ちなみに白髪の男性への連絡は、こちらの動きをキャスターが逐一注視しているらしいので大丈夫とのことだった。
なにか礼装でも付けられたのかとイヤな気分になったけれど、そうではなく男性の目を通してキャスターが私を認識したからだった。
つまり知らない間にキャスターは街全体へ監視網を張っていて、霊基構造か魔力の波長で私の位置を掴めるのだろう。
正直、キャスターとまだ会っていないので一抹の不安が残っている。でもセイバーは、直感で大丈夫だと言う。それを信じて私たちはヤドに戻った。
帰るとママたちにこっ酷く叱られた。特にマアエモ・ママは涙を流しながら、私のお尻を叩いた。セイバーはランサーを引っ張ってササッと大浴場へ逃げた。ズルいぞ。
「どうしてなにも仰らずに出ていくのですか? お嬢様になにかあればマアエモは……マアエモは……」
パンッ、パシッ、パンッ、パンッ。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
こんなにお尻を叩かれたのって幼稚園以来だ。パンツまで下ろされるし。ママは怒ると怖い。
やっと解放されたと安心したら、ルオン・ママに不意打ちでホッペタをつねられた。
「どこの子供が、お尻を強化するんですか?」
「痛い、痛い、痛い、痛い……」
「マアエモや私に悪いと思っている気持ちはわかりますが、秘密もここまで。あの子たちのことをきちんと説明して下さい」
「え?」
開かれたフスマの向こう、フトンの上でトオサカの子供たちが眠っていた。おまけにあそこにいた友人たちまで?
「あの男~~。面倒臭がって押し付けていったの?」
フスマの陰から寂しそうに、その男が現れた。
「あの男……あの男……あの男……」
しまった。日本に来る前、少し輝きを取り戻した瞳が、また死んだような目に……。
「どうして警察に預けなかったのですか?」
「……僕の暗示だと弱いと思ったからだ。君たちにきちんと記憶を消してもらうためだよ」
「トオサカの?」
「違う。こっちの二人のだ。考えてみてくれ。遠坂の娘の思考を読んで、君は言ったね? 友人から連絡を受けたから、避難先の家を出たらしいと」
「はい」
「では、なぜ遠坂のこの子なんだ? 友人が知らない人に連れて行かれたら、普通は大人に言わないか?」
塾が終わって二人は別方向に歩いたそうだ。そして何気なく振り向いたら、その友人がクスリかなにかをかがされ知らない男にさらわれた。
確かに真っ先にすべきは大声で大人を呼ぶことだ。
「そもそもの接点が不明なんだよ」
「どういう意味ですか?」
「遠坂の娘は穂群原学園の小等部に通っている。そこは円蔵山に近い、深山町にある学校だ。そしてこの二人の服を見てごらん」
それは今日シンイチが着ていた服だった。言われて気付いた。
「これは八代台小学校の制服だ。こちらは冬木山に近いところにある。それぞれの学校が冬木の正反対なんだよ」
「え?」
「そこで僕のカンだ。もしかしたら遠坂の妹の方と接点があるんじゃないか?」
そこでママたちに促され、妹の思考や記憶を読んだ。
「あ……ピアノだ」
「ピアノ?」
「電話を入れた子と妹が、同じピアノ教室です」
「なるほど、接点があったね。では最初の疑問だ。どうして遠坂の姉なんだ?」
今度は友人たちの記憶を読んだ。
「あっちゃ~~」
「どうしたの?」
「この妹は姉大好きっ子で、お姉ちゃんには特別なチカラがあると自慢してたみたいです」
「魔術とは語らずとも、子供の話しそうなことだな……」
これは昔からあったことだ。親がいくら『家はきちんと子供を躾けています』と言い張っても、そうはいかない場合もある。
赤ちゃんの頃から調整を受けたり、優秀な遺伝子を継いでいたり、種々の要因で魔術師の子供は賢く聞き分けがよい。だけど、神秘の秘匿をどんなに酸っぱく教えても、感情で動いてしまう場合もあるものなのだ。
なぜなら、子供の世界はとても狭く、些細なことで優劣が決まってしまうものだからだ。
でも、子供なりに悪いことだと思っている。だから魔術でなく『特別なチカラ』と言い換えたのだろう。
と同時に、この姉は魔術の行使を誰かに見られている可能性がある。というのは、どこかの公園で次々と衣装を替えリサイタルをやっているビジョンが流れてきたからだ。
そこを掘り下げると記憶の奥底に『ルビー』という魔杖があった。
これはきっと私が幼稚園頃に使っていた『エメラルド』と同じく、宝石翁が造った礼装だろう。だけどトオサカのそれは、かなりのイタズラ好きに思えた。
