会談という名のナンパが終わった。黄金の王は上機嫌だった。
『万障繰り合わせて待つが良い。着飾る猶予は明日までだ』
「絶対にドレスとか要るわね?」
「うん。大急ぎで揃えないと」
私やパミの声にママたちも協力を申し出てくれた。だけど、当のセイバーは不満顔だった。
「そんなもの要らん」
「要るよ。身嗜みというのは相手の格を認めるという意味と、自分は同格であるという意味もあるんだから」
「そんな見栄なぞ、益々要らんではないか」
「ダメだってば! マスターを務めるアインツベルンの格が落ちるの!」
そんなことを話しつつも、謁見の間から遠ざかり鍾乳洞へ出れば、奥の大聖杯から不穏な魔力を感じる。
「あそこにいた間に戻ってる?」
それがあの魔法使いの実力なのだ。
『ついでに。聖杯に残っていた魔力を、この世界移動でかなり削れたと思う。できる限り早いうちに大聖杯と霊脈を切り離しなさい』
肩に停まった宝石の鳥がそんなことを囁いた。魔法使いからの通信用礼装だ。しばらく預かろう。
杖はあちらのリンさんに返したから、円蔵山に来てからのシンイチへの通訳はトキオミさんだ。
「慎一君が心配しているよ。当面の住まいはどうするの?」
「籠城戦が良いか、市街地で隠れるのが良いか。どのみちエルヴァかパミが囮になるしかないと思う。というのは相手の狙いが大聖杯にあるのなら、最強の護衛が残り数日で還ると踏んでいるのは明白だ。となるとアインツベルンを黙らせるには当代の暗殺だと予想される。実際1年前にもその動きはあったからね」
トキオミさんの言葉に父が繋げた。私としてはあのブケヤシキは隠しておきたい。かと言ってマトウやトオサカの物件を借りて、迷惑を掛けるわけにもいかない。
「ママ。夕方までに家を一軒買い上げて下さい」
これにトキオミさんが反応した。すかさずマトウやトオサカとは関係ない物件を探す旨を、理由を含めて話した。入ったときと同じで、シロウさんは入り口で私たちを見送った。
「取り敢えず日にちなど現況確認だ。あれから何日経っているのか……」
「たぶん、数時間後か翌日くらいだと思います」
そしてコンビニに寄って新聞を買い求めれば、予想に違わず同日だった。おまけにアインツベルンの森へ入ってから、1時間も経っていないことが判明した。
それを知ったロードとトキオミさんはホッとしていた。対する私は宝具に取り込んだままのセローをどうしよう? CBRを取りに行かなきゃ……なんてことを考えていた。
そんなことを考えていたら、お店の外の公衆電話を使っていたマアエモ・ママが、エージェントを介して家を見つけていた。
先々週引っ越したばかりで、不動産屋がまだ販売情報を掲示する前だったそうだ。それをお祖父様が私たちの拠点にすべく前もって即金で買い上げてあったという。
電気やガスに水道も既に繋がっているらしい。現代人にこの手のことは重要だ。
一安心したところで私たちは握手を交わして解散した。それぞれが『この1年』を胸に秘めて家路についた。
私たちアインツベルン陣営は、父と舞弥さんがホテルを引き払うついでに、セイバーの衣類を揃えようとバスで新都へ出た。
商店街で父たちと別れ、ドレスのあるショップに入った。
「どうしてもか?」
「どうしてもです」
「ああいうのはどうだ?」
真向かいのショップのウィンドウを飾る、真っ黒な衣装を指差すセイバー。『ゴシック・ロリータ』と言うらしい。ああいうのが好きなんだ?
「私も王位から離れて長い。アルトリアではないが、普通の娘も良いだろう?」
良いけど。どうしてそこまで真っ黒なのを?
