※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第二部 並行世界篇   作:炭団

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ロンドンの一角に、日本人の女性がお勤めになられている魚屋さんがあります。
そこの品揃えだと日本の人も納得ですが、他店はタラとサーモンばっかりです。
釣りはフライフィッシュが主で、餌を使うことが少ないそうです。それは時計塔の講師みたいに、疑似餌を生きているように見せかけ、魚を騙して釣り上げることが貴族のたしなみ……というような思想が根底にあるからだそうです。
Zeroのケイネス先生はそういう意味で、いい味を出していましたね。


その21 夏来たりて

「ただいまぁ~~」

「お帰りなさい、お嬢様」

「ママ、他の人は?」

 

 村の子どもたちと遊んできた私こと83番は、家にルオン・ママしかいないので、マアエモ・ママや本体がどこに行ったのかを尋ねた。

 

「術者のお嬢様はルオンやキリツグ様たちと狩りです。大きなお嬢様は村の娘たちとシロウ様の料理教室に行かれましたよ」

 

 シロウさんは春のお祭り以降、事前告知をして不定期に料理教室を開いていた。これが好評で今は近隣の村のみならず、結構遠い村からも人が集まった。

 事前告知と不定期というところに、シロウさんの葛藤が現れている。教えてあげたいけれど、大勢集まられても困るのだ。食材の調達がままならないし、調理場所も問題だからね。

 そして本体が弓矢で狩りをするようになったのは、実はこのブリテンに来てからだった。彼女に弓を薦めたのは父だった。それは銃を使うことを知っていたからだった。

 もうこの頃は父との仲が良好だったし、娘に銃なんて持って欲しくないという父の気持ちが私たちにも理解できた。それに害獣と言うか幻獣は、起源弾から作ったヤジリを使えば倒せることがわかったのも大きい。

 神秘の濃いああいう手合は、きっちりかっきり魔術回路を持っていて、飛翔するときも疾走るときも回路が励起状態だったのだ。

 あのオークの種族は、昆虫ではないけれどそれと似た生態で、体こそ個別だけれど精神は一つに繋がっていた。それであんな風に倒せたのだと、この頃には判明していた。

 こんな具合で、私たちは毎日を楽しく過ごしながら周りのことをたくさん調べてもいた。そしてとうとう本体は弓矢で、家畜を攫おうとしたドラゴンの一種を射殺してしまったのだ。

 円卓の全盛期でも僅か数人の騎士しかできなかった偉業を、たった8歳の子どもがやってしまった。当然アーサー王の耳に入り、本体も叙勲された。

 ブリテン始まって以来初の、史上最年少『ナイト』の誕生だ。これは国をあげてのニュースとなった。とりわけ父の部下となって本体に弓を指導していたピクトのある戦士は鼻高々だった。

 なぜならこの人は、今はなきトリスタンの従兄弟にあたる人で、そこを買われて父の従者になった人だったからだ。歳の頃は20代なかば。名はカスケイド。戦死した兄がいた。

 ピクト系のトリスタンやカスケイドは、騎士の中で浮いていた。先祖が敵の部族出身なのでどこか遠慮があったのだ。その不満が『王は人の心がわからない』と言い残して円卓を去ったトリスタンの行動に出ている。

 そんな中でブリテンに残った彼は日陰者だった。だけど父は彼に、舞弥さんと同じ匂いを嗅いだ。そして自分と通じる部分を。

 手先は器用で知恵も働く。生きるチカラも生き残るチカラもしっかりある。だけど星の巡りが悪いのか日の目を見ない。そんな彼の生き方に父は、どこかのエミヤシロウを重ねてもいた。