私の『エメラルド』は甘えたがりで四六時中かまってあげないとすぐに泣き出す。けれど仕事を与えると嬉々として働く。命令されるとかまってもらえてると思い込むのだ。
だから今はエーテル出力させて、お祖父様のお屋敷でメイドとして働いている。
一方、トオサカの『ルビー』は、そういう奉仕精神や命令遵守の気持ちに欠けるのだと思う。きっと最初の馴致訓練に失敗している。魔杖は犬や馬ではないけれど、扱いそのものは簡単でも最初ですべてが決まるのだ。
そこに失敗した。それでトオサカは封印していたのだと思う。それをなにかの拍子に掴んで、無理やり契約させられと記憶にある。この子、思ったよりドジっ子だ。
フィンランドの友人、ルヴィアゼリッタが『サファイア』を持っているが、あの子の『サファイア』も私の『エメラルド』もかなりおとなしいのに。似たようなものに見えても、それぞれ個性があるし、その個性に即した馴致が欠かせない。
人工精霊の扱いとか、トオサカには伝わらなかったのかな?
その後一人ずつ起こして記憶をイジった後、暗示をキツめに掛けた。トオサカの子と会っていないし、私たちとも会っていない。警察署には自分で駆け込むように、後発動の暗示も掛けた。
最初の暗示の意味は、トオサカ姉妹がなぜ誘拐犯人の居場所を特定できたかを思い起こさせないためだった。姉の方は魔術を少しづつ習っている最中みたいだけれど、妹の方も簡単な魔術を教わっていたらしい。
幼稚園くらいの子が尾行で迷子にならない……。才能あるなぁ。それも属性が虚の中の虚数だ。姉は五大属性持ちだし、凄いなトオサカ。
だけど跡継ぎは姉の方だろう。なのに尾行できるなんらかの魔術を教えてあった……。
まぁ、そこは家の方針だから別にいいけれど、避難先の大人の目を盗んで出ていくのは良くないことだ。なのでママたちはトオサカ姉妹のこともかなり心配していた。
また、その友人たちにも。だから怖い思いを忘れるよう、しっかり暗示を掛けて下さいと念を押された。
そして暗示が掛かった状態で、二人を舞弥さんが警察署の前に届けた。もちろん場所は冬木でなくここだ。この管轄違いが時間差となって、私たちは疑われない。なぜなら、ヤドの人にも暗示を掛けたからだ。
「秘匿って手間がかかるなぁ」
「本当だね。でもそれを怠っちゃ正しい行為とは言えないからね」
父はそんなことを言いながら、私の頭に手を置いた。思わず顔を見上げたら。
「ホッペタ、赤くなっているよ。これってお尻も? 厳しいんだね、君の乳母は?」
「お小さい頃から、身体の小ささと似合わずお転婆で。旦那様も私どもも、ホトホト手を焼かされました。ですが、それは好奇心旺盛で単に冒険好きなだけです。本当はとっても優しい子なんですよ」
「旦那様のお誕生日には歌や音楽と一緒に、お手製の品を必ず贈られています。それは私どもの製造日も同じです。乳母と言ってもしょせんはお嬢様付きのメイドです。そんな私どもをいつもママと呼んで下さる子なんですよ」
私はホッペタだけでなく顔も赤くなっていたと思う。父はただ優しく私の頭を撫でていた。指がタバコ臭かった。
この時、セイバーとランサーが卓球で魔球を編み出していたなんて知る由もなかった。
翌朝、父の通訳で事情を知った二人の姉妹は私にしっかりと頭を下げてくれた。だから私はセイバーと一緒に、二人を朝風呂に誘った。ともかく衣類を換えないとね。
大きなお風呂なので、妹のサクラは大喜びだった。姉のリンがしきりに頭を下げて恐縮している。
『気にしないで。今日中に親元に帰すからね』
セイバーの通訳で私たちに悪意がないこと、この間違った儀式を止めたいという目的を話してあげた。
父親と戦いたいのでなく、彼女の父親も望んでいる『和平』を私たちも願っていると知って彼女は喜んだ。彼女は喜びのあまり私に抱きついた。湯船の中なので、二人とも真っ裸だ。
そしてわかった。彼女は私より二つも年下なのに、私より背が高いのだ。そこから疑問が生じたので、あれこれ尋ねてみた。
それでわかったのが、この日本では毎年4月に新年度が始まるということ。そして2月が誕生日の彼女は『早生まれ』と言って、ほとんどのクラスメイトが数ヶ月から1年近く上の子ばかりだということ。
これは私も同じだった。7月生まれの私は、日本に於いては3月生まれと同じだろう。8月がバカンスで、9月から新年度だから。なのでやはりクラスメイトは数ヶ月から1年近く上の子ばかりだ。
