30話。思ったより長かった……。
晩ご飯やお風呂も終えて、後は眠るだけ。自室に入った私は、宝具の中からお墓の下にあった箱を取り出した。
「エル、それはなんだ?」
ドレスからナイトウェアに着替えたセイバーが尋ねてきた。
「そもそも何があった? 襲撃を受けたショックではないだろう? どこか変だぞ?」
私はセイバーに抱きついた。そっと頭を撫でてくれた。
「森の館でアルトゥルお兄様やメイドたちの遺品を……」
「それを探すのも、お前が冬木に入った目的だったのか?」
「はい」
「……よく1年も我慢したな」
「セイバーもそうでしょう? 正しい方法を知りたくて、ずっと我慢して。セイバーがいてくれたから……」
「……そうか。それで中は?」
「まだ見ていません。これから開けようと」
「魔術の解除だけしてくれ。打ち付けられた釘は私が抜こう」
こういうところがセイバーだ。対魔力が高いセイバーが無理やり開けた場合、封印に使っている礼装を壊す可能性がある。それを避けるためにこういう風に話したのだ。
そして解呪して、釘を抜いた。中には礼装と手紙が入っていた。
「これが礼装?」
「剣や槍だと思いましたか?」
「いや、もっと魔術や錬金術を思い起こさせるものを……」
「ですよね。けれどこれがアルトゥルお兄様です」
その礼装は同じものが4つあった。日本語的には4挺だろう。ナチ下の1934年に開発されたMG34機関銃だ。現代に於ける汎用機関銃の祖となったモデルとして知られる。
「キリツグみたいに弾が礼装なのか?」
「いいえ、この機関銃が礼装なんです。よく見て下さい。これラインメタル製でもマウザー製でもありません。すべての部品が錬金術で鋳造された未知の金属です」
弾帯を挟む上部を開けると、呪文がびっしりだ。
「弾は通常の7.92×57mmマウザー弾ですが、この銃で撃てば私の宝具を通したように神秘を帯びます」
「つまりランスロットが扱ったような効果が?」
「あそこまで行くかは疑問ですが、そのダメージは英霊にも届くでしょう」
「我が名と同じ兄か……。エルの兄らしいな」
「それはセイバーもでしょう?」
「そう思ってくれているのなら、『アルトリア姉さん』と呼んでみろ」
「アルトリア姉さん……」
「うん。お前は私の妹だ」
「……はい」
手紙を読めば、その4挺は奥様と奥様付きの3人のメイドが使っていたらしい。サイドアームもお揃いのパラベラム・ピストルだ。
パラベラムとはラテン語のことわざの『Si Vis Pacem, Para Bellum』という一文から来ている。意味は『平和を望むならば戦いに備えよ』だ。
裏返せば本気で平和にしたいなら、武器を手にすることを戸惑うなという意味でもある。
私は、父には人殺しをして欲しくない。自分自身の誓約もある。だけどアルトゥルお兄様と奥様やメイドたちの無念を晴らすのは私しかいない……。
「エル? 私はお前の姉であり家族である前に、お前の剣だ。遠慮するな。この銃は私が持とう」
だからと言って、12kgもある機関銃を両腕で1挺ずつ抱えられても困る。ランボーもびっくりだ。
それよりもっと驚いたのは、他の3挺は丸い弾薬箱を左側に備えるのに、内1挺は弾薬箱が別体型で……背中に背負って、詰まらなければ延々と撃ち続けられるようになっている点だった。
強化の魔術を使ってだろうけど、女性ばかりでお兄様をお守りしていたのだ。そしてきっとその機関銃隊の指揮は奥様だ。この背中に背負う弾薬箱も奥様のだろう。
だって『愛するアルトゥル、愛しいエルヴァ』なんて書かれてあるのだもの。
「ほぅ。これは変わったデザインだな?」
箱の中からセイバー、もといアルトリア姉さんがマウザーC96、たぶんM1930を取り出した。そして何も考えず撃鉄を起こして引き金を引いた。
バンッ!
