バス停までの道のりで戦闘や結界による影響などを確かめた。特にこれといった問題がなかったのは幸いだ。
エルヴァとマルガリータが先頭を並んで歩く。その後ろに二人の子供とトロンメル。次が凛とルヴィア。更に後ろが私と士郎。
「アーチャーさん。大丈夫か?」
「何がだ?」
「いや、俺たちのところへ戻った時、何かいつものアーチャーさんじゃなかったからさ」
ここで聞くのか? ヤメて欲しいな。
「……精神に作用する術を掛けられたのだ。虚実が判別できん幻覚を観せつけられると堪らんな」
「あ~……。その間、無防備に?」
「いや、そこはエルヴァが結界を張ってくれていた。が、情けない限りだな」
「幻覚か……。英霊とか関係ないもんなぁ……」
「そうだな」
一般人より耐性は遥かに高いだろう。だがそれをあっさり抜いて来た相手の術。通常の魔術ではなかったと思う。エルヴァにも掛かったのは、私とのパスだけでなくそこもあったろう。
そこである事に気付き、死にたくなった。
それはこうだ。エルヴァが自分を取り戻したのは、もう一人の士郎が『姉さん』と呼んだのもあったろう。だが……彼女の兄は二番目と言っていた。幼い頃から面倒をみて貰っていたとも。
私もそいつとそっくりなのだ。異世界同位体が別々の道を歩み、別の座を得る英霊となった……。それも不思議な事だが、少なからず彼女にとっての私は兄を思い起こさせる存在でもあった筈だ。
だからだ。だから、凛達に気付かれる前まで背負う事が罰則だった。その程度で水に流してくれたのだ。つまり彼女はそれだけ私に親愛の情を持っていた。
料理勝負はやっても出会った頃から彼女と口論をした憶えがない。諭されたり、気付く切っ掛けを与えられたり……まるで、姉ではないか。胸に在りし日の『イリヤ』が浮かぶ。
無性に、今海の家で汗を流しているであろうイリヤに会いたくなった。これは彼女に邪な気持ちを抱いているからではない。彼女はエミヤシロウを分け隔てしない。それでだ。
最初は用もないのに毎回話しかけてくる彼女が鬱陶しいとも思ったが、段々と彼女を通じて亡き二人の姉を思い出せた。そこが一番大きい。
幼い頃より面倒を掛けたり掛けられたりした姉。そして小さな体で精一杯最後まで生きてくれた姉────。
それを思い出せたのはフィンランドに行くもっと前、第四次の世界で彼女とアサシン達を『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』で刺していた頃だ。
もう歩けなくなった彼女を背負い、柳洞寺の石段を登った────。
初めてジイサンの墓参りに行きたいと言ってくれて嬉しかった。ずっと行かないままだと思っていたから。だけど……その翌々日に白い姉は逝った。俺の手を弱々しく握り、『ごめんね』と────。
私は遠坂に誘われたが、倫敦には行かなかった。体の弱い姉が居たからだ。その姉が息を引き取った。その葬儀の後、アインツベルンが遺体を半ば強引に引き取った。荼毘に付す事すらできなかった。
だから迷わなかった。家を手放し、戦場を巡った。その後、桜や遠坂がどうなったかは知らない。
私は……俺は……。ありとあらゆるモノを、冬木に置いていってしまった。なのでその後の冬木がどうなったのかを知らない。桜の事に何一つ気付けなかった己も憎いが、冬木に一切帰らなかった自分に呆れる。
そうか! だから背負えと? 彼女は私の過去をパスから知ったのかも知れない。その程度は軽くできそうな術者だからな。