 だから自分の知る限りの知識を彼に与えたいと望んでいたし、父と父の血を引く私たちしか使えない起源弾のヤジリを彼にも使えないかと相談を受けたりもした。

 さすがにここまで来ると私たちにもわかる。父は思った以上に子煩悩で、おまけに息子が欲しかったのだと。だから並行世界であんなにも息子を愛せたのか。

 同情や憐憫、贖罪だけだはなかったのだ。だけど、あいにく姉も私も女の子だ。そしてシロウさんとの縁なんて無きに等しい。

 そんなだから、父はカスケイドを息子のように扱った。私たちも彼を兄のように親しんでいた。お別れの時、本体は彼に愛用のオピネルをプレゼントしたくらいだ

 結局彼向きのヤジリはシロウさんが投影してくれ、それをマーリンさんや私たちで量産化した。塗布する呪いのレシピも彼に渡してある。

 

「ピクトの戦士は弓のウマい人が多いよね」

「北部は必中でないとやっていけないからです。獲物が少ないですからね」

 

 ピクトとはケルトに飲まれ、サクソンに飲まれて消えた、ハイランダー(スコットランド地方の先住民)だった。お祖父様は父方がケルト系で母方はスコットランド人だ。

 混血を繰り返しているけれど、元々アインツベルンのご先祖は中央高原からヨーロッパに流れ着いた初期のケルト人だった。

 それがどこかで魔術や呪術を得、シャーマンとなり薬師となっていった。そしてそれが続いて今のアインツベルンがある。人の歴史って不思議だ。

 私や本体はカスケイドから色々学んだ。もう史実に残っていないピクトの文化や、特異な魔術、パワーのある文字などをどんどん吸収した。

 この期間があったから、古ルーンやフェニキア文字を学べたのだ。何より大王がこういうのに詳しかった。だからしっかり学んだ。

 本体や私が手帳やノートに書き込んだ研究ノートを見たロードとウェイバーは唸った。

 

「これを時計塔に持ち帰れば大事だ!」

「さすがは理事だ。文字の方から調べられたのか」

 

 そうは言うが、ウェイバーはウェイバーで幻想種の生態や、この時代にしかない草花をスケッチ付きで調べていたし、ロードも後年とは異なる流体の法則を解き明かしたりしていた。

 ロードは宝石魔術師ではない。それでも鉱石科を率い、降霊科の一級講師に収まっているのはソラウさんとの関係だけではない。その実力があってこそだった。

 そんなロードから薫陶を受けるシンイチもウェイバーも、面白いようにどんどん伸びていった。

 だけどこれが面白くないのはトオサカだ。彼も熱心な人物だけど、いかんせんシンイチを導く水系はからっきしだし、得意とする宝石があまり出回っていない時代でもあったのだ。

 宝石魔術は比較的新しい魔術だ。古くからある魔術だと錯覚しがちだがそれはローカルな話で、学科として成り立ったのもここ300年のことだった。

 いや、宝石翁という先駆者がいなければ、鉱石科の中に組み込まれもしなかったろう。ただ魔力タンクとして、その利便性に気付く者は居た。だから研究者も徐々に増えた。

 しかしいざ魔術を行使しようと思えば、これほど効率の悪いタンクもなかったのだ。ワンアクションで開放できるとは、徐々に取り出すことが難しいという意味でもあった。

 だから宝石魔術はイコール翁の弟子筋に絞られてしまった。その他大勢の学生は、鉱石科で学ぶべきはパワーストーンでなく、霊脈が地層や地質にどのような影響を与え、どのように利用できるかを探ることだったのだ。

 だから転換や流転・流用が重要となる。エーデルフェルトほどの大家でも、そこをルーンなどで補っていた。これを体内でできてしまう『天才・トオサカリン』はまだ幼く、その才能の芽も小さかった。

 だからこそ、トオサカは宝石に偏り過ぎてしまった。なのでとうとう音を上げた彼は、シロウさんを通じて魔法使いに教えを請うた。

 

