バイクを取り込みつつ小高い丘から下を見下ろせば、そこかしこに屍が横たわっている。
これがモードレッドの罪だというなら確かにその通りだ。だけど同時にそれはアーサーの罪でもある。子供の私は親に見向きもされないモードレッドの気持ちがよくわかった。
「期待するから辛くなるのに。最初からいないと思っていれば」
私の独り言をセイバーが訳してしまった。
「どういうことでぇ?」
「単なる遺伝子提供者でしょう? 一緒に暮らせないなら、家族ではありません。どうでもいい赤の他人です」
真っ直ぐ目を見てそう言ったら、モードレッドは私の頭に手を置いてこんなことを言った。
「似たような境遇か……。お前みたいなチビに言われると悲しくなるな」
追いついた騎士たちやキズの浅い騎士たちが、遺体を一箇所に集めている。とても埋葬できるような人数ではないので、ママたちが魔術で一気に火葬するのだ。指揮を執っているのはアーサー王から指示を受けた別の騎士だった。
それを見守る王の横に白い騎士も黒い騎士もいない。このカムランの戦いの前にガウェイン卿はランスロット卿との対決で死んでいるし、そのランスロット卿は出奔したままだった。
ガウェイン卿から使命を受けたという騎士たちも、実のところは家人から聞かされた遺言に従って動いていただけで、勅命を聞いていたわけではない。
その忠誠心と使命感があるなら、人材が枯渇したともいい難い。前途は多難だし、今後頑張っても国が保つ保証もない。けれど……。
「海を渡ろうと思う」
「フランスに?」
「フランス?」
「あ。ガリアです」
「ああ、そこだ。そこから先も行きたいな」
そんなことを話すケンの取れた顔のモードレッドに、一人に戻ったセイバーが話しかけた。
「そうだ。そうやって広い世界を見てくるがいい。そして戻った時は王を助けて新しいブリテンを作れ」
「……ああ。だけど、どういう奇跡であんたらは?」
「魔法使いの罠というか謎掛けなんだろう。ブリテンの滅びを食い止めてみせろと」
「父上と言っていいのかどうかわかんねぇけど……そっちの父上のブリテンは?」
「滅んだ。私と息子は相打ちだった。それで絶命した息子を丘に置き去りにして、あの下に見える林……あの樹の下で永久の眠りについた」
「え!? じゃぁ、もう死んでんのか?」
「いや。眠りにつく前のいっときの夢を今だに見ているのか……」
首をひねるモードレッドに英霊という現象を教えてあげた。そして私の魔術も少しだけ。もちろん宝具については話さない。だから注意を反らすために、モードレッドに認識阻害の魔術を掛けたことを話した。
ただ通訳はセイバーだ。実は私、ここに来てからの騎士の言葉やアーサー王の言葉が全然わからなかった。現代英語っぽい部分もあるけれど、単語がまったく違う。
古い英語とはまったく違うらしく、今のブリソン諸語であるウェールズ語やコーンウォール語とも微妙に違うらしい。もしセイバーがいなかったらコミュニケーションは不可能に近い。
「これであなたは行方不明です。王国の騎士に追われることもありません」
「これであいつも、モードレッドは死んだと発表しやすい。だからモードレッドよ、死ぬ気で生きろ」
死ぬ気で生きろとは変な言葉だけれど、意味は伝わったようだ。
