今私達は新都のとある喫茶店に入っている。
ビーチバレーの後、流れるプールや屋内の波打つビーチを楽しんだ。このままもっと遊びたい気持ちはあったけれど、夕方から始まるキャンプファイヤーとバーベキューの準備がある。
なので軽く食事を済ませてから帰る事は当初の予定だった。だけどああいう施設で提供されるメニューに期待はできない。
それで事前情報でワクワクざぶ~んと、以前イリヤさんからエルヴァが知らされた『アーネンエルベ』という喫茶店が割合近い事が判明した。それで今、そのお店に皆んなで向かっているのだ。
場所的にはワクワクざぶ~んから200mほど歩いたところだろうか。そこに洋築の建物があった。特徴的な金属製の丸い看板とお店の前に停めてある2台の大きなバイクが目を引く。
「年季の入ったハ◯レーだな?」
「うわぁ~! パンヘッドのFLH1200と、ショベルヘッドのFXEFだ!」
そうだ、これってハ◯レーよね。アーチャーも現代人である事を隠そうとしない。それでもって何かわからないことを叫ぶエルヴァ。何なの、それ?
「エルヴァさん、ターミネーターのあれ?」
「違います。あちらは90年代のFLSTFファットボーイで、こちらのFXEFファットボブスーパーグライドとはサスペンションの形式が異なります。排気量も今のFLSTFだと1450ccまでアップしていて、このFXEFは1340ccです。カッコいいなぁ。あっちのFLHだとドルルン、ドルルンとワルツを奏でそうですね?」
「いや、わかんないけど」
「あれだ。古いハ◯レーは排気音が三拍子になると聞いたな」
男性より詳しいってヘンよエルヴァ。ともかく時刻は午後の1時半。皆んなお腹がかなり空いていた。
カラランと中に入ると店員さんは二人? 奥に居るかも知れないけれど、ここからは見えなかった。その店員の一人がテーブル席に案内してくれ、お水とメニューを置いていった。
若い。多分、私達と変わらない年齢だと思う。アルバイトかしら?
「何、このメニュー? 本当に何でもあるのね?」
ダークブラウンの木材に白い壁。ビルの一階でなく一戸建ちの店舗。天井は高く、内装や調度品もダークブラウンが基調でとてもシックだ。
「あらら。アジアン料理がこんなに。ルンダンもありますね」
「何ですの、それは?」
「インドネシア料理で、牛肉を香辛料とココナッツミルクで煮込んだものです。お昼には少し重いです。オススメはソトパダンですね。こちらは牛肉のスープですよ。ライスと一緒に注文すると2倍美味しいです」
マルガリータさんは詳しい。エルヴァが目を丸くしている。そんな彼女はお店の人と幾つかやり取りしてマトンのビリヤニを選んだ。
「マルガリータさん。ここのビリヤニは炒めず、炊き込みだそうですよ」
「本格的ですね」
ビリヤニってインドとその周辺の国に広く親しまれている、香辛料が効いた炊き込みご飯らしい。だけど時間も手間も掛かるので、炒めて作る偽ビリヤニも多いのだとか。
「ラクサって何ですの?」
「お米で作った麺が入った、スパイシーなうどんです。お薦めはペナン・アッサム・ラクサです」
「私もラクサならエルヴァさんと同じものをオススメします」
私とルヴィアはそれに決めた。衛宮君はミーゴレンだった。
「何故、貴様らは焼きそばなのだ?」
アーチャーのツッコミは正しい。なのにあんたはミックスサンドなのね?