「霊脈や質量に圧力、そして年月などを読み、その経路の途中にある鉱石や呪体がどう変質するのか。そこを知り、魔術でそれを人工的に促すのですわ。新しい宝石を100年物と同等にしたり、採鉱前の鉱脈を全部当たりに変えたり。宝石魔術は魔力を閉じ込められる点こそ便利ですが、それは礼装でも行えることです。本質は地質学と変わりません。重要なのはそれをベースとしつつ、どう発展させるかなのです」

「ああ……立派になって……」

「あの?」

「あ、失礼しました……」

「いえ。昔、工房で父が跳ねる馬を作って下さって。私のスタートはそこからでした」

「ああ……」

「ですから、あなたのお嬢様に残せる研究をしていきましょう」

「ええ、そうですね! その通りです」

 

 その日からトオサカは手帳にびっしりと文字を記した。紙が足りなければ、私のノートを差し上げたりもした。元々地道な研究をしっかりこなすタイプだったから、目的を得た彼は水を得た魚だった。

 このときの研究ノートが、魔法使い・遠坂凜を形作ったのは間違いない。

 

 やがて本体とマアエモ・ママたちが帰って来た。猟果(釣果はあれど、日本語にはない表現)はカモと野うさぎだった。シカも見かけたそうだが、子連れだったので見逃したという。

 

「やっぱりそういうのは見逃しちゃう?」

「いやぁ、来年のために取っとかないと。獲るなら大きくなってからですよ」

 

 嘘ばっかりだ。彼女は子連れとか、そういうのにめっちゃ弱いのだ。それと思った以上に感激屋で泣き虫だ。本人は絶対に認めないだろうけど。

 実際、ひと目を構わず泣いていたのは、セイバーさんに対してだけだったように思う。自分で言うのもヘンだけれど、泣かないのは私たち中立派だったりする。

 けれどカモを獲ったのはお見事だ。ざっと五羽はいるだろうか。解体処理後は礼装の氷室で寝かせて、いくつかご近所に配る。これは毎度のことだ。

 そして熟成したジビエは、鍛冶屋さんに特注したスキレットでハーブ焼きにして食べたりしていた。この頃のパンは、ライ麦だけでなく小麦のも出てくるようになっていた。日増しに生活が豊かになっていく。

 

 これは欧州人ならわかると思うが、屋外での料理も数多くやった。お鍋やスキレットはそこらにあるものを使う場合が多いけれど、森に出かけるときは持ってきていたキャンプ道具をよく使っていた。

 トランギアのメスティンやフランス軍のメスキット、ロシア軍のキャンティーンなどだ。

 メスティンは蓋と取っ手のついた四角いお鍋だけだけど、メスキットは入れ子になっていて、厚底の蓋部分と底のお鍋に取っ手が付いている。

 この中に中子となったお鍋が入っていて、3種類のお鍋になったり蓋になったりする。かなり便利な道具だ。

 キャンティーンは米軍のキャンティーンより小さいけれど、外側の容器が深く蓋も深い。この蓋がお皿になって、底の出っ張りが下側の蓋となる。水筒付きミニ飯盒として使えるので、これまた便利だ。

 日本で暮らすようになってからは、日本製の飯盒や四角いクッカーも数多く揃えたが、この三つはずっと現役だった。だってお米が綺麗にオイシく炊けるという美点もあったからだ。長年愛用しているビリー缶より、ご飯がオイシく炊ける。

 そして日本製の炊飯専用クッカーも色々揃えてみた。一人ならEPIガスのアルパインクッカーが良かった。二人以上なら断然ユニフレームのライスクッカーだ。どちらも縁が蓋より高いので吹きこぼれないのだ。

 メスティンは四角く薄いので、どうも均質に炊けない気がする。お手軽で便利なのは認めるし、アルミのパウンドケーキ型でぴったりなのを探して入れれば、焦げ付き知らずで使えたり、後でお湯だけ沸かすことも簡単だ。

