かなり驚いた顔のセイバーだった。
「アーチャーは? アーチャーはおらんのか?」
「既に全騎揃い済みのはずなのに行方不明です」
「行方不明? どういうことだ?」
「大聖杯から令呪のラインを追っても、ラインが途中で消えています。ついでにサーヴァントの正体も不明です」
「やっとバーサーカーとアサシンの関係を探れたのに、アーチャーは不明か……。キャスターも謎のままだしなぁ」
自分の体験と全然違うことになっているのにセイバーは悲観していなかった。驚いただけだった。今はそれだけで十分かな。
だからササッと父に電話を入れた。
『僕だ。何かあったかな?』
「はい。先程、円蔵山の展望台でアサシンとバーサーカーに襲われました」
『何っ!? だ、大丈夫なのかい?』
あ、心配してくれているんだ?
正直、私はこの男性との距離感が掴めずにいた。イリヤスフィール以外の娘がいたことにあまり驚かななかったことは、この人の経歴だとそうなると思っていたし、ビジネスライクに話すところもなかなかだと思った。
むしろその方がありがたかった。けれどセイバーの記憶にあるこの人は、とんでもないエゴの塊で、まさに『アウトロー(外道)』だった。法を無視して犯罪者や殺人者を己の『正義』で糺す。
司法がそれを役人に命じるなら、それは行政の仕事だ。これを請け負い仕事として正式な職業とし、代行業務が法的に認められている国家内で行うなら問題ない。
だけどセイバーの記憶にあるこの人は、どこまでも裁かれるべき人物だった。だから私は嫌味な言い方をしていたし、距離を置いていた。でも、現実は……。
「大丈夫です。ケガもありません。ロードとの会談も和やかに終え、彼は降りました。その上で当方の身を案じて下さり、ランサーを護衛に付けて下さいました。そのランサーとセイバーの活躍があって……」
『そうか……フゥ~~……』
「それで大聖杯から令呪のラインを追うと、どうやら二騎はトオサカのサーヴァントです」
『遠坂が? 魔力が……いや片方がアサシンで、かつ『宝石』があれば……?』
「はい、同じ考えです。私もそう考えました」
『となると、セイバーの記憶とはかなり齟齬がある。ともかく目的は各陣営の説得にある。動きがあるということは参加しているって事が確定だ。手紙でも括りつけて使い魔を放り込んでもいい。他に方法がないか、なにかこちらも考えてみるよ』
「はい、お願いします。それと、大聖杯からわかりましたが、現段階で全騎揃っています」
『キャスターもかい?』
「はい。なにかありましたか?」
『いや、なにもないんだ。警察無線を傍受しても事件は皆無。殺人も乱闘もなにもないんだよ。気味が悪いくらい、至って平和だ』
その言い方はどうなのだと思うけれど、それだけ動きがないのは確かに不気味だ。
『うん? ちょっと待ってて。何だ、舞弥? うん、うん、う~ん……』
「どうされました?」
『事件がないと言ったってさ、普通は交通事故ならあるだろう?』
起きて欲しくはないけれど、それはそうだ。それに関して舞弥さんがなにかに気付いたのか。
『それがね、軽い接触事故や追突などはあっても、一昨日辺りから死者が出ていないらしいんだ』
「へ?」
『ま、偶然だよ。関係ないだろう。あくまでも報告だと思ってくれ』
「は、はい……」
そうして電話を切ったのだけれど、なんだろう。何かが引っ掛かる。
だけど、その違和感の理由は一切わからなかった。
「それで、どうする? 今3時前だが」
セイバーは精米所に掛かっている時計を見ていた。
「冬木市内を通らず、隣の市づたいに今夜のホテルまで行きましょう」
「それが無難だな。それも幹線道路を避けて裏道を通れば、より安全だし渋滞も避けられる。ランサーもそれでいいか?」
「ああ、俺は構わない」
「ランサーもバイク、いります?」
「いや、自分の足で十分だ。それに霊体化してしまえば、クルマも何も関係ないからな」
なるほどだ。かえって安全かも。
それで私たちは給油して、グルっと冬木を迂回するようにして宿への道を走った。
走るバイクの影が伸び、光の色味が赤味を帯びてくる。
歩道を歩くお揃いの革製リュックを背負う子供も、私より年上の子が多い。小さい子はもう帰った後なのだろう。あの黄色い帽子は決まりなのかな?