道路を挟んだ反対側のバス停に見知った顔が数人居た。手を振っている相手はエルヴァだ。
「知り合い?」
「キュードーブの方ではありませんの?」
「いえ。1-Dの子達で、間桐さんやエルマの友人ですね。以前何度かお昼をご一緒した事がありまして」
「へぇ~。1-Dなんだ」
「ああ、トロンメルさんも1-Dと話されていましたね」
悲しいかな、桜の友人と聞いても私はエルマしか知らない。こんなので姉なんて……。
「リン、バスが来ましたわよ?」
「あ、ごめん」
エルヴァとイリヤとクロが声を潜めてずっと話している。あんな事があった後だから、子供達を気遣っているのだろう。イリヤもクロも楽しそうだ。
程なくバスは最寄りのバス停に到着したのだけど、エルヴァが血相を変えて走り出した。
「どうしたの~~!」
「イリヤちゃんとクロちゃんを守って下さい! 最悪だ! アサシンさん達は何をしていたの!」
本気で走る彼女に追いつける可能性があるのはアーチャーだけど、彼は私達を制した。
「正直、私の能力では何があったかわからん。が、先に使い魔を飛ばせ、凛、ルヴィア」
そこで使い魔を飛ばした。角を曲がり直線になったところでアーチャーが電信柱に駆け上がった。クロも道路の反対側の電信柱に登った。
「ルヴィアの家と私らの家の間の道路が吹き飛んでるよ!」
「え~~~~~っ!」
「建物にはこれといった被害はないようだ。ランサーとランスロットが辺りを警戒しているな。が、門の中だ。オーギュスト達も門の中から様子を伺っている。向かいの門には、ここのジイサンも居る。一体何があった?」
降りてきた二人の報告に驚く私達。
「使い魔が全員の無事を確認しましたわ。小母様もそちらの家政婦も無事です。大きな被害は道路だけですわね。少しお待ちを……ええ、はい。はい。わかりましたわ」
先行したエルヴァがルヴィアの使い魔に状況を話していた。それを横で聞いている私の使い魔。何があったか不明だが人的被害は皆無で、道路のアスファルトがキレイに消え、大穴がカマボコ型に空いていた。
要は道路の幅に沿う、巨大なパワーショベルで浚(さら)われたかのようなのだ。どう考えても爆発跡にしか思えない。なのにルヴィアの家も衛宮の家やその並びも無事だった。
細かいところは確かにある。門柱が倒れたり、門に傷が入ったりしている家もあるようだ。だけどどの家も傾いたり倒壊したりしていない。
カマボコのクレーターの中では、破断した水道管が水を吹き出している。ガスもシューシューいっている。やがてパトカーや消防車がやって来た。仕方なく私達は裏手に回って、新しくできた裏庭にある小さな門から中に入った。
この段階でランサーとランスロットさんは裏庭に来ていた。私は水盆に使い魔の視界を写した。イリヤとクロを安心させるためだ。きっとエルヴァも向かいが落ち着くまで戻らないだろう。
「どうしたんですの?」
「金ピカらしいぜ。相手は多分、魔術師だったと思うんだが、俺も見ちゃいねぇ」
エルヴァが叫んでいた、アサシンが動けなかった理由がこれか。裁定者が動いたからだ。
「私が見ていました。魔術師がここを襲いに来たのです。それをエミヤ殿が気付き、オーギュスト殿に電話で知らせたようです。そこで迎撃しようと残った全員が動いているところに、英雄王の宝具が。直撃を受けた魔術師は木っ端微塵で、オーギュスト殿でも痕跡を探れずじまいです」
ルヴィアの言葉にランサーとランスロットさんが答えた。これって相手は……?
