ギアを入れてバイクを出そうとした私を、ママたちや父と舞弥さんが押さえつけた。
「放して! セイバーが危ない!」
「大丈夫だよ。バーサーカーもモードレッドも居る。アサシンもそばに行って陣を整えた。セイバーは必ず帰って来るから」
私は涙目だった。これっきりセイバーとはもう会えない気がしたのだ。
「ほら、これを水とともに飲みなさい」
戦車の上でウェイバーがトオサカから宝石を飲まされていた。
「坊主、気張れ。セイバーが無事に帰るかどうかは、この結界に懸かっておる。言わば貴様が命綱だ」
「こんなの喉に通るかよ……」
「ええい、つべこべ言わず飲め!」
「ングッ……ガハッ、ゲホッ……」
ウェイバーが宝石を飲み込むのを見届けるとライダーはこう言った。
「娘っ子よ。セイバーはな、決して消えん。あいつはお前と生きたい、そう望んだのだ。そして余もこの世に残りたいと望んだ。ならばこそよ、我らは偉業をなして英霊となった身ぞ? そこから外れるのなら、それ相応のものを『世界』に見せんといかんだろう? これは、その一手なのだ。その先にキャスターなりアーチャーなりが控えておるのだろう」
そうか……。セイバーにとっての敵は、最初からピクトじゃなかったんだ。この騒ぎで現れる抑止、それが敵だった。遠目にバーサーカーやモードレッドに背を預け、赤い外套のアーチャーを次々と斬っていくセイバーが見える。
シロウさんが飛び出てきたのは、たぶんキャスターに逆らってだ。そんなシロウさんの背をアサシンが守っている。『王の軍勢』は、この固有結界を維持するために誰一人消えず、ピクトの人たちを縛っていった。
「この固有結界は抑止をふるい落とすため?」
「聡いな。そうセイバーに聞いとる。固有結界持ちの守護者しか入れん場所を作れば、自ずと敵は絞られるとな」
ああ、これもセイバーの計算だったんだ……。
最後の抑止が斬られた。その断末魔は呪いだった。
『セイバー、なぜ? なぜなんだ? オレを裏切るのか?』
信じられないものを見たという、驚愕の張り付いた顔。
『黙って消えろ。自ら望んで時の奴隷を選択した。それを抜け出したいと考えた段階で、お前は落ちこぼれだ。一方的に暴力でもって、人々や並行世界の自分を害さんとする貴様のどこに正義がある? この唯一生き延びる可能性があるブリテンを消そうとする貴様のどこに? それが焼け出され、唯一生き残った貴様の原初の願いなのか?』
『セイバー……?』
『答えろ! エミヤシロウ! 貴様のどこが正義なのだ!?』
そしてセイバーは褐色の男を再度斬った。
『ぐわぁ~~~!』
14~15人くらいのアーチャーと呼ばれた白髪の男たちは……こうして光が四散するようにして消えていった。
『これで終わりか?』
『気を抜くな、セイバー! 次はもっと大物が来るぞ!』
『誰が来る!?』
『アラヤとガイアの両方に脚を掛ける奴だ! 来たぞ!』
シロウさんとセイバーの会話だけど、誰が来るの?
「ランサー!」
『おう!』
ロードが叫んだ。現れたのは別のランサーとバーサーカーにセイバーだった。あの冷たい眼差しを持った、青いドレスに白銀の胸当てのセイバー。
きっと人を人とも思っていないし、自分が誰かなのもわかっていないだろう。あの完全に個をコントロールされた気味の悪さがイヤだ。それでも自分が正しいと信じ込まされている愚かさと醜さが、端正な顔からにじみ出ている。
私のセイバーやアーサー王と同じ顔なのに、どうしてあそこまで醜いの?
『そこまで我らを排除したいか!』
漆黒のセイバーが白銀の英霊に剣を向けた。
『加勢するぞ!』
『あなたたちには明日がある! 下がっていろ!』
アーサー王やモードレッドの申し出を断るセイバー。私は思いっきり魔力を送った。セイバー頑張って……。
セイバーの白い肌が上気して……ブッと鼻血を出した。どうして?