いつ元の世界に戻れるのか謎だけど、たぶん最初に通った林を抜けない限りきっとこのままだろう。あの林が、アインツベルンの森との境界だと思う。だからそこに行けば元に戻れる。なぜかそんな風に思った。
そしてキャスターは今回、セイバーを試しているのだ。その真意は不明だけれど、その未知の課題をクリアすればこの試験は終わりだろう。
となれば当面はここで暮らす以外にない。王に付いてキャメロットに行ってもいいのだけれど、モードレッドのこともあるので私たちは別の場所を探すことにした。
「ああ……。母上の知ってそうな場所はマズいだろうし……どうしたもんだろうな……」
「モードレッド。ケイ卿の家の近くに空き家屋がある」
「え? ああ、前の家だっけ?」
「そうだ。新しく家を建てたは良いが、壊すには惜しいので倉庫代わりに残してあったと聞いている。あそこを借りよう。それにケイ卿の家なら見回りの者も来んだろう」
「そうだな」
ケイ卿はアーサー王の養父であるエクトル卿の息子で、義理の兄にあたる。悲しいかな、彼もこのカムランの戦いで戦死しているのが通説だ。
「ケイ卿は生きているようだ」
「え?」
「他にも円卓の半数以上が生きているのをこの目で確認した。怪我人も多いが、これならまだイケるかも知れん」
セイバーがこっそり教えてくれた。今ここには私とセイバーにママたちの四人、それとモードレッドがいる。強いて言うならモードレッドの目だと29番と83番も実在していることになるのだろう。
私は彼女たちを元の世界に戻るまで外に出しておくことにした。だって少しでも人手があったほうが良いと思うから。いつ帰れるかわからないけど、セイバーはある程度道筋をつけたいはずだ。
それにこれは私のカンだけど、ここでの時間は元の世界で加算されない気がした。これがキャスターの宝具なのかどうだか知らないけれど、あちらは私たちにここで何かをさせたいようだ。
夜になってもケイ卿は戻らなかった。けれど少し離れたところにある母屋には家人の気配があった。なので魔術を使ってこちらの小屋と周囲に結界を張った。
中は倉庫というだけあって、農機具があちこちに転がっていた。それらを一箇所に固めて、空いたスペースを掃除して、マットと寝袋を出した。
面白いのはそれなりのキッチンがあるところだ。
「ケイ卿は司厨長だからな。昔から料理は得意だったし、ここでも色々研究していたんだろう」
身内だからこその毒見役なだけでなく、料理も子どもの頃から得意だったらしい。セイバーが言うには、弁舌も立つが手先も器用で麦粥やスープをよく作ってくれたとか。
「エルの時代と比べてしまえばどうしようもないが、ケイ卿の腕はありがたかった」
そうなんだ?
小屋の外に井戸があり、水はそこで確保できる。問題はトイレとお風呂だけど、トイレは井戸から離れたところに溝を掘って、そこで用を足すらしい。
ティッシュとトイレットペーパーを取り込んでいたのは正解だった。
「お風呂は?」
「この時代にそんなものがあるか。真冬でも水をかぶって身体を拭くんだ。だから瞬時にお湯にできる魔術がありがたかったんだよ」
「セイバーのお風呂好きって、その反動?」
「それもあるのかな? けど現代の風呂に初めて入ったのは第五次だ。その前の第四次では入らなかった」
そこの父とはそうとう険悪な仲だったのかな?
