ここでケイ卿のところで話し込んでいた、モードレッドとマーリンさんにママたちが戻った。
「二期作とか三期作とかわけがわかんねぇ……」
モードレッドはセイバー似の美人だけれどバカだった。農業改革なんてマーリンさんに任せればいいのに。
モードレッドは最初バイクに興味を示した。なので私は彼女に物流に関する知識を披露したのだ。
まだ社会の構造がそういうのを必要としなくても、物々交換を代行する業務を広げる手もあるし、そこから貨幣を普及させて貨幣の製造権を王族から奪い取る道筋もあったのだ。
100年、200年先を考えられないところが痛い。
「言ってやるな、エル。1500年の差はでかすぎる」
「大王の時代にも商人はいましたよ? 私なら遠征先で得られる特定商品の買取権を、大王と直接談判して独占契約しますよ」
「なんだ特定商品とは?」
「独占してどうするんじゃい?」
「インドに行かれたのでしょう? 欧州に海塩とスパイスで革命を起こします。それと造幣権の確保」
「塩と香辛料か。そりゃ、歴史を知っているんだから。反則だぞ?」
「しかし、独占もさることながら、貨幣の普及は効果が大きいだろうなぁ」
「どういう意味だ、ライダー?」
「文化の異なる国を、まとめやすくなるのだ。貨幣がその鎖となるのよ。そして娘っ子は黄金にも勝る塩と香辛料を独占すると言いよった。もちろん、荷役に使える車輪や農耕具を発達させるアイデアもあるのだろう。そこもセットの農業改革だろうて。おそらく、このまま娘っ子がここに残れば宗教は滅びる」
大王、賢い。さすがソクラテス、プラトンに続くアリストテレスから直接学んだだけはある。
「ライダー、どうしてそうなるんだ?」
「祈ろうが願おうがなにも起こらんものを信じるよりも、目の前で動く品や金の方が確実に幸福を呼び込むと民草が学んでしまうからだ。すると宗教との繋がりが強い、ほとんどの国王が国を維持できなくなる。坊主にセイバーよ、そうとなれば世の中が根本的に変わるぞ?」
マーリンさんの目がキラリと光った。訳しているランスロットさんが引くくらいだ。だけどここに来てモードレッドもヤル気が強くなった。
「おまけに労働法は皆無で、奴隷制もありですよ。これほど商売向きな時代はありません」
「根っから商人よのぅ」
「最低だ……」
「じゃが、これは武力によらぬ征服よ」
私たちがそんなことを話しているときに、ロードたちは別のことを考えていた。
「やはりここはタペストリーの世界でしょうか、ロード?」
「うむ。人の世が縦糸と横糸ならば、その目の隙間にこのような世界が産まれるのだろう」
「糸の交点から交点に渡ることが第二魔法……。キャスターは本当に凛なのだろうか……」
『その通りですわ』
突然トオサカに近い空いた丸太から声が聞こえた。ふわっと現れた黒髪の女性は青い瞳の美人だった。
「き、君は……」
「ええ。並行世界で魔法に至り、死後正英霊に迎えられた遠坂凜です。お父様」
「な、な……?」
「お主はキャスターか?」
「フフ……。正確にはキャスターという枠を横取りした、世界を旅する者ですわ。征服王」
「横取り……。そんなことが可能なのか?」
「可能です。大聖杯の術式は200年以上も前のものです。この子でもハッキングくらいならできますよ」
そう言ってキャスターは私を指差した。
「髪のチリチリは直ったんですね?」
「きいぃ~~~~!」
「ちょ、ちょっと首を絞めないで下さい!」
「ほんっとに、もう~~!」
「娘が何かやったのなら謝るので抑えてくれないか?」
父が私をかばった。
「衛宮さん! 聖杯戦争云々の前に! この子をちゃんと躾けて下さい!」
「一体、何があったの?」
「私の夫が展開した固有結界から自分とセイバーだけ空間転移で逃げて、核爆弾を使ったんですよ! し、死ぬかと思いましたよ!」
「いや、英霊だから、もう死んでいるんじゃ?」
「それはそうですが、そうではなく! この子が持つ宝具を通しているので、近代兵器が神秘を帯びて私たちにも効果があるところが恐ろしいのです。その効果が危険視されて、この子を消せと世界から……夫が猛烈に反対しましたけれど」
へ?
