なぜ彼女はああも変わっているのか。ああも電波発言を繰り返すのか。
細かなエピソードの一つ一つが第一部に繋がっています。
「これがアインツベルンの城か?」
「本国の城より小さいです。それにこの規模のものは『館』という方がしっくり来ます」
「そうか?」
バイクを止めて建物の中に入ると誰もいなかった。
「もしかして三人ともアルトリアのところへ?」
「まさか、デートですよ? あの王様もそれは怒るでしょう」
やがてロビーの真ん中に、シロウさんが蜃気楼が実態化するように現れた。
「ふぅ~、疲れた。お、エルヴァに切嗣さんか。神父が居るってことは聖堂教会と話は着いたのか?」
「いや、今のところ通っているのは言峰親子と一部だけだと思う」
父とシロウさんの会話に神父が割り込んだ。
「彼は誰だ?」
「時臣から報告がなかったかい? 僕たちの味方だよ。キャスターの宝具だ」
「なるほど。それは聞いている。信用して良いのだな?」
「ああ」
すると神父はあっさりと組織内の情勢を話してくれた。
「ならばその通りだと答えよう。こちらに着いてくれたのは、第八秘蹟会の約半数といったところだ。独立した埋葬機関がどうなのかはわからないが、聖堂騎士団は怪しいな」
父と神父の会話の間、シロウさんはとても落ち着いていた。
「そうか。なんとか平和裏にまとめて欲しい。今回動いている聖堂教会の人たちにしても、ユグドミレニアに騙されているようなものだろう? あちらは時計塔と対立しているから、それで味方が欲しいだけだ。真の目的はわかったか?」
「いや……何かあるのかい?」
「魔術基盤の独占だよ。聖杯を使って、自分たち以外を地に落とすのさ。ユグドミレニアの認めた者以外は魔術も秘蹟も使えなくする。つまり魔術協会と聖堂教会はそれで壊滅だ」
「そうして自分たちが権力の中枢に据え代わろうと?」
「そう。聖杯の特質をよくわかっている。実はそういう使い方が一番馴染むんだよ、あの聖杯は」
人類全体でなく、世界の魔術基盤を書き換える……。言われてみれば、これなら聖杯で可能だ。なんてことを考え出すのだ。
「天国への門が開くのではなかったのか?」
「それを信じるレベルの者には、その方がわかりやすからだろう。真の狙いは基盤の独占だよ。これをなせば、敵は敵でなくなる。完全な無力化だからな。動けるのはオレたちのような、世界の外に組み込まれている英霊か、魔法使い、それと世界の外からも魔力を得られるエルヴァのような特殊な魔術師だけだ」
言ってみれば、新しい兵器を造って対抗するのでなく、弾薬の規格を変えてしまうようなものだ。
アメリカが7.62mmから5.56mmに落としたのは、当時の空気があったからと言われるが、真相は不明だ。ただ少なからずそこを利用して東側を巻き込むことに成功している。
システムを考えだした者、システムを賢く利用した者が勝つのは世の常だ。今回の場合は魔術基盤という規格の改変だけれど、ブレーンは誰だ? かなり優秀な者がユグドミレニアに協力していると思われる。
そして襲ってきた相手の人数と装備。その資金はどこから出ている?
かつては北欧の名門だったユグドミレニア。当時、新興のエーデルフェルトに追いやられ、東欧に移ったのが数百年前だ。確か時計塔に席を置いていた、ダーニックの頃は理事も務めていた。
そのダーニックの代で時計塔を去り、アルトゥルお兄様に敗れて、ルーマニアに引きこもって60年以上。これまでも色々とちょっかいを出して来たが、基盤の独占が真の狙いだったとは……。
そうして基盤を書き換え独占してしまえば、後はゆっくりと自分たちだけで根源なり何なり追求できる。私好みのオイシい手法だ。
「ブレーンはもしかして英霊?」
「多分な。それもここ冬木でなく、拠点のルーマニアで召喚したんじゃないかな。あそこはロシアと並んで、ユーラシアでも1~2を競う大霊地があるからな」
大陸型の霊脈。通常は環太平洋などの火山帯に、霊脈は多いものだ。だけど中には内陸型の霊地が、飛び地のように存在する場合がある。
古くは中国の洛陽や、ナイル川の上流だ。たび重なる河の氾濫で、地表の霊地が押し流されてしまい文明が衰退した。しかし岩盤の固い欧州では、ドナウ文明を築き上げたドナウ川が今も昔と変わらず流れている。
シュヴァルツヴァルトを水源とするドナウ川の河口、ドナウデルタはルーマニアにあるのだ。
「呪体がずんどこ掘れる時計塔や、昔からの謂われある霊地とは異なり、純粋な大陸型の霊脈が通った霊地だ。どう思う? 数年でここまで準備はできないだろ?」
となると英霊はルーマニアと冬木との二騎……?
