その日、マル秘策の要であるブツを得るのに必要な買い出しは、ママたちと29番と私とで行った。これは買ったものを取り込めるのが私しかいないからだ。
なのでセイバーと組んで、83番にトオサカに向かってもらった。これは当主から教会の様子を先に聞く意味が大きい。父は保留としたけれど、私はコトミネ親子は関係ないと見ている。
もちろんこの聖杯戦争に於いては、なんらかの思惑があると思うが、それも友誼あるトオサカに便宜を図る程度だろう。和平に拠る停戦でなく、通常の儀式だったら暗躍もあったとは思うけれど。
いずれにせよ教会としてもこんな代物を『聖杯』とは認めたくないだろうし、もしコトミネ親子がこれのもたらす現象を奇跡と判じているならちょっとアブナイ人だ。
それはさておき、私たち御三家も教会が手を引くことを望んでいる。このことだけはしっかりと親子に伝えないといけない。
私はバイクの後ろにエルが出した別のエルを乗せて、一路ハンドルをトオサカに向けて走っていた。
『お前はエルなのか? それとも83番という別のなにかなのか?』
『エルヴァですよ。表の顔や裏の顔といったものほど極端でなくとも、第三者から見ればあの人にあんな面があったのかと思うことってあるでしょう? そういう側面をフィルターにして分割思考を出力してあるんですよ。後はその思考というか意識にエーテルの肉を付けるだけです』
『なるほどなぁ。それと何人かいる訳だろう? まだ数人としか会っていないが、本体というのか? あっちのエルより落ち着いて感じるな。これは気のせいかも知れんが』
『フフフ……気のせいではありませんよ。これは、言ってみればビジネス用に別のフィルターが掛かるからです』
『ああ、言ってたな。別の場所での仕事を、別々にこなすとかどうとか』
『はい。それと私や89番に97番などが属する81番から100番までは中立を重んじる思考です。ですから賛成意見も反対意見も両方わかるみたいなところがありますから』
『なるほど。それでお前が大人っぽく感じるんだな』
『落ち着いているという意味でなら、反対派の41番、43番、47番、53番、59番なんかも落ち着いていますね。セイバーさんの言うところの本体は、中でも47番をかなり高く評価していますよ』
『その理由は?』
『諫言耳に逆らうと言いますが、タイミングや言い方、あるいはニュアンスで耳が傾く場合があるでしょう?』
『む、確かに』
『それが47番はウマいんですね。元々私たちは分割思考の産物ですが、これはアトラスが行っている並列思考や分割思考とは似て非なるもので、スタート地点が異なるんですよ』
『と言うと?』
『シングルタスクをマルチ化したいから分割思考を生み出したのでなく、複数の身体を同時操作するために生み出されたものなんですよ』
そちらが先なのか。
『元々人は平均7タスクまで同時に考えられると言われています。これが最初の頃のホムンクルスだと多くて3~4タスク程度でした。それが今は専用の思考型ホムンクルスですと181440タスクに達します。これは単一脳髄タイプのデータです。人の形態を取らなくてよいのなら、複数の脳みそを突っ込んでもっと増やすことも可能です』
『な……んだそれ……?』
『呆れるでしょうけど、私どもは魂のアインルベルンです。魂を扱う専門家なんです。だからアハトの家のように魂の物質化を追い求める家もあれば、そのあり方や可能性を探る家も多々ある訳です。これはホムンクルスに入れる魂のトリミングやデコレーションとして結実しています。そしてこの複数脳を一個人で使えるように、エーテルで仮想的に増やせないかも研究されてきたのです』
なんてことを考え出すのだ。が、それが魔術師なのか。
『それとその発想の元となるきっかけがセイバーさん、あなた方英霊の座であった訳です』
『え? あ!』
『気付かれました? つまり座を人の本体と見做し、そこから飛ばされる分霊を分割された思考とできないかと』
『そういうことか』
『はい。それに本物の座より優秀であると断言できますよ』
『ほぅ、それはどういうことだ?』