『エル! ありがたいが魔力が多すぎる! もう少し絞れ! しかし魔力は回復した! これで決めるぞ! エクスゥ~~~カァリバ~~~~~~(約束された勝利の剣)!!!!』
それは斬撃波でなく、ビームでもなく、収斂したブラックホールだった。敵側のセイバーとバーサーカーがその闇に飲み込まれて消えていく。そのタイミングでランサーも、もう一人の自分の胸を貫いた。
「ファランクス!」
ピクトをアーサー王の騎士たちに任せたライダーの兵士たちが陣形を整えた。一糸乱れぬ統制力だ。陽炎のように揺らめく砂漠の果てから、新たなる精鋭が馬に乗った大王に引き連れられて現れた。
「ライダ~~!」
「情けない声を出すな。余だけでなく精鋭をも引き連れよるとは」
「ウェイバー君、魔力は大丈夫か?」
「な、なんとか」
私の横に女性型のアサシンが戻ってきた。
「アサシンさんのヘンなのも来るの?」
「来ないでしょう。仮に喚ばれたとして、我々がこの戦場のどこに入り込む余地があるのか……。まぁ、暗殺者がガイアに序されるとは思えません。なので、あの赤い男とともに現れなかった時点で来ないと思われます……。ヒッ!」
えっと思ったら、この戦場を見渡す丘の上……戦車の真横に黄金の鎧を着た、あのアーチャーが立っていた。
「よくもここまで世界から嫌われるものだ」
腕組みをした黄金の王は、涼しい顔でセイバーやランサーを眺めていた。
「が、あのあり方は良いとは思わんか?」
戦車からライダーが問いかけた。
「フン。薄汚れた、我が目に入れるに値せぬ女と思ったが……やるではないか」
セイバーが侮辱された! コノヤロー!
「お前の目は腐ってるのか! セイバーの高貴な心が見えないのか!」
「まちよれ! 誰彼構わず食い掛かるな! っんとに。将来が心配になるわ!」
私はライダーに襟首を捕かまれ、ジタバタしていた。黄金の男は銃を構える父と戦車から降りようとするトオサカを目で制しこう言った。
「娘。その高貴な心に気付いたから出てきたのだ。こうして眺めるくらいは許せ。しかしハエが五月蝿いな」
男の後ろに透明な波紋が広がり、何百もの宝具があちらの精鋭たちを薙ぎ倒していった。
「エアを出すには能わぬが、千丁くらいは手伝ってやろう」
だけどこれだけ離れているのに、セイバーが振り向いて私と黄金の王に黙礼したのに気付いた。
「ほぅ……」
黄金の王が感嘆の声を漏らした。
「理事、魔力を絞りつつ渡したまえ! あなたは魔力が多すぎる。もっと絞りながら質と量を……」
ロードだ。
「はい!」
「娘、この薬を飲め」
黄金の王が小さな薬瓶を渡してくれた。
「その身体だ。半粒で良い」
それを信じてゴクリと飲んだ。お礼を言ってセイバーに意識を集中した。あ、パスが深まった?
頭にセイバー視点の風景と相手が見える。右に左に舞い、両手剣を右手だけで持ったり、左手に持ち替えたり、縦横無尽に剣を振るうセイバー。
ランサーやバーサーカーもそばで戦っている。彼らの繰り出す槍や剣の技も、セイバーに劣らず美しい。やはり達人の動きは、どこを切り取ってもキレイだ。
そして死角からセイバー達を襲う敵が、黄金の王の宝具でなぎ倒されていく。あそこには向こうのライダーの部下がいる。それぞれが大勢の部下を引き連れているのが、きっと向こうのディアドコイだろう。
私の目にはその敵陣中央で馬に跨るあちらのライダーがしっかり見えた。
「大王、ごめんなさい! セイバー、跳んで!」
『よし!』
セイバーが一瞬消えて、再び元の位置に戻った。
「娘……ありゃ、反則だろう?」
「ライダー、何が起きたんだ? あっちの陣形が乱れたぞ?!」
「むぅ。セイバーを魔術で跳ばしたのよ。あちらの余が一瞬で首を落とされた」
「ええ!?」
「ウェイバー君、君も学習したまえ。理事が魔術師として最強なのは、空間転移を自身のみならず第三者、この場合はサーヴァントにも行えるからだ。何よりあれは単なる空間転移ではない。次元転移とも言うべきか。私とて突然大気圏に弾き出されば生きてはおれん」