「アサシンに包囲網を張られたロレンツ・トレンデルではないですか?」
マルガリータさんの考えに頷く私達。ここで子供達はトロンメルが家の中へ連れて行った。入れ替わってオーギュストさんがやって来た。
アーチャーが、ランサーやランスロットさん達に、今日の帰りにあった事をかい摘んで話し始める。オーギュストさんはそれに耳を傾けて頷いていた。
「オーギュスト、わかっていますわね? 市に任せるだけでなくこちらもすぐに」
「はい。手はずは整えてあります。ですが、お嬢様。復興まではどうとでもなりますが、協会の方が旦那様だけでは弱いかと……」
「ロレンツ・トレンデルとはそこまでの者でしたの?」
「いえ、教会の神父です。それがまた謎の多い人物でして。かつて聖堂教会が滅ぼした村で神父をしていたと記録にありますが、既に死亡したとされているのです」
「つまり……死徒?」
「可能性はありますな。ギルガメッシュ様が出向かれたのは、そこもあったのやも知れません」
「となるとあの方が動かれたのは、エルヴァさんの憂いをなくされるためだけではありませんわ。オーギュスト、あの方の存在を徹底的に隠しなさい」
「もとよりです。エルヴァ様が戻られましたら、何かしらの偽情報を流す相談を致します」
「頼みましたわよ」
「なぜだ? どうして隠す必要がある? あいつの存在が後ろにあると広まれば、却って安全だろうに」
「ランサー様。それではバランスが崩れます。性急な動きは反発も大きいものです。今は動かず、時期を待つ時ですぞ」
そこでエルヴァが学園卒業後、時計塔の一級講師として向かう計画が本決まりになった事を知らされた。前々から私達もチラホラ聞いていたが、彼女は本気で衛宮の小父様や妹たちを守ろうとしている。
「そっか。中からじわじわ変えるつもりか。あいつらしい」
「君はせっかちでいかんな?」
「何を言ってやがる。俺は待ち伏せも釣りも得意だぜ?」
「本当ですよ、アーチャー殿。彼は武勇だけでなくゲリラ戦も得意でした。ただマスターのそれは、内部工作ですのでゲリラ戦とは微妙に異なりますが」
「仮面を被って総本山に乗り込むか……」
「そういう事ですよ」
エーデルフェルトは霊地の件もあって全面支援が確定している。彼女は確実に前に進んでいた。
最悪だ。お父さんがカメラで撮っていたので、これをやったのが王様だと判明した。そして相手はおそらくロレンツ・トレンデルだ。
王様なりに思うところがあったからこの結果なのだと想像は付く。きっと理由も表面上のものでなく、放っておくと被害がが甚大になる、或いは緊急を要する事だったというのも読める。
読めるけれど、この真夏にガスは止まるし、上下水道も電気も止まっている。お風呂を沸かす事も、料理もできないし、夜は真っ暗だ。
それもエーデルフェルトの外柵、それの辻から辻までのこちら側だけに被害があるのだ。エーデルフェルトは電信柱を嫌い、正門前には電柱が立っていない。全部横の道路か、裏側から電気を引いていた。これはガスや水道もそうだ。
ご近所の方々には申し訳ないが、完全復旧までどこかに避難して頂く他はない。そして我が家族の衛宮家は一時的にエーデルフェルトに入って貰うしかない。
なのでオーギュストさんとルヴィアには、既に電話を入れてあった。お父さんも自分の携帯で士郎クンに電話を掛けていた。地盤沈下とか理由を付けていたけど。どうなのかなぁ。
不幸中の幸いは、来週8月に入ってエルヴァが来れば、家族旅行に出ると決まっている点だ。二泊三日の予定なのでこの間の復興は難しいと思うけれど、少しはマシだろう。
それに、なんとこの旅行の宿泊費用は士郎クン持ちだ。水臭いやら何やらブツブツ言っていたお父さんだけど、顔は素晴らしいくらいにニヤけていた。だからきっと良い気分転換になると思う。
行き先がまた良い。H県大久野島の国民休暇村だ。偶然だけど、そこはあちらの世界でも家族で行った事がある。うさぎの島だ。料理も今なら瀬戸内のタコがあるし、アワビやサザエもある。