おまけに学校制度の違いで、もし私が日本で暮らしていたら、まだ2年生であることがわかった。と同時に、リンが欧州で暮らしていたら、学年は2学年下になることもわかった。
それがなんとも不思議で、セイバーの通訳でしか意思疎通できないにも関わらず、私とリンにサクラはたくさん話して仲良しになった。この日から、リンとサクラはルヴィアと並ぶ私の友人であった。
ちなみにヤドの人数追加や宿泊代諸々はママたちがどうにかしてくれた。リンとサクラは、朝食後ドイツ語の手紙を持たせ、タクシーで避難先でなく深山町のトオサカ邸まで送らせた。
当然代金前払いで、お釣りは取っておけと過剰に渡してある。
手紙の内容はこうだ────。
『何らかの手段で友人の危険を察した御息女が、新都で勇敢にも、このところ巷を騒がしている連続殺人鬼と対峙していた。そこを偶然、当方が察知し加勢をした。無事犯人は捕らえ、神秘の秘匿を行った上で警察に引き渡してある。
また、警ら中の別働隊がサーヴァントに襲われんとしていた幼女を救けた。調べで御息女を追い掛けていた、そちらの次女であることが判明した。
二人には十分に休養を取って頂いた。精神的疲労を取り除けたことと思う。そしてそちらの意向────儀式の停止に向けた会談を受け入れる用意がこちらにはある。
近日中に会談場所を指定するので、万障繰り合わせの上来場されたし。 アインツベルン』
ところどころ端折っているが、ここで重要なのはアインツベルンがトオサカに貸しを作ったカタチとなっている点だ。ここを強調することに意味がある。だから送り先はトオサカ邸なのだ。
原案は父だったのだが、なぜか脅迫文のようになっていたのでママたちが添削し書き直した。
『娘たちは預かっている。指定された場所まで来られたし』
こんなじゃ真意が伝わらない。まずは使い魔で無事であることを知らせ、こちらの居場所を特定されぬよう手紙を持たせるべきだと決まった。
だけど舞弥さんの働きで、トオサカへは電話連絡でも十分だと判明した。セカンド・オーナーである前に冬木一の大地主だ。デパートの外商を装えば、あっさりと当主のトキオミが電話口に出た。
お歳暮のカタログは届いておりますでしょうか? これで通る。思った通り、聖杯戦争で忙しいトオサカは発注がまだだったのだ。
ドイツにもスイスにも『お歳暮』なんてものはないけれど、クリスマスに向けての贈り物はある。社会的に地位のある人はしがらみから逃げられない。これは魔術師も同じだ。
父たちが出た後、私たちも出発する時間になった。
「ママ、今夜はどこ?」
「今夜は山間の温泉郷です。パンフレットはこちらですよ」
絶対遊びに来ているでしょう? けれどここからも、そこからもアインツベルンの森は意外と近い。
「セイバーさん?」
なんだろう? ルオン・ママだ。
「なにか?」
「お使いのバイクはスイングアームに損傷があります。本日からは私のをお使い下さい」
パキッと来たのはフレームでなく、後輪を支えるアームだったのだ。
「ルオン、あなたはどうされるのだ?」
「私にはこれがあります」
三台のCBR900RRの横に、いつの間にやらGSX-R750が止まっていた。フロント・フォークが青い。
「どうしたのこれ? スイスにもあるよね?」
「これはエージェントに頼んであった私の予備です。万一の場合、私どものバイクをセイバーさんに回すのは当初からの予定でしたから。マアエモも予備がありますよ」
その車種はRVF(RC45)だった。V4のこれまたレーサー・レプリカだ。
VツインのSV1000S(VT54A)やTL1000S(VT51A)にはVTR1000F(SC36)。TL1000R(VT52A)にはVTR1000SP(SC45)。
トレール系のオフ車ならDR250S(SJ44A)に対してXL Degreeといった具合で、二人のママはいつも水面下で見えない闘いをしていた。仲はとても良いのだけれど、バイクやクルマでは絶対にお互い譲らない。
それにスイスのすぐ下はイタリアだ。あの国にもバイクのブランドは多い。お祖父様がコレクターなので、二人もイタリアンでバイクの扱いを覚えたそうだ。
そしてお祖父様から与えられたのはル・マン1000とか900SSとか、赤いのばっかりだったという。
だけど二人は日本製にどっぷりとハマった。それも規制のきついドイツ向けでなく、ゆるいフランス向けを毎回手に入れていた。
本当はスイスに持ち込むのはダメらしいけれど、真面目な二人からは想像できないほどバイクやクルマに妥協がなかった。まぁ、鋳造者責任だよね?
