※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第二部 並行世界篇   作:炭団

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第二部クライマックス章の開始です。


第八章 新たな冒険
71、不穏な予感


 長い長い、でもとっても楽しく面白かった自然教室が終わった。

 学校に到着したら、おうちの人が迎えに来ている。バスの運転手さんから荷物を受け取ったら自然解散だ。だって注意事項はバスの中で終わっているから。

 

「じゃ……イリヤ、クロエ、また」

「え? 美遊?」

「私達のクルマに乗っていきなよ」

「ごめん。あそこ」

 

 あ、美遊のお兄さんが校門横で手を振っている。

 

「迎えに来てくれたんだ?」

「……みたい」

 

 美遊、とっても嬉しそう。

 

「じゃ、また」

 

 そう言って駆けて行った。大きなリュックを、笑顔で受け取るお兄さん。美遊にも笑顔が広がる。

 

「彼の横にイリヤやクロエが居らず、美遊ちゃんか……。こうして見ると、不思議だね」

「パパ!」

「お父さん!」

「お帰り。さ、急ごう。あまり学校の側で路上駐車はできないからね」

 

 そしてお父さんはクルマの中でこんな事を言った。

 

「家に帰ったら驚くと思うけど。その時の二人の選択を、ママもエルヴァも見守っている事を忘れないでね」

 

 ん?

 

 家の前の道路は大きな工事が行われていた。

 

「どうしたの、これ?」

「うん……ガス工事らしい。水道も昨日やっと繋がってね。料理もこのところずっとカセットコンロだ」

 

 へ?

 

「は、初めまして……で、良いのかな?」

「それしか言いようがないし……」

 

 その二人は私達みたいな、でもあのイリヤとクロエお姉ちゃんとも違って……。つまり家に帰ると、別の私とこれまた別のクロエお姉ちゃんが待っていたのだ。

 

「そういう事か。わかった。しばらくこっちに居るんでしょう?」

 

 クロお姉ちゃんだ。

 

「そう、なるね……」

「私達の部屋を使っているんでしょう? なら、そのまま遠慮せず使って」

「お姉ちゃん?」

「イリヤ。二人が心細いのはわかるでしょう? 自然学校延長よ。ルヴィアのところを借りよう?」

 

 あ。そうすればクロお姉ちゃんはエルヴァお姉ちゃんと一緒に……。なのに傍から見れば、とても優しい人に思える。現にお父さんもママも『やったね。正解だ』っていい顔をしている。

 クロお姉ちゃんは、どんどん大人っぽくなっていく。カッコいいな。見習わなきゃ。

 

「うん、遠慮しないで使って。私とクロお姉ちゃんは慣れてるから」

「クロお姉ちゃん……?」

「え? ここのイリヤって、クロの事を『お姉ちゃん』って呼ぶんだ?」

 

 それで今まであったことを話すと二人は目を丸くしていた。

 

「ヘンかな?」

「いえ……驚いただけ。そっか……スイスに妹がね」

 

 中心になって話すのは、やっぱりどちらもクロお姉ちゃんだ。こうゆうのも性格が出るよね。

 とにかく明日ゆっくり話そうという事になって、私達はお父さんとママにセラやリズ、そして晩ご飯だからと降りてきたお兄ちゃんに、自然学校の思い出を語った。

 

「あれ? セラ、おかずが足りないよ? 私たちの分が無い?」

「エルヴァさんが、あちらでお二人をお待ちですよ」

「お姉ちゃんが!?」

 

 うっわ。クロお姉ちゃん、めっちゃ嬉しそう。

 

「お姉ちゃんっ子とは聞いてたけど……凄いわね」

「クロと全然違うね?」

「でも、そうなる気持ちはわかるわ。ここはエルヴァお姉ちゃんが居たから、二人の和解も早かったみたしだし」

「そっか、そうだよね」

 

 そうして私とクロお姉ちゃんは着替えを持って、ルヴィアさんの家に橋みたいなのを渡って行った。

 

 門を抜け前庭を……。

 

「ち、ちょっと! クロお姉ちゃん!」

 

 運動会の時より早い。英霊のチカラを全開だ。そこに強化の魔術や加速の魔術を使っていると思う。

 遅れて玄関に入った私は固まった。エルヴァお姉ちゃんに抱きつくクロお姉ちゃん。これは良い。優しい顔で微笑むルヴィアさんに凛さん、そしてマルガリータさん。これも良い。

 オーギュストさんの周りをフヨフヨと漂う、私のルビーに凛さんのルビー、そしてエルマお姉ちゃんのルビーにルヴィアさんのサファイアにゾウケン君。これも良い。

 だけど、だけど。エルマお姉ちゃんの横に立っているのは誰?

 

 エルヴァお姉ちゃんが促した。

 

「トロンメル?」

「……はい。初めまして、エルマの妹のトロンメルです」

 

 なんとエルマお姉ちゃんまでが三つ子だった。

 

 美味しい食事の間、自然学校の思い出を、とても楽しそうに聞いてくれていたお姉ちゃん。

 

「二人とも、グッとお姉さんになりましたね」

 

 そして立ち上がって私たちの側まで来て手を広げてくれた。私の方が近かったので、クロお姉ちゃんより先だった。

 

「骨折した子の事や、その他諸々。隠蔽が完璧なら目を瞑ります。お友達だけでなく、先生の立場も考えられた事は立派でした。二人とも間違っていませんよ」

 

 私達を抱きしめながら、そう耳元で囁いてくれた。クロお姉ちゃんの目に涙が光った。それはきっと私も同じだ。

 

「反対ばっかり言うから、真冬に外に放り出された人とは思えません」

「トロンメル……お姉様も成長しているんだってば」

 

 エルマお姉ちゃん達のひそひそ話にピクッとするお姉ちゃん。

 

「外に放り出されたの?」

「は、8歳の時ですよ……」

 

 そしてテーブルに戻った私達に、お姉ちゃんは私達がいない間に起きた事や、出来事をかい摘んで話してくれた。

 

「お姉ちゃんのお姉ちゃんが来ていたの?」

「はい」

「あの夢で見た、セイバーさんそっくりな人だよね?」

 