肉が良いなら峠下牛のステーキやしゃぶしゃぶがあるし、朝食のビュッフェもかなり美味しかった記憶がある。そして向島、因島、生口島、大三島、伯方島、大島と近くにしまなみ海道があり、それぞれの島で遊べるし今治も近い。
帰りは尾道を観光して、備前焼の釜を見学しても良いと思う。天気が良ければ自転車も最高だ。のんびりとした時間と景色を満喫できるお薦めエリアなのだ。そんな場所を士郎クンは自分で調べて、8月頭から予約を取っていた。
誰かと相談したのかも知れないが、彼の意外な面を見せられた気分だ。だけど姉として本当に嬉しい。移動手段もマイクロバスをお父さんが手配した。これでセラもリーゼリットも乗れる。
大会の近い私と士郎クンは行けないので、その代わり美遊ちゃんを誘えばいいとお父さんに話してあった。後の一人は、もし来られるならマアエモ・ママだ。
護衛のモードレッドさんは確実に来るだろうけど、そちらはアサシンに任せセイバー達とのんびりすれば良い。
そんな風に家族の予定は良い感じに埋まっている。だけど私個人はめちゃくちゃ困っている。家の前が穴ぼこなのでロードスターもエスニーも出せないのだ。
次回はオーギュストさんが横に乗ってくれる予定だったのに。本当に最悪だ。
「お父さん。準備がありますので先に行ってます」
「ああ、わかった。これって裏手から出るしかないなぁ」
家の裏はすぐさま他所の土地でなく、 普段は施錠されている幅70cmほどの路地になっている。火災の際はここを消防士さんが通ったりもできるのだ。
この界隈の建築を請け負った業者は目一杯裏庭にしなかった。路地の真ん中がそれぞれの家の境界なのだ。新築で5千万前後もする販売価格は、地方都市と思えばかなり高い。それがこの防災意識の高さにあるわけだ。
一方、並行世界で公園になっていたあそこには市民ホールがきちんと建っているし、図書館など公共施設が立ち並んでいる。
大抵の世界だと、土地を目一杯使った建売りが多く建っていた。それがあの火災を助長させていただけに、この世界が都市計画段階からかなり違う事が理解できる。
「ハッ!」
私は水着の入ったバッグを片手に屋根へ跳び、そこからエーデルフェルトの敷地内まで一気に跳んだ。
「忍者か、お前は」
バイクを磨いているアルトリア姉さんだった。王様が蔵に入れている姉さんの出先用バイクだ。この姉は冬木だとスーパースポーツにしか乗らない。現在の愛車はCBR1000RR(SC57)だ。
その前がYZF-R1(5PW)で、そのひとつ前がGSX-R1000(K1)で、そのふたつ前がYZF-R1(5JJ)だった。更にそのもう一つ前が、聖杯戦争で乗っていたSC28の次のモデルで918ccのCBR900RR(SC33)だった。
姉がこんなスーパースポーツ好きになったのは大きな理由がある。第四次に赴く前、父は姉にVMAXを薦めた。だけどこれに猛烈な反対をしたのがマアエモ・ママとルオン・ママだったのだ。
『そんな設計の古いバイクでお嬢様をお守りできるはずがありません!』
本当にこう言った。だから私(エル)がセイバー(姉)の操縦で後ろに乗っていたのは、893ccのCBR900RR(SC28後期型)だった。
あのアーバンタイガーのファイヤーブレードは今も鮮烈な記憶として残っている。そして、姉も同じくその鮮烈さを気に入ったのだろう。
ついでに言うと、戦争後街中をかっ飛んでいくCBRが伝説となった。
『300kmは出てたんじゃないか?』
当時の伝説を目の当たりにした人はそういう。
確かに風王結界(インビジブル・エア)を纏えば出ていたのではないかと思う。姉の背中でメーターなんて見えなかったけれど。ハヤブサやZX-12Rがこの世に現れるもっと前の話だ。
そんな姉が、冬木から一歩でも外に出ると全く違うバイクに跨っていた。メガスポーツの前のハイスピード・ツアラー、CBR1100XX(SC35)スーパーブラックバードだ。
あの真っ黒い(ミュートブラックメタリック)の弾丸に社外品のパニアケースやリアボックス、トップケースを取り付け、高校・大学時代に47都道府県全部を走ったのだ。