耳たぶの横を弾が掠めて行った。
「エルヴァ! 襲撃か!」
大声で父が2階に駆け上がって来た。そして姉さんと二人して父に謝った。
「アルトリアは特訓だ。しまったな、あちらで教えておくべきだった……」
父は私の耳たぶに絆創膏を貼りながらそう言った。父自ら絆創膏を貼ってくれたのは、ママたちを2階に上げない父の気遣いだった。
この間、ずっとアルトリア姉さんは土下座していた。
「もう良いよ、アルトリア。だけど銃はこういう危険な場合がある。そこはきちんと学んで欲しい」
「わかった。特訓も喜んで受けよう。教えてくれ」
そうして父は姉さんに銃の扱いを、実演しながら何度も繰り返し教えていた。
私は眠る前に、箱にあった手紙を読んでいた。
『ここに、最後まで僕に忠実だった彼女たちの名を記す。妻ヘルマ(Helma)に、レーナ(Lena)、ノーラ(Nora)、リア(Ria)。そして……』
延々と20名近い名があった。良かった。全員の名が判明した。そしてそれぞれの人の特徴や得意なこと、その魅力などが事細かに書かれてあった。
私やお祖父様と同じだ。兄の中でも自ら鋳造したホムンクルスは家族だったのだ。だけど、どの魂が何の型の素体と相性が良かったとか、性質が良くなるとかもきっちり書かれてあった。この辺は兄も一流の魔術師だ。
翌日、大王は舞弥さんのマグナに跨った。その後ろは私だ。
250ccに大王のような大男が乗ると少し変だが、魔力の乏しいウェイバーだと、受肉を果たした大王へ回す魔力が不足するのは目に見えていた。
それと戦車はあまりにも目立つし、相手を釣るにしても警戒されて逆効果だ。それでこんな風になった。
そして気ままに走る私たちから距離を置いて、ママたちが後を追ってくれている。アルトリア姉さんは拠点で待機だ。ただしパスを逆にして、私の視覚と聴覚を貸している。
視覚は母を救ける対価としたが、それはある種の封印で眼球の機能が失われた訳ではない。こうすると共有でアルトリア姉さんは使えるのだ。
冬木と森までを何度か行ったり来たりした午前10時半。森の入口付近でどこか申し訳無さそうな顔をしたサーヴァントが立っていた。
手には大きな剣を握っている。柄の青い宝玉が美しい。間違いなくバルムンクだ。
「釣れたな」
「ですけど、どうしてあんなに済まなさそうな顔をしているのでしょう?」
「待ち伏せが気乗りせんのだろう。真っ当な剣士らしい剣士なのではないか?」
大王は男の20mほど手前でバイクを止めた。もちろん私への狙撃などがないか、辺りに注意を払っている。
「いよぉ、お前さんはユグドミレニアの剣士か?」
「そうだ。悪いが、マスターの命令だ。ここで死んでもらう」
誰がそう簡単に死んでなどやるものか。私はアルトリア姉さんを、相手サーヴァントの背後に跳ばした。拠点からここまで20数km。だけどここは森の前だった。
2挺のMG34が毎秒15発近い、魔弾と化したマウザー弾を背中に叩き込んだ。
「何だと!? ググッ……」
これは凄いと言うか素晴らしい効果だ。術式はまだ検証していないけれど、これは間違いなく対英霊用のマシンガンだ。こんなのを持って冬木に臨んだ兄……。
そして怯んだ隙きに、私は宝具から剣を飛ばそうとした。だけどそのタイミングで剣士は10数本の剣に貫かれて、金沙となって死んでしまった。
おかしい。弱すぎる……。召喚方法に問題があった? なんだか普通の英霊とは思えない。
「え?」
「山だ。山の上からここまで飛ばしたんだ」
その弱さに疑問を感じたのだけれど、アルトリア姉さんは攻撃者のことだと思ったらしい。
「セイバー、シロウなのか?」
「いや。昨日のデート相手だ」
「伊達にアーチャーとはならんわなぁ」
いや、あの王はただ単に飛ばすだけでしょう? ここまで正確無比にこの距離を?
そこも疑問だけれど、その前に今の英霊の弱さだ。どういうことだろう?
ここでママから念話が入った。
〈お嬢様。キリツグ様からの報告です。マイヤ様が相手マスターを仕留めました。ですが、相手もホムンクルスでした〉
〈ゴルド・ムジークじゃない?〉
〈ええ、慎重ですね。マスターまで代役を立てていたとは〉
代理マスターを立てていたか。だけどそれだけじゃないはずだ。
ハッとした私は、大慌てで大王とアルトリア姉さんを掴んで空間を跳んだ。逃げ込んだのは森の館だ。
「どうした?」
「なんじゃい?」
〈先程までの地面が、全部吹き飛びました。それもかなりの範囲です。ジークフリートもろともお嬢様を亡き者にしようと……〉
〈ママは!? 大丈夫なの?〉
〈はい、大丈夫ですよ。双眼鏡を使わないと見えない場所まで離れていましたから。通信がありました。キリツグ様もマイヤ様もご無事です〉
〈ハァ~~~~、良かった。わかりました、今日のところはこれで引き上げて下さい〉
〈お嬢様?〉
〈しばらく籠城戦です。こう言えば父なら挟撃なり何なり方法を考えるでしょう。今動くのは愚策です。ともかく敵の出方を見るしかありません〉
〈……わかりました〉
この念話はアルトリア姉さんにも中継していた。だから念話が終わった後、大王に起きたことを説明した。
「良い判断だった。こりゃ、抜け道も含めて全部の道に罠があると見ていい」
「かなり周到に網を張っていたようだな?」
「やはりブレーンがいますね。案外、敢えてここに追い込まれたのかも」
「だが、ここはお前さんとこの領地ではあっても、今は魔法使いとアヤツに貸しとるようなものじゃろ」
「エル、寝ている虎の尾を踏んだのはあちらではないか?」
そうなの?