 旦那様や魔法使いの凜さん、そして別の凜さんも一緒だったという。

 

「そう言えば、セイバーさんは?」

「裏庭でランスロットさん達と」

 

 そう言えばアーチャーさんも居ない。

 

「家で会ったと思いますが、あの子達の世界がわかりました。それで魔法使いの凜は、姉達を送るついでに下準備に帰っています。戻ればあの子達を連れて世界を渡り、家族に会わせ、あの子達の美遊ちゃんを探します」

「美遊の世界だね。お兄ちゃんも救けてあげなきゃ」

「クロエちゃん。その通りなのですが、そうでないかも知れません」

「え? 手遅れって事?」

「いえ。最悪はその可能性もありますが、その前に美遊ちゃんの元の世界があんな世界かどうかも謎な訳です。同じような人達が居るからと、同じような世界とは限りません。もしかしたら、そこの美遊ちゃんは本当にそこの世界の子で、たまたまサファイアと知り合っただけなのかも知れないのです。あの子達の知りうる限りの事は聞きました。次はあちらのルヴィアや凛からも訊かないと」

 

 あぁ、そっか……。並行世界が全部同じとは限らないんだ。イリヤやクロエお姉ちゃんが言ってた。自分たちの世界の凛さんとルヴィアさんは仲が悪かったって。

 私達の世界も最初はそうだった。けれどお姉ちゃんがやって来て、二人は仲良しになった。きっと……そんな風に、小さなことから何かが違って、大きく全体が変わっていく。

 それにイリヤが話してくれた。違う世界に行くと、自分が違う舞台に立って演技をしているようだって。それは自分の気持ちだけじゃない。

 同じ自分なのに別の人だと思える違い。それが違和感となって相手もヘンな気分になる。それが並行世界だって。現に私もイリやと会って不思議だったしヘンな気持ちだった。

 だけど英霊のイリヤさんや、エルヴァお姉ちゃんのイリヤさんと会ってもそこまでヘンだとは思わなかった。それは人と英霊の違いかも知れないし、歳が離れているからかも知れない。

 魔法使いの凜さんもエルヴァお姉ちゃんも、こういうのを何度も体験しているんだ。だから……。

 

「おチビちゃん? おチビちゃん?」

「は、はい?」

 

 あ。考え過ぎちゃった。ご飯はとっくに終わっていて、皆んながくつろいでいる時だ。

 

「イリヤ、大丈夫?」

「う、うん。並行世界ってなんだろうって……」

「そういうのは魔法使いの凜や、お姉ちゃん達に任せれば良いのよ。私達は違う世界の私達をお手伝いできれば、それで良いの。少しでも良い方向に行けるように」

 

 そうだね。それしかないよね。

 

「そもそもさ。正しいとか間違っているとか、今の私達じゃ完全な答えなんて出ないもの。一つ一つ経験して、それを学んでいる最中なんだから。あのお姉ちゃんにも、外に放り出される子供時代があったのよ。私達もそうやって……ね?」

「うん、そうだね。だから困っている美遊が居るなら救けよう?」

「そう、それで良いの。その気持ちしかないんだって。タイガーが困る、砂遊びが悲しむ……単純かも知れないけれど、それしかないじゃない」

「そうだね」

「じゃ、お風呂に行こう?」

「うん」

 

 

 お風呂に向かった子供達を見送ったお姉様は、誇らしげな顔をされていた。

 

「お姉さんらしく成長しましたね?」

「ええ、しっかり考えるようになりました」

「元々、あんな風だったのでは?」

「トロンメルはそちらの二人しか知らないからでしょう。それにあちらの二人も最初の頃は同じでした。今とは全然違いますよ。徐々に徐々に変わっていく妹達を見るのは楽しいです」

「ふ~ん。エルマもお姉さん気分なの?」

「え? うん。あの子達は私の妹でもあるわ。つまりトロンメルもお姉ちゃんだよ?」

「そっか。守ってあげないと」

「その通り。あの子達の認識ではまだ『世界の違いは微妙』な程度でしょう。同じ人がいて同じような生活をして同じ程度の文化や文明があると考えています。ですが、魔術と社会がもっと密接に絡み合った世界かも知れないし、神秘なんて存在しない世界かも知れない。たまたまルビーとサファイアがスリップしただけで。もっと独裁的で人道を何とも思わない私が居る世界かも知れないし……」

「ハイエナそのものの私が居る世界や、守銭奴のリンがいる世界かも」

「どういう意味よ?」

「例えですわよ」

 

 だけど、そんな何もかもが異なる世界もあるのだろう。可能性は捨てられない。

 

「とは言え……漂流でもしない限り、一応魔術があって聖杯のある世界に絞られています。これは凜や私達に負担を掛けないために、先生が選択している訳です」

 

 それはそうだろう。無尽にある並行世界のすべてを知って、今危機に遭っているこのメンバーの並行世界存在を救えという限定条件でも、それは絶対に不可能だ。一つの世界を完全平和にするよりも困難だと思う。

 それでも手は差し伸べたい。となると、ある程度絞る条件が必要となる。そのキーワードが魔術であり聖杯な訳だ。だって魔術師でなければ、遠坂凛という少女はごく普通の高校生だろう。成績は良いだろうけど。

 そしてそれはルヴィアさんも同じだ。魔術が無ければ、時計塔も無い。するとフィンランドと日本の高校生の、どこに接点がある?