「オムライスとかでも良いの?」
「何でも良いですよ。好きなのを頼んで下さい」
「じゃ、オムライスとミックスジュース」
「私は、このナシゴレンってのとバナナジュース」
「それは焼き飯ですが良いですか?」
「良いよ」
イリヤとクロも決まった。ランサーは先に帰ったから、残るはトロンメルだ。
「私はモヒンガーを」
何だそれ? 皆んなが一斉にマルガリータさんを見た。
「ミャンマーの麺料理です。これは結構有名ですけど?」
エルヴァも頷いている。ホントか~~? そこからぺちゃくちゃ喋っていると、20分程度で皆んなの注文した料理が届いた。この時エルヴァとマルガリータさんが頷きあっていた。そしてアーチャーを見た。
アーチャーも一つ頷いた。
「何なの?」
それを合図にマルガリータさんが何かをした。子供達を除いた私達全員にある種のパスが通ったのだ。それによって言葉を発さなくとも相手の言葉が届くようになった。
念話と言えば念話なのだが、そう断じるには何か違和感がある。ちょっと不思議な感覚だ。
『これって念話のように話せば良いのですか?』
『はい。あなた方のそのチャンネルに合わせましたから』
『何かあった?』
『どういう事ですの?』
〈本格的なビリヤニは、こんな20~30分でできるものでは無いだろう。そこだよ〉
やっぱりだ。私とルヴィアはアーチャーを預かって魔力提供しているだけで、本来のマスターではない。だけどそのマスターと私は異世界同位体だ。なので以前からアーチャーと念話ができていた。
その念話と皆んなとの念話の聞こえ方が違う。細かな周波数でなくバンドが違う。
『いえ、これってデジタルとアナログぐらい根本的に違いますよ』
エルヴァの言だ。そんな気がする。
『それで、このビリヤニ。ここまで本格的なのに出来たてホヤホヤです。普通なら2~3時間は掛かる料理ですよ? それが炒めた方のビリヤニと同じくらいの時間で出てくる……あり得ませんよ』
『このお店が怪しいのではないかと、エルヴァさんとは前々から話していました。カウンターの中で料理をしている女の子。あの子こそ聖典『トライテン』の分身に間違いありません』
日本にいるって、冬木だったの?
〈つまりこの時間短縮か何かが彼女の能力なのか?〉
『時間操作……?』
『そう考えられます。先に話しておきますが、私にはここまでの能力がありません。数分跳ばすとか体感的に数秒止めるのが限度です』
それはそれで凄いんだけれど。
『第四魔法を求めた際のこぼれもの?』
『造物主は迷宮使いです。エルヴァさんと同じで結界の使い方が上手いのだと』
『そっちですか。確かに結界内なら時間操作は簡単ですからね』
どこがだ! 理論的にはそうかも知れないけれど、どれだけ魔力が要るのよ。
『危ない奴なのか?』
『いえ。先程から思考を読んでいますが、ここまでダダ漏れとは。本人は何かスイッチが入らない限り、普通の女の子ですね。敢えてそうしてあるのか、自己暗示なのかは不明ですけど。多分、あれですよ。あなた達がナタリアさんと話された、ロレンツ・トレンデルなる者が可怪しなちょっかいを出さない限りあのままでは?』
『そうだと思います。本人、凄く楽しそうですし』
『きっと凛やルヴィアに私や英霊の皆さんが、知らない間に抑止になっていたのだと』
『そこでしょうね。これはこちらから接触せず、ロレンツ・トレンデルの出方を待つべきですよ』
『ええ。しびれをきらしてこちらに手を出す可能性の方が高いですね』
結局、そんな風に話は纏まった。なお、この時エルヴァとマルガリータさんは、イリヤやクロと口頭でも会話していた。私やルヴィアだと念話から一旦離れないと話ができない。これはエルと同じ分割思考みたいなものなのかしら?
ともあれ、エスニック料理って口に合えばいつもと違う味覚が味わえて楽しいけれど、口に合わなきゃとことん悲惨だと思う。けどこのお店の、あの子が作る料理は見事だった。
だって同じエスニック料理が得意なマルガリータさんが項垂れ、あのエルヴァがこれは勝てないと白旗を揚げたのだから。
正直私もルヴィアもどっちが良いとかわからないレベルだ。だけど何度も料理を作ってきた人にしかわからない事ってあると思う。そんな微妙な差が二人には感じ取れるのだろうとはアーチャーの弁だけれど、これはそういう領域の話だろうなと納得した。
お勘定を支払い、美味しかったと一言添えて私達はお店を出た。するとレジの子と一緒にカウンターの子もはにかんでお礼を返してくれた。その赤髪は衛宮君のようで、顔はマルガリータさんに似ていた。
