※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第二部 並行世界篇   作:炭団

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バーベキュー回です。


70、バーベキュー

 中南米のタノイ族に伝わる調理法『バラビク』が、入植して来たスペインに取り入れられ『バルバコア(丸焼き)』となり、薪や炭でじっくり焼く調理法が諸外国でバーベキューと定義されるに至ったらしい。

 この『じっくり』が重要で、薪なら熾火にしてから、炭ならそのままの状態で『遠赤外線効果』によって焼き上げる事に意味がある。一気に直火で焼く場合、英語圏ではそれを『グリル』という。

 現代のバーベキュー(BBQと略される場合が多い)には直火焼き・燻製・ロースト・遠火焼きなどの手法があり、アメリカではロースターが、おそらく大阪のたこ焼き器以上に普及している。

 2時間くらい掛けてメインの七面鳥や牛肉の塊をゆっくりとローストして、出来上がった料理を家族や招待客に切って振る舞うところは、中世以前の領主のようだ。

 しかしこれが西部や南部での古き善き伝統的スタイルで、かつてはナイフの勇、ガーバーもホストたるパパさん向けにバーベキュー用ナイフセットをカタログに載せていた。

 刃渡りの短い方から『ミミング』『デュランダル』『ジョワユーズ』『バルムンク』『エクスカリバー』と名付けられており、肉を押さえる二又フォークは『ロン』という。

『ロン』は『ロンギヌス』と『ロンゴミニアド』の両方に掛かっている。また『ミミング』はスカンジナビアの鍛冶の神だ。

 なお、ガーバー社のシンボルは岩に刺さった剣である。ガーバー社はそれを『エクスカリバー』と謳っているが、姉は「『カリバーン』だろうが!」と憤慨していた。

 そんな姉や少し縮こまっている義兄に、焼き上がった肉や野菜をせっせと運ぶのは私とアーチャーさんだ。焼く係はランサーが買って出てくれている。

 凛にルヴィアにマルガリータさん。魔法使いの凜に妹弟子の凜。お父さんにお母様にイリヤちゃんにクロエちゃん。セラにリーゼリット。エルマにトロンメルもいるし、二人の士郎クンも揃っている。

 デートから戻った士郎クンには速効で認識阻害を掛けた。今の士郎クンに姉とセイバーや凜達は別人にしか見えていない。それでもってアーチャーさんもランスロットさんやランサーと同じく、ここの使用人としか思っていない。

 これは以前掛けた、美遊ちゃんのお兄さんを別人として認識する術と同じだ。彼なら一度掛けると4~5年は掛かったままだろう。魔法使いの凜の事も櫂(カイ)として認識している。

 今も美遊ちゃんの方の士郎クンと親しげに話している。どうやら旅行はお兄さんの入れ知恵らしい。

 

 姉さんに相当絞られたらしく、ドラム缶で作ったグリルに粗末だどうだとブチブチ文句を言っていた王様も、焼き上がった肉を食べると機嫌が徐々に良くなった。

 驚いたことにランサーは炭や薪を寄せたり、熾火を集めたり散らしたり、火力調整がやたら上手い。下拵えはニコさんで、焼くときの味付けは私とアーチャーさんだけど、この焼き方なら完璧に近い。

 一見粗野な調理法だけど、原始的なだけに焼く人で大きく味が変わる。それがバーベキューだ。

 離れたところから談笑が聞こえる。以前の裏庭からだ。食材が余りまくっているので、そちらでもオーギュストさんやメイドの方々がバーベキューをやっている。

 衛宮家の冷蔵庫も停電で壊滅だ。あの後、中身を全部こちらに運んで、ランスロットさんの冷蔵庫に入れさせて貰った。マグロもトロは早々に食べてくれていたので助かった。

 残る赤身はズケにして、肉とともに今焼いている。こうやって食べきっていかないと、厨房の冷蔵庫にも大量に残っているのだ。

 バーベキューのタレは4種類ほど用意した。ハニーマスタード・ソース、ガーリック・ソース、梅肉ソース、アメリカン・ソースだ。全部ニコさんと私の手作りだ。

 ハニーマスタード・ソースは、マイユの粒マスタードに砂糖とハチミツと米酢を加えて混ぜたものだ。

 ガーリック・ソースは、みじん切りにしたニンニクを油で揚げて取り置き、次にフライパンでみじん切りのタマネギをきつね色になるまで炒める。次にオリーブオイルを入れてみじん切りのニンニクと合わせて焦げない程度に炒めつつ、醤油・味醂・おろしショウガを加える。最後に最初のフライドガーリックを加えて冷ませば完成だ。