「娘っ子は自分の強運をもっと知っておけ」
「まったくだ。前もって自立型の地雷や砲台を仕込んでいたようなものだぞ」
ちょっとした高台から、使い魔を通して監視の網を張っていたルオンは身震いした。
「ど、道路が……。お嬢様……。マアエモ、マアエモ!」
念話のつもりが声に出てしまっている。それだけ使い魔から送られる映像は驚異だった。
火薬なら数トン級だ。まかり間違えば短距離弾道ミサイルが落ちたのかとさえ思う。こんなのが報道されないはずがない。だけど相手は聖堂教会にも食い込んでいる。
そして今は聖杯戦争の最中で、終結宣言は出ていない。それゆえの無茶な攻撃なのだろう。
〈落ち着いて、ルオン。お嬢様と念話が繋がりました。森の館まで跳ばれてご無事です。ともかく私どもには、拠点に帰れと。キリツグ様と協議しましょう〉
ルオンは止めてあったバイクに飛び乗るやいなや、一路深山町に向けてバイクを走らせた。エルヴァの事が心配だが、籠城を選んだのは意味があるはずだ。それを信じて戻るしかない。
すると森を挟んだ反対側でも大爆発が起きた。完全に森は外界と遮断されてしまった。
先程の南南東だけでなく、森の北側でも、物凄い大爆発が起きた。黒いきのこのような煙が遠くに見える。
するとシロウさんが青い顔で現れた。
「ダメだ。カミさんが今のに引っかかった。もう、止められんぞ……」
「ええ?! 今の北側の?」
「ああ。面白いだろ? 魔法使いも人の子だ。持って産まれた『うっかり』の呪いは、根源に行っても、死んで英霊になっても治らなかった。あんなミエミエの罠に自分から掛かって行くとは……」
あらぁ~~~。
やがて髪がチリチリで顔が真っ黒な魔法使いが、すごい目で現れた。これはからかえない。
「フフ……ユグドミレニアに聖堂教会だっけ? そんなの人類史から消えても誰も困らないわよね?」
なんか怖いことを呟いている。
そこへ金の粒子が人形となり、王となった。
「な、なんだ、リン? シロウ、まさか?」
「そのまさかさ。もう止める手段が……オレにはない」
「アルトリア」
黄金の王は振り向いて姉さんを呼んだ。
「この先の戦いは、娘の家と相手の家の戦いではない。魔法使いとその雑種どもとの戦いだ。結果は火を見るよりも明らかであろう。しばらくここに残れ」
「もとより籠城覚悟だが、こういうのは良いのか?」
「良いも悪いもない。キレると我もシロウも止める手立てがないのだ。嵐は過ぎ去るのを待つしかない」
魔法使いはもはや自然現象なのか。
そして森の結界の掌握権を横合いから強引に奪われた。魔法使いは冬木の霊脈にもアクセスしていた。
「敵の名は?」
血走った目の魔法使いにアイアンクローされる私。
「痛い、痛い、痛い……」
「ふ~ん……ラズヴァン・アイスコル・ユグドミレニアにゴルド・ムジーク・ユグドミレニアね……」
私の思考を接触パスで瞬間的に読んだ魔法使いは、とても空間転移とは呼べない空間跳躍をした。これまであちこちに放っていた使い魔も見失ったし、霊脈上からも完全に消えたのだ。
「どこに?」
「ルーマニアかな」
「はぁ?」
「ほら、クサイものは元から絶たなきゃダメって言うだろ?」
「ルーマニアのどこか知っているんですか?」
「何度も並行世界を渡っているしな」
文句を直接言う程度で納めて欲しいけれど、そうは行かないだろうなぁ。だけど、ちょっぴり聖堂教会への抑止になってくれると嬉しいなとも思う。
実は父に舞弥さん、それとママたちがいなければ、ユグドミレニアなんて怖くも何ともない。何より籠城戦を装って後ろから攻撃する手段も取れるし、アルトリア姉さんさえいれば何でもできる。
しかも魔法使いが跳んだことで、相手の増員は無理となる。つまり当面の問題が冬木に入っている者たちだけに限られてくるのだ。
おかしなサーヴァントには、シロウさんを跳ばして文字通りブツケても良いしね。
そんなことを考えていたら、館の直ぐ側で爆発が起こった。
「何!? 森に侵入されたのか?!」
私がいるのに、それはない。考えられる手は一つだ。
「……やられました。私たちが日本に来る前から、森の中で潜伏していた可能性があります」
「だけど、おかしいぞ? 時間差があったにせよ、君は結界を掌握していたんだから違和感があったろ?」
「それを感じませんでした。そうですね……最悪ですが、一つだけ手が思い浮かびます」