カロンコロンとドアベルを鳴らしてお店を出ると、マルガリータさんが身構え、エルヴァがとんでもない結界を張った。
「な、何?」
私達じゃなくお店と、お店を中心として半径数百メートルの規模で認識阻害と防音の結界を張ったのだ。
「攻撃ですわ! リン、転身!」
「了解!」
飛んで来る魔力弾をサクッと吸収するエルヴァ。市庁舎の屋上を睨んでいる。この時、私とルヴィアはようやく転身が終わったところだった。クロは反応して転身を完了していたけれど、イリヤが一歩遅い。
クロがイリヤを背後に隠した瞬間に、次弾がルヴィアがサファイアで展開した盾に直撃した。煙がもくもくと立ち込める。どういう魔術なのか、熱量が凄まじい。サファイアが悲鳴をあげている。
「ルビー、これって!?」
『ちょっと、私どもでは手に負えないタイプの魔力弾ですよ』
「マズいわね……」
その次の魔力弾が迫り来る時、エルヴァとアーチャーは既に消えていた。私達の前に新たな防御結界をトロンメルが張ってくれていた。その結界は見事に魔力弾を吸収した。エルヴァのドレインのようだ。
性能が良すぎるのか、阻まれて衛宮君が出れない。けど、行かない方が良い。これは、何か私達の知る魔術とはちょっと違う。
「四発目が来ないわね……?」
「ああ。エルヴァさんとアーチャーさんが倒したか?」
「ともかく、リン、シェロ。私どもはここを死守ですわ。マルガリータさん、何かおかしな事はございません?」
「今のところは大丈夫ですが、相手は間違いなく『トライテン』を追っている『ミラビリス』ですね」
「マルガリータさん。言い方が悪いけど、性能的にどう見る?」
「少し変な感触です。コピーでなく、数ページハズレた……。ええ、その線です。あちらは私のような『トライテン』のコピーでなく、『トライテン』からハズレたページです。だからここの『トライテン』はあり方が異なるのですね」
「どうやれば倒せる?」
「核になるそのページを燃やし尽くせば消えますが、それが難しい。ですが、数ページなので魔力の限界も使える術も少ないと思います。だから今は拮抗しているのだと。エルヴァさんとアーチャーさんに任せるしかありません」
『トライテン』のコピーである『ミラビリス』と、『トライテン』の一部だった『ミラビリス』。魔力はマルガリータさんの方が上だし、多様な事ができるそうだが、ここ一番の出力はあっちの『ミラビリス』の方が上だという。
あ! 市庁舎の屋上で焔が渦を巻いている! やがてそれがフッと消えると、エルヴァとアーチャーが戻って来た。怪我はないようだが、二人の顔が赤い。何だ?
「エルヴァさん、『ミラビリス』から精神攻撃を?」
「ええ……。精神に掛かるダンジョン。ああいうのは私の十八番だと思っていましたのに……」
ああ……。それにアーチャーもか。けど、子供達を心配させまいとイリヤ達を見るときは笑っている。偉いなぁ。
「それで、エルヴァ。相手は?」
彼女はポケットから紙片を数枚出した。
「これが?」
「ええ。『トライテン』の断片です。お店の子に渡すべきかどうか」
「その時は私が接触します。今はそれを餌に待ちましょう」
それがマルガリータさんの見解だった。バス停までの帰り、コンビニに寄ったエルヴァは少しマシな顔で出て来た。私は子供達に聞こえないよう声を潜めて尋ねた。
「どうしたの? お手洗い?」
「トイレはトイレですが、買った下着に履き替えていました。居るはずもない士郎クン達二人に前と後ろから責められ……。口はアーチャーさんので塞がれ……。それがまた良くて……三人から何度もイカされました……」
またエロい事を話し始めた! けど、そういう精神攻撃だったのか! これは堪らん!
「どうやって解いたんですの? いえ、そもそもエルヴァさんがどうして掛かりますの?」
「私だ。最初はエルヴァに庇って貰っていたが、私が最初に落ちた」
「それを足がかりにリンクを貼られました。マルガリータさんのパスですよ」
パスから侵食されたのか……。
「ですからアーチャーさんを修復すべく5回くらい?」
「精神だけとはいえ、本当に申し訳ない……」
あっちゃ~~……。でも、解けたのは?
「家族の絆と士郎クンの優しさかな」
「へ?」
「ぶっちゃけると、挿入る時に『ゴメン、姉さん』とか、果てた時に『ゴメン、桜』とか泣くのでハッとして」
ひ、ひぇ~~!