「で、では?」
「その通りよ、セイバー。本来ならこの世界のキャスターも狂ったジル・ド・レェが来て、悲惨な結末を迎えたことでしょう。でも、この世界には『世界』が抹消しろと命を下すような子が居た。その調査に立ち寄ると、なんとキャスターのクラスが空いていて、おまけにセイバー陣営に聖杯は居ない。結果としてこの子が存在する、ただそれだけで歴史は大きく変わっているの。私の場合でもロード・エルメロイも父も戦死して、母も病死したわ。間桐は臓硯に騙された雁夜さんがマスターとなってバーサーカーを喚び出し、これまた敗北の後に死亡よ。そんな悲惨なことがここでは全部起きていないの。わかる? この子は無意識で規定の歴史を変える能力があるのよ」
偶然、だよね……?
「何をキョトンとしているの! あんたのために私や王様が世界と交渉したのよ。あんたなら他の世界も救えると思ったから。特に旦那が煩いこと煩いこと……。それはともかく、条件はここにいるサーヴァント全員を受肉させて、あなたの見張りにすることよ。それが裁定であり、私が仲裁・調停した結果なの。だから座からの縛りを切るために、自分自身と戦ってもらったのよ。四の五の言わずに受け入れなさい。そして大きくなったら私を手伝いなさい。そうしないと本当にあなたは危険だわ……」
え~~~!
「じゃ、これまでのことって全部私のせいですか?」
「そうよ。抹消しろと言っても、恩恵が余りにも大き過ぎる。それで世界は私たちに調査を命じたのよ。裁定者ギルガメッシュがお父様の召喚に応じたのも、この子が居たからなの。普通ならもっと我儘で気紛れな英雄王がやって来て、お父様は死に向かって突き進んでいたことでしょう。衛宮さんも妻を失い、イリヤを救けられず、失意のうちに死を迎えていた事でしょう。そしてここは、あなたを祝福するかのように細かな奇跡が幾つか重なっている。それが間桐慎一君の存在であり、桜が養子に出されていない現状なの。それをあなたは……。宝具を測ろうとしたら核爆弾を使うなんて……。あんたを生かすために必死になっているこっちの身にもなってよ!」
理不尽だ……。私は皆んなの前でパンツを下ろされ、二人のママからお尻を打たれた。本当に理不尽だ……。
「ともかく、この世界は人類の歴史とはなんの関係もない書籍の中の物語のようなもの。影響があるとすれば、元の世界で滅びず欧州を統一するブリテンのIF物語がチラホラ出版されるだけよ。それだから、舞台をここに選んだの」
夜も更けたので、残りは後日話そうと言い残してキャスターは消えた。
セッティングはマーリンだ。場所はキャメロット。アーサー王の出席を魔法使いが望んだからだった。
「やっと帰れそうだ……」
「まったくだな」
これは英語。
「衛宮君……お互い、とんでもない娘がいるもんだね?」
「そっちは並行世界だろう? こっちは実の娘だぞ?」
意気投合している父とトオサカ。言語は不明だった。たぶん日本語で、このときに父は日本で暮らすと決めたのだと思う。そしてお祖父様を説得してママたちまで引き取ると、このときの私は夢にも思っていなかった。
「余の後継者に欲しい娘よ」
大王の言葉にセイバーがギョッとしていた。
翌日私は他の人をママたちや父に任せ、セイバーとモードレッドにマーリンを伴いある場所へ行った。二台のセローが草原をコーンウォールに向かって走る。
と言っても方角がそっち側というだけで、モードレッド曰くそこまで遠くはないそうだ。どこだって? 稀代の悪女、妖女とも言われるモルガン・ル・フェイの棲家だ。
私の目的はモードレッドの寿命を伸ばすための、なんらかの手懸りを得ることにあった。モードレッドはアーサー王から搾取した精子を素にしたクローンでありホムンクルスだ。
よってその寿命は十数年。後数年しか余命がない。なにより異父兄妹が全員死んだ今となっては、彼女こそがロット王の遺産を継ぐ唯一の者となる。
しかもアーサー王はセイバーの働きかけで、モードレッドを認めた。現段階での王位は無理でも、他国で王となり並び立つことを認めたのだ。