モードレッドとママたちが桶で水を運んでいた。
「お前ェはメイガスなんだろ? これ、お湯にできるか?」
「はい」
「じゃ、後で頼む。オレは焚き木を拾ってくるから」
そう言い残して、出て行っちゃった。
「焚き木拾いはトイレの隠語でもあるんだよ。これで明日までのトイレは大丈夫だ」
そうなんだ? なんてサヴァイヴァルなんだろう。エーテル体の二人はトイレに行かなくても大丈夫だけど、私やママたちが困るもんなぁ。
「お嬢様、アレをお出し頂けますか? 軽く整備をしておきたいので」
マアエモ・ママのいうアレとは、ホ◯ダのCRM250Rやス◯キのRMX250Sといった2ストのオフロードのことだ。
偵察ならセローでいいけれど、緊急脱出だと2ストのほうが速い。なのでこれはいつも持ち歩いていた。私用のQR50やPW80なんかも、ウェアーとともに入れてあった。
出し忘れと言うか、森で乗れたらなと思ったから入れてきちゃった。なおQR50はホ◯ダで、PW80はヤ◯ハの子供向けモトクロッサーだ。
私はこれでバイクを覚えた。操縦も分解整備も修理もだ。オートマのQR50は2回オーバーホールしている。
PW80の他にPW50というのも持っているけれど、あちらは今、注文したベアリング待ちで、納屋の机の上で腰下から割ったままだ。
この手のキッズ・モトクロッサーは、体重が軽くて身長も低い今しか乗れない。つまり私以外誰も乗れないのだ。だからYZ50やYZ80に乗れるくらい背が伸びるまで、しっかり乗ってあげたいと思う。
競技用に準じたレジャーバイクなので、保安部品も灯火類もない。だけどこの時代だと違反にならない。とは言っても、持って来ているガソリンはそこまで多くない。なので無駄に使えない。本当に緊急用だ。
何より食材は大量に確保してあるから、どこかへ調達に出る必要もないしね。
夕方、ママたちは上空に使い魔を飛ばして、地理を把握していた。
「明日、隠形しながらキャメロットへ参りましょう。そこで王と今後のことを話しましょう」
「明日は難しいぞ? あの者は戦後処理に、まず諸侯との会議があるだろうからな。それならば何者かに幽閉されているマーリンを探そう。今こそあの者のチカラが必要だ」
ああ、アーサー王の魔術師か。それが正解かも。けれど場所は?
「だいたいの目星は付けてある」
現代で言うドーセットの森の中らしい。それならセローで十分行って帰ってこれる。2スト250の整備が終わり、セローの整備に掛かる頃、モードレッドが帰って来た。
「な、なんだこれ!?」
ああ、モードレッドはアーサー王との一騎打ちに夢中で、バイクを見てなかったんだ。
「バイクだ」
「バイク?」
「言ってみれば、機械で動く鉄の馬だ」
セイバーがセルを回して、小屋の周りを軽く走らせた。
「うぉおおお! この機械って、全部自分で走らせるのか?! 魔力で動くのか?」
「いや、ガソリンと……すまぬ。今の時代にはなかったな」
「そっか。1500年後とか言っていたもんな。凄ぇな……乗りてぇ」
「明日、これに乗ってマーリンを探しに行く。モードレッド、操縦の仕方を教えてやるから着いて来い」
「お、教えてくれんのか?! なら、行くぜ!」
そこからぶっつけ本番は可哀想だからと、セイバーが親身に教えていた。
その間にママたちは、モードレッドの運んできた焚き木でカマドに火を熾した。お湯は魔術で沸かせるが、スープやシチューはじっくりコトコト煮込まないと味が落ちるので魔術を使わない。そこがママたちのこだわりだった。
だけど匂いがソイソースっぽい。なんだろう?