 二人の妹ももしかしたら一人であり、ドイツで平和に……否。

 魔術師でなければ────、

 小父様が聖杯を求めなければ────、

 アイリスフィールさんとの接点がどこにも無いし、そもそもアイリスフィールさんも私もトロンメルもお姉様方も存在しない。

 天秤の片方を棄てるのではない。そこにしか道がないのだ。私達はそういう存在なのだった。

 

 

「はぁ~、気持ちいい」

「泳いじゃダメだってば」

「今だけは見逃して。こんなに広いお風呂でゆっくり入れるなんて久々なんだから」

「まぁね。広くても時間がないか……」

「時間があっても狭いか……いや、お兄ちゃん達の順番もあるし、そうゆっくりもできないわ」

「だよね」

「お邪魔するわね」

「え?」

 

 ママとセラにリズ、そしてあちらのイリヤとクロエお姉ちゃんだ。

 

「どうしたの?」

「あら、言ってなかった? 水道は復旧したけどガスがまだだって」

「あ~、そうだった」

 

 お父さんは、従業員用の小さいお風呂を借りているらしい。

 少し考え込んでいたクロお姉ちゃんが何かを察した。

 

「ママ。まさか、お姉ちゃんが襲われたの?」

「あら? エルヴァちゃん、話さなかったの?」

「何も聞いてないよ」

「そう。エルヴァちゃんの中では終わった事なのかしら?」

「エルヴァは頭の切り替えが早い。次の世界の事で頭がいっぱい」

「これ、リーゼリット!」

 

 え?

 

「ゴメンね。セラもリズも家族でしょう? エルヴァちゃんと相談して全部話したの」

「全部!」

「そう、エルヴァちゃんが並行世界から来た事も、あなたが魔法少女をやっている事も、クロエちゃんがエルヴァちゃんと同じく半英霊なのも」

「え、え~~~~!!」

「だって、そうでもしないと。エルヴァちゃんのお姉様やお姉様の旦那様がね」

「アルトリアさんが境界記録帯なのは気付いていましたが……アーサー王だとは……。そしてお姉様にお兄様までが……」

 

 セラがとんでもない事を口走る。よっぽどショックだったみたい。

 

「え? お姉ちゃんのお姉ちゃんの旦那さまってギルガメッシュなの?」

「そう、そうだったのよ、クロエちゃん」

「ええ~~~~っ!!」

 

 私とクロお姉ちゃんは驚きっぱなしだった。だってそのお兄さんは夢に出なかったんだもの。

 

「畏れ多いってやつかな?」

「そうなのかも……」

「ふ~ん。あのお姉ちゃんのお兄さんになるんだよね? ただ単純にチビガメッシュの大人版って訳じゃないんだわ……」

「うん、全然違った。もっと大きくて広いって言うか……」

 

 あっちのイリヤだった。ああ、そっか。この子達は会っているんだ。

 

「ま、仕方ないか。私達にとってのお姉ちゃんがお姉ちゃんなように、お姉ちゃんにとっても、そのギルガメッシュやアーサー王は、お兄さんでありお姉さんなのよ」

「そういう事だね。ミユの世界のお城で会った、あんな人かな?」

「だろうね」

 

 お風呂の後ママ達と別れて、子供四人で裏庭に行った。居た居た、セイバーさんもランスロットさんもアーチャーさんも。その輪の中に新顔の英霊も居た。

 

「おっ、お帰り。楽しかったか?」

 

 真っ先に気付いたのはアーチャーさんだった。そしてセイバーさんやランスロットさんも笑顔で迎えてくれた。

 

「うん。それでランサーさんにお話があって」

「ほぅ。ランサー、ご指名だぞ」

「おお、そっちとは始めましてだな? わざわざ挨拶ってか?」

「それもあるけど。いつも友達を助けてくれて、ありがとうございます」

「な、何だ?」

「カードの件でのお礼だろう」

「律儀だな。ま、役に立ったんなら良かった。けどよ、次は危ねぇぞ? 正直、お前達は留守番の方が良いと思うぜ?」

「こう見えて、この子達もそれなりに経験がある。それに明後日には強力な助っ人がやって来るからな」

 

 モードレッドさんの事だ。エルヴァがどう言うかわからないけど、モードレッドさんは行く気満々らしい。それでエルヴァまで行くなんて言い出したらどうしよう。正直心配……。

 

 

 その夜、キッチンの後片付けをしていた料理長ニコの下に数匹のサバが届いた。

 

「エルヴァさん、これは?」

「皆さん、王様の残していった食材にそろそろ飽きる頃でしょう? それで以前から頼んであったのです。少し早いですが、このお腹の張ったのが関東の松輪サバ。こちらが四国の愛媛県佐田岬で釣り上げられた岬サバです。この岬サバが佐賀で釣り上げられれば関サバと名が変わります。どちらも一本釣りのブランド・サバですよ」

「どれもマサバでしょうに、ここまで違うのですね?」

「はい。日本に来てから何度も驚かされていますが、このサバの違いは南北に長い日本ならではですね。宮城の金華サバのような養殖ですと、刺し身も行けます。これらも十分シメ鯖に使える鮮度です。和食の味噌煮に塩焼き、これを越える味付けをニコさんと考えたいなと」

「塩焼きは洋の東西を問わずありますからね。添えるものが異なるだけで。となると味噌煮に対抗できる調理法ですね?」

「そうですね」

「難しいな。ハーブ焼きにせよ、トマト煮にせよ、臭み抜きは避けられません。味の傾向が似か寄りますよ」

「そのための松輪サバと岬サバです」

 

 サバは世界中で塩焼きにされている。網焼きと鉄板焼きが多いが、その独特の風味と細胞が詰まった身は、ご飯にもパンにも合う。イワシと並んで食卓に登る機会が多い魚だ。

 ところが欧米の内陸では、そもそも魚を食べる習慣がないし、日本では魚の王様と言われるタイですら嫌われている。それは釣りの食いつきが激しく、貪欲に見えるからという宗教的観点もあるし、大きなタイは味が大味で旨味が少ないからでもある。

 スズキやヒラメにサーモンのムニエルがあるのは、大きくなっても旨味がしっかり残り、またソースとの絡み具合が良いからだ。

 そういう観点から言うと、サバなんて日本でも海外でも庶民の魚だ。そしてその独特の臭みが苦手な子供が多いのも万国共通だろう。

 だけど食べ慣れるとあれが病みつきになり、塩サバは腹身に限るとなってくる。そしてその旨味を全部食べたいから、腹骨を落とさず捌いて塩焼きにしたりする。特に日本はそうだ。