どこの市でどこの街か知らないけれど、バス停に降り立つ二人の女の子が目に入った。友達同士なのか、仲良く手を繋いでいる。それよりも真っ先に気になったのは二人の服装だった。それはあの茶色い制服だったのだ。
『セイバー、あの子たち』
『うん、こんなところから通うって。珍しいのか普通なのかわからんな』
セイバーにも不明らしい。でも、ああいう制服があるのなら私立なのかも。でも寮はないのかな?
バイクが信号で止まると、さっきの二人が目の前の横断歩道を渡ってきた。二人とも黒髪の黄色人種なのに、瞳が青かった。ふ~ん。
『……■■……? ■■■……?』
そのセイバーのつぶやきは、ほとんど聞こえなかった。だって私は他のことに気を取られていたから。
少女たちの5メートルほど後ろを、別の学校の少女が歩いていたのだけど、私とセイバーを観察するように見ていたのだ。だけど目が合った瞬間、その子は点滅する信号に気づいて走って行った。
脇道に入ったのか、バイクが出る頃にはどこに行ったのかわからなくなってしまった。
しかもそのタイミングで私たちの真後ろで止まっていたバイクが、ひょいと私たちの前に出て、パァ~~~~ンとけたたましい音を残していったものだからセイバーが熱くなちゃった。それに気を取られたのだ。
あれだよ。2ストのレーサーレプリカ、NSR250Rだ。への字のアームだからMC21の、たぶんSE。マアエモ・ママが持っているから知っているのだ。そっちはSPだけれど。
そして5分ほど走ってから自分がアホなことに気づいた。
どうしてあの仲の良い二人が気になった? どうして目が行った? 服のこともあったけれど、魔力を感じたからだ。今の自分の環境だと『当たり前』のことだから流していた。普通はあんな魔力を誰も持っていない……。
しかも後を付けるように歩いていた女の子。あの子も魔力持ちだった……しまった。こんなに離れてしまえば、もうどうすることもできない。
だから彼女たちの顔を、記憶が鮮明なうちに宝具にイメージとして取り込んだ。
ママに指定されたホテルは、冬木から100km近く離れていて、日本三景の一つが目の前にある、昨日の『リョカン』みたいな造りだった。
大浴場も露天風呂も昨夜のようにあるけれど、なんと部屋にも露天風呂があった。部屋に入って気付いたセイバーは、パパパパとバイクウェアーを投げ捨てるやいなや、私をひん剥き、小脇に抱えてお風呂に飛び込んだ。
それもランサーが見ている前で。驚いたのはママたちだ。ランサーの合流を知らなかったので、慌ててもう一室取っていた。何とか空き室があって良かった。
湯船から屋内のランサーやママたちが見える。部屋に置いたリュックの中の使い魔とリンクした。聴覚を借りるのだ。会話の内容は温泉宿のルールやお風呂の入り方の説明、それと寝室は別だが、食事は一緒だとか一般的な内容だった。
少しホッとした。色ごとだったらどうしようと心配だったのだ。彼はイケメンすぎる。ロードの心労が良くわかった。あと、お風呂から上がったら聞かなきゃならない。今日一日何をしていたんだと。
マッチャのお菓子や、ヤツハシ? そんなのが部屋に散乱している。
「あの二人は、なにをしていたのやら……」
今日は私がセイバーの背中を流していた。髪を洗っているセイバーが教えてくれた。
「ノイントの爺さんのエージェントと会っていたんだ。キャスターのマスターは『リュウノスケ』といった。その名を持つ20代前半の怪しいやつがこっち方面に入っていないか、他の都市で猟奇的な事件が起きていないか探ってもらっていたんだよ。だいたい冬木から出て、こういうところに泊まるのもお前のことを二人が心配しているからだ。あの殺人鬼の殺人対象はお前みたいな子供なんだから」
「ありゃ。人目が多いから敵陣営に襲われにくいからだけじゃなかったんだ?」
「お前のママたちはお前の安全しか考えていないよ。だから私が風呂係に指名されているんだ。ま、私が霊体化できないからってのもあるんだがな」
「そうだったんだ……」
「それと趣味と遊びだ」
「趣味と遊び?」
「あの二人はサイクリングやツーリングにも二人で行くんだろう? 今回は寺社仏閣巡りと、バイクやクルマを見て回ったりもしているらしいぞ? 後で買ったのを船便でスイスへ送るらしい。スイスは山だろうに届くんだな?」
「あ~。コンテナをドイツに入れてしまえば、バーゼルからお祖父様の船が出せますから。ホ◯ダとス◯キでコンテナを一つ使い切るんじゃ……」