「ひ、ひぇ~~!」
有力なディアドコイのど真ん中で首から血を流し、消えていくあちらのライダー。歴史通り彼らは散り散りとなり、こちらの精鋭に斬られていった。
だけど勇者の顔は全員苦い。自分の仲間を斬っているようなものなのだから。私は胸が痛かった。私を恨んで欲しい。それで少しは気が晴れるのなら。
「その幼さで王気を纏うか」
「娘、奴らも戦士よ。お前さんの覚悟はわかっとる。プトレマイオスもアンティゴノスもな。でなければ奴らが王になることはなかろうて」
「王安売りだな?」
「ブワハハハ! お前さんもどこぞの王か?」
「そうだ。我こそは原初の王。そこらの二束三文な王と一緒にするなよ?」
「ほぅ~。となるとメソポタミアあたりか? ギルガメシュ?」
「フン。ヒントを与えすぎたな」
「まぁまぁ。それで、此度のことはどういう了見なのだ?」
「我は傍観しておるのみよ。企んどるのはキャスターだ」
「見えて来よったぞ。お主、世界から役目を与えられとるな?」
「片腹痛いがな。だが我は関係ない。キャスターとその宝具が、娘を気に掛けておってな。が、我にも見えたぞ。娘と出会い、あのセイバーも悟ったのだろう。わかるか? 後世の者に影響を与えるのでなく、遙か大昔の者どもに影響を及ぼし世界の一部を改竄していく。この娘も役を担わされる存在だ」
「なるほどな~。そう見えるか。となると余も影響を受けておるのかの?」
「さてな」
二人がそんなことを話している間に、あちらのヘタイロイは総崩れとなって完全に消えてしまった。そしてピクトの人たちを捕える縄や鎖が足りなくなった。
なのでバイクを走らせ、彼らを囲むようにして地面に魔方陣を描いた。そして暗示を掛けた。
一つ、ブリテンとの共存共栄を目指し、侵略行為をしないこと。
二つ、これよりはブリテンの尖兵として、サクソンとも戦うこと。ともにこの島を守ること。
三つ、上に反した場合、爆音の呪いが発動する。
以上を本能レベルで刷り込んだ。そこで騎士の何倍もいるピクトの人たちを開放するよう、マーリンさんを通してアーサー王にお願いした。
この暗示が確かなものと理解すると、王は渋る騎士を黙らせて開放した。そして渋った騎士の名をセイバーにメモしてもらい、円卓や議会から外すよう伝えた。
「それが簡単にできれば苦労はしないぞ?」
「縁故関係で騎士を雇うからですよ。しがらみがあるから、政治センスのない者まで雇わざるをえない。それがあるから、新しい政治ができないって気付いていたのでしょう?」
「その通りだ」
「騎士の言い分は理解できます。私の願いで虐殺しなかったのだから、今後捕虜の食料が問題となる。またあれだけの捕虜を養う財源も資源もない。そこはわかりますよ。ですが、彼らに新しい農業を教え、地元に返せば? 監督役も定期的にこちらから出せば良いです。そうすれば数年後には魅力的な取引相手となります。そしてこの農業改革を肥沃なガリアでも行えれば? そうなると大移動をある程度食い止められると思います。独占しないで、どの国でも食糧問題を自分たちで解決させるのです」
「言ってることはわかるがなぁ……」
「そこをモードレッドさんにやらせるのです。こんな狭い島で腐らせず、農業伝道師として大陸に行かせてあげましょう。きっとその方が伸びます。また補佐には、この世界のランスロット卿を付けましょう。これ以上ない二人の戦犯を活かす方法ですよ。そして人は実績を上げた者に、そこまでうるさく言えません。自身が帰れずとも、子や孫の世代が交流できれば良いと思いますよ」
この案をセイバーからマーリンさんに伝えてもらった。マーリンさんは魔術師らしく厭世的だけど、平和主義者でもあった。なので大いに賛同され、新しい野菜を使った新しい農業を必ず広めると約束して下さった。
この訳を聞いたアーサー王も目を輝かせ、変装していたモードレッドは雲隠れしているランスロット卿を捕まえて、絶対にガリアに行くと言ってくれた。