 するとますます子供は魚が嫌になる。この腹骨を下拵えで落としてフィレにしたり、サンマでもハラワタを取るだけでペロッと食べられるものなのに。

 ちなみに魚の片身で骨なしの状態をフィレといい、骨が残っている状態をドレスという。本来のフィレナイフは、腹骨を削ぎ落とす専用品だ。だからあんな風にしなるのだ。

 つまり欧米人は魚も肉のようにガブッと行きたいのだ。子供のようだとは言わないで欲しい。それが文化の違いだ。現にこんな私でも、解凍サンマのハラワタは必ず抜いている。

 ハラワタは生に限ると思うのだ。そして魚の内臓は、鱗焼きと同じく『生卵』レベルで嫌う海外の人は多い。カラスミ、シラコ、コノワタ、クチコなどなど、まず普通は食べない。

 沿岸部のロシア人ならイクラくらいだと食べられると思うが、メンタイコは無理だろう。けれどパスタに入れると食べられるイタリア人は多い。それはイタリア半島も海に囲まれているからだ。それが地域性から来る文化の違いだ。

 そしてお魚大好きな私は山岳国家スイスの出身だし、姉のイリヤも高地ドイツの出身だ。このようにルーツとなる文化が異なっても、他の文化に馴染める場合がある。

 料理長のニコさんはフィンランド南部の漁港で育った。だから魚好きなフィンランド人の中でもとりわけ彼は詳しい。そんな彼でも日本の魚介類の豊富さには驚くという。

 こうしてネット通販で買った魚を差し入れるのも、彼の研究に役立てばと思ってのことだった。

 

 また、日本は食文化だけでなく、独自の風呂文化がある。トイレとは別の個室で、寝そべらずとも肩まで浸かれる深い浴槽に、追い焚きも給湯も思いのままのガス設備。

 建築年の古い建物が多い欧州や、新築でも給湯設備が甘い北米では考えられない便利さ。欧州人はローマ以降、衰退の一途をたどっていると錯覚してしまいそうだ。

 だけど紀元前4千年前のメソポタミアには清めのための浴場があり、紀元前2千年前には焚き木を燃やしてお湯にしていたという。

 日本では石風呂、岩風呂、釜風呂などの大衆蒸し風呂が、お湯を張った大衆浴場に変化したのは戦後だと思うが、それが古代のローマにはあちこちにあったそうだ。

 そして今は有名な温泉地にしかそういうのは残っていない。それも西欧より、中欧や東欧に多い。トルコ、ルーマニア、ハンガリー、ポーランドなどは昔から湯治の温泉地がある。

 なのに一般家庭のお風呂は発達しなかった。シャワーで済ませるか浅い浴槽で半身浴しながら洗って終わりだ。真冬だとスチームがあってもイマイチだ。

 五右衛門風呂やドラム缶風呂などをアニメなんかで見ると、日本人のお湯に浸かりたいという欲望は執念にも近い。

 先進的な洗浄機能付きトイレより、何気ない家庭用お風呂が────それもしっかり肩まで浸かれるお風呂が、どこの家にもあること、実はそれこそがこの国の本当の凄さなのだ。

 

『アルトリア姉さんが入り、私やイリヤが入った残り湯。これを聖杯と言わず何と言う!!』

 

 死ねよ、あいつは…………。だけど……これは記憶をかなりいじられてるなぁ。どうも10年前の第四次が曖昧なのだ。

 初等部に通っていた頃や、中学生になってからの事、47番として出力されてアルトリア姉さんのお手伝いをしたことなんかは良く覚えているのに、8歳のあの期間の事がどうもハッキリ思い出せない。

 アルトリア姉さんに尋ねたかったけれど、それも憚れたし。エルと会えたらきちんと聞こう。29番とか31番とか83番とか、どうしているのだろう?

 

 結局これといったアイデアは出ず、焼き鯖の乗ったチーズグラタンになってしまった。ハーブも効いているので、これはこれで美味しいのだけれど。

 

「正直、このチーズ風味の焼き鯖で、お寿司を握った方が美味しいかもですね」

「あ~……。そうですね、その方がお嬢様も喜ばれる気がします」

「とは言え、取り敢えずはこれにベリーを添えてルヴィアに試食して頂きましょう。明日の朝食が良いと思います」

「はい」

 

 

 裏庭。

 私が淹れたコーヒーに口を付けたランサーは、彼らしくもない苦い顔をしている。子供達やセイバーはとっくに部屋や自宅に戻っている。

 

「どうした?」

「いや、どうもな。乗らねぇっていうか」

「大義名分はあれど、中心に居るのが子供ばかりだからな」

「そこだ。辛ぇだろうし、思うところはあるぜ? けどな」

 

 それは彼が持つ、野生の勘だったのかも知れない。

 

 その翌日早朝の事だ。並行世界から魔法使いの凜と、エルヴァから聞いていたエルが、セイバーと私? を伴ってやって来た。そして随分と仲睦まじい……。

 

「だ~~~~っ! 貴様は何でセイバーと腕を組むっ?!」

「あの二人は恋人同士なので。彼は例の4番目のアーチャーさんです」

 

 エルヴァが、そう教えてくれるのだが。

 

「そう……なのか……?」

 

 そんな私を見て鼻で笑う赤い男。私も人から見ればこうなのか? えらくムカつくんだが。

 

「ああ、自己紹介しよう。エルヴァの紹介にあった通り、私が4番目だ。ついでに言うと、生前は彼女のマスターだった」

 

 何っ?! どういう奇跡だ? 自分自身のセイバーに会えただと? そして付き合っている……のか?

 

「付き合うどころか、突き合っていますね」

 

 エルヴァそっくりな白い少女は不思議な日本語を使う。

 

「はぁ?」

「いえ、あちらで私、モーテルやラブホを経営していて。彼には優待券をよく渡しています」

 

 何だそれ?

 そしてこっそり話してくれた言葉が強烈だった。

 

「彼のお好みは、セイバーに穂群原の女子制服を着て貰って、自分も学ランを着るロールプレイです」

 

 何だそれ?!

 

「青春よ今一度。手の甲に令呪を描いたりして。とんだ好き者ですよ、あの二人は」

 

 頭がクラクラしてきた。

 

「おい、一々耳を傾けるな。お前が5番目か? 経験の浅さを露呈しているぞ?」

 

 今気づいた。こいつも私なのか?

