『ラインの黄金』を使って、一時的にエーテル出力をした。分割思考の何割かをそちらに割いて、姉の遊び相手に指名したのだ。
先にこれをやっておかないと、好奇心旺盛な姉が召喚の際にやって来そうな気がしたのだ。
「アイリ、聖遺物をこちらに」
「はい」
ああ、ターゲットとなる英霊と縁のある触媒か。それを召喚陣奥の祭壇に供えるアイリスフィールさん。
「それって鞘ですか?」
「ええ。ここに聖剣が収まるのよ」
エクスカリバーか! やった! 喚び出す英霊はアーサー王だ!
幼い頃からケルト神話は寝物語だった。誰より何よりお祖父様が神話好きで、中でもアーサー王伝説の大ファンだった。ご長男の名にアルトゥルと名付けるくらいだから。
そしてそんなお話を寝物語で聞かされ育った私も。
やがて始まる召喚の儀。召喚陣に手をかざて呪文を詠唱する男性の横で、私も手をかざし少し違う詠唱をした。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公」
「素に銀と鉄。礎に炭と証たる金剛石。祖には我が大師シュバインオーグ」
「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
「降り立つ風には壁を。四方の門は開き、王冠よりこちらに出で、王国に至る三叉路は廻転せよ」
「閉じよ(満たせ)。閉じよ(満たせ)。閉じよ(満たせ)。閉じよ(満たせ)。閉じよ(満たせ)……!?」
「閉じよ(満たせ)。閉じよ(満たせ)。閉じよ(満たせ)。閉じよ(満たせ)。閉じよ(満たせ)。閉じよ(満たせ)。閉じよ(満たせ)」
「繰り返す都度に五度。ただ、満たされる刻を破却する」
「繰り返す都度に七度。ただ、満たされる刻を破却する」
「告げる────汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うならば応えよ」
「告げる────汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。自身の信念に嘘偽りなければ、この意、この理に従いて応えよ」
「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」
「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を滅する者。我は迷える貴方を導く者」
「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の護り手よ────────!」
「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の護り手よ────────!」
辺りを舞う漆黒の魔力風が陣の中央に収斂した。黒い靄が徐々に晴れていく。そこには漆黒の鎧を纏った、青白い人形のような騎士がいた。
「な?! 失敗か?」
「いえ、成功です。令呪はあなたに、魔力は私に。きちんと通っています」
「いや、ターゲットだ。アーサー王が女性ってことはないだろう? 何よりこの禍々しい出で立ちは……?」
そんな事を話していたら、英霊が声を出した。
「ああ……キリツグか……。再び第四次の世界か……」
遺伝子上の父が固まった。
「アイリスフィール、感心しないぞ? こんな場にイリヤスフィールを連れて来るものではない」
このとき、私はあまりの驚きで分割思考を乱してしまった。
なんと言った、この人は? ここにいる全員の名を言ったのだ。姉と私の勘違いはあれど、両親の名は合っていた。なぜ知っている……?
「あ、あなたはもしや……並行世界でのこの儀式を体験している……?」
「何だって?!」
「論理的に考えましょう。聖剣の鞘があったとしても、当時の誰かが使っていたもの、或いはアーサー王を偲んで作った可能性もあります。男性か女性かの前に実在したのかどうかの方が、疑問点としては大きいわけです。ですが、現にこうやって召喚に応じて現れた。これは神話も伝承もそうですが、広く名を知られる……つまり信仰を得てしまうと、その存在が世界に召し上げられ召喚対象としての現象になるのでは?」
「ええ? それとこれが何の関係が?」