『座は思考でなくある英雄の人生そのものを取り込みますから、分霊の取り出し方しだいで、若い頃や晩節の頃、血気盛んな頃、熟達した頃と様々なカタチがある訳ですよ。問題はそれらの分霊が新たな経験と記憶を持って座に還った場合です。再統合されたときに、それが本体に大きな影響があるのは想像できますでしょう?』
これはそうかも知れない。私とて岩の剣を抜いたあの頃と今とでは随分違う。まして私という分霊は反転してしまっている。こうなるとますます還るべきでなないという気持ちになる。
『あなたはまだカムランかも知れません。ですがそれも、世界との契約によって時間が止められた限定的な座なんです。あなたという人の分霊はセイバーとして召喚に応じる場合もあれば、まったく別の世界の危機に応じて出向かれる場合もあり、それぞれが異なる経験をしているのです。極端に言えば、第四次の記憶、第五次の記憶それぞれが、異なる分霊が持ち帰った記憶を座で統合された結果なのかも知れません』
『え……?』
『フフ……それを別人とは言って欲しくないでしょう?』
『ああ、そういう意味か。そう言われてみればお前も確かにエルな訳だ』
『はい。それともっと極端に言えば、並行世界で岩の剣を抜いて王となり、死後奉られたアーサー王も複数存在し、その中には男性王もいたと考えるのが自然です。英霊の場合はそこが難しいと思います。女性王なら統合されても少々の齟齬がある程度だと思われますが、もし男性王の記録までを取り込めばどうなるか?』
『どういう意味だ?』
『何年王として統治したかは諸説あるので私にはわかりませんが、12回もの会戦は多すぎです。もし1~2年に1回なら作物の貯蔵も武具の備蓄も間に合いません。最初の数回は耐えられても4回5回と続けば国民が国を棄てますよ。では2~3年に1回? 5~6年に1回? 常識で考えてみて下さい。会戦数か統治期間、どちらかが嘘です。その記憶は伝承によって捻じ曲げられた偽の記憶ですよ』
あ!
『後世で後付けされた話が座に反映されている……』
『そうです。それがこの世界が造り出した英霊システムの怖さなんです。私たちはそれを壊したい訳ではありません。人類にとって必要ならば仕方ありません。ですが悠久の刻を世界に隷属する現象となってしまった英雄はあまりにも哀しい。そこをどうにかできないのかと考えている訳です。そこである英雄物語をでっちあげ、サーバにあげて、都市伝説レベルでなく誰もが知る物語にできないかと実験中です。つまり実在しなくとも信仰さえあれば英霊として祀り上げられることは、ほぼ確実なんです。これを人為的に行えないかという実験です。そうすれば旧来の英霊はお役御免となり、真実の安息を得られるのではないかと』
『それがエルの考えか?』
『はい。私たち全員が賛成している案です』
だからあいつはあんなに……。
セイバーさんがバイクを止めた。先日、本体であるエルがおめかしに使った公衆トイレのある公園前だ。
私は既に彼女から借りているスーツ姿だったけれど、ここでバイク用のパッドやプロテクトウェアを脱ぎ、ヘルメットで押し潰された髪を整えていた。
バラの刺繍が大きく入ったレースのレイヤーがある黒いスカートの上は、ショート丈の1ボタンジャケット。ブラウスはスタンドカラーでフリルとギャザーがたっぷり。
そこに手結びでワインレッドの紐タイだ。これは当主のトキオミ氏を敬して。全体とすればそこまでフォーマルではない。
だけどテーラーメイドのジャケットとオーダーメイドのブラウスだと見る人が見ればわかるだろうし、スカートは専用ではないけれど、替えとしてのセンスが良い。
少し子供っぽく感じるところが私の好みとは異なるけれど、今の私は本体と同じく8歳で出力されているのでこれは仕方ないだろう。パッドなどは借りたリュックに収まるが、ヘルメットはどうしよう。
「エル、アサシンが預かってくれるそうだ」
ひょいと表を見れば、セイバーさんの後ろに女性タイプのアサシンが一人と男性タイプが二人いた。
「でしゃばった真似ですが、このような準備をマスターを含めて殿方は疎いものです。ですからつい声を……」
「いや、その申し出はありがたい。それに声音が善意から来ていると明白だからな」
セイバーさんはやはり王であっただけに、こういう機微がわかるらしい。