そんな二人が妥協した結果が森用のセローなのだけど、ルオン・ママはセローやCBRにかなり不満があったみたいだ。
マアエモ・ママみたいなモトクロッサーでなく、ちゃんとした装備のある油冷のDR650を推していたんだよね。
けれど脚が届かないからって、マアエモ・ママが反対しちゃった。私がTDMを出したのはその流れがあったからだ。
結局、走行性能に不満はあるけれど、取り敢えずというかほとんど投げやりでセローに落ち着いた経緯があったのだ。
それだけにルオン・ママはCBRでくすぶっていた。けれどヤ◯ハ製でパッとしたのが思い浮かばなかったのだ。
今にして思えば、カ◯サキのZX-9Rでも薦めるべきだったかなぁ。
セイバーがルオン・ママのCBRにまたがり、アクセルをあおった。
「おお、このCBRはフケがいい」
「慣らしもバッチリですし、オイル交換も済んでいます。各所のあたりも良い感じだと思いますよ」
そうだ、これって全部新車だった。
「ありがたく使わせて頂こう。ルオン、あなたに感謝を」
ママたちは凄い。
そこへ『トトトトト』とヤドの従業員の方のバイクが入ってきた。
「おはようございます。お客さん、凄いのに乗っていますね?」
セイバーの通訳で『いや~』とか『いいえ~』とか口々に話している中で、私は授業員の方のバイクに目が釘付けだった。美しい。こんな綺麗なバイクがこの世にあったのか。
『これの排気量っていくつですか?』
慌ててセイバーが訳してくれた。
「250ccらしい」
「へぇ~。どこのだろう?」
「クランクカバーを見ろ」
「あ」
それがヤ◯ハのSRV250(4DN1)だった。色はダークシアンメタリック。この1型にしかないグリーンで、フレームまで同じ色だった。オフロード大好きな私が初めて好きになったオンロードバイクがこれだった。
この後、日本に定住した私は程度の良い中古の4DNを買い漁り、1型2型3型4型と全部揃えた。この後のルネッサは、ブロンコとともにオーダー色を全色新車で揃え城に保管した。
プレミアなんて付かないバイクだと思うし、レーサーレプリカのような投資にもならないけれど、免許を取得した以降はTWやXJR、SRと並んで大切なバイクとなった。
なお、オーストラリアの別荘にもSRV250H(4RK2)を置いていて、こちらは96年に新車で買ったものだ。免許を取るまで凍結して保管していた。それくらい惚れてしまったのだ。
本日の予定はアーチャーの手懸りを掴むことと、できればキャスターとの会談、そしてライダー陣営への連絡だ。私とセイバーは早速、冬木に向かって走った。
左を見れば、建物の間を縫って海が近づいたり離れたりする。時々潮の香りがする場所もあった。徐々に周囲のクルマが増えていった。
のどかな風景もやがて喧騒の中に包まれる。右脇を見れば田園の中の細い道を農機具を積んだ軽トラックが走り、耕運機が行き来している。
黄色い帽子をかぶった集団が、畑に出るオジサンやオバサンと挨拶を交わしていた。
遠くに見える山は緑でなく茶色くなっている。ところどころ黄色や赤もあった。四季も紅葉もある一定の緯度以上になれば明確になるが、日本はとりわけわかりやすいと思った。
『混みだしたな』
朝のラッシュだ。スイスもドイツも主要な都市に入る時間が、働く人々の通勤時間と重なるとやたら混む。これは世界共通だろう。だけど道路は冬木方面だけでなくこちらへの車線も混んでいた。
そこで私はあることに気付いた。
『これってアインツベルンの森が邪魔していて、大きな道路がこれしかないから?』
『あ~……かも知れんな。何度かサーヴァントとして聖杯戦争に出ているが、期間中に冬木を外から観察したのは初めてだ。そうか、あの森は広いからなぁ』
そこで私は200メートルほど先に見える標識を指して、あそこで右に入ろうとセイバーを促した。そこから南下して左に行ける大きな通りに出れば、森と円蔵山を迂回するルートに乗れる。