「そうです。我々の知る世界の外に座を持つ現象だから、時間の概念も空間の概念もない……。英霊という存在は高次の精霊に近い存在……。つまり世界というシステムを通じた時空旅行者であり、第一魔法、第二魔法、第三魔法を経験できる可能性がある……。だからか、だから座とアカシックレコードが同一であると勘違いするのか!」
「一体何を……?」
この時英霊は男性のそばまで歩きこう尋ねた。
「キリツグ、この少女はイリヤスフィールではないのか?」
「違う。イリヤと双子の妹らしい」
「そうか、そのような世界か。こんな幼さで、まるでいっぱしのメイガスではないか」
「ああ。何を言っているのかサッパリだ」
「あなた、セイバー。場所を替えましょう?」
そうして私たちは、真ん中にテーブルのある小会議室のような部屋に入った。お祖父様にママたち、両親にセイバー、そして私の七人で第一回目のブリーフィングを行うのだ。
「まずはセイバー、お前さんに尋ねよう。並行世界のこの儀式に参加したのは本当か?」
「ああ、本当だ」
「どんなじゃった?」
そこから長い長い話が始まった。回想は礼拝堂からだった。
「召喚に応じてみれば、召喚者は私の容姿を見て出て行った。それはこの少女と見紛わんばかりの姿から、王となった私の年齢を推測し、私を取り巻く時代と背景に彼が憤怒したからだった。それ以降、冬木でも会話がほとんどなかった。それは理由がもう一つあったからだ。その男は英雄を戦場に若者を誘う悪しき広告塔と見做していた」
お祖父様がちらりと遺伝子上の父を見た。
「アホですか。プロパガンダに利用されるようになったのは、心理学が周知された近代以降です。それ以前は夜咄を面白おかしく脚色していただけですよ。まして戦争とも揶揄される儀式に於けるパートナーと会話もないとか。セイバー、その男は本気じゃなく遊びでこの儀式に臨んだのでしょう」
「くっ……」
「続けて下さい」
「あ……ああ……。それで作戦だが、私がアイリスフィールと組んで陽動に動き、キリツグが協力者とともに後ろから相手マスターを狙う形となった」
「セコイのぅ……」
「ぅ……」
「ところでイリヤスフィールのお父さん?」
「え?」
「あなたは奥様を愛されていますか?」
「ああ、勿論だ」
「では、アイリスフィールさんも?」
「名前呼び……。ええ……彼を愛しているわ」
「ならどうしてアハトに器を別に用意しろとか、もっとイリヤスフィールや夫と生きたいと訴えないのですか?」
「それは……」
「本気じゃないから? 遊びとまでは言いませんが、参加動機がまず視野狭窄な妄想と思い込みから始まっている。そしてその視野狭窄は固定観念となり作戦立案の柔軟性を失っている。だから準備期間中にできる限りの手を打てない。最初っから勝ち目もへったくれもありません。負けに行くようなものです」
「ノイント老!」
「こいつはこの歳で時計塔の理事じゃぞ? そして会社も数社経営しており、業績も高い。おまけに霊地開発と霊地売買で昨年1年で1千兆ユーロ以上稼いどる」
「だが、アハトが首を縦に振らない限りアイリは!」
「私がやります。私がアイリスフィールさんの器を封印します。そして別の器を用意します」
「できるのか……?」
「できます」
自信はなかった。だけどそれをしないとこの人は自分の方法以外の道がある事を信じられない。それではあまりにも姉が可哀想だ。
だから三日頂き、封印処置をすると決まった。この時、姉の器も処置する。お祖父様には今日の午後からのブリーフィングをお任せした。
セイバーの話は結局お昼近くまで掛かった。あまりにも悲惨な結末。あまりにも救われない。そしてこの世界でも汚染は確実。
だけどその汚染がわかったからこそ、この儀式に参加する陣営を止めに行くのだと話せば、彼女は協力を申し出てくれた。握手を交わした後、食事を済ませた私はアイリスフィールさんと姉を伴って工房に入った。
封印処置は思った以上に簡単に終わった。午後に入って終わったのが翌日の早朝だ。だけど私は対価として視力を失った。だから三日だったのだ。宝具で心眼を活性化させ補強する。その時間が欲しかったのだ。
対価として重すぎないか? そういう考えもよぎったが、工房の中を漁っても家やお祖父様の工房を思い浮かべても、これという対価となりうる品がなかった。
目というものは五感の中でも重要な部類に入る。だから普通の人にとって視力を失うことは恐怖だろう。だけど私には『ラインの黄金』がある。
今、工房の灯りはなに一つ灯していない。なのに寝台に横たわって眠っている母と姉の姿はしっかりと見えていた。
