素直に受け取る。本気じゃない、遊びだ。だから奥さんに言えない性癖や欲望を私に託し、打ち明けてもくれる。

 つまり口止め料も込みなのだ。それで1回2万5千円は良心価格だと思う。

 祖父の遺産で20~30回生まれ変わっても一生遊べるお金がある。投資や投機もしているし、安定した株や不動産もたくさんある。

 魔術協会に委託している、年間数千万から数億入ってくる霊地も何十件と保有している。

 それでもこういうお付き合いは辞められない。これは私だけでなく、ミツバチ達も行っている事だった。魔力を集めて帰ってくるからミツバチなのだ。人を害さず魔力を集めるとはそういう事だった。

 地のアインツベルンなら霊脈から直に魔力を吸い上げる者も居るのだろう。私だって地蟲を使えば出来なくもない。けれど冬木は遠坂の土地だった。そして私は水の間桐だ。液体や流体から魔力を得るのが一番効率が高かったのだ。

 

 結局、何時間あのマンションに居たのだろう。いい加減お腹が空いた。

 駐車場からクルマを出せば、辺りは真っ暗だった。国道沿いにお店が並んでいる。そこで私はラーメン店に入った。

 

「ここの豚骨が旨いんだよ」

 

 男性客の話し声が聞こえた。ああ、ここのスープは魚介系と魚介豚骨のミックスに豚骨か。味は醤油、塩、味噌。そこはオーソドックスなのね。

 たまにオリジナルの珍しい味付けがあったりするので気は抜けない。先程の客の連れ合いが注文していた。

 

「俺、豚骨ラーメン一つと餃子一人前」

 

 バカじゃないか? 豚骨味で良いのか!? まぁ、お店の人はその注文だと塩で作るのだろうけど。

 

「ご注文はお決まりですか?」

「ええ。魚介豚骨の醤油味で、背脂抜きのネギ追加で」

「安心して下さい。うちは背脂を使いませんから。さっぱり系がお好みでしたら、ゲンコツと魚介の合わせもありますよ?」

「やった! じゃ、それの醤油味でネギ追加」

「ネギは青ネギと白髪ネギがありますけど」

「おお! 白髪ネギでお願いします。あ、麺は普通で」

「わかりました。ご注文は以上でよろしいですか?」

「はい」

 

 良い店だ。ゲンコツは豚の大腿骨だけど、しっかりアクを取って骨髄が溶け出すまで煮込めば、臭みが失くなりさっぱりした風味になる。

 これをベースでスープを取ると、塩の良し悪しや、醤油の良し悪し、味噌の管理などがバレてしまう。このお店を選んだのは、嫌な臭いが表までしなかったからだ。

 青ネギと白髪ネギも良いなぁ。いわゆる小口に切った九条ネギと削ぎ切りした長ネギだけど、ちゃんと分けているのは偉い。そういやニンニクを聞かれなかったな。女の子だから? 

 そう思っていたら、テーブルの上にすりおろしニンニクとニンニクチップが、魚粉やコショウとともに並んでいた。本当に良い店だ。

 

 届いたラーメンは魚粉にまみれておらず、レンゲで掬ったスープを一口運べば、さっぱりした中に焼いた煮干しのコクと旨味が感じられるものだった。

 口の中がアミノ酸のオーケストラだ。ゲンコツが控えめな通奏低音を奏でるから、魚介のコクや旨味といったメロディーが自由な旋律を奏でられるのだ。

 麺は中細の縮れ麺。スープが良く絡む。白髪ネギにラー油を少し垂らせば、ああ、美味しい……。

 頭蓋の、口腔や舌を構成する蟲が熱いと文句を言うが、そんなの知るもんか。味覚を再現できて本当に良かった……。

 小学生時代は何を食べてもカブトムシの幼虫みたいな味しかしなかった。野菜を食べてもキリギリスが齧った後の臭いしかしなかったし。

 祖父みたいに肉が崩れるほど劣化すれば関係ないのかも知れないが、若い私に昆虫風味の味は地獄だった。わかるかな? セミっぽいベーコンエッグなんて、どろり濃厚な日常茶飯事だったんだから。

 そしてそんなのを『いいですとも』と言って我慢できるほど、人間は出来ていなかった。だから熱心に蟲を改造したのだ。でも、どうして私はこんなにゲームが好きなんだろう? やっぱり元が男の子だから? 

 それも恋愛要素の薄いアドベンチャーや、RPGに戦略もの。たまに泣きゲー。だから私の心にある国歌は日本のそれとはちょっと違う。

 今ハマっているゲームは全年齢対象版だけど人生だなって思うし、前作は芸術だった。文学に当てはめるなら何だろうなぁ……。そういうゲームって無いのかな? 

 

 ああ、食べた食べた。一杯800円、高いか安いか。私は安いと思った。ここには絶対にまた来よう。身体が温まると、途端に暑くなって来た。いい加減な身体だ。MR-Sの幌を外してオープンにした。15分ほどでクルマを止めて幌を閉めた。1月ってやっぱり寒いよね? 

