「なんでウェイバー君は日本語が?」
オヤジの疑問だけど、そうだ。どういうことだ?
「私の魔法ですね。便利ですよ、この杖は」
「ってか、その杖とその服、壊滅的に合ってないな?」
「リン、別にこいつを殺してしまっても構わんのだろう?」
「可愛い声で物騒なセリフを言うな! そもそも遠坂は部屋で寝ててここには居ねぇ! つ~か、やっぱり元はあいつなのか?」
「みたいですけど。どこか違うような気もします。なんと言うか……殺意じゃなく、からかって楽しんでいるだけのような……。セイバーと同じで、別のアーチャーなのかも。あ、そうだ!」
「なんだ?」
そしてエルちゃんは呪文を唱えてお金を投影した。それも床が抜けるくらい大量の硬貨だ。
「私の錬金術と相性良すぎ!」
「使えるか、こんな偽造品! 破棄しろ破棄!」
「言質は取ったぞ、贋作者(フェイカー)。剣を投影するたびにこのコインを思い出せ。ハハハハハハ!」
「クッソ! 誰の真似だよ!」
そんなギャグをひとしきり終えた後、パミとミトを交え皆んなでお茶を飲んでいた。
「言霊だよ」
「どういう意味だい?」
「衛宮君を言葉で縛ったんだ。これを凛が繰り返せば、彼は投影魔術に躊躇する。理事は君の懸念事項を一つ塞いだんだ」
オヤジと遠坂の親父さんの会話……やられたって感じだ。
するとロードという人が、エルちゃんにこんな質問をしていた。
「本当に半英霊化しているのかね?」
「ええ、おかしいです。『ラインの黄金』があれば英霊化する理由がありませんから」
「可能性の一つ、あるいは分割思考の一つと考えるのが妥当だが、並行世界の同位体の可能性もあるな」
「そこですよね。この能力を持った私がステッキを握っているならある程度情報を掘れますが、なぜか繋がるのがイリヤスフィールの同位体ばかりです」
「え? イリヤが?」
「私が杖を?」
「はい。ピラピラの服を着て魔法少女に」
「何をしているんだ、そこのイリヤは?」
「私が魔法少女? ないなぁ。想像つかない」
「ですよね。わけがわかりません」
しっかし、これって高校生くらいの姿だよな? えらい美人だ。イリヤも成長していたら、こうだったのか……。
「なぁ、イリヤはこの先、背が伸びるのかな?」
「伸びると思いますよ。ただ、伸びても150センチ台前半かな?」
そんなものか。そういや今のエルちゃんも桜とそう変わらない。
「シロウ、そんな顔しない。低くてもお姉ちゃんだよ?」
「ハハ……そうだな」
そしてエルちゃんはこんなことを言った。
「マコトのこともそうですが、イリヤさんのこともそうです。リンさんとしっかり相談して、学校に通わせ一人前になるまで育てて下さい」
「それはそうだ。けど先立つものが……」
「お金ならマキリの遺産を利用できると思います」
「どういうことだ?」
「シンジは死にました。ここにいるのはサクラさんの従姉妹です。正統な法定相続人はサクラさんですよ?」
そうなるのか……。なんだかそこらの魔術師よりエゲツない。
5時半。メイドたちが晩飯の用意をし始めた。手伝おうとしたら、断られた。と言うか入る余地がない。手際が良すぎるんだ。
背が低い方のメイドは、これも買ってきたのか30cmはありそうな牛刀で、キャベツの千切りを鬼のような早さで作っている。
高い方のメイドは、コンロを目一杯使ってトンテキを焼いていた。18cmくらいのフライパンが3つだ。普通、家でこんな風に、同じ大きさのフライパンで料理をすることなんてない。
それだけに軽いショックを受けた。大人数の料理というのを俺は経験がない。メイドの二人はそれをテキパキとこなしながら、あのクォリティなんだもんな……。
そこへ、親父さんから宝石を飲まされた遠坂が居間に現れた。魔力供給? 親父さんに殺されるよ……。
「遠坂、もう良いのか?」
「ええ、なんとか。そうだ……」
遠坂は台所に向かって一言二言話していた。メイドたちも笑顔だったので、お礼だったのかな?