そして三日が過ぎた。工房から出た私はマアエモ・ママに食事の用意をお願いした。ルオン・ママは私が工房から出たことを知らせに走った。
ともかく差し入れのサンドイッチを数切れ食べるだけだったのでお腹が空いた。
お祖父様がエミヤキリツグを伴って駆けつけた。寝台で眠る母と姉を見てホッとする男性に私はこう話した。
「今日中に目覚めると思います。ですが今まで器が人の皮をかぶって生きていたようなものですから、その機能を人そのものの機能に変換して行かなければなりません。それには最短で約半年掛かります。歩けるようになるまでも二ヶ月は必要でしょう。そしてきちんとケアすれば、今後30年、40年と生きられます。あなたはもう死ねませんよ?」
男は精一杯のか細い声で『ありがとう』と言った。なぜかしゃがんだセイバーに抱きしめられた。それもかなり長い時間。
「お風呂に入っていませんから臭いですよ?」
「構わない。今はあなたに感謝を……。そうだ、風呂に行こう。背中を流してやろう」
「その前に何か食べさせて下さい。さすがにお腹が空いて」
「そうであったな」
見た目と違って感激屋さんなのかも知れないと思った。そして目でなく宝具を通して視たその姿は、漆黒でなく赤く燃え盛る焔を纏った、竜騎兵だった。
真紅の鎧に赤い竜の鱗が輝いている。そうだ、この人はそういう人だった。
「セイバーはお名前をなんと仰るのですか?」
「アルトリアだ。アルトリア・ペンドラゴンが我が名だよ、小さなレディ」
「エルヴァですよ。エルでも結構です」
「ん? どうした?」
「小さいとかチビと呼ばれるのはあまり好きではありません」
「そうか、わかった。これからはエルと呼ぼう」
「はい」
食事を終えた私はセイバーに腕を引かれ、お風呂にむりくり入れられた。
「痛い、痛い! 背中が痛い!」
「スマン。力加減を誤ったか」
この城には大浴場がある。お祖父様の家にもあるけれど、こんなバーデン・バーデンのフリートリッヒ浴場みたいに何室もわかれていない。
一番奥の浴室は天井がドーム型なので、本当にローマン・アイリッシュ浴場を真似ているみたいだ。まぁ200人からのメイドが居るから、こういう場が必要なのだろう。
なのに客室には独立した洗面所と、適度な広さの浴室があるのだから大概だ。そうか、表の雪は水やお湯として再利用しているのか。
トイレは水洗だけれど、生活排水ともども地下の一角に集められ、礼装を触媒にして消毒・濾過し、また雪としているようだ。
あの雪を降らさないと、システムとして成り立たないのだと思う。
「古式ゆかしいな。まるでローマの本物のようだ」
「そういう跡地に城を建てたのかも知れませんね。スイスにもオーストリアにもドイツにも、建造物の古さはともかくローマ式のお風呂はありますから」
「なるほどな。エル? エルは日本式の風呂を知っているか?」
「サウナでしたっけ?」
「それは江戸時代以前の蒸し風呂だ。日本には大衆向けの浴場があって、大風呂、小風呂、泡風呂、電気風呂などなど幾つもの浴槽があるらしい」
「それって……?」
「聖杯の知識だ。冬木の大聖杯から流れてくる。私は露天風呂というものに入ってみたい」
「露天……お外にあるのですか?」
「らしい。青空に浮かぶ雲や星空を眺めながら風呂に浸かれるそうだ」
「へぇ~~~」
お風呂から上がって着替えようとしたら、見覚えのない洋服が置かれてあった。ブランド物ではなく、テーラーメイドのオーダー品だと思う。生地の質がいいし、肌触りは滑らか。
なんだろうと思ったら脱衣場の入り口に手を繋いだイリヤとエーテルの私がいた。『ゲッ』とかヘンな声を出したのはセイバーだった。
「エルヴァ!? どうして二人いるのだ?」
「虚像のようなものです。大気中のエーテルを編むのでなく、私の持つ宝具でエーテルを出力して、そこに分割思考の3つほどを入れています。こうすると自分で考え、自分で行動するので、仕事をしながら学校に行けたりします」
「はぁ? つまり傀儡(くぐつ)というか傀儡(かいらい)?」
「いえ。自分の意志を持っていますから人形ではありません」
セイバーは私の肩に手を置いて真剣な顔で尋ねてきた。
「例えばだ。これを使えば、災害などがあった場合、災害を食い止める者と、人々を避難させる者とで別れて行動できるのか?」
いまいち何を聞きたいのかわからなかったけれど、それは可能だ。パスを切って二人で延々とチェスをしたこともあったし、どうしても食べたいお菓子があって、でも期間限定だったので仕事中の私はもう一人の自分をマアエモ・ママに預け、食べに行ってもらったこともある。