 梅肉ソースは、梅酒を煮詰め、塩と少量の砂糖で味を整える。そこに梅干しの梅肉を和えて完成。最後に梅干しを入れるので、その塩加減を計算して塩と砂糖を使う。ちょっとコツは必要だけど、鶏肉や竹輪なんかに合う飽きない味だ。

 アメリカン・ソースは、炒めたタマネギに炒めたニンニクを加え、砂糖とレモン汁に赤ワイン、ケチャップにとんかつソースを加えて和えたものだ。赤身の肉によく合う。

 特にもも肉の塊に串を打ち、うなぎの蒲焼のように炭火で回しながらじっくり炙れば、ローストビーフとはまた食感の違うシュラスコ風の肉料理になるのだが、これの薄切りにこのソースは合うだろう。

 今回魚貝類は七輪で焼いている。これは肉を焼いた網だと香りが移るからだ。網も目の細かいタイプやグレーチングのような目の荒いタイプを揃えた。当然鉄板も用意したが姉が使うなと禁じた。

 

「どうしてです? 鉄板焼きも美味しいですよ?」

「セイバー、忘れたのか? それともそういう経験がないのか?」

「は?」

「武具に事欠くブリテンで鉄は貴重だった。胸当てで焼いた肉や、兜で煮込んだシチューを食った経験がないのか?」

「……ありました……」

「胸当てはまだマシだったが、兜がなぁ……。お前、頭を洗っているのかと」

「でしたね……」

「特に、ランスとパルジファルが長髪でな」

「シッ。聞こえますよ?」

 

 姉さん、しっかり聞こえています。ランスロットさんが落ち込んでいますよ。

 

「ランサー。君は焼き方が上手いな? どこで覚えた?」

「少しでもウマい飯が食いたいなら考えるだろ? 肉に枝を刺して焚き火の上で焼いてみろ。表面は黒焦げで、中身は生だ。それで魚みたいに小分けにした肉を地面に刺して焼いたりとかしてな。けど、こうやって熾火にしてから焼く奴が居てな。そいつのを見て学んだんだ。こんな風なグリルだと便利だよな。寄せるも集めるも思いのままだぜ。おまけに香辛料やらハーブやらも豊富でよ。肉も柔らけぇし。現代ってのは贅沢だな?」

「そうだな……」

 

 アーチャーさんも相当やばい戦場に居たみたいだ。串焼きのケバブはあっても、シャワルマ(ドネルケバブ)は専用の焼台がなければ難しい。戦場でない大きな街でないと存在しないのだ。

 ちなみにシャワルマ(ドネルケバブ)とは何百枚もの薄切り肉を串に刺し、直立させて回転しながらローストするトルコのあれだ。

 あれも遠火で炙る料理なので中近東にも焼き物は多い。ただし宗教上豚肉は厳禁だし、酪農と流通の問題で牛肉よりマトンや鶏肉が多い。

 だから兄はマトンも平気でよく食べた。ジンギスカンより、臭みのもととなる脂がよく落ちる串焼きが好きだとも話していた。

 この人もそうなのか? けれど経歴や経験が、何か兄とは異なる気がする。

 なお、ドイツでも日本でも最近はケバブ屋が増えている。だけど肉はパサパサだし、ポテトやキャベツでかさ増ししているお店が多いので私は利用しない。

 そもそもこの調理法は、安い肉をいかにウマく食べるかに重点をおいて考え出されている。

 だけど本場のイスタンブールで、直径60cmはあるシャワルマを回しているお店があったら試して欲しい。とってもジューシーなケバブが食べられるから。

 トルコに行けばそのお店と、ガラタ橋のサバサンドとトゥルシュというピクルスを必ず食べていた。エミノニュ広場前のエミノニュ港にも三艘のサバサン船が出ているが、こちらは真似っこで、本家はガラタ橋のふもとだ。

 岩塩で香ばしく焼かれたサバにオニオンスライスとレタス。そこにレモン汁を掛けたサバサンドと、キャベツとキュウリにビーツで真っ赤に染まったピクルスの漬け汁は良いマッチングだ。