「それもあったけど、桜の食事よ」
「目が覚めたのか!?」
「うん、一時的に。まだ、本調子じゃないけど……本当に良かった……」
遠坂の青い瞳から涙がこぼれた。
ところでエルちゃんは、食事の間もずっと高校生くらいの姿だった。
「なんでその格好のままなんだ?」
「タンパク質を少しでも多く摂りたいからです。思いっきり食べないとヘトヘトなんですよ」
思わず彼女に向かって頭を下げた。いや、畳の上だから土下座に近かった。
「か、顔を上げて下さい! 半分冗談ですから。この体は半英霊化しているので、魔力さえあればそこまで疲れません」
焦って赤くなった困り顔が、なんとも可愛い。けど、この子は只者ではなかった。
「ですけど、人は第三者の評価があってこそ成果を味わえるものなのです。報酬を二の次にするのは個人の考えでしょうけど、評価を受け取らない者は自らの行為に責任を持てない人ですよ」
オヤジがうなずき、俺をジッと見た。この言葉を胸に刻めということだな。俺もオヤジにうなずいた。
「それと言語の魔法を維持しないと」
あ、そうか。それでエルちゃんは帰るまでその姿でいることになった。
「スジを上手く切ってあるのね。柔らかいわ」
「うん。これは良いね」
「やっとイノシシ以外が食べられる……」
「すっかり食事を覚えおって。しかしリンゴなのか? このソースが良いな」
「ブタのステーキって美味しいんだな」
「余はこのカラシというマスタードが気に入った」
「脂が多いわ」
「イリヤ、背を伸ばしたいならしっかり食え。それにアイリスフィールみたいな胸になりたいと思わんのか?」
「な、なりたい!」
「だろう? 並行世界の妹の胸も結構あるな。私より大きいのが悔しいぞ」
「あなたは本当に私なのですか?」
「ウルサイ。ナイチチの村娘」
「ムキ~~~ッ!」
「アーサー、食事中は静かに。キャメロットでそう決めたのは、あなたですぞ?」
「なんで貴公は話せるのだ!?」
このワイワイガヤガヤと楽しい晩飯……皆んなの笑顔。そうだ。俺が見たかったもの、欲しかったものってこれじゃないか……。
「衛宮の名を得るまでは、そういう家だったのでは? お役所など周って、自分のルーツを探ってみるのも手ですよ?」
「そうか……兄弟がいた可能性があるのか」
「そうそう。士郎さんが忘れていると、誰も弔わないってことですよ?」
「あ……そういう風に考えなかった」
そうだよ。記憶を失っていても、兄弟が居たと知ったなら弔うことはできる。そんなことも思い付かないなんて。俺はもう一度エルちゃんを見た。
「過去が悲劇だからと短絡的に考えていたからです」
「え?」
「蓋をしたい。けれど忘れてもいけない。だから繰り返しちゃいけない……それ自体は良いんです。けれど省略しすぎです。まずは自分の過去を受け止めて精算しないと。それがあって人様の悼みと悲しみが理解できるのでは? 自分の痛みは封印しているのに、他者をどうこうっておかしいでしょう? そもそも、緊急時に颯爽と現れるヒーローってマッチポンプだと疑うのが普通ですよ? 1回や2回ならまだしも、毎回毎回だとそいつが原因じゃないかと」
そうだ。教会からの帰り……なんで俺はあの言葉が苦しかった? 悪を待っているとかじゃなく、災害を……悲劇を待っていたかのように感じてしまって苦しかったんだ……。
こうして指摘されるとわかる。俺は過去を調べよう。そしてイリヤやマコトちゃんを見守りながら、もう一度自分の道を考えよう。
「オヤジ、後で相談したいんだけど良いかな?」
「ああ、もちろんだよ」
食後、俺はオヤジとたくさん話した。
翌朝、俺と遠坂は学園に向かった。いい加減授業に出ないとマズいからな。
それとそう決めたのは、桜が昨夜遅く起きてきたからだ。知られたくなかったことを俺が知ってしまった。そのことに恨み言を言ったりしていたけど、遠坂と親父さんがそこはしっかり言い含めた。
