「色々言いたいことがありますが」
「リンにだろ? けど、推測通りだ。オレたちも君のお目付として残ると決めた。ギルガメッシュとキャスターにアーチャーは、だからだよ。お目付け役の対価としては、拘束時間を考えると安いだろ?」
拘束時間を出されるとエルヴァも私も弱い。人件費が一番高いって、理解できてしまうからだ。
「言峰に関しては、今後の仕事のためだ。こういう奴が並行世界には居る。それを知って欲しかった。でも……オレの記憶を読んだり、セイバーに教えてもらってたんだよな。そこを失念していたよ」
「つまりセイバーが放置したあのギルガメッシュを……わざと生かしていた?」
「うん。そこがセイバーの『運』なんだろうなぁ。それを見てこいつは使えるなと。ほら……」
コトミネが突然息絶えた。ギルガメッシュが殺されたのだろう。やったのはきっとあの黄金の王だ。
「それと遠坂さん」
「何かな?」
「カミさんが感動していました。ここの凛に背負ませまいと、言峰を捕らえていたことと、桜に話していたこと。あんな『父さん』が欲しかったって」
「元の世界に戻って後始末が終われば、遊びに来て欲しいと伝えて下さい。大きな娘が増えても問題ありません」
「ということは……倫敦の?」
「やはりご存知でしたか。きちんと認知していますし、葵や娘たちにも話してあります」
ここがトキオミさんのうっかりで、実はリンだけ聞いていなかったのだ。
「時臣、認知って?」
「若気の至りと言うか。葵と結婚したのは時計塔から戻った後でね。実は付き合っていた人との間に娘が……。だけどそれを知ったのは、日本に帰ってからだったんだ」
「ほぅ~現地妻か。気にするなよ。僕もあちこちで彼女を作ったもんさ。けど避妊具は使わなきゃね」
「言わないでくれたまえ」
「あ、でも……ブリテンには避妊具がなくて。4~5人付き合っていたけど、大丈夫かなぁ」
「ランサー、セイバー! 理事たちを抑えろ!」
「娘の前だぞ。バカかなのかこの人?」
「あれだ、坊主。ブリテンの生活が思った以上に影響を残しとるのさ。そうであろう、シロウ?」
「ああ、明け透けで暗さが消えた。本人、『魔術師殺し』だったこと忘れてるんじゃないか?」
舞弥さんはそっぽを向いていて、イリヤスフィールは『並行世界、並行世界』と呟いていた。
そして大人の心配を他所に、私たちは至って冷静だった。
「娘っ子どもは落ち着いとるのぅ」
「お祖父様も愛人が大勢いますから。調べた限り50人は子どもがいましたよ。それもほとんどが私より遥かに年上です。既に老衰で亡くなった方も多いですよ。同年輩の人は数人かな?」
「お前さんの育ての親じゃったな? 何歳なのだ?」
「145歳だったかな」
「それもまた凄いのぅ。英雄色を好むというが100を越えてとなると……」
単純に年齢に驚いたのでなく、そう捉えるのか、征服王は。
「バランスを取って下さい」
「バランス?」
「はい、こちらからもお願いしても良いですか?」
「ああ、動いた量って意味だな? あの1年は忙しかったろうしな。わかった。料理だろ?」
「はい」
「お前と姉の面倒をみてやるよ。背負われているイリヤは、ここで弟から学べば良い。あいつは目が開いてきた。これからドンドン変わるぞ」
「もしかしてここはそういう?」
「いや、あいつはアーチャーにはならない。けど、オレみたいになる可能性はあった。だけど凛が魔法を得られるかどうかは別だ。そうでない場合は危険だったんだ。それでな」
ほぅ、そういう可能性の世界だったのか。つまりあのお兄さんのシロウさんは、『世界』に祈ることはないけれど、別の角度で走るタイプだったってことだ。
「マコトの件といい、イリヤの件といい。計算無しで見事な足枷をハメたな? その御礼でドイツのアハトを王様が黙らせてくれた。イリヤは本当に自由だよ。ただし時計塔に関しては、ここの凛の仕事だ。聖堂教会は言峰の暗躍を詳細に書いたリポートがあるんで、そいつを使えばいい。それと、こいつ(大聖杯)の中身だけど……」
ここで声をあげたのがイリヤスフィールだった。
「私が閉じるわ」
「ダメだ。外から閉じれないだろう? こっちでなんとかするから」
そこでエルヴァがこう言った。
「泥の浸透度と性質は実測済みです。閉じる術式を自動発動するように組み替えましょう。それで中に入って、二人で抜けます」
「空間転移か? それ、カミさんでも無理なんだぞ?」
「私ならできます」
「根拠は?」