「ズバリ聞くが、そちらのマスターはアーチャーを放任か?」
「察して下さい。話が纏まれば呼べと出て行ったままです。ただここに至って、マスターも念話で知らせています」
「どういうアレだろうな?」
演劇でいうところの『デウス・エクス・マキナ』、あるいはそれまで活躍した副将軍を差し置いて高笑いで番組を〆る上様。『ロビン・フッド』の最後に出てきたお祖父様そっくりな俳優さん……あんな感じだろう。
良いとか悪いとか、そういうことを考えても無意味だ。もっと人々が大自然に親しみ、その声や響きを五感で感じ取れていた時代に、神(ガイア)と人(アラヤ)の間に立っていた超越者。
ギルガメッシュとは史実(人の枠内からの視点)や伝承(人のフィルターを通した神の物語)では表せる存在ではない。その圧倒的な存在感を、あの固有結界内の遠く離れた丘から感じた。
『私たち』はセイバーさんを引き連れ、逃げる選択をした。それ以外の答えはあそこになかったのだ。
「どうぞ。マスターも準備が整っているようです」
そうして私たちはトオサカ邸に入った。今回はセイバーさんも一緒で、アサシンの彼女も同席するらしい。
いつもならマアエモ・ママの後ろに乗るところだけど、今回はママの方からルオン・ママの後ろをお願いされた。必然的に29番がマアエモ・ママの後ろだ。
これに関して29番と念話で話してみた。
〈どう思います?〉
〈襲撃か狙撃を警戒してでしょうね。お祖父様のエージェントもママたちの使い魔も先行しているみたいです〉
〈83番は?〉
〈あちらが陽動で、こちらが本命と見破ると踏んでいるんでしょう〉
〈背中から撃たれそう〉
〈今回は本体であるあなたが囮ですよ。ママたちも本気ですね。そもそも感づいていたでしょう?〉
〈盗難予防の礼装が昨日から殺傷能力のあるものに代わりましたからね。帰ろうというのも私を試した部分が少なからずあるでしょう〉
〈ですよね〉
ママたちはとても優秀だ。そして誰よりもアインツベルンなのだ。マアエモ・ママに前世の記憶はない。けれどその魂のあり方は、アルトゥルお兄様やお祖父様に似ている。
『左3時! カーブの頂点! Rに沿って追い撃ちです!』
私も捕捉しているが、先にマアエモ・ママが警告を出した。短く了解と返したルオン・ママはカーブを無視して真っ直ぐ加速した。
そして曲がり代が失くなる一歩手前で車体を信じられないくらい倒した。
タイヤに魔術を掛けているのか、サーキット用のスリック並みにサイドを使っている。あり得ないグリップだ。膝がアスファルトに当たっている。
なのにそこからママは前輪と後輪をスライドさせて、飛来する弾を避けた。シフトダウン以外の制動をほとんど掛けていないので、バイクは道路から飛び出ようとする。
そのアウト-アウトのラインをスライドと、さらなる倒し込みで強引にインへ持って行く。今度は肘まで地面に擦れていた。
そして風の魔術で追い風のトンネルを作り、直線を向いたときはスピードメーターが二目盛りは上がっていたと思う。その予想外の加速で二発目も三発目も弾は後ろに抜けていった。
マアエモ・ママたちも無事だ。私たちの前を先行している。ホッとした瞬間、対向車線にR32のGT-Rが止まっているのが見えた。振り返ると父がトランクの上に小さな枕のようなものを置いてワルサー WA2000を構えていた。
殺さないでと願ったけれど、銃口からはとっくに硝煙が立ち昇っている。その父の怒りを抑えた顔と相手の末路を思い、胸がチクチクした。
それでわかった。私はあの人に……父に、もう人殺しをして欲しくないのだと。どうして嫌なのか。DNA提供者であって現在の自分とは何ら関わりない人なのに。
母や姉はわかる。一族の末端だし同型の意識がある。自然の触覚として、ママたち以上に繋がりがあるのがわかってしまう。だからそれまでの生活や今後の生活が別々であっても、一度意識した繋がりは忘れられないだろう。
だけど父は……。
この後目的地まで襲撃はなかった。シンイチでなく私だけを襲ってきたのなら、聖堂教会でなくユグドミレニアの単独に確定だ。
さて、やって来たのはホームセンターという日本の大型雑貨店だ。ここで必要な調理器具や炭に薪などを買う。この後は市場に行って食材を買い求める。