親父さんや他の人の存在に目を丸くしてしたけど、事情を飲み込むと今度は親父さんに文句を言っていた。だけどそれは並行世界のことだ。
あちらの桜がまだ5歳の幼稚園で、養子に出す予定もないと聞いた桜は崩折れてしまった。だから親父さんは想像しうる限りのことを話してくれた。
「魔術協会との門が狭かった可能性がある。つまり耳に入る情報が、少ないとか古いなどだ。桜、魔術師は一子相伝とされていた。それはなぜかわかるかい?」
「えと……神秘の秘匿」
「そうだ。学ぶ者が多いと拡散に繋がるからね。だけど神秘への信仰を深めるために、浅く広くは知って欲しいものでもある。だから跡継ぎからあぶれた者を他家に養子に出す家があったのだ」
「え?」
「考えてもごらん? なぜ子どもを二人も三人もつくるのかを。それは少しでも優秀な子どもが欲しいという理由もあるけれど、跡取りが病気や事故で亡くなる場合もあるからだよ。そして勘違いして欲しくないのは、子どもというのは大切な継承者である前に、血を分けた可愛い存在なんだ。それはどこの親でもそうだと思う。ただそれとは別に、跡取りという意味合いもあるということだ。そしてそれは事業を行っている、魔術師でない家でも頭を悩ませることだ。そしてここからが想像だが、間桐臓硯は君の父親に跡取りにさせると言い切ったのでは?」
「桜、間桐が枯れていく家なのは私も知っていたわ。慎二は魔術回路がなかったんでしょう?」
「そこで同時にいくつものことを考えたのだろう。幼い頃の凜は身体が弱くてね。生まれて初めて家にやって来たのが、5月だった。ずっと入院していたんだ。だから次の子をと……だから年子なんだよ」
これには遠坂も桜も驚いていた。
「そして生まれてきた次子は健康で、とても活発な子だった。おまけに姉に劣らぬ魔術的資質を持っていた。一時は跡取りはこちらかなと考えたこともある。私の場合はね。だけどその資質は、大きくなったら怪異を招き寄せたり、最悪はホルマリン漬けにされる可能性もあったんだ。五大とは異なる『虚』属性の中の『虚数』。少なからず私は、桜以外にこんな属性を持つ人を知らない。そういうことだから、君の父親はこうも考えたんだと思う。それは同じ養子に出すなら、桜を守りきれる名門で、その才能の芽を潰さない家が良いと。そんなタイミングで間桐から声が掛かったのだろう。そして聖杯戦争だ。遠坂だけなら七分の一だけど、桜の間桐も数えるなら七分の二になる。わかるかな? アインツベルンには千年の歴史がある。普通に考えれば太刀打ちできる相手ではないんだ。だが、遠坂と間桐が組めば。凛ならここまでの話で納得できるだろう?」
遠坂はうなずいた。
「だが、桜はとても納得できない。それはそうだろう。並行世界の私がいくら桜を愛しているのだと訴えても、それは向こうに残した園児の桜であって君ではない。またそんな話で過ぎ去った11年が帰って来るわけもない。なら私が言えることは、喧嘩しても良い、言い争いながらでも手を取り合って、強く生きて欲しいという言葉だけだ。死んだ君たちの父親がどうだかはわからないけれど、少なからず葵は君たちを愛していたはずだ。ピアノの裏とか探してごらん。絶対に桜の写真が、へそくりと一緒に隠してあるから」
そこで夜中、遠坂と桜がセイバーとともに自宅へ帰った。先に寝ていてくれと言われた俺は、布団の上でゴロゴロしていた。
やがて帰って来た二人は手を繋いでいた。今夜は二人で眠るという。
「写真は?」
聞く必要もなかった。
そして登校の途中。
「ケンカか……」
「え?」
「桜は士郎がずっと好きだったの。知ってるでしょう?」
「え? あいつは家族で妹のようなもので……」
「朴念仁! 普通の子が朝っぱらから男の家に入り浸るか! そういうところが常識ないっていうのよ、士郎は!」
「あ……。それだとマズいんじゃ……」