「何だ?」
「前もってアハトのホムンクルスを拐って解析し、新たに鋳造し直すのです」
「聖杯戦争が起きる時期を、しっかり読まれておったわけか」
読まれたと言うか、ユグドミレニアならそのくらいはするだろう。
「そうなると……今のはホムンクルスによる人間爆弾?」
「おそらく……」
人造生命体の最悪の使い方だ。思わず歯ぎしりしてしまった。
「わかった。オレが出よう。このままだと城に侵入されるのも時間の問題だ」
このとき、黄金の王は私を見てうなずいた。やはり、ジークフリートは別にいる。さっきのはきっとジークフリートの分霊を降ろした半英霊だ。
森の中の比較的館に近い樹から視覚を借りれば、わらわらと50体は爆弾が歩いている。
「エル、私も行くぞ」
「待ちよれ、セイバー。余が行こう。少々森が荒れるが良いな?」
「荒れれば後で直します。これを飲んで下さい」
「なんじゃ?」
「私とパスが繋がる礼装です」
「よし、魔力は頼んだぞ。……に、苦ッ! なんじゃこれは?!」
「使い魔の蟲を煮詰めたものです」
「碌な物ではないな……」
大王が出て行くと王様がこんなことを言った。
「娘、狙いはどこまでも貴様だ。どうするのだ?」
「シロウさんや大王が本命を釣れたならベストですが。そのときに貴方様の財宝を使わせて戴いて宜しいでしょうか?」
「赦す。我が財の真価を目の当たりにして刮目せよ」
「はい」
こうして私は『王の財宝』を使う許可を戴いた。奪った相手など知ったことではない。だけどこの人の許可だけは、スジとして必要だと思ったのだ。
そしてその紅い眼は、『使えるものなら使ってみせよ』と語っていた。
「来ました。姉さん」
「ああ」
私はどこも怪我をしていない。父に貼られた耳たぶの絆創膏を剥がした。あの傷は偽装だったのだ。
姉に撃たれたのは眉間だ。だけど私は生きている。7.63mmの.30マウザー弾はマッシュルームとなっておでこに張り付いていた。
涙が出るほど痛かった。でも、ドラゴンの肝はピストルの弾を寄せ付けず、私に死を賜ることはなかったのだ。
知らなかった……いや、知っていて目を瞑っていた。そんな大きな変貌が、この身に起きていることが正直怖い。
自分という存在を意識したとき、私は巨大なフラスコの中で人口の羊水に浸かっていた。だから人間ではないと思っていた。メイドたちと同じ人造生命体だと信じていた。
なのに……母に会い、姉に会い、父という人間の血を引いていたことを知った。その父は人間なのに機械になろうとしている人だった。
そんな父が人としての感情を顕にするようになった。それなのに……私は宝具の他にも人間でなくなる要素を得てしまった。
「エル?」
「勝ちましょう」
「ああ!」
突如目の前2mの距離に、大剣を振り下ろす剣士が現れた。空間転移だ。おそらく魔術回路の豊富なホムンクルスを人工的に繋いで魔術装置として使っている。でなければこんな魔術を使えるユグドミレニアなんていない。
「幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!!」
床が抜け、天井が落ちてくる。瞬時に強化し、そのぶら下がったシャンデリアを足場にして、私は穴の空いた天井から3階に跳んだ。
身体をひねり、穴の前でなく後ろ側に跳んでいる。これは勘だ。別働隊が攻めて来るなら前だと思ったのだ。
「おのれ、狂犬めが!」
金色の王の前に、何層も盾が折り重なっているのが穴から見える。なるほど、ああやって身を護るのか。そして瞬時に反撃の宝剣を何挺も飛ばしていた。
「エル! 逃げろ! 巻き込まれる!」
階下から姉さんの叫びが聞こえた。廊下に出て窓を覗けば、外は至って静か。大王が爆弾と化したホムンクルスや、きっと他の半英霊を取り込んだのだ。そしてシロウさんも。
私ならここでもう一陣襲撃を掛ける。だけどその人員も大王が取り込んだらしい。
それよりも、ここで考えないといけないことがある。それはこの直裁な攻撃だ。これを成すためにユグドミレニアは聖堂教会に取り入った。
一つは隠蔽とその工作。もう一つは奇蹟の末梢と封印。魔術でも英霊でもない。知るうる限りの『ラインの黄金』を暴露したのだと察せられる。
つまり裏で糸を引いているのは、ユグドミレニアではない。聖堂教会の誰かだ。
ゴゥッ!