 現地の人はこの漬け汁を飲み干しているから驚きだ。塩分を摂りすぎだ。

 ちょっとサバサンドはB級すぎと言うなら、ガラタ橋の下に行こう。ここにはシーフードレストランが並んでいる。トルコ料理の真髄は豊富な魚貝類と、乳発酵食品から作られるクリームにサワーの味付けにある。

 なお、世界三大料理とは他国に影響を多く与えたかどうかの観点で選ばれている。だから中華料理・フランス料理と並んでトルコ料理が入るのだ。地中海料理なんてトルコ料理なくしてあり得ないからね。

 だけど自分なりの三大料理は誰しもにあると思う。私の場合は日本料理・イタリア料理・フランス料理だ。中華が入らないのは、生物や魚貝類が弱いから。

 細々した技法は素晴らしいけれど、鉄鍋一つと似たような包丁だけで作るところはヘンだと思う。

 手早く作るのは外食が日常茶飯事な文化があるから。炒め物や揚げ物が多いのは、食材の鮮度が期待できなから。そんな歴史的背景があるのは理解しているけれど、グルタミン酸を使いすぎな点は頂けない。だから自分で作っている面もある。

 それと清蒸鱖魚のような蒸し魚と、上海蟹くらいしか素材の味を楽しめない点が痛い。松鼠桂魚は甘酢がしつこいし、内陸の川魚料理も似たりよったりだ。

 ところがフランスもイタリアも魚貝類が豊富で料理のバリエーションが多い。焼きも蒸しもあれば煮物もある。そもそもフランス料理は、イタリア料理が伝わって発展した経緯があるので親和性は高い。

 

「あの、良かったら食べて下さい」

「俺達で作りました」

 

 それは士郎クン二人の手による、マグロを使ったちゃんちゃん焼きだった。きのこ類も栽培のブナシメジだけど、輪切りにしたトウモロコシやナスが夏らしい。

 インスタントの煮込みうどん用みたいなアルミの容器に盛り付けられたそれを見て、姉さんは目を丸くした。だけどそっと受け取って割り箸で摘むやいなや、2~3口食べた。

 

「ウマいな。若いのに料理上手なのだな。お前達の気持ちは伝わった。ありがとう」

 

 何の抵抗もなく、素直にそう言った。王様がニヤリとしている。勿論二人は王様にも献上した。

 鉄板があるなら使おうと、二人はアーチャーさんに訴えたらしい。ランスロットさんは止めたくとも、事情を知らないこちらの士郎クンが居る手前何も言えず、ランサーはやらせてやれと味方した。

 実はランサー、召喚された世界で衛宮士郎の料理に感心していたそうな。クロちゃんとイリヤちゃん、それとお父さんとセイバーがご馳走になっていたとは聞いていたけど、ランサーもだったんだ?

 

「僕なんて自分の仏壇に焼香して手を合わせたよ。あれって本当に笑えるね」

 

 その震える背中を見て、あちらの士郎クンはジ~ンとしていたらしい。それで双子というデタラメを信じて貰えたという。私(エル)も何度かピンピンしている筈の父の遺影で笑いそうになった経験がある。

 第五次の世界で衛宮邸に入るとそうなってしまう。だけど藤村先生は排除できるし、桜ちゃんを臓硯から切り離せるし、セイバーをこちらの手の内にできるしでメリットは多い。

 それとあまり使いたくない手だが、イリヤスフィールとは半一卵性なので、異世界同位体なみに同調率が高い。私達の魔術をもってすれば、バーサーカーを簡単に支配下に置けるのだ。

 あのマコトの世界の第五次ではマスターが多すぎて無理だったけれど、1対1なら精神を削ってバーサーカーをこちらのものにできる。

 どう削るのか? ここがエルだろう。堂々とイリヤスフィール・フォン・アインツベルンと名乗り、私の記憶を植え付けた惨めな人形と言い切るのだ。

 その証拠として、父から聖遺物を譲り受けている。だからセイバーを召喚した。あなたはバーサーカーに魔力を送るタンクとして造られたに過ぎない、とまで言う。

 この方法を47番だった私は猛烈に反対した。だけどそのイリヤスフィールはバーサーカーで何の関係もない一般人を数人殺していた。

 エルの『不殺の誓い』は重い。父を赦し私には強要しないのに、イリヤスフィールは許さない。それは彼女の、また私の姉のイリヤスフィールは無関係な他人を殺すような人ではないからだ。