「だから私とケンカになるってお父様が指摘したのよ? そのケンカも姉妹だからこそできるんだって。しっかり言い返せる桜にしてあげないとね」
俺は感動していた。遠坂はここまで考えているのか。あの親父さんとしっかり親子だと思った。
「でもさ……」
「なに?」
「家では言えなかったけど、遠坂は父親のこと『お父様』て呼ぶんだな?」
「な!? ち、ちがっ! と、と『父さん』よ普段は……」
「そんな慌てるなって。からかうつもりはないんだ。それって、親父さんが死んでからだろ? きっと……遠坂が中学生くらいになってから」
そうだろう? と、確認のために赤くなった顔を覗き込んだ。
「バカ……。でもそうね。刻印の移植を受けていた頃だから、中学生で正解よ」
どうしてわかったのと、吊り目気味の大きな目をこちらに向ける遠坂。こういう顔が本当に可愛い。
「遠坂の中で区切りって言うのかな? そういうのがあった頃だろうと。俺もそうなんだよ。生きてる間は『オヤジ』って呼べなかった」
「どういうこと? パパとか?」
「いや。『ジイサン』だ」
「なにそれ?」
「養子という遠慮もあったし、俺の記憶にあるオヤジは疲れ切っていてさ。年寄りにしか見えなかったんだ。享年が34歳だっけか。葬式でそれを知って驚いた」
「そう……何年一緒だったの?」
「5年。だから出会った頃は、ギリギリ20代だったんだな」
「お父さ……父さんも同じようなものね」
言い直した。
「……母さんは30代だったけど」
「姉さん女房?」
「2歳だけよ。それに好きになったら少々の歳の差なんて」
「だな。遠坂、5歳くらい上に感じるから」
「どういう意味よ?」
「精神年齢。俺って子どもだなって」
「あの子が特殊過ぎんのよ。8歳でアインツベルンの総裁よ? それでもって魔術協会の総本山、時計塔の理事でもあるんだって。私なんてあの子から見れば、田舎のペーペーだわ」
「そんなに?」
「ある。魔術の差に格の差なんかが明確に。あんな子が子どもの頃から友人だったらどうなるんだろう?」
「だな……」
石段の脇から獣道に入った。山を四分の一周回るようにして細い道を歩けば、断崖絶壁の少し手前に人が通れる横穴があった。エルヴァから送られた記憶では、中は鍾乳洞だという。
私たちは、今大聖杯の確認に来ている。ママたちとシンイチにサクラ、それとマコトとランスロットさんが残った。
「戦車でなく徒士(かち)で行くと言った意味がわかったわ。こりゃあ、狭すぎる」
途中の道も鍾乳洞への入り口も、とても戦車が通れる幅はない。
「中は暗いな。暗視の魔術を使わないと見えないぞ」
「坊主、そいつはヤメとけ。お前さんにはまだ早い」
「何がだよ? 誰の真似だ?」
先頭を歩くセイバーさんの肩がプルプル震えている。
「余の真似であろうな。で、早いとはなんだ?」
「青ひげのキャスターと、そのマスターの人体を使った作品がずらりと。そして未消化の目玉焼きを吐き出すウェイバー」
「どこかの僕は、朝食が目玉焼きなのか? そもそもカタチが分かる状態で出るか!」
「そういう世界もあったちゅうことか。たまらんのぅ」
ウェイバーさんをからかっているのは英霊の姿を借りているエルヴァだ。その背中にはイリヤスフィールだ。体調がままならないのに、『大聖杯』を確認すると聞かなかったのだ。
「体は包丁でできている。血潮は砥糞(とぐそ。刃物を砥石で研ぐと出るカス)で、心は鋼。幾たびの商談をこなして不敗。ただの一度も失敗はなく、誰からも喜んでもらえる。彼の者は常に仲間と札束の山で勝利に酔う。故に日々の研究に余念がない。その体は、きっと包丁で出来ていた」
「皆んな! 上に気をつけろ!」
セイバーさんの後ろを歩く、ここのセイバーさんが叫んだ。
「なんじゃい?!」
「こ、これは……? 主よ?」
「め、目に視えない固有結界……なのか?」