「本当に好きなんだな。私としては色々聞けて楽しいよ。それに今回は戦いがメインじゃない。話し合いがメインだ。現地の情報はキリツグたちが、外からの情報はあの二人が集める手筈だ。何とか空き室があったのも、本当はキリツグの部屋だろう?」
「あ、そっか」
「あの男もあの男なりに考えてるみたいだ。市内で寝泊まりすればリアルな夜が見えるからな。本来魔術師は夜に動くものだろうに、お前と来たら昼間ばかりだ。が、その分魔術師が見落としがちなものが見えて来る。お前はお前で正しいんだろうなぁ」
「正しい、ですか?」
「ああ。自分の力量をきちんと把握しているし、許容範囲内のことしかしないように思える。無茶もするだろうが、無茶と無謀はまた違うしな。では、上がるか」
「はい」
お風呂から上がるとお布団が敷かれてあった。ママたちは短い廊下(ヒロエンというらしい)みたいなところに置かれてあるイスでくつろいでいた。
ランサーは食事になれば呼んでくれと自分の部屋に戻った。大浴場に行くらしい。
「ママ、そのリュウノスケは特定できましたか?」
「はい。悲しいことですが、殺人事件を追うと足取りが見えてきました。推測ですが明日には冬木に入るかと」
「そうですか……。現段階での犠牲者は何人くらい?」
「類推で9人です」
「なんとか……」
「なりません。囮になるような真似は絶対にさせません」
しばらくママと睨み合って、私はため息とともにうつむいた。セイバーが私の濡れた髪をタオルでゴシゴシと拭いた。
「焦るな。思ったより正義感が強いんだな?」
「セイバーのお話では、この犯人は快楽殺人者でしょう? 自らの欲望のために人を殺すなんて……」
それって、アインツベルンが長年に渡って、ホムンクルスたちにやってきたこととかわらない。違う、そうじゃないっていう大人たちの意見もわかる。
でもそれを安易に認めてしまえば、ママたちも同じ実験用素体になってしまう。私が母や姉を治療し、ここに居る理由も二人を実験動物のように扱うアハトに腹をたてたからだ。
器を別に用意しろ。夫や娘と生きたい。あの人にそれを言って欲しかった。人間ならば。
昨日のスキヤキが思いの外よかったのもあって、今夜も牛肉が多い。サシミはタカラブネでなくひとりひとりの器に盛られている。それとおスシ。このおスシにもお肉が混ざっている。
他はニモノだっけ? それが二つも三つもあって、マツタケの焼いたのやドビンという器で煮られたのもあった。
「日本のトリュフって聞いたのに、ビミョウ~」
「春ならタイやトリガイ、夏はアサリ、イワガキ、ハモ、冬はカニにカキにブリ。どうやら秋が一番物足りない季節のようです」
「いや、おかしい。秋は味覚の秋といって日本では一番食べ物の美味しい季節のハズだ」
ルオン・ママにマアエモ・ママ、そしてセイバーだ。セイバーは詳しいな。前もこんな風に色々食べたのかな?
一方イケメンはお肉は言うに及ばず、ニモノでもマツタケでも何でも美味しそうに食べている。
「ハイアット・ホテルって食事が良くなかったのですか?」
「いや、豪華だった。だが、俺は食べていなかったんだ」
「は? どうして?」
「いや、サーヴァントは魔力があれば食わずとも大丈夫だからな」
これに私もママも反論した。
「経費削減は理解できても、モチベーションが違うでしょう?」
「バイクもガソリンだけで走るのではありません。オイルやバッテリーも必要です」
「それとメンテだよね。気持ちいいお風呂も美味しいご飯も、人間に不可欠なメンテであり給油だよ」
ランサーはセイバーと顔を見合わせて笑っていた。
だから気になったのだ。セイバーは何を食べていたのかなって。
そして無意識に『夢見』の術を使っていた。眠っている間、時々私は『夢見』をしてしまう。それはセイバーが経験した聖杯戦争だった。
どこか知らない、土の壁でできた建物の中で意識を掴むセイバー。目の前には腰を抜かした、あの茶色い制服を着た赤毛のお兄さんがいる。
表にいる敵サーヴァントと闘うセイバー。相手はランサー。でもディルムッドじゃない。やがてそいつがケルト最強の戦士、クー・フーリンだと判明。手傷を負うセイバーを尻目にそいつは逃げていった。
次に別のサーヴァントの気配を感じたセイバーは表に飛び出した。そこにいた赤い戦士と切り結び、マスターである赤い……けれど、月明かりに照らされる瞳は青いお姉さん……?