そちらの道は農道も多く間違えば袋小路に入ったりするリスクもあるけれど、こちらはバイクだしウマく行けばあの自動販売機のある精米所の交差点に出られる。悪くとも冬木市を囲むあの道だ。
別に時間に急かされているワケではないけれど、クルマの排気ガスがクサくてたまらない。
『よしっ』
セイバーがT字の交差点を右折した。そこから数km南下して左折だ。
すると後ろからサイレンの音が聞こえた。緊急車両かと思って振り向いたら、白いVFR750だった。あんな雪のように真っ白なVFRがあるんだ。キレイだなぁ。
でも、操縦者は青い服だ。なにかの制服かな?
『いかん! あそこは右折禁止かっ! 道理でクルマが曲がらんはずだ。エル、しっかり掴まれ! 振り切るぞ!』
『え~~っ!』
『サーヴァントが免許を持っているワケがないだろうがっ! 逃げるぞ!』
そして私たちはむちゃくちゃに走った。
農道に逃げ込み、オフロード車ばりにあぜ道や未舗装路を右に左に走ったら、あの真っ白なVFRは見えなくなった。お祖父様、ごめんなさい。あなたの娘、第11代アインツベルンは犯罪者となりました。
『うううぅぅぅ……私、悪い子になっちゃったよ~』
『恨むなら御三家の先祖を恨め。標識の見方ぐらい聖杯の知識に入れておけばいいものを』
『セイバーは悪いことをしたと思わないの?』
『思ってるさ。だが、人として悪いことも、国のためには、あるいは他の大勢の人のためにはやらねばならん時はある。その決断を下すのが王の役目だ。だから王が法であるとの論も成り立つのだ』
『え~?』
『だから気に病むな。エルの迂回の案を採用したのは私だ。そして操縦者も私で、白バイから逃げようと判断したのも私だ。エル、お前もまた人の上に立つ人間だ。大人になったときに、失敗を人のせいにしてはいかんぞ?』
人の判断に失敗はつきものだし、無くす方向に反省してくれればそれでいい。なにより人を使う限り、仕事の内容に応じてその手のミスは織り込み済みだし、リスクマネージメントもやっている。
だけどセイバーはもっと単純で、歴史が流れても普遍と言える心構えを語ってくれたのだ。使い物にならない従業員は来週から来なくていいと言えるし、業績の上がらない部署は再編する。
どうしても無理なら、価値のある間に売り払う。そして次の会社を起ち上げる。それが起業家だ。
だけど、王国にそういうのは無理だろう。投げ捨てるわけにも行かず、逃げ出す場所もない。かつての部下が顧客を引き抜いて独立し、商品がバッティングする会社を起ち上げた……。
そんなものではない。株価もへったくれもない。世の中のルールからして違うのだ。そんな中でウーサーから引き継いだ王国には何もなかった。工業も工芸も農作物も特産物もなにもない。
そんな、ないない尽くしな国を侵略しようとする他国や異民族。攻め込むなら下調べくらいしろよと思うけど、襲われる側のアーサーは皆んなを纏め、王国を守るしかない。
一つ勝ち、二つ勝ち、やがて常勝の王と人々が謳うまでになったアーサー。だけど部下の騎士が謀反を起こし、王国は滅びてしまった。そんな人の背中が私の目の前にある。
マアエモ・ママと変わらない身長と細い肩。そこに全部背負ってきたんだ。
『お前は……真っ直ぐだな。泣くな、将来が心配になる』
『だって……だって……。一人で背負わなくてもいいでしょう? 代わってくれって……つらいよって、苦しいよって言えなかったの……?』
『お前……私のことで泣いてくれていたのか……』
しばらく二人は無言だった。そしてセイバーがポツリと言った。
『それで十分だ。ここに来れて良かった』
バイクはぜんぜん知らない場所を走っていた。だけどセイバーの声には迷いがなかった。
道路が突き当たりになった。前方には横開きの大きな鉄の扉がある。誰かの敷地?