そしてブレーンは間違いなくルーマニアで召喚している。それも何年も何年も前に。
「もしかして、東方の三賢者?」
「面白いことを言うな」
神父に叱られた。もちろん冗談だ。だけどこんな現代的な、市場独占を企むような英霊が思い浮かばない。
そんな風に悶々と考え込んでいたら、2階のサロンに招かれ、シロウさんがオイシいお茶が振る舞ってくれた。
「これ、アインツベルンの備品でしょう?」
「オレが自分で買ったんだよ。どうだ?」
「悔しいくらいにオイシいです」
「良い返事だ」
「チクショー!」
そんな私の反応に目を細めたシロウさんは、父や神父と和やかに話していた。
「この子はイリヤとまた違って面白いな」
「イリヤはどちらかと言えば内向的な子だからね。この子は活発だし。随分と対象的だよ」
「早く会いに行ってやらないとな」
「その通りだけど、こうも次から次へと……」
「この子の宿命だろうな。言峰神父もそう思うだろう?」
「そうだな。まさか自分自身と戦う羽目になるとは」
「え? ここに来る前?」
そこから10年後の神父、聖杯の汚染と釜の底が抜けている可能性の話となった。要はアンリ・マユによって汚染された魔力が、原始的な思考、即ち粘菌並みの本能で並行世界の大聖杯と繋がったという仮定の話だ。
私自身は第二魔法に遠い存在なので、それを得る可能性はゼロに近いが、ここのリンは可能性がある。なによりあの黄金の王がそれをトオサカに予言した。
これ以降、この釜の底の問題は私にとって大きな研究対象となった。
そしてこの会談の最中、私は森の樹々と同調して結界に綻びがないかを確認しつつ、使い魔とともに二人のエーテル体を部屋の外の廊下に出力した。31番と47番だ。
理由は探索だ。この館のどこかにアルトゥルお兄様の遺品が残されてる。それの回収と、もう一つはアルトゥルお兄様に付き添った奥様やメイドたちのお墓の在り処だった。
お祖父様は良質な魂であるなら抜き出して保管器に納め、耐用年数の過ぎた肉体のみ廃棄して銘板に名を刻まれている。その銘板はチューリッヒのお城の礼拝堂にあり、小さな頃から私も祈りを捧げてきた。
だけどここは遠い極東の地だ。魂は霧散して自然に帰ったろうし、銘板に残すべき名も何人かは不明だった。それは名付け親のお兄様しか知らないほど、新しいホムンクルスばかり投入されていたからだ。
さすがのお兄様も帰れぬ者が出るだろうと、ご自分の新作ばかりを引き連れていたのだ。きっと館の地下か、そう遠くない外にお墓があるだろう。それを調べることも私の使命だったのだ。
館の中を調べてくれた二人は、30分掛からず遺品の場所を発見した。3階の客間の一室だった。
並行世界の記録や記憶は、セイバーからだけではなかった。あの1年の間に、魔法使いが何度か夢として教えてくれていた。そしてそれは父やトオサカにロードにも。
あの三人が、あの1年で同志のようになったのはきっとそのせいだ。シンイチとウェイバーはわからないが、二人の仲を見るに何かあったのだと思う。
ともあれ31番と47番の二人から送られる情報は────。そんな魔法使いも知らないことだった。
その部屋は最初から封印してあり、廊下の壁と同じに偽装してあった。
そしてアハトの方の術式とは全然異なっていた。だから一発でそこだとわかったのだ。けれどお祖父様に教わった術式とも微妙に異なり、解除に20分以上掛かったらしい。
きっと、アルトゥルお兄様のオリジナルだろう。そして入ってみれば、部屋の中こそ普通だが、クローゼットが堅牢に封印してあった。この術式解除には、さすがの二人も二時間は欲しいと言ってきた。
宝具以外は私と変わらない二人だから、ここにパミやミトを呼んでも同じだ。だけどピンと閃くものがあったのでトイレへ行くついでに3階に寄ってみた。