「ルビーによる魔術防壁、私自身の魔術による防壁と宝具の防壁、それで1秒稼げます。そうやって本当の意味でイリヤスフィールを『聖杯』から開放してあげませんと。心配でバーサーカーが還れません」
「わかった。『天の衣』は取って来てやる」
当然大人たちが文句を言うが、エルヴァは聞いちゃいなかった。そして父の叫ぶ中で聖杯に入り中から閉じた二人は、2秒後に父の横に立っていた。
「だから言ったでしょう? できるって。ドラゴンの肝を食べてから、魔力のコントロール性が高くなりました」
父は泣きながらエルヴァとイリヤスフィールを抱きしめていた。
この後、イリヤスフィールはバーサーカーにお礼を言った。聖杯がシャットダウンされたので、金色の光に包まれたバーサーカーは、最後の最後で人語を話せるようになっていたのだ。
「バーサーカー、ありがとう」
「感謝は私だけでなく皆んなにもな。君の幸せを皆んなが願っている。強く生きろ、イリヤスフィール」
「…………」
「笑顔を見せてくれ」
「……うん!」
「エルヴァだったか。君とはまた会える気がするな」
「はい、私もです」
「元気でな」
そう言い残してバーサーカーは消えた。その前にここのセイバーさんは、セイバーさんから無理やり受肉のクスリを飲まされむせていた。
受肉が済んだ彼女は、洞窟から出るとガタガタ震えていた。出口は吹きさらしで寒いからなぁ。
そして家に帰って留守番をしていたママたちに、エルヴァは馬鹿正直に洞窟でのことを報告した。パンツを下ろされ、お尻を思いっきり引っ叩かれるハイティーンの女の子。
うわぁ……大人になると、あそこってあんな風になるんだ?
「パミはどこ見てんのよ?」
「いや……随分違うなって」
「成長したらあんなものよ。私がそうだし」
ミトはそうなんだ……。男性陣が部屋にいないのが救いだろうか。
やがてシロウさんとリンさんが帰って来た。私とイリヤスフィールさんは二人に、英霊のシロウさんから預かった手紙とコトミネのリポートを渡した。
英霊のシロウさんは、混乱の元だからと会わずに帰ったのだ。ただ二日後にはゲートを開くので、また山に来て欲しいと言われていた。
「セカンド・オーナーとして、御三家の一角として言いたいこともあるけれど。そんなのおいといて、今夜と明日しかないんだから、パーッと行きましょう!」
「ああ、行きたいところや食べたいもの、なんでも言ってくれ」
「ニツケ! フナモリ!」
「アブリ! テリヤキ!」
「スノモノ! テンプラ!」
「この三人は……」
「凄いわね。イリヤはわかる?」
「テンプラ以外わかんない」
「だろうね。これ、全部和食よ」
「へぇ~」
だけどメニューは、豚の生姜焼きに肉じゃがだった。二人のセイバーさんのリクエストもあったけれど、タンパク質と炭水化物がしっかり摂れるのでママたちが賛成してしまったのだ。
私たちのためだとわかるのでワガママは言えない。それでシロウさんが作るのを見て、一発で覚えてしまったママたち。そろそろ出来上がるかなという頃に、シンイチが帰って来た。
「どこに行ってたの?」
「間桐の家です。これを凛さんに預けます。間桐が使っている、弁護士と税理士の名刺はこちらです。桜さんに相続させたあと、役所で戸籍を遠坂へ戻してあげて下さい。そしてできたらマコトの後見人となって、間桐を眷属にして頂けると助かります」
「わかった……。学園にも慎二の退学願いを出さないとね。けど理由は……」
「さすがに死んだことにはできませんか。ならロシアの親戚を頼って、日本から出て行ったことに」
「ああ、そういう伝手があるんだ。それ、あとで聞かせてくれる? 慎二の前に聖杯戦争の件について、時計塔と話さないといけないの。そこを父さんと相談して考えたいから」
「はい。ロードともご相談されて下さい」
「そうよね」
「イトグチはエルメロイⅡ世先生ですよ」
「そこよね。後ろがわかれば良いんだけど。そういうのも聞けそうだしね」
食事はオイシかった。牛肉の肉じゃがはホクホクだ。
「先輩、これ?」
「桜、これは士郎じゃないわ。士郎のはこっちの肉じゃがで、そこの大根やゴボウが入ったのはメイドの人よ」
「ま、負けた……」
「調味料が違うの? それとも材料が?」
「いや、具材も調味料もあちらが用意したものだ。今回は俺の調味料は使っていない」
「それでこの差?」
「姉さん。下拵えなのか……いくらなんでも、ここまで味が滲みているのに型崩れしないのはヘンですよ。これって先に炒めている?」