旅のお伴は同じ初期型スーパーブラックバードを駆るマアエモ・ママ。こちらは赤(キャンディーミュトスマゼンダ)だ。どちらも今の私と変わらない身長だ。
なのに260kgを超えるバイクを軽々と乗りこなしていた。大学の頃からはルオン・ママも参加した。猛烈なスズキ愛を持つこの乳母は、姉のイリヤのイナズマと同じキャンディーアンタレスレッドのハヤブサだった。
メーターはフルスケールで340kmまで刻んであり、その高性能振りを静かに語っていた。だけど丸みを帯びたボテッとしたデザインは、お世辞にもカッコいいとは思えなかった。
ルオン・ママが乗っている、古いGSF1200やSV1000などの方がカッコいい。ひらひらとコーナーを抜けるSV650Sは特に好きだった。
ちなみにイリヤのイナズマは北米用の750から外装を流用している。これもルオン・ママが用意したものだった。
アルトリア姉さんが学園に編入したのは高2からだった。私とイリヤが小3に編入した年だ。どうして高2だったのだろう。後でわかった理由は、藤村先生の同学年や後輩だと煩そうだから……だった。
しかも私学なので編入試験をきちんと受け、合格している。そしてその頃、穂群原に剣道部はなかった。姉が仲間を集め、先生に頭を下げ発足したのだ。
そんな姉だから、生徒や先生からの信頼も厚い。驚くなかれ2年の後期から3年の前期まで生徒会長をやっていた。姉のイリヤが生徒会長に立候補したのは、これも大きな理由だった。
そんな尊敬に値する姉が、エーデルフェルトの前庭でバイクを磨いている。
「姉さんがカ◯サキって珍しいですね?」
本当に珍しいのは車種だ。それは空冷のZR-7Sだったのだ。真っ青なボディが陽光を反射している。日本ではとんでもない不人気車だけど、欧州での評判は良い。
北米は銃でわかる通り、かなり独特の価値観を持っている。それでもバイクを生活必需品に近い日常の道具と言い切れる人は少ないと思う。
だけど欧州は城塞から城塞を走っていくような街の作りなので、バイクを日常の道具だと言い切る人ばかりだ。現に私(エル)も16歳になると同時に免許を取得し、125ccに乗っていた。
125ccなのは、あちらの免許制度でそう決まっているからだが、そのバイクでエッペルハイムの自宅から本部のあるマンハイム近郊まで走っていた。
鉄道もバスも定刻通り動かないところなので、自転車やバイクは本当に重要なのだ。
そんな欧州では、普段乗りに500ccや600ccなど1000cc以下を選ぶ人が本当に多い。ヤ◯ハ党のエルは、18歳になればSR500やTRX850に乗りたいと考えていた。
なお、18歳で日本でいう大型に乗れるのではない。排気量でなく馬力で決まるのだ。本当の意味で限定解除できるのは21歳以上になってからである。
だからエルは日本の免許に拘った。高等部の間に大型免許を取ると。これが北米に行くと、州にもよるがいきなりハ◯レーに乗れてしまう。原付きかそれ以外か。あそこの免許制度はかなりヌルい。
そんな北米でこの姉はハ◯レーには見向きもせず、X4(SC38)という珍車に乗っていた。並列4発のドラッガーだ。
色は初年度(97年)にしかないキャンディ―モールトンブラウンだ。このエンジンはCB1000SFからの流用で、排気量を拡大しドラッガー向けにトルクを太らせてある。
後のCB1300スーパーフォアにも積まれた名エンジンだ。フィンが失くなったSC54よりフィンのあるSC40の方がカッコいいと思うのは私だけじゃないだろう。
フィンなしはボルドールの方が似合うし、ボルドールよりCB1300SF TypeRはもっとカッコいい。
このTypeRのレプリカをマアエモ・ママが持っていて、時々乗っている。限定100台だそうだが、よく手に入れたものだ。
それはさておきX4だ。同じドラッガーならVMAXがあるだろうと思うのは甘い。あれの最初期型は1985年だ。溢れんばかりのパワーを絞り出す∨ブーストシステムは画期的だが、如何せん設計の古さからフレームがパワーを受け止められない。
捩れてどこに飛んでいくのかわからない怖さがあるのだ。