「おかしいか? 肌に映えると思うがな」
このときに、初めて私はセイバーの好みが微妙にずれていることを知った。鎧の戦装束かブリテンの簡素な衣類、後はこちらからのお仕着せ姿しか知らなかったからなぁ。
結局妥協して、『ゴシック・ロリータ』を3着ほど買って、青いパーティドレスも買った。
「どう? 怪しい気配は感じないかい?」
父が戻った。舞弥さんはトランクケースを抱えているのでタクシーで先に出たそうだ。
左肩がやや上がっている父。これは左脇にホルスターがあり、1kg近い銃をぶら下げている証拠だ。ただしこれは父ほどの銃に慣れたベテランにのみ通用する確認方法だ。
普通は重い方へ肩が下がり、時々銃のある方の肩を不自然に上げるか、無意識に触ってしまうものなのだ。これがストリート・ギャングだとヒップやお腹部分のベルト内側に挿している場合が多い。
これの真似なのか、流行りなのか、昨今のアメリカではコンシールドキャリーといって、9mmまでの小型拳銃を護身用に隠し持っている人も増えている。
ナニかの拍子に暴発した場合、男性だと恐ろしいことになるのでお腹に挿すのはストリート・ギャングのキッズに限られる。
それでもトリガープルの重いDAO(ダブル・アクション・オンリー)だけで、セーフティとする小型拳銃には疑問を感じる。
ともあれ、父ほど肩に特徴の出る大型拳銃を持つ人は、公的機関の人に限られると思う。
「コンテンダー……ではありませんね?」
「ああ、魔弾は辞めたよ。これは護身用のベレッタさ」
「92FSですか?」
「探査魔術?」
「いえ。肩の上がり具合とベレッタのワードから」
「ノイント老の教育か……。そういや、君も銃を持っていたね?」
「はい。ワルサーTPとTPH、それとS&WのM36です。M36は60年代のテーパード・バレルですよ」
「チーフ・スペシャルか。マニアックだ。38スペシャルなら撃てるの?」
「ハンマーを起こさないと難しいです」
「だろうね。まだ手が小さいだろうから。TPやTPHは25口径?」
「いいえ。どちらもロングライフルです」
「少しはマシだけど、そんなの、おもちゃだよ? 今更銃を持つなとは言わないけれど、狙われることも多いんだろう? もっと……」
「大丈夫ですよ。切り札は二重三重に用意して、ここぞというところでしか見せないものです」
「この1年、隠し通したってことかい?」
「そうです。トオサカやロードより、シンイチやウェイバーに見せたくなかったので」
「なんだい?」
「M36ですよ。あれが礼装でもあるんですね。発射した弾は38スペシャルでも、相手に届く弾は予め宝具に取り込んであった何かです。銃に仕込んだ呪体が宝具に反応して自動的に置換魔術を発動するようになっています。357マグナムでも、25mmの砲弾でも、ハンド・ロケットでも飛ばせます。相手がどんな防御魔術を持っていても、必ず抜けますよ」
「そんな……」
「ええ。お父さんの魔弾と使いどころが似てますね。ですが30-06で決められるなら、それに越したことはありません。その方が後々の処理が楽ですから」
「その通りだ。まさかと思うけれど、あの英雄王の宝具も?」
「全部が全部とは行きませんが、取り敢えず射出はできそうです」
そんなことを話しながら新たな拠点となる『家』に向かった。住所は冬木市深山町中越2丁目2-9。
「お嬢様、こちらですね」
「ここは?」
「地元では洋館街と呼ばれている一角になります。と言いましても、本格的なのは隣の番地かららしいです」
「だろうね」
この辺りは山の裾野でうねるような丘陵地帯なのだろう。そして私たちの立つ場所は低いところで、遠くに見える高いところには、洋館の塔などがチラホラ見える。その後ろは円蔵山だ。
「お嬢様、日本にしてはお庭が結構広いようです」
表側にもガーデニング向きな庭があるけれど、周ってみた裏側はもう一軒家が建ちそうなくらい広い。枯れた芝生には、ところどころ丸い穴が空いている。
ははぁ~ん、前の住人はゴルフ好きか。庭の隅には自作のバーベキューコンロや花壇、それと白い箱ブランコがあった。
「雨ざらしで汚れているけど、掃除したら使えそうだね。楽しみ~」
これを言ったのがミトだからおかしい。
鍵は開いていて、中に入ると舞弥さんが既にいた。家電も家具も用意してあって、すぐに生活できる。
「ここは穴場だな、舞弥?」
「はい。間桐の元の家や遠坂とも、そう離れていません。なのに魔力残滓を一切感じさせない」
「ノイント老の部下は優秀なようだ。この子のためにと、既に何らかの魔力を隠蔽する処理を施してあるんだろう。それもかなり高度な」
「はい。それと切嗣、この家の裏が」
「裏? なんだい?」
「先程挨拶に来られまして。名はマッケンジー。老夫妻の住まう一般家屋ですが、孫と三人暮らしだそうです。そして孫の名がウェイバー。現在その友人も逗留していて、そちらの名がアレックスです」
「まさかウェイバー君と大王?」
「会っていませんが、どうやらそのようです」
「暗示かな。一般人の家に潜り込むとは……。エルヴァの言う通り、彼は侮れないね」
なお、舞弥さんは私たちの家庭教師として自己紹介したらしい。
私は宝具からこれまで使っていたお鍋やフライパンに食器などを取り出し、ママたちに手渡していた。ミトとパミは部屋の検分だ。その間にお茶の準備をしてくれているのがセイバーだ。
「まぁまぁかな」
「2階は6部屋ですね。バス・トイレ付きのゲストルームが二つで、そのうちの一つはリビングもありました。そして子供部屋かな。小さな部屋が四つです」
「うん。1階はこのリビングダイニングと、キッチンにサニタリー、それと寝室に書斎だね」
何がまぁまぁだ。日本の家とは思えない広さだ。スイスの家と変わらないぞ?