それでママたちの料理の腕で、あの三人を堕とす。それが引き止め作戦の要だった。この作戦を荒唐無稽に思うのなら分析力が甘い。
英霊も元は人だ。食欲・睡眠欲・性欲、これら人類が古(いにしえ)より抱える本能を、もう少し深く考えて欲しい。
食欲は体内にエネルギーを取り込む行為で、睡眠は疲労回復のためであり、性欲は種の存続のためといった具合で、もっと幅広く奥行きがある。その行為やそこから得られる刺激に快楽だけの問題ではないのだ。
そして彼らは睡眠を必要としない。この点が強みであると同時に弱みとなる。なぜなら、セイバーですら眠ろうと思えば眠れるし、睡眠後はサッパリすると言い切っているのだ。
また彼らの精神は、晩年の老成したものを獲得しているとも言い難い。これはわかるだろう。英雄ほど若死にしているからだ。
となると食欲と性欲は到底抑えることはできない。そこでママたちの腕と、薬師でもあったアインツベルンに伝わる、食材の組み合わせによるドーピングが使える。
当然魔術的見地からも、エーテルの胃と脳をガンガン刺激する料理を出す。それも鍋ごと寄越せとのたうち回るほどの。それが私の策だった。
そのホームセンターのバイク置き場には、色とりどりなバイクが止まっていた。
さすがはバイク王国日本だ。ただしバランス的には、大きなバイクよりモペットやスクーターが多いと感じた。中でも目を引いたのが、ス◯キのフルカウルのモペット(たぶん2スト)、それとヤマハの2ストに、ホ◯ダのレブルやJAZZにマグナ50といったアメリカン・ルックだった。
マグナは大きい。この大きさで本当にモペットなのかと驚いた。後にユーロで出たVT125シャドウと変わらないくらいだ。飛ばすようなものじゃないけど、遅いだろうなと思った。
けれど日本ではこういうアメリカン・ルックが流行っているのだろう。250に400、600にリッターオーバー。先日からやたらドルルドルルとアメリカン・ルックが多い。こういう駐車場ではそうでもないが、道路ではやたら走っている。
ママたちも北米ではこういうのに乗るけれど、ハ◯レーには乗るならビュ◯エルと言い切ってる。私がビラーゴよりSRVに感動した感覚に近いのかな?
そしてマアエモ・ママはフロリダの別荘にCMX450レブルを置いていたし、ルオン・ママはLS650サベージを置いていた。
後年私が883Rを買ったとき、随分とヘンな顔をされたものだ。特にルオン・ママは面と向かって、デスペラードXに乗れとか、イントルーダーLCにしろとかうるさかった。
結局私はトラッカーやアドベンチャーが好きなので、日常の足はTWだったのだけど。だけどそんなことより今はJAZZだ。これは小学生の自分でも乗れそう。
「あれ? このエンジンはそっちの新しいマグナと同じ?」
「ええ、お嬢様。スーパーカブと基本は同じですね」
「おお……」
世界中のどこででも見かける、デュランダルもびっくりな不滅のモペット。私はカブと南米に多いCG125は日本のビートルだと思っている。
そんなことを考えていたら、私と29番の周りにルオン・ママの使い魔が集まった。高位の妖精型で自然の触覚である私たちか、かなりのレベルの魔術師が視覚を操作しないと見えない特殊なタイプだ。
これは一匹一匹に大した能力があるわけではないが、100匹は群がるので防弾や対魔力の効果が高い。それと単独なら、お尻の針で暗殺者を刺し意識を奪うことも可能だ。
ホームセンターで倒れ、搬送先の病院で意識を取り戻すのは1週間後くらい? ともかくそれくらい危ない使い魔なのだ。
そこまで効果的なら冬木に入った当初から使えよという話だけれど、それができない事情がある。それはルオン・ママの半径50m以内に私が入っている必要があるから。強力で高性能なほど距離の制限が大きいものなのだ。
この規模の店舗なら、同じ建物内にいる限りどこであっても大丈夫だと思う。だけど大きくて広い上に階層になった場所だと、途端に私を見失う。
お祖父様の助手時代に造ったらしいけれど、私を電波で捕捉しているのかも。はっきりわからないけど。開けた海とかだったら倍の100mは届くのかな?