耳元を何かが飛んでいった。不味い、廊下に敵がいたのか。
慌てて部屋に戻ろうと扉の先を覗けば、フロアが消えていた。というか両隣の部屋も奥の壁も消えていた。どこまでも続く森が、窓を通さずに広がっている。
建物の2階・3階が廊下側を残して破壊されているのだ。今は中央のこの辺りだけだが、崩落は徐々に隣の隣へと伝播し、立っていた廊下も一気に崩壊した。
私は瓦礫を跳びながら思った。
(これは新しく建て替えた方が早いなぁ……)
『王の財宝』から引っ張り出した盾に矢がカンカンと中っている。館の敷地から出ると姉さんが闘っていた。
申し訳無さそうな顔は半英霊と同じだが、磊落不羈(らいらくふき)な雰囲気はこちらが上だ。小手先の技を使わず、己の膂力だけで剣を振るっている。
その瀑布のような剣を細い腕ですべて弾き返す姉さん。森の木が次々と薙ぎ倒されて行く。
「姉さん!」
「無事だったか、エル!」
「娘、下がっておれ。周囲に被害が及ばぬよう我が盾で護っている」
王様は王様であって剣士ではない。なので、姉さんとジークフリートの闘いの場を急遽用意したという感じだ。館がほぼ壊滅したので遅かったと言わざるを得ないけれど、あのタイミングだと仕方ない。
何十も並んだ盾の中央で、チカラとワザが拮抗している。
ドイツ系の私は、リヒャルト・ワーグナーの楽劇『ニーベルングの指輪』後半に出て来る、『竜殺し』の英雄としてその名を知っていた。
そしてジークフリートの古ノルド語読みはシグルズ。こちらは『ファーヴニル殺し』として名高い。ファーヴニルは別名ファフニールで、その正体は様々な動物や幻想種に変身できる強欲で利己的な魔人だった。
その竜形態を斃したので『竜殺し』な訳だ。
なんだ。あいつは本物のドラゴンを斃してなんかいないじゃないか。
『万一の時は使いなさい』
宝具の中には、お祖父様からお預かりした『魔剣・グラム』がある。バルムンクの元になった本物の魔剣だ。だけど8歳の私じゃこれは使えない。
「我のグラムとは違うな? これは……なるほど。現代まで継承されし本物か。稀にそのような世界もあったが、あの者が敵となって立ち塞がるこの場でこれをな……。娘、貸せ」
王様が私の手からグラムを取った。そして一瞬で姉さんの側まで行き、こう言った。
「アルトリア、この剣を使え!」
「何ッ!?」
姉さん以上に相手が驚いていた。それはそうだろう。竜殺しの私が1年以上も宝具に納めていた、竜殺しの剣だ。そしてこれは歴代のアインツベルン頭首が、自らのみならず一族や弟子たちの術式を組み込んだ類を見ない魔剣でもあった。
黒く染まったエクスカリバーを魔力に戻した姉さんは、グラムを受け取ると大きく振りかぶった。対するジークフリートもバルムンクを大上段に構えた。
「娘、来い!」
抱きかかえられた私は、いつの間にか空の上だった。
「これは?」
「我の財の一つだ。ヴィマーナという。貴様も持っているハズだが、まだ使えんか」
奪った財宝の中にあるんだ?