〈けどよ、母上ならいないと思うぜ?〉
〈どうして?〉
〈カムランの戦いが始まったのを見届けて自害したと思う〉
私はモードレッドとパスを通していた。会話は無理でも考えがわかるようにだ。
そして彼女の言葉はその通りだろうなと思った。これは愛憎だ。きっとモルガンはアーサー王を愛していた。妹としてでなく、一人の人間として愛していた。子を身籠りたいと願うほどに。
だけどそのために国は乱れ、息子たちを全員失くした。そもそも彼女の夫であるロット王が、アーサー王とペリノア王に滅ぼされている。この愛憎は根が深い。
質素な棲家には誰もいなかった。幻術も罠もない。
「理想郷に旅立ったか」
アーサー王にエクスカリバーを与えた湖の乙女ヴィヴィアンは、しばしばモルガンと同一視される。また古くは、クー・フーリンにゲイ・ボルクを授けたスカアハにその起源を求める場合もある。
ともあれ彼女は稀代の魔術師であるだけでなく、理想郷、あるいは妖精郷の守護者ともされていた。それはワルキューレの乙女と同じであり、北欧神話の三女神とも繋がっている。
寝室への扉にマーリンが呪文を唱え、再度開けるとそこは限定的な異空間だった。その中が工房だった。培養槽なのか、大きな樽が並んでいる。
モードレッドはここでピクルスみたいに漬かっていたのか。
〈ピクルスじゃねぇよ!〉
いや、私も容器こそガラスだったけど同じピクルスだったし。おまけに酸素が足らず数回死にかかったよ。
〈お前ぇもか……〉
器具やキレイに整頓された書棚の資料で、モードレッドの鋳造方法が見えてきた。思ったより簡単に延命処置ができそうだ。対価となる材料もここには豊富にあるし、なによりマナが濃いので魔術の通りがいい。
午後には延命処置が終わったくらいだ。母や姉を経験していたのでアッサリだった。ただ、帰りは私の宝具で空間にモードレッドを取り込んだ。
「操縦はどうするのだ?」
適当に大人の身体で出力した子にハンドルを握らせた。それが47番だと知ったのは、10年後だった。
その翌日、私たちはマーリンの先導で再びキャメロットへ登城した。変装したモードレッドもすっかり元気だ。
セイバーたちがバイクを木陰に置いている最中に、尿意を催したので声を掛けて林の奥に向かった。モードレッドも付いてきた。
仕方なく離れようとしたら、このデリカシーのない奴は繋いだパスでこう言った。
〈一緒にしようぜ〉
ひと悶着あったけれど、彼女は私とガレス卿を重ねていた。薄々は気付いていたけれど、かなりの寂しがり屋なのだ。
ジョボジョボ……。
〈……感謝してるよ〉
ジョボジョボ……。
〈いや、ホントだぜ? 父上のこと、ブリテンのこと、オレの今後や未来…………。なぁ……ここに残れないのか?〉
ジョボジョボ……。
〈小便しながら言わないで下さい。それと私は私の世界でやらねばならないことがあります〉
〈なんだ?〉
〈我社の商品を世界中に浸透させることです。ここはあなたの世界です。オレはここにいるぞって、ブリテンを見返すくらいの王国を作り上げて下さい〉
〈ああ! 約束する。作ってみせるぜ! って、うわぁ。パピルスで股を拭くのか? 贅沢なヤツだなぁ〉
拭かないのかというツッコミは、この時代の人には野暮だ。事後に手を洗ったり濡れティッシュで手を拭くのも、最近覚えてくれたのだから。
きっと彼女とガレス卿は真実仲の良い姉妹だったのだろう。施術前にパスを通しておいて良かった。彼女は私と直接話したくて話したくて仕方なかったのだ。
マーリンの魔術は思ったより効果の持続性がなかった。生活に即した魔術は多いし、私たちの時代に残っていない魔術も彼はたくさん使えた。だけど効果の範囲は狭く、持続性にも欠けていた。これはちょっと意外だった。
そんなだから、モードレッドは昨晩も延々と私に話しかけていたし、バイクの席も彼女の後ろをご指名だった。
セイバーと合流し城の扉に向かうと、大王や父たちが待っていた。先日のように戦車に荷台車を継いである。マーリンに続いて中に入ると、騎士たちがペコリと頭を下げた。これは城の外からそうだった。