後で自分の中に分割した思考を戻せば、それは私の経験となる。便利なので今まで何度も使っている魔術だ。
「素晴らしい……。エル、あなたは素晴らしい……」
なにかセイバーの琴線に触れたようだ。とっても感動していた。だけどその前に……。
「意識が戻られたのは良かったですが、まだ寝ていないとダメですよ?」
「うん、すぐ戻る。でも、エルヴァにイリヤの一番好きなお洋服を着てほしかったの」
「イリヤ……。これからはエルと呼んで下さい。それが私の愛称ですよ」
「うん、わかった」
私はもう一人の自分と一緒にイリヤを寝室まで運んだ。セイバーはあえて手を貸さないのがわかる。だからベッドに上げるときだけお願いした。
後はイリヤ付きのメイドともう一人の自分に任せた。ただ、このときに分割思考のエレメントを替え、コンポを組み直した。先程のは3つのエレメントを使っていた。
その内の1つか2つだと思うが、安静にしておかなければならないイリヤを連れ出した。その優しさは嫌いではないけれど甘いと思う。だけどそれも私か……。
そして姉を寝かしつけた後、私とセイバーはお祖父様たちのいらっしゃる部屋に行った。
そこでは正座させられている父がいた。二人のママが左手を腰に当てて、右手の人差指をピンと立ててコンコンと説教していた。
「こんなドラッガーでお嬢様を死地から遠ざけられますか!?」
「渋滞を抜け、路地にサッと逃げ込めるバイクでなければ」
ドイツ語なのでモタードでなくモトラッドだ。
「銃に関しては個人の装備じゃし好みも馴れもあるじゃろう。じゃから口は挟まん。でものぅ、市街地でドラッガーはないわ」
確かに直線番長のドラッガーはない。だけどレーサーのようなフルカウルもどうなのか?
「ママ? TDM850のようなので良いのでは?」
「お嬢様。マアエモは背が低うございます。ルオンはともかく取り回しが少々。かと言ってTRASALPやNX250(AX-1)では馬力不足なのです」
「え~。でもカメンライダーもオンロードからオフロードに変わったのに」
「お嬢様。あれはス◯キのハスラーTS250をデコレーションしたものでございます。それならばNX250の方がマシですよ」
「そうなの?」
「はい」
私はガッカリした。と同時に正座している男もガッカリしていた。
「ライダーのマシンがそんな程度……。けど、けど、彼らの正義は本物だッ!」
いきなり立ち上がって叫んだ。そしてお祖父様に叱られていた。
「ともかく移動用のマシンに関してはマアエモたちの意見に従え。森の移動は……」
「旦那様! CR250Rにしましょう!」
「アホか! 聖杯戦争は夜に行われるんじゃぞ? 無灯火のモトクロッサーで森を走るのか!」
議論? は喧々諤々としたが、結局森はセローと農協の軽トラック、市街地はCBR900RRとGT-Rに決まった。
「軽トラック? どうしてですか、ノイント老?」
「昨夜調べたら、あの辺りは農道ばかりじゃ。木を隠すには森というじゃろ? 風景に溶け込む方が良いのだ。何よりお前もお前の協力者も東洋人の風体をしておる。ここを活かさん手はなかろうて」
こうやって父が元々考えていた作戦が次々と修正されていった。何より私たちは戦いに行くのではない。他のマスターを説得しに行くのだ。
また父は私に子供だから来るなとは言わなかった。むしろ言えなかったのだ。もう作戦は今までの父のやり方とは乖離している。だけど『正義の味方』になりに行くという大義名分は父の気持ちを奮い立たせた。
「エルヴァ、もしもだ。不測の事態でどこかのサーヴァントが倒れた場合はどうする?」
「クラスごとに割り振った専用の器を用意します。それさえあれば誰が倒れようと大聖杯は起動しません」
「ああ……。そこまで考えてあったのか……」
「それとお祖父様。冬木市の都市計画書に企画書や工事の進行表、電信柱配置図、下水地図、ガス管配置図などは?」
「ああ、既に入手済みじゃ。現地でエージェントがクルマなどと一緒に手渡す手筈なので、入手したら吟味してくれ」
「わかりました。ありがとうございます」
「どういう意味だい?」
「始まりの御三家のうち、アインツベルン以外の二家は街の中に住居を構える魔術師ですよ? 説得するにも聞く耳を持たせませんと」
「ライフラインを押さえるのか。しかし使い魔や礼装で守られ……いや、君ならできるんだね?」