裂帛の気合は重力を反転させたかのように大地を切り裂き、瓦礫が天に向かって飛んでいく。双方、そこで真名開放した。
立ち昇る黒煙と渦巻く砂塵の中で、小さな雷がおどろおどろしい音を立てている。その上昇気流が徐々に赤く染まっていった。
ジークフリートの胸には逆袈裟に大きく斬られた跡があり、そこから大量の血を吹き出していた。
「竜殺しの剣で斬られるか……。強いな。名は何と言う……?」
「アルトリア・ペンドラゴン」
「ああ……アーサー王か。その剣は相性が悪いのではないか……?」
「それは受ける場合だ。使う分には関係なかろう。何より妹より託された剣だ」
「期待に応えたな……さらば……だ……アーサーお……」
姉さんが勝ったのは良いけれど、半径500mが掘削されたみたいにボコボコだ。館もとっくに失くなった。
「鼠め、見付けたぞ」
王様がそう言って、宝具を100挺以上飛ばした。
その宝剣はマスターらしき魔術師の腕や足を貫き、胸に突き刺さり、首を落とした。その側にいた弓を持ったブレーンの英霊も全身針鼠だった。
その顔は……カスケイドだった。
「並行世界なのであろう。でなければ、貴様と何らかの接触があったろうからな」
「……はい」
王様なりの気遣いだと思った。無名の英霊。知名度も何も、そもそもその名も残っていないはず。なのに召喚されていた。父が惚れたその才能を開花させて。
ヴィマーナが大地に降り立つと姉さんに抱きしめられた。
「ブレーンはキャスター辺りを想定していたが、よもやアーチャーだったとはな。しかもカスケイドか……」
「父には話せません」
「だな。触媒は何だったのだろうか」
「わかりません。ですがキャメロットに縁があり、複数喚べる可能性のある物だったのだと」
「そういうことだな」
「何とまぁ、見事に壊されたな」
固有結界から戻った大王とシロウさんだった。あちらも首尾よく行ったらしい。
「何か悲しいことでもあったのか?」
シロウさんだ。
「え?」
「だって、泣いてるじゃないか」
私は涙を流していたらしい。そっか、それで姉さんが抱きしめてくれたのか。
こうして私たちの戦いは終わった。
事後処理は思った以上にスムースだったと言えるだろう。聖堂教会が意外なほどに協力的で、率先して事にあたってくれたのだ。
どうしてそういう動きをするのかは概ね察しが付く。魔術協会から突きあげられないためだ。その分、内部粛清がかなりあったようだ。
もちろんコトミネ親子はお咎めなし。むしろ私たちに協力的だった点が買われ、リセイ神父は階位が上がったそうだ。
そしてそんな動きは魔術協会にもあった。まずゴルド・ムジーク・ユグドミレニアは協会の執行者が捕らえ、時計塔へ搬送された。今後は準封印指定扱いとなり、地下深くで幽閉されるのだろう。
だけどこれもまだ良い方で、ユグドミレニアを名乗る者、名乗った過去がある者は軒並み執行者に追われる立場となった。その理由は聖杯戦争にある。
良いとか悪いとかではない。他家の何百年にも渡る儀式を横合いから邪魔したのだ。それも勝者が得るはずの景品を狙って。
本当に狙っていたのは大聖杯だから、景品となる降霊された聖杯ではないのだけど、そこは魔術協会と聖堂教会の駆け引きに、私という理事の顔を立てる意味もある。
そういうことで、ユグドミレニアはどこの協会からも放逐された。もう、誰も相手にしないだろう。
同じ錬金術師として、私はムジーク家に敵愾心はない。なのになぜああも執拗にアインツベルを恨んだのか。そこだけが謎だった。落ち着いたら倫敦へ赴き、その真相を探ろう。そう、決心した。
首を落とされた魔術師は、やはりラズヴァンだった。
あれから二週間が経ち、暦は12月になっていた。取り敢えず父とルオン・ママには一度帰ってもらった。父は姉や母に逢うために。ママはお祖父様への報告とスイスの家の封印のためにだ。
だけど私は帰れなかった。監督役であるリセイ神父との話し合いや打ち合わせ、セカンド・オーナーであるトキオミさんとの協議があったからだ。
時計塔には、ソラウさんとランサーを伴ったロードが帰り、状況説明に努めてくれた。バックアップにはお祖父様が入られたので、ああいう厳しい裁定になった。
大王は参考書片手に図書館の自習室へ通い詰めだった。来年の秋、大学を受験するためだ。ときどき姉さんも付いて行き、穂群原学園高等部入試問題集を解いている。
そしてその家庭教師が、私を補佐せよとロードにから言い付けられたウェイバーであり、マアエモ・ママだった。私も2月に編入試験が待っているが、別段これといった勉強はしなかった。ともかくそんな暇がなかったのだ。
「ねぇ、エルヴァ。どうして私が勉強しなきゃなんないの?」
文句を付けているのはパミだ。
「イリヤがこちらに来るのは年が明けてからになります。最悪は2月で編入試験を受けられません。それでですよ」
「替え玉受験?」