 何と士郎の話に時々出る、料理の師匠だという。確か……調理の腕が宝具級……。う~~む……。

 

「エルヴァ?」

「はい?」

「この5番目って、童貞のまま英霊になった?」

 

 そんな惨めで悲しいエミヤシロウが居るのか!? 憎む前に同情するわ! と言うか、イチャイチャイチャイチャと、先程からあの二人は……。

 自分そっくりな男が、かつて憧れた少女騎士と見つめ合い、少女は頬を染めている……。それを傍観する私は……何だこの意味不明な敗北感は?

 

 エーデルフェルトの面々に挨拶を交わし終えると、エルヴァやエルを残して英霊一行は裏庭に移動した。すっかりここはサーヴァントの集会所と化していた。

 

「おお、アーサー。お久しぶりです」

「卿も壮健そうで何よりだ」

「おおっ? またセイバーか?」

「以前話した、倫敦へ一緒に行ったアーサーですよ」

「へぇ~」

 

 穏やかな挨拶を交わすブリテン組と驚くランサー。そこへ説明を加えるこちらのセイバー。彼女までがチラチラとあちらの私を見ている。

 

「ほぅ、いい感じだ。手作り感があって。子供達も喜んでいるだろう?」

「ええ。最初は私一人でしたが、そこにランサー殿が加わり……」

「そっか。ブリテンの人はアウトドアが好きそうだからなぁ」

「はい。見事にハマりましたよ」

 

 そんな事を話すシロウとランスロット。二人は面識があるらしい。一方、赤い男もセイバーから離れ、あちこち興味深そうに眺めている。

 

「よくぞ、ここまでという感じだな。ランスロット卿がアーサー王の右腕と言われた理由が良くわかる」

 

 気さくに隣へ座る赤い男。

 

「あちらにもランスロット卿が居てな。彼とは友人なのだが、やはりこういうアウトドアが得意で色々教わったものだ。私も野外活動は慣れていると思っていたが、365日野外で生きてきた人には敵わんな」

 

 この感想は私とまったく同じだ。アラブで様々学んだ積りでも、何もなかった時代の人にはどうしても遅れを取ってしまう。それくらい卿もランサーも、細々したところが上手い。

 

「朝食は摂ったのか?」

「いや、まだだ。私はいいが、できればアルトリアに何か食べさせてやって欲しい」

 

 なんて暖かな目でセイバーを見るのだ。

 

「私の顔に何か付いているか?」

「あ、いや……。ただ、本当に彼女が聖杯戦争の時の?」

「ああ、あの土蔵で喚んだセイバーだ」

「証拠みたいなものがあるのか?」

「証拠は無いが、一度契約を結んだマスターは不思議とわかるものなのだ。私もマスターだったリンと出会って驚いたものだよ」

 

 これも聞いていたが、それが大魔導師のリンだった。時間の概念もない、世界の外から喚び出される現象となったが故の奇跡だろう。

 

「それはそうだろうな。いくら才能を認めていたにせよ、あの少女が魔法を得て大魔導師となっているなぞ想像も付かんだろう」

「実にそこだ。そして現マスターは彼女の弟子だしな」

「ああ。その凜には、先日ギルガメッシュとアルトリアが来ていた時に会った。魔法使いの凜の妹弟子だったか」

「そうだ」

「今回は貴様と彼女が助っ人?」

 

 私は朝食のベーコンエッグをフライパンで焼きながら尋ねた。パンはランスロットが焼いてくれている。

 

「うむ。エルの直感だが、今回はかなり厳しいものになりそうだ。安直に子供達を送って、それでお仕舞いとは行かんだろう」

「その後の世界がか?」

「いや、それも不明だ。ただ『千里眼』というものは未来を捻じ曲げられないので、曖昧に話さざるを得ないところがあってな」

「『千里眼』とは誰が?」

「知らなかったのか? ここのエルヴァは知らんが、エルが持っている」

「本当か?」

「ああ。それもかなり変わったタイプでな。例えばかつてのソロモン王は過去から未来まですべてを視ていたらしいが、英雄王も未来を視る。それも並行世界の可能性まで視ているらしい」

「ほぅ、すると彼女は?」

「現在と未来の……並行世界の可能性だ。伝承によればマーリンも『千里眼』持ちで、現在起きている事象のすべてを視ているとある。つまりマーリンの場合は選択しない『遠見』だ。ソロモン王もおそらくは一つの世界内での現在・過去・未来に限定されると思う。しかしあの少女は確実に、現在と未来の並行世界の可能性を視ている」

 

 これは初耳だったが、思い当たる節が無いでもない。

 

「嫌な話だが、全体のその後が良くなるなら、一人二人の犠牲は已む無しと割り切れるタイプだ。そこが英雄王ギルガメッシュとウマの合うところだ。とは言え、その犠牲となる少数を掬い上げようと足掻く優しさも持ち合わせている。アルトリアがとみに可愛がる理由もそこにある訳だ。電波発言の多い奴だが、見据えた先はキチンとしている。我々はただ信じて付いて行く他はない」

「……そうか」

 

 何とも朝から不思議な話を聞かされた。

 ちなみに奴のセイバーはバゲットを一人で3本も食べていた。それに触発されてこちらのセイバーも2本食べきった。食費が嵩むと苦情を赤い男に言えば、財布から万札を数枚手渡された。

 

「貴様、金持ちか?」

「彼女に見合う男になろうと思えば金を稼がんとな。食費もそうだが、愛車が堪らん。タイヤ交換で百万は飛ぶからな」

 

 聞けばあちらのセイバーの愛車はラン◯ルギーニ・ガヤルドだという。プラグ交換(10気筒なので毎回10本だ)と、オイル交換(8リットル!)だけでその月の小遣いが消えるという。

 

「外食せずに、私の作るもので満足してくれるだけでも有り難い」

 

 英霊になっていなければ、痩せ細って死んでいたとまで言う。

 

「もう少し食うか?」

「ああ、助かる」

 

 シロウの店を手伝っているとは耳にしたが、それ以外に夜間の道路工事やビルの外壁清掃などもしているらしい。

 