「当たり。俺もザッとは炒めるけど、これはそれ以上。それで火の通りを考えて、具を別に煮ているんだ。しらたきなんてアク抜きで茹でた後に、ダシだけで煮て、その後で肉と煮直している。鍋を4~5個は使ってたぞ?」
「何ですかそれ?」
「何なのそれ?」
そして生姜焼きはロードがエラく褒めていた。
「ポークジンジャーより良い。日本は肉の質が高いな」
すっかりお米に慣れたロードだ。大王や父と熱燗まで楽しんでいたし。ウェイバーもお味噌汁をゴクゴクと飲んでいる。誰しもが好き嫌いの失くなった1年だった。
「ボタンを押せば火がつく……文明のありがたみがわかります」
マアエモ・ママの言葉だ。本当だよね。魔術があってもそれをしみじみ感じた。本当に不便だったもの。私たち三人とシンイチは妙にサヴァイバル技術が発達したよね。
食後、リンさんはトキオミさんやロードと相談していた。父はイリヤスフィールを膝に乗せて、大王と将棋をしていた。ルールを覚えたんだ?
「1年経ったが覚えておるか? 敵は娘っ子を狙いに来るぞ」
「ああ、もちろんさ。何があっても絶対に僕たちが勝つ」
「その意気よ」
二人は頭が切り替わっていた。それはセイバーさんもランサーさんも同じだろう。
「セイバー、いや……今はアルトリアか」
「何でしょう?」
「もうじきお別れだからな。あちらで一杯付き合え」
私は彼女を縁側に誘った。
「また、私をダシに?」
「そうではない。聖剣は出せるか?」
「ん……存在は感じます。ですが、出そうと思えば魔力がかなり必要なようですね」
「だろうな。魔力炉心とは超高効率な炉心ではあるが、最初の一滴となる魔力がないと動きが鈍い。言ってみればバカみたいにでかいタービンのようなものだ」
「タービン?」
「ああ。お前も第四次ではバイクに乗ったろう?」
「ああ……はい」
「ツインターボのVMAXな。今にして思えば、我らにしか扱えぬ無茶な改造だ。ルオンやマアエモの提案が正解だった」
「提案とは?」
「まったく別の、もっとフレームが丈夫で、スタイリッシュな風を流せるバイクを薦められたのさ」
「ほぅ」
「それはともかく……あのターボチャージャーのタービンのことだ。言ってみれば私たちはターボの付いた人間だったのだ」
「なるほど。それで?」
「英霊から人となると、常人とかけ離れたチカラには大きな対価が必要となる。なぜなら、生前の能力はもっと小さかったからだ。人として扱える程度だったのだ。ところが英霊となれば……な?」
「実在しないのに生前も何もないでしょう?」
「いや、苦悩も喜びも、その体験全部が実在はせずとも嘘ではない」
「どういう?」
「世界の狭間と言うのか……そういうところに人々の情念や思いなどが世界を構築しているのだ。そんなところへ私たちは1年もの間流され、あの手この手で世界を変革した。最初はカムランの丘だった。その世界のアーサー王とモードレッドが切り結んでいた。そこに割って入り、モードレッドを殴り飛ばし、アーサーも殴った……」
「え……?」
そこから私はアルトリアにこの1年のことを話した。そして魔法使いとなったリンの命で、エルのお目付け役として元の世界でともに生きる旨などを話した。
「ともかく、衛宮士郎という人間は無駄な重荷を背負いたがる。そして凛ほどの者でも『世界』の勧誘に加担させられる。お前がこの話を頭に入れて、最後の最後で引き止めねばならん。わかったか? 聖杯の泥に魅入られたのは言峰だけではない。士郎も同じなのだ」
アルトリアは真剣な顔で私の話を聞いてくれた。そして安請け合いでなく、重くチカラのある言葉でもって士郎と凛を見守って行くと返事をくれた。
彼女が私室に戻ったあと、私は月を見上げた。
「シロウ、ここの士郎は大丈夫だろう。それは桜もだ。あいつらの幸せをお前も願ってやってくれ」
私はかつてこの手にかけたマスターと元マスターに思いを馳せた。
「ん?」
「風邪はひかないだろうけど、こんなところで眠るのは良くないよ?」
「ん……ああ、キリツグか。すまない」
彼はこの1年で随分変わった。真冬の枯れた樹でなく、色づいているのだ。それも近いうちに青々とした葉に変わるのだろう。
大望に押し潰された顔ではない。生きる気力に────生きたいと願う精神────それらが愛する家族へと今は直結している。それは人として当たり前のことだ。
そんなことをこの男は改めて知り、体現しようと今を過ごしている。
「アルトリア?」
「なんだ、今更?」
なぜ今になって私の名を……?