「それしかないでしょう?」
「まぁね」
「それは絶対に駄目です! 正々堂々と試験を受けましょう!」
「ミト、31番と一緒に47番を外に放り出して。うるさい、こいつ」
ミトと31番に放り出されて、寒空の中で玄関の扉を叩く47番。
「中に入れて~~! 寒いよ~~!」
対する私たちは暖房の効いた部屋でコタツに入っている。パミが勉強する横で、会社からファックスで送られた書類に決裁のサインを書き殴る31番。私も時計塔や聖堂教会から送られた書類に目を通している。
ミトはミカンの皮を剥いていた。既に4つ目だ。
コタツの空いた一つにシンイチが座り、パミに勉強を教えてくれている。訳はアルトリア姉さんだ。
「あの表の子は大丈夫なの?」
シンイチが日本語でそう言った。
「子どもに清濁併せ呑めとまでは言わんが、ああも融通が効かんタイプとは意外だった。だがエル、さすがに外は寒い。そろそろ入れてやれ」
「ね? 反対派の意味がよくわかったでしょう」
そして玄関に行って鍵を開けてあげた。鼻水を垂らした47番が私を睨んでいた。暖かな部屋に入るとティッシュを5~6枚は掴んで鼻をかんでいた。
47番は私をただ睨むだけだった。この子もわかっているのだ。現在の姉の学力は不明だ。そして双子なのに片方が落ちるなんてスタートだと、その後の生活が成り立たない。
私とて不正は嫌だ。だけど手は打って然るべきだ。目的のために手段を選ばないような真似はしたくないが、ああも固いと上手く行くことも行かなくなる。
この子は父にも似ているし、並行世界で養子となるエミヤシロウにも似ている。不思議だ。同じ私であり、私の一部だというのに。
この12月に私たちは森の結界を張り直し隠蔽を強固にした。お祖父様のエージェントを通して、建物も新しくしたのだ。今後のことを考え、1階が丸々倉庫となっている。
それと並行して武家屋敷にも手を入れた。こちらには春から住むことに決まっていた。この洋館でも良いのだけど、母が日本の家屋に住みたいと希望したのだ。
その要望が父を通して私に知らされた。なのでこういう次第となった。当然、手を入れてくれているのは、一般の業者(大工)だ。
となると、ここは万一の場合ママたちが逃げ込めるように残しておくべきだと思った。とにかく姉や母の情報が、ドイツでのあれしかないのが困ったものだ。
12月も半ばになると、王様の手引でリンやサクラも遊びに来るようになった。パミやミトが私の魔術の産物だと知って驚く二人。
特にリンは違う自分に会ってみたいと話していた。会えるんじゃないかな、この子なら。
そして私はサクラと遊ぶ王様を見て確信した。この人、大の子ども好きだ。前々からそうじゃないかと思っていたけれど、本当に楽しそうに遊んでいる。
「意外と言っては失礼か。子は国の宝だからな」
「わかっておるなら言うな、アルトリア」
「何人子がいた?」
「さて、何人だったか。覚えておるのは数名よ」
「そんなものか」
「そんなものだ」
「国民が子だものな」
「その通りだ。これといったモノが何もなく、砂漠化が進むウルクの街。今となっては信じられぬが、森に飲み込まれんとするウルの街。灌漑に治水、伐採。あの手この手を打ったものよ」
「それでも栄えたのだな?」
「当たり前だ。我が王だぞ」
「お前は凄いな。きっと眠る間も惜しんで粘土板の報告書を読んでいたのだろう」
「フフン。廁にまで決裁を求める女官がおってな。あれには閉口したものよ」
「そっちもか。こっちは女なのに、用を足していると羊皮紙が突っ込まれるんだ」
「フハハハ。因果であるな」
「まったくだ」
穏やかな会話。それは姉さんが苦労人でも、自分だけの思考に捕われず、他者を省みる見る目があったからだ。やり過ぎたことが不評を買っただけで、それ以外に失政はない。
『王は人の心がわからぬ』
姉さんの場合はトリスタンではなかった。今では当たり前のルールが、当時では締め付けと感じる者が多かった。ただそれだけ。それが積もり積もって騎士たちは王を後ろから斬った。
あまりにも一般的なアーサー王の伝承と異なる、その記憶。
「ときにギルガメッシュ?」
「何だ?」
「貴様は森を出てどこに住んでいるのだ?」
「どこも何もあるまい。この地上すべてが我の領土ぞ?」
来た。スケールデカイぞ発言。
「姉さん。宇宙=庭、地球=家ですから。ベッドの場所を」
「なるほど。寝所はどこだ?」
「戯け。聡い妹の示唆を何と心得る。寝所はこの国全部だと言えばどうするのだ?」
「答えはベッドか……」
「ハハハ。少々業腹だが、新都のホテル……あの最上階が空いたであろう? そこだ」
あ、ロードの後だ。お元気だろうか。忙しくて見送ったのはホテル前だった。いや、あちらも時計塔の意見をまとめるために忙しくしていらっしゃることだろう。
ただ……メールとは言わないけれど、礼装を使った遠隔記述しか通信手段がないってどういうことだ?