これは出身地の関係でランスロット卿がガリア語を話せるのと、元々器用な人なのでマーリンさんが考える新しい農業を、いち早くこちらのランスロットさんが理解していたのを見ていたからだった。
「原初の王様はお酒などをお持ちですか?」
黄金の王にそう尋ねてみた。
「ねだるのか?」
「はい、貴方様なら史上最高のものをお持ちだと思いますので」
「フン。そうまで言われれば、出さぬわけにもいかん。娘、与えるのはこの男か?」
「いえ、見ていて下さい。私の宝具を」
「ほぅ?」
私は黄金の王が直々に注がれた黄金の杯を手に取り、大王以下、ここにいるすべての人に杯を受け取るような手のカタチを取ってもらった。
そしてそれを見届けると、『ラインの黄金』を起動した。瞬時になみなみと神酒が注がれた杯が全員に行き渡った。
「なにも捕虜にまで与えることはないだろうに?」
「王の威光は下々にまで浸透させませんと」
「これでは我でなくアーサーということになるが?」
「けれど、騎士もヘタイロイも貴方様を知りましょう」
「ぬかせ。まぁ、良いわ。音頭を取れ」
「うん? 余で良いのか? ならば……我らの勝利を祝って乾杯だ~~~~~~ッ!!!!」
空気を読んでいるのか、ヘタイロイも騎士も、真っ先に黄金の王に感謝を述べ、大王を称え、アーサー王を褒めたようだ。言葉はわからないけど、黄金の王は満更でもない顔をしていた。
「これってかなりオイシいんですか?」
皆んなの顔が驚きの顔なのだ。
「うほぅ~~、ウマい! これは見事な酒だ!」
大王の言葉がすべてを物語っていた。そしてそこで私をジッと見つめる、あるヘタイロイに気付いた。目が合ったのは偶然だ。だけどあることに気付いてもいた。そしてその黒髪の青年は私にペコリと頭を下げた。
簡単な魔術で、『王を頼む』と届いた。思わず私はウェイバーを見た。二人はそっくりだったのだ。そういうことか……。これが運命なのだろう。
だって史実に残るディアドコイを忘れまいと、私はヘタイロイの面々をしっかりと見ていたからだ。そしてあの消えたヘタイロイに彼は居なかった。
やがて一人二人とヘタイロイが消え、砂漠の心象風景が元の荒れた草原に戻った。
「娘。キャスターとの問答を見せてもらうぞ?」
黄金の王はそう言い残して、金の粒子となって消えた。
「ようやっとキャスターをおびき出せるのぅ。まったくもって手が凝んどることよ」
これは私たち共通の認識だ。だけど私はキャスターの真意がなんとなくわかってしまった。キャスターがリン・トオサカであるならば、きっと未来の第五次聖杯戦争に出ている。
そこでも悲惨な結末を迎えたのかも知れない。彼女はセイバーやその他のサーヴァントのためにこの舞台を用意してくれたのだ。
「征服王、我が意を汲んでくれて悪かった」
「なんの。余とて残る限りは対価を支払わねばならん。ならば同時にやってしまう方が楽だろうて」
一分霊とはいえ、残ると決めたのだ。その対価が自分殺しだった。世界はどこまでもふざけている。
「しかし、セイバー? あの最初の赤い奴は知り合いか? そして途中に消えたあいつは?」
ランサーの疑問はもっともだ。消えたあいつとはシロウさんのことだろう。
「すべてを話すので一旦戻ろう」
セイバーのその一言で、私たちはキャメロットへ戻った。と言ってもアーサー王に聞かせる内容でもないので、戦勝に湧く城を早々に辞し、ケイ卿の村へ一目散に帰った。ホッと一息つけた時は夜になっていた。
晩ごはんを済ませ、お湯で絞ったタオルで身体を拭いた後にお酒と簡単なおつまみでセイバーの話が始まった。もちろん屋内でなく、防音結界を張った屋外だ。
「マスターはサーヴァントの過去を夢で視る場合があるという。だからパスの通じたキリツグとエルはある程度知っているだろう。だが、皆の者はなぜこうなったかが疑問だと思う。なのである程度話した後に、質問を受付けよう」
そういってセイバーは皆んなを見回した。それに全員がうなずいた。