 四角いから下駄付きの網も手に入りやすいれやすい。なので蒸し物も意外と作れる。そういう工夫で、色んな使い方ができる楽しみのあるのがメスティンだという人もいるくらいだ。

 だけど蒸し物にレギュラーは小さすぎるし、ラージは大きすぎる。それなら入れ子の四角いクッカーの方が断然便利だ。なによりそんな工夫はどのクッカーを使っても同じだからね。

 エバニュー・ハードアノダイズド・スクエアクッカー、ユニフレームのスクエアクッカーに山クッカーとか。私はああいうのが良い。ラーメンも作れるし。

 同系列のまる鍋でエバニュー・チロルクッカーとユニフレームの山クッカーがあるけれど、注ぎ口など細かい作りで廃番のエバニューやモリタなどに軍配が上がる。クッカーは古い方が優れていたと思う。

 だけれど、このスクエア・クッカーは角から注ぐのでどのメーカーのもそう変わりない。蓋付きの大鍋と小鍋にミニフライパンのセットが出ているが、丸鍋二つのビギナー・セットを買うなら絶対こちらをお薦めする。

 円筒形のようにバーナーの上で安定しないということもないし、焦げ付いてフライパンとして使えず、取っ手が重くて落ちてしまう蓋じゃないから密閉性も高い。

 何より小鍋だと1合や1.5合のご飯が炊けるところが素晴らしい。更に探せばこの小鍋にスタッキングできる小型丸鍋が絶対にあるので、何かと便利なのだ。

 収納袋に下駄付きの網を入れれば蒸し物もOKだし、正方形のステンレスバットやアルミホイルなどを併用すれば料理の幅がもっと広がる。煮物・炊き物・焼き物・揚げ物となんでも来いだ。

 そしてここに、クリップポイントをドロップポイントにしたオピネルなんかを入れておくと言うことなしだ。

 ちなみにアウトドアで一番優れたナイフとはなにか?

 女の子の目線から言うとズバリ、キッチンナイフ(普通の包丁)だったりする。峰が厚くバトニングできるナイフなんて要らない。あんなの斧や鉈(ナタ)の方が早い。

 それよりも食材が綺麗に切れ、切り口が美しくお手入れが簡単なナイフの方が断然良い。

 長さが気にならないなら、ウェンガーのキッチンナイフやスナックナイフでも良いと思う(後に吸収後、ビクトリノックスでこの系統のナイフが残っている。そちらも安くて良いナイフだ)。

 ただ、野菜・肉・魚とせめて三種類は欲しいと思うところが、私の悪い点だ。だけどスライサー(筋引き)に、フィレナイフ(※フィレットナイフの略)、ペティナイフの三種はアウトドアでも用意したい。

 

※ 肉や魚を骨なしの切り身にまで持っていく、捌き専用のナイフ。特徴は細長くしなるところ。このしなりを活かして素早く腹骨や中骨をすいたり皮を引いたりする。いわゆるトリミングが行えるナイフだ。

 魚の卸業者が包丁を鶴首にするのは、このフィレナイフのような使い方をするから。

 ただし、エラをグリッと取るには、もう少し硬く尖ったスライサーの方がやりやすい。西洋人はお頭を食べないからエラを落とさないのだ。

 また西洋の魚業者はこのフェレナイフの長さ違いを数本と、フックなしのガットナイフ(毛皮を裂き腸を抜くフックが背に付いているタイプがガットフックナイフ、フックなしをガットナイフという。刃の形状は似ているが用途はかなり違う)をよく使う。

 長さを変えるのは、しなり具合を変えるためだ。ガットナイフは魚のあらを切り分けたり、貝を剥いたりするのに使われている。

 なおオピネルに折りたたみのフィレナイフがある。キャンプでの調理にはこれしか使わないという人もいるくらいだ。

 