「はい」
最終的なブリーフィングも済み、航空チケットを入手した翌日にはフランクフルト空港を飛び立った。空港にはお祖父様がお見送りに来て下さった。
前日、意識が戻った母の元を訪れた父は、半日近く話し込んでいた。なにを話していたのか知らない。使い魔も礼装も置かなかった。興味がなかったからだ。一族の長として末端の面倒をみた。その程度の感覚だった。
視力を対価にしたのは母だからというより、自分が未熟だからだ。それ以外の理由があるとすれば、それは姉の笑顔だろうか。最初はバカではなかろうかと思っていたのに、いつしかその屈託のない純粋な笑顔に憧れていた。
理由は私があまり笑わない子だから。だけど相手をさせていたエーテル体がケラケラ笑っているのだ。私はそれに嫉妬した。だからこの人と暮らすとあんな風に笑えるのかなと夢を見た。
飛行機は三便に分けてあった。一便目は父。現地で協力者と合流し、お祖父様のエージェントと接触する。二便目はママたち。私服で観光客を装い、別のエージェントと接触する。
三便目は私とセイバー。ママたちがバイクを指定された場所に置いてくれている。そしてバイクで冬木に入るのだ。
空港から出たら、駐車場内の二輪置き場を探した。あった、あれだ。
「セイバー、あれですね」
「ああ、タンクの裏かカウルの裏にキーが貼り付けてるはずだ。そのコインロッカーに私たちのウェアーが入っている。それに着替えて出発だ」
カウルの裏にテープでキーが貼り付けてあった。バイクのキーとロッカーのキーだ。ロッカーの方には荷札のようにロッカーの位置とナンバーが書かれてあった。
「前はどうやって冬木に?」
「ああ、工房にこもりっぱなしで居なかったものな。聞いていなかったか……」
「はい。大筋だけで」
「そうだったな。タクシーだよ。アイリスフィールをエスコートした」
そして私たちはロッカーから衣類を取り出し、ターミナルのトイレで着替えた。着ていた服は宝具に取り込み、見た目が恐竜のぬいぐるみのリュックに、ポーチの中身や銃を移し替えた。
「じゃ、今度は私がエスコートされるのですね?」
「ハハハ、そうなるな。ではお嬢様、この後はいかがなさいますか?」
「フフ……少しお腹が空きました」
「わかった。新都まで行って何か食べよう」
この頃、バイクでの二人乗りでは高速道路を走れなかった。だから私たちは空港から冬木まで下道をゆっくり走った。
フルフェイスのバイザー越しに見る日本の景色は、とても興味深いものだった。クルマの修理をやっているお店などは変わらないが、飲食店や町工場に住宅の壁や塀に貼られている看板が面白い。だってなに一つ読めない、知らない文字ばっかりだったから。
インカムはないけれど、セイバーとは念話のパスを結んでいた。これは二人のママともだった。
空港近くの街を出れば、延々と田園が広がっていた。緑の青々した風景ではない。何かが刈り取られ、その何かが長い棒にぶら下がっているのだ。
『あれはなんでしょう?』
『以前も見たな。ええと、稲の掛け干しというらしい。もっと大きな田んぼだとコンバインを使って収穫するそうだ』
『今みたいな時期に収穫できる穀物ですか?』
『うん。お米、ライスだよ』
『へぇ~。日本のライスってこういうのなんだ?』
私はそんな風にセイバーの解説で日本の風景や風物を理解していった。かなり質問したけれど、セイバーは億劫がらず何でも答えてくれた。
聖杯の知識ってすごい。だけどここにアインツベルンは居ない。情報更新は誰がしているのだろう?
マトウだろうか、トオサカだろうか? こんなのでも英霊を出し抜ける。穴だらけな儀式だなと思った。やがて田園風景が徐々に集落へ変わり、街へと変化していった。
『1、2、3……』
『何を数えている?』
『あのビルって高いなぁと』
『ああ、あれな。あれが冬木ハイアット・ホテルだ。最上階に工房があるのを感じるか?』
『あ! 本当だ。あれがエルメロイの?』
『お前はエルメロイと面識があるのか?』
『はい。あの方は新進気鋭のロードですし、同じ貴族主義派ですから。時計塔の未来を託せる人ですよ』
『ふ~ん。エルの口からそういう言葉が出るのか……。なら、何としても倫敦へ帰してやらんとな』
『はい』
セイバーの顔は後ろからだと見えないけれど、声も流れ込む感情も随分と明るく感じた。ただ、知らない間に冬木に入っていたことに少し驚いた。思ったより日本は狭いのかな?