 

 小一時間で冬木に入った。交差点のところどころで怪しい視線に気付いた。聖堂教会だろう。言峰教会に新しい監督役の神父が赴任した事はわかっていた。使い魔で見た限りヤバそうなやつだった。

 このMR-Sを、異なる身体で乗れば怪しまれるだろうな。ナンバーと顔を覚えられたのは間違いないから。

 このまま家に帰るか、一度どこかに寄って顔を変えてから帰るか。どうしよう。見た目を変えられるからと甘かった。聖堂教会は代行者のみならず、聖遺物を力尽くでも回収する第八秘蹟会を擁する武闘派集団だ。

 と同時に、何かを嗅ぎ付ける能力にも長けていた。市外に出て、間桐が持つマンションの空き部屋にでも籠ろうかな。そう考えて家を通り過ぎ、円蔵山の展望台に登った。

 展望台横の道路を通過する時、パーキングから一台のクルマが出て来た。こちらを追跡していたのでは無い。偶然に出て来たのだ。

 なのに、文字通り後ろからオカマを掘らんばかりに付けて来る。車間距離は20センチも空いてないのでは無いか? 

 完全に煽って来ている。なんだアイツ? ケンカなら買うぞとルームミラーやサイドミラーを見れば、私と同じMR-Sだった。それでなの? と、不思議に思っていたら、相手が右横に並んだ。

 あ! 色まで同じだ! 助手席にはイリヤスフィール先輩似の女性が。その向こうのステアリングを握る少女もイリヤスフィール先輩似な褐色のあの子だった。

 しまった。ここで動くのか……。これは不味いなと内心で焦っていたら、フォンフォンとダブルクラッチを使ってシフトダウンし、私を楽々追い抜いて行った。

 前で止まって車止めされるのかなと思えば、どんどん加速して、展望台を抜けて下り坂に入って行く。

 はい? 何だそれと気になったので追いかけてみた。すると、コーナーを綺麗なドリフトで抜けて行くのだ。上手い! 

 うわぁ~~、思わず見惚れてしまった。そして僅か2コーナーで、林の向こうを横切るテールランプしか見えなくなってしまった。

 ブレーキランプの点灯と同時にフォンと空吹かしの音がする。ヒール・アンド・トゥだ。コーナー出口の脱出速度、いわゆる立ち上がりで遅くならないよう、ブレーキを踏みながらエンジン回転を上げるテクニックだ。

 私もこれはできる。何度も練習した。だけど彼女は私より上手い。そして速い。速いし巧い。あれはこの道を走り慣れた人の走り方だ。

 キャーというタイヤの音をこだまさせて、あちらのMR-Sは暗闇の中に消えて行った。同じクルマなのに、完全に負けた。

 あの走りはMR-Sがどうこうでは無い。明らかに腕の差が大きい。きっと何に乗っても速い人なのだろう。だから引き返さず、一番下まで降りたのだ。会えるかもと思って。

 

 信号機が明滅する交差点の角にある、無人のコイン精米所の駐車場にあのMR-Sが停まっていた。横に停めたら──

 

「空きが一杯ある、結構広い駐車場なのに」

「トナラーですよ、ドアパンチされそう」

「トナラーって?」

「だだっ広い駐車場で空きがあるのに、何故か誰かの横に止めたがる人のこと」

「なるほど。これは確かにね。おまけに頭から突っ込んで。バックが下手なのかなぁ?」

「トナラーって大概下手ですよ」

 

 エライ言われようだ。しかも二人じゃなく三人居た。一言も声を上げず、私を見詰めていた褐色の人がカップコーヒーを片手にこちらへ回って来た。

 

「少しお話させて貰って良いですか?」

「ああ、はい。どうぞ」

「この精米所の横に並んでいるコーヒーが値段の割に美味しくて。それを飲みに展望台の駐車場を出たところであなたに鉢合わせてしまったのです。煽るつもりも、バトルをする気もありませんでした。ごめんなさい。ただ、コーヒーが飲みたかっただけです」

 

 ウソつけと言いたいが、彼女の持つカップの香りがとても良い。

 

「どれどれ」

 

 そう言って、私は自動販売機に向かった。

 

「その真ん中の白いアペックスです」

 

 アペックス? ともあれコインを入れてブレンドの砂糖クリーム入りを押そうとしたら、下から二段目、右から二番目のミル挽きの方だと注意された。

 本当だ、この隅っこのボタンは全部ミル挽きの表示がある。そして一番下の広告の隅にAPEXの文字が。自販機会社の名前だったのか! この人は通だ! 