 そしてそんなナイフよりもっと重要で使用頻度が高いのが、ピーラー、キッチンバサミ、トングの三種に、まな板にお玉にフライ返しだったりする。

 もちろん行程や荷物の重さを考慮して、キッチンばさみを省いたり、フライ返しを割り箸にしたりするけれど。お味噌汁やスープを二人分、お玉なしで分けるなら角から注げるスクエアクッカーが一番だ。

 

 カモの毛をむしって、お湯を掛けてツルツルにする。そこから内蔵を取って、キッチンペーパーやハーブを押し込んでラッピングする。そして礼装を設置した氷室で寝かせる。このラップがいよいよ切れかかっていてつらい。

 

「万一の場合に備えて、一つの村に一つの食料倉庫を設置したいところですが、いかんせん保存が利かない点が痛いですね」

「氷室用の礼装も、神秘の拡散を考慮すればそうホイホイ使えるものではありませんしね?」

「そこですよ。酢漬けと塩漬け、燻製と塩干。この冬に一通り試しましたが、限度があります。やはり芋と豆ですね」

「冷暗所に置けば、数ヶ月は持ちますからね。家畜も大きく育っています。それと根菜類のリボーンは広めて正解でしたね」

「はい。ハーブで慣れている人が多いので、思った以上に浸透しました」

 

 牛は誰もが知っているあの牛ではない。もっと野性的でライダーさんの神牛に近い。馬もサラブレッドとは程遠く、ずんぐりむっくりだ。

 ヤギやヒツジは新たにガリアから輸入した。芋の植え方や育て方をセットにして交渉したのだ。しっかり育てばやがて乳製品が作れる。私たちはチーズに飢えていた。

 そして、当然ながらニワトリなんていないから、どの家もアヒルを飼っている。アヒルはこんな時代からいたんだなぁ。ニワトリのタマゴより大きく、栄養価も高い。カロリーは2倍だったかな?

 黄身が大きい割に白身が少ないのでお菓子作りには向かないけど、年間150~200個の無精卵を産むから、当時から貴重なタンパク源だった。

 そしてシエンタン(鹹蛋)という塩漬けした保存食が簡単に作れる。八角がないのが痛いけど、シロウさんや本体の頑張りもあって、レシピが一気に増えた。

 イノシシのベーコンをシエンタンにぐるぐる巻いて、燻製したスコッチエッグもどきは大ヒットで、ケイ卿主催の料理コンテストで優勝を勝ち取ったりもした。

 もちろん有精卵は孵化させて、メスならそのまま飼い、オスなら大きくなってから食べる。後ろを着いてきたりしたら本当に可愛い。だけど人が生きるとはそういうことだった。

 本体が狩猟に出るのも、飼っているアヒルを殺したくないからだ。そういうのは皆んなわかっていた。それでもいずれは食卓に上ったりするんだけど。

 

 ところで本当にイヌやネコを見かけない。

 食べられてしまったとかでなく、元からいた痕跡がない。イヌはわかる。ヤギやヒツジが少ないからそうなるんだろうな。そしてネコは……。人が生きるのに精一杯なのに愛玩動物はないだろう。

 アーサー王は昔、獅子の子を飼っていたそうだ。こんな緯度の国なので数年しか生きられなかったそうだけど。捕まえてきたのでなく献上品だったそうだ。

 可愛がっていたが、育て方なんて誰も知らない。だからある朝冷たくなっていた。それ以来、ペットは飼っていないとセイバーさんも証言していた。

 ウマやヒツジのような役立つ動物以外は飼えない。それがブリテンだった。

 そんなだから家畜の肉は貴重だった。締めで血抜きをシッカリやって、とにかく肉に臭みが行かないようにした。寄生虫が心配なのでとにかく加熱するレシピばかりで料理を作った。そんな解体処理方法やレシピをどんどん広めた。