「まだまだだが、飲み込みはいい。これなら明日は一人で操縦できるだろう」
「ああ、ありがとな」
練習を終えたセイバーたちだけど、不思議だ。モードレッドはアーサー王には逆らっても、相手がセイバーなら随分素直だ。そういうものかも知れない。
晩ごはんが始まった。
「スキヤキ!?」
「ええ。お嬢様、お気に入りでしたでしょう? タマゴはこちらのタマゴ液をお使い下さい」
生タマゴに抵抗のある私のために、マアエモ・ママは黄身だけのタマゴ液を用意していた。余った白身はオーブンで、ルオン・ママがフィナンシェにしていた。
この家のカマドには、原始的だけどオーブンも付いているのが驚きだ。もしかしたらこんな時代にもニシンのパイがあったりして。でもローマにはパン焼き用のオーブンがあったそうだし、そういう知識が流れてきたのかも。
「うめぇ! なんだコレ!?」
「食用専門に育てられた特別な牛の肉だ。タジマ牛というそうだ。そのご飯と合うだろう?」
「ああ。ライスっていうのか? この穀物もウマいな」
「それも徹底的にウマくなるよう品種改良されている。こんなのを当たり前に食べているんだ、1500年後の人々は。どうだ? 争うのが虚しくならないか?」
「……ああ。こういうのを学んで行かないとな。民にウマいメシを食わせてやりたいよ」
「よく言った。それが王の心だ」
モードレッドはフォークでスキヤキを突き、スプーンでゴハンを食べていた。もう三杯目だ。
マアエモ・ママは家事・炊事が得意で、中でもお料理と裁縫は抜群に上手い。対するルオン・ママも一通りできるのだけど、マアエモ・ママほどではない。
ただ、お菓子作りとバイクに関してはマアエモ・ママ以上だ。そして二人は楽器も得意でピアノにギター、クラリネットなどが演奏できた。これはお祖父様が鋳造したホムンクルスの特徴だったりする。
音楽好きのお祖父様はメイドにも音楽を楽しんで欲しいと、そういう知識を最初から植え込んでいた。だから私も物心がつく前から音楽が好きだったし、ギターやピアノをお祖父様やママたちから習っていた。
食事が終わりお茶とフィナンシェを頂いている間、ママたちは洗い物をしつつ歌を歌っていた。だから洗い物が終わると、ギターを出してあげた。
スペインで買った安物だけど、工房独立前のお弟子さんが作ったものらしく、価格以上の出来栄えのフラメンコギターだ。私の練習用ではないけれど、こういう外に持ち出すのに使っている。
DADGAD(オープンDsas4)にチューニングを合わせ終えたマアエモ・ママが、ライトハンドのタッピングを交えてコードをかき鳴らし、そこに手拍子しながらルオン・ママがオリジナルの詩を歌に乗せていく。
とてもケルトっぽいメロディーで、召喚陣から現代に現れた騎士の、戸惑いや面白おかしい勘違いなどの物語が詩となっている。これ、最近作ったな?
けれどモデルはセイバーと言うよりバーサーカーやランサーっぽい。もちろんママたちの現代英語はモードレッドに通じない。だけど真剣に耳を傾け楽しんでいた。
ここでツェッペリンのカシミールなどを弾けばベタだけど、マアエモ・ママとルオン・ママは自分たちの空間拡張と重力軽減魔術を使っているリュックから、12弦のアコースティックギターを取り出し、The Geese and The Ghostというのを弾き始めた。
昔、ジェネシスにいたギタリストのアンソニー・フィリップスがソロで出した、77年のアルバムだ。それを2ギター・バージョンにアレンジしてある。
とても叙情的で、こんなアーサー王の時代にピッタリな響きがあるインストロメンタルだった。
「いやぁ、ウメェもんだ。なんだかジーンと来るぜ」
「私も二人がここまで長けているとは知らなかったな。驚いたよ」