この人、あの横断歩道の女の子だ! お兄さんが驚いてつぶやいた名は『トオサカ』……。
私は頭を巡らせた。どうして夕方あんなところにいた? 学校の制服は、お兄さんと同じところの付属小学校だった。きっとそれは避難だ。
トオサカのマスターは当代のトキオミという男性だ。
つまり家族を、娘を危険に曝せないと避難させている。その避難先で偶然見掛けたのだ。となると手を繋いでいた子は妹の方だ。確か父の調べでも、エージェントの調べでもあそこは年子の姉妹だった。
お姉さんの名は『リン』といった。そしてお兄さんの名は『シロウ』……『エミヤシロウ』。『エミヤ』がファミリーネームなら、それは父と同じだ。
となると、考えられるのはセイバーを召喚できる最大の条件、触媒の一致だ。思い返しても目の届く範囲になかったけれど、あの建物の中にあのキレイな鞘はあったのだ。だからセイバーを喚べた。
やがて丘の上の教会で監督役の男性に参戦を申し出るお兄さん。お兄さんは孤児だった。10年前の災害……アンリ・マユだ。あれが溢れたかなにかして街に災害が起きたんだ。
そんな災害の中で、きっと父はお兄さんを救けて養子にしたのだ。そう考えると、神父の発言やお兄さんの言葉にも辻褄が合う。
そして教会を後にしたお兄さんやセイバーは、そこで会ってはならぬモノに会ってしまう。カテーシーをしつつ自己紹介する女の子。それは姉の名だ……。
その姉の従えるサーヴァントは桁外れで規格違いの狂戦士。赤い戦士はアーチャーらしく、リンの指示なのか遠くに行った。狙撃、あるいは援護射撃。それが正解だろう。
だけどサーヴァントの戦いに、どうしたことかお兄さんが飛び込んできた。セイバーを救けようと思ったのか、身代わりに斬られてしまった。
間に合うと思ったのだろうか、映画か何かのヒーローのように自分ならできると思ったのだろうか。そんなのM2の弾幕を切り抜けようとした哀れな兵士と同じだ。
案の定、内臓をぶち撒けている。あれは脊椎からイッてる。絶対に助からない。
だけど運び込んだ家の布団で、セイバーやリンが心配して看ている中で────時計が巻き戻るようにお兄さんの傷が塞がった。そうか鞘はお兄さんの身体の中なんだ。だから災害の中から『救けられた』のか。
タオルのお湯を換えに行くセイバー。途中ガラスに写った姿を見て悲しくなった。だって……その姿は清廉で、清澄で……。性別の違いこそあれ、伝承通りのアーサー王だったのだから。
これだ、この近未来の聖杯戦争。ここでナニかがあって、彼女はあんな風になってしまった。それを知られたくないから、あえて第四次に参戦した事実のみを匂わせ語ったのだ。
父の名を呼び、母の名を出し、姉の名を口に上らせたのも。それもこれも、この第五次に遠因があるのだ。けれど、イリヤスフィールのことが衝撃すぎる。
起きてみれば、私はマアエモ・ママとルオン・ママの間で寝ていた。昨夜かなりうなされていたそうだ。暴れもせずママにしがみついていたというから、そうとうコタエたんだろうなぁ。
頭の回転も魔術の造詣も仕事の実績も、そこらの大人から顔負けだと口を揃えるだけのものは残している。けれど心と身体はまだ8歳だ。感情は抑えられても本能的なものはどうしようもない。
気まずい思いを隠して朝の挨拶を交わしたセイバーは、私が彼女の隠していた記憶を視た事実を察しているのか、とても寂しそうな顔をしていた。だから散歩に誘ってみた。
「どこへ行くのだ?」
「アマノハシタテ。この国の神話にも出てくる、天に繋がっているのではないかという砂洲です。宮津湾と阿蘇海を分断する天然の防波堤らしいです。何千本もある松の木も植樹でなく、自然に元から生えていたのを保護しているだけだそうですよ。パンフレットに日本三景の一つで、他の二つ、安芸(広島)の宮島、陸前(宮城)の松島と並んで、丹後(京都)の天橋立は昔から有名らしいです」
「ほぅ~」
朝食の時間があるので全部は歩けなかったが、丹前(ユカタでなくタンゼンという)姿の私たちはカランコロンと、下駄という木のスリッパで松の下を歩いた。
ランサーも少し離れたところを歩き、景色を堪能しつつ、周囲に気を配っていた。それと同じようにセイバーも少し元気を取り戻せたようだ。
朝食はバイキング形式だったが、少食な私はこの方がありがたかった。
セイバーもランサーもお茶とジュースとミルクを並べ、一皿目にはてんこ盛りの生野菜やフルーツを、二皿目にはスクランブルドエッグとソーセージや目玉焼きを盛り上げ、三皿目には焼き魚やニモノなどを山のように積み上げていた。