「娘にならないか?」
フン……そう来るのか。
「エルとともに生きたいのは本音だ。受け入れよう、マスター」
「それが、君の照れ隠し?」
「ウルサイぞ」
そうして私は、新たな父と母を得、大勢の妹たちと暮らす羽目になった。
「だが、今はまだな。ユグドミレニアだったか……そいつらに思い知らさねばならん」
『父』に助け起こされ、私は自室に戻った。少々情けないが、それが家族というものだろう?
未明。起きると、腹は痛いし身体が重い。
腹を壊すようなものは食べていない。そもそも英霊ならば大抵のものを食っても平気だ。なのに猛烈に痛い。そしてこの重さは……?
目を開けると、杖で大きくなったエルがしがみついていた。英霊化しているこいつに蹴られたのか……。それは痛いはずだ。
「ン……お姉ちゃん……」
聞いていたな、こいつは。だけど、こいつにしがみつかれるのは嫌ではなかった。バイクのパッセンジャーと同じだ。お前になら背中を預けられる。私はエルとならどこまでも走れる。
途端、冬木でのあの日々が懐かしく思い起こされた。露天風呂に二人で入ったな……。私がタバコを吸うのを黙っていてくれたな……。
それに、お前だけじゃない。それはお前でもあるが……ミトは表の性格と裏の性格が違っていた。いつも陽気なあいつは、誰よりも家族や人を信じていた。
エルよ……幼い頃から社会に揉まれ、人の良き面も悪しき面も見てきたであろう、お前の真の心があいつだ。
パミはお前の良心だろう。あいつの述べる言葉は間違いのない真実だった。その分、お前と意見が食い違うこともあったな。あれがお前の言う反対派なら、どうなるのだとヤキモキしたぞ。
なぁ、エルよ。人はなんと多くの心を持つのであろうな? お前の中にはドイツに残してきたあの者たちや、鍾乳洞でサンプルを取ってきたあいつも居るのだろう? あの百貌のアサシンたちが呆れていたぞ。
だが我ら英霊が────召喚者が異なるからなのか、召喚の手順や方法が違うからなのか、あるいは根本的に座が異なるからなのか────その要因は不明だが、明らかに異なる場合がある。
お前は『座のあり方』を参考にして、その宝具は作られたと話していたな。
別人────並行世界存在なのであろうな。私とアルトリアが異なるように。
側面────結局、お前の場合はそういうことなのだろう。我らの場合なら一人に付き一つの座なのかも疑わしいが、お前はどこまでも一人だ。
寝汗で額に張り付いた前髪を直してやると、とても甘い香りがする。芳香体質とは聞いていたが、大きくなるとここまでになるんだな。
私は『妹』の頭を抱いてもうひと眠りした。
朝起きると腕がだるい。と言うか、痺れて感覚がない。原因は俺の腕枕で眠る遠坂だ。
はぁ~~~~っ……。女の子が夜這いを掛けてくんなよ。けど、文句は言えない。俺も遠坂と一つになりたかったのは事実だからだ。
とは言え……事こうなると、オヤジも遠坂の親父さんも一つ屋根の下だ。これってどうなんだろう?
起こさないようにそっと腕を抜き、散乱しているティシュや避妊具を始末した。ひぃ、ふぅ、みぃ……何回したんだ、俺たち……。
洗面所で顔を洗い、居間に行くと台所は二人のメイドにとっくに占領された後だった。はぁ、甘えさせてもらおう。実際ウマいもんなぁ。
それに参考になる。料理は下拵えと手順だと言うが、実にその通りだった。だけど、その方が美味しくなるのは理解できてもあの二度手間三度手間はどうなのか?