今回は最初から円卓に通された。ロードやトオサカに父は再び遠慮なく円卓に着いた。ママたちの席も用意してあった。アーサー王の横は通訳を兼ねたセイバーだ。
「ようこそ参られた、勇者たちよ。大したもてなしはできないが、今日は忌憚なく友として語り合おう」
「要は今後に活かせるアイデアをもっと寄越せという意味だな」
セイバーの訳が面白い。だけどこれから先の国家運営は手探りになる。なのでアーサー王の気持ちもわからないでもない。
そこで私は持てる限りのアイデアをじゃんじゃんとセイバーに伝えた。その訳を私があげた落書き帳に鉛筆で書くマーリンとモードレッド。この後、マーリンが文官に命じて清書するのだそうだ。
会議は2時間に渡った。騎士の報告ではランスロット卿の居場所も判明したので、こちらも後日マーリンと、親族と紹介された娘姿のモードレッドが向かうことと決まった。
〈ガリアだと。戻ってたんだな。道理でいないはずだ〉
〈ケンカはダメですよ? あれは事故だったと無理矢理にでも納得しないと〉
〈そこが王なんだろうな。わーってるから、安心しな〉
モードレッドには母親と気質が似ている点を指摘してある。愛するものを壊さずにいられない『愛憎』の起源を持つことも。それを転化し、罪を憎んで民を愛する王となって欲しい。
会議の後は宴の始まりだ。すると円卓の中央に黄金の扉が現れ、中から執事服のシロウさんが出て来た。
「ケータリングだ。食材は英雄王の提供で、調理はオレだ。皆んなで食べてくれ」
扉の中から自動人形が次々と現れ、料理や飲物を運んでいる。やがて円卓が乗り切らないほどの料理であふれた。
するとこの部屋の入口付近にも黄金の扉が現れ、これまた自動人形がグラスやお皿の載ったワゴンや、別の料理が載ったワゴン、カクテルが載ったワゴンなどを押してきた。
どこで見ていた、これはどういうことだ、どういう料理だ、どういう器だ、キャスターとアーチャーはどうしているのだ……聞きたいこと、知りたいこと、それらの疑問を全部吹き飛ばす大声が上がった。
「「ンまい!!」」
モードレッドと大王だった。ほとんど同時にかぶりついたのだ。そこから本当の意味での宴が始まった。キャスターも黄金の王も現れなかった。
「マアエモ? これ、あなたと変わらないくらい上手だよ」
「ええ。お見事な腕前です」
このケータリングを作った、延べ1600年も料理を追求してきた英霊から、後日マアエモ・ママは天才と呼ばれることとなる。そして私と姉がシロウさんの弟子となったのは翌年の春だった。
「タカラブネは?」
「宝船? どういう意味だろう?」
「ええ~と、お刺し身の載った」
「ああ! 舟盛りか?」
「そうそれ。あとニツケ。アマダイ!」
「ちょ? 見た目がイリヤなのに和食党なのか!? 待ってろ」
そう言ってシロウさんは扉の奥に消えた。数十分後に出て来た彼は、舟盛りと煮付けを抱えてきた。
「マグロとケンサキイカ、そしてマダイとハマチの舟盛りだ。オーソドックスだけど、活きが良いからウマいと思う。こっちの煮付けは甘鯛が無かったので、アコウダイのメヌケだ」
メヌケとはアコウ、オオサガ、バラメヌケ、サンコウメヌケなどのカサゴ類で、特に深い海で生息し大型にまで育った魚を言うらしい。
釣り上げると気圧の変化で目が飛び出るので目抜けと俗称されている。ノドグロのように口腔内やエラの中が真っ黒な赤魚で、マハタやクエと並ぶ高級魚だ。
当時の私は知る由もなく、アマダイではないのかと箸を付けるまでガッカリしていた。だけど口に運んで飛び上がって驚いた。オイシいなんてものじゃない。
鮮度に、その種が持つ味の系統と個体の味、調味料の質とランク、それを活かす調理技術。それら全部が最上級なのだ。これはお料理上手なママでも勝てない。
「これなら魚スキもイケそうだな。スキヤキみたいにタマゴで食う魚スキなんてどうだ?」
「食べる! 食べる!」
「よしよし。作り甲斐のある子だなぁ」
そして今度はアコウダイのメヌケを使ったダシの効いた魚スキだった。ハクサイにニンジン。シメジにナメコ。長ネギにトウフが入っている。