二人はご飯も5~6杯はお代わりし、オミソシルや焼き魚もお代わりしていた。食後、お互いの健闘を称え合っていたので、なにかあったみたい。
そして二人のママは私の行動に驚いていた。マアエモ・ママなんて半泣きだった。その理由は、ご飯をお代わりしたからだ。別にセイバーやランサーに引きずられたのではない。
日本の朝ごはんってオイシすぎる。パンにミルクとチーズのもそもそした朝食に私は飽きていたし、和食の味にも馴れつつあった。
先日のあれと違って、今日のジャパニーズ・アプリコットのピクルスはタコヤキの……そうそうカツオブシだ。あれの風味があってオイシく感じた。大きさもそんなに大きくなく、2個も食べられた。
何よりセイバーともランサーとも意見が一致したのだが、焼いた塩サーモンと塩サバはご飯に合うという『方程式』、これを掴んだことが大きい。
ナマタマゴにはまだまだ抵抗あるが、ナットウはこんなものかと思っただけだった。ノリは昨日のヤキノリより今朝の味付けノリの方が好きだ。
ヤキノリは海の香りが強すぎるし、喉に絡みつく感覚がある。だけどサーモンもサバもパンよりご飯のほうが断然合う。
本場のニイガタ産ではないそうだが、この地で穫れるコシヒカリは最高級のウオヌマ産に負けないオイシさがあるという、ヤドの人の説明をセイバーが訳してくれた。
これは大げさなハッタリではないと思う。
ライスはこれまでにも長粒種、中粒種、短粒種と色々食べてきたけれど、日本の短粒種は炊飯専用に改良されているので、あのモッチリ感が理解できればあれ以上のものはないと聞いていた。
その意味が今回の経験で理解できたと思う。ライスと炊きたての『ゴハン』は違う。
そうなってくると冷めたご飯をどう食べるのか、どんな風に携行するのかが気になった。この国の長い歴史の中では、きっと答えを出しているはずだ。私は冬木に行けば本屋さんに寄って欲しいとセイバーにお願いした。
「ママ、今夜はどこ?」
「今夜はこちらですよ」
そう言って渡されたパンフレットは、またまた温泉旅館だった。それも冬木を挟んでこことは反対の県にある温泉。日本は環太平洋火山帯の上にあるから温泉が本当に多い。
その代わり四つのプレートの重なる部分でもあるから地震も多い。恩恵を享受できる分、怖い思いもしてしまう。ツラいところだね。
父と舞弥さんにも冬木に近い温泉を薦めたそうだけど、断られたらしい。冬木の西側だけどアインツベルンの所有する森の反対側にあるので遠くなるのがネックみたい。
森の中の館を使わないのも、交通の便が悪くろくなものが食べられないからだ。一から用意することを思えば、こうやって人目のあるところを転々とするのは正解だ。
何よりああいう、誰からも『あそこはアインツベルン』なんて場所での滞在はありえない。アハトはやっぱり壊れていたんだろうなぁ。
「本当にカニのシーズンでないのが残念です」
真冬に来ると日本海に面した温泉旅館は、どこもかしこもカニ尽くしらしい。お肉もオイシいし。良いよね、ここ。
「ママたちは今日どうするの?」
「境港で妖怪に会って、安来でどじょうのなにかを摘んで、お昼は松江で宍道湖の魚介を堪能です。その後出雲大社を周って、出雲そば。最後は宿でお嬢様と合流ですね」
観光でもなんでも好きにしてくれていいけれど。こんな風に好き勝手しながら、連絡業務や下準備はバッチリだからなにも言えない。
現実、ママたちがやるべきことは連絡業務と下準備しかない。
「トオサカの電話番号ですが、普通に電話帳に載っていました。今日、掛けてみます」
「へ?」
お祖父様はママたちを優秀に造りすぎたと思う。そんなママたちのあり方がセイバーに大きな影響を与えていたことを、この時の私は気付いていなかった。
チェックアウト後、ひたすら冬木に走った。冬木まではママたちと一緒。その後は本当に素通りして隣の県に向かって走って行った。
駅前の施設でバイクを預け、トイレで着替えた。お買い物のときくらい、スカートを穿きたいしオシャレもしたい。
「こういう時間帯だと朝帰りのホストにしか見えんな?」
「セイバーは世俗に詳しすぎないか?」
フルマラソン2回分の距離を、バイクと同じ速度で走って来たのにランサーは涼しい顔だ。サーヴァントって凄いね。
副題もつけにくい動きのない回ですが、意味のある回です。