「まず、前提が違う。私はまだ死んでいない。自分の世界のブリテンで、息子であり娘でもあるモードレッドと相打ちになり、丘の下の木陰で瀕死の状態だ。その状態で正しき答えを知りたいと世界に祈った」
これに皆んなが驚いた。私は知っていたし、父も知っていた。なので驚いているのはアインツベルン陣営以外だ。
「正しい答えとは、なんだ?」
「ブリテンの終焉を目の当たりにして、何がいけなかったのか、何がダメだったのか……そこを知りたいと思ったのだ。もちろんやり直しなんて求めていないし、自分の死も滅びも受け入れていた。ただ答えをな……。それがわからねば、おちおち寝ておれんだろう?」
「なるほどのぅ」
「何もかも受け入れていたのなら、そのままでも良かったのでは?」
ランサーだった。
「確かにな。私も当初はそのままで良いと受け入れていた。だがほんの少し、本当にほんの少し軽い気持ちで願うと……気付けば現世に召喚されていたのだ。それがランサー、以前も話したが、別の第四次聖杯戦争だったのだ」
「別の? どういうこっちゃい?」
「ああ、聞いてくれ。私は今回の聖杯戦争の前に、並行世界の別の第四次と第五次に出ているのだ」
ここで再びアインツベルン陣営以外が驚いた。特にロードとトオサカは驚いていた。きっと英霊そのものでなく、英霊を取り巻くシステムが魔法に近いと気付いたことだろう。またライダーも呆れたような顔をしていた。
「その第四次でランサーとロードは決定的に仲違いし、令呪で自害を命じられた」
「なぜだ? なぜ、並行世界の私はランサーに自害を?」
「婚約者の存在だ。あの者がランサーの魔貌に堕ち……言ってみれば敷かれたレールでない、自身の感情を得たのだ」
「それに嫉妬して……なのか?」
「いや。ソラウは周りが見えておらず、当時の私のマスターの罠に掛かったのだ。そして人質となり、身柄を返すことを条件に自己強制証明をな」
「セルフギアス・スクロールか……」
「が、二人はマスターの協力者から銃弾を受けて死んだ」
このとき父は、舞弥さんを見た。それでロードとトオサカは気付いた。
「協力者や仲間からも襲わさせるなという一文を入れ忘れたのだな。そこの私は本当にロードなのかね?」
「そう名乗っていたぞ? 人との関係など様々な要因が、今のロードを形作っているのだろう? あちらにエルは居なかったのだ」
「理事が……。それが並行世界の違いか」
いないという言葉に思うところはあったが、少なからず自分という人間は何度か死にかかっているし、結合卵子の時点で死が目前だった。
酸素や栄養素が足らずに死んだ私もいたろうし、卵子が凍結されたままで、忘れ去られる私も居たのだろう。そう考えると、私って一体何者だろう。
セイバーは個々のマスターやサーヴァントの、知りうる限りの末路を話した。それによって悲壮な顔をするトオサカと父。今回の話は英語のみならず日本語でもセイバーが話していたので、シンイチも全部聞いていたし理解していたと思う。
ここで手をあげて発言したのがウェイバーだった。
「この問題って、セイバーの願いが変化したというか、ライダーたちがセイバーから聞いて、世界のシステムから逃げようってことになったんだよな?」
「まぁ、そうさな。厳密には分霊たる余たちが残るとなれば、それを許さんと世界が出てくるだろうとな」
「そういうことだよな。となるとセイバー? 条件クリアだ。だけど、まだあるんだろう?」
「聡いな、その通りだ。それは存在の証明というべきか。私もバカではないのでな。自分が架空の存在であると早くから気付いていた。ならば己を現世に確立させるためには、誰かが思い描いた運命を変えなばならん。カムランの丘はそのチャンスだったのだ」
「架空の存在とな?」
「そうだ。アレキサンダー大王もギルガメシュも、ディルムッド・オディナもあのアサシン達も史実に存在した。だが、私とランスロット卿はモデルこそあるが非実在の存在だ。なのに国が滅んだ悲しみや戦場で泥水を啜った苦しみが明確に脳裏にある。ふざけてないか? おまけにあの赤い英霊の存在だ」