 そこでミル挽きのW-ROASTと描かれた、砂糖クリーム入りを押した。チャリンとお釣りが出る。90円なら安いなとお釣りを取れば30円あった。

 

「この自販機は穴場でしてね。全品20円引きなのですよ。それもあって下って来ました」

 

 ちょっ? 遠坂先輩の家に逗留しているのなら、この山の反対側だ。ガソリン代を考えれば20円引きなんて。

 

「しかもこの販売機は深山町にはありません。新都の遠坂神社への参道と商店街くらいしか記憶にないです」

 

 へぇ~、数が少ないのか。あ、出来上がった。良い香りだ。お、美味しい……。これはわかる。これが70円なら山を越える気持ちもわかる。

 

 そこからクルマ談義が始まった。あちらのMR-Sは、あの褐色のエルヴァさんのクルマで、ステアリングもシフトレバーも換えてあった。他にも色々手が入っているらしい。

 

「どうしてこれを?」

「元々は姉のクルマでしたが、試乗した時にとても気に入ってしまって。ねだった訳ではありませんが、物欲しそうな顔でもしていたのでしょうか。そのまま譲ってくれましてね。そちらは?」

「私は自分で買いました。軽快なオープン2シーターが欲しくて。ロードスターと迷った末に、これにしました」

「わかりますよ。被る人が滅多に居ませんものね?」

「ですよね? 今日、初めてですよ。それも同じ女性ドライバーなんて」

 

 話せば彼女はとてもクルマ好きだった。私も好きなので意気投合したのは言うまでもない。

 

「好きなポル○ェですか? そうですねぇ、964のカレラRS3・8やCUPは好きですね。同じ964のEU向けで968風のスラントノーズも」

「日本だとフラットノーズですよね? 名前も930で」

「そうです」

「では、993からなら?」

「それはもう、日本仕様のカレラ4が一番希少でしょう。75台でしたっけ? GT2のエンジンを載せたターボSも良いですね」

 

 ああ、好みが似ている。何より993で、真っ先にカレラ4の事を話してくれたのがオーナーとして嬉しい。

 そこからもクルマ談義が続き、お互いの立場を考えればかなり友好的に別れたのだった。去り際に彼女はこう言った。

 

「では藤沢茜さん、失礼します。今度会う時は間桐慎さんですね」

 

 そしてMR-Sは出て行った。知られていたのか……。唖然としていたら『じゃぁね~』と白いロードスターに車道から声を掛けられた。あの背の高い、サーヴァントらしき人だ。

 赤いシートが目に飛び込む。あれ、たぶん1600ccのワンメイクレース用だ。精米所の裏手に置いてあったのだろう。やられた。

 

 結局彼女の先導で無事に家まで帰れた。認識阻害の魔術をずっと掛けてくれていたのだ。どうやら、彼女達にとっての私は、敵とも中立とも見做せない謎の人物だったらしい。だからアプローチして来たのだそうだ。

 褐色の子と妹らしき子は解析が上手そうだから、確実に私の在り方を見破られたと思う。ロードスターの英霊がこう残していった。

 

「私達は遠坂凛の師匠から頼まれていてね。彼女を評価する試験官達のボディガードなの。聖杯戦争に関わるつもりも無ければ介入するつもりも無いわ。けれど街の人達に被害が出るようなら、遠慮なく手は打たせて貰う。それと、何か悩みがあるなら連絡をちょうだい。これ、携帯の電話番号。エルヴァがあなたの事をとても心配していたわ」

「並行世界からですか?」

「そうよ。あの子は人形師で修復師でもあるから。相談に乗れると思うわよ」

 

 ああ……。そういう人だったのか。嬉しい情報だ。勿論疑ってもいる。だけど、本当の話だと思えた。

 それでも、やれる限りはやってみよう。ここまで計画して来たのだから。バーサーカーを斃すためには、アーチャーと戦うしかない。使える陣営だと遠坂先輩に認識して貰わないと。

 そしてセイバーだ。実力は未知数だが、情報を吟味した限り、第四次に出たセイバーと似ていると思う。

 アインツベルン、衛宮……。イリヤスフィール先輩は堂々とアインツベルンを名乗っている。とは言え、アインツベルンと何かがあって袂を分かったのだと思う。

 そして聖遺物を持っていた可能性は高い。そうとなれば、今回のセイバーは第四次と同じと見做して良いだろう。また、彼女こそがセイバーのマスターに違いない。

 問題は衛宮先輩だな。意外だけど彼も魔術師だった。しかも、入れ知恵かも知れないが、かなりの策士だった。キャスターのマスターとなり、そのキャスターにアサシンを召喚させているのだ。

 あのマウント深山で見掛けた背の高い長髪の英霊。あいつがアサシンだ。それしか考えられない。ハサン以外を喚べたのはキャスターの実力だろう。

 何故そう考えたかというと、あのエルヴァという人の実力が本物だからだ。私はサーヴァントと互角に戦えると思った。

 なら、サーヴァントはあのロードスターの彼女だけで十分だろう。なのにセイバーやアサシンと行動を共にしているシーンを何度も見ている。

 となると、水面下でイリヤスフィール先輩と遠坂先輩は繋がっているのは明白だ。その同盟に私も加えて貰うのだ。でなければバーサーカーは斃せない。

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