「表からは別棟でガレージのような小屋が見えたけれど?」
「そこは私が確認しました。ガレージで間違いありません。ただ、以前住んでいた人はかなりの趣味人だったようです。簡素なキッチンにトイレと2階もありますし、あそこでも住めますよ」
父の疑問に答える舞弥さん。どうやら前の人は、ガレージライフを満喫していたらしい。お祖父様みたいな人だなぁ。
「お嬢様、お買い物に出る前に預けていました銃を」
「はい」
私はワルサーPPKを2挺と予備弾倉数本を出した。弾薬は7.65mm。32ACPだ。それを箱ごと手渡す。箱には7.65Browning/.32AUTOと書かれてあって、一箱50発入りだ。
73gr(※)のジャケッテッド・ホローポイントは共通だが、箱ごとに弾頭の材質が異なっている。
※グレーンあるいはグレインという。ヤード・ポンド法に於ける穀物の重さの単位で、7千分の1ポンドである。転じて薬衡だと5760分の1ポンドだ。どちらもグラム換算だと0.06479891グラムになる。
弾頭の重さもgrだが、薬莢の中に入る火薬もgrで表すのが慣例だ。
なお、火薬(パウダー)は何種類もあって、速燃タイプや遅燃タイプなどを組み合わせて弾薬(アモ)が各社から、あたかも写真の現像用薬品のごとく処方されて提供されている。
主に拳銃には速燃性が使われ、ライフルや散弾銃みは遅燃性が使われる場合がほとんどだ。
ライフルの場合は、長い銃身をしっかり活かすために、遅燃性の火薬を使い銃身内でも燃焼させている。こうすることで弾の初活力や初速が上がり、直進性や威力が高まるのだ。
ただし弾頭重量との兼ね合いで、使われるパウダーの処方も当然異なってくる。
例えば30-06の場合、125grならウィンチェスター社のW760、150grならアライアント社のRL19、165grならホジドン社のH4831、175grならアライアント社のRL22、200gr以上ならアライアント社のRL19がハンドロードには向いていると、弾頭メーカーのノスラー社は推奨している。
なお150grのRL19は59~61grで、200gr以上の場合のRL19は53.5~55.5grだ。重い方が火薬量が多そうに感じてしまうが、薬莢の大きさは決まっているので.30-06の場合はこのようになってしまう。
勿論ハンドロードの場合の推奨なので、自己責任で異なる処方を試しても良い。ただし火薬量を増やす場合はマックスが明確に決められているので、それを越えないようにしなければ銃身やレシーバーが痛む場合がある。
.25-06レミントンのような、.30-06の薬莢に軽い25口径の弾頭を着けると、それだけでマグナムとなってしまう。
言ってみれば、.223レミントンやNATO弾の火薬量が.30-06と同じになるからだ。そうなると当然超高速弾となるので、銃身が3千発も持たなくなる。
メーカーのカタログにない自作の弾をワイルドキャットと言うが、度が過ぎると銃の寿命を極端に短くしてしまう。特に火薬量が多くなる場合は顕著だ。
一方、携帯する必要性から銃身を活かせない構造の拳銃は火薬を瞬間的に燃やす。そして足りない威力を弾頭の形状や重さで補うのだ。
片手撃ちも考慮された拳銃弾の火薬は速燃性が高い。しかしその分、射程距離は極端に短くなる。また銃身をほとんど活かせないので、スナブノーズも6インチでも銃自体の命中率は変わらなかったりする。
人が肉眼でサイトを覗くからサイト間の距離が長くなり、また重くなって安定感が増す6インチの命中率が上がるだけで、台に固定してしまうと短銃身とは誤差の範囲だ。
そして瞬間的エナジーしか弾は保持していないので、慣れれば弾頭が空気抵抗や重力に負けてドロップするのが肉眼でも視える。
45口径で50mも離れれば、言峰綺礼でなくとも避けれる人間が本当に居る。
ただし拳銃の実用射程距離は10m以下とされている。それは実戦だと極度の緊張状態となり、過剰なアドレナリンが分泌されまともに中らなくなるからだ。
レンジでしっかり練習している人で、何度か実戦経験もあるなら25mくらいに射程距離は伸びる。
このくらいの腕を持つ人の弾丸を避けようと思うと、50mは離れていないと厳しい。
それを10m以下の距離で避けられた全盛期の言峰は化け物クラスだと言える。
そしてこの速燃性と遅燃性の火薬の違いは、プッと吹いた吹き矢とフーッと吹いた吹き矢の違いと似ている。どちらが遠くまで届くかは言うまでもないだろう。
そして届くということは、それだけのエナジーを保持しているという意味でもある。