「そうだ! 奴はなんだ?」
「第五次での私のマスターだった少年だ。厳密には並行世界存在なのだろう」
「どういうことだ?」
全員がセイバーを見た。父と私はうつむくばかりだった。だけど父が声を絞り出した。このときだ。私が父を見直したのは。
「その並行世界の僕はアーチャーとセイバーが残った最終段階で、やっと聖杯の汚染に気付いたらしい。そこで令呪でもって聖杯の破壊を命じた。だけど聖杯は五騎分の魔力ですでに一杯だった。なので破壊しても呪いの泥を……アンリ・マユの呪いを泥という形で冬木に撒き散らしたんだ。そして降霊場所だった新都の一部を焼き、死傷者5百人以上を出した。そこで憐れな僕は、生存者がいないか必死に探した。そうやって唯一救い出せた少年を、引き取って養子に迎えた。その名が衛宮士郎だ」
「ではあれは……?」
「ウェイバー君。何かがあって死後を世界に捧げ、アラヤの守護者となった、その少年の並行世界存在なのだろう」
さすがはロードだった。自身の並行世界存在が悲惨な目にあっているのに、きちんと切り分けて正しい答えを出した。
「ミスター・エミア。君はそれを知って、聖杯戦争を食い止めようと?」
「それと娘の訴えがあったからだ。妻こそが聖杯だった。そしてドイツに残してきたもう一人の娘が、第五次での聖杯だ。その運命を変えられた。変えられたんだ……」
「遠坂はどうなったのだ?」
「マトウ・ゾウケンが生きている。そしてサクラはマトウへ養子に出されていた。私の体験では、エルと同じくシンイチも居ない。そしてトキオミは第四次で戦死し、第五次のリンには母親も居なかった」
「そうか……」
「ぼ、僕も死んでいるのか……?」
「いや、ライダーが守りきった。確か……リンの倫敦での後見人だったと思う」
「ロードには悪いが、エルメロイⅡ世を名乗っていたと記憶しているよ」
セイバーに続けた父の言葉だけれど、父はかなり深い事情まで夢で見ていたようだ。それで冬木に入ってから急に変わったのか……。きっとその頃に第五次の夢を見たのだろう。
そしてロードは面白い顔をした。普通なら不快感を表に出しそうなものなのに、こんなことを言ったのだ。
「ウェーバー君。触媒の落札価格は120万ポンドだ」
「え?」
「私は征服王を喚ぶためにそれだけの投資をしたのだよ。さて、君は私に幾ら支払えるのかね?」
「……ええと……」
「フン。ここで提案がある。時計塔は今まで通り自分の金で通い、卒業後は講師として残りたまえ。そして生活に支障が出ない程度の分割で返してくれればいい。ゆくゆく教室を預かる一級講師ともなれば返済も楽になるだろう。何より講師から助教、准教授と出世すれば君は安泰だ。ただし、私の派閥に入ってもらう。それが条件だ。どうかね?」
「おい、坊主。これは随分と温情的な条件ではないか?」
「温情どころか棚からぼたもちの大出世だよ、征服王。まずいきなりの講師抜擢が、既に数年に一回あるかないかの幸運だし、一見縛られるかのように思える卒業後の進路も、ウェイバー君の家が後ろ盾を望めないランクなら、これ以上ないことだろう。なぜならウェイバー君の頑張り次第だけれど、子孫への恩恵が大きいからね」
トオサカが乗った。というか乗せられた。
「ほぅ、なるほどのぅ。坊主、お前さんの師匠は話がわかる男ではないか。ここはきちんと筋を通すべきだぞ?」
「ぅぅ……わかりました……」
これでウェイバーの飼い殺しは決定だ。
「話を戻しますが、あの味方をしてくれた赤い英霊もエミヤシロウ?」
これはシンイチ。
「そうだ。ただ、自己申告だが彼は普通の英霊でなく、キャスターの宝具らしい。世界のシステムに組み込まれんよう、敢えてそうしてあるのかもな」
セイバーの推測に皆んながうなずいた。
実在か非実在か。この章のテーマはそこです。
非実在でも足掻いてみると決めたセイバーだから、英雄王が出てきたのでした。