 その段階で魂の色が違い、あり方も違う。つまり姉の異世界同位体とは言い難い。単に顔が似ているだけの、世界の代役にも等しい他人なのだった。勿論、エルは後で種を明かし、彼女を延命処置して士郎クンに預けている。

 だけど私もエルも姉のイリヤも空間転移ができる。姉一人でもイリヤスフィールは攻略できるのだ。そしてこちらで姉妹となったイリヤ姉さんもクロエちゃんも、エルマもトロンメルも空間転移ができる。

 姉さんはクロエちゃんやクロちゃんに近い存在なのだ。それだけにクロちゃんの暴走は怖い。だからクロエちゃんを取り出す事に私は拘った。

 お姉ちゃん、お姉ちゃんと慕ってくれる可愛い妹達は、この自然学校でまた成長するだろう。それだけにクロちゃんとイリヤちゃんをどうにかしてあげたかった。

 視界の隅に、二人と笑顔を交わすお母様とお父さんが写った。クロエちゃん、おチビちゃんゴメンね。今だけは、お父さんとお母様を貸してあげて。

 

 ここでお父さんが、まさに意を決したという面持ちで王様と姉さんにお酒を注ぎに来た。

 

「エルヴァを娘に迎えた衛宮切嗣です。至らない点はあると思いますが、娘のためにできる限りの事をしてあげたく考えています。どうか、温かい目でご寛恕下さい」

「佳い、赦す。本音を話せ」

 

 蛇に睨まれた蛙ではなかった。相手を無駄に萎縮させず真意を聞き出す事も王の努めだ。そこで王様が自分の知る英雄王とは違うと、お父さんも察したのだろう。だからこんな事を言った。

 

「娘に出会って、僕……私は未来に希望を持てました。可能性を信じられるようになった。そこで同じ衛宮切嗣として、この子の両親はどうやってこの子を育てたのだろうと思うようになりました。その答えがあなた方の存在だったのですね?」

「面映い。人は気付けるかどうかだ。そこから始まり、どう動くかであろう? 貴様も動けた。その結果が今である。なればこの先の未来の結果は今どう動くかにある。あの者を任せたぞ?」

「私からも頼む。可愛い妹なのだ」

「わかりました。精一杯勤めさせて頂きます」

「うむ、今宵は無礼講ぞ。我が蔵より好きな酒を楽しむが良かろう」

 

 王様はそうして神酒の酒瓷や、秘蔵しているワインやブランデーを出した。

 ランサーも驚いていたが、ランスロットさんもセイバーも驚いていた。けれど一番驚いていたのは、アーチャーさんだった。

 生前も死後も英雄王ならぬAUOに、直接的・間接的に悩まされてきた人だ。思うところはたくさんあるだろう。だけど礼を尽くして真摯に耳を傾ければ、きちんと答えが帰って来る。その為人(ひととなり)に驚いたのだ。

 

「ここまで違うのものなのか。しかし君が義妹だとしても少々過剰に思うのだが、どういう事だ?」

 

 お父さんもそうだったけれど、気付ける人ならそこが気になるだろう。

 

「私はあの方の『娘』なのだそうです。あの方曰く、『一番才気を感じた娘』だと」

「ん?」

「私の能力をもってしても、遡れて前世や前々世までです。ですが私は遠い遠い過去のウルクで、あの方の娘として生まれ、あの方に数多く居たであろう兄弟姉妹の中で一番目を掛けていた子供だったそうです。ところが跡継ぎは男でなければなりませんし、かと言ってどこかへ嫁がせるのも惜しい。それでイシュタルの神殿で働く巫女となり生涯を終えたそうです。叙事詩のどこにも出ませんが、『おのこ(男子)であればと何度も惜しんだ』者であり、『その才覚を愛した』者だったそうです。その証拠の一端が並行世界の出来事や未来を視てしまう『夢見』であり、『ラインの黄金』を通じてですが、『王の財宝』を自由に扱えるところだと。にわかには信じ難いですし、『王の財宝』もアインツベルンの集大成である『ラインの黄金』がなした奇跡であると11代目として言い切りたいのですが、エルはあの方の言葉一つで取り込んだ『王の財宝』を何一つ発動も発射もできません」

「つまり本当に娘の生まれ変わりだと?」

「否定する材料がありません。『幼い頃はエルキドゥもそなたを気にかけていたものよ』『そなたがもっと大人であれば天の楔など気にもせなんだろうに』と、酔われた時に意味不明な事を話されていましたね」

 

 何故『王の財宝』をエルマだけが取り込めているのか? ヴンダーは不明だが、トロンメルは幾つかの宝具の発動後の現象を取り込んでいただけだった。

 この差が、エルをモデルにしているかそうでないかの差なのだろう。その娘さんはどんな人だったのだろうか?