だけどX4は、かつてカ◯サキがGPZ900Rからエリミネーターを作ったのと同じ手法だった。フレームは新設計で捩れるコンニャク・フレームではない。
日本ではウケなかったけれど、北米ではそこそこ売れていた、ある意味名車だった。
それを駆って、姉はフロリダのココア(ケープカナベラルがある有名なココア・ビーチでなく、その対岸にある街)にある別荘から、マイアミを抜けて1号線をひたすら南下していた。
目的地はメキシコ湾に浮かぶキーウエストだ。アーネスト・ヘミングウェイがこよなく愛した、マイアミよりキューバに近いこの島を、姉は別荘に行けば必ず訪れていた。
理由は全長182kmにも及ぶ、オーバーシーズ・ハイウェイを走りたいからだ。文字通り海の上を走る高速道路で、しまなみ海道なんてメじゃないほどの長距離だ。
別荘からだと500kmはありそうだけど、元英霊はそんな長距離をものともしなかった。
そんな長距離ツーリングに同伴させて貰ったのが高1の時だった。フロリダでエルは883ccのXL883Rスポーツスターに乗っている。それで付いていったのだ。
この時、姉は飛ばさなかった。隊列を組む騎兵の先頭に立つベテランのように、後ろにいる私(エル)を完璧にコントロールしていた。
相手の速度に併せるだけではない。相手の力量や相手の体力、エンジンの調子にガソリンの残量まで計算していた。疲れた帰りは風王結界を張って、こちらに風が当たりにくくさえしてくれていた。
「ゼファーと違って安いからな。イルマがバイク屋のオヤジに泣きつかれたそうだ。それで私が引き取った」
かなり安く手に入れたようだ。カ◯サキはエルマに持たせているKLX250SRがあるが、姉さんは並行世界にこういうのを持って来るのか。
「王様にTWを頂きました」
「セローにするかTWにするかで迷っていたな。礼は要らんから乗ってやってくれ」
「はい。あの……怒ってます?」
「ああ、少しな。走ろうと思えば門から先の道路が消えている。怒鳴りつけてやった」
「理由があると思いますよ?」
「そこは理解するが、お前達に迷惑が掛かる。相手は完全に消し去ったようだから、少しはマシだが……済まなかったな」
「いえ、頭を上げて下さい。姉さんのせいでは……」
「夫の不始末は妻の不始末だ。その覚悟なくして夫婦とは言えん。お前も年頃になったのだ。覚えておけ」
「はい」
「フ……今夜も期待しているぞ」
「お任せ下さい」
エルが大型を取ったかとは聞かなかった。彼女なら絶対に取っている。それは確信だった。
さぁ、準備に掛かろうと厨房に行けば、バーベキューや炭火焼きの下拵えは料理長のニコさんが終えていた。ならばと裏庭に行けば、ランスロットさんがほとんど終えていた。
そして槍のアンポンタンはポンポロポロポロと人のバイクに勝手に乗っていた。
「よぉ、遅かったな。しっかし、これも遅ぇな」
ムカッと来たけど落ち着け~~。心の令呪を切って5回ほど自害させてみた。
「冒険用のバイクです。速さよりどこまでも行ける事を優先して作られていますから」
「やっぱそういうのか」
「ほら、言ったではありませんか。済みません、マスター。どうにも止められず」
「いえ」
しかしバイクが小さく見える。おまけに足が長くてサマになっている。背も高いし、鍛え抜かれた筋肉があるし、笑った時の犬歯が可愛く思える。
そう悪い奴じゃないのはわかっているけれど、どこまでも自由人なところが周りを疲れさせる。大人になって酒飲み友達としてなら最高だと思う。けれど恋愛対象的には見る事ができない。
きっと生前からモテもしたろうけど、フラれる事も多かったろうね。
「何だよ、その憐れむような視線はよぉ」
「いえ、ワイルドでフリーダムだなって」
「ま、それはあるな。少々やり過ぎな時もあるけどよ」
あるんかい! ってか、自覚してたんかい!
「ともあれ、用意万端ですね。お疲れ様でした」
「気にすんな。楽しめるなら何でもするぜ」
ランスロットさんが苦笑している。だって、準備のほとんどはランスロットさんでしょうに? あなたはプールでしょう?