そしてシロウさんたちだが。なんと新都でマンションを借り、駅の高架を抜けた先で小さなお店を開いていた。新規開店でなく、お店はトオサカの口利きで見付けた小料理屋を改装した中古物件だった。
年の瀬も迫った開店なのに繁盛していて、忘年会の予約も満杯だという。とにかくリーズナブルなのにウマいと評判の居酒屋なのだ。
ただしメニューはない。その日その日の仕入れで良さそうな食材を集め、自分の好みで作るだけ。それを女将である魔法使いが黒板に書くだけだ。
ただし食材があるならリクエストに応えてくれる。釣り好きのオジさんなんかは、自分で釣った魚を持参して調理してもらったりしているくらいだ。
ちなみに魔法使いは、自分を『リン』と堂々と名乗り、他の人には大魔導師と呼べと宣言していた。そして私とトキオミさんのリンには先生と呼べと言った。
いつの間にやら弟子に数えられていた私である。
スイスの家の封印や、送った荷物の受け入れを終えたルオン・ママが日本に戻ったのは12月の下旬だった。バーゼルへの船便は、お祖父様が預かって下さるそうだ。
送らなければ、この冬木で買ったバイクを乗れたのに。
そしてスイングアームの折れたCBRの修理が終わったのも、この下旬だった。ルオン・ママはアルトリア姉さんや大王の国籍証明やパスポートも持って帰ってきた。
これで二人は晴れて堂々と街を歩ける。
「良し、第一歩が歩めたぞ。これよりは日々勉学あるのみよ」
伊達メガネを掛けた大王は、翌年の秋に本当にケンブリッジに入った。その頃はウェイバーも時計塔に復学していて、たまの休日は二人して倫敦の街を練り歩いたそうだ。
1月末。来月から武家屋敷に引っ越すことになった私は、少し感傷的だった。きっと2月からイリヤと暮らすからだ。そしてパミもミトもドイツに既に出立していた。
だからその日は近所の公園で、一人ブランコに乗ってセンチメンタルな気分を味わっていたのだ。
「ねぇ、君。一人なの?」
「?」
日本語だ。男の子だけれど誰だろう?
「おうちの人が心配するよ? 何があったか知らないけど……元気を出しなよ」
身振り手振りで一所懸命だ。そこへアルトリア姉さんが迎えに来てくれた。
「そろそろ晩ご飯だぞ? おや、その子は?」
「知らない。でも、なんか話しかけていて」
その子に事情を聞く姉さん。
「わかった。寂しそうだったので、心配して声を掛けてくれたんだと」
「へぇ~」
だから私は公園から出ていこうとする、その男の子に手を拡声器のようにして声を掛けた。『Vielen Dank(どうもありがとう)』と。
「世間は狭いな」
「え?」
「あいつだよ。慎一の弟だ」
それがシンジ……慎ちゃんとの出会いだった。
4月。高等部の制服を着たアルトリア姉さんと、初等部の制服を着た私とイリヤ。
父も母もママたちも嬉しそうだ。写真などは、昨日街の写真館で撮影した。今日から新学期で転入初日だ。
「アルトリア、二人を頼むね」
「ああ、任せてくれ」
この姉はなぜか、高等部1年でなく2年に編入した。アルトリア・E・アインツベルンという、新しい名で。
それは姉の直感だろう。本来昨年度高1だったはずの藤村大河が、この世界では新1年生だったのだ。
「あんな煩そうな奴の後輩や同学年だと嫌になるからな」
「大河ちゃん、いい子じゃないか」
「そりゃ、ああいうヤツでもキリツグの前だとネコを被るからな」
そんな会話があったことなど露ほども知らない私たちは手を繋いで玄関を出た。
「ちゃんと挨拶するんだぞ?」
「わかっています」
「大丈夫だよ」
せ~の。
「「イタダキマ~ス」」
次回は通常の第二部です。