 女神イシュタルの神殿で巫女をされていたそうで、イシュタルとエレシュキガルを表裏一体と見做す異端でもあったという。

 不思議だけれどそんな事を考えていたら、ついつい目線が凜に向いてしまった。それに気付いた凜が、コップとお皿とお箸を持ってこちらへ来た。

 

「先輩、以前より安定感が増しましたね?」

「そうですね。回路もマシになりましたし、気分も落ち着きました」

 

 アーチャーさんは空気を読んで離れてくれた。

 

「最初は心細くて、姉代わりという訳ではありませんがセイバーを召喚して……」

「身近だった馴染みの顔が全部他人なのが並行世界です。それをよくぞここまで……これも先輩だからできたのだと思いますよ」

 

 凜の視線の先には、笑い合う凛とルヴィアとマルガリータさんがいた。

 

「そちらの私はどうですか?」

「相変わらずです」

 

 妹弟子の凜が肉気に偏るのに、姉弟子の凜はぷりぷりしたイワガキとクルマエビを取っていた。焼くのが勿体ないくらい鮮度が良い。だけど焼くと旨味が増すのもまた事実だ。

 ポン酢と大根おろしの入った小皿を凜に回してあげた。ひとくち食べたら満面の笑顔だ。

 

「姉さんは?」

「会長ですか? 大会に向けて猛練習中です。けど先日、萩焼を見に行くと仰って、整備し直したGSX-Rで山口まで」

 

 アルトリア姉さんから譲られた、GSX-R1000(K1)だ。青・白のファクトリーカラーでなく赤・黒のカウル。乾燥重量は400のイナズマより軽い170kg。

 それがVMAXの145馬力を軽く上回る163馬力を発生する。400のイナズマは僅か53馬力だから約3倍だ。第四次の95年当時、CBR900RR(SC28)で185kgの124馬力だった。

 たったの5~6年でバイクはここまで軽くなり、パワーも上がった。おまけにひらひらとコーナーを曲がるのにバカっ速い。

 譲られたは良いけれど、免許がないのでガレージの奥で保管していたバイクにとうとう火が入った。イリヤは大型免許を取ったのだ。

 

「エルは?」

「え~と。FZ6何とかってカウル付きです」

 

 今年の2月に出たばかりのFZ6-Sだ。ミドルサイズのスーパースポーツYZF-R6のエンジンをデチューンして、街から街を走りやすくしたハーフカウルの高速ツアラーだ。

ヤ◯ハはこの手のハーフカウルが得意で、90年代初頭に空冷2バルブのXJ600S Diversionを皮切りに、90年代後期には水冷4バルブ化したFZS600 Fazerを出していた。

そちらはYZF-R6の前身、サンダーキャットの心臓をデチューンしたものが載っている。

そのFZS600 Fazerのモデルチェンジ版がFZ-6Sだ。これは本当に良いバイクで、横から見た時にカムカバーが丸く、特にシュッとしたカウルに変わった2002年以降のFZS600 Fazerはカッコいい。

 彼女は『街中でリッターバイクは持て余す、だからミドルサイズで十分だ』というマアエモ・ママの教えを守っていた。こういうところが彼女だと思う。かつての自分でもあるのだけれど。

けれど彼女は2003年の最終型FZS600 Fazerや、イタリアのベルガルタ・ヤ◯ハの単気筒SZR660(95~97年頃のモデル)や、トラスフレームが美しい二気筒のTRX850(95~99年のモデル)なんかも持っているのに。

脚の届かないTDMより、届くTRXだと言い切っていたのになぁ。けど生産終了で勿体なく感じたのかも。

私が大型持ちなら何を選ぶだろう?

スーパースポーツならYZF750SPかR? それともYZF-R7やYZF-R6?