つまり弾頭重量が軽くなりがちなライフル弾を、威力が弱まる銃身の短い銃で撃つことに意味はほとんどない。あるとすれば、獲物を傷つけた銃と、仕留めるための止矢用の銃で共通の弾を仕えるという点だけだ。
しかしそれだけのためなら、厚く固い獣毛を抜けるマグナム弾を使うリボルバーで十分だし、所有欲も満たせるものだ。なので本来のコンテンダーはもっと銃身が長く、単発で獲物を仕留めたいというマニアのための銃なのだ。
ちなみに散弾銃の場合、平筒(バードショットやダブルバックにスラッグなどで使われる)の場合は速燃性のパウダーを使い、サボット弾のような銃身を活かす弾の場合は遅燃性のパウダーを使う。
有名なところでは、前者がホジドン社のユニバーサル。後者は同じホジドン社のロングショットなどがある。
そのユニバーサルのような速燃性のパウダーだと、銃身長を選ばない。エルヴァが獅子劫界離を買っているのは、頑丈な水平二連の猟銃をソードオフして使っているからだ。
そして水平二連は引き金が二つあり、銃身でチョーク(先の絞り)を変えてある場合が通常だ。しかし指弾のために獅子劫は両方のチョークをシリンダー(絞りなし。平筒)にしている。
その発想はパウダーのことを知っているからこそだと読める。
「カービンもお願いします」
「HK53はダメですよ。MP5K-PDWで我慢して下さい」
そしてゴトリとテーブルに置いた2挺のMP5K-PDWを見た父と舞弥さんが目を剥いた。
「この折りたたみストックのタイプは、公的機関、それも法執行機関でないと入手できないんじゃないか?」
今は1995年。MP5K-PDWは1991年発売だが、欧州はもとより北米でも、まだ軍や警察に採用されていなかった。
また銃規制が一番緩いアメリカでも、1986年からフルオートはご法度だ(フルオートウェポン規制)。
「どうしたの? ノイント老のツテ?」
「子会社に政府登録した真っ当な警備会社がありまして。そこを通せば大抵のものが手に入ります」
意外だろうが、政府やユーロに登録すれば民間警備会社でも銃の所持が可能となるのが欧州だ。それは身代金目当ての誘拐が、この80年代~90年代は頻繁に起こっていた背景がある。
「一番誘拐で狙われそうな子が、このような装備を……」
「だからこそですよ。私どもが武装するのは」
「はい。単なる教育係や家政婦ではお嬢様を護れません」
舞弥さんとママたちの会話に呆れていたのがセイバーだ。
「ブリテンでこれを出さなかったのは、影響が大き過ぎると考えたからか?」
「はい。魔術の時代には魔術ですよ。現代ならこちらの方が、神秘を隠蔽しやすいですから」
そして私はルオン・ママの前にもう2挺の銃を出した。チェコのVz61だ。欧州のギャングが必ず持ち、犯罪者のアジトに警察が踏み込めば絶対に1挺は見つかる、大人気のサブマシンガンだ。
「これも32オートか。ハンドガンと弾を揃えるのは常套手段だけど……」
「ええ。威力が確かに弱いです。ですが次の一手の弾幕となれば必要十分です」
「それにこれもまたクローズド・ボルトなので、集弾性が意外と高いのが美点です」
ママたちが父に説明している間に、30発用マガジンを10本と、弾の箱を20箱出した。こちらは装填不良を避けるために、全部フルメタルジャケットだ。
とは言っても、このマシンガンは昔から『詰まらない』ことで知られていた。その小型軽量な点と反動の少なさに集弾性能の高さもあったが、いざというときに『詰まらない』から軍や警察、そして犯罪者集団にまで愛されたのである。
その後、このサブマシンガンは380ACPのVz64(改良版は83)や、9mmマカロフのVz65(改良版は82)、9mmパラベラムのVz65(改良版は85)と発展していった。
私は自分用として、これのSA61(民間用でセミオート・オンリー)を用意してあった。これだと8歳のこの体格でも、9mmパラベラムが撃てるのだ。ただしストックとなる針金は体に合わせて少し短く特殊な形状のものに付け替えてある。
伸縮ストックのMP5A3も持っているが、普段は余り使っていない。今の体格だとストックを伸ばすと構えられないからだ。
あれはあくまでも予備だ。だけど今回はミトに預けた。彼女の体格なら十分扱えるだろう。
「ハンドガンはどうします?」
「チーターを貸して。それとポンプアクションでいいから、ショットガンをあるだけ」
宝具の中を漁ってみると、イサカM37のカスタムが2挺あった。口径は28ゲージ。男性から見ればおもちゃだろうけど、子どもの私には28ゲージでもキツい。