 イノシシのフィレ肉で作ったシュニッツェルや香草焼きは、あっという間に広まった。シロウさんが作った角煮は、王侯の食べ物とまで絶賛された。

 そしてこの人は、内臓までも食べられるように処理して、煮込みや鍋を作っていた。さすがに処理に腕の差が出るので、人には薦めなかったけれど、マアエモ・ママはその方法を完璧に覚えてしまった。

 いわゆるホルモン。私たちは初めてのこれを、イノシシで体験したのだ。ブリテンにはイノシシだけでなく、クマやシカもいたしオオカミもいた。

 けれどクマとオオカミは遠くで見かけるだけで、人里には来なかった。それは今となっては信じられないが、ワイバーンの存在があるからだ。

 ワイバーンはドラゴンに襲われるのを恐れて、人里に近いところで生息する。そして彼らの餌となるのが、群れからはぐれたシカやオオカミなのだ。

 大型のクマはワイバーンとともにドラゴンに食われることが多い。村を出て里からも出れば、そこは弱肉強食の世界だった。だから女も子どもも、里のある一定の範囲から出たりしない。

 出る必要のあるときは集団で出る。数の多さが一番安全だから。わかるかな? 山菜やキノコを狩る範囲はまだ里の中なのだ。狩猟はそんな人里から出る必要があった。

 本体がやっていることは、子どもがやっていいことではなかったのだ。そんな彼女が中くらいのドラゴンを倒してしまった。だから大騒ぎになったのだ。

 そしてドラゴンが食べられると知ったのも貴重な体験だった。解体は傷が癒えたケイ卿の指導で若い騎士とシロウさんが行った。驚くなかれ、千人分くらいの肉が取れたのだ。

 味はワニ? トリのささみのようにパサパサしていた。ここがウマいんだと、騎士たちは焼けた脚というか大きな爪のある指にかぶりついていた。

 ケイ卿など重鎮は、きちんと処理をした肝を食べていた。長寿の秘訣らしい。

 

 ここで一つ重大なことを知らせよう。なぜこんな同じような話を何度も私が繰り返していたか。それは避けたい話があったからだ。ズバリ、それはこのドラゴンの肝にあった。

 最上級の神秘、現代には生息しない幻獣の最高峰。そんなものを『ラインの黄金』を持つ子が食べれば。『ラインの黄金』とは本体がそう願ったことで、神秘を取り入れ己のものにするチカラがある。

 そしてそれは性質を取り入れるのでなく、その神秘をまるごと取り入れるものだった。あのセイバーさんが鼻血を出すほど膨大な魔力持ちが、ドラゴンに等しい神秘を手に入れたのだ。

 つまりその下腹部にある『ラインの黄金』は、今までのような魔力タンクだけでなく、これ以上ない魔力炉心として使えるようになった。またこれと同じように内蔵から変貌し、現代の技術では殺せない身体となってしまったのだ。

 ここまでの変質は誰も予想してなかった。肝はクスリと信じられた、民間信仰程度のものだったはずだ。それがジークフリートの背中みたいな弱点もない、恐ろしいまでの現代魔術師を生み出してしまったのだ。

 

 これがあってドイツと日本で離れて暮らせるようになった。これがあって彼女は凜の作ったゲートを潜れるようになった。これがあって黄金の王以外の英雄王の宝具を何セットも扱えるようになってしまった。

 神代の魔術師では起きなかった現象が、『ラインの黄金』があったがゆえに変質したのだ。強化の魔術を使えば誰も相手にならなかった。加速の魔術を使えばランサーと並んで走れた。

 それが希望だったのか、悲劇の始まりだったのか、私には今だにわからない。だけど私たち分割思考の産物が、以前の彼女並みに魔術が使えるようになり、一緒に暮らすようになった双子のイリヤまでがどんどんと変わっていった。

 そして29番は好奇心に負けて、絶対に食べるなと言われていた心臓をほんの少し食べてしまった。ドラゴンのハツは本当にクスリとして信仰され、病気の者やケガをしている者に少量ずつ配るものだったのだ。