 

 第四次の頃、そのようなミドルサイズはほとんどなかった。CBR600F3はあったけれど、200kg越えの69馬力だったのだ。それにYZF750をママたちが選ぶはずもない。それで900RRになったという経緯があった。

 それと信頼感だ。暖気せずとも一発で掛かる事、キックでなくセルである事、少々乱暴に扱っても壊れない事、このような点を次々上げられ、父はVMAXをキャンセルしたのだ。

 現在のCBR600RRは装備重量で199kgの118馬力だ。これがYZF-R6だと182kgの120馬力になる。

 そしてFZ6-Rは、確か装備重量が207kgの98馬力だけど、トルクが5kg台でなく6.5kgもあったと思う。そうか、あれに乗るのか。

返す返すも良い選択だと思う。GSX-R1000には付いて行けたのだろうか?

 私? 色々考えてみたけれど、私はTWで十分だと思う。高速道路を走るならクルマだと思うし。第四次の世界ではあれこれバイクも買ったけれど、これらは全部転売するためだ。

 2020年頃に走行距離数キロの新車のような2ストや、数千キロ程度のレーサーレプリカが出れば、一体幾らで売れるのだろう。

 これもエルが毎回やっている事だった。

 

「クルマも?」

「免許は取得されましたが、まだ届いていません。時々小母様のクルマに乗られています。それと森で使われているジムニーにナンバーを着けられましたね」

 

 さすがだ。もう免許を取っていたか。ジムニーは納得だ。一人だけで冬木を走るなら、あれで十分だから。

 

「それと先輩。あちらの小母様と小父様がお会いしたいと零されていました」

「そうでしたか……」

「天啓ですよ」

「何が?」

「路上練習ですよ。小母様なら必ず乗って下さいます。申請用紙に残る筆跡も同じですよ?」

 

 ああ、なるほど。あちらのお母様に……か。だけどお母様の協力があったから、エルもイリヤ姉さんもこんなに早く免許が取れた。だからといって、決してこちらのお母様が非協力的な訳ではない。

 むしろあれこれと気遣って頂き申し訳なく思うほどだ。やはり小学生の母親は高校生の母親とは少し違う。親も子供の成長とともに成長するものなのだ。

 それに大勢の兄弟姉妹を引き取り、学園の理事まで務める人と、PTAにも入っておらず、学校との細々したやり取りを家政婦任せな人とは異なって当たり前だ。

 そうだなぁ。試合の目処は付いているし、一度凜と戻っても良いな。そんな事を考えていたら、妹弟子の方の凜もやって来た。

 

「あんたって、エルと違って静かよね? 電波発言もないし」

 

 それだけエルと離れてしまったのだと思う。

 

「こういう性格だと違和感ありますか?」

「ううん。それがあなたの個性なんだって思うだけよ。幸せそうで良かった……」

 

 この凜はこういう凜だった。サーヴァントである第4のアーチャーさんもお兄ちゃんも口を揃えて、記憶に残る『遠坂凛』そのままだと言う。

 

「それでさ、もう聞いた?」

「何をですか?」

「言ってないの? 私と彼女とで、あの子達の世界を特定できたって」

 

 ついに見付けた! なら渡ってご両親に子供達を逢わせ、美遊ちゃんを救けに行くだけだ。

 問題は裁定者だ。王様を連れて行けば、必ずカードに堕ちたチビガメッシュを殺す。救われぬ世界に用はないと、本気の乖離剣を抜く。

 私とて他の世界の事まで手に負えない。拾えるのは美遊ちゃんと、そのお兄さんだけだと理解しているし、そう判断するだろう。

 何より、今ここに居ないイリヤ姉さんが嫌がるだろう。今頃はホテルでディナーだろうか。あちらを立てればこちらが立たずとは衛宮士郎でなくとも悩む。

 

「5番目のアーチャーねぇ。やっぱり発生していたか」

 

 雨後のタケノコならぬ梅雨のカビみたいに軽く言った。彼女の目線も段々第二魔法の担い手らしくなって来た。後少しのところだけど、その後少しが遠い。

 

「前回は改心した3番目でした」

 

 凜と凜が目を剥いた。

 

「まともに戻った3番目の分霊なんているの?」

 

 凜も知った顔だと気安く話しかけてえらい目にあったらしい。

 

「居ました。例外中の例外だと思いますが。しかも召喚者はイリヤスフィールでした」

「バーサーカーじゃなく?」

「ええ。最初はアルさんをアーチャーで喚んだのだと思っていたら、3番目という」

「そこの私のサーヴァントにあなた?」

「そうです。先生から聞いていますでしょう?」

「ええ、『ウォッチャー』ね。そこはあなたもエルよね」




物語は謎を残しつつ次のステージに。
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