ただし、2 3/4インチサイズのこの薬筒に収まるワッズ(弾などを保持するカップ)の中には、鉛玉とは別に人骨を砕いたものが入っている。
世の中は広い。何もヘンな起源を持つのが父だけとは限らない。お祖父様の伝手で火葬前の検体から取り出し、コレクションしてきた人骨。それを魔術的に処置した骨粉がこの弾には使われているのだ。
もちろん父やママたちにも内緒だ。要は死ななければ良いのだ。そしてこの程度の散弾ならミトくらいの体格があれば楽だろう。問題はストックが私に合わせて、かなり切ってあるところだ。
「これで良いわ。肩に当てないで、強化した腕で撃つから」
そしてチーターとはベレッタの81シリーズのことだ。彼女にはそれの82を渡した。32オートなのでママたちと弾が揃うし、シングルカラムなのでグリップしやすい。ただし装弾数は12発から9発に落ちている。
それとは別に9mmパラベラム用として、8000と大量の予備弾薬を預けた。これら過剰気味な装備は、彼女がこの拠点を護らなければならないからだ。
囮はパミなので、彼女はセイバーと行動する。そして私がもう一つの餌となって、父と行動をともにする。バックアップは舞弥さんとママのどちらか。あと一人のママはミトと拠点を護る。
そうして敵対勢力の実行犯を取り押さえ、背後の人間を捕まえるのが目的だった。
なお、キャリコは余りにも詰まるので欠陥銃とされ、一度倒産している。軍や警察にも採用実績がない。それにも関わらず父が使うのは、『ヘリカル・マガジンを詰まらないように改造してある』のと、『集弾性やバランスより、コートに隠れる大きさでの弾薬数を優先した』からだそうだ。装弾数100発は確かに多い。
舞弥さんもトランクからステアーAUGを出して、手入れを始められた。プルバック式で簡素なスコープが付いた、オーストリアの名銃だ。
またサイドアームも同じオーストリアのグロック17だが、キャリコM950と同じくマガジンに難があった。全部が全部ではないが、ときどき検品漏れのような不具合がある。舞弥さんも上部をかなり削ったらしい。
『軽さと装弾数を取りましたが、やはり改造するまでは詰まりやすかったです』と教えてくれた。
この後、彼女はクロアチアのHS2000に持ち換え、2003年頃アメリカのスプリングフィールドXDに換えた。サブマシンガンもMP5A5と、珍品のステアーTMPを私からプレゼントした。
というのも父はお祖父様の持つ会社に入ったが、舞弥さんは私の持つ警備会社に入ったからだ。
行動は迅速に。今日中にサーヴァントには受肉してもらう。そして明日は、大聖杯を停止して霊脈と切り離す。その後に、森でバイクの回収だ。
パミはこの間セイバーのデートを見送らないといけないので、この日だけは舞弥さんとママに付いてもらう。
「じゃ、僕と君とで大聖杯だね?」
「はい。その後に森です。南側の門です」
「例のあそこだね。ならクルマを出そう」
明日以降も夜は行動しない。どこまでも真昼だ。
「どうしてだい?」
「衆人の目があると、魔術行使はより難しくなります。ここで相手の力量が読めるわけです」
「なるほど。となると怖いのは狙撃より、爆破とかに限定されるね」
ここが元魔術師殺しだった父だ。行動パターンを掴めたら攻撃ポイントの構築は容易い。狙撃は難しくとも、道路ごと爆破という手も使える。
だけど行動パターンが見えない場合は、目標を発見すれば使い魔に追わせ、低級霊や人形に抱きつかせ自爆させる手に絞られる。
ミソは真の拠点を探られず、相手の目を囮の拠点に釘付けにさせることだ。
今回はそれがアインツベルの森となり、あそこは間違いなく魔法使いと王様の拠点でもある点だ。
使えるものはなんでも使う。それは私の基本であり、父の基本でもあった。
「そうです。その意味ではGT-Rは目立って良いでしょう?」
「う~ん……。一応それなりの工作はしてあるけれど、おかしな爆弾なんて仕掛けられていないだろうなぁ」
「そのノイント老は、それでガレージ付きのここを?」
この疑問は舞弥さん。
「たぶんそうだと思います。どこまで計算していたのかは不明ですが、お祖父様も私も……今まで何度も殺されかかっていますから」
父と舞弥さんはなんとも言えない複雑な顔をした。だけどこれは事実だ。うち一回はミトが爆破されている。
エーテル体だったから再出力すれば大丈夫だったけれど、今後はそうはいかない。それで彼女を残らせることに決めてあった。
「ですけどこれも明日に確認ですが、裏技を使われた可能性もあります」