「お使いの使い魔は現在電波の届かない場所にある、あるいは起動呪文を唱えていない可能性があります」
私の思考を読んだ29番の独り言だ。賛成派は自己肯定派でもある。特に番号が若い23番と29番はその傾向が顕著で、ポジティブだから好ましい。
そこを買って23番と29番には何度か大人で出力し、自社内諜報活動をしてもらったことがある。それで食品部門の系列会社はしっかり調べるのに、出向で本部に来ればボロを出す。
何度か私直属の部下が彼女は怪しいって助言してきたくらいだ。かと言って非難はできない。だって、そのエーテルを纏って労組を調べるべく自社工場の面接を3回も落ちたのが私だ。
面接官に何がいけなかったのか尋ねたことがある。そうすると理想的過ぎると返した人がいた。彼がその労組のボスだったわけだけど、結構考えさせられた体験だ。
それはさておき、彼女は姉さん役なので店内では私の手をずっと握っていた。なので私はママたちから離れなかった。二人が選んだお鍋やフライパンを、カートに次々と入れていくのを見るのが楽しかったから。
お買い物が終わればカートの中身を大きな袋に入れ、お店を出る瞬間に取り込んだ。これで手ぶらでバイクに乗れる。次は食材の買い出しだ。
思った通りトオサカとコトミネ・リセイ神父は繋がっていた。だけど聖杯の汚染に気付いたトオサカは、根源への未練があってもやはりセカンド・オーナーだった。
悩みながらも早い時期からリセイ神父に停戦に向けて動くと声明を出し、実際そのように動いていた。
そしてギルガメッシュという太古の英霊は、召喚後にトオサカの話を静かに聞くと『まずは動いてみよ』と残して出て行ったきりなのだそうだ。
「協力は仰げなかったのですか?」
「いえ。最後に出てやろうとは、まずは私がどこまでできるかを見計らう必要からだと思われます。私とて考えました。間桐慎一君が手伝ってくれるとは言え、彼はまだ10歳の4年生です。いくら天才でも限度はありましょう。まぁ、そちらのことを知ればもっと驚いた次第ですが……。ともあれ最大の懸念はそちらの存在だったのです」
「それゆえの強力な英霊ですか?」
「はい。どうかご気分を害さないで頂きたい。情報なき間は取れる手段も限られます」
「その通りですね」
「ご理解感謝致します。それでです。出ていってしまったことを再度考えたのです。『聖杯は得られませんが、どうかお力を貸して下さい』。こんなことを話せば普通は殺されます。ですがあの方は、『まずは動いてみよ』と。なじられることも叱責を受けることもありませんでした」
「それで最初に声を掛けたのが教会だったと?」
「ええ。監督者にスジを通すべきだと考えました。その上で一つ一つの陣営と対話し、停戦から和議へと。ところがあなたは私より先に動いていた。もしかしてですが、私は私に過ぎた英霊を喚んでしまったのかも知れません」
トオサカはかなりアーチャーへの信頼が高い。はたから見れば勝手気ままな困ったサーヴァントだが、人を納得させるそれだけのものは確かにあった。
なんとなくそこから襲われた理由が掴めてきた。あのアーチャーは先を読むチカラ、全体の流れを大きく俯瞰できるチカラがある。だから途中でこちらをある程度知って消極的になっていた……そんなところだろう。
なのに行動をともにするキャスターが折れなかった。あんな素直な子でも、大人になって魔法を得れば、あんな風に頭の固い人になるのだろうか?
いや、そもそもアーチャーとキャスターはもっと以前からの知り合いのようだった。そしてアーチャーはシロウという男性を救世主と呼んでいた。
きっとどこかの世界で起こった災害かなにかを防いだのかも。そこで知り合った可能性が高い。
それにアーチャーだけではない。アサシンにも聖杯に懸ける願いがあったはずだ。なのに反発する気配はない。こういったところにアーチャーは動いていそうな気がする。
「それとご懸念の問題ですが。確かに私どもは魔術師で璃正さんは聖堂教会です。それでも、いえ……だからこそ、あの人ならば管理下に置ける今の状況か、解体を望みますよ」
「あちらの教義からは異端であれど、その奇跡は見過ごせないと?」
「はい、それが聖堂教会です。ですがその奇跡は多大な危険を伴うことがわかってしまった。私がセカンド・オーナーを棄てきれないように、璃正さんも聖職者であることを棄てられない。ですから胸の内では、こたびの停戦からの大聖杯解体までの道筋を喜ばれるでしょう。これは綺礼君も同じです。私とて愛弟子の慎一君が襲われた訳ですから、少々頭に来ています。ですが、あちらも組織。一枚岩とはいかんのでしょう」
「仰る通りですね」
予測通りの答えだが、読み誤りや甘さも感じない。やはりコトミネ親子はシロだ。新都まで出向いて面会しても、答えに窮するのは目に見えている。となると教会側を本部から突くしかないなぁ。