『エル、ここから先がアインツベルンの森ではないか?』
私はバイクから降りてヘルメットを取った。そして門に触れた。金属の角柱に錬金術で表札が彫ってあった。それとは別に新しいメッセージも。
「右横? あ、あれか」
「なんだ?」
セイバーもヘルメットを脱いだ。
「扉の右手、そこの藪は偽装です。中にオフロード・バイクが隠されてあるはずです」
「やっぱりここだったか。この門はお前なら開けられるのだろう? 行ってみるか?」
「そうですね。一度は見ておかないと」
そうしてセローを引っ張り出し、CBRを押し込んだ。足元にあった数本の予備ガソリンのうち1本をリュックにしまい込む。偽装の魔術を再起動しておくのも忘れない。セローに掛かった凍結の魔術を解くと一発でエンジンが掛かった。
型式名4JG2。セイバーは数台の中から白と赤紫のツートーンを選んだ。残る色は白と青紫、それと白と濃い緑のツートーンだった。
後に私はこの4JG2の後に出た、4JG6とブロンコ、それとタンクに大きくカモシカが描かれた4JG7を金にあかせて全色揃えた。
20年後に売れば新車以上の価値がつくと思ったのだ。ブロンコは怪しいなと思う昨今だけど、デザインは好きなので自分で乗ってもいい。
ともあれ青緑の4JG7は私で、赤紫は姉のイリヤに譲った。森でしか乗らないけれど、とてもいいバイクだ。
「ここからは私有地だがヘルメットは着けておけ」
「はい」
中に入ると門を閉じロックの魔術を掛けておいた。念話でないと舌を絶対に噛む。完全な不整地だし、何よりバイクが走ることなんて想定されていない。
地面も高いところや低いところ、ほんの数メートルで1メートルは高さが違う。そんな状態なのに鬱蒼と茂った樹の根は、コブを作ってバイクを転倒させようとする。
昨日、セイバーはオフが苦手ではないかと思ったが、それは間違いだった。抜重も上手だし、こまめな荷重移動や半クラ、シフトチェンジでバイクを森の奥へと進めていく。
『思ったより上手ですね?』
『まぁ、悪路は馬で馴れているからな。けれどクラッチやシフト、ブレーキは難しいな。この辺はマアエモやルオンの方が上手いだろう』
『セイバーの目から見てもウマいですか?』
『ああ、あの二人は上手い。マアエモも並じゃないが、ルオンは常識外だ。エルの乳母でなければレーサーになりたかったと話していたよ』
けれどルオン・ママが出たいのはオフロード・レースではない。マン島のTTだ。そこのスネーフェル・マウンテン・コースは山だけでなく、村の中も時速200kmや300kmで駆け抜ける。例年事故によるケガ人や死亡が絶えない。そんな過酷なレースに出て優勝するのが夢なのだ。
セイバーの動きに合わせて腰を浮かせ、膝立ちする。膝は柔らかくしないとカクンとくる。なにも言われなくても、次はジャンプ、次は足を出しての急旋回だと全部わかる。
『馴れているな?』
『まだまだです』
『そんなことはない。これほど乗せやすいパッセンジャーはいないだろう。疲れてないか?』
『大丈夫です』
『よし、このまま城まで行こう。あと少しだ』
やがてセイバーがバイクを止めた。目の前に館があった。外装の円筒部分がやけに目立つ。ここが聖杯戦争の拠点、歴代の参加者が居を構えたアインツベルンの別宅だ。
『え? 誰かがここを使っていますよ』
『みたいだな。サーヴァントの気配……なのか? 何とも不思議な感覚だ』
『はい。行きますか?』
『行ってみよう』
そうして私たちはバイクを置いて、扉の前に立った。
ガチャン、ギィ~~~と大きな扉を開くと、ホールで昨夜の男性が待っていた。
「ようこそ……って言っちゃ失礼だな。悪い。黙って借りている」
そして館に一歩踏み込んだところで世界が変わった。
「本当に悪い。どうしても測りたいという奴がいてな」
「謀るだとっ! 貴様ァ~~!」
焔が疾走り、館の内壁が無限に続くかのような草原へと変貌していく。天井は青空に塗り替わり、どこからか清涼な小川の流れる音が耳に届いた。
まるっきり、すべてのものが別世界に旅立ったかのようだ。
「こ、固有結界……?」
「何だと!?」
私の驚きをはらんだつぶやきにセイバーが反応した。
心象風景の具現化……。そう多くの事例を見てきたわけではないけれど、ここまで完全な固有結界は初めてだ。大抵は透けて元の世界が見えていたりするものなのだ。
なのにここはまったくの別世界だった。遙か上空で巨大なオルゴール・メリーが回っている。
なんだあれ? そしてどこからか、天使の歌声のような音楽がかすかに聞こえる。どういうことだ?