仕える人に喜んでもらいたい……その純粋な気持ちだけだ。それがグッと俺の心に来る。
俺も自分の原点と思っていたものを削って削って、真の願いだけを抽出すれば……それは皆んなの笑顔なんだ。そしてその笑顔に中に俺も入っていると遠坂は言ってくれた。
土蔵に行ってみた。ここ数日入っていなかった。
「同調開始(トレース・オン)────」
手には肩慣らしの包丁。それを破棄して、次はダガー。そしてその次はもっと長い剣。
人の気配を感じたので入り口を見たら、パミちゃんとミトちゃんが手を繋いで俺を見ていた。
「おはよう、どうした?」
「おはよ~、目が覚めちゃって」
「おはようございます。刃物に特化した投影魔術……」
この子たちは俺の遙か先を行く魔術師だ。俺の本質をきちんと言い当てた。
「何百年も昔だったら、この才能も活きたのにね?」
「古物商の免許を取っても、出所不明だと売買できないし。今は役に立たないね」
「何より、秘匿の義務を怠る行為だわ。いきなり物騒な凶器をどこからともなく取り出す……そこも問題だけど、そんな秘匿の難しい、なおかつ特殊な魔術は封印指定の対象になりかねない」
「そうね。もっと広く魔術を学べば、より実践的なアレンジが可能になるかもだけど」
言いたいことはわかる。散々遠坂にも言われていることだ。
「いっそ封印するのも手かな?」
「え?」
「だから魔術を一旦忘れるの。それって、シロウさんの生活に必要? 誰かの役に立つ?」
「ああ、そういう意味ね。人を殺傷する道具だもんね」
「そうだよ。危険な目に合いそうな人を救けるにしても、第三者が武器を持っている時点で正当防衛は難しいだろうし」
「そこよね。サヴァイバル向きな魔術だとは思うけど」
「サヴァイバルならセットでファイアースターターやコッヘルを投影できないと」
「あ、そっか」
二人は延々とそんなことを話していた。だけどそうだよな。そう考えると、俺の魔術って聖杯戦争限定だ。つまりルールのある殺し合い……終わってるな。もっと発想の幅を広げないと、ぜんぜん使い物にならないぞ?
新都に大きなアウトドア・ショップがあったな。今度覗いてみよう。
再び目を覚ますと『妹』は居なかった。ああ、道場か。目当てはセイバー?
「おはようございます」
「おはようございます。何か御用ですか?」
「少しお話をしたくて」
「フフ……どうぞ」
「あなたは、どうしてここまで悲劇を背負わされるのか。それを私は理不尽だと思います」
「ハァ……そうですね。そういう役だったのかも。ですが今後は違いますよ」
「なぁ~んだ。大丈夫そうですね」
「ええ。知らぬこと、慣れぬこともあるでしょうが、それすらも生きた体験です」
「そうです。それをサクラさんに教えてあげて下さい」
「リンの?」
「ええ。あの人はシロウさんに恋をしていました。それが実の姉が横取りではありませんが、良い仲になっているわけです。だからあの人が疎外感を感じぬよう、友人でいてあげて欲しいのです」
「なるほど、よく見ている。それに関しては努力するという返答で良いですか?」
「したたかですね。十分です。ではそちらもどうぞ」
「本当に聡い……。実は昨夜、彼女から彼女のブリテンの話を聞きました。そして自身が参加したという、前回の第四次の話とを。驚きの連続です。彼女はランスロット卿を処刑していた。併せて噂を立てたアグラヴェイン卿を騎士の資格なしと放逐している。どこまでも清廉で正しく、そして苛烈。反乱した者たちも聖剣の一閃で全滅させていた。その際に、仲間の部下から……あなたには着いて行けぬと後ろから斬られたそうです」
そう、それが夢で見たセイバーの死因だった。カムランの丘を下った樹の陰に運んでくれた忠実な騎士も、最期まで看取らず去ったという。
「それで彼女はやり直しでなく、何が駄目だったのかを知りたいと願い召喚に応じたそうですね」
「はい。仲間の死を悼み、愛惜の情を惜しまず、忠を尽くす人には恩賞と温かい言葉を掛け、裏切り者は必ず誅した。侵略者の船は近づく前に宝具で沈め、溺死した敵は見せしめとして磔にし海岸に立てたそうです。そのどれもが理由を聞けば納得できる逸話なのに、最後は滅んだ……。結局、何もかもがやりすぎだったのかも知れません」
「そうですね。それは本人もわかっている?」