「裏技?」
「はい。御三家の当主以外が、そのことを知っているかどうかですが、この冬木の霊脈規模だとサーヴァントは最大9騎まで喚べます」
「え? 本当かい?」
「はい、アハトの工房で知りました。もともとは御三家で7騎ずつの21騎を召喚し、プラスそこにルーラーという審判兼監督役が大聖杯によって任意に召喚される、一種のチェスだったようです」
「なっ!?」
「ですが、さすがにそこまで喚べる大霊脈は滅多にありません。協会の目が届かず、他者の介入が難しく、地元の有力者が土地を護ってくれる場所……その条件に合致したのが、この冬木だったわけです。トオサカだけでは、心もとなかったのでマキリも移住を決意したのでしょう」
「う~ん……。冬木だと最大9騎か。クラスはどうなるの?」
「大聖杯のプロテクトを外す必要はありますが、同じクラスを最大3騎まで喚べるようです。あるいはエクストラ・クラスを1騎ですね」
「エクストラ?」
「はい。先程のルーラーもそうですが、前回のアンリ・マユがアヴェンジャーというエクストラ・クラスだったようです。こうしてエクストラ・クラスを召喚すると、他陣営は重複したクラスを召喚できません。つまりアハトなりに必勝を期してのアヴェンジャーだったのですね」
「だけど喚んだ相手が悪かった……か」
「そういうことです。そしてその第三次で面白いのが、エーデルフェルトでした」
「エーデルフェルト。確か北欧の名門だったね?」
「はい。もしかしたら……友人のお祖母様か曾祖母様方がマスターだったのかも知れませんが、あれが『双子』の術なのかな?」
「なに?」
「いえ、アインツベルンがアヴェンジャーで7騎までしか喚べなくしたのに、セイバーを2騎喚んでいました」
「それだと君の言う、エクストラ・クラスが3騎分という前提が崩れるよ?」
「そうなんです。ですがあの家の頭首は代々双子の女性が務めます。それは『双子』という独自の魔術があるからなんですね」
「なるほど。その魔術を使ってということ?」
「そう考えています。私は元々聖杯戦争という儀式を知りませんでした。ですが工房で姉たちの処置をしているとき、手が空けばずっと聖杯戦争の資料を読んでいました。それで行きの飛行機でも、この1年の間もずっと考えていて、行き着いたのが『双子』の魔術でした。そして召喚対象は……」
「並行世界の同一英霊だろう? プラス、実在しない英霊も条件なのかな?」
「そうです、私もそう考えました。ですからアーサー王とは言いませんが、円卓の誰かかなと」
「そうだね、たしかに興味深い話だ。だけど今は関係ない。君が心配しているのは、ユグドミレニアがその裏技を使って8騎目や9騎目を召喚していないかどうかなんだろう? だから明日大聖杯を停止する……とは言えか」
「そこです。時間も日にちも、ここではあの1年が嘘のように過ぎていません。ですけど、見落としはないかと嫌な予感がフツフツと……」
「それは精神的ブランクに起因する、過剰な不安だと思うよ? 君は大聖杯のシステムが読めるんだよね? 確かそれでアサシンのマスターが遠坂だと知ったんだろう? なら、それでわかるんじゃないかい」
「その通りです。ですが……あれはセイバーと同時に感じたのですが、ちょうどトオサカの姉妹を救けた日です。大きな魔力の流れみたいなのを感じたんです」
「ん?」
「今にして思えばの話ですが……霊脈を使わず外部から、サーヴァント召喚に必要な分の魔力を大聖杯に注ぎ込んだ……そんな気がします」
「ま、待って……。通常は60年周期だよね? つまりは1騎分でも凡そ霊脈8年分の魔力だ。それを外部から運ぶって言うのかい? いや……そうじゃない……。エクストラ・クラスは今回居ないんだよ?」
「そこで魔法使いのキャスターと、あの黄金のアーチャーです。両者とも通常は喚べない神霊クラスにも等しいわけです。ですが、私を監視するためにクラスを取った。つまり大聖杯の中に残っていた可能性のある余剰魔力まで使い果たしたと考えられます」
「ということは……ノイント老が話していた、大聖杯を一旦空にするという条件がより完全になった?」
「そうです。使い魔で知らせて下さったのですが、敢えてそうして下さったようです」
「そうか。なら、今は結果だけを考えよう。こちらには好条件なんだから」
「そうですね……。ですが、あの大きな魔力が流れた気配だけが……」
「引っ掛かるか」