「ママたちなら宮廷音楽家になれますか?」
「こんな戦乱の世でなく、もっと後の時代なら確実だ。料理の腕も申し分なしだが、こういう食材も調味料も現在のブリテンにはない。マアエモもルオンもあの時代だから才能が活かされる。結局人は生まれ育った時代が一番なのだろう」
これは全員が納得だった。マアエモ・ママがギターを持ち替え12弦のルオン・ママと、今度はピーター・フランプトンのShow Me The Wayをアコースティック・バージョンで演った。
私が産まれる何十年も前に一世を風靡した、超絶イケメンギタリストだ。次の曲は私がギターを弾きながら歌う。曲はBaby, I Love Your Wayだ。
この曲もフランプトンで、簡単なコードをわりあいハイネックで弾くので私でも弾けてしまう、覚えやすい良い曲だ。オークランドのライブの映像が残っているが、演奏は粗いが観客と一体になるあの映像は好きだ。
お祖父様からその映像を観せられた私は、レーナード・スキナードのFree Birdにもノックアウトされた。ボトルネックのSGが奏でる鳥のさえずりが、最後は怒涛のトリプルギターになる。
幻のアーム付きエクスプローラーも凄いが、あのレイラを逆さまにしたような曲構成が本当に良い。私はそこから南部の泥臭いサザンロックにハマっていったのだ。
だけどお祖父様にねだらず自分で買った最初のエレクトリック・ギターは、P-90×2のSGスペシャルだった(日本のグレコのコピーモデル)。ピート・タウンゼントが好きだったからね。
アンプもマーシャルとハイワットをスタックして使っていた。500ユーロのコピーギターでも、アンプにお金をかければそれっぽい音になる。決め手はアンプだとそれで学んだ。
『この小鳥は変わらない。この小鳥は生き方を変えられない。大いなる人よ、世界の人よ、大人たちよ、私は変えられない。だからこの小鳥を自由にしておいて』
なんとなく自分とモードレッドは似ているなと思った。
この77年の前年、76年のアトランタ・ライブを収録した『ワン・モア・フロム・ザ・ロード』は、フーの『ライヴ・アット・リーズ』、オールマン・ブラザーズ・バンドの『フィルモア・イースト・ライヴ』、ツェッペリンの『永遠の詩』と並ぶ70年代を代表するブルース色の濃いライブアルバムの名盤だ。
ジミ・ヘンドリックスの『バンド・オブ・ジプシーズ』をあげる人もいるだろうけど、私は断然ワイト島だな。CDだとカットされているラジオの混線がLPだときっかり入っている、あのFoxey Ladyがカッコいい。
そして同じワイト島のザ・フー。See Me Feel Meは最高だ。一人の少年が人でありながら自然の触覚へと至る歌だ。祀り上げられた偽物の神ではない。自分を感じ、自分を取り戻したとき、彼は大自然の息吹と一体となった。
空気を震わせる音でなく、自身の血が奏でるビートや、生命を刻む鼓動がシンクロする現象。その大自然から発するものを指して『響』というのだけれど、魔術師でもないのにときどきこれを感じられる人がいる。
特に生き急いだミュージシャンに多いと思うのは気のせいではないだろう。だってあれは『帰ってこい』としか言わないから。それを振り切るには白いツナギを着て、コードをかき鳴らすしかない。
決してツーバスで左右2発ずつのサイドタムとスネアだけでリズムを刻んではいけない。ギターもギター以上を望んではいけない。オーケストレーションを求めるのは良いけれど、ギターを超えるなにかを求めると寿命が縮むのだ。
私たち『響』を感じ取れる者は『異星の客』だ。自分だけではない。自分以外の自分を取り巻くすべてのものを知り、ウマく立ち回らないと。それは血を分けた親も姉妹も含まれる。そう思わない? モードレッド?