「ええ、本当はわかっているのでしょう。法を明文化し騎士を行政に組み込み、司法と分け、立法のみ自身に集約できれば良かった。ですがそれは時代とあの土地の氏族や因習が許さなかった。どの本を読んでも、アーサー王のやろうとしていたことは時代より早い。その中でもあの人は、特に早すぎたのだと思います」
「早すぎた……ですか。彼女があなたを高く評価する意味がわかりました。そんなあなたに問います。聖杯とはなんなのでしょう?」
「欲望機ですよ。器でなく機械……システムです。その存在を知った者の中に眠る欲望を駆り立て、射幸心を徹底的に煽る。それを神の試練と感じるか、悪魔の囁きと感じるかは人それぞれでしょうけど、どのみち人を狂わせるもので間違いありません。冬木のこれは、魔法の大釜の変形ですが、何故か願望器とされてしまった。願いなんてそれを欲する人の中で、正しい手順と正しい答えを持っていないと増幅しようもないのに」
「増幅……?」
「作った料理が失くならない、入れたものが増える、個人の願いを世界規模に拡大する。聖杯とはそういう増幅装置ですよ。そもそも神の御業の根本は増幅ですよ? 変換ではなく増幅です。一つの石ころがパンになっても、変わった錬金術を使うなぁで終わりです。水がワインになるのも変換だけでは2千年も残る宗教にはなりません。大勢の人がそれで飢えを凌ぎ、喉を潤せたから伝承が残るのです」
「え?」
「聖書に書かれてあることだけが、すべてではないということです。神秘とか秘蹟というものは、一般人に信仰という名の、ベクトルが固定された思考を植え付けることに意味があるのですから」
「恐ろしいことを平然と話しますね」
「あんなものは商売の口上と同じですよ。お金の信用創造と同じで、その概念を広め浸透させ、利用できた者が幸せを掴めるのですから」
「う~ん……」
「話を戻しましょう。冬木の聖杯をもっとわかりやすく例えれば、大聖杯がパワーアンプで、小聖杯がプリアンプです。私のセイバーは聖杯をひと目見てそこに気づき、マーリンさんに下賜したそうですよ。そしてあの世界のアーサー王も」
「何という……」
「そしてどこの冬木も憎しみと怨嗟が増幅装置の中で眠っているのです。ここは閉じましたが、戻ったら自分たちの世界の聖杯もどうにかしませんと」
「こんなものに己の欲望で招き寄せられ……何と哀れなのだ」
「その意味もあるのでしょうね。セイバーが『死者が生者に仇なすことは許さない』というのは」
『聖杯問答』というのがあったそうだ。聖杯を得るに相応しいかどうかを、王の格を示しあって知るというのだ。セイバーはマスターが欲しいと言うから手伝っているだけで、自分は要らないと言い切っていた。
征服王とはウマが合うのか、彼とは酒をあおりながらその冒険譚と覇道学に耳を傾けたという。対して英雄王が所有権を主張した時、あれがマトモでないときはお前を斬り殺すと言い放ったそうだ。
そして最終決戦前にバーサーカーのランスロット卿を怒鳴りつけて斬り、そこの衛宮切嗣が令呪を使う間も与えず、聖剣で聖杯ごと英雄王を斃したそうだ。
そして衛宮切嗣に令呪を使わせ、天の杯(サカヅキ)を落とした。
初戦のランサー戦は互角だったが、怪我は負っていない。キャスターはクルマで撥ね、室内からエンジンブロックごと斬ったという。
そこのアイリスフィールさんから、しこたま叱られたそうだ。だけどその容赦なさと、ホテル爆破を容認したことで衛宮切嗣とは多少の意思疎通はあったそうだ。
会話らしい会話はなかったが、作戦会議で意見を言えば考慮されたり通ったりしていたそうだから。
そして聖杯問答を経てアサシンが脱落、その後ランサーを斬ってアイリスフィールさんは動けなくなった。このときにバーサーカーを倒すか、ライダーを倒すかで少し揉めたという。
セイバーはライダーが気に入っていたのだ。結局セイバーの意見が通り、バーサーカーを追い戦闘に入った。衛宮切嗣が事切れる寸前の間桐雁夜を発見し銃殺したのと、セイバーがバーサーカーを斬ったのはほぼ同時だった。
「あなたがアーサーであるはずがない」
今際の際の言葉。そこで並行世界というものに気付いたそうだ。
『あの世界でサクラを救わなかったから、第五次であんな目に会ったのかな』
そこに因果はないと思うけれど、それはセイバーにとって大きな試練となってしまった。
次回も日常回かなぁ。