案の定だ。私の持つ刻印と宝具に反応した。正確には刻印の有無が解除キーを受け入れる条件で、宝具の一部術式が解除キーだった。
つまりアルトゥルお兄様は、お祖父様と共同研究していた『ラインの黄金』を受け継ぎ、ノイント家の刻印を受け継ぐ者にしか開かないようにしていたのだ。
私は47番に着ている服を渡し、サロンに戻ってもらった。だって開いたクローゼットから出てきた物はとんでもない代物だったから。
一つは、『ラインの黄金』の模造品と、そこに納められたお兄様の膨大な研究ノートだった。この模造品は持ち運べる倉庫でもあった。この術式があるから、ママたちもバイクを持ち運べたりするのだ。
そして問題は研究ノートだ。これを纏めたタイプライターによるリポートはお祖父様がお持ちだが、元の手書きは長年紛失したことになっていたのだ。
お兄様の直筆によるインクの跡。このインクタマバチからのブルーブラックではなく、濃い青の縁に薄い緑が発色するインクは、アインツベルン・ブラウ(ドイツ語のブルー)と言ってお祖父様のオリジナルだ。
研究ノート以外に、日記もあった。ああ……。お話と色褪せた写真でしか知らないお兄様の、息遣いまでもが伝わってくる。その日記の終わりにこうあった。
『私はここで終わるだろう。ともにあって倒れたメイドたちは保管器に納め墓の下に埋めた。その魂は当家の資産だ。父に返して欲しい。最愛の妻は私とともに自然に帰りたがっている。父よ彼女だけは戴いていくよ。我が宝、エルヴァによろしく。どうか娘に『帰れぬ父と母を許して欲しい。愛しているよ』と伝えて下さい。アルトゥル・フォン・アインツベルン』
その名は私の名であって私ではない。だけどアルトゥルお兄様のお気持ちは痛いほどわかった。マアエモ・ママにはエルヴァであった頃の記憶はない。
なら私が間に立って、お兄様のお気持ちをママに愛情で以て返すしかない。日記の最後には手紙が挟んであった。奥様から娘へのメッセージだ。
それを見る資格は私にない。だからこれらはスイスでお祖父様にお渡ししよう。
二つ目は、凍結魔術を掛けられたピストルやライフルなどだった。ゴロゴロと30数挺はある。数としてはワルサーPPKが多い。その内の3挺はナチスの紋章(ワシと鉤十字)入りエーレバッフェだ。
エーレバッフェとは、戦前のナチ党主催のスポーツ大会などで好成績を納めた者に贈られていた、言ってみれば勲章やメダル代わりで『栄誉の武器』という意味だ。
この他に珍しいものでは『ゴシックS/42』とマニアに呼称される1934年のマウザー製パラベラム・ピストル(ルガーP08)や、1920年の刻印が入ったダブルデートや同年のリワークついでに9mmに改造された銃身が短く、赤くないレッドナインなどがあった。
同じC96でもヴァイマル共和国海軍時代のマリーネ・モデルまである。さすがにこれらは潜水艦の乗員が持っていた私物だろう。
後は間違いなく正式な支給品のレッドナインと、パラベラム・ピストルだ。ただ、艦内用の6インチマリーネ・モデルは、コレクターに高く売れそうだ。
しかもそのどれもが時間凍結で1936年当時のそのままなのだ。どこも錆びていないし、機関部のオイルがつやつやと光っている。何挺かガメたくなるほどの保存状態だった。
そして三つ目はユグドミレニアの真の狙いについての考察だった。『聖杯を使っての基盤の独占』 きちんとお兄様は答えを見付けてらした。
こんな重大なことを、眠らせたままでいたアインツベルン……。アハトをもっと殴っておけばよかった。だけどお祖父様もお祖父様だ。
アルトゥルお兄様の悲報を知って悲しかったのはわかるけれど、人を寄越すなりして調べられなかったのだろうか?