この辺りは本体を含めた私たち全員の予測通りだ。それがわかっていたからあちらと別行動なんだし。私とセイバーさんは当主と挨拶を交わし、トオサカ邸を辞した。公園まで戻り、バイクや荷物をアサシンから受け取った。
「この後はどうされるのですか?」
女性型アサシンからの質問だった。
「今は授業中だから無理なのかな? 少しシンイチと会って話したいですね」
「ではご案内します」
そうして私たちは、アサシン数人の先導でシンイチの通うガクエンに向かった。
霊体化したアサシンがシンイチに声を掛けてくれたらしく、ほどなく彼は待機していた場所に現れた。正確にいうと私たちが待っていたのはガクエンに隣接している空き地だ。
ここだと誰にも見られず金網越しにシンイチと話せる。面白い場所を知っているものだ。この間の通訳はセイバーだ。アサシンも、多少はドイツ語がわかるらしいが難しいという。
これは召喚者の主言語に影響されているからだ。大聖杯はサーヴァントに様々な知識を与えるが、中でも重要なのは言語だ。この機能がなければ私たちは古(いにしえ)の英霊と会話ができない。
そこでサーヴァントには現代の言葉が話せる能力が付与される。ある意味、令呪よりすごい機能なのだ。ただこの知識、マスターとのコミュニケーションを優先しているので、どうしても他国のマスターとの会話に不便な場合がある。
まぁ、それがアインツベルンの罠なんだけど。そこで御三家の特権として、御三家のサーヴァントはマスターの母国語と英語の会話能力が付与される。ドイツ語が少しわかるというのは、トオサカの呪文がドイツ語だからだ。
あの家の第二言語は英語とドイツ語なのだ。それでも詠唱用のフレーズなので、サーヴァントに恩恵を与えるまでは行かない。
ところがセイバーは特殊なサーヴァントなので、前回、前々回の知識がある上に父がマスターだ。なのでドイツ語や英語と同じくらい日本語がペラペラだった。
だけど今回は、私が日本語をまったく理解していない。ここもあってセイバーと行動をともにしている部分もある。私はポケ~ッと黒い半ズボン姿の美少年に見惚れていた。
長髪を後ろでまとめていて、スタンドカラーの茶色い上着を着ている。そのキュッと締まった襟元が、ストイックな雰囲気を出していた。
と同時に、どこか拘束具のようにも見える。彼に対して嗜虐心なんてないけれど、なにか怪しい気分が起きてくる。そうか……私、彼が男の子の格好をしているのを初めて見たんだ。
これまでは髪をおろしていて、女の子の服装だった。毎回スカート姿だったのだ。そこから来る錯覚だ。男装した女の子と、どこかで思ってしまっているからヘンな気分になるんだ。
『さすがにこういう場ですと、女の子の格好とはいきませんね?』
「今日は男子の服装か?」
「普段の生活は男子ですよ。でないとさすがに。それと今は休み時間なので、5分ほどしかありません」
「十分だ。詳しくは後でトオサカから聞いてくれればいい。取り敢えずコトミネ親子の嫌疑は晴れたと言っていいだろう。この後は教会を直接突く。だが、襲撃の可能性は高い。十分に注意して欲しい。それで明日の夜6時から全員を集めての会議を行う。他陣営への声掛けは使い魔でも送ったが、トオサカも送っている。後少しだ。気を抜かず頑張れ」
「わかりました。ありがとうございます」
「ではな」
「いえ。その子に伝えて下さい。リンちゃんの友人たちの記憶も改変してくれていたみたいで。あの場にリンちゃんもサクラちゃんもいなかったことになっています。本当にありがとう、と」
「わかった」
それをセイバーから聞いて少し照れてしまった。アサシンとも別れ、バイクを走らせつつセイバーが訊いてきた。
『シンイチみたいなのが好みか?』
『わかりません。けれど気になります』
『そうか』
そして私たちは森に向かって走った。森の入口でママたちと本体に29番が待っていた。操縦係がバイクを乗り換える。私たちも組み合わせを替えず後ろに乗った。
いよいよ館だ。そう勢い込んでセローで走り出せば、森に入ってすぐに異変に気付いた。飛び降りた本体が手近な樹に手を触れ、森の記憶を読んでいた。
29番も地面に手を触れ、霊脈を読んでいる。だから私は樹々を渡る風を読んでみた。
「結界を書き換えたんじゃないみたい」
「うん。異界と繋いだ?」
「異界というか……」
植生もなにも変わっていない。樹々も苔も傘の上に白い網をかぶったキノコも全部同じ。だというのに森は生き生きしていた。生命にあふれているのだ。
「お嬢様! あれ!」
マアエモ・ママが本体に声をかけ上空を指差した。はるか上空を前腕のない異形が群れをなして飛んでいる。あれは幻なのか……?