「なにあれ?」
返事はなかった。ただ男性がプルプルしていて、少し恥ずかしそうだったのは覚えている。
そんなことより私は気が気でなかった。あのキレイな青空を、突如蟲が湧いたかのように黒く染めるナニかがこちらに迫って来ているのだ。
それは一つ一つが黄金に輝く剣であり、槍であり、槌であり……。
陽光を遮るその飛翔体は、背こそ輝いているのだろうが、陰となったこちらの面は黒く沈んでいた。それだけに距離感がまったく掴めない。
その数はザッと千……いや万はあるか。視界の隅でセイバーが剣を構えているが、そんなもので迎撃できる数ではない。なによりあの中には自動追尾してくるタイプもあると思えた。
咄嗟に掛けた解析だと、自動追尾だけではなかった。『毒持ち』に『呪詛』、さらには『竜殺し』もあったのだ。
「セイバー! ダメっ!!」
私はセイバーに飛びついて『ラインの黄金』を最大出力で起動した。地面には何も届かず、すべての武器を取り込んだ。だけど制御できない。全部飛び出そうとする。
神秘が深すぎるのだ。これは千年や二千年ではない。その歴史という重みと積み上げられた信仰が『ラインの黄金』を振り切ろうとする。
だから私は出口を、あの遠くに見える丘の真上にした。丘の上で黄金の輝きが明滅する。こちらが落とした武器を迎撃しているのだ。あそこにこの攻撃を仕掛けたやつがいる。それは絶対の確信だった。
「あそこに私を跳ばせ! エル!」
「そんなことをしたらセイバーが死んじゃう!」
「私は既に死んでいる者だ。お前を守れて消えるなら本望だよ、エル。だから……」
セイバーは覚悟を決めていた。だから焦ったり怒ったりしなかった。優しく私を諭してくれた。
「だから逃げる!」
私はセイバーごと固有結界から跳んで脱出した。もちろん置き土産は置いていった。景色が館に戻っている。
「エル! チャンスだったんだぞ!? あれは……あれこそがアーチャーだ!」
「あの丘の……? あそこにいたのが?」
「そうだ。それを……」
そこでズンッと世界が揺れた。やがて煤けた最初の男性とチリチリパーマの女性、そして真っ黒になった鎧の男性が現れた。
「し、信じられない! あれ、絶対に核でしょ!?」
「い、生きてる、我生きてる……」
「英霊ってマジで物理攻撃が効かないんだな……。身を持って知ったよ……ゲフッ」
「シロウ!」
白髪が黒く染まった男性が血を盛大に吐いた。慌てて駆け寄るチリチリパーマの女性。
「エル、核ってなんだ?」
「あ~……。固有結界内だから、こっちには被害がないかなぁ~なんて。心象風景だから術者にはフィードバックがあるみたいですね?」
「バカモノ~~ッ! 大聖杯どころか冬木が吹き飛ぶだろうがっ!」
私はセイバーに胸元を掴まれブンブンと振り回された。吐きそう。
「だから言ったであろう! こやつはお前達雑種の測れる相手ではないと!」
「まさかこんな子供が、こんな特大の宝具の伝承保菌者だなんて思わないわよ!」
「ケ、ケンカはヤメ……よう……な?」
男性が血の海の中で意識を失った。
「シ、シロウ!?」
「ええい! しっかりしろ! 貴様それでも救世主か!」
私とセイバーは顔を見合わせた。なにがなんだかわからない。
「何故だ? 何故、核兵器なんかを?」
「お祖父様が作ったのを取り込んでいました。錬金術の併用で爆縮レンズは直径10センチですよ」
「ニコニコと自慢気に言うなッ!」
「な!? 核分裂でなく核融合で、おまけに放射能は皆無。これほど完全な戦略兵器はどこにもありませんよ?」
「ダメだ……。人類はどこへ行こうとしているのだ……」
チリチリパーマの女が、空間を跳んで私を引っ掴んだ。
「あ、あ、あんたはぁ~~~! わかってんの!? あんたの持つ宝具で神秘が付加され、英霊にもこれだけのダメージがあるッ! つまりあんたは世界の抑止……英霊システムを破壊する存在なの! イリヤ達の聖杯でも厄介だってのに……なんてものを造るのよ、アインツベルンは!?」
完全にセイバーの虚を突いた接触。だけど私は怖さより怒りの方が強かった。
「そんなシステムがこの世にある方がおかしいと思います! 精一杯生きて、頑張って、やっと何かをやり遂げた……そんな人たちが死んでまでこき使われるなんておかしいです! セイバーだって、あなただって、そこの男性も、黄金のあの人も、皆んな皆んな頑張ったんでしょう!? なのに……どうして!? どうして死んでまで他人の思惑で使われなきゃならないんですか!?」
「そ、それは……」
私は泣いていた。あまりにも悲しい。どうして?