「しかも今度はバイクが欲しいと言い出してな……。自分で稼げと姉のアルトリアに叱られたそうだが……」

 

 もっと憎い奴だと、会えば嫌悪感しか抱かない奴だと、そう思っていた。だが……何だ、その漂う哀愁は。私は奴に同情した。そしてセイバーと付き合うことの恐ろしさを思い知った。

 

「マスターであるエルが甘やかすからとも言えんのが辛い。元はと言えば人だった頃の私から始まったのでな」

 

 こいつ、かなり良い物を聖杯戦争中、セイバーに出していたようだ。

 

「それは何故だ?」

「代理で闘ってくれるのだ。そこに報いたかった。何よりたった2~3週間の間だ。そこで2~30万使おうと冬木の安全を考えれば安いものだ」

 

 こんな風に考えるエミヤシロウも居たのか。裏返せば、何故守護者になったのだと疑問に感じる。

 

「簡単さ。英霊の末席に入れば、いつかどこかでアルトリアに会えると信じていたからだ」

 

 そして続けて苦しそうに言う。

 

「だが摩滅した俺は守護者から脱したかった。そしてようやく訪れた機会は、あのリンとシロウの若かりし世界だった」

 

 私も自分殺しを一時は狙ったので、これは非難できない。

 

「そうか……。では、彼女とは?」

「再び巡った第五次の世界でな。その時の凜が今のマスターで、彼女は介入したエルのサーヴァントだった」

 

 その時の衛宮士郎、遠坂凜、間桐桜にイリヤの四人はエルの世界で元気だという。ちなみにこのイリヤが、ここのイリヤが言う『夢で見た小さなお姉ちゃん』だ。

 

「湿気た面しやがって、お前ぇらはよぉ」

 

 二人の背中をバシンと叩くランサー。思わず苦笑いする我々だった。

 

「金を預かったんだろ? お前ら、二人で買い出しに行って来い。行った先の物価は不明だからな。エルに預ければ良いから」

 

 シロウの提案だが、それは言える。予定を1週間と見込んで……。

 

「ランサーも来て貰えるか?」

「荷物持ちか? 良いぜ」

 

 そうして私と奴とランサーの三人で買い物に出かけた。

 

 

「エルヴァ、弓道部は?」

「今日はありません。アルバイトもないので勉強でもしようかなと」

 

 エルマはアルバイトに出かけた。今日はトロンメルを連れている。

 

「なるほど、つまり暇だと。それならこういうのはいかがです?」

 

 凜は部屋で眠っている。お昼も要らないと言ったから、かなり疲れているようだ。

 そしてエルが宝具から取り出したそれは、とんでもなく錆びた包丁だった。

 

「これは?」

「王様とは関係ない、ヒッタイトが入った後の新バビロニアで見つかった当時の包丁です」

 

 包丁と言うよりキッチンナイフだろうけど、よくこんな物が残っていたものだ。

 

「これを研げば歴史の神秘が加わり、料理の味が数段上がります」

 

 喰らい付いたのが凛とルヴィアにマルガリータさんだ。

 

「本当ですの?」

「本当に?」

「はい」

 

 ただし魔力を込めて、歴史分の重みを励起させる腕がなければ難しい。この中でそれができるとしたらエルかマルガリータさんだろう。

 つまり私が研いで、御近付きの印にプレゼントしろと。それなら自分で研げば良いのだけれど、これも彼女なりの気遣いなのだった。

 その証拠に彼女は凛とルヴィアに種明かしをした後、別の包丁をプレゼントしていた。キッチリカッキリ、グローバルのプロだ。それもこの二人が自分で揃えるとは思えない、スライサーとパーリングナイフのセットだった。

 そしてマルガリータさんにはこの錆びた包丁とは別に、堺物の六寸本出刃と三寸鯵切り、そして尺を越えた柳刃のセットを渡していた。

 エルはこの中でマルガリータさんが一番料理が上手いと見抜いたのだ。何か言いたそうな二人だったが、案の定、尺一寸(33cm)の柳刃を見て凛もルヴィアも黙ってしまった。

 これを手入れして、使いこなそうと思えば生半可ではない。マルガリータさんも気合が入ったのだろう。この後、自分用の砥石を買いに走った。勿論、私が付いて行った。

 砥石を買って帰ってくれば、厨房でエルが魚の捌きを実演していた。ありふれたサバをひょいと捌いている。首の上の皮を残して折る、サバ折りも教えていた。

 凛には請われて何度か教えたけれど、ルヴィアは初めてではないか? どういう心境の変化だろう?

 

「いえ、今朝食べたサバのグラタンが殊の外美味しくて。自分でも作れないかと思いましたのよ」

 

 あら。自分では失敗と思ったアレがウケたのか。人の好みは本当に千差万別だ。

 

「では本日のお昼はタタキで行きましょう。マルガリータさん、こいつを捌いて下さい」

 

 そう言ってエルが宝具から出したのはカツオだった。

 

「あれ? 真ガツオじゃないわね?」

 

 このところカツオを調べている凛だ。

 

「これはホシガツオ、あるいはヤイトガツオと言われるマグロ並みに脂の乗るカツオですよ」

 

 関東で言うスマガツオだ。スマはシマが訛ったもので、背に独特の縞模様があるためにそう名付けられている。確かラテン語の学術名も直訳すると『良いマグロ』という意味だったと思う。

 

「カリバーンにエクストラの『Ex』が付いてエクスカリバーですね」

 

『Ex』じゃないけど、同じ意味合いでツナの頭に『Eu』が付いて『Euthynnus』だった。

 

「問屋の米を買いたい、買いたい」

 

 最低だ、この女! 小学生男子か!?