ああ……刻印か。それがないエージェントでは部屋の封印に気付けても中には入れないし、この遺産に届かない。つまりこれは、お祖父様から私への試練だったのだ。
それらをそっくり宝具に収めた私は部屋から出ようとした。
「エルヴァ、待って。このクローゼット。二重扉だよ」
え? 出かかった足を戻して、クローゼットの奥を見つめる彼女の横に立てば、確かに違和感がある。
そこでいくつかの呪文を試せば────。
解除のための宣誓名を、アルトゥルからブルーノに入れ替えれば開いた。ブルーノは二番目の兄の名だった。
生まれつき魔術回路の変異があったので、魔術師の道を諦め、そのお祖父様譲りの商才を活かしアメリカに渡って成功を収めた兄。
こちらも私は写真とお話でしか知らない。だけどアルトゥルお兄様とは仲が良好だったようだ。
隠し扉が開くと、奥にはとても小さな部屋があった。もともとここはウォークイン・クローゼットだったらしく、それを改造して奥に隠し部屋を作ったのだろう。
左右に木箱が積み上げられていた。とても子どものチカラで動かせるものではない。だけど床にあった木箱は蓋が開いていた。
それを覗くと『シカゴ・タイプライター』がぎっしりだ。1936年以前の民間用M1921が10挺あった。その横の別の木箱には100発用ドラムマガジンと、.45ACPが何万発もある。
M1911A1も民間用のコマーシャル(ガバメント)モデルが20挺はあった。軍用でないその丁寧な仕上げのガンブルーは、熟練工が多くいた『在りし日のコルト』そのままだった。
「これ、今のアメリカで売れば……」
「一財産だよ……」
木箱は全部で15箱はあった。中は推して知るべしだ。私はそれら全部を宝具に回収した。部屋を出た私たちは、最初と同じように部屋を丸ごと封印した。そして、階段を降りて外に出た。
日記に記されていた通りだった。近くにお墓の跡らしきものが見つかった。長い年月で木製の十字架は朽ちて失くなっていた。
先に森と同調していなければ、地面全部に解析を掛けなければならないところだった。
掘り返すとタイムカプセルのようなものが出てきて、中に保管器が入っていた。
そしてその下には更に大きな箱が埋められていた。彼女たちが使った武器や礼装の類が納めてあるのだろう。
それを回収して任務完了だ。もちろん掘り返す前と、保管器を宝具に収める前に祈りを捧げた。
「この件はトップシークレットとして、他の思考の誰にも話さないで下さい。私の方でもプロテクトを掛けます」
「47番にも?」
「ええ。必要とあらば私からその都度伝えます。これは二人だけの秘密にして下さい。お祖父様と相談しないと、私では判断がつきかねます」
「わかりました」
そうして館に戻ると、再度トイレに出て来た47番と入れ替わり、彼女たちを回収した。
そろそろお暇と帰る際、シロウさんが家まで送ってくれることになった。ありがたい。正直、相手のサーヴァントが出て来ると厳しかったから。
森の外でセローを回収し、放置したクルマのところまで行った。
「レッカーを呼んで廃車するよ」
父の判断は賢明だ。なにをされているかわかったものではないからだ。レッカー車とタクシーは同時に来た。私たちはタクシーで新都まで行き、そこからバスで深山町に引き返した。
使い魔や追手の監視を振り切るためだ。神父は新都で別れた。なので万一のことを考え、通信用の使い魔を預けた。
家に帰るとママたちやパミやミトから、笑顔で迎えられた。ホッとした。
「切嗣。そこまでの敵なら、そろそろ私もマークされているでしょう」
「そうだね。舞弥、君は当分乳母たちと拠点防衛に回ってくれ。明日からはセイバーも居るし、シロウ君も付いてくれるそうだ」
「ああ、この状況は不味い。いくら他家を巻き込みたくないとしても、戦力不足は否めないぞ。何より相手の情報が少なすぎると思う」
「その通りだ。今回襲ってきた相手の人員は視認した限りでザッと40数名だ。ほとんど一人で蹴散らしてくれた神父がいなかったら危なかった。そして他にもまだ居ると踏んで間違いない。エルヴァ、正直厳しいよ?」
父のこれは暗に『殺さない制限』を解けと言っているのだ。だけど私はもう父に人殺しはして欲しくなかった。