「娘、もうよい。それ以上は言うな。それ以上は天に唾する所業ぞ。が、貴様の心はわかった。今は泣けばよい」
私は黄金の人に抱きしめられ泣いていた。やがて泣きつかれた私の耳に不思議な言葉が届いた。全部は覚えていない。漠然と覚えている範囲はきっとごくわずかだろう。
『どうだリン? それでもこの子を?』
『聞かないでよ。どうせあんたは救けるんでしょう?』
『ああ。知っての通りオレはイリヤを救けられなかった過去がある。だからこの子は救けたい』
『あんたは毎回毎回……』
『けど、イリヤの妹だぞ? こんな世界は初めてだ』
『ええ。第六次用の聖杯が稼働している世界もあったけれど、この子はそうじゃないみたいだし。こういうのは初めてね。けど、こういう子には手綱が必要よ?』
『そうだな。……しばらく残るか。王様はどうする?』
『うむ。こやつは我らを解放したかったのであろうな』
『こんな子供なのに『世界』にケンカを売るのね』
『それでもってバランスも取っているみたいだ』
『ほぅ、と言うと?』
『本来の時間軸というか、概ねの第四次のキャスターのマスターがいるだろ? あいつを『世界』と強制契約させていた』
『悪人を人身御供に?』
『そう。つまりここのオレは100パーセント守護者にならない』
『この流れだと災害は起きないだろうしね』
『芽を事前に潰しておるのか』
『ああ、本当の意味でのシステムなんて知らないだろうに』
『やはりな。その娘、どうも魂が我の娘だ』
『へ?』
『ウルクに残した我の娘が転生した姿だと言っとる』
『マジで?』
『うむ。そうとなれば残るのも一興か。貴様はどうする、セイバー?』
『残る方法があるのなら残ろう。どうにもこうにも放っておけん。なによりこの子は私の気持ちを代弁してくれた』
『そうなるよなぁ。あんな風に怒って泣いてくれたんだよな』
『そうか。貴様はそういうアーサー王であったか』
『抜かせ。それはそちらもだろう?』
『フッ……奇異なるものばかりが集うたか』
『だな』
この会話は私の中で29番と31番と47番、そして81番と83番が聞いていた。つまり表層で待機させていた意識だけが聞いていたのだ。
それを私は後で教えてもらっただけだ。今もこの内容をきちんと理解できていない。そもそもピンと来ていないのだ。
そんなことよりも、まずは全員集めての会合であり、永久停止の決を取ることが私の第一義だった。だからそれ以外の諸々は後回しだ。
重要なのは行動力でも判断力でも決断力でも足りないことを知っていること。それはそれらを総合した経営力があるかどうかだ。国家の運営と会社の経営は違うと思う。
でも、求められるのはどちらも経営力だ。だから今やるべきこと、次にやるべきことが見えるし理解できる。
セイバーはああいうけど、あの時の私はどうかしてたと思う。感情に引っ張られる子供そのもので、なんとも情けない限りだ。だから、目覚めてから必死になって御三方とセイバーに謝った。
ラスボスは組んでいた。