「ええ。この儀式が始まった1回目は200年も前です。まだまだ穴があると思います。そもそも、その1回目と2回目は令呪すらありませんでした。だから殺し合いになったわけです。ユグドミレニアは何十年も前から聖杯を狙っていました。となるとかなり研究していると思われますし、一族の者や協力者がこの冬木に何十年も住み着いている可能性も否定できません。楽観視できない要素の方が多いんですよ……」
「そうか……」
話は少し横道に入るが、このときの私はまだ聖杯戦争と飢饉の関係がわかっていなかった。後々それに気づき、ドイツへ引退させたアハトを殴りに行ったことがある。
その際に姉が同行し、地下の工房で廃棄処分待ちのホムンクルスを救けた。その5人の中の3人が、セラとリーゼリット、そしてレーナだ。
セラとリーゼリットはお馴染みだと思うが、このレーナこそが姉の家庭教師だったローザの同型機で姉妹だった。残念ながらローザはこの第四次の時点でいない。
城の外へ出たからだ。情操教育に良いからと、『はてしない物語』を姉に与えるために。
勝手に出たとは思えない。何度も何度もアハトに訴えたと思う。それでも却下され、きっと堪らず出たのだろう。姉はそのローザの最後をレーナに聞くまで知らずにいた。10歳の頃の話だ。
今、レーナはドイツで公立小学校の教師をしている。姉とだけでなくセラやリーゼリットとも仲が良く、メールを頻繁にやり取りしていた。
だからレーナが休暇を利用して日本へ遊びに来たときは、四人であちこち観光地を回っていた。かなり無心をされ、仕方なく100万貸したのだけど、未だに返してもらっていない。セラもリーゼリットもレーナも、私が延命処置したのに。
レーナなんて試験に受かるまで、私のところで雇ってあげたのだ。結構優秀だったので、退職して欲しくなかったのが本音だ。それでも教員試験に受かったからと、パミはパーティを開いて快く送り出してくれたのだ。このことはミトも知っている。
やがてママたちがセイバーと舞弥さんを誘ってお買い物に出かけた。
「主よ、理事をお護りしなくて宜しいのですか?」
「サーヴァントが受肉してしまえば、聖杯戦争は終決だ。これを確定することで、魔術協会も聖堂協会も表向きは動けなくなる。またトオサカや理事が望まれたカタチにもなる。これはわかるな?」
「はい」
「ならばだ。私は魔術協会の教育機関である時計塔のロードだ。お前が動けば、それは私が動いたことになる。ひいては時計塔が介入したとも取られかねん。その口実を敵や聖堂教会に与えてはいかんのだよ。だから理事は明日聖杯を停止すると決めたのだ」
「しかし……」
「ランサー?」
「ソラウ様」
「心情的にはわかるけれど、この先は理事の家と相手の家との戦いになるのよ。それこそ家門と誇りを掛けた。そこに水は差せないし、アーチボルトもトオサカもリスクは負えないの」
「それは理解できます……」
「なら、割り切りなさい。理事なら大丈夫よ」
政治と家……。これは騎士の時代にもあったことだ。
主とともに1年過ごした俺は、ケイネス殿のことを理解した。そして主も俺のあり方を認めて下さった。召喚後からすれ違いの多かった俺たちだが、今は違う。
あのブリテンでケイネス殿は本当に変わられた。俺が言うと烏滸がましいが、人として一回りも二回りも大きくなられたのだ。
だからそんな変化をソラウ様は瞬時に見抜き、アインツベルンの森で何があったと訝しむ有様だった。ケイネス殿から席を外せと命じられた俺が、戻れと念話で知らされたのが実に3時間後だ。
何を話し合われたのか詮索はしないが、今のお二人はとても仲睦まじい。それを嬉しく思うからこそ、ケイネス殿を理解する術を教えてくれたハーウェイ理事を手助けしたい。
「今回は目を瞑れ、ランサー。あの方は助けが欲しければ、きちんとそう話される。恩義を返せる機会はこれだけではない。今は理事たちの勝利を願うほかはないのだ」
「……そうですね」
「わかったなら、お預かりした受肉のクスリを今夜中に必ず飲め」
「はい」
ランサーよ、その実直ぶりは良いと思うが……。まだ表面しか見えておらぬな。家門や誇りもあるが、理事が聖杯を止める真の理由は、我がアーチボルトやトオサカを遠ざけることにあるのだ。
確かに教会や協会への牽制の意味もある。だがどちらも組織的なメリットがあれば動くものだ。そこに巻き込まれたり、我々がユグドミレニアから恨みを買ったりせぬようにとの配慮なのだよ。
ここを理解せねば、本当の意味での恩返しはできん。貴様がかつて仕えたフィン・マックールならば、理解したであろうこと。それを貴様も理解できるようにならねばならん。
でなければ、とてもアーチボルト家の騎士とは言えんぞ?