 

「何、今の?」

「回文ですよ。この魚のお腹に、灸をすえたみたいな斑点があるので別名ヤイトガツオなのです。ヤイトは関西で言うお灸の事ですよ」

「あんた、サイテー!」

 

 凛も意味がわかったようだ。だけど、いざまな板に魚が乗ると目が変わった。真剣にマルガリータさんや凛に捌き方を教えている。

 そして左右の背の部分は魔術で炙り、腹は刺し身だ。凛にも柳刃を持たせ、皮の引き方を教えていた。

 

「遠慮しないで、もっと尾の身を捨てる気持ちで皮側に身を残しましょう。その方が皮を引きやすいですよ」

 

 60センチはありそうなカツオなので、腹も上下にして4枚取ったのだが、凛とルヴィアとマルガリータさんがチャレンジした。お手本はエルだ。

 以前、凛に皮の引き方を教えたが、そうそう刺し身なんて造らないし、久しぶりなので失敗していた。なのにあんな脂で滑る腹側の薄い皮をサクッと引くエルとマルガリータさん。

 

「彼女、本当にセンスがありますね」

「でしょう? エスニックだと完敗です。このままだと和食も負けそう」

「ママみたいなタイプかな?」

「ああ、そんな感じです」

 

 そこへシロウさんが現れた。今日は弟子の士郎クンも厨房に居ない。彼は本日、オーギュストさんの言い付けでクルマを洗っているのだ。

 

「お昼はサンマでも焼こうか? って、良い魚をタタイたな?」

「冷凍庫に食材が余っているので、そっちを使って下さると嬉しいです」

 

 これは私。王様のアレがまだ残っているのだ。冷凍庫をザッと眺めたシロウさんは適当に解凍して、海鮮汁を作り始めた。そして自分用なのだろう。本当にサンマを焼いていた。旬でないので身が細い。

 お釜に残っていたご飯と、冷蔵庫のタッパに入れてあったダイコンとニンジンの皮で作った一味きんぴら、それとお漬物でモソモソと掻き込むシロウさん。

 そこにはやっと食事にありつけた、小さな幸せを見付けたんだといった喜びは一切ない。

 食べなくても良かった英霊の頃とは違い、身体が栄養を欲するから仕方なく補給のために食べているという……まるで冷たい作業のような、繰り返される哀しさが漂っていた。

 

「もっと美味しそうに食べなさいよ。調理に関して神の腕を持つ男が陰気な事です」

「ウルセーよ、ほっといてくれ」

「何だか見たくもない舞台裏を見せ付けられたかのような気分です」

「あのな。正義の味方はアトラクションじゃないんだ。もっとリアルなもんだぞ? 始まりは悲劇、だけど終わりは笑顔……な~んて滅多にあるものか。大抵は悲劇で始まり悲劇で終わるんだ」

「それは言えますけれどね」

「だろう? ああいうのに方程式なんて無いんだよ。毎回毎回ケース・バイ・ケースだ。そして人はホッとすると、感謝の前にまず苦情だ。『もっと早く来れないのか』『こっちを先に救けろ』とかさ。こっちは慈善活動だってのに、言いたい放題だよ」

 

 どうしたのシロウさん? エルの言葉に乗せられた?

 

「そしてあっちに行ったりこっちに行ったりと万年金欠だ。人ってな。どんな大義名分あろうと、どんなに大志を抱こうと、さもしく腹が減るものなんだよ」

「だからでしょ? もっと美味しそうに食べなさいってば。そこにしか心の休息がないなら」

 

 そしてタタキをおかずにバクバクご飯を食べるエル。

 

「だから! 一切れくらい寄越せって言ってんだ! わかっててネガティヴな言葉を引き出そうとすんな!」

「チッ。もう少しで黄金の愉悦が得られたのに……」

「王様より酷いな、お前は……」

「こらッ! 二切れも取るな!」

「ウルセー、等価交換だ。ポン酢に浸けさせろ」

 

 どういう仲だ。さすがの凛やルヴィアも呆れていた。

 

「あのですね。地獄も極楽浄土も出て来る食べ物は同じだそうですよ?」

 

 あ。一成クンの話していたアレだ。

 

「ほぅ、それで?」

「ただ、どちらもお箸が長くて口に入らないのです。そこで極楽の人々はお互いに食べさせあって、我先を急ぐ地獄の人は口にできない」

「何が言いたい?」

「地獄も極楽も心のあり方次第です。更にお金があれば、地獄も極楽も関係ありません。お金がなければ工夫しなさい。箸を短く持つとか、折るとか」

「それを言ったらその教訓が台無しだろうが! 子供の頃は可愛かったのに……どうしてこうなった……。でも、お前だけはそれを言う資格があるのかもな」

「伊達に竜殺しの騎士ではありませんから」

 

 何だそれ? 『竜殺しの騎士』……?

 

「『竜殺しの騎士』って何ですか?」

「うん? え~と……円卓の誰だったかな……。その人と似ているような事を以前セイバーに言われましてね」

「そうなのですか……?」

 

 何か怪しいな。何だろう?

 だけど、結局答えはわからず仕舞いだった。食事を終えるとエルは、マルガリータさんを中心に使った包丁の手入れの方法や研ぎ方を教え始めたからだ。

 仕方なく私は皆んなにお茶を入れた。

 

「オレは緑茶にしてくれ」

「わかりました」

 

 そして緑茶で口直ししたシロウさんは、刺し身の切り方に引き方を数種類レクチャーしていた。言ってしまうと平作り、引き作り、細造り、そぎ作りだ。

 この他に角作りや、薄造り、何回か包丁を入れる切り掛け作り(サバの八重作りもこの一種)、皮側にお湯を掛ける松皮作り(皮霜作り)などがある。

 包丁で様々な造形に造り上げるので、刺し身を『お造り』とも言う地方もあるくらいだ。そして柳刃は切るのでなく引くものだ。引き作りや細作りでない限り、包丁はゆりかごのようにカーブを描いて動かす。

 引き作りは、刃渡りを活かしてストロークで作り、細作りは包丁を立てて先だけで作る場合が多いかな?