「シ、シェロは?!」
「彼は絶倫? 8回くらい連続で。交代してもお尻や口に。きっと倫敦でのエルとダブっているのだと思います。だってあれしか経験がありませんから」
聞くんじゃなかった……。ルヴィアも私もドヨ~ンとした。
魔力弾が飛んで来た時、エルヴァなら吸収できると踏んでいた。その読みは当たっていたし、凛とルヴィアが転身するのも視界の隅で捉えていた。
あの二人なら子供達を守り切るだろう。そこを計算して私が動けるよう、あんな奇妙な結界の張り方をしたのだろう。何が奇妙かと言うと、エルヴァの結界は我々でなく、バイクや店を護っていたからだ。
確かにあの店は得難い料理を提供しているし、味も良い。ああいうエスニックは私にはわからんが、得意なマルガリータや料理全般に詳しいエルヴァが絶賛していた。推して知るべしだな。
それにオーソドックスなオムライスやミックスサンドまでが実に見事な出来栄えだった。あの程度のミックスサンドなら私にも作れるが、タマゴの部分が絶妙と言うかちょっとありえない。あれは手間だ。
普通ミックスサンドは、野菜のサンドとハムやタマゴなどタンパク質のサンドの二種類を組み合わせて作る。挟む内容は店や調理人によって多少は変化するが、大筋では変わらない。
それだけに店の力量がわかりやすいものなのだが、ここは野菜にキュウリとレタス、そして汁気が多いので嫌われがちなトマトが入っていた。
この時のレタスとキュウリの使い方に着目して欲しい。パンを湿らさぬよう、マスタード・マヨネーズを結着剤としてレタスとキュウリが壁になっている。これがトマトの汁をガードしているのだ。
次にあり得ないと言った、タマゴの部分だ。一つは間にキュウリが挟まり、その左右に何層も重ねられた甘い薄焼き卵と、これまた何層にもなったロースハムだった。
もう一つはレタスを壁として、その間にマヨネーズが効きすぎていない、されどゆで卵のボソボソ感を消してある、絶妙なタマゴサラダとハムが挟んであった。
わかるか? 普通、野菜とタンパク質の二種を作り、それを切って合計4つのサンドイッチが皿に盛り付けられる。だろう? なのにここのは、タマゴ分が二種類あるのだ。野菜分は一種類なので合計三種類だ。
答え合わせは簡単だ。先にパンを切ってから挟んである……と、考えたのなら君を浅はかと言わせてもらおう。サンドイッチとはその切り口の美しさにこそ意味があるのだぞ?
そして卵焼きもタマゴサラダも、その見事な切り口をこちらに向けていた。エルヴァもマルガリータもこのサンドを見てギョッとしていた。
エルヴァなら、『片方は棄てているのか? 採算はどうなっているのだ?』と、ここまで考えたろう。そして最後にエルヴァの前に置かれたビリヤニだ。これは中東でもインドに近いところでは存在している、炊き込みご飯の一種だ。
まずマトンを用意し、これを柔らかくなるまで2時間以上は煮込む。次に茶色くなるまで、串に切ったタマネギを油で揚げる。この間にショウガとニンニクをミキサーに掛け、次に少量の油を入れてペーストを作る。今度は各種スパイスをミキサーに掛け、また少し油を入れてペーストにする。
この二種のペーストと湯がき終えたマトンを専用の鍋に入れ、更に大量のヨーグルトを加え混ぜておく。その次にバスマティライスという長粒種の香米を塩茹でしておく。
先程の専用鍋に揚げておいたフライドオニオンを加え、茹で上がったライスも加える。この段階では絶対に混ぜない。そして少量の水で溶き、粘土状にした片栗粉を鍋の縁に盛っていく。
これに拠って蓋が密閉され簡素な圧力鍋になるのだ。そして一気に炊き上げる。炊きあがり蓋を開ければ最後に入れたバスマティライスの白しか目に入らんだろう。
だがこれを提供する皿に、おタマ代わりにした小皿ですくって盛り付けていくのだ。鍋の一番底にはマトンとスパイスたっぷりなソースがある。この上のライスはソースを吸って色が変わっているだろう。
この変化、このグラデーションを皿の上でマトンが上になるように再現する。これがビリヤニの正統な盛り付けだ。そしてそれがこの店では完璧に……いや、ところどころ散らして、作り手の遊び心まで演出してあった。
こんな料理が僅か20分で出てきたのだぞ?