「少し時間を下さい。セイバーが戻るまで」
「わかった」
美容院というところに放り込まれた私は髪をいじられ、化粧され、ドレスに着替えさせられた。
なぜおとなしく従っているのか。それは聞くな。今朝、私は生涯封印したい大失敗を仕出かした。それを誤魔化し庇ってくれたのがエルだったのだ。
「ですから、お休みの前に水気を取るなと話しているのです! お嬢様は、もう8歳ですよ!」
「ごめんなさい……。元の世界に戻れたから、ホッとしちゃって……」
すまん……エル……。
ルオンが布団を裏庭に干していると、窓から顔を覗かせた大王が笑っていた。
「いよぉ~。うちの坊主も今朝方粗相をしおってな。そういう世界地図は要らんぞ」
こいつ……ウェイバーに擦り付けたのか。なんて奴だ。しかし受肉すると、よもやこういう弊害が出るとは……。
仕上がって表に出れば、高級そうなクルマが店の前で停まった。
「乗るが良い」
ブボボボボと喧しいクルマだ。
「よく時間がわかったな?」
「我を誰と心得る?」
「愚問だったか。しかし煩いクルマだな?」
「デート向きなのを見繕えと命じたらこれだった。気に食わんか?」
「いや、カッコいいとは思うぞ? けれど、こういう街中では煩く感じる」
「そうか」
こいつ……魔法使いのリンが言った通り、かなり真剣だ。後でそのクルマがF50と知ったエルは随分驚いていた。なんでも発売されたばかりで、予約で満杯だろうに手に入れていたからだ。
やがてクルマは郊外のレストランに入った。そこの駐車場にも、様々な高級そうなクルマが停まっている。
「ここは?」
「なんでも『エンスー』とかいう、多少はものを知った者どもが集う場所だと聞いている」
「ほぅ……店ごと買わなかったのか?」
「言うな。リンに叱られたのだ」
あらぬ方を向いて口を尖らせる横顔は、どこぞの英雄王とは違う。こいつは生前、本当にモテたろうし、世界を自分のモノにしたのであろう。どこか、ライダーに通じるものがあった。
予約していた席に案内され、料理がいきなり運ばれてきた。メニューなんて来ない。こいつが全部仕切って、時間まで測って指定してあったのだ。
それはアインツベルンのフルコースと変わらなかった。英霊のシロウの腕前ほどではないが十分美味だ。人の領域でこの味はなかなかだと思う。
内装も食器もセンスが良いと思えた。また落ち着ける雰囲気が私好みだった。華美に走らず、だけど安っぽくない。私へのリサーチは完璧だ。参るな……。
「いい店だな?」
「まぁまぁではあるな」
しかしタキシードだったか。現代の服も堂々と着こなす男だな。
「その服装は似合うな?」
「そうであろう? このような日のために前々からオーダーしてあったのだ」
「現世は何度も?」
「ああ。大概は『世界』からの雑用だが、時にはリン達と出歩くこともあったのだ」
「ほぅ、面白そうだな?」
「そうよな。飽き性の我でも、あの者達とたまに出歩くのは愉しい。『世界』の制約で友と逢えんのが辛いが」
エルキドゥのことだ。こんな風に大切な友を語る英雄王はまず居ないのではないか?
ああいうタイプは、その大切な存在を他者に知られることさえ嫌うだろう。本当に大切であるがゆえに。
「良いのか、語っても? 大切な友なのだろう?」
「そうやって気遣える女だからこそ語るのだ」
そうだろう? と、私の眼を覗き込む。こういう素直な仕草ができるのか……。
「それとも女と言われるのは嫌か?」
「いや。信念を棄てられぬのと同じく、持って産まれた性別も棄てられぬものだ。だが、『王』というプライドは棄てたつもりだ」
「我のような生まれ出ずる前から宿命付けられた『王』ではあるまい。それもまた良しだ」
否定もしないし、からかうこともしない。こいつは本当に違う。
「フ……英雄王に乾杯だ」
グラスを合わせた彼はこう言った。
「我のものになれ、アルトリア」
そして次の言葉はとても真摯な求婚だった。
「我も受肉し今世をともに歩まんと願う」
こいつにしては精一杯へりくだった物言いなのだろう。だからこそ私も真剣に答えた。
「時間が欲しい。待たせて良いか?」
「どういう意味だ?」
「妹たちの手が離れるまでだ。10年は掛からんと思う。そうだな……7年だ。エルが15歳になるまで待ってくれんか?」