洞窟の天井から何万本もの包丁がぶら下がっているのだ。それも岩を突き抜けて。
「貝裂包丁と身卸包丁、それと舟行包丁を見比べようと思っただけなのに!?」
思わず私は尋ねた。
「エルヴァ、どんな包丁なのよ?」
「わかんないの。わかんないから見比べたいなって……」
「どこからその発想が出てきたの?」
「えっと、この英霊から」
「まさかシロウさん?」
「違うと思う。このエミヤもお料理が好きなんだろうなぁ」
父が大きなため息を吐いた。頭が痛いのだと思う。色んな意味で。
「ハーウェイ理事、ともかく意識を集中して。魔術で固定するなりして落とさないように」
「……はい」
背中のイリヤスフィールとヒソヒソ話しているのが聞こえた。どうやら彼女が見たいと言ったようだ。だけど、その包丁の知識はおかしい。そんな業務用みたいな日本の包丁の名前なんて……。
「随分広いところに出たな」
「あれですか。実に禍々しい。ここからでも聖杯の汚染は明確ですね」
「ああ、まったくだ」
「ランサーもセイバーもそれ以上は近づくな。トオサカ、アサシンは?」
「近づける範囲を調べ終えているよ。彼らの待つ場所までは大丈夫だ」
そこには巨大な柱が鎮座していた。その中心が大聖杯だ。その少し手前のところにアサシンさんたちが居た。
「ご苦労」
「トキオミ様。これより先の、池のように見えるところは入らないで下さい」
「確かに。ここまで漏れていたか……」
「第四次までの余剰魔力が多かったのだろう」
これはトオサカとロード。
「ここのお前じゃないのか?」
「なんじゃと、坊主?」
「ギルガメッシュが居たってことは、お前が負けたってことだろ。溢れるほどの魔力……そんな膨大な魂を持つのは、ライダーとギルガメッシュくらいのもんだ」
「むぅ~、それって褒めとるのか?」
ウェイバーさんが茶化し気味に言うが、その分析は正しいと思う。私たちがこの世界に来るまでに、ライダーとアサシンが脱落していた。
その後、ギルガメシュにランサー、アーチャーにキャスターだ。バーサーカーは霊体化しているが健在だし、セイバーさんは当然残っている。
だけど聖杯に取り込まれているのは二騎だけで、それ以外はこちらが捕獲している。なのにこの溢れ方だ。
「釜の底が抜けて、並行世界の釜と繋がっているのか?」
そんな突拍子もないことを言ったのは、こちらのセイバーさんだ。ゾッとするけどあの人の直感は当たるからなぁ。
「それで、奴はどこかな?」
「こちらです」
人がすっぽり隠れる大きさの石筍の後ろで、両足を180度開いているコトミネキレイがいた。その足首は太い鎖で縛られ、反対側は手動の巻取り機に繋がっている。また両腕も同じ鎖で後ろ手に縛られていた。
そして足の指と手の指が切り落とされていた。こうすると拳や脚にチカラが入らない。きっと寸勁などの気功が使えないようにだろう。
洞窟は温度が一定とはいえ、外は2月だ。そんな中でこの神父はほとんど裸だった。
トオサカ・トキオミは生粋の魔術師だ。並行世界と言えど、自身を騙し討ちし暗躍を図る者を許しはしない。父もロードも、その顔は既に切り替わっていた。
「こ、これは……導師……。お久しぶりですな……。おお……そこに居るのは衛宮切嗣にロード・エルメロイか……。地獄はつまらなかったか……? クハハハ……グッ……!」
エルヴァだった。包丁でコトミネの腹を切ったのだ。次に別の包丁で両太ももを刺し、肩に何本かの包丁を突き立てた。
「エルヴァ、もういい。もういいから……。お母様のためにあなたがそんなことをする必要はないわ……」
命令も何もないのに、ギリシアの大英雄が実体化し、エルヴァを抑えた。
コトミネが口や鼻からもくもくと煙を吐いて、次に血を吐いた。魔術で胃に爆竹でも放り込んだのだろう。彼女、怒るとトコトンだな。
そしてどんな達人でも内蔵は鍛えられない事実。このことを強く印象づける魔術だった。