「さ、何が食べたい?」
街の一角でバイクを止めたセイバーが、ヘルメットを脱いで聞いてきた。何があるのかさっぱりなので鼻とお腹に聴くことにした。ようは街を歩いて散策し、美味しそうな匂いがしたらそれを食べようと決めたのだ。
「ここら辺が商店街だな。ん~。色んな匂いが混ざるな」
「スンスン。あれ、あれにしましょう!」
それは『タコヤキ』という名の食べ物だった。何かを混ぜてといだ小麦粉を丸い凹みのある鉄板で焼いている。オランダだったっけ。こういう形のお菓子があった。そうそう、ポッフェルチェだ。
デンマークではエイブルスキーバーという似たお菓子があって、倫敦ではケーキポップ。串を刺してチョコがコーティングしてあった。じゃ、甘いのかな? でも匂いは全然甘そうじゃない。
「味はどうする?」
「味? なにがありますか?」
「えっと、ソースに醤油、塩にポン酢。塩も紅塩ってのがあるし、醤油も土佐醤油というのがある。他に明太マヨにチーズマヨ……色々あるものだな。それと数だ、何個入りが良い?」
「え~? じゃ、6個でチーズマヨ」
「わかった」
そしてセイバーは日本語でお店の人と話し、チーズマヨの6個とポン酢の12個を頼んでいた。
受け取って目をむいた。この容器、薄っぺらい木だ! 熱い! しかも上で茶色い何かが踊っている!
「慌てるな。それは無料のトッピングでカツオブシというものだ。日本の料理に欠かせない旨味とコクを与えてくれる、ダシというものを作るのに使われる食材だ」
「この青いのも?」
「青いのは青ノリだな。どちらも海産物だぞ? あ、中に入っているのは海のタコだ」
「へぇ~~。でもどうやって食べるのですか?」
「この爪楊枝で刺して落ちないように気をつけながら食べるんだ。熱いからドリンクを買おう」
セイバーは変形しそうなメカにチャリンチャリンとコインを投入した。
下の口にガチャリと缶が落ちて?
「これも自動販売機?」
「欧州にもあるだろうに?」
「こんな変形合体しそうなものはありませんよ」
「そうなのか? 何を飲む?」
「むぅ~。わけがわからないので、コーラで」
「それが無難だな。ありゃ、当たったぞ」
「へ? 当たるってなんですか!?」
「くじになっているんだな。当たるともう1本好きなのを選べるようだ」
「凄いぞ、日本!」
私はワクワクしっぱなしで大はしゃぎだった。セイバーがニコニコと私の髪を撫でてくれた。
「ほら、そろそろ食べないと冷めるぞ?」
「そうでした」
商店街の通行人や観光客、そしてお店の人がニコニコしていた。熱いのでフ~フ~と冷ましながら食べた。初めて食べたタコヤキはとってもおいしかった。
このお店は前に自動販売機が2台あり、その奥の椅子で座って食べられるようになっていた。ドリンクを置ける小さなカウンターが壁をぐるりと回っている。
少食の私は6個でも多いくらいだったけれど、大人のセイバーは足りたのだろうか?
「足りました?」
「少々物足りないな。もう少し店を回ろうか?」
「はい」
「しかし、イリヤのためとはいえ、あのエーテルは消えないのか?」
「大丈夫ですよ。礼装も持たせましたし、私とのリンクもこれだけ離れても大丈夫だと確認できました」
「実験を兼ねていたのか? 幼くとも魔術師だな」
こう見えても理事ですよ? けれど拗ねる前に、こうやってセイバーと知らない街を歩いているのが楽しかった。ここはパラダイスだった。目に入るもの、鼻をくすぐる香り、何もかもが新鮮だった。
「あれ! あれはなんですか?」
「飯屋だな。色んな料理がある食堂だ。エルが気になっているのは天丼だな」
私はショーケースの中の器を指差していた。
「テンプ~ラ、ス~シ、ゲイシャ、フジヤ~マ!」
「そんなステレオタイプな外人が今時いるか! それと芸者と富士山は食い物じゃない」
「それは知っていますよ。去年、香港で半年ほど暮らしていましたので」
「あの、ノイント老が話していた中華料理を学んでいたって話は本当だったのか?」
「本当ですよ。長期に渡る商談があったのも事実ですが、私は食品会社も営んでいますので」
「お前はまだ8歳だろうに」
「代理人も立てられますし、エーテルだけでなく、魂を入れていないホムンクルスに意識を移せば年齢なんて思いのままです」
「とことんだな……」
そしてセイバーが頼んだテンドンを少し頂いて、私たちはバイクのところまで戻った。そこからくるくると街を走っていたら、すっかり夕方になっていた。
この章は長くなりそう。