エルヴァとマルガリータが確信したように、私も確信した。某かの神秘が行使されたのだと。
実は少々はしたないが、女性陣はお互いの料理をシェアしていた。そこで私もスプーンを投影し、エルヴァやマルガリータがミックスサンドの皿の空いた部分に置いてくれた料理を味見したのだ。
これは士郎も同じで、奴も目を丸くしていた。私も同じ顔だったろう。それ程までにウマい。美味かった。
本来エルヴァはイリヤと来る予定だった。彼女の事だから、英雄王や騎士王が帰れば、必ずイリヤを連れて来るだろう。ならばこの店は守らねばならん。
私はエルヴァの術で市庁の屋上まで空間転移した。そこにはマルガリータと変わらん少女が立っていた。そのあまりにマルガリータと似た顔に戸惑う隙きを突かれ、私は幻覚を見せられた。
洗脳のような精神掌握や精神汚染でなく助かったと言えるだろう。どこまでも幻覚を見せるだけの精神攻撃だったからだ。本当にあんな行為をやっていたのなら自殺ものだ。
だが、その幻覚は私とのパスを通してエルヴァまでを攻撃した。二人の精神をリンクさせる事によって、幻覚をより強固にする────。
屋上はいつの間にやら二人だけの世界だった。
常夏の島であり、暖かい暖炉の前だった。エルヴァは数回とか話していたが、私は彼女と1年近く恋人として過ごした。
一緒にキッチンに立ち、笑顔を交わし料理をする二人。庭のプールで裸で泳ぐ二人。肩を寄せ合い枯れ葉の舞う公園を歩く二人。豪華客船の船首で映画のような事をする二人────。
船の上からクジラの踊りを見た。しんしんとした夜空の下でオーロラを見た。汗をかきながらどことも知れぬ山頂へ登り、遥かな先まで広がる雲海を見た。
毎日笑いあった。自分がこんなに笑えるとは夢にも思わなかった。それを教えてくれたのがエルヴァだった。
愛し合った。愛してくれた。だから……いや、自分から素直に愛していると言えた。あの日、セイバーから受け取り返せなかった言葉が……出た。
私は泣いていたのかも知れない。だから彼女はそっと私の目元を拭い、愛情深いキスの後こう言った。
『お腹にあなたとの赤ちゃんがいます』
ああ、私は父になるのか。ジイサンに報告したい、そう思った。そしてこれからはしっかり稼ごう、そう思ったのだ。
だからその夜もベッドで愛し合った。お腹を気遣い、あまり派手ではなかった。だけど、だからこそ、お互いをより深く思いあえた。
身体に負担を掛けぬよう後ろからだったが、彼女は前からの行為を望んだ。だから抱きかかえ、座った私の上に跨がらせた。
細い腰に手を回し抽挿を繰り返した。この1年で彼女の事は端の端まで知り抜いている。軽い身体を持ち上げるようにして、一番彼女の感じる部分に己のものが当たるように。
やがて甘い声は喘ぎ声に変化し、私の背中に回した腕に力が入る。上向いた綺麗なカタチの乳房が私の胸で潰された。
『シロウ、シロウ』
『エルヴァ……好きだ』
『私も。好き、愛してる。ああッ……』
そこはドイツ語なんだなと、ヘンなところに感心したのは初めての夜だったか?
そんな事を思い出しつつ、萎えた私のものを口で清めてくれる彼女の褐色の肌を撫でた。ゴツゴツした私と違い、なんと滑らかで艶のある肌だろう。
長い髪が股間に触れて心地よい。だが、少々くすぐったいので、手で掻き上げてやった。
くすぐったかった? そんな風に顔を上げた瞳が言っていた。腹から胸元に登ってきた彼女は私の耳元でこう囁いた。
『スーパーマンが射精すると、その精液は弾丸の速度より速いそうですよ? どうして私は生きているのでしょう?』
へ? そこで引っ叩かれて目が覚めた。
屋上でエルヴァとマルガリータに似た相手が戦っていた。私は彼女が張ってくれていた結界の中だった。術の中に割り込み、私の幻覚を解いてくれたのだ。
結界を解いてくれと叫ぶ、まさにその一瞬前に、彼女の莫耶が相手の胸を貫いた。そして干将は首を戸惑いもなく落とした。
割り切りが良い。相手が礼装であっても、心ある仲間ならその精神を尊ぶ。だが、敵であり人命でないなら、そこに一切の迷いがない。
ヒトガタが紙片となってコンクリの上に落ちる。風で飛ばされぬよう慌てて拾う、その小動物のような仕草はこの1年で……。
いや……このような回想は彼女に失礼だ。
「これで終わりかね?」
「取り敢えずそうですね。彼女と関わりのある魔術師はアサシンが追っています。後は時間の問題でしょう」
「そうか。では戻るか」
「背負って下さい」
「は?」
「罰です。4Pは私の見た幻覚なので、その件に関してあなたや士郎クンは責められません。ですがあなたの見た幻覚には、対価が必要でしょう?」
「なッ!?」
「あなたへの術を解呪する際に、全部こちらにも流れて来ましてね。リンクさせられていたので、同じ幻覚を見ていると思えば。背負うだけで許しますよ、ジャック」
そして彼女は私の背中で、セリーヌ・ディオンばりの歌声を聞かせてくれた。ジャックとはその映画の主人公と恋に落ちた男性の名だった。
ワクワクざぶ~ん。最後に冷水を浴びせられるという意味にも取れますね。