「その間、どうするつもりだ?」
「学校に通い、教師になろうと思う」
「ほぅ、焦らすか」
「そこまで安い女ではないぞ? 何より己を磨かんと、貴様と釣り合わんだろう?」
「言ってくれる。良かろう、待とうではないか」
食後は再び車に乗り、ダンスホールのあるバーに入った。
「ガラガラだが?」
「こういう店は夜から開く。2時から開けよと借り切ったのだ」
せっかくだから、カクテルという酒を少々楽しんだ後に二人で踊った。私の手を取り、腰に手を回すギルガメッシュ。2回ほど足を踏んでしまった。
「碌な嗜みも知らん田舎女で申し訳ないな?」
「いや、こんなもの数回も来れば覚えるものだ」
「そうか。今度お礼に料理を振る舞おう」
「待て。騎士であったお前の料理だと?」
「なんだ、その嫌そうな顔は。こう見えても、あの1年を無為に過ごしておらん。乳母たちから料理を学んできたのだ」
「ほぅ……。姉たらんとしてか? それとも、我のためか?」
「今は後者にしておいてやろうか」
「クク……小癪なことを」
不思議だ。あれほど嫌っていた顔が好ましく思える。最後は宝具で斬った男……。その同位体のはず。なのにここまで違うのか。リンやエルの説明だけでは納得できん。
だから見極めたいと思った。時間が欲しかったのはそれもある。結局それが『恋』であり、初めての感情に戸惑っていたのだと知ったのは妹たちが5年生になってからだった。
ギルの言う通りだ。あの頃の私は鈍い女であった。
拠点たる家に帰り、玄関に荷物を置けば、マアエモが出迎えてくれた。
「お帰りなさい。皆さん奥でお待ちですよ」
「そうか、悪い。それと……マアエモ?」
「なんでしょう?」
「エルをあまり叱らないでやって欲しい」
「私が何年お嬢様の乳母をやっているか。誰かのために精一杯秘密にしたがっている……その優しさを護ってあげませんと」
本当に良い乳母だ。私は黙って頭を下げた。
奥に行くと、大王とウェイバーにシロウが居た。
「よぉ、デートとやらは終わったのか?」
「ああ。それでお前たちは?」
「表立っては動けんが、知恵を貸すくらいはな。概ねの話はシロウや貴様のマスターから聞いた。お主も先に今日あったことを聞いておけ」
なんだ?
そこで私はキリツグたちから、エルとキリツグが襲われたこと、コトミネの助力でなんとかシロウの下へ逃げ込めたことを知った。
「バカ、なんで知らせなかった?」
「セイバーにとって今日は大切な日だったからです。王様が運命の人かどうかはわかりませんが、普通の女の人として生きるための第一歩と思いました」
くっ……。聡いな。確かに私は今日愉しかった。それは間違いない。それだけに……。
「セイバーより先に、話をすれば王様がキレるだろうな」
「そうなのか?」
「王様、かなり真剣で真面目だったろ?」
「ああ、不思議だが。嫌な思いは何一つしなかった」
「物言いは横柄だけど、根っこは優しいんだ。けど苛烈でもある。セイバーと似たタイプなんだよ。背負っているものはもっとデカイけどな」
「だからこそ苛烈でなければやっていけない……」
「そういうことさ。子供の頃からそうなんだよ。エルにも通じることでさ。何度も暗殺され掛かり、それでも最期まで王朝を維持し、跡継ぎに譲っている。伝承こそ大げさで何千年も生きたことになっているけど、それはそれだけの治世があって、民が王様を惜しんだからだ。末永く、できれば永遠に統治して欲しい……と」
「あまりの旧(ふる)さに、余の時代では名前以外知られていなかった人物だ」
「うん。遺跡の発掘や古代の言語の解析……そういうのでわかってきたというか。そこまでの王だったんだな」
ウェイバーの言う通りだ。『釣り合う女』と言えたのは幸運だったか。
「シロウはそれを話すのか?」
「話さいないわけには行かないだろう? だけど謎解き次第だと思う」
ユグドミレニアのブレーンと思わしき、ルーマニアで喚ばれた英霊。それと、この冬木で喚ばれた戦闘向きな英霊……。
「しまったな。その斃されたコトミネが知っていた可能性があったのではないか?」
「いえ。かれは霊脈と切った瞬間に出たようですから」
「聖杯の最後っ屁だろうさ」
大王、下品だぞ? となると本当に誰だ?