「葵か、私だ」
『あなた……。お電話なんて……。終わったのですか?』
「聖杯戦争は明日終わる。だが、その後始末でまだまだ身動きは取れない。なのでそちらへの避難もまだ解けそうにない。もうしばらく凜や桜とともに禅城で過ごしてくれないか」
『……わかりました。あなた、どうかご無事で』
「ああ、ありがとう。凜や桜によろしく伝えてくれたまえ」
1年ぶりの妻の声には後ろ髪を引かれたが、私は電話を切った。電話口から凜と桜の声が漏れ聞こえたからだ。それに今はまだ感傷に浸っている場合ではない。
「悪いが、君たちを使い捨てにするかもしれない」
「トキオミ様、わかっております。我らの隠形があれば、バレることなく理事をお手伝いできます。それでも……万一のときはご遠慮無く令呪を使って下さい」
「……申し訳ない」
「いいえ……」
「とは言え、情報収集優先だ。報告先は私の前に理事の乳母か切嗣君に」
「わかりました」
「坊主、どうするのだ? マスターはお前さんだぞ?」
「う~ん……」
明日で聖杯戦争は終わる。だけどケイネス先生はしばらく残るという。それはあの子と他家が戦うからだ。きっとその検分役を協会から仰せつかったのだろう。
「グレン殿やマーサ殿から、もうしばらく残って欲しいと言われたんじゃろ?」
「ああ」
言ってるのはお婆さんだ。それもいきなりだ。なんだろう、嫌な予感がする。もしかしたら、暗示が解けかかっている? そんな気がするなぁ。
「なんで悪い方に考えるんじゃい? 逆ではないのか?」
「孫がイギリスへ帰るのが名残惜しいからって? そこまで強力な暗示を掛けられるほどの腕は僕にない」
それがこの1年で思い知ったことだ。自分の実力、自分の小ささ……全部わかった。そして向こうでコツコツやったことは、ずっと残っている。
結局、人はそうやって積み上げるしかない。そのことが痛いほどわかった1年だった。
「と言ってバレていたとしても、逃げも隠れもできないわけさ。僕という奴は。それだけの恩をお爺さんやお婆さんから受け取ったからね。なら……先生の帰れという命令には反するけど、期待に応えようか」
「うむ、その判断は良い」
「ただし、手は出さず観察に徹するよ」
「何故だ? 貴様、娘っ子には恩を感じんのか?」
「そうじゃないって。もちろん恩は感じてるよ。あの子のお陰で命拾いしたようなものだし、その後の冒険というのかな? あの体験も全部あの子と関わったからだ。だけど、今回は家と家の戦いだ。それもお前のような略奪者を懲らしめるための」
「む。言ってくれるではないか。では、ともに戦場に立とうとは思わんのか?」
「それをやってしまうと、迷惑が……。うん……?」
「無名の家で、おまけに師匠の品を盗んだ前科者。御三家の一角であるシンイチの動機と比べると弱いが、あちらもトオサカに代わって最後にしか出れんと見た。お前さんが一番動きやすい立場だぞ?」
「先生はそれがわかっていたから帰れと?」
「そういうこっちゃ。しかし、お前さんは不真面目な教え子であるが故にな?」
「代わって動けという謎掛けだったのか……」
「ただし、動くのは余だ。あくまでも余が好奇心に負けて動いたという体裁を保つ必要がある」
「その理由は?」
「戦は情報よ。余の時代でも斥候は重要だった。その斥候がもたらした情報を分析し戦略を練るのが余の仕事であった。つまりは表立って動けん分、娘っ子の戦略を陰から補う。そこでトオサカがアサシンどもを情報収集に当たらせる。その情報を余にも入るように手配する。そして練った戦略を娘っ子やセイバーに伝えるのだ」
「となると、トオサカとアインツベルンに連絡を取らなきゃ」
「うむ。現実問題としてはアサシンを捕まえ、そのように声を掛けることだ。坊主の運なのか、娘っ子の運なのか……マーサ殿が挨拶に伺った裏の家」
「ああ、今日引っ越してきた家だな。それが?」
「越してきたのは東洋人の夫婦ではない。裏庭で娘っ子の分身が遊んでおった」
「アインツベルンか!?」
「そうだ。夜で良いから、坊主と余で正面から訪ねようぞ」
「わかった」
いよいよ大聖杯を護る戦いです。
11月30日。やや改変。