「ワイバーンか。あの飛び方は……」
セイバーさんのつぶやきに応じるようにして、辺りが急激に暗くなった。思わずもう一度上空を見上げれば、ワイバーンの10倍はありそうな大きなドラゴンが群れを追っていた。
群れの最後尾にいたワイバーンがドラゴンの脚に捕まり、前肢で引き裂かれ、胃袋に収まっていく。
食い散らかしたナニかが、冬が近づき水分の抜けた枝をなぎ倒していった。とたん、辺りに血生臭い異臭が広がった。
「キャスターの仕業か。ブリテンに繋げたようだな」
セイバーさんの言葉に全員が彼女を見た。
「視力を強化してみろ。30、40……いや、50騎はいるか?」
ワイバーンの数ではない。私たちの周囲に突如人の気配が湧いたのだ。やがて、歩兵の下級騎士たちがわらわらとセイバーに近づいてきた。
「幻覚の類ではないようだな?」
振り向いたセイバーが確認をとった。当然私たちは首を横に振った。あれは本物だ。本物の人間だ。
「王!」
「王、その御姿はいかがなされた?」
「私の姿はよい。貴公らは誰の配下だ?」
「我らはサー・ガウェインの手の者です。卿より王をお護りせよと命を受け王の下へ」
セイバーさんは少し目を瞑ってからそうかとうなずき、騎士たちをねぎらった。
『カムランだ。この先にはカムランがあり、モードレッドが待ち受けている』
セイバーさんの念話で皆んながギョッとした。そういう時間軸と繋がっているの?
「セイバー! 乗る必要はありません! まずはお嬢様を優先して下さい!」
「そうです! 彼ら騎士が時空を捻じ曲げられ、ここに現れた本物だとしても! キャスターの真意は私どもからバイクを奪うことにあります!」
ママたちの見解は正しい。たとえ本物で戦力になると言っても、これ以上の足かせはない。セイバーの心情に訴えかけるキャスターの意趣返しはお見事だ。
「貴公らは徒士(かち)でよい! 我らが先行するゆえ、着いてまいれ!」
オーッと高らかに返事をした騎士たちだが、いざバイクが走り出すと、一人二人と脱落していった。あんな重鎧で名人級のバイクに追いつくのは無理だ。
その前になんだあれはと、声をあげる騎士もいた。マーリン殿の新兵器かとつぶやく者もいた。
もし、この時空がカムランの丘と通じているのなら……マーリンはいない。幽閉されているのだ。私はこの挑戦状を受けると決めた。
それより先に本体が決意を固めていて、ルオン・ママのセローが先行した。彼女に着いていけば、森が突然開けて捻じくれたような丘が目の前にあった。
辺り一面が血なまぐさい。目の前には累々と並ぶ騎士たちのむくろ。
「王だ!」
「ああ……アーサー!」
肩から血を流している。太ももからも血が流れている。手首から先がない。目が飛び出ている。腸が垂れている。そんな瀕死の者までもが、キング・アーサーを待っていた。
「者ども~~~ッ! 反逆者は私が成敗するッ! しかし聞けッ! 反逆者の名はモードレッド、なれどかの騎士は我が姉であり、かの者の母でもある妖女モルガン・ル・フェイによって歪められた悲しき我が息子であるッ! ならばこそ! 父自らが哀れな息子を断罪するッ! 貴公らは手を出さず、しばし休息されよ!」
バイクを降りたママたちがケガ人の治療にあたっている。29番もそれを手伝っていた。
私は……。
「来なさい!」
本体と一緒にセイバーさんの後ろに乗った。バイクがカムランの丘を駆け上がる。
丘の上に最果てにて輝く塔とも言われる『聖槍・ロンゴミニアド』を構える青いセイバーさんと、兜が外れ『泣きそうな顔になっている』重鎧の騎士がいた。
その顔はセイバーさんと瓜二つで、手にはキャメロットの武器庫から盗んだとされる『燦然と輝く王剣(クラレント)』を握っていた。
「往け! セイバー!」
「おうッ!」
本体がセイバーさんを跳ばした。しかもエーテルで二人にしている。
アーサー王とモードレッドは腕の筋を斬られ、それぞれの武器を落とした。さらにセイバーさんはモードレッドに頭突きを入れた!?