「凄ぇな。こんな子供でも演奏できるんだな」
「そうやって誰しもが平和で自由に生きていける時代が、この子たちの時代だ。私たちの願いは何世紀も後に届いているのだ」
「ああ……。そういうことだよな」
そうして夜は更けていった。
翌朝、身支度を終えた私たちはバイクに跨り出発した。マアエモ・ママの後ろに29番、ルオン・ママの後ろには83番、セイバーの後ろにモードレッド。これは途中で代わるそうだ。
そして私はホ◯ダのモンキーbajaだ。マアエモ・ママはリュックにこんなのまで入れていた。2ストだからどうしようと思っていたので助かった。4ストのこれならそう燃料を消費しない。
それに新車だ。自分で乗るために買っていたんだろうなぁ。壊さないようにしないと。
戦のせいで人々は静かだ。朝もやの中を走る私たちを見咎める者は誰もいなかった。
キャメロット城から南へ80Kmほど下ったところにドーセットの森がある。ドイツの黒い森は自然の森へ植林を繰り返し、広葉樹の自然の森が人為的な針葉樹の森へ変化したものだ。
ところが冬木の森はアインツベルンの調整こそあれ、大昔の森がそのまま残っている。それと同じくドーセットの森も、道路こそ増えたが昔のまま残っている。
伝説のシャーウッドの森が、炭田採鉱でどんどんと小さくなったのとは対象的だ。だけどそこから製鉄用の炭や鉛筆の芯が生まれたのだから、英国人は何も言えないだろう。
すべては等価交換だからだ。そして近づくドーセットの森は、樹々の間隔こそ林っぽいのに、その広大さがウェセックス並みに広い。
おそらく英国で2~3番目に広い森だろう。アーサー王伝説の残るウェールズやコーンウォールなんてこの森から比べれば、穏やかな草原でしかない。
それくらいの差を現代でも感じる。なのに目の前のそれは、ドラドンでも巨人でもなんでも来いの雰囲気があった。
「本当にマナが濃いですね」
「昨日も魔術の効果が2~3倍は違いました。この森の中だともっとでしょうね」
森を前にしてバイクを止めて、私たちは朝食を摂っていた。そのときのマアエモ・ママと29番の会話だ。枯れ枝をモードレッドとセイバーが拾ってきて、ルオン・ママがそれを木っ端にしてフェザー・スティックに削っている。
焚き火を熾し飯盒でジャガイモを茹でる。バケットをナイフで切って、溶けるチーズを乗せて火で炙る。マグカップにはインスタントのミネストローネ・スープだ。
ジャガイモもトマトも、まだこの時代の欧州にはない。パンにしても、ここまで白いパンは出回っていないだろう。バターを落としたジャガイモを突きながら、モードレッドがセイバーに何かを訴えていた。
言葉が通じなくともわかる。本当にオイシそうに食べているもの。
「セイバー。マーリンの気配を感じますか?」
「ああ。ここまで来ればしっかりわかる。それとエルたちと知り合ったお陰で、どうやって囚えられたのかもわかった。たぶん魔術が使えなくなる礼装を仕込んだ罠に引っ掛かり、似たような効果のある檻に入れられたのだろう」
食後、焚き火の後始末をして一服着いた私たちは再びバイクを走らせた。食器は近くの小川で洗った。
いよいよ森の中だ。それまでモードレッドに操縦させていたセイバーも、今度は前に行った。障害物が多いからだ。私も道中は何度か83番と交代していたけれど、森の中は自分で操縦した。
10kmほど走ったら、樹と樹の隙間に異空間を発見した。その異界の術を解けば、こんな森の中に突如として塔が現れた。
封印された地上階の扉を開けると、真っ暗な中からこの世のものとは思えない声が聞こえる。
「ああ……。この塔って……」
「うん……。果物や食料があそこに」
「だね。これ自体がオークやゴブリンを招き入れる駆除用の罠だよ」
私と83番と29番の会話だ。魔術で松明を灯すと、真ん中にテーブルがあり、そこに大量のお皿が並んでいた。奥の祭壇には調理済み食料が腐りもしないで捧げてある。
あの祭壇に供えられた食物が、椅子に座ると現れるのだろう。そして椅子に座った者は死ぬまで食べ続ける。ヒトガタの魔物や妖精に対する罠だ。
今も赤い帽子をかぶったオークが、一心不乱に何かを食べていた。こうやって王国を護っているのだと思う。となると幽閉の塔って魔術師の罠……?