私がそれに感嘆している間に、父とトオサカの前には、メヌケのカマの塩焼きが並んだ。ロードやランサー、大王には切り身のバター・ソテーだ。
アサシンは一人に戻り、適当に摘んでいる。宗教的な問題で食べてはいけないものが多いので、こうして自由にしてもらっている。お酒もダメらしいからつらいよね。
「この黒いヌードルはなに?」
「糸コンニャクだよ。アク抜きで湯がいた後に塩茹でしてある。だから、ダシを吸いやすいのでウマいと思うぞ」
ヤドで食べたシラタキに似てヘンな食感だったけど、これはこれで合うと思った。黒いので不気味だけれど。けどタマゴとの相性もいい。
なによりこの鍋、味が濃くてオイシい。本当にお肉のスキヤキみたいな甘辛い味付けなのだ。だけどお肉用ほど濃くもない。そのバランスが絶妙と言うか、本当にウマい。
「お料理、上手なんですね? それで以前食べていかないかと誘って下さった?」
「いや、自慢じゃないんだよ。なんて言うのかな? 人がさ、ホッとした顔とか、幸せそうな笑顔とか……。ああいうのを見るのが好きなんだ」
「どうしてですか? 私もおたくの商品はオイシいとか言われるのが好きなのでわかる気もしますが」
「ちょっとむずかしいかも知れないけど、オレの場合は笑顔が原点だったからな。災害現場で救ってくれた人の大丈夫かいって笑顔に憧れたんだ。それが始まりで……けど、それも今は違うな。単純に人が好きで人の笑顔が好きなんだ」
この話の間、少し怖い顔をしていたセイバーがフッと笑った。そしてアーサー王にその会話を訳していた。
その王が杯を取り、こう言った。
「民の笑顔を見たい……始まりはそれであったな」
「が、継いだ国の国力は最低で、農作物もろくに育たん枯れた土地ばかり。それでもなんとか回していたが、たび重なる侵略で国はますます疲弊した」
「うむ。だが……」
「そうさな。いまさら余も征服せよとは言わんが、他国との貿易が滞りなく行える特産物を創らんとな」
「そこだ。それゆえにもたらしてくれた農業の知識は大きい」
「この知識を売るのでなく、こんな痩せた国土でも育つのだというところを見せつけんといかん」
「そこだ。農薬というのか? ああいうのも魔術を併用して作っていきたい」
そこで私は手をあげた。
「保水性、排水性、通気性の高い土作りが一番です。堆肥や肥料のやりすぎも良くないものですよ。まずはここの土地を掘り返して土作りからです。そして生息する微生物の働きを促すよう、土の入れ替えや灰をまくことなども試してみて下さい。その後に少量の堆肥と種まきですよ」
セイバーの訳で王は目を丸くした。
「このような子どもまで知っているのか……」
「1500年の差というより、こいつが特殊なのだ。さすがに8歳で事業を行っている子どもは他に居らん。後世、子どもの王も居たが、それも親の代からの重臣が揃っていたからだ」
「そうか……。ところでこの船に乗った食べ物は美味しいのか?」
「ウマいと言えばウマいんだが。刺し身という生魚を切ったものだ。無理せず、食べるならこちらの煮魚をつつけ。こちらは手が込んでいるし、魚の旨味が堪能できる。ケイ卿には悪いが、ちょっと食えん味だぞ」
この時代の人と限らず、内陸の欧州人はまず魚を食べない。経験があるのは、沿岸部の人か川魚を知る猟師や木こりくらいのものだ。
「そうか、では少し……。こ、これは……塩ではないな? 他の料理の味付けやソースにも驚かされたが、これはこれで素朴な旨さがある」
「それは醤油という東洋の調味料だ。そこに清酒や味醂などが使われている。ダシの旨味は昆布だけだと思う。後はこの魚から出た旨味だ。肉の旨味とはまた違うが、繊細で臭味もなく良いだろう?」
「ああ。今日のこれは全部彼の料理なのか?」
「……そうだ」
そのときセイバーからこんな思念が流れた。
『お前はシロウと会わずにすむ道を行け』
キリツグという名が流れなかったところがセイバーだ。