「おいおい。こちとら眠らねぇでも動けるんだ。それに途中、ランスから電話を貰ってよ。一旦戻って、二人がかりのところは手伝っていたんだぜ」
これは驚いた。最速の英霊は本当に最速だった。ナンパしないでそんな事をしていたのか。
だからこの人は同性にモテるのか。イロの話でなく、友誼に厚いというか。
「けどよ、きな臭くなって来たな?」
「ま、どうにかなるでしょう」
「違ぇねぇ」
そうして私達はパーティが始まる6時まで話し込んでいた。内容はまだ見えない敵に関してが20パーセント。細々した現代の話題が15パーセント。残りの65パーセントは、終始私が答えるカタチでバイクに関しての話だった。
かい摘んで説明すると、私(エル)はお祖父様やマアエモ・ママの影響もあって、3歳頃から自転車やバイクに乗っていた。その遍歴と16歳になって公道デビューしてからの遍歴を話したのだ。
欧州だと125ccまでだが、日本だと400ccに乗れる。ここが実に大きい。また、普通免許(中型免許)の排気量にこれでもかという多種多様で意味不明なバイクが、多数マーケットに投入された。
海外にも多くのバイクメーカーがあるが、日本の四社はレースの常連だし、比較的リーズナブルな価格で『日常の道具』を提供してくれていた。
しかもそれらが壊れにくく、メンテしやすいと来ている。消耗パーツやオイル交換を怠らなければ、10年20年と乗り続けられる、工業製品の究極であると話したのだ。
私はエルと違い、そこまでバイク好きではない。それでも乗りたいと思う時はあるし、やはり『道具』として優れている点は否定できない。
だからランサーやランスロットさんが乗りたいなら乗ればいいと思うと話した。戸籍や免許などハードルは多いけれど、それは後から来る問題なので敢えて言わなかった。
なぜなら、教えてもいなのにランサーはクラッチやシフトをきちんと操作していたからだ。いや、私が聞かれていないだけで、基本操作は誰かに聞いていると思う。
それでも低速で一本橋のように真っ直ぐ走らせ、中腰で『遅ぇな』とは言えないだろう。
姉はサーヴァント時代、聖杯からの知識で『騎乗スキル』というのを与えられていた。けれど聖杯戦争は終わり聖杯との縁は切れている。
なのにあそこまでバイクを乗りこなせるのは、本人の努力とセンスだ。そのセンスをランサーは持っている。きっとランスロットさんもそこそこ持っているのだろう。
これが英雄として名を残した人間の怖さだ。好奇心旺盛で頭の回転が早い。なおかつ少ない情報から自分なりの解を素早く見つけ出す。
『戦闘』でしか名が伝わらなかっただけで、基本何でも器用にこなす。向き不向きはあるだろうけど、アスリートも良いだろうし、起業しても次から次に手を打てる柔軟さがあるのでそこそこ成功するのが読めてしまう。
つまり後から付いた信仰という神秘の鎧より、持って生まれたポテンシャルとそれを錆びさせない努力や、諦めない性格、こういう『人間力』の方が恐ろしい。
神秘なんて他の事と同じで深く理解していれば、浅い人達を幾らでも出し抜けるものだ。だけど『人間力』だけは、個人の努力ではどうしようもない。
数多くの人に出会い、数多く話し気付いて自分を変えていっても限度がある。その事が悲しいとか悔しいとか思わない。その前にどうして今みたいな時代に生まれなかったのだろうと、憐憫を含んだ哀しみを覚えてしまった。
だから好きなように、バイクにでもクルマにでも乗ればいいと思えたのだ。
「実に興味深いお話でした」
「お前ぇも、ってかお前ぇの元か。そいつも波乱万丈だな?」
「そうですね」
そんな風に話に花を咲かせていたら、帰って来たセイバーに締め上げられた。
「念話で伝えて下さい! 驚いたではありませんか!」
エルマにはアサシンからの報告があるだろうと安心していた。一方、桜ちゃんとデートに出ている士郎クンはどうなのかと、そっちに頭が回ってセイバーの事を失念していたのだ。
幾ら何でも動顛しすぎだけれど、勘弁して欲しい。家の前に突然クレーターができて冷静でいられる現代人は少ないと思う。
まぁ、素直にセイバーには謝りましたよ。
次回はバーベキュー回です。