 その切り分けて干していたものを食べちゃったのだ。意識不明になること三日。目覚めた彼女は本体とパスが繋がった状態で受肉してしまった。

 

「あの受肉のクスリって……」

「これが元だね、間違いなく」

「それとこの時代の人は耐性があるんだと思う」

「だから、クスリ程度で収まっている?」

「そう。だけどときどきセイバーみたいな炉心持ちが生まれたりもする。毒とは言わないけど、やっぱりキツいんだよ」

「英霊は……ああ、変質しているから元に戻るみたいな?」

「そう。そういうのを正しくしようとする効能が高いんだね。少量頂いて、もっと研究しないと」

 

 そして胆のうを含んだ、その他の内臓は食べられないのだそうだ。特に危ないのが膵臓や肺だ。火を吹く生物の内臓は危険だと教えてもらった。

 そしてこのドラゴンの肉は、トオサカや父の火を強化し、ロードの風を強化した。だけど水だけのシンイチには効果がなかった。言われてみれば納得だ。つまりはドラゴンの種類が属性に合うか合わないかだ。

 それと……本体は魔法使いや英霊とは違うベクトルで電波人間になってしまった。とにかくなにを受信しているのか、支離滅裂なことを口走るようになってしまった。

 

「タイガースよりドラゴンズですよね?」

 

 なんのことだよ? ママたちは前からだと言うけれど、前より酷いような気がする。

 そして彼女はこの時代、誰も知らなかったシュリンプ・フライのタルタルソースがけをシロウさんに披露した。

 

「これな。エビフライっていって、日本で生まれた洋食なんだよ」

「あ、あるの?」

「自分で考えたのは偉いし、タルタルソースと組み合わせたのも偉い。パン粉がライ麦パンなのはどうかなって思うけど、よく出来てるよ。けど、残念ながらとっくにあるんだ……」

「フィッシュ・アンド・チップスから着想を得て、色々工夫したのに……」

「ああ、あの薄い衣からシュニッツェルを考えて、ここまで持って来たのか?」

「そうです。この衣なら、イノシシの肉を叩いて伸ばしてカラッと揚げられるのに……」

「ああ……。第二段階も考えてたんだな……?」

「はい。どうですか? これならイケそうですか?」

「ホント、悪い……。そいつはトンカツだ。それも日本料理な」

「エコノミックアニマルめ! どうしてアメリカは日本を滅ぼさなかったのか!」

「無茶言うな!」

 

 そんな無意味な言い争いの二日後、なぜかシロウさんのお詫びとして皆んなで釣りに行った。釣った魚をその場で処理して焼いて食べるのだ。

 そのための長いシチリンを持っていった。包丁やまな板などなど、必要な道具はシロウさんが投影する。こちらが用意するのは、塩とハーブにカラトリーと炭だけだった。

 参加したのは私たち3人とランスロットさんにシンイチ、そしてシロウさんとランサーだった。

 

「ここもブリストル海峡なんだよね?」

「そうそう」

「ほら来たぞ」

「もう?」

 

 シーバス(スズキ)だった。そこからカレイにヒラメを釣るシロウさん。岸壁ってほどではないけど、段差のある棚から糸を垂らすと底にいるらしい。

 釣り人がいないので、すぐに食いつくのだ。しかも沖に船で出なくとも、潮でぐるぐる周っているから気長に待てばなんでも来るとか。私らでもサバが釣れたし、ランサーもアカガレイを釣っていた。

 

「こんなところをどうして?」

「騎士の何人かがこういうのに詳しくてな。ほら、あいつだ。カスケイド。あいつが言うにはこういう少し出っ張った岩棚の下に、魚が来るんだってさ。まさかここまで釣れるとは思わなかったよ。ホント、魚がスレてないな」

 