『目的のためなら手段を選ばない』。それが社会に浸透した企業であって、その行動理念がマナーやモラル、社会常識から外れるなら非難されるべきだと思う。
けれど、誰も気付かないし振り向かない個人活動ならどうだろう? 程度に拠るとしか言いようがない。
また一般人に気付かせてはならない、隠蔽が前提の聖杯戦争下ならどうだろうか? 非難すべき人が知らないのだ。
その点で、セイバーは並行世界の父をある程度認めていたのだと思う。最後の結末はともあれ、やり遂げたことには違いないわけだし。
となるとセイバーは流されるばかりで、街……最悪は世界を滅ぼす可能性のあるにも関わらず動けない新しいマスターを許せなかったろうし、それを止めきれない元のマスターが許せなかったのも納得だ。
ここに来てようやく私の中で話が繋がった。
「ときにセイバー。ブリテンの王に聞いてくれ。本屋で見たんだが、お主は聖杯を探索させたそうじゃが、あれはどうなった、と」
「それをあちらに聞くのか、ライダー?」
「いやぁ~、ち~っとばかし気になってなぁ」
「通訳してもまともな答えは返って来んと思うぞ」
「それはなぜだ?」
「これも神の子の血を受けたそれでなく、魔術師の用意する例の『魔法の大釜』だったからだ」
「あれか? 『豊穣の器』か?」
「そうだ、その亜種だ。それと探索の果てに発見した騎士はパルジファル卿、ガリアのボールズ王の息子であるボールズ卿、そしてランスロット卿の息子のガラハッド卿の三人だが、彼らは円卓の二大派閥の内のペリノア王派だ。あと一つのロット王派はモードレッドを除いた兄妹が、ランスロットに斬り殺されている」
「物騒じゃのぅ」
「反目は無かったが、運命だろうな。ガラハッドは父親の罪をかぶったようなものだ。だがな、大王よ」
「なんじゃ?」
「聖杯とは純潔を通した者にしか触れられぬ代物だという」
「そういうモノか? そりゃいかん」
「まぁ、聞け。発見者は先の三人だが、実際に手に持ったのはパルジファル卿だけだ。彼は純潔だったらしい。ローエングリンという息子がいるのにな?」
「なんじゃそれ?」
「つまりはその程度の代物だったということさ。万物の恵みをもたらす奇跡の杯。ひとたびそれを手に入れれば、無限に食べ物が現れたという。後年の願望器など、拡大解釈された後付けの伝承だ」
「では、それほどのものではないが実際にあったのか?」
「ああ、マーリンに授けた。この地にあったものは杯でなく皿だった。何対かになっていてな、一つ目の皿に料理を盛り付け祭壇に捧げると、それは腐らぬ見本となるのだ。そして他の皿にその見本と同じ料理が延々と食べても食べても盛り付けられる。かなり魔力を要するらしいが、今は幻獣やオーガを罠に誘い込む餌となっている」
「なんじゃ。あの塔にあったあれか?」
「そうだ。蓋を開ければそんなものさ。だが聖杯が本当にあったなら何に使いたい?」
「最初の願いは受肉だったがのう。娘っ子が解決できるんじゃろう? なら、なにもないな」
「私もだ。その皿が民草全員に行き渡るほど数があったのならな。一つ目の皿から離れすぎても使えんし、別の皿に取り分けるにしても手間と魔力がな……」
「ああ、なるほど。お主の願いはそこからか。まこと優しき王よな」
「なにもない国だから惨めに足掻いたのさ」
「セイバーよ。悔しくはないか?」
「以前はな、悔しかったよ。だが国が滅んだのは起きてしまった結果だ。死んでいった者に対し悼みもすれば、懐かしくも思う。ここで知った顔と出逢えば胸が痛くなる。だが、並行世界だ。私の世界ではない。何よりアーサー王もモードレッドも生者だ。私は既に死んでいる者だ。そこを間違えれば手酷い目に遭うだろう。だから死者が聖杯を求めて生者に仇なす聖杯戦争には最初から懐疑的だった」
「ますます気に入った! お主は本当にさばけておるな」
「軍門には下らんぞ? どうやらあいつが死ぬまでそばに着かんとダメらしいからな」
「娘っ子か……。ほんにどんな人物になるのであろうな?」
「楽しそうだがな」
「それは言えるな」
今回は前提的なお話です。次回はアインツベルンの考える聖杯です。