「来いッ! モードレッド! あなたは血を分けた我が息子だ。間違っているなら親として糺させてもらおう!」
「な!? ち、父上が三人!?」
「父はこちらにも居るぞッ!」
後ろから四人目のセイバーさんが現れ、モードレッドの肩を掴むや思いっきり殴リ跳ばした!
フラフラと起き上がろうとするモードレッドを足払いで倒し、再び起き上がる瞬間に顎を横合いから蹴って脳震盪を起こさせた。次に顔面へキックだ。
四人が五人になり、五人が六人となり、モードレッドをとにかくいたぶるいたぶる。
「あなた方は一体!? 私なのか?」
「息子一人躾けられん腑抜けは引っ込め!」
アーサー王も殴られた!?
「立て! モードレッド! 誰よりも王国を纏める自信があると言ったな? ならばこの反乱はなんだ!? これこそが他国の侵入を招き、民を疲弊させる愚策とわかっていよう!」
「馬鹿者が! 父の幻影を追わず、自らの意志で立たんか!」
「あなたに王気がないのは政策を立てぬからだ! 玉座に相応しいとアピールするなら、騎士たちの統制力を見せろ! 農業や工業の政策を語れ!」
「王の血を引くから資格がある? バカを言うな! 挙句の果てに反乱を起こして国を崩壊に導くとは!」
「己の子供じみたバカさ加減を知らしめたいのか?! 馬鹿者が!」
「疲弊したブリテンの跡継ぎには、口先だけの能無しには無理だ! 侵略者のあまりの多さに民は暴力に怯え、税に泣き、苦しみぬいている! それをわかり、きちんとした案を出し、政治に軍事に邁進できる王が必要なのが今という時代だ!」
凄い。正論の嵐だ。モードレッドはとうとう泣き出した。
「ぅ、ウグッ……ヒック……オレは……オレは……。オレは父上に認めてもらいたかった! 無視されるくらいなら憎まれたかった!」
「民を疲弊させてもかッ!?」
「そ、それは……」
「後先考えなしのアホが!」
「もう百発くらい殴られとけ!」
フルボッコだった。そしてどのセイバーさんかはわからないが、誰かがアーサー王の胸ぐらを掴んだ。
「馬鹿者が! こやつは見た目こそ成人だが、中身は10歳に満たぬ子供なのだぞ? なぜそばに置いて躾けんのだ?」
キョトンとするアーサー王。
「アホだな? モードレッドが登城したのはいつだ? モルガンに騙され精子を抜かれたのはいつだ? 複製人間だ、人造物だと嫌う前に話を聞いてやらんか! 戯けが!」
「ブリテンに一番足らんのは人材だ。鍛えれば、モードレッドなら十全な右腕となるであろうに!」
「かくなる上はコヤツを他国で鍛えるしかあるまい。あまりにも残した傷跡が大きすぎる。モードレッド、10年ほど他国で修行しろ。そしてその国の方法や経済を学べ。そしてそれを持ち帰り、一兵卒からやり直せ。いいな?」
「は、はい!」
目の周りに青あざが浮かんでいるアーサー王はハッとしていた。これが王の采配ではないか。
「たぶん、この時空はしばらく繋がっていよう。我々が元の時空に帰るまでは知恵を貸してやる。だから今はのんびり傷を癒やしつつ語り合え」
アーサー王は大きくうなずいた。セイバーさんは、自分ではないけれど、どこかの自分を救えたのだ。本体も私も目を丸くした。この人はどこか違う。
「歴史の修正があるのなら世界と闘うぞ、エル。良いな?」
私と本体は大きくうなずいた。
Q、セイバーやエルたちは王国を救済するの?
A、そこまで話を広げるかこじんまり纏めるか、いっそサーヴァント全員でブリテンに行かせて活躍させるのか。秋の仕事が一段落つけば考えます。
もともとのプロットは聖杯問答に騎士王二人とモードレッド+αでした。それも館で。
現段階ではキャメロットで問答させようと考えています。