 へぇ~。それとちょっと驚きなのが、ブリテンの人はニシンをあまり食べず、サバかサーモンが多いらしい。それでも魚を食べる人口はとても少ないという。

 ちなみにサバは英語でマックロウという。真っ黒と発音すれば通じるよ。

 

「なぁ、パミ」

 

『パミ』とは83番である私のことだ。最初、この人は『ヤーさん』と言ってセイバーさんに窘められていた。意味を知って驚いたけど、この頃は皆んなが私たちを別々捉えてくれて色んな呼ばれ方をしていた。

 29番は肉→ミート→ミトで『ミト』と呼ばれるようになった。本体は29番をからかうとき、「城おじ」とか「ミト爺」と呼んでいる。どれだけアニメが好きなのだ。シロウさんは納豆と呼ぶときがあるけど意味がわからない。

 

「なんですか?」

「もう、リンも約束通りあの子をどうこうとは考えていない。そのためのここでの1年だから。なので、ドラゴンの特性を得てしまったことも不問にしている。だからあの子を……」

「大丈夫ですよ」

「え?」

「大丈夫。今はまだ精神が肉体年齢に引きずられてしまうからで、もう少し成長すれば変わります。ああ見えて彼女は、人の変化をきちんと見て把握しています。セイバーさんが父の将来を危惧して貴族にしちゃったでしょう? それで父も、あれから変わってきたじゃないですか。私たちもそれを喜んでいます。特に彼女はそうですよ。もちろん、今後も彼女が暴走しないように、私たちで見守ります。リンさんが期待されているのは、並行世界を巡ったときの影響力でしょう?」

「そうだ。暴力といったチカラワザが必要な場合もあるだろうけど、あの子の言葉でもって、出会う人の運命を変えて欲しい」

「シロウさんたちが行っても、そんなに変わらないんですか?」

「変わらない。変わる場合のほうが少ないんだよ。それが運命と言ってしまえばそれまでだけど。まだ……ただの人だった頃のほうがマシだった。理(ことわり)から外れるって、そういうことなんだな」

 

 この会話は29番にも本体にも当然伝えた。外に出ている私たちは招集されなかったけれど、彼女の中では何回も会議が行われたことだろう。

 元の世界に帰った彼女は発する電波発言こそ酷くなったけれど、行動はグッと大人になった。自分が周囲に与える影響や人々の心を考えて行動するようになった。

 失敗は、この4年後に起きるあの家出くらいなものだった。ママたちやセイバーさんには迷惑を掛けたが、それも母親とわかり合うためには必要なことだったと私は思っている。

 そしてそれを乗り越え中学生になった彼女は、思春期ならではの反抗期さえ制御下に置いていた。

 魔術師はその血統と代々伝えられる教えを重んじているので、子どもの調整にも余念がない。どこの子どもも、胎児や乳児の頃から調整を受けている。

 それだから聞き分けが良く、賢い子が多いのだ。そしてそれは魔術刻印の移植に備えてでもあった。

 次代に紡ぐ上で、普通の人と同じような未熟な精神では困るのだ。その家の目指す目標をしっかりと認識し、子の子、つまり孫やその子にも繋いで行ってもらわねばならないからだ。

 すると当然、思春期など無駄な時間以外何者でもないとなる。ところが生まれつきどこに魔術回路が宿っているかで、大きく左右されてしまう。

 シンイチのように魂という霊的な部分なら、肉体へのフィードバックは皆無に近い。だけど筋肉や神経なら。個人差はあるが、生半可な成長痛ではないのだ。

 トオサカはそこを危惧して、刻印の移植を二次性徴が始まると同時に行っている。ようは神経を逆なでする痛みを、外部に求めるのだ。

 が、本体は刻印を小学校に入る前に移植してしまった。逃げ隠れ無しで襲い来る回路の痛み。並の魔術師以上のものを持っているからこその、常人が知る由もない苦しみに彼女は耐えた。




次回は冬木に戻ります。ただし……。
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