「ユグドミレニアの方はエージェントから知らせがありました。現在のユグドミレニアはダーニック亡き後、ムジーク家とアイスコル家が中心となっています」
マアエモとルオンの説明によればユグドミレニアとは、寄せ集めの血も刻印もバラバラな共同体の名乗る名だった。
その中心のプレストーン家は、ダーニックまでは隆盛を誇り、ロードの一歩手前まで登り詰めていた名門だったらしい。
しかし、あまりにも政治に口を挟むダーニックは『八枚舌』と揶揄され疎まれていた。そこで血が濁っているなどの悪評が流され失脚したのだそうだ。
その後、故郷に帰って引き篭もっていたかと思えば、刻印を喪失した家、協会と敵対している家、執行者に追われている家などを一族に迎え入れ、ユグドミレニアを名乗るに至った。
そして間を置かず、ナチスと手を組み神秘面で協力しつつ、冬木の大聖杯を狙っていたという。血も刻印も信じられぬのなら、世界の魔術基盤を自分たちだけのものにする……こういうことを考える奴だったのだ。
その遺志を継いだのが、ダーニックと盟友のアイスコル家で、ムジーク家はムジーク家で一方的にアインツベルンを敵対視していた。
それはかつてのムジーク家がアインツベルンと並ぶ、錬金術の名家だったからだ。そのプライドが妄執となり果て、ダーニックやアイスコルと手を結ぶようになったという経緯がある。
「そして当代のアイスコルは酷薄な人物であるらしく、野心を隠そうともしません。名はラズヴァン・アイスコル・ユグドミレニア。歳は40代後半で、まだ学生の16歳になる娘がいます」
「その者の代で妄執を断ち切ってやらんとな」
「はい。そしてムジーク家の当代はまだ若く、26歳の青年です。名はゴルド・ムジーク・ユグドミレニア。彼は作品に誇りを持つタイプのようですので、腕の競い合いで負ければ納得しそうです」
「ふむ。切り崩すとすれば、そのゴルドだな」
「だけど、問題はラズヴァンだ。このプロフィールと、添えられた触媒の流れを掴んだリポートを見てご覧。ルーマニアでの召喚者はこいつだ」
「英霊は誰だと思う、マアエモ?」
その触媒は『血に染まった菩提樹の葉』だった。
「まさか……ジークフリート?」
剣士じゃないか。それがブレーンになるか?
「待て、マアエモ。キリツグ、逆ではないか? この冬木で喚び出されたのが、ジークフリートだと思う」
「それは直感?」
「それもあるが、奴は背中以外弱点がないんだろう? それで、触媒の情報をわざと流したとは考えられないか? ブレーンの正体を秘密にするために……」
「なるほど。それはあるか……」
そこで声を上げたのが大王だ。
「待て待て。余りにも事細かに考え過ぎではないか? まずは当たってみんと何も見えて来んぞ。娘っ子を護るためとはいえ、慎重になり過ぎだ」
「大王……その当たる相手が私しか居ないのだ。そちらの事情も理解している。なら、助力を求めてもシロウまでだ。すると、どうしても受け身にならざるを得ない」
「そこはなぁ……」
「わかっている。本来の私やキリツグのやり方ではない。私が表から斬り込み、裏でキリツグが動く。これがベストだ。ターゲットの名もわかった。所在も舞弥やマアエモたちなら今日中に調べるだろう。そしてサーヴァントを私が抑え、他の者がマスターを討つ。これが最上だとわかっていても、動けないのだ」
「なぜだ?」
「冬木全部が人質だからだ。奴らにとって大聖杯以外は眼中にない。一般人が危ない。それにだ。ウェイバーの拠点がここの裏なのは、彼の持ち前の強運だろうが、すべてのマスターがアインツベルンに関わった。それも敵同士にならず和解している。ロードやトキオミが危ないとは思わんのか?」
「それは坊主とも話した。どの陣営を見てもしがらみが一番軽いのは坊主だ。ランサーやアサシンのマスターが動けんのも良く分かる。だからこそだ。余が釣ってみよう。その接触後にもう一度語り合おうぞ」
「大王……すまん。恩に着る」
そうして私たちは大王をサポートすべく陣容を整えた。接触するための餌は私だ。
何がなんだか、不思議なお話ですが、このストーリーや設定を考えた後に第一部を書いたんですよ。
本来なら第三部の頭に持ってくる内容を今書いています。なのでこれが終わっても第二部はしばらく続きます。
第二部の終わりは並行世界にイリクロを送り届け、そこから更に飛んでのお話で締めくくりです。
第三部は47番のエルヴァが里帰りして、パミやミトと再会するお話や、時計塔を救けるお話です。
これからも応援をお願いします。
誤字脱字報告、ご意見・ご感想などがありましたらお気軽に書いて下さい。
できる限り返事を差し上げたいと思います。