 ともあれ、平作りにせよそぎ作りにせよ、ただ真っ直ぐ包丁を入れるのではない。刺し身の角が立つように、入れる角度が皮目の部分と裏で異なるのだ。

 こればかりは何度もやってみないとわからないだろう。

 

「出刃は刃元側をコンベックス気味に研ぐものなんだけど、この出刃は最初からそうなっているな。良い出刃だ」

 

 シロウさんがマルガリータさんの包丁を褒めた。これは鎬(しのぎ)から刃先に向かって真っ直ぐでなく丸味を帯びているという意味だ。

 あのハマグリ刃と勘違いしやすい、コンベックス・グラインドの事だ。これは本当の話で高級な出刃ほど丸味がある。理由は魚の骨を断ち切ったり頭を割ったりするので、欠け難くしてあるのだ。

 だけど面白いもので、一番欠け難い包丁は鋼材を割り込んだ、3~4千円の家庭用包丁だったりする。裏返せばしっかり研いであるなら、文化包丁や三徳包丁の方がアジやサバに向いているとも言えるのだ。

 実際、30センチ以下ならそんな包丁でタイを捌けるし、兜割りもできる。何より両刃なので、包丁の切り口が斜めに走る事もない。

 それなのに専用の和包丁をエルはプレゼントした。マルガリータさんも期待に応えるべく、シロウさんのお話を真剣に聞きつつメモを録っていた。

 そしてシロウさんに質問までしていた。

 

「このフィレナイフはどうでしょう?」

「柳刃な。さっきも説明した通り、フィレナイフとは全然違う使い方をするんだ。正直この尺一は今の君だと手に余るだろう。だけど真面目に研ぎながら10年使ってみてくれ。次の10年からは手放せなくなるだろう。その次は新しく買い足しているか、もっと良いものに買い換えているよ。こいつは包丁人を育てる包丁だよ」

「オオッ! このヤナギバは、そんな……?」

「柳刃も出刃もだ。どれもこれも青2のしっかりした包丁だよ。そしてここまでのランクなら、否応なく異なる使い方も覚えるだろう。おまけにこいつは君の事をある程度知っていて、バランスなんかを考えて選んでいる」

 

 高級な包丁は手作りが基本だ。だから持った時の重量バランスなどが同じ鍛冶屋さんの同じ鋼材、同じ銘柄を選んでも微妙に異なるものなのだ。

 きっとエルは、あちらでのマルガリータさんと知り合いなのだろう。あれ? どうして私にその記憶がない……?

 ここで声を出したのが凛だった。

 

「私も買おうかな?」

「またお前は、そうやって道具に逃げる。まずは腕を磨け。魔術に関してはコツコツ頑張るのに、悪い癖だぞ?」

「え~~っ!?」

「あ……ごめん。つい……若い頃のカミさんに言った事を……」

 

 こういう時に思った事をそのまま口にするのがエルだ。

 

「ボケてんのか、ジジイ」

「ウルセーよ! けど今の凛が使うなら210mmか240mmの柳刃、それと135mmの出刃だろうな」

 

 あら? その寸法は。

 

「それって銀寿?」

「そういう訳でもないけど、出刃でそう思ったか? 135mmって4寸半だ。つまり鯵切りのサイズだ。峰の厚い出刃では、ありそうでなかなか無い手頃なサイズなんだよな。3寸(90mm)、3寸半(105mm)、4寸(120mm)は結構あるんだけど」

 

 いわゆる小出刃というやつだ。小さいから鯵切りとは限らない。峰の厚みが違うのだ。専門の包丁店に行かないと、鯵切りを薦められてしまうし、また両者の区別が付いていなかったりする。

 ちなみに出刃包丁などの寸法は刃渡りを指すが、柳刃だけは切っ先からアゴを通り過ぎてマチまでの長さを指す。つまり見えている金属部分全体の長さだ。

 

「じゃ、その135mmの出刃包丁と210mmの柳刃包丁を買えば良いんですか?」

「和食で魚を捌くならな。他にも包丁はあるんだろ? 魚専用なんて贅沢だけど、こういうのも適材適所だから。ただ手入れが必要だからなぁ」

 

 凛はグローバルを少しずつ買い集めている。お婆ちゃんの包丁だからと、黒い菜切りも揃えた。そこに短い柳刃と小さな出刃か。良いのではないだろうか。

 だけどここで野菜用の薄刃を薦めないのがシロウさんだった。これにはちゃんとした理由がある。まず桂剥きなんて一般家庭ではしないからだ。

 刺し身の『けん』はスーパーで売っている。また『つま』も普通の包丁で作れるし、慣れれば柳刃でできる。また、小さな細工や飾り切りは、今からならパーリングナイフで覚える方が早い。

 そして柳刃の引き方を覚えれば、菜切りでたくあんやネギが繋がる事もない。

 後日、凛と共にルヴィアまでが240mmの柳刃と150mmの出刃を買った。柳刃が凛より30mm長いのは腕の長さだ。ただ、刺し身を引くフィンランドのお嬢様は見ていて、とてもシュールだった。

 

 

 夕方、家人が寝静まった頃、一本の魔杖が窓から飛び出し、英霊たちの集う裏庭にやって来た。

 

「どうした?」

『おぅおぅ、アーチャーか。丁度良かったわい』

「何だ?」

『お主に頼みがある。そのエインズワースの城に乗り込む時にエルマがおらなんだら、儂を連れて行って欲しいんじゃ』

「何故だ?」

『うん? 概念刻印と化したダリウスには、思うところがあっての』

「まさかと思うが、知り合いか?」

『まぁの。戦いを止めたりはせん。ただ少し話す時間が欲しいんじゃ』

「わかった。今のように杖の形態から変わってくれるのなら。ただ、エルヴァかエルには報告すべきだぞ?」

『それは明日話すわい。やましい事なぞ無いからの。強いて言うなら、ちょっとした意趣返しじゃ』

「聞いていいか? それは?」

『奴は概念刻印。儂は蟲。昔、少々嫌味を言われての』

「なるほど。冬木の事を知ったのは貴様が原因か?」

『300年も前じゃぞ? それに儂の知っとる世界でのエインズワースはその後すぐに滅びとる』

「それはそうだな。私もエインズワースなんて知らなかったからな」

『そうじゃろ? それだけに残っとる世界が不思議なんじゃよ。お主も元守護者じゃろ? 思うのじゃよ。滅ぼすために必要な世界じゃったのかなと』

「何?」

『エインズワース然り、朔月然りじゃ』

 

 それは不吉な予感を懐かせる、何とも不穏な言葉だった。




少々長いかな?
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