「主よ、ひと思いに」
「そうもいかんのだ、ランサー。こいつの心臓は動いてない」
「は?」
「脳にも肺にも酸素が送られていない。つまり死んでいるのにモノを考え、動かぬ肺で言葉を吐いているのだ」
「アンデッド?」
「そういう怪異ではないな。ハーウェイ理事、これは?」
「はい」
そしてエルヴァが今度は心臓の位置辺りの皮を切り落とした。
「こ、これは……?」
「聖杯の泥です。契約した英雄王が泥で受肉した……それが作用して、マスターだったコトミネが復活していたのです。こいつは10年前、ここの父が止めを刺していたんです。きっと聖杯の中のアンリ・マユに、産まれたときから魅入られていたのでしょう。だから虚ろで何もない空虚な者が……。彼の苦悩はその何もない自身がなぜ産まれたのかという疑問にあります。そしてこの世のことは、色即是空、空即是色です。逆にすべてを棄てて行く衛宮切嗣が許せなかった」
「な……?」
「どういう意味じゃい?」
「仏教のお経の一節です。『空』とは正に何もない状態、物質や非物質、認める認めない、それらすべての認識外の状態を指します。『色』とはその真逆で、この世のみならず世界の外も含めた全部を指します。普通は前者なら欲目から脱却した精神を指し、後者は物欲に走った状態を指します。そしてすべからくすべての生命は後者です。大王であろうと私であろうと大望小望に関わらず、食べていく限り欲から離れられません。なのに衛宮切嗣という男は世界平和という願いを成就するためにすべてを棄てていくのです。まるで月末のディナーのために日々を立ち食いうどんで過ごすかの如く」
口をあんぐりと開けたのは父だった。
「昔の君ってセコかったんだね?」
「うるさいな! 貧乏だから、そこでしか優雅になれなかったんだよ!」
良い返しだ。そう、心の貧しさはゆとりを失くす。そして初恋の人や実父に育ての母を殺めた運命が重しとなる。父はナタリアさんを殺してはいなかった。それでも実父は殺していた。この罪悪感を解きほぐす期間が1年だったとも言えるのだ。
どこまで考えていたんだか、あの魔法使いは。
「フハハハハハ! 聖杯はディナーか……ククク……ハハハハハ!」
「元が魔法の大釜なんだから当然でしょう? アンリ・マユは入れすぎた激辛豆板醤で」
「どういう意味だ?」
「何もないあなたが、どうして麻婆豆腐にだけは執着できるのか? そこにも答えがあったのに」
「意味がわからん」
「味覚における『辛さ』とは『痛み』の変形です。あなたは身体の前に心がアンデッドでした。だから『痛み』を求めた。過酷なまでに自らを追い立てる修行。信仰、鍛錬、味覚、災害に於けるドラマ。全部そうでしょう? あとこれは言っておきます」
「?」
「死体に人権はありません。そして死んでも動く者に死体損壊罪は適用されません。どの国の裁判所もオカルトは避けますからね。つまりあなたは、冬木から出さない限り人件費が不要の労力です。アイリスフィールを人形だと殺したのでしょう? お前には地獄も生ぬるい」
たぶんこの時だ。エルヴァが母親という存在を、思った以上に大切に考えていたと知ったのは。
「クッ……結局は私情か?」
「マグロが食べたい、タイが食べたい。私情で結構。人生は楽しんだ者が勝ちです」
「然り!」
「ただし、誰にも迷惑を掛けず自分の稼いだお金でですよ? 侵略って、こそ泥の言い換えですよね?」
「もっと言ってやってくれ!」
「それでは、こいつを捌いて行くゥ~。BGMは『うさぎのカフェテリア』で」
そこで包丁を出すな。ってか、どんな電波を受信した?
「さて、『南国パラダイス』も近い」
「ヤ、ヤメロ! 辞めてくれ!」
そこへいきなりだった。エルヴァの包丁を二対の剣が止めた。
「これ以上はやりすぎだ」
「良し、サビキの撒餌役、ご苦労」
「オレを釣ったのか?」
久々に魚を捌いて握りました。焼酎ウメェ~~~!