そんなバカなと吹き抜けになった塔の螺旋階段を昇っていくと、最上階に小さな部屋があった。そこに四角い檻があり、その周囲をとんでもなく大きなサラマンダーが歩いていた。
檻の周囲には食料が置かれてある。その檻の中には花の香りがする美青年が囚われていた。
「マーリン……」
「アーサー……その御姿は……。よもや悪しきものに魂を売ったか?」
「そんなわけがあるか。悪しきものに囚えられ、見た目が変わっただけだ。きちんとこの御礼は返した」
セイバーとマーリンと呼ばれた青年は、しばらくお互いに見つめあっていた。伝承ではもっと老人だと思っていたのに。
だけどそれは後世の語り部や物書きが自分の知る常識で表しただけなのだろう。得てして神秘に深く係った経験のある魔術師ほど老けないものだ。
そしてこの檻の礼装を破戒するのに、こちらは一基100万ユーロはする礼装を五基も使い潰した。日本円で約6億だ。これって、後でアーサー王に請求すればいいの?
「いやぁ、助かった。異国の姫よ。お礼を申し上げよう。まさか逃げたサラマンダーを捕まえようと張った罠に、自分が掛かるとは……」
あ。バカだ、こいつ。
しかも飼っている、サラマンダーにご飯を運んでもらっているのか。賢いぞ、サラマンダー。そしてさっきからママたちの手をペロペロ舐めているこのサラマンダーは、人間くらいの大きさがある。
後世の火蜥蜴の方でなく、火種として使われる幻想種のことなのはわかると思うが、この時代でも貴重なものだった。だって魔術の触媒にもなるし、ありがたい生きる火種なので、飼っていると火起こしが便利なのだ。
炎を操る魔術師なら一匹は飼っていたい、ステータスだと思う。というのも火山がなければ生息しない種なので、ブリテンにはまずいないからだ。きっとマーリンがアイスランドかイタリア辺りから輸入したのだと思う。
しかし大きい。普通は大きくとも全長70cmもあれば、かなり大きい方だと文献にあるのに。そんなのを結果として逃げられてはいるけれど、使役しているマーリン。バカだけど実力は本物なのだろう。
グゲゲ……。
『バカだろう、こいつ。けど、こんなのでも飼い主なんだ。こいつがいないとオイラは冬を越せないんだよ』
思わず頭を撫でてしまった。うっとりと目を細め私にすり寄るサラマンダー。
「今日からあなたの名は『サラン』。正式名は『サランラップ伯爵』にしましょう」
伯爵がマーなのでサラマンダーと引っ掛けている。
「これ。人の使い魔に勝手に名を付けるな」
だけど塔を降りるときも、サランは私から離れなかった。
マーリンがわざとやっているのかも知れないけど、サランは脱力した雰囲気で私の頭に語ってくれた。
『あいつはさぁ。生まれが生まれなもんで、本当は世の中と関わりたくないんだよ。けど王様を滅びの道へ動かしちまったからさ。そこに責任を感じて自分から引きこもっていたんだ。なのにお前さん方は理想郷にある塔をここに召喚しちまった。まぁ、あいつが応えたんだけど』
セイバーとモードレッドがいたからだ。マーリンはセイバーを『この世界のアーサー王』だと早とちりした。
だけど戦は終わり、『この世界のアーサー王』の歴史は今後も続くので手伝ってやって欲しいとセイバーが頭を下げると、あっさり承諾した。
「こんな……運命を変える子供を引き連れて来るとは……。そちらのブリテンは終わったのだろうが、得るものはあったな。アーサー?」
「こいつの名がエルだからな」
「あの堅物が、ダジャレまで言うようになったか」
「それが世界の差なのだろう。元々私はこういうタイプだぞ?」
「そうか。世界は広いな」
マーリンの魔術なのだろう。ここから彼らの言語が理解できるようになった。そしてこの間、モードレッドはニヤニヤしたり、尊敬の眼差しでセイバーを見たりしていた。
帰りはサラマンダーを空間に入れ、PW80を出した。ルオン・ママの後ろにマーリンだ。ママのおっぱいを掴んだので、空間を跳ばして尿道にそこらにあった小枝を挿してやった。
「痛い……。抜いたのに何か残っとる……。鉄の馬が揺れるたびに痛い……」
知るか。
次回は冬木に残った人々が動きます。